表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

 二人を乗せたマチェーラーはすぐに出発、というわけにはいかなかった。

 シュミットとエピティは縦穴の探索のための道具をいくつも携帯していた。それは大きなリュックに詰めていたのだが、それが操縦席へ入らなかったのだ。

 操縦席は一人の人間が入るだけの容量しか無い。ひざの上に乗せることもできるが、それだと前が見えなくなるし、操縦席の蓋を閉めることができなくなる。荷物を入れるための場所もマチェーラの言葉によると存在しないらしいので、仕方なくロープで外へ縛り付けることにした。

 そのとき倒した邪精霊の死体も縛って持って返ろうとエピティは提案したが、残りの二人に却下された。

 邪精霊の死体は素材の宝庫だ。種類によって様々だが、強固な皮膚や外殻に骨は武器や防具の材料となる。さらに今あるのは鎧持ちの死体だ。鎧持ちの名前の由来である体の一部の金属は、現在の技術では再現不可能な物質であり、その強度は鉄の何倍もの硬さを持つ。なので武器や防具の材料として最適であり、その貴重さから常に高額で取引されている物だ。

 いつもなら何が何でも持って返ろうとするシュミットだったが、今回だけは別だった。とにかくマチェーラの重量が増えることを恐怖したのだ。ただでさえこの巨大な金属の塊が空に浮かぶのがおかしいというのに、それをわざわざ重くするなど高所恐怖症に目覚めたシュミットにとって到底許可できるものではなかった。

 最初は荷物を結ぶことも、エピティを乗せることも拒否していたが、どちらも彼女の強硬な反対にあって断念する。しかし鎧持ちの死体だけは諦めさせることができた。

 それができたのは、マチェーラの強い反対があったからだ。その理由は『あんな血だらけの死体を体にくくりつけられるなんて嫌だ』ということだった。確かに自分の体にいくつもの死体をくくりつけられるのは誰でも拒否したい事だろう。エピティも納得するしかなかった。

「よし。出発だ!」

 荷物を縛り終えたエピティは素早く操縦席へ乗り込んだ。それを恨めしそうに見ながら、シュミットは肩を落とす。

「……またあの空へ行かなきゃならないのか……」

 人によっては垂涎の的である人では行くことができない未知の場所だというのに、シュミットはそこへ行くことを思うと顔がどうしても下を向いてしまう。

 両足が立つ地面が名残惜しくてしょうがない。そうやって操縦席に上ることなく佇んでいると、頭上からエピティの怒鳴り声が降ってきた。

「シュミット! いつまでグズグズしているんだ、さっさと行くぞ!」

 操縦席から頭を出したエピティが、シュミットを厳しい目で睨む。それはまるでだだを捏ねる幼い弟を叱る姉のようだ。

 そう感じたシュミットはばつが悪そうに頭をかくと、とぼとぼといった様子で操縦席への階段をのぼりはじめた。

「……はあー」

 重い足を引きずりながら階段を上り操縦席へ乗り込むと、思わずシュミットの口からため息が漏れた。どんよりと曇った目で並んだ光るパネルを見やる。

 シュミットは持っていた長い筒状の武器をなんとか操縦席の中へ納めた。危険と隣り合わせの仕事をしているので、手元から武器を離すのは心情的に避け難かったのだ。それはエピティも同じで、彼女も剣を持ち込んでいる。

『シュミット、背中をシートにぴったりくっつけて。それから思考制御用パネルに手を置いてね』

「あ? ああ。シートはこの椅子のことだな。で、思考制御用パネルは、と……」

『肘掛の光ってるところだよ』

「そうだったな……」

 これからの事を考えると憂鬱になり、どこか投げやりな様子でマチェーラの指示通りに動く。両手がパネルに置かれるとマチェーラの声がした。

『じゃあ操縦席を閉じるね。立ち上がったりしないで。頭をぶつけると危ないから』

 開いていた操縦席の上部の蓋が、ゆっくりと閉まり始めた。突然のことについ動揺してしまう。慌てて動こうとしたとき、先ほどのマチェーラの言葉を思い出して止めるシュミット。

 蓋が閉まっていくと同時に見えなくなる外の風景。それはやがて細い光だけになり、それも消える。蓋はすべて金属製で覗き穴も無いので外の光は入ってこない。光るパネルだけがシュミットの顔を浮かび上がらせていた。

