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「何だこれは?」

 青白い光は球のように丸い。その中によく分からない物体が地面に埋まっていた。

 全長は人二人分ほど。四足動物とシルエットが似ている。中心部分から四本、手足のようなものが伸びていた。

 しかしそれは生物にはまったく見えなかった。なぜならそれは見るからに金属でできた物体だったからだ。全体として角ばっている。

「これは、精霊遺物か?」

 精霊遺物とは数千年の昔、神話でしか残っていない時代の物だ。それは地中深くに眠っていて、ときおり精霊遺構とよばれる太古の遺跡などから発見される。

 これらは現代では再現不可能な技術で製作されていた。なので発見されても修理することができない。使用可能ものがごくたまに発見され、それはありえない機能を持つものが多かった。

「こんな状態のいい精霊遺物なんて滅多に無いぞ。それに、なんだこの大きさは」

 シュミットは舐めるように青白い光に包まれたそれを観察する。

 精霊遺物は何千年の昔に埋もれたものなので、ほとんど原型が無いほど壊れた物が多い。ここまで完全な状態の物は年に一度見つかればいいほうだ。

「これはオークションに出せばとんでもない額になるぞ。これを見ると完璧に使用可能だしな。しかし、この光は何なのか? うかつに触るわけにも行かないな……」

 精霊遺物には危険な物も少なくない。不用意に触ったり、ためしにと使用して命を失ってしまう事故は多いのだ。

「ふむ。では私がやってみよう」

 エピティはおもむろに剣を抜くと、無造作に光の球体へ突き入れた。

「おい待て!」

 シュミットの制止は間に合わず、切っ先は光に触れ、それ以上進むことはなかった。

「む?」

 エピティは力を込めて何度も剣を押し込むが、光の向こう側へ剣先が進むことはなかった。

「これならどうだ!」

 エピティは両手で剣を力強く握ると、精神を集中する。すると剣が微かに光を帯びた。

「エピティ、やめろ!」

 彼女が何をしようとしているのか気付いたシュミットは叫ぶ。

 剣が光ると精霊遺物を包む光と触れた部分から、火花のような光と激しい音が発生する。

 剣の光はエピティの精霊力を纏わせたものだ。精霊力はこの世界の人間は誰しも持っている。この精霊力を使用して様々な現象を起こすことを精霊術と言い、この精霊術を一定以上の強さで使用できる者を精霊術師と言う。

 精霊力の強さは個人差があり、その強さによって国がランクをつけている。エピティはマギテクニ級に分類される力を持つ。つまりは彼女が精霊術師として国に認められているということだ。

