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 シュミットは操縦席を解放させると、外へ出てグラーフ、正確にはグラーフが搭載されている赤い鎧リッターを間近で観察する。近くで見るとあまり大きく感じない。シュミットより背は高いが、もともと装着者であるエピティの身長が同じぐらいであるのも関係している。またその外見が細見に感じられた。肩や胸は厚く盛り上がっているが、腕や足という部分は細い。その側面を角ばった金属の棒が補強しているかのように存在していた。

「どうだ」

 シュミットが観察していると、エピティは見せつけるかのように胸を張った。

「重くないのか」

「普通の鎧よりずいぶん軽いぞ。それどころか服のようだ」

 そう言ってエピティは体を動かしてみせる。非常に滑らかな動きで、金属製の全身鎧ではありえない可動範囲だ。音もほとんど無い。

「その鎧は俺でも着れるのか」

『いえ。リッターのユーザー登録はエピティ様で行ったので、他の人が装着することはできません。上位権限を持つ方が了承すれば可能ですが、現在それらの方と通信することができないので不可能です』

「……つまりはマチェーラと同じで、決められた人間しか動かせないということか」

 細かい部分は放置しておき、分かる部分だけでシュミットはそう結論付けた。他の人間は使用することができないということは、誰かに売るということができない。使えない品物をわざわざ買うような人間はいないからだ。

『はい。私はエピティ様の専用となっています』

 感情が感じられないグラーフの声。人間味の無い声に疑問が浮かび、シュミットは気付く。鎧の大きさは一人が着るものだ。その中には今エピティが入っているのに、そこからグラーフの声がする。つまり一人しかいるはずの無い場所から二人の声が聞こえるのだ。こんなことはありえない。

「グラーフはどこにいるんだ。エピティがその鎧を着てるなら、どうやって入ってる?」

『私はこのリッターに搭載された記憶領域の中に存在しています』

「それはどこにある。この鎧の大きさだと、どうやっても人が余分に入れる隙間なんて無いはずだ」

 リッターの外見は人の姿と変わりない。背中側にゴツゴツした金属のリュックのような物があるが、その厚みは薄く人が入れるような大きさではなかった。

『私はAIです。人ではありません』

「人ではないだと? マチェーラは少なくとも人間と同じ外見だったぞ」

 マチェーラは体が光になったり、髪の色が銀色だったりという普通とは違うこともあるが、それ以外は人間と同じに見えた。シュミットは彼女が食事をする場面を見たし、一糸纏わぬ姿を見たが、特に異常は見られなかったはずだ。

『シュ、シュミット! 私の裸を思い出したでしょ! わかっちゃうんだからねっ!』

「うるさい、今そんなこと言ってる場合かマチェーラ」

 シュミットとマチェーラが言い争っていると、グラーフが質問した。

『マチェーラというのはその戦闘機、シュミット様が精霊遺物と呼んでいるものなのですよね。本当にその名称なのでしょうか』

「あ、ああ。そうだ。マチェーラ、出てくるんだ」

『もう』

 マチェーラはシュミットが自分の裸を思い出したことにまだ腹を立てながらも、その言葉に従った。燃料槽の扉が開きそこから出る。

 マチェーラの体は青い光になったままだ。ちゃんと服は着ていた。

「わ、私がマチェーラだよ。はじめまして、でいいのかな?」

 マチェーラがそう挨拶したが、グラーフの返事は無かった。どうしたのかとエピティが問いかけると、グラーフはやっと言葉を返した。

『すいません。想定外の事態だったので緊急時マニュアルを検索していたのですが、該当する事項が無かったので。これは由々しき事態です』

 それを聞いたシュミットは目を細め、マチェーラとエピティは首をかしげる。

『エピティ様。一度装着を解除してもよろしいですか』

「いいぞ」

 リッターの背中が開くとそこからエピティが体を抜いた。すると背中は閉じていき、すぐに何事も無かったかのようにもとの姿を取り戻し、中に入る人間がいなくなったというのに倒れることなく立ってみせた。

