15
エピティとシャガルの対決は、夢物語の様相となっている。それは巨人と人の戦い。巨人はグラーフを操るエピティ、人間がシャガルだ。
赤色の鎧を着た巨人、エピティが十メント以上の長身をもって、その身長ほど長さがある特大剣を振り下ろす。青い光を纏った剣は、風を巻き込み竜巻のような音を響かせながら矮小な人影の頭上へ落ちる。
それに対して巨人のすねにも届かない人間、シャガルはなんとその剣を迎え撃った。頭上から迫る途方も無い大きさの剣へ、自らの持つ剣を全力で掬い上げるようにして叩きつける。腕の筋肉は服を破らんばかりに膨張し、両手で握る剣からは軋む音が聞こえる。
巨人と人間の攻防は、なんと互角だった。エピティの持つ特大剣は弾かれ浮き上がり、シャガルの剣も下へ弾かれる。
巨人との剣合わせを互角としたシャガルは嬉しそうな顔で笑った。それはまるで待ち望んでいた強敵と出会った剣士そのものだった。
「久しぶりに手ごたえのある相手じゃねえか! はっはー!」
シャガルは雄叫びをあげながらエピティへ突撃する。明らかに無謀な行為だ。彼がただの人間であるなら。だがシャガルはマーリン級の精霊術を使える騎士だった。サハウのような遠距離攻撃は不可能だが、自身の体と武器に精霊力を纏わせることで攻撃力と防御力を大幅に増加できる。それこそグラーフを装着したエピティと互角以上に戦えるほどに。
「はああっ!」
エピティは気合のこもる一撃を眼下のシャガルへ振り下ろし、それが防がれる。相手が持つ剣は長さが数倍になっていた。精霊力で作り上げたものだ。それでもエピティの規格外の大きさをもつ剣とは不釣合いに過ぎるが、真正面からそれを受け止めている。
「どらあああっ!」
「フウウウウッ!」
お互いに気勢を吐きながら剣を打ち合う。身長十メント以上の巨人と二メントもない人間の決闘。こんなものを見て一体誰が現実の光景だと思うのだろうか。
十数回におよぶ打ち合いの後、二人は距離を離す。
「ぬう、実際に戦ったことがないからわからなかったが、マーリン級とはこんなに強いのか。さすがに驚いたぞ」
驚いたと言うが、エピティの言葉と表情にはそういった感情は表れていなかった。
『データと照合すると、精霊種族とほぼ同じ戦力になります。狼人族、鬼人族といった肉体強化に優れた精霊術を使用できた精霊種族が先祖なのでしょう』
それがどういった精霊種族なのか気になったエピティだったが、質問する時間はなかった。シャガルが再び剣を掲げて接近してきたからだ。
全力での正面からの殴り合い。駆け引きというものが無い、ただの力のぶつかり合いだ。エピティの青く輝く剣とシャガルの輝く剣が接触するたびに、空中で光が弾けた。
二人の剣光は瞬く間に空間を埋める。普通の人間には見ることができない攻防は、短い時間ですでに数百回を超えていた。疲労する気配すら無い。
弾かれたように二人の距離が離れる。一跳びで三十メントも離れ対峙する二人。シャガルは疲れるどころか笑みを浮かべていた。エピティも肉体の疲れは感じていないが、精神的に疲労している感覚を覚えていた。
「何だろうな……体は問題ないのに、妙に疲れている気がする……?」
『疲労は身体感覚が精霊力駆動型戦闘機と連動しているので、肉体が感じるような疲労はありません。疲れたように感じるのは、精霊力エネルギーの減少によるものです』
「ふむ。それが無くなるとどうなる」
『活動限界となり動けなくなります。精霊力エネルギーの残量ですが、すでに半分以下となっています。このまま戦闘が続けば、近いうちに活動限界となります』
それを聞いたエピティは考え込み、全く深刻そうではない口調で言った。
「まずいぞ。このままでは勝てない」
「クソッ! どうなってんだあいつは!」
シュミットは相変わらず上空を逃げ回っていた。最初と違うのは、常に周囲を防御シールドが覆っていることだ。サハウが慣れてきたため、よく直撃弾をもらうようになったからだった。また一つ火球が着弾し爆発する。防御シールドは破られていないが、これがいつまで維持できるのかはわからない。