 エピティは身体能力の強化と、武器防具の強化の精霊術を使用する。彼女は剣に精霊力を集め、その力であの光の膜を破ろうとしているのだ。

「やめろ!」

「はあああっ!」

 シュミットの声が聞こえないのか、エピティはさらに精霊力を高めた。火花と音がさらに激しくなる。

『いやあああっ!』

「くっ、硬いなっ」

「おいエピティ、今なにか……」

「これでどうだ!」

 エピティは剣を振りかぶり、大上段で振り下ろした。全力で振るわれた剣を、青白い光は簡単に弾き返した。

「ぬう……この、この!」

 エピティは業を煮やしたのか、がむしゃらに何度も剣を叩きつける。そのたびに光と音が弾け、しかし光の膜に傷がつくこともなく剣は弾かれた。

『いや! いや! キャァ!』

「くそっ、まだダメか……」

「だから待てって! 何か声がしただろうが!」

「声?」

 やっと届いたシュミットの声に、エピティの剣が振り上げられたところで止まる。

『うう……』

「本当だ。声が聞こえたぞ」

「聞き間違えじゃなければ、この精霊遺物から声がしたぞ」

 シュミットはじっと精霊遺物を見るが、どこにも口らしき場所はない。表面はつるりとした金属に覆われている。生物らしき特徴はどこにも見えない。

 しばらく観察していたが、再び声が聞こえることはなかった。

「もう一度殴れば声が聞こえるかな?」

『ヒエッ!』

 エピティが剣を構えると、精霊遺物から悲鳴が聞こえた。その声は高い。

「おお、聞こえたぞシュミット」

「ああ。女の声に聞こえたな……」

 シュミットは半信半疑ながら精霊遺物に声をかけてみる。

「えっと、なあ……お前がしゃべってるのか?」

『怖いよ……助けて……』

 恐怖に怯え震える声がたしかに精霊遺物から発せられた。

 シュミットは驚きながら、恐る恐る言葉を続ける。

「おい、俺の声が聞こえるか?」

『助けて……』

 反応が無いことにシュミットが眉を下げると、エピティが声をあげた。

「そうだ。この助けてという声が聞こえたから、慌てて私は向かったんだった」

「そうなのか?」

 エピティは大きく頷く。

「しかし、喋る精霊遺物か。一体何なんだ」

「この光の膜は精霊力だな。強力な防御壁を作る精霊遺物なのだろう」

 エピティの精霊術を使用した剣は、鎧持ちの鎧を簡単に切断するほどの力がある。周囲に転がった腕が金属の鎧ごときれいな断面を見せていた。それを何度も防ぐのだから、この光の膜はそれの何倍もの強度を持っていることになる。

「この光をどうにかしないと、精霊遺物に触ることもできないな……おい! もう攻撃しないから、この光を消してくれ!」

『……え?』

 シュミットが大声で呼びかけると反応があった。

『あ、あの怪物は?』

 シュミットは鎧持ちが何かを囲んで殴りつけていたことを思い出す。あれはこの精霊遺物を殴っていたのだろう。

「鎧持ちは全部倒した。もう安全だ」

『ほ、ホントに?』

「ああ。だからこの光を消してくれ。俺達は攻撃したりしない」

 数秒後、青白い光の膜は消滅した。しかし何があるかわからないので近づくことはせず、シュミットはその場で話しかける。

「それでだ、お前は何なんだ? 精霊遺物なのか?」

『精霊……遺物……? なにそれ?』

「お前のことだよ。自分のことがわからないのか?」

『自分のこと……』

 精霊遺物の各所に光が灯る。赤色と青色の光が不規則に点滅した。

 シュミットは驚き、エピティは目を鋭くさせて剣を構えた。

 しばらく光は点滅をくり返し、やがて消える。残ったのは胴体部分の一部の光だけだ。

『状況確認……バックアップデータ確認……深刻なエラー多数……ユーザー認証未登録……本部データ接続不可……』

 急にブツブツと不可思議な言葉を喋りだしたことに、シュミットは不安を感じて下がる。しかしそれ以上の動きは無かった。

「……何を言っているんだ?」

『……私は……私の名前は……マチェーラ』

「マチェーラ?」

『私の名前はマチェーラ。そう、マチェーラ……』

「お前は、マチェーラって名前なのか?」

『うん。思い出した。私の名前』

 頷くかのように光が点滅した。

「名乗られたら私も名乗らなければな。私の名前は、エピティ・アダゴニス。イムダグノ王国の騎士だ」

 エピティは構えていた剣を鞘へ戻し、胸を張って自分の名前を告げる。

『騎士?』

「ああ、そうだ」

 半ば土に埋まった無機物に自己紹介をする光景はあまりにも奇妙だ。そのあまりの珍妙さに軽く混乱しながら、シュミットも自己紹介をすることにする。会話ができるということは明確な意思があるということなのだろう。あれほど強力な防御用の精霊術を使用できるという事は、同じ様に攻撃用の精霊術が使える可能性がある。敵対したくはなかった。

「俺の名前は、シュミット。発掘屋だ」

『発掘屋?』

「ああ。お前みたいな精霊遺物を掘り出す仕事だ……お前みたいな、な」

『わたし……?』

 マチェーラの声は困惑していた。

「そうだ。自分の姿がわからないのか?」

『自分の……姿……』

 要領を得ない答えにシュミットは眉尻を下げる。

「とりあえず、なんでお前は鎧持ちたちに攻撃されていたんだ」

『……私は逃げてたら追いかけられて、だから……隠れなきゃって思って……』

「土に埋まってたのは隠れるためか」

『ううん。埋まってたのは最初から』

「は? どういうことだ?」

『わからない……あの化け物が襲ってきて、すごい怖くて。そうしたら光が……』

 そこでマチェーラの声は途切れる。つじつまが合わない言葉に、シュミットも困惑した。

「もう一度聞くぞ。お前は精霊遺物なのか?」

『わからないの……マチェーラ、それが私の名前。それから……それから……』

 最後のほうになるとマチェーラは涙声になっていた。

 人間のような反応に驚きとともに、これは面倒な状況だとシュミットは顔を歪めた。

 精霊遺物は高額で取引される代物だ。これを売ることで生活しているシュミットは、ここまで大きく、そして保存状態が良く機能も問題無いならばかなりの高値になると喜んでいた。しかしその精霊遺物に意思があるとなれば、自分が売られることに抵抗するかもしれない。