 空気が抜けるような音と共に操縦席は完全に閉じられた。

『完全閉鎖完了……で、次はベルト装着……』

 マチェーラの声がしたと思うと、シュミットの体に帯状のものが巻きついてきた。

「うおお! 何だ?」

「何だ、急に体が縛り付けられたぞ!」

『落ち着いてよ二人とも。それは安全のための固定ベルトだから』

「どういうことだ! これを外せ!」

『だからそれは安全のためなんだよ。それがあれば何かあったとき体を投げ出されて、頭や体をぶつけることは無いんだから』

 固定ベルトはシュミットが座っているシートに繋がっている。両肩の上から体の前へ伸び、腰を固定しているベルトと接続していた。

「何かってなんなんだ!」

『例えば急な動きをしたときや、墜落しそうになったときとか……』

「くそっ、外せ! 縛りつけられてたら逃げられないだろ!」

 上空での恐怖を思い出したシュミットは、錯乱したかのように固定ベルトを外そうと躍起になる。しかしベルトは頑丈で、素手では外せそうになかった。

「空の上ではここから出たとしても、どうしようも無いような気がするが……」

 冷静なエピティの言葉。しかし混乱しているシュミットはそれを聞いても必死にベルトを外そうとするだけだった。

『落ち着いてよシュミット。このベルトは空から落ちても助かるためのものなんだから』

「……なに? どういうことなんだ?」

 マチェーラの必死な呼びかけに、顔を向けるシュミット。

『えっと、もし空を飛んでいて何かあって、もう落ちるしかなくなった場合にね、操縦席は発射されるの』

 意味を理解できないシュミットはただ無言。マチェーラも説明はしているが、なぜか勝手に浮かんでくる言葉と意味を話しているだけなので、うまく説明ができない。それでも何とか分かりやすいように言葉を組み立てようとする。

『そのー、私がもう空を飛べない状況になったら操縦席のハッチ……えっと、上を塞いでる蓋が外れるから。それで乗っている人は座ってるシートごと上に飛び出すの』

「結局放り出されるだけじゃないか!」

『それだけじゃないから! それでシートにはパラシュートが……これは、その、なんていうか安全に着陸するためのもので……とにかくそれがあれば空に放り出されても安全に地上まで戻れるんだよ! だからシートから体が離れないように、そのベルトで固定されてるの。もしベルトが無かったら、それこそ地面に落ちて死んじゃうから絶対に外さないでよ!』

「……」

 その言葉を信用したわけではないが、意味が無いことではないようなので苦い顔をしながらもシュミットはベルトを外そうと暴れることを止めた。シュミットが落ち着くと、安心したように息を吐く音をマチェーラは漏らした。

『もう外そうとしたりしないでよ』

「わかった……しかし人間臭いなお前は。まるで本物の人間みたいだ」

「確かに。私もそう思う。話をしていると、人間と話しているかのような気持ちになる」

『人間に……?』

 マチェーラが沈黙する。そういえばさっきもこんな事があったなと、シュミットは思い出す。だがあれはマチェーラを人間ではないと言ったときだった。しかし今回は、マチェーラを人間のようだと言った。前とは逆の意味のはずだ。

「どうしたんだマチェーラ?」

『え、ううん何でもないよエピティ。そうだ、エピティもベルトは装着できたよね』

「ああ。しっかりと体に巻きついているぞ」

 それを聞いてシュミットはエピティの姿を確認しようとして気付く。この操縦席には自分一人しかいないのに、エピテイの声が聞こえる。後ろ側の操縦席にいるのだから聞こえてもおかしくないのかもしれないが、間には分厚い金属の壁があった。それなのにすぐ近くにいるかのように聞こえる。

