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「もっと速度を上げられないのか。それに低いぞ。これじゃあ雲の上どころか、鳥に負けている。もっと高くまで上げろ」
操縦席に響くエピティの声に反応する余裕は無い。シュミットは相変わらず震える体をなんとか抑え込み、地上から数メントの高さに浮かぶマチェーラを操縦していた。
ドッグの街を出て、もうすぐ山脈の麓だ。山は背の高い木々に覆われている。この先に進むには、その木より高い場所を進まなければならない。シュミットは冷や汗を浮かばせながら、ゆっくりとマチェーラを上昇させる。機の高さは十メントを超えていた。
「この程度の高さで怖がっていたら、雲の上まで行くのはどれだけ時間がかかるのだろうな。さっさと高所恐怖症を克服してもらいたいものだ」
「人事だと思って適当に言いやがって……」
シュミットは壮絶な顔で歯を軋ませるが、別の操縦席にいるエピティにその顔は見えない。ふふんと馬鹿にするような声がするだけだ。
『そういえば、どうしてエピティはシュミットと一緒に発掘師をやってるの? 騎士なんでしょ?』
マチェーラが屋敷で世話になることが決まった夜、夕食の席でエピティと会話をして彼女がこの街を守る騎士だということは知っていた。しかしなぜシュミットと一緒に発掘師をしているのかということは話さなかったのだ。初めての環境に緊張していたマチェーラはほとんど昨日は自分から話す事ができず、落ち着いた今日になってその疑問を聞いてみたのだ。
「まあ、そうだな。言ってしまえば……暇だからだ」
見も蓋も無いことを言うエピティ。
「まず騎士の仕事だが、それは街を外敵から守ることと治安の維持だ。しかしドッグの街は高い壁に囲まれていて外敵の心配はまず無い。そして治安の維持だが、平和すぎて見回りの必要が無い」
平和というのは誤解がある。単純に人が少なすぎてトラブルが起きないのだ。またあったとしても街にいる騎士がエピティ一人だけなので発覚しない。この広い街を一人で見張るなどどだい無理な話なのだ。
「なの騎士の仕事をさぼってシュミットに同行している。邪精霊と戦うのは訓練にもなるしな。精霊遺物を見つけるのも面白い」
『それって怒られないの?』
「私の上司である街の責任者が、仕事を放り出してどこかへ行くからな。怒られたことは無い」
呆れながらマチェーラは納得するが、これが他の街なら許されないことだ。街の管理も治安を預かる騎士も、国から任命された正式な役職だ。給料も国民の税金から払われている。だというのに仕事を怠けていれば、最悪罪人として牢屋へ繋がれてしまう。
しかしこのドッグの街は、捨てられた街だった。そういう場所はいらない人間の左遷場所として最適だ。そういう理由でエピティとその上司はこの街へ派遣されたわけなので、二人が仕事をしようがしまいが、国としてはどうでもいいのであった。
「おお、見えてきたぞ」
エピティが声をあげた。前方に見えるのは。山の中にぽっかりと空いた丸い場所。そこに暗い穴があった。
『あれがノームの縦穴……えっ、ひとつじゃないの?』
マチェーラが戸惑いの声を出した。ノームの縦穴が深い穴だということは教えられていたが、その数がいくつもあるとは教えられなかったのだ。丸く開けた場所にいくつかの縦穴が口を開けている。上から見たその光景はまるで何かがその穴から這い出してくるように思え、どこか薄ら寒く感じられた。
シュミットはその穴の一つのそばへマチェーラを着地させた。なぜこの場所に来たのかというと、マチェーラを動かすのはいいとして、どこへ向かうのかという話になったのだ。そこでエピティがノームの縦穴へ行こうと言ったからだった。
「さて……来てみたが、これからどうするんだエピティ」