 しかし、だからといって一攫千金の品物を放っておくことなどできなかった。

「じゃあ、お前は記憶喪失……ってことでいいのか」

『なんで私はここにいるの? ここはどこ……?』

 震える声はまるで子供のよう。そのあまりにも人間に近い様子にシュミットはどこか薄気味悪さを感じた。見た目が表情も何も無い無機物だからかもしれない。

「とりあえず街まで帰らないか。このマチェーラが精霊遺物なら、アスプロ様なら何か知っているかもしれないぞ」

「エピティにしてはいい意見だ。どうする、あー、マチェーラ」

 精霊遺物に名前で呼びかける奇妙さに、何とも言えない表情になる。

『……うん。私もどうすればいいのかわからないし……』

「そうか。しかし、どうやって運ぶかな」

 シュミットは自分の二倍はある大きさのマチェーラを見る。

 土に埋まっているので全体の大きさがわからない。掘り出すのにどれだけの時間がかかるのか。掘り出したところで見るからに重そうだ。全体が頑丈そうな金属で構成されている。これを運ぶとなれば何人の人間が必要になるのだろうか。

『私、動けるよ』

「なんだって」

『運んでもらわなくても、一人で動けるから大丈夫』

「どうやって移動するんだ。歩けるのか?」

 土から出ている部分はシルエットだけなら四足歩行の動物に似ている。それを見るならば確かに動物と同じ様に歩けそうだが、関節のような部分は見当たらない。

「……そういえば、馬がなくても移動できる馬車の精霊遺物があるらしいからな。自分で歩く精霊遺物があってもおかしくないか」

 シュミットが思い出したのは、他国で発掘された精霊遺物のことだ。その精霊遺物は普通の馬車の何倍もの大きさで、馬に牽引させなくても勝手に車輪が動く馬車だった。しかも馬よりも速く走るという。

「まあ、自分で動けるなら都合がいいな」

『でも……今は無理みたい』

「無理って、どうしてだ」

『ユーザー認証ができてないから、自分で移動できないの。自立行動が制限されてる、みたい』

「意味がわからない。みたいって自分のことなのにわからないのか?」

 マチェーラは困惑した様子で言う。

『私も、よくわからないの。ただその言葉が思い浮かんで……』

「どうすればマチェーラは動けるようになるんだ?」

 エピティがそう聞くと、数回光を点滅させた後マチェーラが答えた。

『ユーザー認証を二人のどっちかにやってもらえれば、それで動けるようになると思う。たぶんだけど』

「そのユーザー認証はいったい何なんだ」

『私の所有者としてその人を認証? するんだって。それを決めないと私は自分で動くことができないみたいで』

「所有者ね……」

 シュミットは腕組みをして目を細める。

「お前の所有者になるとどうなるんだ」

『えっと……私への搭乗使用権および自立行動指令権。武装制限解除による全武装使用可能、みたい』

「防御だけじゃなく、攻撃もできるのか」

 シュミットは驚きに目を見張る。同時に打算が働く。

 精霊遺物の武器はこれまでにいくつか発見されている。そのどれもがかなりの攻撃力を持っていた。最低でも人一人を簡単に殺害可能で、威力の高いものなら数百人を簡単に殲滅できる。これは国家にとって簡単に武力を底上げ可能なので、発見されると高額で国に買い取られるのだ。かつて見つかったいくつかの精霊遺物は、国宝として保管されているものもあった。