「どうしてエピティの声が聞こえるんだ?」

「ん? 私もシュミットの声が聞こえるぞ。別におかしくないだろう」

「いや、おかしいだろ。別々の部屋にいるのに。壁越しじゃなくて、まるですぐ近くで喋っているように聞こえる」

 シュミットは自分の周囲を見回す。光るパネルはいくつもあるが、その光程度では影が多くて暗い。そして狭いので圧迫感があった。頭上は多少余裕があるのが救いだ。

『声が聞こえるのは、スピーカーからお互いの声を出してるからだよ』

「どういう仕組みなんだ?」

『えっと、声をマイクっていうもので集めて、それを操縦席にあるスピーカーから出してるの。だから離れた場所でも近くから声が聞こえるんだよ』

「離れた相手と話ができる精霊遺物がたしかあったな。あれと同じものか」

 感心しながらシュミットは操縦席の中を観察するが、どこにスピーカーがあるのかわからない。そもそもどんな形をしているのかも知らないので、見つけたとしても気付くことができないだろう。

 そうやっていると急に目の前が明るくなった。暗さに慣れていた目には強烈な光で、目を閉じたが視界が白く染まる。目を手で覆い、しばらくして目を開けると、飛び込んできた光景に驚きの声をあげた。

「これはっ!」

「おお、外が見えるぞ!」

 シュミットとエピティの二人は目を見開いて驚く。眼前にはさっきまで見ていた山中の光景が広がっていたからだ。

「どうして外が見えるんだ? 外側は金属でガラスなんかじゃなかったぞ」

 恐る恐る目の前の光景に指をのばす。そのまま手が外へ出ることはなく、指先は景色の表面で冷たい金属の感触がした。この操縦席は完全に閉じられている。

「まるで外にいるみたいだな!」

 エピティの歓声が聞こえる。

 視界は頭上から前方まで開けていた。そして首を後ろに回すとシュミットは何度目か分からない驚愕を顔に浮かべる。自分の周囲すべてが外の光景だったからだ。

 座っているシートはそのまま見えているが、さっきまで見えていた光るパネルや金属の壁はどこにも見えない。そして足元へ目をやると、地面が見えた。

 それはまるで宙に浮かぶ椅子に座っているような感覚だった。あまりのことにシュミットは一瞬めまいを感じる。

「……一体どうなってるんだこれは。頭が追いつかない……」

 頭を抱えるシュミットとは違い、エピティは楽しそうにはしゃいでいた。

「すごいなこれは! 私は浮いているのか!」

『まだ浮いてないから。あのね、今座ってる位置から見えるはずの景色をホログラムで見せてるだけで……』

「ホログラムとはなんだ? なんだ、手が何かに邪魔されてるぞ」

『あ、暴れないで! 操縦席は閉まってるから、見えてるだけでエピティは外にいるんじゃないの!』

「そうなのか。しかしすごいな」

 騒がしい声にため息をつくシュミット。想像を超える事態について落ち着いて考える時間も無い。まだ喋り続けている二人にうんざりとしながら声をかける。

「いいかげんに黙れ。もうこれで出発できるのか?」

『え、あ、うん。もう行けるけど』

「なら、さっさと行くぞ」

「おや、空を飛ぶのは怖いんじゃなかったのか?」

 意地の悪いエピティの言葉に、シュミットは奥歯を鳴らして眉間に皺をよせる。

「うるさい! もう腹はくくったんだ。ひと思いにやってくれ!」

 自棄ぎみに声を荒げる。

『それなんだけど……どうやって動くのかは、シュミットに操縦してもらわないといけないんだけど……』

 思いがけない言葉に、シュミットは目を丸くした。

「これはお前の体なんだろ。だったら自分で動けるはずじゃないのか」

『私はその、シュミットの操縦の補佐ができるだけみたい。だから基本的な動きはシュミットにやってもらわないと動けないんだよ……』

「さっきは勝手に空へ上がっていただろ」

『あれはシュミットが上昇しろって言ったから、その通りにやっただけだよ』

 あの時のことを思い出すと、たしかにシュミットはそんなことを言ったような気がした。

「つまり、俺がお前に命令しないと動けないって事か」

『ううん。シュミットが考えるだけで動けるよ。私とシュミットは頭が繋がってるから』

 シュミットは意味がわからず首をかしげた。

『つまりね、私はシュミットの考えていることがわかるってこと』

「なんだと!」

 シュミットは思わず声を出した。自分の思考が全て相手に知られるということに、嫌悪感がしたのだ。厳しい目つきになったシュミットに、慌てた声でマチェーラは言う。

