13
思考制御ナノマシンにより、言葉よりも早く防御シールドは展開され、そこへシャガルの攻撃が激突する。膨大な青い光が撒き散らされた。
「ぐああああっ!」
防御シールドは破られることはなかった。しかしロートケールの巨体はその何倍も小さいシャガルの一撃で浮き上がり、そのまま厩舎の壁を貫くと地面を削りながら進み、屋敷の敷地を囲む鉄柵をなぎ倒した所でやっと静止した。
「ぐあっ……ちくしょう……」
シュミットが痛みに呻く。だが体を固定されていなければもっと酷いことになっていただろう。衝撃でふらつく頭を押さえる。
「シュミット、大丈夫か?」
彼とは違いしっかりしたエピティの声がした。あの衝撃にも関わらず、ロートケールの上から投げ出されること無く乗っていた。
無事なその姿にシャガルは首を傾げた。それなりの力で攻撃していたはずなのに、傷一つ無いのが不思議だった。周囲を包んでいる青い光もそのままだ。
「あれは精霊力で盾を作ってるんだよな? かなり硬いじゃねえか。でもな、もう一撃に耐えられるかっ!」
シャガルは舌なめずりをして踊りかかり、離れていた距離が一瞬で縮まる。
それに気付いたシュミットは息をのみ、急速上昇で回避しようとした。しかし浮き上がった瞬間には、すでに剣は振られていた。下から上へと切り上げた一撃は、防御シールドを破ることは無かったが、自身が上へ上昇しようとしていた力と合わさりロートケールとその上に乗ったエピティごと上空へ打ち上げる。
思わず悲鳴が上がった。高速で空へと向かい、そのまま空を覆っていた雲を突き抜けてしまう。シュミットたちは雲の上まで打ち上げられたのだ。
「一体何が……?」
シュミットは自分が今いる場所が分からなかった。周囲を見回し、頭上に青空が広がり足元には雲が埋め尽くしていることで、ここが雲の上であるということを知る。
しかし今回は恐怖で我を失うようなことにはならなかった。足元を雲が占めているので地上が見えないからか、または先程の攻撃の余韻が残っているからか。どちらにしてもシュミットにとっては良いことだった。
「くぅ……ここは……空か?」
『怖かったよぅ……』
『先程の攻撃でロートケールのエネルギーが減少しています。回復するまで逃げたほうがいいでしょう』
「逃げるっていっても、どこへ行けばいいんだか……」
曇り空の上に出たことで、幸いなことに厚い雲がシュミットたちの姿を隠してくれる。これでいくらか時間が稼げるだろう。しかし、それもいつまでもつのか。
『と、とにかく遠くまで行こうよ』
「……そうだな」
エピティを乗せたロートケールは高速で空を飛ぶ。その速度は空を飛ぶ鳥の何倍もの速さだった。これまでシュミットはそんな速度で移動させることができなかったが、衝撃でそのあたりの恐怖感が薄れたおかげだろう。しかし、順調な逃走もすぐに終わった。
『高エネルギーが高速接近。注意してください』
グラーフの声がした瞬間やや後方の雲の一部が消滅し、そこから巨大な炎が高速でシュミットたちへと迫る。下方から狙いを外さずロートケールへ直撃すると、その直後轟音とともに炎の数倍にもなる巨大な爆発を発生させた。
吹き飛ばされた衝撃で、三者三様の悲鳴がほとばしる。防御シールドは彼らの身を守ったがその犠牲となり消失した。さらにロートケールは急速にその高度を失い始めた。地上へと落下している。
「おい、落ちてるのは何でだ!」
『わ、わからないよ! 急に浮かなくなって!』
『たび重なる攻撃で、ロートケールの精霊機関が過負荷状態になりました。そのため防御シールドと精霊力収束砲が使用不可です。また擬似無重力発生装置の出力低下のため高度が保てなくなっています』
青い顔でグラーフの報告を聞いていたシュミットが叫ぶ。
「復活するのはいつなんだ!」
