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「ちなみに、その頃の戦いの様子とかはわかるのか」

『映像はありませんが、地図に当時の勢力分布図を表示できます』

 半透明の地図が最初の大陸が四つ並ぶものに戻り、それが色付いていく。数種類の色でまだら模様になった地図は、そのうち青色の部分が点滅した。

『この点滅している場所が人間の統治していた場所となります』

 シュミットたち三人は、その青色の面積の少なさに目を丸くした。右側の大陸は、北東部の海岸線から大陸の半ばまで半分ほどが青い。しかし現在自分たちがいるであろう左側にある大陸の青い部分は、内部の一部だけで周囲を他の色に囲まれてしまっていた。残り二つの大陸にいたっては、青い部分が一切無い。つまりは人間達の勢力は圧倒的に不利な状態なのだった。

「これは勝ち目があるのか?」

「どうしてこの離れた場所だけが青いのだ? しかも周りを囲まれている」

 エピティが左側の大陸に一点だけ存在する人間の勢力圏を見ながらつぶやく。

『精霊種族たちは領土拡大という野心はあまりなく、自分達の土地から離れたり広げたりということはしませんでした。しかし人間は世界各地へ向かい、その領土を増やしていきました。戦争開始前の勢力図がこれです』

 まだら模様の地図が変化し、四つの大陸全てに青い人間の勢力が表示された。三つの大陸では大きくも無く広くもないといった面積だ。しかし右側の大陸は東側全てを青く染め、残っているのは西の四分の一程度と大きく面積を占めていた。

『最初はこれだけの勢力があった人間達でしたが、精霊種族との戦争をはじめると徐々に勢力を減らし、そして私が製造された時期にはこうなっていたのです』

 青色の面積が減少し、二つの大陸では他の色に飲み込まれ、右側の大陸では面積を大きく東へ後退させ、左側の大陸では内陸に小さな点として残るだけとなってしまった。

「ここからどうやって人間は生き残ったんだ」

 シュミットの知る限り、精霊種族が今現在に存在しているという事実は無い。世界に存在している知的生物は、人間だけのはずだ。それはつまり人間がこの圧倒的に不利な状況から逆転し、精霊種族を滅ぼし世界の覇権を握ったということになる。

『現在では精霊種族の存在は確認されていないのですか』

「ああ。少なくとも俺は聞いたことが無い。エピティはどうだ?」

「私も知らないな」

『それならば人類統一連合軍が勝利したという可能性が高いですね。それは喜ばしいことです。ですが、それだとマチェーラ様の存在が問題です』

「えっ!」

 マチェーラが驚きの声を出す。

『マチェーラ様の精霊力エネルギー保有量は、明らかに人間のものではありません。精霊種族でなければあるえない量です』

「で、でもっ、私は……」

 最後は小さくなって声になっていなかった。その怯えて泣きそうな声を聞いて、思わずシュミットは言葉を発した。

「そうは言ってもだ、マーリン級の精霊術師は、とんでもない精霊術を使うぞ。それこそ精霊種族なみにだ。そいつらとマチェーラの何が違うんだ?」

「シュミット……?」

 マーリンというのはその昔実在した精霊術師だ。その力は山を炎で焼き払い、湖を一瞬で凍らせ、地を深く割り、雷を何百と降り注がせた。それと同程度の実力者のことをマーリン級精霊術師と呼ばれている。

『それは本当に人間なのですか』

「俺は一人知ってるが、どこも人間と変わらない姿をしていたぞ。マチェーラと同じだ」

 不機嫌そうな顔でシュミットは唇を曲げた。グラーフは考え込むかのように沈黙し、誰も喋らない時間が静かに流れる。

『ひとつ、可能性があります。エピティ様が言った昔話です。あの中に一つデータに存在しない言葉がありました』

 あの昔話は誰でも知っているような話で、特におかしい部分は無いはずだ。心当たりが無いシュミットとエピティは首をかしげる。

『邪精霊という言葉です。私のデータには存在しません』

 邪精霊はこの世界に生きる人間なら、誰もが教えられる恐怖の対象だ。

 人の何十倍もの力を持ち、動物さながらの本能で襲いかかる化け物。それは精霊力が邪な力へと導かれ集まった結果発生すると信じられていた。

 邪精霊は山や森の奥深く、そして地下や深海の奥底から現れる。人里離れた場所や深い洞窟の奥へ向かう発掘師にとっては、天敵であり最大の障害だ。彼らだけでなく旅人や、離れた土地を行き来する商人達にとっても恐怖の対象だった。襲われれば普通の人間が抵抗できるはずもない。

