タカ編
はい、タカ編を出会い編から分離しました。何しろパンクしそうなので。
出会い編もだいぶ改編してます。タカもどんどん変わっていくことでしょう。
それでは、始まり始まりぃ~
<タカ編>
タカは、ずっと一人だった。
タカの両親は、幼い頃交通事故で亡くなった、らしい。
タカにはその頃の記憶がうっすらとしかない。
遠い親戚のおじさんがやってきて、簡素な葬式をあげて、タカは施設に引き取られた。
父、金澤義文。母、真理子。11月26日生まれ。施設に一緒に届けられた数少ない荷物の中の母子手帳から、それらだけはタカも知った。
タカは考えることが好きだった。何より、走りながら考えるのが大好きだった。小学校では、放課後の校庭をペタペタと何周も廻りながら考え事をしていた。雨の日は、図書室で本を貪るように読んだ。分野も何も関係なく、文学書も科学書も読んだ。漢字も本で授業より先に覚えた。
そんなタカには、友達が居なかった。タカは、喋るのが苦手であった。
給食の時に班で席を囲むようにして食べる時も、タカは専ら聞き役であった。たまに発言すると、「めずらしぃ~」と言われ、余計に喋らなくなった。ただ救いは、その不思議な雰囲気からか、いじめられっ子にならずに育ったことであった。
タカの成績は良かった。授業は真面目に聞くが、たまにぼーっとする処があった。先生がノートをのぞき込むと、ちゃんと授業内容のメモがしてある、その片端に、意味が判らない書き込みが沢山あった。決して漫画とかではなく、何か「答え」を探しているようであった。
タカの唯一の苦手科目は体育、それも走る以外のチームプレイであった。ドッジボールやバスケットボールなど、次を考えているうちに相手に球を捕られたり当てられたりしていた。走ることだけは、普段の考え事している時のジョギングから、短距離走・長距離走まで何でもこなした。
小学校高学年の頃、担任だった先生が施設と相談して、タカに奨学金制度のある学校へ進ませてはどうかという話になった。遠い親戚のおじさんはとうに亡くなっていて、タカには本当に身よりが無くなっていた。担任の先生は厳しい処もあったが、タカには目をかけていた。そこで、自分が身元引受人になり、奨学金+全寮制の中高一貫校、それも有名大学付属の処を受験させることにした。タカは、ただただ流れに身を任せていた。
唯一、試験で面接の時だけは、普段殆ど喋らないタカは「自分の将来の夢」について熱く語った、らしい。それがよかったのか、タカは無事に進学出来た。但し、「将来の夢」の内容は、面接官に堅く誓わせた約束で、他人の知る処ではなかった。
身体も大きくなるにつれ、タカは子供から大人に見えるようになった。
だが、心は小学校の時の事を忘れていなかった。(だからそれ以前の事をよく覚えていないのかもしれない)
たまに剃り忘れる薄いひげ、軽くかかった天然パーマの髪を無造作に自分でカットして、ぼさぼさ頭がその頃からのトレードマークであった。
相変わらず、タカは一人であった。
だが、他人を嫌いな訳ではなかった。特に子供の純粋な心は好きだった。ちょっと間違えると幼児趣味だの何だのと言われるのが嫌で、普段は表に出さなかったが。要するに廻りにアクセスせず、廻りからもアクセスされず、結果一人であった。
話は少し戻る。 タカが中学2年生の頃のことだ。
タカは、乱読と言っていい読書の中で、拳法や格闘技の本も読んでいた。
一度、試しに寮友と遊んでいるとき、ツボを突いてみたことがある。
とたんに青い顔になり、気を失って、大騒ぎになりかけた。
タカは、背中のツボを突いて、寮友を目覚めさせた。
騒ぎを聞きつけた寮長からは、こっぴどく叱られたが、「おおごとにならなくてよかった」で片付けられた。タカは、それから友人に対して実際に技を使うことは止めた。だがこの影響からか、タカは相部屋から間もなく一人部屋に移された。それはタカが望んでいたことでもあった。