『ち、違うよ! 考えがわかるっていっても全部じゃないから。わかるのは私をどんなふうに動かしたいかってことだけで、それ以外は全然わからないんだから!』

「……本当か?」

 疑わしそうなシュミット。

『本当だから!』

 必死なマチェーラの声は、勢い良く何度も頭を上下させる光景が浮かんでくるようだった。それでいくらか疑いを解くシュミット。しかし完全には信用できない。

 マチェーラの言ったことが嘘で自分の頭の中が全部わかってしまったとしたら、そこまで考えたところで特に問題ないのではとシュミットは思った。

 これが相手が人間だったとしたら問題だ。しかし相手は精霊遺物、ただの物である。言葉を話し人間らしいところはあるが、結局はそうなのだ。

「……まあ、大丈夫か」

『どうしたの?』

「いや、なんでもない。それでだ、どうすればお前を動かせるんだ?」

『それじゃあ、思考制御用パネルに両手を置いて』

「こうか?」

 シュミットは肘掛の先にある、緩やかに湾曲したパネルの上へ手を置く。すると手の下で微かにパネルの輝きが強くなった。

『思考リンク成功。接続率問題なし……そこに手を置かなくても操縦できるんだけど、そうしたほうがノイズが少なくて行動に支障が少なくなる、みたい』

「また意味がわからない言葉が多いな……」

『その……私とシュミットの頭を繋げる距離が近いほうがいいってことで……離れるとうまくシュミットの考えが私に伝わってこないの。そうすると私の動きが遅くなったりするみたい』

「またあやふやな答えだな」

『……ごめん。私もよくわからなくて』

 疲れたため息をつくシュミットに、心から申し訳無さそうなマチェーラ。

『ほんとうに……私って何なんだろ……』

 呆然としたようなマチェーラの声。そこに本物の人間のような感情をシュミットは感じ取り、思わず心臓がはねた。まるで親からはぐれた子供がすぐそばにいるように感じたのだ。

 大きく一度呼吸をして平静を取り戻す。

「まあ、俺の知り合いに精霊遺物に詳しい奴がいるから、そいつに聞けば何かわかるかもしれないな」

『そうなの?』

「ああ。俺が発掘屋をしてるのだって、そいつがお得意様だからな。精霊遺物集めが趣味で、それについての研究もしてる」

『すごいね。偉い人なの?』

 その質問にシュミットは顔を歪める。

「たしかに貴族だけどな……あの男はそんなできた人間じゃないな。なんというか、狂人だな。精霊遺物狂いだ」

『……あんまり会いたくない人っぽいね』

 低いマチェーラの声にシュミットは頷きを返す。

「ああ。もしかしたらお前は珍しい精霊遺物だから、嬉々としてバラバラにされるかもな」

『イヤだ! やめてよ!』

 心からの悲鳴にシュミットの口元に笑みが浮かぶ。するとエピティの鋭い声がした。

「こら、シュミット。子供に意地悪をするんじゃない」

「子供って誰だよ」

「マチェーラのことだ。全く大人気ないなお前は」

 エピティの言葉を聞いたシュミットは不可解な表情を浮かべる。

「マチェーラは精霊遺物だぞ。子供でも、人間でもないからな」

 数秒の沈黙の後、エピティは「おお」と手を叩く。

「たしかにそうだった。しかし話していると人間とかわらなかったからな、いつの間にか知り合いの子供のように感じていたぞ」

「そうかよ」

 シュミットはため息をつく。

 エピティは剣の実力はかなりのもので、シュミットは何度もその力に助けられていた。しかし戦闘以外となると抜けている部分が多く、それによって巻き込まれたトラブルも数多い。計算すればシュミットのほうがかなり負担がかかっているのではないだろうか。

 それでも彼女と関係が切れないのは、彼女には悪意というものが無く、なんだかんだ言いながらもシュミットはエピティのことが気に入っているのだ。

 もう一度ため息をつシュミットはつく。

「よし。今度こそ出発するぞ。とにかく考えればいいんだな」

『う、うん。私がそれを補助するから』

 シュミットは手を置いたパネルを掴む指に、わずかに力が入る。

 考えるのは、最初にマチェーラーが浮き上がった光景。いきなり空まで行くのはまだ恐怖があった。とりあえず地面の上から浮かび上がろうと考えたのだ。

 微かな音と振動。そして視界がゆっくりと動き出した。マチェーラが地面から浮かび上がったのだ。

「おおっ! 動いたぞ!」

 エピティが喜びの声をあげる。シュミットもわずかにだが笑みを浮かべた。うまく言葉にできない感覚だが、たしかに自分の意思でマチェーラの体を動かしている事が自覚できた。