 そんな説明を聞いたグラーフは一言『ありえません』と切る。

『私のデータには邪精霊という存在は確認されません。精霊力が集まり、それが生物に変化するといったデータも存在しません。何かの間違いではないのですか』

 グラーフの言葉をシュミットとエピティは一蹴する。

「それはないな。私は何度も邪精霊と戦っている」

「精霊力が集まってうんぬんはどうか知らないが、少なくとも邪精霊という化け物は実在してる。そのことだけは事実だ」

『データが足りません。邪精霊の実物を見ることはできないのでしょうか』

 エピティはうーんと首をひねる。

「出て来いと言って姿を見せるようなものではないからな。ノームの縦穴に潜れば出てくるとは思うが……」

 邪精霊と出会う確率は低い。ノームの縦穴では確率が高いかもしれないが、それは深い場所でのことだ。浅い場所では出会わない事のほうが多い。

「そうだ。前に倒した鎧持ちの死体を見せればどうだろう?」

 エピティの提案により、三度マチェーラと出会った場所まで行くことになった。そこにはまだ邪精霊の死体が残っていた。

 邪精霊の死体は、なぜか野生動物が寄ってくることは無い。どんなに腹を空かせた動物でもだ。人間はそもそも自然の摂理からかけ離れたとしか思えない邪精霊を食べようと思うはずも無かった。

『これが邪精霊。データには存在しない生物です』

「鎧持ちというやつだ。体の一部が鎧のようになっているだろ」

『エピティ様。もっと近づいてもらえませんか』

 エピティはリッターを装着しているので、死体へ歩み寄るとその顔を近づけた。

『これは、ミスリルです。このリッターの装甲にも使われている金属ですね。しかしなぜこんな生物がそれを持っているのでしょう』

 ミスリルは精霊石と金属で特殊な工法によって作り出せる合金のはずだ。自然界で発生する金属ではなく、またこのように生物の体で生成されるような物質でもない。

 そうとは知らないシュミットたちは、鎧持ちはこういった金属を持っていることが普通だったので、特に気にしてもいなかった。これが常識で、こういう生物がいるものなのだと最初から思っていたのだ。

 シュミットとエピティは驚いた顔になる。

「精霊遺物と同じものって、なんでそんな物が邪精霊に?」

『理由は不明ですが、確かに邪精霊という生物がいることは理解できました。そしてこのような生物が現れれば、人間達が精霊種族と戦っている場合ではないと考えたことも理解が可能です』

「何の話だ?」

 突然変化した内容についていけず、シュミットは戸惑う。

『先程の伝承によれば、人間と精霊種族はともに邪精霊と戦ったとあります。私が機能停止する以前には邪精霊という生物は存在していませんでした。これらの事から、邪精霊が発生したのは人間と精霊種族の戦争が始まってから後の時代ということがわかります』

 その邪精霊の被害がどの程度の規模だったのかは判別できない。しかし千年以上先の今までその伝承が伝えられているという事は、それだけ大変な事態だったことは察することができる。実際に世界で精霊種族の姿が消えるほどに。

『その戦いで伝承の通り精霊種族は滅びていたのか。私は少数ながら生き残っていたと考えます。固体生存率が精霊種族より著しく低い人間が残っている事からも、可能性は少なくありません』

