第一話 危険区域
真っ白の視界が収まるとそこは既に元いた場所ではなかった。いや、森ではあるのだが木々が圧倒的に鬱蒼とし、辺りは真っ暗でただの明かりは夜空に輝く星と月だった。
「こ、ここは……」
辺りには異様な魔力を持った生物が徘徊していることはアグトにもわかった。そして気づいた、自分が異様なほどに凶悪な魔力を秘めた魔物たちが住まう森に転移してしまったことに。
「うっつ!」
転移したからといってアグトの傷は癒えたわけなく背中の炭とかした皮膚がジンジンと激痛が走る。動けない、痛みで力が入らなく自分の踏ん張りきれない体に歯痒さを感じる。しかし、このままじっとしておくと危険なのも確か、いつ魔物が目の前に現れアグトを食らうのかはこのままでは時間の問題だ。そう考えると恐怖が湧き上がってくる。
そして不運なのことにその魔物はアグトの前に現れた。それは暗闇を更に常闇色に塗つぶす程の漆黒の毛並みを持った三頭犬だった。その体の大きさはゆうにアグトの三倍はある。獲物を見つけたケルベロスはそれぞれの頭が涎を垂らしてその双眸でアグトを睨みつける。怖い、こわいこわい、恐怖という感情がアグトを埋め尽くす。
ケルベロスは今更動かないアグトの四肢をその鋭い爪によって引き裂いた。
「ぎゃぁあっぐ!」
動かないクセして痛覚はある、なんて理不尽だとアグトは今までにない激痛で叫びながら思う。大きく開くケルベロスの口はアグトを今にも食らわんとした。涙がボロボロと流れるアグトは恐怖という感情を高める。
瞬間、アグトから濃密な魔力が一斉に放出された。襲いかかってきたケルベロスは魔力圧によって弾き飛ばされ足元をよろめかせる。しかし、そんなのも一瞬のことすぐさまケルベロスは再び今度は怒りを見せて食らいつこうとする。
死んだ。そう思ったその時澄み渡る声がアグトの耳に届いた。
「≪万物よ・基に帰れ≫!」
刹那、ケルベロスの頭が一つ吹っ飛ぶ。傷口からは血は出ることなく黒い霧のようなものが発生していた。複数あった頭の一つがやられたことにより吹き飛ばした本人の方を向きアグトからその者へと標的を変える。
「≪光よ・熱を帯び・放出せよ≫!」
再び澄み渡る声が聞こえてくる。その言葉はまた違い、放たれたそれも全く異なった。光圧エネルギーは半径七メートル程のデカさでケルベロスを包み込む。暗闇が一瞬にして明るく辺りを光らせケルベロスは呆気なく跡形もなく消え去った。
ケルベロスを絶命させたその人はアグトの傍に歩み寄る。
「子供? どうして……」
「……だ…………れ?」
意識が朦朧とし、かすれた視界で姿を確認する。黒いローブを身に纏った女性がそこに居た。アグトの様子を見るために女性はローブのフードを脱ぐ。
「酷い怪我ね。ちょっと待っていて≪精霊よ・癒しをもたらせ≫」
唱えた瞬間アグトの背中に負った火傷が、ケルベロスに引き裂かれた四肢の傷が癒えていく。が、今までの精神負担は回復されなかったようで疲労が襲いかかってきた。
アグトは眠気を抑えながら女性を見つめる。まだ体は動かないみたいだ。
「私はセラ。セラ=ローズワーズ。大丈夫、今は安心してお寝なさい。それからこれからの話をしましょう。ね?」
セラはその場でしゃがみ、アグトの頭を膝の上に乗せると優しく頭を撫でた。その行為に一瞬アグトは驚くも撫でられた瞬間安心感で満たされ心を癒された気がした。そして目元から静かに一筋の涙を流すと静かに寝息を立てた。
「寝てしまった。それにしてもどうしてこんな場所にこんな子供が?」
セラは国家的にも他国的にも禁止区域と指定されているこの森に現れた謎の少年――アグトを優しく撫でながら思考する。服はズタボロだが見た感じ良い素材で仕立てられていた。これからするに良い所の出だとは分かる。それに背中にあった火傷はさっきのケルベロスのものではないと一目でわかる、あれは闇属性のケルベロスだ。それが火傷させるほどの炎を出すことは出来ない。
「ワケありな感じね。……ん?」
アグトが目覚めてからそれは聞こうとそう思ったその時アグトの手に持つそれを見つけた。汗ばむ程に力強く握られていたそれは、透明でキラキラと夜の中で強調される。
「これは……!」
アグトの持っていた物、それは砕け散った魔水晶の七つつの欠片。その欠片一つ一つからはそれぞれ異なる色を発していた。