すでに百発以上は火球を放っているサハウだが、その勢いが弱まることはない。場合によっては勢いが増す場面もあった。連続で撃ちこまれる絶え間ない攻撃は、大幅にシュミットの精神力を削っている。
「きゃあっ!」
強引な方向転換にマチェーラの口から悲鳴が漏れる。ほとんど真後ろへと急旋回したカナーリエンは、防御シールドを解除した。
「くらえっ!」
カナーリエンの上部から伸びた二本の筒の先から青い光が発射された。それは地上のサハウが立つ場所を穿ち、巨大な青い球体が膨張する。
「当たったか」
成果を期待するシュミットの表情が、一瞬で強張る。先程までサハウがいた場所とは違う場所から火球が飛んできたのだ。慌てて防御シールドを展開。激突した火球は大爆発を起こし、その衝撃は守られているはずのカナーリエンを揺らした。
「キャー!」
「だあっ……ちくしょう、どうなってやがる……」
サハウは炎による精霊術を得意としている。そのため遠距離から火球などを撃つことが主な戦闘方法のなりのだが、接近戦が苦手という訳ではない。シャガルに比べると一段下となるが、身体能力を増幅させる精霊術は平均的な騎士が使うものとは圧倒的な差がある。そのためシュミットの攻撃を回避することができたのだ。
『大変だよ、残りエネルギーが少ないよ! このままだと動けなくなっちゃう!』
緊迫感が感じられないカナーリエンの声。しかしその内容は聞き捨てるにはいかないものだった。
「どれくらいで動けなくなるんだ!」
『えっとねー、残ってるエネルギーは半分の半分よりちょっと多いかな?』
「四分の一ってことか……かなりマズイな……」
これまでの戦闘時間を思い出すと、それほど長い時間は経過していない。シュミットの疲労は一日中戦っていたかのように蓄積していたが。
また悪い考えが頭に浮かぶが、そんな暇も無い。新たな火球が次々と迫ってきていたからだ。高速での命をかけた逃走劇が空ではじまる。しかし一発二発と火球が着弾し、カナーリエンが爆発に包まれた。
『よけてよけて! 攻撃が当たると防御シールドを破られないようにエネルギーを使っちゃうんだよ。よけないとエネルギーが無くなっちゃう!』
「これでも必死に避けてるんだよ! あいつに通じる武器はないのか!」
マチェーラの悲鳴が聞こえ続けているなか、それにかき消されないように大声で叫ぶシュミット。
これまでに何度かサハウへ精霊力収束砲による攻撃を行っていたが、全て体を守る精霊術の壁に阻まれていた。いまだに彼の服は一切の傷も無い。
『ワタシにはあれ以外の武器は無いよ』
絶望的な回答に、シュミットは言葉を無くす。
『ワタシはねー、ホントは防御用に作られた精霊力駆動型戦闘機なんだ。防御シールドはすごく強いけど、あの大砲は攻撃する武器が無いのはマズイからっていう理由でテキトーにくっつけられたんだよ。だからそんなに強く無いんだー』
諦めかける気持ちをシュミットは無理矢理に立て直す。どんなに絶望的な状況でも、素直に殺されも死ぬつもりも無い。
「あいつを倒せる方法は、もっと強力な攻撃方法は、何かないのか……!」
エピティもシュミットと同様に追い込まれていた。最初は互角の打ち合いだった戦いは、徐々にシャガル側へ傾いていた。エピティは剣を受け流され、体勢が崩れた隙を狙われる。
「ぬうっ」
身長十メントのエピティの足首を狙った一撃を、剣先を地面へ突き立てるようにして防御する。激突し光を散らしたシャガルの剣は止まらず、逆側の足へ向かう。
飛び退いて回避したが、エピティの膝、盾のようになっているグラーフの膝あたりが深く切り裂かれた。見るとそこだけでなく、いくつもの切り傷が見て取れた。
エピティは相手の強さに舌を巻いていた。こちらの攻撃がいなされるようになり、相手の攻撃が届く回数も増えている。痛みは感じないが、体を切り刻まれるのはやはり嫌だ。
シャガルのほうはというと、狼のような笑顔でエピティを見ている。全身は土や泥で汚れているが、どこにも傷はない。エピティの攻撃は全て退けられているのだ。