タカは、よく走った。特に一人部屋になって間もない頃から、門限までの間夜走ることが多くなった。タカは、2つのことを試したかった。正確には、確認したかった。
夜のランニング(決してジョギングと呼べるようなスピードではない)は、最初のうちは寮のある一角をぐるぐると廻ることから始まった。
一人。いや1台か。タカは、気が付いていた。自分が見張られていることを。それが、襲うためなのか、護るためなのか、見極めが付かなかった。
ネタもとは、間違いなく面接官であろう。中学生になる受験生との約束なんて、目の前に昇進か降格かみたいな話でもぶら下げられたらぺらぺら喋ることだろう。タカは、大人なんてそんなもんだろ、位にしか思っていなかった。
タカは徐々にランニングの範囲を広げていった。最初のクルマ1台は相変わらず、居る。その他にもう1台、見かけるようになった。最初はそのクルマも走っていたので気づかなかったが、ナンバーで確認した。こっちは遊撃隊ってとこか?タカは、もう1つの目的を兼ねて、ランニングコースをさらに変えた。途中で、とあるコンビニの前を必ず通るようにした。
そのコンビニは、前に広がっている駐車スペースの半分以上を占拠して、あまり柄のよろしくないメンツがいつもたむろしていた。そばにはイカれた改造をしたバイクやスクーターがあった。その連中の仲間の一人か、それともいじめられっ子か、夜のその時間帯には決まって同じアルバイト店員がいた。店のモノは、とりあえずレジを通して、連中の手に渡っていった。バーコード読み取りであるから、品物のごまかしは効かない。しかしレジの中は寂しい限りであった。こんな状態はそうは長く続かないだろう。
タカは、ある週末にそのコンビニの存在と、「仕掛け」を知った。
ここだ。しかもあまり時間はない。タカがコースを変えたのは翌晩からであった。
毎日、同じジャージで、同じ時間にコンビニの前を走り抜ける。
何日かするうちに、連中の中で気にするやつが出てきた。
「なんかよぉ、いっつもここ走ってるちっちぇにぃちゃんがいるみたいなんだけどよぉ、いっちょ気合いでもいれてやっか?」
「へぇ、おもしれぇじゃん。ついでにちょいとお小遣いでも貰いますかねぇ」
ニヤニヤと何人かが同意した。
ほどなく、タカが走ってきた。連中は、歩道を塞ぐようにぶらぶらとした。タカは、見事に連中に触れることなく通り抜けた。
連中は、最初何が起きたか判らなかった。「おい、肩ぶつけたやついるか?」「いや、俺は触ってもいない」「俺もだ」「俺も、ってことはすり抜けられただぁ?なめられたもんだなぁ。おぉ~い、ちっちぇにいちゃんよぉ~」「ばぁか、もう全然見えねぇよ」「ったく。やつは明日もここ通るかなぁ、おい。作戦立てようぜ作戦。」
その連中の立てる作戦のことだから、ろくなもんじゃない事だけは確かである。
タカは、ボクシングや空手のライセンスを取得すると、その手が武器であると見なされ、刑罰上不利になることも本で学んでいた。当然、そんなものを取得するつもりはさらさらない。しかし、一通りのことは出来る、と自負していた。この位若い頃なら、裏付けのない自信の一つくらい持つものだ。
タカは、今晩はタダじゃ通してくれないな、ということをほぼ確信していた。だから、いつもと少しだけ服装を変えた。正確には、靴を変えた。鉄板入りの安全靴である。これだとさすがにいつもと同じスピードでは走れないが、例えば刃物類から身を守る程度の役には立つ。
タカはいつもの時間にランニングを始めた。さすがにちょっと足が重いな、とは思ったが、負荷をかければ筋力が付く、と前向きに考えることにした。
いつものコンビニ前の通りに出る角の手前で、タカはふいに足を止めた。何か雰囲気が違う。ここからでも判る。・・・・クルマも人も通っていない?