『あらためまして、私が精霊力駆動小型戦闘機【リッター】の操作支援用AIであるグラーフです』

 そう言って動かす者がいないはずの赤い鎧は、右手で胸に押さえるようにして優雅に礼をしてみせた。まるで一流の使用人のような仕草だった。その光景に三人とも言葉がない。

「……もしかして、その鎧がグラーフの体なのか……?」

『私は体を持たない存在です。このリッターに搭載されているので、これが私の体と言えるのかもしれませんが』

 エピティは自由に動く鎧を見て目を丸くしているマチェーラと、横に立つグラーフを見比べて、ふむとあごに手を当てた。

「全く似ていないな。本当に仲間なのか?」

『いえ。マチェーラ様とは共通する部分は一切ありません。私は生物ではありませんので』

 無機質なというよりそのものである光るグラーフの両目がマチェーラへ向けられる。思わずマチェーラは怯えるとその小さな体を震わせた。

『先程そちらの戦闘機の内部から出てきたようでしたが、なぜでしょうか』

「それは、燃料槽の中にこの体になって入らないと動かせないから……」

『それはありえません』

 怖くて顔を俯かせていたマチェーラは、反射的にグラーフへ顔を上げた。

『燃料槽は人ではなく精霊力エネルギーセルを挿入する場所です。そこに人を入れたところで精霊力駆動型戦闘機が稼動するはずはありません』

「で、でも、それで動いたよ」

 シュミットたちが初めて見つけたときから、この精霊遺物、グラーフが言う精霊駆動型戦闘機の中にはマチェーラが存在していた。そして厩舎の中で燃料槽を開いて出てきたことも確かだ。

『そもそもマチェーラ様は何者なのでしょう』

 虚を突かれた顔をしているマチェーラへ、シュミットとエピティは顔を向けた。グラーフは機械的に言う。

『そちらとデータを共有した際に分かったのですが、確かにマチェーラ様は操作支援用AIとして働いていました。しかしマチェーラ様は、肉体を持っています。AIは肉体を持たない存在なので、マチェーラ様はAIではありえないのです』

「それが無くても動くんじゃないのか、これは」

 シュミットの言葉に、グラーフは顔を向ける。

『それはありえません。データ上に操作支援用AIの登録がされています。ですがそのAIは【カナリーエン】となっていました。そして戦闘機の登録名は【ロートケール】です。つまりデータの中には、マチェーラという名前はどこにも存在していないのです』

 しばらく誰も口を開かなかった。エピティは意味がわかっていないからだったが、マチェーラは呆然とした顔つきで立ち尽くし、シュミットは腕組みをして考えをまとめていた。

「……まとめるとだ、この精霊遺物……名前はなんだったか……」

『精霊力駆動型戦闘機ロートケールです』

「そのロートケールの中には、お前みたいな操作支援用AIがいたはずなんだが、そのかわりにマチェーラが入っていたってことだな」

 グラーフが機械的な声でそれに訂正を入れた。

『いえ。操作支援用AIとしてカナリーエンが入っていたはずです。データでそうなっています。最初はその登録名をマチェーラに変更したのかと考えましたが、それならばデータの登録名もマチェーラになっていなければなりません。原因はわかりませんが、AIの機能を生物であるマチェーラ様が肩代わりしているのは確かなようです。通常の人間であるならそんなことは不可能なのですが』