『飛行だけなら十五秒後……新たな高エネルギー反応。敵の攻撃と思われます』
シュミットが言葉を失う。防御シールドを失った状態であの爆発を受ければ木っ端微塵になってもおかしくない。
シュミットが言葉にしなくても思考制御用ナノマシンはそれを読み取る。緊急回避のため擬似重力発生装置を動かしていたエネルギーを、防御シールドへ使用。それが展開された瞬間爆発が起きた。
分配したエネルギーだけではその威力を防ぐことはできず、ロートケールに残っていたエネルギーをほぼ全て防御シールドへ使用する。結果として身を守ることはできたが、防御シールドは消失したうえに擬似重力発生装置も停止した。そうするとロートケールの落下速度が一気に加速する。重力に捕らえられたシュミット達は、地上へ落ちていく。
エネルギーの枯渇により外の景色を映すホログラムが消失した操縦席でシュミットは焦った叫ぶ。
「何がどうなってるんだ!」
『一時的に精霊機関が停止しました。再稼動するまで制御は不可能です』
グラーフの憎らしいまでに機械的な声に苛立ちが頂点に達する。
『落ちてる、落ちてるよぉ!』
「雲を抜けたか……ふむ……シュミット、見えるか?」
「見えるわけないだろ、こっちは真っ暗だっ!」
「そうか。私達は地面へ落ちているのだが、どこへ向かって落ちているかわかるか?」
マイペースなエピティに言葉荒く怒鳴る。
「見えないって言ってるだろうが! このまま地面に激突して死ぬのかチクショウ!」
シュミットはシートの肘掛を拳で殴りつける。そんな様子が見えるはずも無く、エピティは何でもないことのように言った。
「どうやらこのままだと、ノームの縦穴へ落ちるみたいだぞ」
「おー、落ちてきた」
シャガルは目の上に手をかざし、空を覆う雲から姿を見せた影を見てつぶやく。その様子を見てサハウは何度目かわからないため息をついた。
二人がいるのはドッグの街の外だ。シュミットたちが雲の上へ消えた後、その姿を追ってここまで来たのだった。最初は姿を見失ったが、ロートーケールの防御シールドの精霊力をサハウが探知し追いかけた。
このままイムダグノ王国の奥まで逃げられると面倒なので、サハウはマチェーラを傷つけることを覚悟して精霊術を放つ。彼の得意な炎の精霊術は狙いどおり目標を捉えた。シャガルの攻撃を防いだことから威力を設定し、それでもなるべく生きたまま捕らえたいので手加減はしていた。しかしそれでも手ごたえが無かったことにサハウは驚く。ルストビア国でも数少ないマーリン級の二人の攻撃を何度も耐えられることが信じられなかった。
しかし限界はあったようで、二回目の攻撃は確かな手ごたえを感じた。その証拠として相手は地上へと落下してきている。その姿が形を残している事にサハウは安心した。やはり生きたまま回収したい。
「しかし、ありゃあ何だろうな? 硬いし空を飛ぶし」
空を飛ぶなんていう芸当は、風の精霊術を使えるなかでもかなりの実力者だけだ。しかもあんな巨大な金属の塊らしき物を宙に浮かばせるのは至難の業だ。それこそ自分達のようにマーリン級の精霊術師でも。
「ということは……おそらくは精霊遺物か」
サハウの脳裏に計算が浮かぶ。研究の成果でもあるマチェーラと一緒にあの精霊遺物を持ち帰れば、多少なりとも失態を取り返せるのでは。
「シャガル。あの鉄の塊もなるべく傷つけずに回収します。行きましょう」
二人は落下地点へ向かったが、そこで途方に暮れることになる。そこにはマチェーラ達の姿は無く、いくつもの底が見えない縦穴が口を開いているだけだったのだ。
「どこまで落ちるんだ!」
いまだ暗闇に閉ざされた操縦席でシュミットは苛立った声をあげた。落下し始めてからそれなりの時間が経過したはずだが、ロートケールが浮かび上がることも地面へ激突することも無い。