「だったら、どうして精霊種族はいなくなったんだ」

『混血が進んだためかと思われます』

 邪精霊との戦いが終了した後、精霊種族たちは種の存続が不可能なほど数を減らしていたのではなだろうか。かつて敵対していた人間達と番う必要があるほどに。そして人間達も同じ様に種の存続の危機に立っていた可能性もある。

『そして多数の混血児たちが生まれました。混血は世代を重ねるごとに増え、最終的に精霊種族は絶えた。いえ、精霊種族の身体的特徴が失われた。その精霊力だけ残して。強力な精霊術を使用できる人間は、精霊種族の血が濃いのではないでしょうか』

その言葉に聞き入るシュミットとマチェーラ。エピティはなんとか理解しようと難しい顔で唸っているが、あまり理解しているようには見えなかった。

「確かに精霊力の強さは血と関係があると言われているな」

 精霊術師の実力者は、その多くが貴族だった。強力な精霊術が使えることは国の兵力として重要であり、そういった者を重用することで国力を強化するのは当たり前だからだ。そして優秀な精霊術師を輩出する家には、同じく精霊術師を輩出する家の者を嫁がせる、または婿にするのが当然となっている。

『エピティ様の遺伝子を解析した際のデータも関係しています。エピティ様の遺伝子には、私のデータにある通常の人間の遺伝子とはいくつかの差異が見つけられました。人間とは全く違う生物というわけではありませんが、その体の精霊力エネルギーの保有量は人間とよりかなり多いのです。その事から、エピティ様の祖先は精霊種族との混血と思われます』

 エピティは数回目を瞬かせると、感嘆の息を漏らした。

「私に精霊種族の血が混じっているとはな。驚きだ」

 エピティは自分の手をしげしげと眺めているが、今はリッターを装着しているため、その両腕は金属に覆われている。それでもその奥に、体を流れる自分の血を想像していた。

「ということは、マチェーラも……」

『はい。精霊種族の血が混じっていると思われます。ただあのような光の体、おそらく精霊力にその肉体を変化させる精霊種族は私のデータにはありません。他の精霊種族との混血によるものなのかもしれませんが詳細は不明です』

『私……わからないよ……何も、何も覚えてない。思い出せないんだよ……』

 不安で震える声。自分のことが分からない不安と恐怖、そして今告げられた事実を否定する根拠が無いことに、精神の混乱は限界を迎えつつあった。そこへシュミットの声が割り込んだ。

「なに情けない声出してんだ。よかったじゃないか」

『よ、良かったって、何が……だって、私……』

「つまりお前は精霊種族と人間の混血だってわけだろ。つまりエピティと一緒ってことだ」

 エピティが顔を向ける。今の状態では外見でわかるわけではないが、マチェーラもエピティへ目を向けたことをシュミットは雰囲気で感じた。

『いっしょ……』

「ああ。エピティと同じだ。つまりは仲間ってことだ」

「よくわからないが、確かに私とマチェーラは友達だぞ。そう言ったはずだが?」

 シュミットは苦笑しながらグラーフへ質問する。

「グラーフ。マチェーラはエピティと同じだよな」

『はい。おそらく二人とも精霊種族との混血かと思われます』

 空気を読んだわけでも無いだろうが、グラーフはそう答えた。

『私は、みんなと同じ、でいいのかな……』

「ああ。お前は俺達の仲間だ、マチェーラ」

 そしてマチェーラは、涙声だが『うんっ!』と力強く言ったのだった。


   [動き出す魔の手]

 悲鳴が建物の間に響き渡った。人間の声ではなく、また動物の声とも違っている。生物の規範から外れた奇妙な口から放たれたそれはひび割れて不快だ。

「ふう……これで終わりか?」

 鎧を着た男が、化け物、邪精霊を両断した大剣を肩へ乗せる。その刃は一切汚れていない。周囲に転がる無数の邪精霊は、すべてその剣で屠ったというのに。

 男は人気の無い街を見回す。遠くから喧騒が聞こえ、そこかしこから煙が上がっていた。

 すべて邪精霊の仕業だった。突如この街を襲った多数の邪精霊は、その凶暴さで破壊を振りまいた。そこへこの男が救援に来たのだ。

 しかしそれは少し遅かった。街の建物の多くは崩れ、無辜の住民の死体が倒れ、地面を流れ出た血液が染めている。どこからか苦痛と悲しみの怨嗟が小さく聞こえた。

「ったく、何で俺がこんなことしなくちゃいけねえんだか……」

 その言葉に痛ましい惨状を一切気にした様子も無く、への字に曲げられた口はこの事態をただ面倒くさいとしか思っていないことが窺える。とんとんと軽く剣で自分の肩を叩く男の背後から、誰かが声をかけた。