地上へ降りることができたシュミットは落ち着きを取り戻し、そう言った。聞かれたエピティとしても特に理由はなく言った事だったので、この先のことは何も考えていなかった。しばらく唸ったあと口を開く。
「とりあえず穴に潜ってみるか」
「却下だ。荷物を持ってきてないだろう。それにマチェーラを放っておくこともできない」
シュミットたちが縦穴へ潜るときは、大きなリュックに様々な荷物を入れていく。それは食料やランプにもしものための薬、穴の中で一泊する場合になったとき用の毛布など。今は武器こそあるが、発掘師としての必需品であるそれらが無いのでこのまま穴へ潜るのは危険だった。
「浅い場所なら大丈夫じゃないか? 光る精霊遺物は持っているだろう。私も持っている」
光る精霊遺物とは、シュミットが革製のベルトで胸に装着している物だ。これは前方に明るい光を投射するもので縦穴の暗闇を探索するのに向いている。これはシュミットが見つけた物で、お気に入りの精霊遺物でもあるので常に身につけていた。
「少なくとも今日は絶対に駄目だ。潜るならちゃんと準備してからだ」
「ううーん……わかった。じゃあ、これからどうする? そうだ、最初に言っただろ、雲の上に行きたいと。さあ、行こう。シュミット、空へ上がるんだ!」
「絶対に嫌だ!」
心からの叫び。それに不満そうに口を尖らせるマチェーラ。しかし操縦席で隔離されているので、そんなアピールをしてもシュミットには見えないことに気付かない。
「だったら……そうだ。マチェーラを見つけた所に行ってみよう。もしかしたら同じ様な精霊遺物があるかもしれない。それを見つければ私も空を自由に飛べるかもしれない! 臆病者のシュミットの移動の遅さに、実はちょっと苛立っていたのだ!」
シュミットの口元がひくひくと屈辱に痙攣する。
「さあ、行こう!」
マチェーラの巨体がふわりと浮かび上がり移動を始めた。
「マチェーラ、最初に自分がいた場所のことがわかるか?」
『えーっと、たぶんあっち』
シュミットの視界に青い線が浮かぶ。実際はマチェーラが操縦席内に投影した外の景色に青い線を加えたものである。前方に向かって伸びている線の先を見ながらシュミットは言った。
「この線にそって行けばいいのか」
しばらく進むと線の先が青い円となっている。ここが目的地のようだ。円の場所まで来ると、そこは確かにシュミットたちが鎧持ちと戦い、マチェーラを発見した場所だった。マチェーラの巨体が埋まっていた痕跡と、鎧持ちの死体が転がっていた。
「しまった。ロープを持ってくれば鎧持ちを持って帰れたのに」
「ふふつ。あの時は重くて落ちたらどうするんだと騒いでいたのにな。どうやら順調に高所恐怖症を克服しているようだ」
からかい混じりの言葉にシュミットの顔が歪む。
「うるさい。それでだ、どうやってマチェーラの仲間を探すんだ?」
「とりあえず、あたりを調べてみればいいんじゃないか?」
マチェーラは木々に覆われた山脈の上をゆっくりと移動する。木で隠れていてその下に何があるのか見えない。
ここはノームの縦穴からずいぶん離れていて、道は一本も存在しない。あったとしても獣道だろう。人が通ることが難しい場所の上空を、シュミットたちは悠々と漂っている。
「何も無いな……」
「上からだと木で隠されているからな。下におりて探したほうがいいかもな」
『でも、下りられそうな場所は無いよ』
代わり映えしない景色と何も発見できない状況に退屈してきた三人に、その頭を叩くような音が突然鳴り響いた。
「これは?」
視界に浮かぶ赤い円。これは以前にもあった、高エネルギー反応を表す表示だった。
『エネルギー反応、くるっ!』
木々の間から影が飛び出した。それは猿を大型にしたような姿で、しかしそれが猿ではない証拠として腕が四つもあり、胸には金属板が埋め込まれていた。
「邪精霊! また鎧持ちか!」
猿に似た邪精霊は驚異的な脚力で跳躍し、一直線にマチェーラに向かってきていた。かん高い声を発しながら、四つの腕を叩きつけようと振り下ろす。