「かなり深い場所まできたな。暗い」
『暗視モードに切り替えます』
落下地点はちょうど多数あるノームの縦穴の一つの上だった。ノームの縦穴の底へまだたどり着かない。すでに周囲から光が無くなる深さだ。地上の光は遠い。
「マチェーラ、まだ回復しないのか」
『も、もうちょっと……』
そのときグラーフの不穏な言葉が聞こえた。
『底が見えてきました。このままだと激突します』
「なんとかしろっ!」
『そ、そんなこと言われても……!』
唐突に操縦席の景色が変わった。暗闇から淡く緑色に色付いた、暗視機能ごしの世界。ロートケールの機能が回復したのだ。
「止まれっ!」
急速で落下していたロートケールの巨体が、ノームの縦穴の底に激突する寸前で急停止した。それによる衝撃でシュミットの体が激しく震える。歯を強く噛みしめて耐えた。
「ぐっ! 止まったか……死ぬかと思った」
「急に止まるから放り出されそうになったぞ」
急停止の衝撃に耐えてロートケールの上にしがみついていたエピティは、縦穴の底へ飛び降りた。
「ここがノームの縦穴の底か」
頭上を見れば地上に空いた入り口の光は、ひどく小さい。どれほどの深さなのか見当もつかなかった。そして周囲を見回し、見慣れない物を発見して首を傾げた。
「これは何だ?」
それはとてつもなく高く大きい金属の壁だった。高さも横幅も数十メント以上はあるだろう。所々に傷や溶けたような跡がある。
「どうしてこんな物が? しかもこの部分だけに」
金属の壁はノームの縦穴の側面の一部だけだった。一周してすべての場所を見たが、一箇所しかその壁は存在しなかった。
『これは整備ドックの入り口です』
グラーフの声に振り向くシュミット。
「これが何か知っているのか」
『はい。ここは私達のような精霊力駆動型戦闘機を整備するための場所です。奇跡的なことに設備が辛うじて生きていました。扉を開けます』
重く大きな音が地の底に響き、地響きとともに巨大な鉄の壁が左右に分かれていく。その振動で土がボロボロと剥がれ落ちて土煙を巻き上げる。
巨大な壁ではなく金属の門が開ききると、その中に光が灯る。真っ直ぐ伸びた広く天井が高い通路があった。その壁や天井にぽつぽつと照明があり、いくつか機能していない場所があるが問題ない程度に明るかった。
「なんなんだ、これは……」
通路は荒れていた。そこかしこに見たことも無い物が転がり、いくつもの車輪がついた箱のような物が放置されている。車輪がついている箱は金属製で、壊れたり横転しているものも多かった。
『先へ進みましょう。もしかしたら敵を撃退する兵器が残っているかもしれません』
グラーフに先導される形で通路の奥へと進む。途中には人が通るための通路のようなものがあったが、崩落していたり扉が開かなかった。扉を壊して先へ進むこともできそうだったが、ロートーケールの大きさでは進むことができないので、とりあえず通路の奥まで行ってみることにした。
「グラーフはこの先に何があるのかわかっているのか」
『いえ。施設のデータを調べたのですが、ほとんどが失われていました。ここを放棄する際にデータを消去したのでしょう』
「放棄?」
『残っているデータに、敵の襲撃によりここを放棄する、という文面がありましたので』
周囲を見回してみると、転がっている物の多さや、通路の真ん中に放置してある車輪つきの箱などから慌てて逃げた様子が見て取れる。それでも書類のような物は存在していないので、それだけ情報が敵に渡るのを恐れていたことが窺えた。もしかしたら全て奪われ、または朽ちてしまったのかもしれなかったが。
直線の通路の奥は行き止まりだった。しかしグラーフが操作すると、壁は中心から上下に分かれ開いていく。中が見えた瞬間、三人は思わず息を飲んだ。