シャガルの剣は精霊力の光で三倍以上の長さになっている。五メントほどだろう。それで十メントほどもある超重量の剣を受け止めていた。
エピティの気持ちが焦ってくる。相手はこちらの動きに慣れているのに、こちらはそうではない。いくらエピティが優れた剣士だからといって、相手は国の最高峰にいる騎士だ。実力も実戦経験も何もかもが違う。
『精霊力エネルギーの残量が二十五パーセントになりました』
「その二十五パーセントというのは、どのぐらいの量なんだ?」
『四分の一です。このままだと約十分程度で活動限界となるでしょう』
十分という時間がどのぐらいなのかエピティにはわからなかった。この世界にはそこまで細かい時間感覚が無く、時計も無い。それでも雰囲気から長い時間ではないことが理解できていた。
騎士どうしの戦闘は、言ってしまえば技術と体力が勝るものが勝利する。今のエピティはその両方が欠けている。勝ち目はすでに無い。それでも勝利を諦めてはいなかった。
「力押しは不可能。速度も互角。となると隙を突くしかないが……」
エピティの剣術は、正面から相手を打倒する正道の騎士剣術だ。どちらかというと技より力で押すもので、その内容と彼女の性格的にも敵を欺くことを苦手としていた。下手に慣れない事をすれば、逆にその隙を狙われる可能性があった。
「もっと威力のある剣があれば……」
エピティは輝くシャガルの光剣を睨む。その威力も強度も凄まじく、エピティの持つかなりの精霊力を放出している剣と互角以上に打ち合っている。この世界の騎士どうしの戦闘では、精霊力を纏う剣の強さが勝利を決定付けると言ってもいい。剣を砕かれてしまえば戦うことなど不可能だからだ。
『攻撃力を上げる方法はありますが、かなり危険です』
「あるのか。だったら教えてくれ。このままでは勝てない」
『剣から放出する精霊力エネルギーを一時的に上げます。ただしその後に一定時間剣を冷却しなければならないため、その間攻撃が不可能となります』
「それでもいい。限界まで威力を上げてほしい」
『限界出力ですと、ほぼ全ての残りエネルギーを使用しますが。その後の行動が不可能となり敗北が決定される恐れがあります』
「頼む」
エピティは覚悟を決めた。この一撃に全てを懸ける。
剣を斜め下に構え、シャガルへと向かう。走りながら下に構えた剣を頭上へと掲げ、全霊を込めて振り下ろす。笑いながらシャガルは剣を構え、押し潰さんと迫るエピティの剣へ激突させた瞬間、膨大な青い光が溢れ出た。
山の間へ響き渡る轟音とともに、土砂が雲へ届かんばかりに吹き上がった。その音と振動は離れた場所にいるサハウにも感じられた。あまりの凄まじい音に思わず振り返ると、サハウはまるで火山が噴火したかのような光景に目を奪われてしまう。
「何ですか……?」
それは戦闘が始まって初めてサハウがシュミット達から目を離した瞬間だった。その事に気づき、慌てて顔を戻すと目の前に巨大な金属の塊、カナーリエンの巨体があった。高さも横幅も数メントあるそれは壁だ。
サハウは咄嗟に体を精霊術の壁で囲った。回避するよりも確実に防御したほうが良いと考えたからだ。サハウはあの巨体が体当たりしてきても耐え切る自身がある。
そんなサハウを予想外の事態が襲う。突然カナーリエンから巨大な腕が生えたのだ。大木さえ簡単に掴めるほど大きい三本の鉄の爪が先端にある。それに比べると腕はあまりに細かった。その腕はいくつもの関節があり、爪と同じく金属でできていた。
爪はサハウを守る壁ごと掴み、体を持ち上げた。サハウは笑う。この程度で自分の防御壁が壊されるなど思っていなかった。持ち上げられた彼はカナーリエンの体の方へ運ばれ、向かう先はカナーリエンの先端部。そこには巨大な空洞があった。
時間はわずかに戻り、シュミットがサハウを倒す方法に頭を抱えていたときだ。もっと威力のある攻撃方法は無いのかと苦悩していると、カナーリエンが言ったのだ。
『武器じゃないけど、もっと大きなエネルギーを出せる場所はあるよ』