「終わりましたか、シャガル」

 その男はシャガルとは違い、鎧を着ていなかった。裾の長いローブを身に纏っている。色は群青で、その光沢で高級品であることがわかる。そのローブには金と銀の糸で紋章が縫われていた。土火水風の精霊を意匠化してあるそれは、彼がルストビア国の精霊術師であることを表していた。

「ああ。そっちもか、サハウ」

 そう聞くとサハウは肩を竦めて見せた。

「終わりましたよ。しかしなぜ私達が上司の尻拭いをしなくちゃならないのかな?」

 その声にはありありと呆れの感情が浮かんでいた。シャガルは苦笑する。

「仕方がねえさ。それが悲しき宮仕えってことよ」

 シャガルが着る鎧にも紋章が刻まれていた。ただサハウとは違い、剣と盾だ。これは彼が騎士である事を表している。つまりは二人ともがルストビア国に仕える存在という事だ。

 彼らはその国からこの街へ救援として送られた人間だった。すでにこの街だけではなく、いくつかの街で邪精霊と戦っていた。彼らだけでなく、すでに国中で戒厳令が敷かれ、軍は騎士と精霊術師を各地へ派遣している。

「これでとりあえず終わりかねえ」

「国内は。しかし私達の任務はまだです」

 戒厳令が出てすでに一月近くが経過している。各地で暴れていた邪精霊たちはほとんどが駆逐され、あと数日後には戒厳令も解除されるだろう。しかし被害は甚大だ。邪精霊の移動速度が速かったのもあるが、自分の不手際を叱責されることを恐れた二人の上司が報告を迅速に行わなかったため、広い範囲で被害が起きていた。

 実際にこの原因を作ったのはその上司の下にいる人物で二人には関係ない人間だったのだが、同じ派閥に所属しているためそのとばっちりをくらったのだ。二人が不機嫌になることが理解できる。しかしだからと言って放っておけば、上司の立場は悪くなり、さらに自分達の立場にまで影響する。政治の世界では不祥事をあげつらって相手を引きずり下ろすことなど日常茶飯事だ。

 二人はそろってため息をついた。国内の騒動は終息したが、彼らには国外の任務が言い渡されていた。しかもそれは秘密裏に行わなければならない。

 他国の人間が自国へ来る際には伺いを立てるのが常識だ。友好国であっても、勝手に国境越えられてしまえば防衛上問題となる。しかし今回はそれをしない。なぜならこの任務がルストビア国にとって機密事項に当たるものであるからだ。

「どこへ行くんだっけ?」

「南へ。国境を越える前に発見できればいいのですが。できなければイムダグノ王国へ侵入することになります」

 見つかった精霊遺跡はイムダグノ王国との国境付近の山中にあった。ルストビア国側にいなければ、イムダグノ王国側へ逃げた可能性が高い。

 シャガルが顔をしかめた。

「それで本当に見つかるのか? ただの小娘が一人でそんな場所まで行けるとは思えねえけどな。邪精霊に食われるか、どこかで野垂れ死んじまってるんじゃねえのか?」

「報告を聞いていないのですか。ただの子供じゃありなせん。死んでいたとしても、その死体を持って帰らなければ。重要な研究結果ですので」

 鋭い目でサハウが睨むと、シャガルは適当な返事を返す。

「へいへい。で、どんな小娘だったかねえ」

「まったく……年齢は十四。ただし小柄で年下に見えて、髪の色が銀色です」


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