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やさしい服

作者: 春日戸
掲載日:2014/01/20

 とある場所に、それはもう不思議な街がありました。

 そこは、季節が1日おきに移り変わっていくという不思議な街でした。

 昨日は秋だったけれど、今日は冬になっている。明日は春で、明後日には暑い夏がやってくる。そんな不思議な街がありました。


 この街では、動物や虫も、花や緑も、1日おきに動きを変えて、姿を変えて――と大忙し。

 街に住んでいる人たちも、毎日毎日、大慌てで服を変えて、ご飯を変えて――と、てんてこ舞いです。

 いつの間にか季節が変わっているので、身体を壊す人も少なくありません。


 とある日。

 とても生活のしにくい街をどうにかしようと、『ビクター』という研究者が立ち上がりました。

 ビクターは、毎日衣替えが必要――という手間を省くために、『やさしい服』という洋服を開発しました。


 『やさしい服』とは、着ている人の周囲の環境に応じて、その姿を自在に変化させる――といった、とても便利な服でした。

 例えば、肌寒いと感じたら、服は厚手の長袖に変わります。暑いと感じたら、薄手の半袖に変わるのです。

 そのため、『やさしい服』が一着あれば、毎日の衣替えが必要なくなるのです。


 この服は、人々の注目を集め、飛ぶように売れていきました。

 ひとたび着れば、もう手放せない――『やさしい服』の機能に、みんな大満足です。


 ビクターは、その収入によって大金持ちになりました。




 とある雪の降る日。

 ビクターは、街を歩いていました。

 道行く人々は自分の開発した『やさしい服』に身を包んでいて、とても暖かそうです。

 うん。うん。と、ビクターは、服の成功と自身の功績に納得して頷きました。


 そんな中、ビクターは路地の隅でうずくまっている男の子を見て驚きました。

 今日は寒い寒い冬の日なのに、その男の子は半袖を着ていたのです。とても寒そうに身体を震わせています。

 男の子は、『やさしい服』を着てはいませんでした。なぜなら、『やさしい服』など買うお金の余裕のない、貧しい男の子だったからです。


 道行く人々にも、その男の子が寒そうにしている様子が目に映っていましたが、誰も手を差し伸べようとはしません。みんな知らんぷりで過ぎ去っていきます。


 この街では、これくらいは当たり前なのです。

 どうしてでしょう。

 それは、明日になれば暖かい春がやってくるからです。

 寒い冬の日を耐え忍べば、次の日は暖かくなる。だから、男の子は放っておいても良いのです。


 この事に、ビクターはあ然としました。


「みんな、『やさしい服』を着ているのに、どうして冷たくあの子を放っておくのか」


 『やさしい服』は、人の身をやさしく包み込みますが、人の心をやさしくするものではありません。


 ビクターは、『やさしい服』は未完成だ――といって、さらなる『やさしい服』の開発に取り掛かりました。


「今度は、人の身も心もやさしくする『完璧なやさしい服』を開発しよう」




 ビクターは、財産の全てを『完璧なやさしい服』の研究に費やしました。けれど、とうとう開発に成功することはありませんでした。



 一文無しになったビクターは、路頭に迷いました。

 大金持ちだった頃とは比べ物にならないほど、貧相な生活が襲い掛かって来ます。

 ご飯もろくに食べることが出来ず、ビクターは白衣を売り、靴を売り、そして人に媚びを売ってと辛々な日々を送りました。

 身体はだんだんと痩せこけていき、歩くのが難しくなっていきます。

 ビクターは、路地裏でひっそりと生きることにしました。


「どうしてだろう。どうしてだろう」


 ビクターは、路地裏から見える大通りに目を向けて、ぼそりぼそりと呟きます。

 『やさしい服』を着ている人々は、ビクターを見ても何とも思わず素通りしていきます。


「どうして、誰もやさしくしてくれないのだろう」


 ビクターは、頭を抱えました。

 そして、研究に明け暮れていた日々を思い出しました。


 人の心をやさしくする方法――


