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例によって落選したものです。
評価シートは厳しかった……それなりに自信あっただけに。
光の届かない暗闇。土がむき出しの洞窟のなかを、光とともに進む姿があった。
「ここもハズレみたいだな」
少年は落胆と少々の疲れを含んだつぶやきを漏らす。すると前を歩いていたもう一人の人間が振り返った。
「そうか? まだ先にこの道は続いてるぞ?」
それは若い女性だった。まだ少女と言っていい容姿だ。しかし背は高く、自然とにじみ出て見える自信と力強さは年齢以上の迫力を感じさせた。
「おい。まぶしいぞ」
女性の額から強い光が発生していて、それを正面から見てしまった少年は腕で目をかばう。女性は額の光っているあたりで指を動かすと、その輝きが少し弱くなる。
「これでどうだ、シュミット」
光が弱くなったおかげで、シュミットと呼ばれた少年は女性の全身がよく見えるようになった。目立つのは輝く金髪で肩よりも長い。ごついブーツは膝下まであり、その中へズボンを入れている。背中には頑丈そうなリュックを背負う。そして銀色に光る頑丈そうな胸鎧を身につけ、腰には一振りの剣があった。
その姿は凛々しい騎士のようだったが、額の光が雰囲気を崩していてユーモラスだ。
「ああ。ありがとうなエピティ」
シュミットの言葉に、エピティは頷く。
「探索はここまでにしよう。一旦戻る」
「まだ時間には余裕がある。それにさっきも言ったが、まだ先があるぞ。それなのに戻るのか?」
「ああ」
「しかし、この先にこれみたいな物があったりしたらどうする」
エピティが、これと言って指さしたのは自身の額の光だった。正確には額で光を放つ手の平におさまるほどの四角形の物体だ。
「いや。この先には精霊遺物は無いだろうな」
ほとんど断定した口調でシュミットは言う。
「なぜわかる?」
「カンだ」
エピティは一瞬目を丸くしたあと、大きく頷いた。
「勘か。なるほど。たしかにそれは大切だな」
「それと、もう一つ」
シュミットはエピティの後方、光の届かない暗闇の向こうへ真剣な目を向けていた。それに気付いたエピティが振り向くと、同じ様に目の色が変わった。シュミットよりも鋭い目に浮かぶのは、紛れも無い殺気。
無言で腰の剣の柄を掴み、音も無く抜く。刃が光を反射して輝いた。
「この先はあいつらの巣みたいだ」
暗闇の奥から異形の影が這い出した。
結果として二人は傷ひとつ負わなかった。
手足を失い、頭や胴を割られた姿は三つ。全てエピティが剣でやったものだ。シュミットは一切手をだしていない。彼はただ彼女の後ろに立っていただけだった。
「しかし、さすがだな」
「この程度なら準備運動にもならない。鎧無しだからな」
シュミットの賞賛に無表情で答える。
エピティは準備運動にもならないと言ったが、それは彼女にとってはそうであるだけで、シュミットや一般人からすれば途方も無い相手だ。
その姿は昆虫に似ている。節くれだった手足と体を覆う外骨格。ただし大きさはシュミットやエピティよりも大きい。大人四人が横に楽に並ぶことができ、天井も人間三人分の高さがあるこの洞窟の半分以上を占めると言えばその姿が理解できる。
そんな化け物を三匹もたった一人で殲滅したエピティは、それ以上の怪物と言えるだろう。だというのにシュミットは全く動じていない。それはこの光景が彼らにとって当たり前だということに他ならない。
「よし。仲間が逆襲に来る前に逃げるぞ」
「わかった」
化け物の死体をそのままに、もと来た道を戻る。しばらく進むと道が分かれていた。
「シュミット」
「こっちだ」
目印は無く、地図も見ていないのにシュミットは分かれ道を選択して進む。その後をエピティは無言で続く。
分かれ道を何度か進み、さらには縄梯子を上って約一時間後、前方に光が見えた。
「ふう。やっと外か」