「わ、私は人間だよっ!」

 悲鳴のようなマチェーラの叫び。体が光のままなのでわからないが、きっと血の気が引いた真っ青な顔色なのだろうというのが想像できるほどに悲痛な表情をしている。

 人ではないからだろうか、グラーフはマチェーラの表情など気にもとめず平坦な口調で言葉を発した。

『そこで質問なのですが、マチェーラ様は本当に人間なのですか』

「そうだよ! 今はこんなふうになってるけど、ほらっ!」

 青く輝いてたマチェーラの体は輝きを失い、人と同じ肌の色に変化する。銀色の髪の毛以外はどこにでもいる人間と変わりない姿だ。

 マチェーラの体へと向けられたグラーフの瞳が点滅する。

『エネルギーが消滅。保有エネルギー総量が人間と同じまで減少。データに登録されていない現象です』

「まるでさっきまでは人間とは違っていたかのような言い方だな」

 シュミットが言うと、グラーフは頷いてみせた。

『はい。先程までのマチェーラ様の保有エネルギー総量は、明らかに人間のものではありえませんでした。あの量は精霊種族でも上位の量です』

 三人はそれぞれ別の表情を見せた。マチェーラは自分が人間ではないと言われたことで恐怖を、シュミットとマチェーラは精霊種族という言葉に驚きを顔に浮かべた。

「精霊種族とは、たしか……」

「古代精霊期にいたとされる人間以外の種族のことだな。エルフにドワーフ、狼人、蛇人……人とは姿かたちが違う人々。あれは作り話じゃないってことか」

「私もその話は子供ころ母親に絵本で読みきかせてもらっていたな」

『その話を聞かせていただけませんか』

 エピティはグラーフに向けて広く伝えられている昔話を語ってみせた。

 それは今から千年かそれ以上昔の話。その時代には人間だけではなく、他に多くの種族がくらしていた。森に住む長寿の見目麗しいエルフ。山に住み手先が器用で製鉄と武器作りに優れたドワーフ。狼の頭を持つ人より体が大きく並外れた身体能力を有する狼人、など。それらを総称して精霊種族と呼ばれている。

 精霊種族は人間より多くの精霊力を持っていて、様々な強力な精霊術を使えた。人も精霊力を持っていたが、精霊種族には遠く及ばない。

 彼らと人間達は住処を別にしながらも争うことなく共存していた。そしてその力を合わせ、精霊力を使い様々な奇跡を起こす物を作り上げた。

 これが精霊遺物と呼ばれるものだ。それが当たり前にある世界で、人々はみな穏やかで豊かな繁栄を享受していた。しかし、それは永遠ではないのだった。

 ある日から突然世界を災厄が襲い始める。それまで存在しなかった邪精霊が突如現れ、人々を襲い始めたのだ。邪精霊の数は膨大で、あらゆる場所にその魔の手は及んだ。

 邪精霊に対して誰もが手に武器を持ち抵抗する。それは何年にもわたる壮絶な戦いだった。勇敢な戦士達は一人、また一人と失われていく。

 辛うじて邪精霊との戦いを終えたが、それらを絶滅することは叶わなかった。人々の犠牲も酷いもので、生き残った種族は人間だけだったのだ。それ以外の種族は誰一人として生き残らなかった。

「という話なのだが。ただこの話はよく知られているが、邪精霊の恐ろしさを伝えるためだけのものと言われている。エルフやドワーフといった伝承は世界各地にあるらしいが、それが実在するとは信じられていないな」

 その精霊種族かもしれないマチェーラへエピティは目を向ける。しかしその姿はどこにもそれらしい特徴は無かった。精霊種族は人間とは違う外見をしているはずなのにだ。

「マチェーラは記憶を無くして自分のことがわからない。本当に精霊種族なのか?」

 シュミットがマチェーラへ目を向けると、彼女は怯えた瞳を向ける。

『それなのですが、最初にマチェーラ様が保有している精霊力エネルギーは間違いなく精霊種族でしかありえない量でした。人間なら不可能です。しかし体から光が失われると減少し、今は普通の人間程度にしかありません。そして、マチェーラ様には精霊種族の特徴が見られません』