「それは何だ!」
藁にもすがる思いでシュミットはカナーリエンへ聞く。
『防御シールドだよ。えっとねワタシは防御シールドを出すためだけに設計されたんだ。そこに無理矢理つけたから、大砲はあんまり威力が出ないんだよ。というわけで防御シールドは大砲よりもすごく強いんだけど、防御シールドは攻撃に使えないんだよね』
「それはなぜなんだ」
『大砲はエネルギーでプラズマ? っていうのを作って攻撃するんだけど、防御シールドは違うんだ。壁みたいなものにエネルギーを変えちゃうんだよ。だから触っても大砲が当たったときみたいに消えたりしないんだよ』
「だったら、どうやって攻撃するんだ」
シュミットの前に半透明の画像が浮かぶ。それはカナーリエンを上から見た図で、その先端部分、先細りになった先が青い円で囲まれていた。
『ここ。ワタシの前にあるこの穴から防御シールドは発生するんだけど、防御シールドになる前は壁じゃなくて普通のエネルギーと同じなの。だからそこへ入れちゃえばいいんじゃないかな。それにはワタシのこれを使って……』
サハウはカナーリエンの先端部、防御シールドを発生させる装置の中へ彼を掴む鉄の腕ごと入れられる。
それはまるで金属でできた怪物が人を食らう姿の様だった。
青い光がカナーリエンの口内を満たす。爆発的に膨張した光は、外へ向かって奔った。その圧力は自ら入れた鉄の腕をバラバラに砕く。その爪に掴んだ人間ごと。
砕かれた腕の破片は、穴からまるでつばを飛ばすかのように吐き出された。腕を入れたためなのか、やや不安定になりながらも防御シールドはカナーリエンを包んだ。
青い光に包まれたカナーリエンは、ただ静かに浮いている。
「……やった、のか?」
「ど、どうなったの?」
呆然とシュミットとマチェーラはつぶやく。
『やったね! ワタシたちの勝ちだよ!』
カナーリエンの嬉しそうな声に、シュミットの緊張が解ける。体が溶けたかのように背中をシートへもたれかけた。
「え? え? 何が?」
まだ理解できていないマチェーラはオロオロと狼狽して頭を左右に振っている。
「そうだ、エピティは?」
『エピティのほうも勝ったよ。でもエネルギー使い切っちゃったから、しばらく動けないみたいだね。あっ、でも通信はできるよ。繋ぐね』
「エピティ、無事か?」
「ん? おお、シュミットか。私は勝ったぞ。そっちはどうだ?」
いつもと変わらないエピティの声に胸を撫で下ろす。
「ああ。何とか勝った。しかし……よく生きていたな俺達……」
先程までの戦闘を思い出し、背筋が冷たくなる。その最中はただ無我夢中だったが、一歩間違えば死んでいてもおかしくない。少なくとも寿命は縮んだとシュミットは思う。
「私もさすがに死ぬかと思った。あれはおそらくマーリン級の実力者だろう。しかし諦めなければ、やはり何とかなるものだな」
「俺はもうこんなのは御免だ。お前と違ってこっちは精霊術が使えない、正真正銘のピクシー級だぞ。それが何でマーリン級と戦わなきゃならないんだ。しかもタダ働きだ」
シュミットは目を閉じ、上を向いて大きく息をはく。
「ったく……最初は精霊遺物を見つけて金になるって喜んでたのにな。喋るわ売れないわ、さらに精霊術師が襲ってくるわで散々だチクショウ!」
「えっと、ごめんね……」
控えめにマチェーラが小さな声で謝罪する。それに罪悪感を感じて口を開こうとする前に、エピティが大きな声を出した。
「マチェーラは全然悪くないぞ。またこんな事があったなら、私が絶対助けて見せる。心配するな」
『私もエピティ様と一緒に全力を尽くします』
「あ、ありがとうエピティ。それとグラーフさん……でいいのかな?」
『はいはーい! ワタシもがんばるからね! マチェーラはワタシと半分同じだから、もう姉妹みたいなものだもん!』
「あ、ありがとう……えーと、カナーリエン?」
名前を呼ばれたことが嬉しいのか、カナーリエンは楽しそうに笑い声をあげた。
シュミットは不機嫌そうに口元を曲げる。曇り空の切れ目から、青い空が覗いた。