 ビクターは、研究の中でもこの事を追い続けました。けれど、答えが見つかることはありませんでした。

 だからこそ、『完璧なやさしい服』は完成しなかったのです。


 人の身体は単純です。寒い、暑い、丁度いい、そのぐらいしかありません。

 人の心は複雑です。色んな思いが渦巻いています。


 ビクターの心も、色んな思いが渦巻いています。その中に、誰かにやさしくする――という余裕などありません。

 明日はどうやって生きようか。そんな事ばかりを考えてしまいます。

 悩んでいると、すぐに次の日がやってきます。冬がやってきます。ビクターの服は、もうボロボロで寒さを防いではくれません。

 ビクターは、覚悟しました。もうじき、身体を壊して死んでしまうだろう――と。


「ああ……もう、わたしには何も残されていない……」


 秋は終わりの支度を始め、冬を迎え入れようとしています。

 明日には、寒い寒い冬がやってきます。ビクターは、身体を丸めました。



 夜になり、寒さがいっそう凍ていて、ビクターの目は霞んできました。

 もうダメだ――と、ビクターは諦めました。けれど、その時、ホウッと身体が暖かみを感じました。

 ビクターは、驚いて目を開きました。

 そこには、寒さで震えていた『あの男の子』がいたのです。

 彼は、ぬくぬくとした白いセーターを手馴れた動きでビクターに着せていました。


「おじさん。これを着ていてください」


 男の子は笑顔いっぱいでした。

 ビクターは、驚きから何も言えませんでした。

 男の子の格好が、半袖だったからです。寒い夜に、男の子は自分のセーターをビクターに着せたのです。


「いっぱい働いて買ったセーターなんです。大事に使ってやってください」


 男の子はそう言い残すと、両手で腕を擦りながらどこかへと行ってしまいました。

 ビクターは、お礼の一言も発することも出来ずに、ぼろぼろと涙を流しました。

 そして、ビクターは、「ありがとう。ありがとう……」と、感謝し続けました。


 男の子のセーターは、とても暖かかで、やさしさに満ち溢れていました。




 ビクターは、思い知りました。


 やさしさは、思い通りにならないということを知りました。

 やさしさは、求めるものではないということを知りました。


 ビクターは、目に力を宿し、一生懸命に働くことにしました。

 お金が手に入ったら、真っ先に白いセーターを買って、自分と同じように寒さに震えている人々に渡そうと決意しました。


 ビクターは、『完璧なやさしい服』を開発することは出来ませんでした。けれど、白いセーターを受け取った人たちから、こう感謝されるのです。


「やさしい服をくれて、ありがとう」


 ――と。


 単なる白いセーターに、『やさしい服』のような機能はついていません。

 夏に着れば暑いです。半袖なんかになってはくれません。

 けれど、彼らは単なる白いセーターをやさしい服と呼ぶのです。


 どうしてでしょう。

 それは分かりません。


 ビクターも、あの男の子から貰ったセーターのことを、やさしい服と呼んでいます。


 どうしてでしょう。


 それも分かりません。

 何の変哲もない、どこにでも売っている白いセーターです。素晴らしい機能など何一つもありません。けれど、彼らにとって、そのセーターはかけがえのない特別な服なのです。



 ビクターは、あの男の子にもう一度会いたいと思って街を練り歩きました。

 そして、雪の降る寒い日に、男の子を見つけました。

 彼は、着ていた白いセーターを脱いで、寒さに震えている女の子に着せていました。


 その姿を見ていたビクターは、ゆっくりと目を閉じて、微笑みました。頬にわずかな涙が伝っています。

 そして、男の子には聞こえないような小さな声で言いました。


「やさしい服を、ありがとう」


 ビクターは、頭を下げて、男の子に敬意と感謝を送りました。


 やさしさは、造れるものではありません。

 ビクターは、その事に気付いたのです。


「本当に、ありがとう」


 それから。

 ビクターは、やさしい服をたくさんの人たちに広めていきました。


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