 シュミットは周囲を見回す。体はマチェーラの中の操縦席にあるというのに、まるで外にいるような感じがしていた。まるでマチェーラの体が自分の皮膚になったかのようだ。

「なんだろうなこれは。むず痒いというか、変な感じだ」

『思考共有システム正常起動。問題なし。うん、ちゃんと操縦できてるよ』

「そうか」

 このまま空へ上がるのはまだ不安なため、シュミットは練習することにした。

 その場で方向転換しようと考える。するとゆっくりとマチェーラの体が回転しはじめた。最初は右に、次は左に。

「回ってるぞ!」

「はしゃぐなよエピティ。方向転換は問題ないな。馬より扱いやすい」

 エピティはそれほど上手ではないが乗馬ができる。馬を操るにはコミュニケーションが大切だ。お互いの呼吸が合わないとうまくいかない。それを掴むためシュミットはけっこう苦労した。馬から振り落とされたことも何度もあった。

 それに比べるとマチェーラは非常に素直だ。シュミットの思い通りと言ってもいい。手綱を操ることもなく、考えるだけでその動きを精確にやってくれる。

『馬って……ひどいよ』

「褒めてるんだ。それでお前は俺の補助をやってるらしいけど、何をやってるんだ?」

『えっと、浮かぶのも向きを変えるのも、自分でもよく分からないけどすごい難しいたくさんの事をしなきゃいけないの。私はシュミットの考えを感じて、その通りに動けるように自分の体を動かしてるんだよ。わかるかな?』

「ああ。やっぱり馬と同じだな。馬も俺の考えたことを感じて動いてくれる」

『もう! 私は馬じゃないよ!』

 シュミットは非難する声に思わず笑顔が浮かんだ。

「またかシュミット。マチェーラをいじめるな。よしよし、お姉ちゃんがなぐさめてやるからな」

 そう言いながらエピティはなぜかシートを撫ではじめる。まるで子供をあやすかのように。それを見ればシュミットは呆れた顔をするだろうが、今はお互いの姿を見ることはできない。

「何だお姉ちゃんって」

「いいではないか。私には兄しかいないからな。弟や妹が欲しかったんだ」

「だったら今から親に頼めよ」

「その手があったか」

 シュミットは重いため息をつく。その時、大きな音が鳴り響いた。

「なんだ?」

『高エネルギー反応! 敵らしい何かが近づいてきてる!』

 悲鳴のようなマチェーラの声。

 シュミットが声をあげようとしたとき、視界のなかに光が浮かんだ。それは赤色の円形をしていた。シュミットから見てやや左寄りだ。

「この光は何だ」

『そっちの方向から来てるの!』

 それを聞くとシュミットの無意識を感じ取りマチェーラーが向きを変え、赤色の円が正面にくるところで停止した。

「何が来てるんだ」

『わからない……ただ強いエネルギー反応があって……』

「エネルギーとは何だ?」

 エピティが不思議そうに質問する。

『それは、えっと……力としか説明できなくて……』

「力、つまりは精霊力か?」

 その言葉にはっとするシュミット。慌てて叫ぶ。

「邪精霊だ! エピティ、気付かなかったのか!」

「わからないな。それに今も邪精霊のような強い精霊力は感じないぞ。それに蓋を閉められてから外の精霊力を感じなくなった」

「何のんきなこと言ってるんだ!」

 苛立ちのあまりに叫ぶ。

 シュミットは全く精霊術が使えない。体内に蓄積できる精霊力が少ないのだ。そのために精霊力を感じることがほとんどできない。

 これは発掘師として生きるには致命的なことだ。発掘師は精霊遺物を探すため山や森の奥深くといった、人が踏み入れていない場所へ赴く。そこは邪精霊が多い場所だ。精霊力を感じることができれば、邪精霊の接近を早くに察知することができ、危険を回避することが可能だ。

 しかしシュミットはそれができない。なのでこれまでに何度も危険な目にあってきた。それでも無事なのは彼が幸運であり、精霊力を感じるのとは別の部分で勘が良いからだろう。