シュミットは数時間ぶりの太陽の眩しさに目を細め、頭上を見る。そこには円形にくり抜かれた空があった。そして視線を下に向けると、そこには何も無い。遥か下に暗闇が滞っている。シュミットは数歩足を進めれば落ちてしまう、そんな断崖の縁へ立っていた。
前方には、遠くに土壁が視界を埋めている。ここは大地に穿たれた巨大な縦穴の側面に空いた穴の入り口なのだ。よく見ると向こうの土壁にも、同じ横穴がいくつもあった。
「やっぱり地面の下より外がいい。視界も広い」
洞窟から出てきたエピティも、嬉しそうに円形の空を仰ぎ見る。
「それで思い出したんだが、やっぱりシュミットが持っている方を使わせてくれないか」
「エピティ、光らすのをやめろ」
振り向いたシュミットは額の光を眩しそうに指さし、今気付いたという顔でエピティは額へ指を伸ばすと、輝く光は消えた。
「何でだよ。そっちのほうが光が強いし、遠くまで光が届くからって自分で選んだろ」
「最初はそうだった。しかし使ってみると遠くまで届くが、その分この光は直線的だ。周囲の様子が見えない」
「たいまつよりも遠くまで警戒出来るって喜んでたじゃないか」
「たしかに敵を警戒するにはいい。しかし、戦闘となると別だ。私はどうしても接近戦をするしかない。武器がこれだからな」
エピティは腰の剣を鞘の上から軽く叩く。
「この光は直線的過ぎて、少し動くと敵の姿が光から外れてしまうんだ。一対一ならまだいいが、多数との乱戦は厳しい。特に周囲を囲まれてしまった場合、実質一つの敵の姿しか見えなくなる。だからシュミットが使っている広範囲を照らし出せる物のほうがいい。だから、それを私にくれ」
エピティはシュミットの胸にあるそれへ指を向ける。左胸に装着されているのは長方形の物体。いくつかの革のベルトでシュミットの体にしっかりと巻き付けてある。
彼女の言い分の正当性を認め、シュミットは腕を組み、数秒で考えをまとめたようだ。
「却下」
「なぜだ!」
にべも無い言葉に、エピティは大きな声を出す。
シュミットは無表情。エピティは顔が真っ赤だ。なぜそんなに怒っているのかと呆れた様子でシュミットはため息をつく。
「いいじゃないか。今使ってるこれはシュミットに渡すから、かわりにそっちをくれ。交換だ。何が問題だ?」
「問題というか……そもそも覚えていないのか」
「何のことだ?」
「その精霊遺物、お前が使っているのと俺のもの、両方とも俺の所有物だ」
その言葉に虚を突かれた顔になるエピティ。
「思い出したか。そう、それは俺がお前に貸し出してやったやつだ。たいまつだと片手が塞がって嫌だって言うから、な」
「だからどうした。交換するだけなんだからいいだろう」
「だからな、二つとも俺のものなんだから、どっちを貸し出すかっていうのも俺の自由なんだ。俺はそっちより、こっちの方を使いたい。わかったか?」
「嫌だ。私はそっちがいい。交換だ」
シュミットの言葉を無視したエピティ傲慢な言い方に、顔が引きつる。
「……エピティ、俺は説明しただろ。なぜそれをお前に使わせるのかって」
「知らん。忘れた」
半分だけ引きつっていたシュミットの顔が、一瞬で全面怒りの表情へ変化する。
「じゃあもう一度言うぞ。たしかにこっちのほうが周囲を照らせて戦闘には向いているかもしれない。けどな、その分光っていられる時間が短いんだよ! お前、戦闘中に突然光が消えたらどうするんだ!」
「姿が見えなくても気配でわかる」
「だったら今お前の額にあるやつでも戦えるだろ!」
「え?」
エピティはぽかんと口を半開きにすると、腑に落ちたようで手の平を拳で叩いた。
「たしかに。さっきも気配と音で敵の位置がわかったな。それに一瞬でも光が当たればそれで敵の位置がわかるぞ。うん。今のこれで大丈夫だな」
「相棒が素晴らしい戦闘能力で俺は嬉しいよ……」
どこかヤケクソ気味にシュミットはつぶやいた。