そこには巨人が倒れていた。身長は十メントほどはあるだろう。通路よりもなお広く高い部屋の中で、人間の身長と同じほども高さがある頭が少ない光によって照らされていた。その顔に表情は無い。鉄の仮面で覆われていたからだ。
言葉も無く呆然としていると、突然巨人の両目が輝いた。目だけでなく、体の各部、胸や肩や様々な部分から光が漏れていた。巨人はうつ伏せに倒れていた体の上半身を持ち上げる。
「ど、どういうことだっ!」
動揺するシュミットたちの耳に機械的なグラーフの声が届く。
『起動シークエンス成功。ほぼ完璧な状態で保存されていました。問題はありません』
「グラーフが動かしたのか?」
『はい。これはグラーフ。精霊力駆動型戦闘機であり、私の本体です』
エピティは首をかしげる。
『このリッターに搭載された私は、本体のグラーフから分離されたものなのです。その機能も部分的にしか有していないので、能力が下がっています。本体のグラーフと統合されることで最大限の能力を発揮できるようになります』
体を持ち上げたことで、巨人の全体で見える部分が多くなった。その体は全て金属で覆われ、多くの部分がリッターと同じ赤色となっている。
『私グラーフは精霊駆動型戦闘機の名前であり、その戦闘機の操作支援用AIの名前でもあるのです』
「んん? この鎧に入ってるのがグラーフで、あの大きな鎧が本物のグラーフ? それで鎧の名前がリッターで、大きな鎧の名前がグラーフ? どういうことだ?」
混乱して首をしきりにひねるエピティ。
『あちらの大型のものが私、グラーフの本体なのです。リッターは操縦者の脱出用装備であり、グラーフを操縦するための装置でもあるのです』
グラーフの本体である精霊力駆動型戦闘機の胸部が上下に開く。
『エピティ様、あの中へ入ってください』
「わかった」
躊躇もせずエピティは開いた胸部へと踏み込む。グラーフに導かれるまま背中を突き出た棒のような部分に触れさせると、金属音とともに棒と背中が接続される。さらに両肩、腰、足、腕と全身へ金属の腕が伸びてきて固定され、開いていたグラーフの胸部が閉じた。
自然にエピティのまぶたが閉じられた。眠るのでも気絶するのでも無い、遠くへ意識が伸びていくような不思議な感覚だ。ふっと我に返り目を開けると、先程と同じ場所の景色だった。ただし視点が高い。シュミットが乗っているロートケールの姿が眼前にあり、なぜかそれを上から見下ろしていて、やけに小さく感じた。
『思考同調制御システム起動成功。思考同調確率基準値内。動けますかエピティ様』
「うん?」
エピティはグラーフの声で自分がなぜか倒れている状態だという事に気付く。体を起こし立ち上がると、ロートケールの位置が足元になってしまった。確か自分の身長よりも高く、全体も大きいはずだったのだが。そう思ったとき、目に入った自分の足が見慣れないものになっている事に気付く。
赤い色の金属に覆われているのはリッターを装着しているので問題ないのだが、その形が違っていて、金属の種類も違っている。金属の表面には六角形の線が無数に浮かんでいた。これは知っている金属の特徴だった。
「鱗鋼か?」
鱗鋼は鱗持ちという邪精霊の体にある金属のことだ。知られている金属の何よりも硬く、とある特長により超高額で取引されている。エピティの剣はこれで作られていた。
『今の時代では鱗鋼と呼ばれているのですね。私のデータにはオリハルコンという名称で登録されています』
「私の剣はオリハルコンでできていたのか!」
伝説のドワーフが作ったと言われる剣と同じ素材で自分の剣ができていることに喜びの声をあげる。腰にある剣を抜こうとしたところで、それが無いことに気づく。