「その所有者になるのは誰でもできるのか」

『たぶん。でも一回登録すると、その所有者の人が登録をやめるか、その人が死なないと新しく登録できないみたい。登録できるのは一人だけだって』

「その登録は危険なものなのか? 例えば無理矢理登録をやめようとすると死んでしまう、とか」

『それはないよ』

 マチェーラはそう言うが、シュミットは信じられない。まずマチェーラが記憶喪失らしいというのが問題だ。これが真実だとは限らない。

 さらに言うなら、マチェーラ自体が怪しい存在だ。言葉を話し、意思を持つ精霊遺物など聞いたことがない。

だからといってこのまま放っておくのも惜しい。他の人間に登録させるという方法もあるが、その間に誰かに先を越されてしまう可能性もある。せっかく見つけた大物なのだ。やはり自分のものしたい。

「わかった。俺がやる。どうすればいいんだ」

『えっとね、そこの操縦席に入って』

 その言葉と同時にマチェーラの体から微かな音が発生した。

 思わずシュミットが一歩下がると、目の前でマチェーラの体(?)の一部が動き始めた。

 それは動物でいうなら頭部に当たる位置で、その上部がゆっくりと持ち上がり口を開けるかのように開く。

『開いたから入っていいよ』

「あの中に入るのか……」

 シュミットは恐る恐る近づく。すると開いた場所へ入るには高さがあるため、腕をかけて体を持ち上げなければなかった。

「なんだこれは……」

 もしかしたらマチェーラは鎧持ちのような生物で、まさかその体内に入るのかとシュミットは戦々恐々としていた。または開いたのは口で、自分をだまして食うのではないか、などと夢想じみたことさえ考えていた。

 その心配は杞憂だった。しかし上半身を持ち上げて開いた場所の中を見たシュミットは絶句する。そこには見たことが無い光景があった。

 内部は狭く一人の人間だけのスペースしかない。中央にはおそらく人が座るための椅子らしきものがある。シュミットが理解できたのはそれだけだった。

 椅子の周囲の壁は金属で覆われ、ところどころに光る板のようなものがある。そこには見たことも無い文字らしきものが浮かんでいた。

 しばらく呆然としていると、マチェーラの声がした。

『中に入って操縦席に座って』

「……ああ、わかった。この椅子に座ればいいんだな」

 なかば誘導されたかのようにぎこちなくシュミットは操縦席へ腰掛ける。

『座ったら、思考制御用パネルに両手を置くの』

「なんだって?」

『えっと、肘掛のところにある、光ってるところ。そこに手を置いて』

 たしかに両側の肘掛の先、手を置く場所には光っている部分があった。そこにシュミットは速くなる鼓動をなんとか落ち着かせ、意を決して両手を置く。それは微妙に湾曲していて、手の平に馴染む形をしていた。

 光が強くなった瞬間、手の平に軽い衝撃があった。衝撃と言っても息を吹きかけた程度にしか感じないものだ。

「何だ?」

『思考制御用ナノマシン注入。思考リンク成功。ユーザー認証登録開始……』

 流れるように続いた言葉に疑問が浮かぶが、シュミットが口を開く前に声が響く。

『登録成功。本機体はあなたの専用機体になった……みたい』

 疑問系の言葉にシュミットが思わず言う。

「らしいってどういうことだ」

『私にもうまくわからないの……本機体……が私? マチェーラはあなた、シュミットをユーザーとして登録、だって』

「自分のことなのにわからないのか」

『うん。言葉とか意味が勝手に浮かんできて……言葉が出てきても意味がわからいのもあって……何なんだろう私って……』

 こっちのほうが聞きたいと毒づきながら、シュミットはため息をつく。

「とりあえず、これでお前は動けるようになったんだな」

『うん』

「じゃあ、少し動いてみろ」

 シュミットが言うと、周囲のパネルの光が強くなる。色が変わり、表示されていた文字が変化した。しかしシュミットにはそれがどういう意味なのか理解できず、ただうろたえることしかできなかった。

 微かな振動。そしてゆっくりと巨大な精霊遺物、マチェーラが動き始める。その光景を見ていたエピティは、思わず驚きの声を漏らした。

「う、浮いてる!」

 見た目からは想像できない光景に、エピティはただ口を開けるばかりだ。

 土に埋まっていた鉄の塊が、ゆっくりと浮上する。土に埋まっていたのは全体の半分ほどもあった。見えていた部分でもかなりの大きさがあったというのに、そんな重い物体が重力に逆らう光景は、この世界の人間には信じられないものだった。

