第三話 旅たちの日
八年の歳月が経ち、アグトも十五歳となった。身長はぐっと伸び、顔立ちもキリッと凛々しくなっている。体の方にも変化があった。服の上では確認できないが、その身体にはしっかりと引き締まった筋肉が隠れている。アグトの八年の努力、それを物語っていた。
自室に備わっているベッドからむくりと起き上がったアグトは一度大きく背伸びをしてベッドから離れる。昨夜から用意していたトレーニング用の服に着替えそのまま家をでた。朝はまだ少し肌寒く霧がかっておりアグトの眠気を祓うにはもってこいで完全に覚醒する。
「うっ、寒」
そう言うと首までしっかりと襟で覆いアグトは森の中に消えていった。
朝の日課は食料の調達だ、この地域は食料として扱える物は多いが日持ちを全くしない。一晩置けば腐食が始まろうとする。そんな環境下で買い溜めならぬ取り溜めなんて出来ない。よってアグトは今日一日分の食料を採らなければならないのだ。
最初に見つけたのは柑橘系の果実『ライトニングレモン』だった。黄色い果実で細長い円状の形をしている。名前は物騒だが別に危険な物ではない、味は柑橘独特の酸味に雷魔力のビリっとした刺激がまたクセになる。焼き魚や唐揚げにかけるのがアグトのおすすめだ。
「ってことで昼食は唐揚げか焼き魚かな」
ライトニングレモンを二つほどもぎ取って家から持ってきたカゴに入れる。鳥か魚を採りにいかないといけないと頭の済に記憶して更に奥へ進んでいった。
「セラもう朝だよ。起きて」
「……ん? 昨日はコンを詰めてたから眠いのよ~」
「うん、それが仕事や大魔法使いの様に魔法の研究ならまだしも一人ボードゲームでコンを詰めてたと言われても、まだ寝てていいよ何て言えないよ」
「ケチね」
「ケチとかじゃなくて当たり前の事を言っているだけだよ?」
相変わらずびっしり詰まった本棚に初日のことを思い出す。
そんな会話をしながらセラは布団にくるまろうと、アグトはそれを引き剥こうとし合う。最初にあった時の凛とした感じの師匠は何処へやら。朝の弱いセラはいつもこんな感じである。キラキラと朝の日差しを跳ね返すその金髪はピョンピョンと寝癖がはねており、当の本人は眠い目を擦っている。
そんなギャップもまた良いところなのだが、とアグトは考える。他にも可愛いところはあるのだがそこらへんはおいおいと紹介していこう。
「はい起きた。もう朝ご飯が出来てますから急いで顔を洗って服着替えてリビングに来ること。いいですね」
「わかっているわよぉ」
そう言いながらのそのそとベッドから起き上がる。それを確認したアグトはこれから着替えるであろうセラの部屋を後にした。
自室にてアグトは今日という日のために用意された制服を見つめる。アグトの年齢は今日で十五歳。適正魔法診断から丁度八年。この八年間はアグトにとってとても有意義なものだった。
「いよいよか」
見つめた制服を手に取り着替え始める、紺色のズボンに履き直し、白のカッターシャツに紺色のネクタイを絞めると同じ紺色のブレザーを最後に羽織った。制服というものを初めて着るアグトにとってはとても気が引き締まる感覚になる。
「おお! 似合うじゃない制服」
リビングに戻ってきたアグトの姿に感嘆したのはセラだった。その雰囲気は顔を洗ったからか寝起きの雰囲気は全く無く凛としている。最後に直しきれなかった寝癖がピョンとはねたのを可愛く思ったのはアグトの秘密だ。
「そ、そうですか? どうもむず痒いというかなんというか」
「ふふ、それはわかるわ。私も制服に着慣れていなかったからそう感じたもの」
慣れよ慣れ、と最後に付け加えた。
席について朝食のサンドイッチを口にする。鳥を炒めてライトニングレモン薄くスライスしたものと畑で栽培している葉物野菜を挟んだ、サッパリとしたをコンセプトとした朝食をアグトは用意した。デザートには同じサンドイッチ。その挟むものはまたおなじみのライトニングレモンを砂糖で煮詰めたマーマレードだ。甘酸っぱくかつ皮が苦味を出してまた旨みがでる。
紅茶をティーポットから注ぐ、これもまた初日を思い出してアグトとセラは干渉に浸った。
「いよいよ、ね」
「はい、今まで本当にお世話になりました」
「ふふ、そんな辛気臭いのはしょうに合わないわね。私もあなたも」
それにこれでお別れって訳じゃないもの。と、アグトにほほ笑みかける。そうだな、とアグトも頷きこれからの事を話し始めた。
「今日が入学式かあ、今学校はどんな感じなんだろう? 懐かしいなあ」
「はは、セラもあの学校の卒業生だっけ」
「そうよぉ、とっても楽しかったんだから。レイランにアキレス、フレイビアとても飽きない友達に恵まれていたわ」
次々と伝説の英雄の名前が出てきてアグトは流石に苦笑いをする。アグトは七歳まで肩身の狭い生活していたからセラ=ローズワーズという存在を知らなかった。が、今日から通う魔法学校の教科書をペラっとめくると名前が載っているほどの有名人だった。これにアグトは驚き本人であるセラに見せると「もう! 私はこんなにブサイクじゃないわ。失礼しちゃう!」と絵を見てプンスカプンとご立腹なされた。どうやらセラは自分が教科書に載るほど存在だとは自覚しているらしくそれを謙遜しない姿にアグトはもう顔をひきつらせた。
そんなびっくり箱の塊とも言えるセラと八年も共にアグトは暮らして来たのだ。それだけでも褒めて欲しいとアグトは思う。なにせアグトは成長したがこの八年間でセラの姿は一切変わっていないのだから。見た目は二十歳過ぎくらい。とても伝説級の英雄と同級生とは思えないが数々の大英雄のぶっちゃけ話を聞かされては納得するしかない。その話をしている時は楽しそうにしているのに何処か悲しそうな顔をしていた。
「まあ、僕もセラみたいにいっぱい友達を作って行こうと思うよ」
「そうしなさい」
これが旅立つアグトとセラの暫く交わせない会話となった。最後の一口のデザートを口に放り込む。マーマレードの苦味が口一杯に広がった。
「それではセラ行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。いつでも帰ってきていいわよ。友達も連れてきなさい」
「こんな危険区域に友達なんて連れて来れないよ!」
セラの本気か冗談かわからない発言にツッコミを入れてから家を出る。
ここからアグトは一歩己の人生を歩み始めた。