太陽に嫌われた娘
強い陽射しの中、男はしゃがみこむ。熱を持った砂を握りしめるが、それは瞬く間に指からこぼれ落ち、風に乗って自分の前から消えた。
石油大国として現代の世界流通の主導権を握ることができてはいるが、自然は掌握できない。このままでは国が干からびる。
「なんとかしなければ」
僅かに掌に残った砂を強く握りしめる。汗ばんだ掌の溝に、色濃く変わった砂が線を作っていた。
「新しい人間をつれて参りました」
参謀がそう言って連れてきたのは何人目だろうか。いささかの期待と、諦めが辺りを包む。陽の差し込む謁見室。明るさとは正反対に、重臣たちの顔は暗い。
部下の顔を眺め、王は言葉を発した。低い声が、広々とした部屋に響く。自然と重臣たちの顔もひきしまる。
「お主、名は?」
いきなり連れてこられ、幾分恐れた様子の女。フードを目深にかぶり、体はしゃがんだまま動かなかった。
「王の問いに答えよ」
自分も父のように。威厳ある声を目指した王子・アルシャードは控えたままの女に声をかける。高い所から降り、アルシャードは女の横で膝をつく。その行為に、重臣たちは戸惑う。剣に手をやるものもいたが、それを手で制した。
「恐れることはない。我々に力を貸してくれないか?」
柔らかい声色に、女はようやく顔をあげる。
「エリマイーミと申します」
異国訛りの言葉。この地域には存在しない艶やかで白い肌。淡い栗色の髪がフードからこぼれ落ちる。
特別美しい造形というわけではないが、どこか目をひく。おどおどとした瞳の色は、曇り知らずの青空のようだった。
「私は何をすれば?」
「君の噂は聞いている。太陽に嫌われた女だと」
アルシャードが言うと、エリマイーミは顔を強ばらせる。
「その通りです。私になんの力があるのか、行く所行く所で太陽は雲に姿を隠すのです。雨が降り街は水浸しになるばかり。外出は極力避け、どうしても出なくてはいけない場合、こうして顔を隠すしかないのです」
体を覆う、いにしえの魔女のような黒いフード付のマント。時代錯誤も甚だしいが、これが彼女を守る盾なのだろう。手にも、頬にも、誰かに手を下されたような生々しいミミズ腫れがあった。
「大丈夫だ。ここでは、君は希望の星だ」
アルシャードの言葉に、エリマイーミは疑いの眼差しを向けつつも、どこか安堵したように小さく微笑んだ。
彼女を守ってあげたい。
そんな欲求が生まれてきた。
事態は急を要する。
エリマイーミは、さっそく外に連れていかれた。不安そうに姿を探すので、アルシャードも付き添う。いや、頼まれなくても付き添うつもりではあった。彼女の側にいたい。
国民には雨乞いの実行を知らせない。今まで何度も失敗しているから、期待を持たせるわけにはいかないのだ。
「さあ、フードをとってごらん」
アルシャードの懇願にも似た言葉に、エリマイーミは戸惑いを浮かべる。
「大丈夫。あなたの力は、この国の救いとなるのです」
「本当ですか?」
力強くうなずく。彼女もこの国の干ばつは見てわかるだろう。自らの、噂にすがるしかない状況が。
「私の力で誰かが救えるのなら、そんなに幸せなことはありません」
初めてに近い位、エリマイーミの瞳に力がこもる。
震える手でフードをゆっくりとりはらう。太陽の元にあらわれたエリマイーミは、輝いて見えた。目を細めてアルシャードが見つめるが、すぐに上空を黒い雲が覆う。
「まさか……」
周りにいた重臣たちがどよめく。雨乞いなどという迷信に頼るしかなかったが、それが現実になろうとは。
ポツポツと、渇いた砂に濃い染みが出来る。雨音は、この国の人間が聞いたことがないくらい、うるさいほど耳に響いてきた。
「雨だ、雨だ!」
歓喜にわく声を聞き、エリマイーミはようやく心からの笑みを見せた。雨で体が濡れる中、アルシャードは心の高揚がおさえきれなかった。
それは彼女の力に対してか、それとも彼女自身に対してか。
「私の忌むべき力で、こんなにも喜んでくれる人がいたんですね」
「君の居場所は、ここのようだ」
顔に降り注ぐ雨が、エリマイーミのミミズ腫れを伝う。その頬に触れると、エリマイーミは驚いたように体を退く。
「汚いです。高貴なご身分の方の目に触れさせるのも嫌です」
隠そうとするエリマイーミの手をとり、自分の方に向かせる。
しかし、口を開こうとするがあまりにも酷い雨音にアルシャードは空を見上げる。
「アルシャード様、大変です! あんなに干からびていた川が氾濫しました! 予想外の急激な雨量に対応できません。ここもすぐ水が……」
言っている側から、足元のぬかるみが酷くなる。あれほど水を欲していた大地が受け入れられなくなっているのだ。
「すぐに避難を!」
家臣に告げるが、側ではまた輝きを失ったエリマイーミの顔が目にはいる。
「アルシャード様、お早く!」
「待て」
アルシャードはしばしエリマイーミの姿を見つめる。小さくなって、居心地が悪そうにうつむいている。そしてその手は震えながらフードに伸びた。足は、今にもどこかへ逃げ出せるように後ずさる。
エリマイーミの手をとり、アルシャードは覆うように抱きしめた。
「あ、あのっ……」
「太陽に嫌われたのなら、その分俺が愛する。こうしていつでも太陽から守る。だから、ここにいてくれ。逃げたくなったら俺のところに来い」
嫌とは言わせない。アルシャードの力強い言葉にエリマイーミが酔いしれる頃、太陽は再び顔を出した。
了