縦穴はその側面の横穴同士を繋げるように階段が彫られている。
しかしそれは全ての横穴にあるわけではなく、さらにきちんと計画的に作られたものは少ない。階段と呼べないただの出っ張りというものもあれば、自然の崖そのものという場所も少なくなかった。
そんな場所を三十分以上もかけて上り、やっとシュミットは地表まで戻ってきた。
「疲れた……」
今回潜った横穴はそれほど地表から遠い場所ではなかった。それでも光が全く無い暗闇で異形の化け物と戦った後、一歩足を踏み外せば死という道を進むのは体力と精神両方とも疲労するのは仕方が無いことだった。
すでにこの道何年も経過し、この若さでベテランとも言えるシュミットだが、いまだに穴へ潜るのはある程度の緊張をおぼえる。
暗闇の奥にはあの化け物たちが無数に徘徊している。今回出会ったのは、その中でも最下級に位置するものだ。あれらを越える怪物は、この巨大な竪穴にいくらでも存在している。だというのに、最下級であってもシュミット一人では戦うことすら命がけだ。たった一度、あの腕や足でなでられただけで命が消し飛ぶ。
生き延びた安堵感に体を震わせていると、のん気な声が聞こえた。
「うん。やっぱりあの程度では物足りないな。シュミット、もう一度潜りに行かないか?」
「ふざけるな! 一人で行ってこい!」
朗らかな顔で不条理な提案をするエピティに、心からの叫びを放つ。
「命からがら戻ってきたんだ。また地獄に戻ってたまるか」
「大げさな。あの邪精霊なら百匹でてきても楽勝だ」
「お前ならな……」
シュミットは苛立ちと、少しの羨望込めてエピティを睨む。
背は高く体も引き締まっていて、ずいぶん鍛えられていることがわかる。しかしその他の姿は人間と何ら変わる事は無い。だというのに、彼女とシュミットには天と地ほどの差異があった。
それは戦闘力。一瞬でシュミットの体を引き裂く異形を、エピティは鼻歌交じりに百匹以上の命を刈り取る。
それは本当に同一の生物なのかと疑うほどの固体差。しかしこれがこの世界での常識だ。シュミットにとって隣人は、化け物以上の化け物。いつでも自分を殺せる相手との共存。ある意味あの縦穴と日常は、全く持って同質の存在だった。
その視線に何を感じたのか、エピティは首を傾げた。
「ったく、そんなに言うなら一人で潜ってこい。もしかしたらこれと同じやつが見つかるかもしれないぞ」
シュミットは自らの胸にある物を指で叩く。
「それは無理だ。私一人だと道に迷ってしまう」
「目印つけるなりロープをのばすなりして、地図を書きながら進めばいいだろ」
「そうかもしれないが、私はシュミットとは違って、鼻がきかない」
その言葉に口をへの字に歪める。
鼻がきくというのは、周囲の人間からシュミットへの中傷であり賞賛だ。シュミットは勘、いわゆる第六感というものが優れている。特に縦穴内での危険および宝に対して。
そのおかげでこの危険すぎる仕事を何年も続けられていた。
「だから私一人では何も見つけることはできないだろうな」
「そうか? さっきの穴の先、邪精霊の巣の中に精霊遺物があるかもしれない」
「シュミットの勘では無いのだろ? まさか、嘘なのか」
「いや、違う」
「そうか」
疑いなど一かけらも無い信頼した目をエピティは向ける。それから気まずげにシュミットは顔を逸らした。
「……街へ戻るか」
二人は木々の間を貫く道を進む。幅はそれなりにあるが、荒れていて波打つような状態になってしまっている。木や草が侵食している部分も多い。
木の背は高く枝葉を広く伸ばしている。しかし木と木の間が広く、枝葉の数も多くないので、頭上から多くの光が入ってきていて周囲は明るい。
まだ太陽が沈むには早く、急ぐこともなく二人はゆっくりと歩いていた。その時、エピティは足を止めると木々が並ぶ道の横へと顔を向けた。
「どうした?」
「何か聞こえる」