「だったら人間なのか?」

『いえ。だとしたらあの精霊力エネルギーはありえません。つまり現在のデータでは、マチェーラ様を人間であるとも、精霊種族であるとも決定できません』

 それに思わずため息をつくシュミット。

「結局わかないってことじゃねえか……」

『はい。ですが今後のデータを集めることでそれはわかるはずです。そして質問があります。先程の話では人間と精霊種族が共存していたとありますが、これは本当でしょうか』

 なぜそれを聞くのかと疑問に思いながら答える。

「そう言われているな」

『それはありえません』

 強い断定の声に、シュミットは小さく驚きの表情を浮かべた。そして続いたグラーフの言葉に、完全な驚愕へと変化する。

『なぜなら私やこのリッターは、精霊種族と戦うために造られたからです』

 三人ともが驚きに固まる中、シュミットがまず回復した。

「……お前を造ったのは誰なんだ」

『誰かというのは定義できません。あえて言えば人間によって造られたことになります』

「精霊種族と戦うために造られたと言ったよな。それはつまり……」

『はい。私達は人間が精霊種族と戦うために製造された兵器です。そちらのロートケールも同様に、対精霊種を想定して製造された兵器となります』

 シュミットは巨大な金属の塊であるロートケールを見る。これが精霊種と戦うために大昔の人間が作ったと言われても、全く現実感が無かった。そもそもロートケールだけでなく精霊遺物と呼ばれるものはいつ作られたものなのかもわからず、その制作方法も不明なのだ。それを人間が作ったとはすぐ信じられるわけがない。しかし、もしもそれが本当ならば、これまでの歴史を揺るがす事実だ。

「……とんでもない事になってきたな」

 思わず天を仰ぐシュミット。それを見たエピティが首をかしげる。

「どうして空を見ている? もしかして空を飛びたくなったか」

「ふざけたことを言ってる場合かよ。話をきいてなかったのか。これが本当なら、とんでもない事実なんだぞ」

 シュミットが強く責める口調で言うが、エピティはそよ風のように受け流す。

「そんなに騒ぐようなことか?」

 嘘ではなく本気でそれがどうでもいいようなエピティに、再び口を開こうとしたシュミットの動きが止まる。

 たしかにこれは重大な発見だ。歴史を調べている研究者にとっては驚愕の新事実である。しかし自分にとってはどうだろう。発掘師にとって精霊遺物とはどれだけ高く売れるかどうかが重要だ。たとえその精霊遺物に奇妙な喋る何かがいたとして、それが世界の真実を知っていたとして何か問題があるのだろうか。

「……逆にその真実を知りたい歴史研究家に売れば、とんでもない値段になるかもな」

「どうしたシュミット。急に笑顔になって」

「いやなに、このグラーフがどれだけ高く売れるかと思ってだな」

 それを聞いたエピティは驚愕し、グラーフの金属でできた体に抱きつく。

「だめだぞ、これは私のだ! こんな良いものは絶対に売らないからなっ!」

「見つけた精霊遺物は二等分するっていう約束は忘れたのか」

「い、や、だっ!」

 歯を見せて威嚇するエピティ。それに嘆息しているとグラーフが言った。

『私とリッターを売却することは軍規で禁止されています。もし行った場合は処罰の対象となり、最悪は極刑を言い渡される可能性もあります』

 エピティが歯をむいていた顔を戻し、グラーフの表情が存在しない頭部へ目を向ける。

「軍規という事は、どこかの軍に所属しているのか?」

『はい。人類統一連合軍です。ですが、もうそれが存在しているかどうか不明ですが』

 言い伝えが本当ならば、グラーフが所属していたという軍は数千年前に消滅しているだろう。現代に同じ名前の組織も存在していない。少なくともシュミットとエピティは聞いたことは無かった。

「だったらもうその軍規なんて関係ない。売りはらっても問題ないだろ」

 そう言ったシュミットへグラーフの輝く丸い目が突きつけられた。

『行動の基本として軍規は存在しています。その中には軍規に違反した場合は、それが仲間であってもそれを止める権利が私に与えられています。場合によっては戦闘行動も許可されますが、それでも軍規違反を行いますか』