シュミットの思考を読み取ったマチェーラが即座に動く。空中を高速でその巨体が横に滑った。一瞬前までマチェーラが存在していた空間を、邪精霊が重力に引かれて落ちていった。邪精霊が着地すると音と共に山の一角から土煙が上った。
「最近はやたら鎧持ちに出会うな。好かれているのか?」
「あんな化け物に好かれたくねえよ」
『また来るよっ!』
再び鎧持ちがシュミット達へ向かって跳躍する。その両目はギラギラとした殺意に輝いていた。両手の爪は硬く鋭い。邪精霊の力は野生動物の何倍もあり、人間の体だけでなく鉄の鎧や太い大木でさえも簡単に粉々にできる。
「マチェーラっ!」
シュミットの叫びと共に青く光る防御シールドが繭を作る。振るわれた四本の豪腕はマチェーラの体を傷つけることなく防がれた。腕を弾かれた鎧持ちは、そのまま下へ落ちていく。その姿を見ているシュミットの目が鋭く細められた。
「マチェーラ、攻撃しろ!」
光の繭が消えると、マチェーラから青い閃光が空中を奔る。それは上空から地上へと落下する鎧持ちの体を精確に捉えた。閃光は光の球体に膨張し、周りの木を巻き込みながら鎧持ちの体を消滅させ、山の一部が削り取られた。
「やったか?」
『エネルギー反応消失……うん、やっつけれたみたいだね』
「急に襲ってきやがって……まだ他にもいるかもしれないな」
シュミットは険しい顔で周囲を見る。しばらくしても新たな邪精霊が襲ってくる気配は無かった。そこで緊張させていた神経をようやく解く。
「ふーっ。もう勘弁してほしいぞ、こんなに頻繁に襲ってこられたら疲れるだけだ」
「そう悲観的なことばかりじゃないかもしれないぞ。マチェーラを見つけたときも鎧持ちに襲われた。つまりこの近くに精霊遺物があるのかもしれない」
鼻息を荒くするエピティに対しシュミットは懐疑的だ。
「そんなにうまくいくかよ。マチェーラはどうだ。この近くにお前の仲間がいると思うか?」
『私は……』
再びシュミットの視界に青い光が浮かんだ。また邪精霊かと身構えるが、さっきの反応とは違いどこか明るい音が断続的に続き、それに合わせて青い光のマーカーが点滅していた。その位置はここから近い。
「これは何だ?」
『えっと……たぶん私の仲間? がいるの、かも?』
シュミットは驚愕を顔に浮かべ、エピティは歓喜の声をあげた。
青い光の示す場所は、何の変哲も無い山の合間にある細い川の近くだった。川の両側を塞ぐ山は岩肌で、ほぼ垂直になっていて人が上り下りするのは不可能そうだ。幅は広いので楽にマチェーラでも下りることができた。
川原へと着地すると、操縦席が開きエピティが飛び出す。大小の石が転がる川原に危なげなく着地するエピティ。
「どこにマチェーラの仲間がいるんだ?」
『私の仲間かどうかわからないけど……その向こうから何か反応があるみたい』
青いマーカーが指していたのは、切り立った岩肌だ。その中にマチェーラの感じる何かがいるらしい。しかし見るからにその岩肌は頑丈そうで、簡単には掘ることができなさそうだ。それに適当に掘ってしまえば崩落の可能性もある。
「どのぐらい奥にありそうなんだ」
そうマチェーラに聞いてみても、精確な位置はわからないようだ。そこで崩落に巻き込まれない遠くから、マチェーラの光線を撃ち込んでみることにした。埋まっているものが巻き込まれる可能性があるが、その時はその時だ。
マチェーラから青い閃光が岩肌で発射され、青い球体に変化するとその形に岩肌がくり抜かれた。微かな揺れが起こると、それは徐々に大きくなり、岩肌が崩れ始めた。
「やっぱりか」
舌打ちするシュミットが見つめる中、崩壊は進んでいく。はがれた大小の岩が次々と落下し、轟音と共に地響きと土煙をあげる。崩落が終わり土煙が晴れると、はたしてマチェーラの言葉通りそれは存在していた。
崩れた岩に埋もれていて全体がわからないが、見えているのは人が着る鎧のような物の上半身部分だった。ただし普通の鎧とは見た目がかなり違っている。