シュミットは耳をすませる。が、何も聞こえない。空耳じゃないのかと問おうとすると、それより早くエピティは駆け出していた。あっという間に木々の向こうへと姿が消える。
あっけにとられていたシュミットだが、我に返ると逡巡したあとその姿を追った。
「ええい、先走りやがって! 運動能力の差を考えろ……!」
エピティは風の様な速度で木々の間を抜けていったが、シュミットにそんな芸当は不可能だ。
この地域は比較的低い山々が連なる場所だ。平地がほとんど存在せず、緩い傾斜か急勾配しか無いという土地。そんな道なき道を必死で進むシュミットの息はあっという間に切れてしまう。
荒い自分の呼吸音に混じり、何かの音が聞こえ始めた。おそらくそっちにエピティはいるのだろうと予想し、震えそうな足を無理矢理動かす。近づくと雑音でしかなかった音が意味を持ち始める。地面を激しく叩く音と獣声。紛れも無く戦闘音だ。
シュミットの表情が静かになる。額に浮かぶ汗を腕でぬぐい、一旦足を止めて深呼吸。呼吸を落ち着かせ、精神を研ぎ澄ませる。そして慎重に戦闘が行われているだろう場所へ向けて足を進めた。
シュミットは音の間近まで来ると、より一層慎重に動き、そっと木の後ろから顔を出す。彼が隠れる場所から一段低い場所で戦闘は行われていた。
動物からかけ離れた外見と大きさの邪精霊が、激しく動き回りながら奇妙な叫び声をあげている。
「クキュルルル」
外見は熊に似ている。二メートル以上の巨躯と鋭い爪。しかし似ているのはそれだけだ。
両腕は立っても地面へ着きそうなほど長く、威容に太い。顔も熊とは全く違い、口がまるで昆虫のハサミのような形状で、目も複眼となっている。
そしてさらに異様なのは、体を覆う鈍い金属の光。それは間違いなく金属の輝き。偉業の怪物は鎧を纏っていたのだ。
「くそ。鎧持ちなのか……」
シュミットは思わず舌打ちする。
あらためて眼下の光景を観察する。邪精霊の数は六。どれも同じ熊のような外見だ。その全てが金属の輝きを持っていることに、シュミットの表情が険しくなる。
「はあっ!」
巨躯の足が地面を叩く音に混じって、鋭い気合の声が発せられた。その直後、邪精霊の悲鳴が山中に響いた。
切り飛ばされた異形の腕が、空中で回転する。それが地面へ落ちる前に、エピティは怯んだ邪精霊へ高速で接近した。そのまま体の横を通り抜けながら、剣を一閃。腹の半分以上を横に切り裂き、やたら黒い血が吹き出る。
腹を裂かれた邪精霊は地面へ倒れた。空中の腕が地面に落ちるのとほぼ同時だ。
倒した相手に目を向けることもなく、エピティは次なる敵へ体を向けた。その実力に恐怖を感じたのか、今にも襲い掛からんばかりだった二体の邪精霊は逡巡するかのように低くうなり声を出す。
この場所にいる邪精霊は全部で六体。しかしエピティと戦っていたのは半分の三体だけだった。では残りの三体はというと、その太い腕を使って何かを囲んで殴りつけていた。
それを不思議に思いシュミットは邪精霊が何を殴っているのか確認しようとした。しかし距離があり、巨躯に囲まれているためそれが何なのか見えない。
シュミットがそちらに気を取られている間に、エピティの戦闘が始まった。
邪精霊が同時に襲いかかる。その巨体からは想像できない速さだ。背筋が凍る風切り音とともに振るわれた腕を、エピティは後ろへ二歩下がることで回避する。
邪精霊は多種多様の姿かたちをしている。共通項は動物と昆虫の特徴を併せ持つこと。その全てがありえないほどの怪力を持ち、野生動物以上の瞬発力がある。
だというのに、エピティはその邪精霊の攻撃を容易く回避していた。続けて二回三回と振るわれる異形の腕から舞うように逃げる。
その光景を見て、シュミットの片頬が引きつる。
「いつものことながら、デタラメだな」
邪精霊には格というものが存在していた。目の前でエピティと戦う邪精霊は【鎧持ち】と呼ばれ、普通の邪精霊より上の格に分類されていた。鎧持ちとはその名前どおり、金属製の鎧を持っている邪精霊のことだ。実際は鎧ではなく体と融合した金属の皮膚なのだが、見た目が鎧に似ているのでそう名付けられた。
