やさしい服
とある場所に、それはもう不思議な街がありました。
そこは、季節が1日おきに移り変わっていくという不思議な街でした。
昨日は秋だったけれど、今日は冬になっている。明日は春で、明後日には暑い夏がやってくる。そんな不思議な街がありました。
この街では、動物や虫も、花や緑も、1日おきに動きを変えて、姿を変えて――と大忙し。
街に住んでいる人たちも、毎日毎日、大慌てで服を変えて、ご飯を変えて――と、てんてこ舞いです。
いつの間にか季節が変わっているので、身体を壊す人も少なくありません。
とある日。
とても生活のしにくい街をどうにかしようと、『ビクター』という研究者が立ち上がりました。
ビクターは、毎日衣替えが必要――という手間を省くために、『やさしい服』という洋服を開発しました。
『やさしい服』とは、着ている人の周囲の環境に応じて、その姿を自在に変化させる――といった、とても便利な服でした。
例えば、肌寒いと感じたら、服は厚手の長袖に変わります。暑いと感じたら、薄手の半袖に変わるのです。
そのため、『やさしい服』が一着あれば、毎日の衣替えが必要なくなるのです。
この服は、人々の注目を集め、飛ぶように売れていきました。
ひとたび着れば、もう手放せない――『やさしい服』の機能に、みんな大満足です。
ビクターは、その収入によって大金持ちになりました。
とある雪の降る日。
ビクターは、街を歩いていました。
道行く人々は自分の開発した『やさしい服』に身を包んでいて、とても暖かそうです。
うん。うん。と、ビクターは、服の成功と自身の功績に納得して頷きました。
そんな中、ビクターは路地の隅でうずくまっている男の子を見て驚きました。
今日は寒い寒い冬の日なのに、その男の子は半袖を着ていたのです。とても寒そうに身体を震わせています。
男の子は、『やさしい服』を着てはいませんでした。なぜなら、『やさしい服』など買うお金の余裕のない、貧しい男の子だったからです。
道行く人々にも、その男の子が寒そうにしている様子が目に映っていましたが、誰も手を差し伸べようとはしません。みんな知らんぷりで過ぎ去っていきます。
この街では、これくらいは当たり前なのです。
どうしてでしょう。
それは、明日になれば暖かい春がやってくるからです。
寒い冬の日を耐え忍べば、次の日は暖かくなる。だから、男の子は放っておいても良いのです。
この事に、ビクターはあ然としました。
「みんな、『やさしい服』を着ているのに、どうして冷たくあの子を放っておくのか」
『やさしい服』は、人の身をやさしく包み込みますが、人の心をやさしくするものではありません。
ビクターは、『やさしい服』は未完成だ――といって、さらなる『やさしい服』の開発に取り掛かりました。
「今度は、人の身も心もやさしくする『完璧なやさしい服』を開発しよう」
ビクターは、財産の全てを『完璧なやさしい服』の研究に費やしました。けれど、とうとう開発に成功することはありませんでした。
一文無しになったビクターは、路頭に迷いました。
大金持ちだった頃とは比べ物にならないほど、貧相な生活が襲い掛かって来ます。
ご飯もろくに食べることが出来ず、ビクターは白衣を売り、靴を売り、そして人に媚びを売ってと辛々な日々を送りました。
身体はだんだんと痩せこけていき、歩くのが難しくなっていきます。
ビクターは、路地裏でひっそりと生きることにしました。
「どうしてだろう。どうしてだろう」
ビクターは、路地裏から見える大通りに目を向けて、ぼそりぼそりと呟きます。
『やさしい服』を着ている人々は、ビクターを見ても何とも思わず素通りしていきます。
「どうして、誰もやさしくしてくれないのだろう」
ビクターは、頭を抱えました。
そして、研究に明け暮れていた日々を思い出しました。
人の心をやさしくする方法――
ビクターは、研究の中でもこの事を追い続けました。けれど、答えが見つかることはありませんでした。
だからこそ、『完璧なやさしい服』は完成しなかったのです。
人の身体は単純です。寒い、暑い、丁度いい、そのぐらいしかありません。
人の心は複雑です。色んな思いが渦巻いています。
ビクターの心も、色んな思いが渦巻いています。その中に、誰かにやさしくする――という余裕などありません。
明日はどうやって生きようか。そんな事ばかりを考えてしまいます。
悩んでいると、すぐに次の日がやってきます。冬がやってきます。ビクターの服は、もうボロボロで寒さを防いではくれません。
ビクターは、覚悟しました。もうじき、身体を壊して死んでしまうだろう――と。
「ああ……もう、わたしには何も残されていない……」
秋は終わりの支度を始め、冬を迎え入れようとしています。
明日には、寒い寒い冬がやってきます。ビクターは、身体を丸めました。
夜になり、寒さがいっそう凍ていて、ビクターの目は霞んできました。
もうダメだ――と、ビクターは諦めました。けれど、その時、ホウッと身体が暖かみを感じました。
ビクターは、驚いて目を開きました。
そこには、寒さで震えていた『あの男の子』がいたのです。
彼は、ぬくぬくとした白いセーターを手馴れた動きでビクターに着せていました。
「おじさん。これを着ていてください」
男の子は笑顔いっぱいでした。
ビクターは、驚きから何も言えませんでした。
男の子の格好が、半袖だったからです。寒い夜に、男の子は自分のセーターをビクターに着せたのです。
「いっぱい働いて買ったセーターなんです。大事に使ってやってください」
男の子はそう言い残すと、両手で腕を擦りながらどこかへと行ってしまいました。
ビクターは、お礼の一言も発することも出来ずに、ぼろぼろと涙を流しました。
そして、ビクターは、「ありがとう。ありがとう……」と、感謝し続けました。
男の子のセーターは、とても暖かかで、やさしさに満ち溢れていました。
ビクターは、思い知りました。
やさしさは、思い通りにならないということを知りました。
やさしさは、求めるものではないということを知りました。
ビクターは、目に力を宿し、一生懸命に働くことにしました。
お金が手に入ったら、真っ先に白いセーターを買って、自分と同じように寒さに震えている人々に渡そうと決意しました。
ビクターは、『完璧なやさしい服』を開発することは出来ませんでした。けれど、白いセーターを受け取った人たちから、こう感謝されるのです。
「やさしい服をくれて、ありがとう」
――と。
単なる白いセーターに、『やさしい服』のような機能はついていません。
夏に着れば暑いです。半袖なんかになってはくれません。
けれど、彼らは単なる白いセーターをやさしい服と呼ぶのです。
どうしてでしょう。
それは分かりません。
ビクターも、あの男の子から貰ったセーターのことを、やさしい服と呼んでいます。
どうしてでしょう。
それも分かりません。
何の変哲もない、どこにでも売っている白いセーターです。素晴らしい機能など何一つもありません。けれど、彼らにとって、そのセーターはかけがえのない特別な服なのです。
ビクターは、あの男の子にもう一度会いたいと思って街を練り歩きました。
そして、雪の降る寒い日に、男の子を見つけました。
彼は、着ていた白いセーターを脱いで、寒さに震えている女の子に着せていました。
その姿を見ていたビクターは、ゆっくりと目を閉じて、微笑みました。頬にわずかな涙が伝っています。
そして、男の子には聞こえないような小さな声で言いました。
「やさしい服を、ありがとう」
ビクターは、頭を下げて、男の子に敬意と感謝を送りました。
やさしさは、造れるものではありません。
ビクターは、その事に気付いたのです。
「本当に、ありがとう」
それから。
ビクターは、やさしい服をたくさんの人たちに広めていきました。