まず兜に覗き穴らしきものが無かった。そのかわりにか目の位置に丸い宝石のようなものがはめ込まれている。また両肩部分がやけに大きく横に突き出ていて、その部分が角ばっていた。土に汚れて分かりにくいが、鎧は鈍く赤色に輝いている。
「おお、出てきたぞ!」
真っ先に駆け出したのはエピティだ。また崩落が怒るかもしれないというのに、注意する様子も無く現れた精霊遺物らしき鎧に近づく。そして両手でその表面をぺたぺたと触り始めた。
た。まるで長い時間眠っていた人間が目覚めたかのようだ。
「ん?」
鎧の腕がその上に乗っていた石を落としながら、ゆっくりと持ち上がる。それとともに鎧が自分で埋もれた体を起こし始めた。エピティは瞳を鋭くさせると後ろへ跳び、鎧から距離を取った。そのまま腰の剣を抜き、先端を鎧に向けて構えた。
『起動シークエンス開始……起動チェック問題なし……再起動開始します……』
鎧は石に埋もれた体を立ち上がらせた。二本の足と二本の腕があり、その見た目はまさに人間が着る鎧そのものだった。
『衛星データ接続不可……周辺調査開始……一体の友軍機を確認……状況を共有するためのデータリンク開始……』
「何を言ってるんだ?」
鎧が何か言葉のようなものを発していることは分かったが、聞いたことが無い言葉でエピティには理解できなかった。シュミットは距離が遠く聞こえていない。
『わっ!』
「マチェーラ、どうした」
『えっとね、あの鎧と私が繋がったみたい。なんて言えばいいんだろう……私の記憶を一緒に見れるようにするっていうのかな?』
鎧の両目が点滅をくり返す。しばらくすると点滅は止まり、その輝く両目らしきものをマチェーラへ向けた。
『データリンクが終了しました。言語選択完了。友軍機にはエラー多数あり。詳細な情報把握は不可能なため、行動を共にすることで情報収集を図りたいと思います』
その言葉は先程までとは違い、エピティにも聞き取れる言葉だった。ただし言っている意味はさっぱり理解できなかったが。
光る鎧の目がエピティへと向けられた。反射的にエピティは剣を握る手に力がこもり、いつでも動けるように体勢を整える。そんな戦闘状態の彼女に向かい、鎧は穏やかな口調で話しかけた。
『私はあなたと戦闘する意思はありません。武器を下げてもらえませんか』
意表を疲れたエピティは驚きの表情を浮かべ、本当に鎧には敵対する意思を感じられなかったため構えを解くと、剣を腰の鞘へ戻した。
「お前は精霊遺物でいいのか? マチェーラの仲間であってるのか?」
『精霊遺物、友軍機のデータに同一言葉を確認。はい、たしかにその認識で合っているかと思います。正確には、精霊力駆動型戦闘機【ガイストラッヘ】の一つ、小型戦闘機【リッター】です。そして私は操作支援AI【グラーフ】です』
「……知らない言葉や名前が多くてよくわからなかったんだが、結局お前は何なんだ?」
鎧は穏やかな、しかし人間味が感じられない声で言った。
『私のことはグラーフとお呼びください。そしてあなた達の仲間です』
エピティはそれでもうまく理解できず、難しい顔で腕を組む。
「つまりお前はグラーフという名前で、マチェーラの仲間でいいんだな」
『マチェーラというのはあの戦闘機のことですね。それでしたら、その通りです』
「マチェーラは私の友達だからな。その仲間だというのなら問題ないな」
『理解していただけて嬉しいです。それでなのですが、ひとつお願いがあるのです。どうか聞いていただけませんか?』
エピティが首を傾げると、グラーフの両目が点滅する。
『お願いというのは私のユーザーになっていただきたいのです。私はユーザー登録がなされないままでは制限がかかり、最大出力での稼動が不可能なので』
「その何とか登録とはどういうものだ?」
グラーフのはマチェーラを指さした。
『あちらの戦闘機と搭乗者がと同じ関係になるということです』