それだけなら少し硬いだけの邪精霊なのだが、鎧持ちの邪精霊は鎧無しの邪精霊と比べて大きく攻撃力と瞬発力が勝っていた。鎧持ちと出会ったならば死を覚悟しろ。それが世界の常識となるほど、鎧持ちの強さは桁外れだ。
そんな相手の動きよりも速い、ただの女性にしか見えないエピティの姿は異常だった。さらには攻撃を避けるだけではなく、剣を振るい邪精霊を切る。
深い傷ではないが、いくつもの傷が二体の邪精霊に刻まれいく。二対は傷が増えるたびにうなり声を漏らす。
「ふうう」
エピテイは大きく後方へ跳び、邪精霊から距離を取ると、大きく息を吐いた。
「さすがに一人じゃ無理か」
エピティの顔には玉のような汗が浮いていた。
終始彼女が優位に立っているように見えたが、そうではない。エピティは自分の力を限界まで使って、なんとか鎧持ちと渡り合っていたにすぎなかった。一対一ならまだしも、二対同時に戦うのは、常に一歩間違えば命を失う綱渡りをしてるのと同じ状況だ。ここまでは何とか均衡を保っていたが、これ以上は危険だった。
「だから先走るなっていつも言ってるだろ……」
シュミットは背負っていたリュックを静かに地面へ下ろした。身軽になったシュミットは腰に装着したいくつかのポーチの中身を確認する。
「残り五体。全部鎧持ち。まあ、なんとかいけるか」
シュミットは自分の武器を掴むと、エピティへ襲いかかる邪精霊を睨みつけた。
邪精霊が叫び声をあげながら、エピテイに向かって突進する。
エピティは正面に剣を構えた。柄を握る両手に力がこもる。
一瞬で目の前に巨躯が迫った。実際の大きさよりも巨大に見えるほどの迫力。しかし目は逸らさず、異形の動きの仔細を見逃さまいと凝視する。
邪精霊が腕を振りかぶった瞬間、破裂音と主に邪精霊の片目が爆ぜた。痛みに邪精霊はのけ反り、頭と腕を振り回す。爆ぜた片目からは細い煙がでていた。
「シイッ!」
その隙を逃さず振り回される腕をかいくぐり、エピテイは深々と邪精霊の胸へ剣を突き刺す。そのまま体重をかけて下まで腹部を切り下ろした。大量の血液があふれ出る。
命を失い体が崩れ落ちる前にエピティはもう一体の邪精霊へ一瞬で接近、片足を切断した。バランスを失って倒れ、巨躯が地面と衝突して盛大な音をたてる。
混乱する邪精霊が正気に戻る前に、エピティは素早く邪精霊の首をはねた。ごろりと首が地面へ転がる。
「大丈夫か?」
「ああ、助かった」
シュミットの声にエピティは振り向いた。援護への礼を込めた笑顔を浮かべると、なんともいえない表情をシュミットは浮かべた。自分を待たず一人で多数の敵と戦ったことへの非難と、無事だったことへの安堵が混じった顔だ。
「一人で先走りやがって。あのままだと危なかったぞ」
「大丈夫だ。シュミットが必ず駆けつけてくれると信じていたからな」
その言葉に呆れた様子のシュミットだが、エピティは笑顔を浮かべている。それを見て口を開こうとしたシュミットだが、その顔が険しくなった。
「くるか」
エピティも笑顔が消え、剣呑な目つきとなり剣を構えながら振り返る。残りの邪精霊たちが二人へと顔を向けていた。
邪精霊の口からは低い音が漏れている。昆虫のような複眼は敵意を持ってシュミットとエピティの姿を捉えていた。
一体が昆虫のような口を開閉させながら飛び出した。それを見たシュミットは自分の武器を構えた。
それは金属製の筒に持ち手を取り付けた奇妙なものだ。それを両手で支え、先端を邪精霊のほうへ向けている。その姿はボウガンを撃つのと同じものだった。
シュミットの指先が引き金を引くと同時に、大量の空気が抜けるような音とともに金属の筒から弾丸が高速で飛び出した。反動によりシュミットの体が震えたが、狙い通りそれは邪精霊の目に突き刺さる。
