第五話 学園図書館
放課後、アグトは当初の目的である学園図書館に来ていた。
校内で校舎の次に大きい大図書館は入った直ぐから本棚が置いてあり魔法資料のタイトルがずらりと並んでいる。
「いやあ、ここにきてから建築物に驚かされるばかりだな」
吹き抜けの建物で、どこを見ても本棚が並んでいる。天井は無色透明のガラス張りで昼の日差しが明るく照らし館内のホコリが日差しにあたりキラキラと光る。
「いらっしゃいませ。一年生の方でしょうか? よければ館内の説明をさせていただきますが」
館内の広さと本の充実さに圧倒されていたアグトに受付の女性が話しかけてくる。そのおかげでアグトは現実に戻ることができた。
「あ、はい、すみませんお願いできますか?」
「はいでは、この魔術大図書館はその名の通り魔術に関する資料が収められている図書館となっております。その内容は基礎の基礎である資料からこの学園のみでしか閲覧できない重要資料まであり、それらの資料は、既にあなた様は資格は取得されていますが『学園の関係者』のみだけが閲覧を可能となっております。また、地下書庫などは三年生か又はランキングが五十位以内の生徒でないと閲覧はできません」
「あ、はい、ランキング戦ですよね。先生から説明を受けました。確か参加が自由な行事だとか」
この学園には四季の始め毎に行われるランキング戦が存在する。その催しはいつも好評で学園外の者も観戦するほどだ。ランキング戦の目的は生徒会選抜、並びに他校との合同大会での代表選手を選抜するためでもある。
「はい、参加は自由ですがほとんどの生徒が参加しますね。何せそのポイントが成績に加算されますから。他にも学園からの支援があったりと、本当に生徒にとっては願ったり叶ったりですからね」
「じゃあ、今地下書庫を閲覧することは」
「すみません、一年生の……その、」
「ああ、アグトです」
なんて呼べばいいのか分からず困った様子の受付女性にアグトは自己紹介をする。
「あ、はい、アグト……って、アグト=ローズワーズですか!?」
「え、ええそうですけど。俺ってそんなに有名なんですか?」
『館内はお静かに』と書かれた看板を横目に見ながらアグトは質問する。
ハーゲイの話して感じたことだがアグトは自分の有名さがまだ理解できていなかった。そのため他者から情報を得る必要がある。
「それはもう、有名どころではないですよ。何せあの大魔法使い様のお弟子さんですからね、こう言っては何ですが色々と厄介事に巻き込まれる可能性もありますね」
「そこまでですか……周りからの印象は分かりました。それで俺は閲覧は不可能なんですよね?」
「あ、はい幾ら大魔法使い様のお弟子さんでも例外はありませんね」
「その言い方だと例外があるような口振りですが」
「はい、七魔導家の方なら例外で閲覧が可能ですね、あとその側近なども例外に入ります」
七魔導家と聞いて直ぐにアティール家を思い浮かべた。自分が元アティール家の人間だと言えばもしかしたら閲覧が可能かもしれない。しかし、アグト自身はアティール家とは縁を切ったと考えている。それにアティールを名乗るというのが少なからずアグトには抵抗があった。
「ポイントもランキング戦以外にもポイント保持生徒に決闘などに挑めばポイントの奪い合いが可能ですが、それを受ける人は少ないと思います」
「なるほど、ありがとうございます。取り敢えず現段階で閲覧が厳しいということは分かりました」
「力になれなくすみません」
申し訳なさそうに女性は頭を下げる。
「あ、いいですよ。図書館の説明が聞けただけでも成果ですから」
「そう言っていただけると幸いです」
「では」
そう言い残して図書館を後にした。