リッターを装着するときには剣をいったん手放さなければならない。腰に下げたままだと入れないのだ。あの二人との戦闘は突然だったが、エピティはリッターを装着するときに手放し、その後すぐに剣を回収した。というかグラーフに持ってもらっていたので忘れたり落としたりということは絶対に無い。
首を巡らせて周囲に剣が落ちていないか調べ、自分の体のどこかに身につけていないか確認したところで、やっと自分の体がおかしいことに気がついた。
「いつの間に私は巨人になったのだろうか」
『巨人になったわけではありません。戦闘機と意識が同調したからです』
「同調とはどういうことなのだ?」
『この戦闘機グラーフは、人間と同じ構造のため操縦者が自分の体と同じ様に動かせるように、その操縦システムが組まれています。そのため擬似的に戦闘機を自分の体であると、ナノマシンを使って脳に認識させているのです。ですから自分がまるで巨人になったように感じています』
その説明はエピティが理解するには難しすぎた。
「もっと簡単に説明してくれ」
『グラーフの体がエピティ様の体となりました』
「なるほど」
エピティの頷きは、巨大な精霊駆動型戦闘機グラーフの動きと連動する。金属製の巨大な頭が上下に振られた。
「……これは夢か?」
エピティとグラーフの会話はシュミットにも聞こえていた。聞こえていたが巨大な鎧が動き、さらにはそれがエピティの体になるなど荒唐無稽すぎて、自分の目で見ていたとしても信じられないことだった。
『すごいね……』
マチェーラのつぶやきが聞こえたところで、ふと冷静になる。思えばマチェーラもいろいろおかしい。考えてみればマチェーラもロートケールと同化しているのだから、エピティと変わらないはずだ。
「なんだ。マチェーラと同じか」
『えっ、どういうこと?』
「お前もこいつが自分の体になってるんだろ。だったら同じだと思ってな」
『……そういえばそうかも』
そこで一気に肩にかかっていた力が抜けた。冷静になるとグラーフに奪われていた目が違う場所へ向けられる。この場所はかなり広い場所で、端や奥のほうは照明が切れているのか暗くて見えない。
グラーフが立ち上がったことで視界が開けたその向こうに、巨大な影があった。全長は十メントほどもあるグラーフの身長より長いかもしれない。
「何だあれは?」
シュミットの声が聞こえたエピティは、その巨体の向きを変えた。その体によりできていた影が動き、後ろの存在が明らかになる。
一見しただけでは長方形の巨大な物体にしか見えない。青色の金属が少ない光で輝いている。その表面には薄く六角形の線が浮かんでいた。色は違うがグラーフと同じ鱗鋼、オリハルコンだ。全長ほどもある円柱状の物体が二本、その物体の上部に据え付けられていた。
全体の一方の端が先細りになっていて、おそらくそちらが前になるのだろう。先端は前から見ると円形で穴が空いている。縁に溝がいくつも刻まれていた。
『カナーリエンですね』
聞き覚えのある単語にシュミットは首をひねる。
『マチェーラ様の、正確にはマチェーラ様が入っている戦闘機ロートケールの操作支援用AI【カナーリエン】の本体です』
シュミットははっと目を開いてそれを見る。マチェーラも声こそ出さないが、驚いている雰囲気が感じられた。
「あれが……」
全長はロートケールの三倍以上もある。高さも二倍以上だ。大きさだけの迫力ならグラーフを越える。
『外観を見る限り重大な損傷等は見られません。おそらく正常に起動できると思われます』
「それはさっきのお前みたいに、あの中へ入れってことか? そもそもそれは必要なことなのか」
頭上にある表情の無い金属の顔を見上げる。
『はい。確実とは言えませんが、敵を撃退する確率は格段に上がります。攻撃力、防御力ともに大幅な上昇となりますので』
「それで何か問題が起こったりしないのか」
『可能性はあります』