「なんだ、なんだ!」

 マチェーラの操縦席にいたシュミットは、動揺しながら手すりらしきものを強く握る。

 微かな振動とともにゆっくりと高くなる視点。

「何が起こってるんだ!」

『埋まっていた体を浮かばせたんだよ』

「浮かばせた?」

 シュミットは身を乗り出すと下をのぞいた。するとそこには間抜けな顔をしたエピティがいて、二人の目が合う。しかし彼女はシュミットを見てはいなかった。浮かび上がったマチェーラに目を奪われていた。

 シュミットは一瞬面食らったが、エピティの立つ地面が低いことに気付くと、声も無く驚く。シュミットがいまいる場所は家の屋根よりも高いのだ。

 混乱しながらシュミットは周囲を見回し、落ちることなど頭に無い様子で身を乗り出しながら下を覗き込む。

 マチェーラと地面の間には何も確認できなかった。足が生えているのではと思ったシュミットだったが、その事実にただ絶句する。

「どうして浮いているんだ……」

『擬似無重力発生装置を起動して……それで浮いた、みたい……』

「みたいって何だよ……」

『だから、勝手に言葉が浮かんでくるんだって言ったよね。えっと、これを使わないと私は動けないんだって』

「動けない? 自分の足で動けばいいだろ」

 マチェーラの見た目は、手足をまっすぐ伸ばした四足動物に似ている。胴体に比べて手足が太い。ただシルエットが似ているだけで、その表面は金属に覆われ、生物的な丸みも無く角ばっている。

『無理だよ。足なんて無いから』

「は? 立派なのがあるだろ」

 立ち上がると、シュミットは手足らしき部分を指差す。

『これは足じゃないよ。動かないし』

「じゃあどうやって動くんだよ!」

『えっと……こうやって……』

 小さな音がした。高い鳥の鳴き声に似ている。しかしそれは聞いたことが無い音だ。

 それはマチェーラから聞こえる音で、徐々に大きくなっていく。耳が痛くなるほどではないが、多少うるさいと感じられる。

「なんだこの音は」

 そうつぶやいた瞬間、立っていたシュミットはわずかにバランスを崩す。マチェーラが前へ動いたためだ。

 鉄の塊の重量を感じさせない滑らかさで、浮かんだマチェーラは川を進む船のように空中を進む。そのあまりの不可思議さに、無言で見ているだけだったエピティの目が大きく見開かれる。

「どうなってる!」

 外に放り出されてはかなわないと、シュミットは操縦席へしがみついていた。バランスを崩したのは移動し始めた最初だけで、それからはほとんど振動を感じない。それでも未知の状況であり、焦りと不安で思わずしがみついてしまう。

『だから動いてみたんだよ』

「止まれ! それと地面へ下りろ!」

『わかった』

 ゆっくりと空中を泳いでいたマチェーラはピタリと停止すると、そこから地面へ体を降下させていく。ほとんど音も無くマチェーラはその巨体を地面へ着地させた。

「何なんだ一体……」

 全力でしがみついたせいで強張った体を、ゆっくりとほぐすかのようにシュミットは操縦席から腕を放す。その顔には冷や汗が光っていた。

「大丈夫か!」

 慌てて駆け寄ってきたエピティが、蓋が開いたままの操縦席に向かって叫ぶ。

 それを聞いたシュミットは立ち上がり、彼女へ向かって強張った表情ながらなんとか笑みを浮かべて見せた。それを見てエピティはほっと息をついた。

「よかった……しかし、何なんだコレは?」

「精霊遺物……なんだろうが、こんな物見たことも聞いたこともないな。しかも浮かび上がるとか……」

 シュミットは難しい顔で、光るパネルが並ぶ操縦席を見下ろす。

「まあ……売ればかなりの値段になるかな」

『ええっ! 私を売るの!』

 マチェーラが悲鳴をあげた。その声の大きさに、思わずシュミットは耳を押さえた。

「うるせえな!」

『ひどい! どうして私を売るの!』

「お前が精霊遺物だからだよ。珍しい物は高く売れる。しかも保存状態がいいし、問題なく使える……まあ、うるさく喋るのは問題だけどな」

『ひどいよ! 人でなしっ!』

「そうかよ。お前のほうこそ人じゃないだろ」

『えっ』

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