図書館を出たアグトは帰宅しようと校門に向かったところ、校門近くの校庭で何やら揉め事が起きていた。少女に高熱弾を炸裂させる三人の男子生徒、三人は貴族であろう、その中にはバルスの姿があった。そして魔法攻撃を受けている少女――それはミラテリカだった。
この現場を皆下を向き見てみぬふりをする生徒たち、そして教師すらその行動をとる者もいた。中には止めようとする生徒や教師も居た筈だ。だが、見てみぬふりをする者がそれを止めさせていた。
「はっはっは、≪精霊よ・命ず・火を持って・標的を・燃やし・尽せ≫」
「あっぐあ!」
バルスの放つ炎がミラテリカの右肩に直撃し制服は燃え、右肩は早急に治療しない火傷跡が残るのは確実だった。
「なあ、ミラテリカよ。大人しく俺のものになれよ、いつまで死んだ奴を想い続ける?」
「わ、私は昔も今もそしてこれからもあの方しかお慕えしません。あなたのような外道に付くつもりなんか毛頭ありません!」
「ハッ、何を今さら、貴様は八年前自分がしたことを忘れたのか? 貴様は自らそのお慕えする奴を手にかけたのだぞ?」
遠目で聞いていたアグトはそっと拳を握りしめる。八年前のあの光景は今でも昨日の出来事のように鮮明に思い出す。
「そ、それは――ッ」
「忘れたとは言わせないぞ? あいつのお前に裏切られた時の表情、あれは傑作だっただろう?」
「こ、この外道! なぜ私だったのですか!? あの日私を洗脳してなんであんなことを!」
ミラテリカは目に涙を浮かべながら悔しそうに歯ぎしりをする。その表情はバルスを調子に乗らせるのには十分だった。
「ひゃひゃっ、洗脳とは人聞きの悪い。俺の魔力を少し流しただけだろ? さて、ここまで話して心変わりしないのなら仕方がない」
そう言い終えると、連れの二人に合図を出す。
「「「≪精霊よ・命ず・火を持って・標的を・燃やし・尽せ≫」」」
そう唱えたとたん三つの炎の弾がミラテリカ目掛けて襲い掛かる。ミラテリカは自分を致命傷にするであろう魔法が目の前まで来て目を思いっきりつむった。
その瞬間、横から水弾が炎を飲み込み水弾は水蒸気を発して霧散した
いつまでも来ない痛みを不思議に思いミラテリカは薄く目を見開く、そこにはアグトの後ろ姿があった。
「ったく、完全に縁を切ったはずなんだけどな」
そう言ってアグトはミラテリカの方を向き、右肩にそっと触れた。火傷で血を流している部分に触れられて激痛が走る。が
「≪精霊よ・力をもって・癒しをもたらせ≫ヒール」
「痛ッ――くない?」
アグトの唱えた魔法により右肩の火傷はみるみると癒えていった。それに伴い痛みも消える。
「話は聞かせてもらったよ。まあなんだ、お互い辛かったね」
「ア……グト様? わ、私は……私は、ごめんなさい」
ミラテリカの目に涙が浮かぶ。
「まあ、その話は後にしようか。先ずは」
そいったアグトの目はギラギラと光り始めた。それをみたミラテリカは息を呑む。
「弱いものいじめは楽しいか? バルス」
「は? 誰か知らねえが、貴族様の遊びに邪魔すんじゃねえよ!」
その途端さっきと同じ火炎弾が放たれる。アグトは己に襲いかかってくる炎を観察する。セラ曰観察は魔術戦でとても大切なことなのだという。そしてアグトはその意味を今知ることになった。
(なんだ、こんな魔法簡単にあしらえるじゃないか)
アグトは手を伸ばす。その瞬間炎はアグトに直撃し魔力が爆発する。
バルスはニヤリと笑む。だが、その表情は驚愕に変わった。
「んなっ――! 無傷だと!?」
アグトの手を伸ばしたその手は拳が作られており炎を握りつぶしていた。
「こんなもの?」
爆発で生じた煙が収まったその場から、無傷のアグトはそう言い放った。