連中、何か仕掛けているのは確定だな。ふぅ、と一息ついて、タカは角を曲がった。
コンビニの前には、「壁」が出来ていた。通りの端から端まで。バイクやスクーターやクルマや、そして人、人、人。どうやら助っ人を呼んだようだ。
「おぉい、あのちっこい坊やがそうか?なんだか拍子抜けだなぁ。捕まえたやつには10万くれるって約束は本当だろうな?」
「あぁ、ここに用意してある。」10万円分の金が透けて見える、レジ袋を持ち上げた。恐らく、コンビニの売上金である。
「腕の1本や2本は折ったってかまやしない。とにかく、坊やがここを通り抜けるのを止めることが出来たやつにこいつをくれてやる」
「何人かで止めたらどうすんだよ。みんなに10万ずつかぁ?」
「そいつは止めてから、止めた奴らで決めるこったな。さぁて、祭りをはじめようか、なぁ、ちっちぇにいさんよぉ。」
最後はタカに向けられた言葉だ。見渡したところ、ボウガンや拳銃といった飛び道具を持ったやつはいないようだ。拳に、ナイフに、鉄パイプに、あれは日本刀か?まともに切れるんだったらたいしたもんだ。タカは、走り止めて息を整えながら、状況を確認した。人数は、取り巻きの女性陣を除けば、30~40人くらいってとこか。ちょっと予想より多いな。もう少しカロリーを取っておけばよかったかな。そう想いながら、タカは調息を終えた。重心を丹田に置き、身体全体をリラックスさせる。こちらの準備は出来た。さぁ、どう出る。
男達から見るぶんには、ただ無表情に突っ立っているだけにしか見えないタカの様子に、じれた。
誰が先頭を切ったものか、男達は一斉にタカに襲いかかる。迫る男達の間合いから、タカは自分が向かう方角を確認した。いける。
拳はすり抜けた。ついでにちょっとツボを突いてやる。こいつらは薄着だから判りやすくて助かる。鉄パイプはスウェーでかわし、ナイフは蹴り上げた。飛んでいったナイフが誰かに刺さっても自業自得である。とにかくかわし、よけて、タカはとあるビルを背にした。丁度道路を挟んでコンビニの反対側である。あまりに一斉に突っ込んだものだから、当たっただの何だのと勝手に喧嘩を始めている連中もいた。ここまではいい。
「てめぇら、何やってんだぁ、囲め囲め」
男達の目つきは、最初と違っていた。彼らは彼らなりのルールがある。なめられるのが一番嫌いだ。そして今、彼らはなめられたと思った。すぐにタカの周囲が囲まれた。囲みは小さくなる。タカは、不意に男達に背を向けると、ビルの壁に向かってダッシュした。そのまま壁を蹴り上がるように、2歩。トンボを切って、男達の頭上に舞った。思ったより包囲が厚い。2歩ばかり、誰かの頭を踏み台にして、包囲の外に降り立った。そのままコンビニまでダッシュした。よし、抜けられる、とタカが思ったそのとき。
グジャ。何かがタカの額にに当たった。どろどろと流れ落ちる。生卵か?女達が、何か投げつけてきていた。トマト、おにぎり、カップ麺・・・コンビニのめぼしいものを殆ど持ち出して、それをタカに投げつけてきていた。最初の卵で、タカの視界が悪くなっていた。そこに男達が迫った。完全に頭にキている。
そのとき。ホイッスルの音が空気を切り裂いた。1回2回、3回。誰もが一瞬動きを止めた。
道の両側から、クルマが猛スピードでやってくる。タカは、自分を監視していたクルマだと認識した。クルマがとまるより先にドアが開き、黒服の男達が降りてきた。タカは、彼らの手の中で伸びる特種警棒を見逃さなかった。ようやく止まったクルマの運転手を入れると、8人。
「なんだぁ、こい・・・・」最後まで言わせて貰えず、容赦なく特種警棒で男がなぎ倒される。黒服の男達は、何の予備動作もなく、次々と奴らは倒されていった。得物を持った奴らはもうちょっとかまってもらえていた。関節をキめられ、落とされた。恐らく良くても脱臼くらいはしているだろう。タカは感心しながら、眺めていた。黒服の腰に、手錠とか拳銃とか見えると面白いのに。だがあいにく確認出来なかった。たまに自分に向かってくるやつは、安全靴でみぞおちを蹴ってやった。暫く食欲不振になるかもね。