「マチェーラはシュミットが動かしていたのだったか。という事は、私がグラーフを動かすようになるということか」
『はい。私はあなたのものになります』
エピティは特に何も考えずその言葉に頷いた。グラーフはどこか嬉しそうに両目を輝かせると、彼女に背中を向けた。
「何をやってるんだ」
精霊遺物の鎧グラーフが動き出したときから、シュミットはその動きを常に観察していた。距離が離れているので二人の会話はわからなかったが、エピティが剣を戻したのを見て敵対するものではないということだけは見てとれた。
するとグラーフがエピティに背中を向けたので何をするのかと思ったら、なんとその背中が大きく裂けた。正確には裂けたというより、花のつぼみが咲くように大きく開いたのだ。それにシュミットは目を丸くする。
エピティも突然開いたグラーフの背中に驚いたが、その中身を見ると困惑の表情に変わった。グラーフの中身が空っぽだったのだ。開いているのは背中だけでなく、腰から足の裏側も開いて空の中身を晒している。首から上は胸側へ折れるように倒れていた。
『この中に入ってください』
「入れって、お前の中にか?」
『はい。私は人が着る戦闘用の服であり鎧です。私だけでも戦闘行動は可能ですが、最高のスペックを発揮するには人間の装着者が不可欠なのです』
エピティは開いた中を確認して、普通の鎧とあまり変わらないと結論付けた。見た目からするとかなり重そうだが、自分で動いていたしそんなに重くないのかもしれない、などと考えていた。するりと開かれたグラーフの体内へ滑り込む。その際に腰の剣が邪魔になるので、グラーフへ鞘ごと持ってもらった。
エピティを飲み込んだグラーフの背中が閉じられていく。
『ユーザー登録開始。装着者同調シークエンスも同時に開始……思考制御ナノマシン同調成功。遺伝子に人類の平均値と比べ多少の差異があるが問題なし。登録成功』
暗かったエピティの視界が明るくなった。覗き穴も無いはずなのに周囲が良く見える。それは兜をかぶっているというのに、遮るものが無い普段と同じ見え方だ。
ぐおんという低い音がグラーフの体から発せられた。金属製の鎧とは思えないほど静かにその両腕が動く。
「この鎧、ほとんど重さが無い? それどころか力があふれる様な……」
『リッターの能力を感覚的に理解できるように脳とリンクさせています。調整がまだ完全に終わっていないので、まだ多少違和感があるかもしれません』
「その調整はどうすればいいのだ」
『何か運動をしてください。それであなたのクセを覚え、動きに反映させます』
エピティがグラーフの中へ入りそして閉じられるのをシュミットは呆然と見ていた。
「あれは大丈夫なのか?」
『平気だと思うよ。あれは私がシュミットとユーザー登録したのと同じことだから』
それを聞いてシュミットは安心して息をはく。
赤い鎧姿となったエピティは、その場で腕を回したり、膝を曲げ伸ばしたりを始めた。
「あれは何をしているんだろうな」
『準備運動?』
赤い鎧がわずかに腰を沈めた瞬間、その姿が消えた。さっきまで立っていた地面がわずかに抉れている。次の瞬間、赤い鎧の姿は立っていた場所からかなり離れた場所にあった。
「ははっ! これはすごいな!」
『今ので限界出力の六十パーセントほどです。もう少し移動をくり返してください』
「わかった!」
再びエピティの姿が消え、離れた場所へ現れる。それを何度もくり返す。姿が消えて見えるのは、エピティがそれほどの高速で移動しているからだった。常人ではありえないこの速さは、彼女が身に纏う鎧【リッター】の力だ。
鎧の力だけでなく、その操作支援用AIであるグラーフの力でもあった。グラーフはエピティの足運びや体重移動の仕方、その他のクセなどを一回の動きで収集しそれを次の動きへ反映させる。それにより一回目より二回目、二回目より三回目と動きが洗練されていった。これはエピティ自身が強い騎士であることも関係していた。もしエピティが何も訓練を受けていない素人ならば、ここまでの動きにはならないだろう。