 グラーフはその腕に持った長い鉄棒、巨大な岩を破砕した武器を構える。シュミットは狼狽し、焦った顔で一歩退いた。

「わかった。冗談だ。売ったりしない」

「軍規は大切だからな。私も騎士見習いになった最初は、軍規をみっちり覚えさせられたぞ。今はもうほとんど忘れてしまったがな」

『軍規は全て私のデータに入っています。ユーザーが忘れていた場合それを補佐するのが私の役目でもあります。安心してください』

 冷や汗を浮かべるシュミットを無視し、エピティとグラーフは傍から見ると間抜けな会話をする。すると黙っていたマチェーラが口を開いた。

「けっきょく……私ってなんなの……」

 俯きがちに声をこぼす。その背中には沈んだ空気が漂っていた。すっかりマチェーラのことを忘れていたシュミットは、その暗い雰囲気を見て面倒くさそうに肩を竦めた。

「さあな。そんなのどうでもいいだろ」

 突き放すような呆れを含んだ声に、マチェーラは「えっ」と驚いた顔をあげた。

「だ、だって私が人間じゃなかったら……もしも精霊種族だったら……人間と精霊種族は戦っていたんでしょ? それって敵どうしってことだよね……」

「それは何千年も大昔の話だ。今じゃない」

「でも、人間じゃないってことは、みんなと違うってことだよね……」

 マチェーラは再び表情を暗くすると顔を俯ける。

「お前が人間だろうが人間じゃなかろうが、そんなの関係ないんだよ、バーカ」

 最後を言葉を大きく言うと、マチェーラの顔が少しだけ上がり目だけがシュミットを見た。シュミットの顔がわざとらしく嫌味な笑顔を浮かべた。

「お前はどっちでも結局は、意味はわからないがとにかく青い光に変身する変な女ってことにかわらないだろ。自分の存在について悩むのは、きっちり成長して毛が生えてからにしろよ幼児体形のくせに」

 明らかな嘲笑の言葉に、マチェーラの頭に一瞬で血が昇る。さっきまで沈んでいた顔が赤くなり、目が吊り上がった憤怒の表情へと変化した。

「幼児体形や、け、毛が生えてないってなんだよ! そっちが勝手に見たくせに!」

「文句は人に見せられる体になってから言うんだな。まあ望みは薄いけど」

 マチェーラは言葉にならない叫びをあげてシュミットへ突進する。シュミットはその頭を押さえることでそれを回避した。マチェーラはそれでも腕を振り回すが、互いの腕の長さのせいで、どうやっても当たらない。それはまるで子供のケンカのようだ。

『仲がいいですね』

「そうだな。しかしシュミットも違う言葉でなぐさめてやればいいのにな」

 エピティとグラーフが二人の言い争いを見ていると、ほどなくそれは終わった。

「……でだ、これからどうする?」

 不機嫌な顔で睨みつけているマチェーラに辟易した顔をしているシュミットに、エピティは問いかけた。

「そうだな……こいつを見つけたし、特にやることも無いか。なら街へ戻るか」

 反対意見も無くそうすることになる。ただ元に戻ったマチェーラは光の体になるためまた服を脱がなければならなかったのだが、体を隠すための布が無かったので一騒ぎになった。シュミットは離れた木々の奥へ入り、それをマチェーラとは違い離れても独立行動ができるグラーフが見張ることになった。その際またシュミットが余計なことを言ってマチェーラが怒るという一幕も発生した。

『じゃあ行くよ』

 操縦席にマチェーラの不機嫌な声が響く。まだ彼女は機嫌を損ねていた。それを理解したシュミットは面倒そうに嘆息する。

「おお! こうやって見る景色はまた違うな」

 エピティの嬉しそうな声があがった。彼女はグラーフが宿るリッターを装着し、マチェーラの上に跨っていた。場所は操縦席の上部で、なぜそうなったのかと言えばリッターを装着したままだと操縦席へ入ることができなかったのだ。