 そうやって発掘師をやってきたシュミットだが、エピティと組むようになってからは違った。エピティは精霊力を感知することに長けていた。おかげでこれまで気付くことができなかった邪精霊の接近を知ることができるようになる。これにより安全にシュミットは危険な縦穴を探索することが可能になった。

 エピティの力に、シュミットは無意識のうちにかなり肩を預けてしまっていた。縦穴だけでなく今回のように移動中もたまに邪精霊に襲撃されることがある。また発掘した精霊遺物を狙った盗賊もいる。それらをエピティの感知能力で察知し、回避や迎撃を行っていた。

 早期の発見による対処がすでに当たり前になっていたため、シュミットは思わず大きく心を乱されてしまっていた。

「マチェーラ、距離はどのぐらいだ!」

『えっと、すぐそこだよ!』

 マチエーラがそう言うと、木の間の暗がりからその姿が現れた。

 周囲に転がる死体より、さらに大きい体躯をしている。高さだけならマチェーラよりも大きい。見た目はがに股の人間だが、そのシルエットが違いすぎる。顔は目が見えないほど毛に覆われ、胴体と太い両足も同じく長い毛で覆われていた。しかしその両手には毛が一本も無い。つるりとした銀色の表面。金属製の腕だ。長さは地面に当たりそうなほど長く、体に不釣合いに細い。指は三本で、その先には鋭い幅広の爪が長く伸びていた。

「また鎧持ちか! 今日はどうなってるんだ!」

 シュミットは吐き捨てる。

 縦穴ならともかく、外で鎧持ちに出会うことはまれだ。さらにここまでの大物と出会うのは初めてだった。

 邪精霊は金属製の爪を擦り合わせながら、じっとこちらへ目を向けている。ごくりとシュミットがつばを飲み込んだとき、邪精霊が動いた。

「!」

 口が無いのか邪精霊は無言で腕を振り上げると、跳躍してマチェーラへ向かってきた。その巨体からは考えられないジャンプ力だ。

 振り下ろされる爪に目を吸い付けられながらシュミットは叫ぶ。

「マチェーラ、防げっ!」

 マチェーラが青白い光の膜に包まれる。それが爪と触れると青い光を散らすが、光の膜が破られることはなかった。

 防がれたことに頓着せず、邪精霊は何度も爪を振り下ろす。それはシュミットの目では追いきれないほどの速さだ。防御膜に触れるたびに青い火花と弾けるような独特の音が上がる。

 攻撃を防げたことにほっとしたが、このままではどうすることもできない。

「蓋を開けろ。私が出て戦う」

『無理だよ。この防御シールドは私の周りを包むから、外に出たりできないよ』

「ならばそれを止めろ」

『でも、そうしたら私が攻撃されちゃうよ』

 防御シールドとマチェーラの距離は一メントも無い。息つく暇も無く邪精霊は連続で攻撃しているので、防御シールドが消えればその瞬間に爪がマチェーラへと振り下ろされることになるだろう。

 エピティは悔しそうに拳を握る。

「そういえば、お前にも武器があるって言ってだろ。あれは使えないのか」

『あるけど……防御シールドを解除しないと使えないの。そうしないと攻撃が防御シールドに弾かれちゃうから』

「それであいつを吹き飛ばせるか? とにかく距離をとるんだ!」

『わ、わかった。けど、いつやるの。ずっと攻撃されてるけど』

 疲れるという事を知らないのか、邪精霊は狂ったように両手を振り回し続けている。いつか攻撃の手が止まる瞬間があるはずと、シュミットは目を皿のようにして邪精霊の動きを睨み続けた。

 すると交互にふり続けていた両手を、邪精霊は同時に頭上へ大きく振り上げる。その瞬間をシュミットは見逃さなかった。

「いまだ!」

 声より先に思考を読んだマチェーラは防御シールドを解除する。それと同時に前方に青い光が発生した。その場所はマチェーラの伸ばした前足と言えるその先端だ。

 それは瞬きよりも速い一瞬のこと。ほとばしる二本の青い光が邪精霊へ向かう。邪精霊へ達した光は一瞬で膨張し、二つの光る球体へ変化した。それは膨大な熱量を持つ光。邪精霊の体を塵一つ残さず消滅させる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