その瞬間、邪精霊の目が爆発した。拳ほどの炎ができた程度の爆発。しかし目という防御力がほぼ無い場所のため、その効果は大きい。
邪精霊が聞くに堪えない悲鳴をあげる。それは長く続きはしなかった。エピティがその首を切り落としたからだ。切断された頭が零れ落ち、続いて体が崩れ落ちる。
殺された仲間の姿に激昂したのか、残りの邪精霊が叫ぶ。
「残り二体!」
エピティは剣先を邪精霊へ向け、地面を蹴る。それを迎え撃つかのように邪精霊は両手を広げた。
そしてもう一体の邪精霊は、シュミットを睨みながら唸り声を出した。
「俺じゃなくてエピティに行けよ!」
毒づきながらシュミットは武器の金属製の筒を二つに折った。筒は二つの部品が蝶番で繋がっている物のようだ。シュミットは腰のポーチから同じく金属製の円筒形の物体を取り出し、折れた部分にそれを入れると筒を元の状態へ戻す。
その間にも邪精霊はシュミットへと近づいていた。走る両足は地面を抉り、凄まじい迫力だ。体当たりでもされればただではすまない。
「くそっ!」
筒は自身の腕の二倍ほどもあり、重量もそれなりにある。素早く敵へ向けようにも、シュミットの腕力では難しいことだった。あと一歩で邪精霊の腕が届く距離だ。
精確に目を狙う余裕は無かった。なんとか狙いをつけ、引き金をひく。発射された弾丸は胴体へ当たり、爆発した。
それは周囲の山へ響き渡るほどの大きさだった。吹き出た炎は邪精霊の巨体を飲み込むほどの大きさ。悲鳴をあげることもできず、邪精霊は吹き飛ばされた。
シュミットは素早く筒を再び折ると、新しい弾丸をポーチから取り出して装填する。そして倒れた邪精霊へ狙いをつけた。
倒れた邪精霊の全身は黒く焼け焦げていた。どれほどの高温だったのか、黒い煙がその体からのぼっている。
鋭い目で再び動き出さないか睨んでいたシュミットは、邪精霊が息絶えたことを確認して息を吐いた。強張っていた両肩から力が抜ける。
そこでもう一体残っている事を思い出したシュミットは、慌てた様子で周囲を確認した。そこではちょうどエピティが邪精霊の腕を切断したところだった。
邪精霊は叫びながら忌々しげにエピティを見る。それに臆することなくエピティは残った腕を振り回す邪精霊の懐へ踏み込み、腹部へ剣を突き刺した。
頭上から落ちてきた爪を、素早く後ろへ跳ぶことで回避する。腹を刺され片腕を切り落とされたというのに、邪精霊から殺意は消えない。それどころかさらに両目は光っている。
エピテイは振るわれた爪を冷静にかわし、残った腕も切り落とした。そして地面を蹴って飛び上がると、剣を縦に振った。邪精霊の頭部が縦に切り裂かれ、その目と体から力が失われる。
最後の邪精霊が倒れたことで、エピティは剣を鞘へと納めた。シュミットも構えを解く。
「ふう。何とか勝てたな」
「この程度なら楽勝だ」
「嘘つけ」
「鱗持ちに比べたら弱すぎるさ」
「あんな化け物と比べるな。いくらお前でも無理に決まってる」
「決め付けてはダメだ。この剣なら鱗持ちでも切り伏せれるはずだ」
エピテイは憤慨した様子でシュミットを睨む。
「切れるかもしれないけどな、そもそも攻撃が当たるのか? 鎧持ちとは速さも段違いなんだろ?」
「やってみなくちゃわからない」
「少なくとも俺と一緒のときにはケンカを売らないでくれ。まだ死にたくないからな」
皮肉な笑顔を浮かべると、エピティは不満そうに鼻から息を出す。
「でだ、この鎧持ちだが、何でこんなにいるんだ? 普通なら出ても一体か二体だろ。それと、お前は何で一人で先に行ったんだ。こういう場合は必ず二人で行動するって決めていただろ」
「それなんだが、助けを呼ぶ声が聞こえたんだ」
「声って人のか? それなら、そいつはどこにいる?」
シュミットは邪精霊の死体が転がる周囲を見渡し、そこに見慣れないものを発見した。
「ん?」
それは三体の邪精霊が囲んで何かを殴っていた場所だ。そこに光る物体が存在していた。