 ならばエピティは操縦席に入ればいいはずなのだが、彼女は操縦席の外から景色が見たいと言い出し、自らそこへ跨ったのだ。

「落ちても知らないからな」

「なあに、大丈夫だ!」

『はい。私がサポートしますので』

 マチェーラの操縦席にいないのに、エピティとグラーフの声がシュミットには聞こえていた。逆もまたそうだ。なので会話には支障が無い。

 地上から浮かび上がったマチェーラは山の上を滑るように移動する。

『周辺地形データを収集。データには無い地形です。現在位置は衛星とリンクが不可能なため不明』

「グラーフはここがどこかわからないのか。では教えてやろう。ここはイムダグノ王国の端、コムルート地方だ。ルストビア国との国境だな」

 イムダグノ王国とルストビア国はあまり国交もなければ争いも無い、そんな関係だ。それは地形的に移動するのが難しいからだった。二国の国境は長く連なる山脈によって隔てられていた。そこまで急峻な場所では無いが、簡単に通れるような地形でもない。道はあるにはあるが細く、大人数が通れるわけではないので貿易で多くの馬車を移動させることもできなかった。

『どちらもデータには無い国名です。それは地図のどの位置にあるのでしょうか』

 シュミットとマチェーラの前に半透明の地図が現れた。それには四つの大陸があった。

「この左側のものは、私が知っている地図に似ているな」

 エピティがそう言うと、その大陸の部分が拡大され、他の大陸は消えた。

『ではイムダグノ王国がある場所を大体でいいので教えてください。指を使う必要はありません。思考制御用ナノマシンの働きで考えるだけでわかりますので』

 ナノマシンが何なのか理解できないが考えるだけでいいのは便利だな、などと考えながらエピティは脳内の地図と目の前の地図を重ね合わせ、イムダグノ王国であろう場所を思い浮かべた。するとその部分が淡く色付く。

『ここですか。私が機能を停止する前までいた場所と重なります。しかし周辺の地形はそれと合致しません。千年以上の時間が経過しているのであれば、地形の変化する可能性は十分にあるので、現在地の合否はまだ決定できないでしょう』

「……つまりは、ここはまだどこだか分からないってことだな」

 呆れたようにシュミットが言うと、無機質な声で『はい』と答えが返ってきた。

「そういえば、お前は軍に所属してるんだよな。じゃあ、どこの国の軍だったんだ?」

『どこかの国という訳ではありません。私は人類統一連合軍という組織に所属していますので。ですから人間が統治する全ての国に所属していると言えるかもしれません』

 全ての国という単語に意識を引かれたシュミットが質問すると、グラーフは答えた。

『当時人間が統治する国はいくつもありました。友好的な国だけでなく敵対する国もありましたが、それらの国は団結し、人類統一連合軍という組織をつくり精霊種族たちとの戦争を開始したのです』

 壮大な過去の大戦に、シュミットは言葉がない。精霊種族は人間よりも遥かに強力な精霊術を行使できるとされている。人間にも大精霊術師と呼ばれる者がいるが、それは何千に一人といった割合だった。しかし精霊種族は、そのほとんどが大精霊術師かそれ以上の力を持っているのだ。

「なんでそんな戦いを昔の人間達ははじめたんだ?」

『私は戦闘用のAIなので当時の社会情勢や思想といったデータはありません。ただその原因の一つは資源獲得のためです。私が配備されたのがその作戦のためだったからです』

 グラーフの説明によれば、人間が手に入れたかったのは鉄やシュミットが見たことも聞いたことが無い鉱物と、精霊石だった。確かにマチェーラもといロートケールのように巨大な金属の塊を製造するには、とんでもない量が必要なはずだ。しかし精霊石がなぜ必要なのかと考えたところで、シュミットは自分の胸元を見た。

「お前みたいな精霊遺物はやっぱり精霊石で動いてるのか」

 精霊石がその内部に精霊力を内臓していることは昔から知られていた。その用途としては、精霊術師が精霊術の強化や失った精霊力の補充に使われるのが一般的だ。シュミットのように武器として使うことはまず無い。