気が付くと、立っている男は、タカと黒服の男達だけになった。女達は呆然としていた。
黒服の一人が、タカに近づいてきた。必要最小限に聞き取れる声でささやいた。
「怪我はありませんか。二度とこんな危ない真似はしないで下さい。此処は私たちで始末します。あなたは、寮に帰ってシャワーを浴びて、着替えて下さい。今なら充分門限に間に合います。」
「助けていただいたことは感謝します。二度とこんなことは自分からはしません。寮に帰ります。その前に、2つほど伝言をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「伝言?何でしょうか?」
「1つめは、あなた方の上司へです。もうそんなに隠さなくても結構ですと。あ、いや訂正。私から見える範囲にいらっしゃらなくて結構です、と。2つめは、あなた方の上司に此の仕事を依頼した方へ、です。何処まで伝わるか判りませんけどね。内容は、私は自分で選択します。私は、自分で道を拓きます。でもたまに、助けていただきたいことがあるかもしれません。そのときの連絡方法だけ教えて下さい。以上です。メモを取りますか?」
「いいえ、記憶しました。それに無線も未だ生きてます」
バックアップがいたのか。タカはそこまでは想定してなかった。さすがにプロは違う。まだまだ私は学ばねばならない。
「では、早く立ち去って下さい。念のため、暫くはこの付近に立ち寄らないように」
「了解です。それじゃ」
タカは、いつものランニングコースを多少ショートカットして寮に帰った。言われたとおり、素直にシャワーを浴びて着替えた。生卵やら何やらが落ちて、さっぱりした。
翌日、そのコンビニは閉店した、らしい。当然だろう。
その晩、そのコンビニの前では、暴走族の内部抗争があった、らしい。
大人らしい解決方法ですね。タカは、寮のうわさ話から、類推した。
タカはそれから、夜のランニングを止めた。高校進学までは、早朝に寮の周囲を廻る程度のランニングにとどめた。
タカは、だんだんと欲しいものが出来てきた。とりあえずは、パソコンと回線。インターネットという言葉がようやく世の中に広まってきた時期である。タカは、本だけではなく、もっと生の情報を直接知りたかった。
高校進学の頃、タカは校長室を訪問した。中高一貫校であるから、校長は一緒である。校長は、タカのことは色んな意味で知っていた。
タカ「失礼します。お願いがあって参りました。金澤です。」
校長「はい、どうぞ。金澤君。お願いというのは何ですか?」
このとき、校長の方が少し緊張していた。タカが来た。報告するために、記憶しなければならない。来月になれば、監視カメラが付くというのに、間が悪い。
タカは、来月以降は校長室では話づらくなることを、寮のうわさ話から知っていた。恐らく、監視カメラ、録音機能。もちろん一般的な用途のためもあるだろうが、私への対策の意味もあるだろう。だから、この時期に訪問した。
タカ「我が校は、アルバイト原則禁止ですよね。「原則」、ということで
よろしいでしょうか。校長はご存じと思いますが、私は身寄りの
ない奨学生です。そして、来月からは高校生になる予定です。
高校生になったら、朝の新聞配達をやりたいのですが、許可いただけ
ますでしょうか?」
校長「アルバイトですか。はい、原則、禁止ですね。金澤君は、何でアル
バイトをしたいのすか?」
タカ「欲しいものがあるんです。それと、その欲しいもののために寮長に
も許可を取りたいんです。」
校長「まぁ、君くらいの年なら欲しいものは一杯あるでしょう。バイク
は、免許を取ることは目をつぶりますが、乗ってはいけませんよ。
もっとも君はもう少し免許を取れるには時間がかかりますね。
何が欲しいんですか?学校が用意出来ないものですか?」
タカ「学校で用意していただけるのなら、それもありがたいですが、個人
専用のが欲しいんです。パソコンと、それに電話回線です」
校長「パソコンなら、来年度から徐々に導入する予定ですよ。個人用が
欲しいというのは、学校のでは駄目なんですか?それに回線は?