シュミットの顔色が変わる。
『シュミット様は問題ないでしょうが、なぜかAIではなく人であるマチェーラ様がロートケールに搭載されている理由が不明です。分離したAIカナーリエンはどうなったのか。その本体があるはずのカナーリエンと接続した場合、どんな状態になるのか、そのデータは存在しません。どんな不具合が出るか予想も不可能です』
「……あれを使わなくても何とかできないのか?」
『私とエピティ様だけでは、あの二人を撃退するのはまず不可能です。精確な戦力比較はできませんが、単体戦闘で辛うじて拮抗状態ですので』
「勝利は確実ってわけじゃないのかよ……」
うんざりした声をシュミットは漏らした。思わず天を仰いだがここは地の底だ。頭上の高い天井からは弱々しい光があるだけだった。
「マチェーラ、どうする。お前が決めろ」
ずいぶん長い間沈黙していたが、マチェーラは震えた声で言った。
『……やるよ。それしかないんでしょ』
シュミットはなるべく軽い口調になるように意識して話しかけた。
「どうせ動かすのは俺だ。お前は楽にかまえてればいいんだよ」
その声にマチェーラは声を返さない。シュミットは表情を固いものにすると、暗がりにそびえる巨大な影へその身を進ませた。近づくとさらにその大きさがわかる。
「やり方はわかるのか?」
『うん。なんとなく分かるよ……』
カナーリエンの巨体の各所に光が灯ると、音とともにその上部がロートケールの操縦席のように上へ開く。長い二つの円柱に挟まれた、全体の中心にある位置だ。
『あそこへ入って』
ロートケールが静かに浮かび上がり、カナーリエンの上部に開いた穴へその体を沈める。
底部に接触するまで降下すると、下から飛び出した金属の爪が力強い金属音をたててロートケールを固定した。開いていた部分が閉じていく。ロートケールの姿はその内部へ完全に収納されてしまった。
暗闇となった操縦席が明るくなったと思った瞬間、光が乱れた。操縦席の内部に投影されたホログラムが、縦に横に引きちぎられたかのように歪む。耳が痛むような高いノイズ音が響く。
「どうした!」
シュミットが恐れていた事態が起こったのかと、狼狽した声をあげる。
『……っ、あ……』
ノイズまみれの言葉にならない声が微かに聞こえる。ホログラムは歪みがさらに酷くなり、点滅をくり返す。シュミットはマチェーラへ声をかけ続けるが、反応は無い。
すると突然に操縦席が一色の光で染められた。薄い水色だ。
「何が……」
シュミットの座るシートの正面に文字が現れるが、見たこと無い文字で読めなかった。そして唐突に聞いたことが無い声が聞こえた。
『再起動シークエンス完了、データ交換も無事に終了したよ。カナーリエン完全復活っ!』
舌足らずで底抜けに明るい声は、まるで幼い少女のようだった。
『ずーっと眠ったままだったけど、これでバッチリ目が覚めたからね。これからワタシがサポートしてあげるからね、シュミット!』
自分の名を呼ばれるが、この声を持つ知り合いはいない。狼狽しながら周囲を見回すと、乱れていたホログラムがいつの間にか安定し、周囲の光景に切り替わっていた。
「お前は誰だ?」
『ワタシの名前はカナーリエンだよ。シュミットをサポートするAIなんだからね』
「AI……そうだ、カナーリエンって名前は……」
フフッと楽しそうな笑い声。
『そうだよ。シュミットが今入ってるのがワタシの中だね。はじめまして、でいいのかな? もうずっと一緒にいた気になるけど、それはマチェーラのほうなんだよね』
そこでシュミットはマチェーラの事を思い出す。本来ロートケールにいるはずのカナーリエンが現れたら、マチェーラは一体どうなってしまうのか。
「マチェーラはどうなったんだ!」
『心配しなくてもいいよー。見せてあげるね』