『いえ。精霊石程度の保有エネルギーでは私を作動させるには少なすぎます』

 その言葉に驚いたシュミットは、胸元にある精霊遺物、光を発するそれを取り外し、その裏側の蓋を開いた。

「だけどな、こうやって精霊石で使えるようになったんだぞ」

 精霊遺物が精霊力で動いている事は知られている。その精霊力が内部に蓄えられている事も。

 発見された精霊遺物のなかには、見た目は損傷が無く問題がなさそうなものでも内部に精霊力が存在せず、どうやっても使用することができないものがあった。シュミットが身につけている光を発するそれも、そういった物だった。

 シュミットは精霊物を調べ、後ろにある部分の蓋が開くことに気付く。そして開けてみるとそこは空洞だった。そこでなんとなく精霊石を入れてみると、なんと精霊遺物は光を発生させたのだ。

 これによりシュミットは精霊遺物の中には精霊石があり、そこに蓄えられた精霊力で作動しているという仮説をたてた。エピティが使っていた精霊遺物も、同じ方法で使用可能となった。だがそれ以降完全な状態の精霊遺物は見つかっておらず、その後の検証はできないでいた。

 シュミットは大きい精霊遺物はその内部に巨大な精霊石が入っているのではないかと考えていた。精霊石は大きければ大きいほど精霊力が多くなるからだ。その自説をグラーフへ披露すると、にべもなく否定された。

『それは不可能です。精霊石がどれだけ巨大になっても、ロートケールやリッターのような戦闘機を動かす燃料にはなりえません。なぜなら精霊石の大きさがロートケールと同じでも、ロートケールを動かすには不足しているからです』

 自説を簡単に否定されたシュミットに、グラーフはたたみかける。

『もし動かそうとするならその大きさの精霊石が十個は必要です。それでも動けるのはほんの僅かで、それで全てのエネルギーを使い果たしてしまうことになります』

 感情が無い人間ではないその声が、それが事実だとシュミットに実感させた。

「だったら、どうやってそんな多くの精霊力を貯めれるんだ」

『そのために精霊石が必要なのです』

 精霊石は特殊な方法で金属と融合させることが可能となる。その金属の種類や配合比率を変化させることで、様々な特質を持つ合金へ変化した。

『それらの合金は精霊鋼と呼ばれ、ミスリル、オリハルコン、ダマスカスなどの名前がつけられました。これらはリッターやロートケールに使われています』

「その名前は聞いたことがあるな。たしかドワーフの名匠がオリハルコンの剣を人間の王に贈ったのだったか」

 その伝承をグラーフは否定も肯定もしなかった。

『それが実際に起こった事実かどうかはわかりません。ただ人間は自らの力でそれを精製することができました』

 人間は精霊石をそれらの金属だけに使用しなかった。彼らは精霊石にいくつかの金属や薬品を反応させることで、精霊力エネルギーセルを作り上げた。それは人間と精霊種族を隔てる保有精霊力の格差を覆す発明。精霊力エネルギーセルは、精霊種族と同じほどの精霊力を貯蔵することが可能だったのだ。

『これにより人間は精霊種族と並ぶことが可能となりました。しかし人間は精霊術を行使するのは不得意です。そこで強力な精霊術と同じ破壊力を持つ兵器、精霊力駆動型戦闘機を作成し、これを使って戦闘を行ったのです。たしかに攻撃力は同等なものでしたが、精霊種族はその身ひとつで強力な兵器でした。しかし人間は精霊力駆動型戦闘機が必要なため、それの材料である資源を欲しました』

「……それで戦争を始めたってわけか」

『はい。戦争をするために資源を求めたのか、資源を求めるために戦争をしたのか。そのどちらなのか分かりませんが、私が製造された時期はすでに大規模な戦争状態でした』

 この時代でも、世界ではどこかで戦争が起こっている。それは民族同士の不和であったり、土地や富を巡ってのものであったり。土地が痩せていて作物が満足に無い国が隣の国へ略奪に来るなどといった事はよく聞く話だ。

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