「何をやっているだエピティは……」
縦横無尽に動き回り、ほとんど姿を捉えることができないエピティを、シュミットが呆れた顔で眺めていた。マチェーラは言葉も無い。
不意にエピティの動きが停止した。
『これで大体のデータは収集できました。後の細かい修正は継続的にやっていきましょう』
「けっこう動いたが、あまり疲れた感じがしないな。よし、シュミットたちにお前を紹介しなければ」
『その前に武器を回収してください。その岩の下にあるはずです』
エピティの視界に青いマークが浮かんだ。それは崩落した岩でできた山を示している。そこへしゃがみこむと岩を次々と横へ放り投げる作業を始めた。一抱えもある岩もあったのだが、この鎧の力があれば簡単に持ち上げることができた。
岩を排除すると、そこには一本の棒があった。黒ずんだ金属製で、長さはエピティの伸長と同じほど。見た目は厚みのある金属の板といった物で、一方の先が細くなっていてそちらを持てば刃をつぶした大剣に見えなくもない。
「これが武器なのか? どうやって使うんだ」
『これは接近戦用の武器で、エネルギーを放出させそれを敵に叩きつけることにより敵を破壊、および切断します』
「ふむ。つまりは剣なのか」
エピティは柄らしき細くなった部分を持って構える。何度か素振りをしてみたが、かなり長さがあるのに重くなく、振っているときにバランスを崩すこともなかった。
『武器が起動できるかテストしてみましょう』
グラーフの声とともに、エピティが持つ武器が光を放った。それはマチェーラの防御シールドや光線と同じ青色の光だ。
「これは私が使う精霊術に似ているな」
『これと同じことができるのですか?』
「ああ。これと全く同じかどうか分からんが、私も剣に精霊力を纏わせることはできるぞ」
その言葉に何かを感じたのか、考え込むかのようにグラーフが沈黙する。
『……そうですか。とりあえず問題なく攻撃できるかテストしましょう。そうですね、あの岩を攻撃してもらえますか』
青いマーカーが表示されたのは、エピティの身長よりも高さがある、崩落した岩肌の塊だった。重さも硬さもかなりありそうだ。
エピティはその岩まで歩いていくと、光る剣を右肩に構えた。一瞬の溜めの後、袈裟懸けに振り下ろす。抵抗が感じられない速さで振りぬかれ、巨岩は爆砕した。
それは剣で斬りつけて可能な破壊ではない。巨大なハンマーで殴りつけたかのようだ。岩で残っているのは地面と接している下側のわずかな部分だけという、すさまじい威力。
「なんという破壊力だ」
『どうやら武器は正常に動くようです』
シュミットが破壊された岩を呆然と見ていると、赤い鎧は振り返り歩いてくる。思わず身構えたシュミットだったが、聞こえてきた声に一気に脱力した。
「見たかシュミット。すごいだろ!」
「……ああ、確かにすごかったな。で、その鎧は何なんだ。精霊遺物でいいのか」
『はい。そうです』
急に聞こえた知らない声に、シュミットは表情を変え、マチェーラは驚きの声を出した。
『そちらと共有したデータの中では、精霊遺物というカテゴリになります。正確には精霊力駆動型戦闘機ということになります』
声とその言葉にエピティは混乱する。
「あー、つまり……お前はマチェーラの仲間でいいんだな」
『そのマチェーラというのがあなたが搭乗している精霊力駆動戦闘機であるなら、確かに同じカテゴリになります。私の名前はグラーフ。操作支援用AIです』
エピティは赤い鋼鉄の鎧姿を睨みながら、小声でマチェーラに質問する。
「あいつは危険なものじゃないのか」
『攻撃されたりとかは、こっちからやらなかったら何もしてこないと思うよ。あとは装着者のエピティが攻撃してこない限りは安全なはず』
「よし。マチェーラ、ここを開けろ。外に出る」