寮の電話では駄目なんですか?」
タカ「インターネットに繋げたいんです。直接世界を見たい。だから、
回線も自分専用のでないと他に迷惑をかけます。許可いただけ
ませんか?」
校長「困りましたねぇ。まぁ、まだ時間はあるでしょう。職員会議や寮長
とも話し合ってみますから、そうですね、2週間後くらいにまた
お話しませんか?それでいいですね、金澤君」
タカ「はい、結構です。どうもありがとうございました。失礼します」
タカが退出した後、校長は脂汗を拭いた。そして、忘れないうちにとメモを書き出した。一通りメモを書き上げ、内容を確認すると、校長は何処かへ電話をかけた。
「もしもし、はい、私です。白取です。あのお方はいらっしゃいますか?
・・・そうですか、それでは、大事なお話がございますとご伝言いただけますか。また私の方からかけ直させていただきます。それではどうも」
校長は電話を切ると、また脂汗をぬぐった。タカの時とは違う種類の汗のようである。ふぅ、どうするか。校長は、はっと気が付き、ある業者に電話した。
「あ~、私だ。白取だ。君が出てくれてよかった。無理を言ってすまんが、例の工事、あれを2週間以内にやってくれないか?急だって?こっちも急で慌てているんだ。とにかく必要だから、何とかしてくれ。頼む。決まったら連絡をくれ。それじゃあ」
約2週間後、形ばかりの学年末試験が終わった。
タカに、校長から呼び出しがかかった。
校長室に入ると、模様替えがしてあった。
やるなぁ、校長。これで滅多な事は言えなくなる。
校長「おめでとう、またトップのようだね。先生方も感心しておられたよ。
・・・・ところで、何だ、君のアルバイトの件だがね、まぁ認めること
になった。事情が事情だからね。とにかく、お金が入るのだから、
しっかり管理するように。それから、勉強を疎かにしてはいかんよ」
タカ「はい、ありがとうございます。アルバイトの件も含めて。
実は、もうアルバイト先の新聞屋さんには内々にお願いしてあります。
4月になったら、早速始めてよろしいでしょうか?」
校長「君、フライングはいかんよ。・・・まぁいいでしょう。4月から始めて
下さい。あ、そうそう、そのアルバイト先は、この用紙に記入して
先様の署名と捺印を貰ってきて下さい」
生徒受入確認書?まぁ確認はするよな、普通。でもこの書類は、学校だけじゃなくて、どっかにも届くんだろう。
タカ「判りました。早速伝えて、サインして貰って来ます。提出先は、
校長でよろしいですか?」
校長「結構です。こちらに持ってきて下さい。不在の場合は・・・」
タカ「ご不在の場合は、事務長にお渡ししておきます。どうもありがとう
ございました。失礼します」
校長は、話の腰を折られたので少し怒っていた。それよりも、雑談として色々記録してみたかった処を、早々に退出されたことの方が残念だった。
タカは、慎重に新聞屋を選んでいた。配達区域が自分の希望する範囲であることを中心に考えていた。バイクは乗れないから、自転車である。ただでさえ、新聞配達の自転車は重い。おのずから、丘の高級住宅街は廻りたくなかった。いくら足の鍛錬になるといっても、過負荷はいけない。疲れが昼間の授業に出てもいけない。結局、アパートや団地が密集する地域の配達をさせてくれる処に決めて、お願いした。今時、それもあの学校からなんて、珍しいねぇ。まぁ寝坊はするなよ。気のよさそうな親父さんが仕切っている配達所だった。書類は、校長室を出た足で親父さんに書いて貰いに行った。お礼を言ってから、またその足で学校に戻り、校長の不在を(半ば確信して)確認の上、事務長に書類を渡した。
校長は、今頃ご注進ご注進、ってやつか。タカは少しばかり歩き疲れた足を引きずるようにして、寮に向かいながら考えていた。
とにかく、これで来月から金が入る。まずはパソコン、それに回線か。回線料は新規だから結構かかるな。(この頃は、未だ「一時預かり金」名目で数万円取られる時期であった)まぁ夏頃までには一通り揃えられたらいいか。夏休みも、図書館の冷房の恩恵にはあずかれないけど、調べたいことは一杯ある。タカはとりあえず目の前に小さな目標が出来た。