Ⅰ
手紙が届いた。中には、三人目が死んだということと、一度生きている皆で集まってほしいという内容のものだ。ちなみに送り主は僕。
昨日あの男が死んですぐに、僕はここの住人全員にこの手紙を送った。翌日に届くとは郵便局もなかなか優秀だな、と上から目線で称賛してみる。大して意味はない。
パソコンで文面および宛名を印刷。髪の毛を括って帽子の中に突っ込み、手袋とマスクを装備して作業を行ったから、僕が特定されることはないだろう。
指定した日時は明後日、土曜日の夜九時。場所はジムの隣にあるミーティングルームに集まるように指示を出した。ここなら一階のロビーよりも、心置きなく話し合うことができると考えての選択だ。
誰も来ない、ということは正直考えていない。ここの住人達はバトルロワイヤルに参加するといった、一種の狂人の集まりだ。自分が面白そうだと思ったことには積極的に参加する。このマンション内での召集というイレギュラーな事態を彼らは喜んで受け入れると僕の勘が告げている。七割方当たる、とても優秀な第六感である。これ、自慢です。
さて、明後日までに一体誰が生き残っているのやら。
*
「少し早く来すぎたかな」
青年はまだ誰も来ていないミーティングルームを見て呟いた。どこにでもいそうな雰囲気をまとった男は、Tシャツにダウンベスト、ジーンズというラフな格好をしている。左耳にだけ付けられたチェーン付きのイヤーカフが黒髪の間から覗くのが特徴的だ。手に持った黒い封筒でパタパタと仰ぐと、真っ白な文字で『火浦賢様』と書かれているのが見える。
火浦のところに手紙が届いたのは一昨日の夕方であった。差出人の名前はなく、真っ黒な封筒に真っ白なインクで宛名が書かれている。洋風なデザインの切手には上から消印が押され、その日付はさらに一日前のものだ。封筒を閉じる際に使われたのは、赤黒い封蝋で、まるで血を連想させる色合いに、思わず顔を顰めた。さらに火浦の神経を逆撫でしたのはその印璽である。チェスのキングが描かれた印璽は、相手が優位にいることと自分たちがただのポーンであることを暗に示されているようで、ひどく癇に障ったのだ。
少々ストレスを感じながらも開いた封筒には、やはり真っ黒な便箋に白インクでパソコンによって書かれた無機質な文字が並んでいた。そして、火浦は中身を読んで初めて三人目がその消印の日に殺されたことを知ったのである。
自分にだけ送られたのでは、と疑ったものの、同じく郵便物を取りに来ていた日原剛も同じ封筒を持っていたのを偶然見たので、その可能性は自動的に排除された。
癇に障りながらも、指定の場所に来たのは、たった一つの思いからだった。
「面白い」
不意に口からこぼれ出たのは、火浦が感じていたことだった。否、火浦だけではなく、このマンションの住人全員が抱いている感情だろう。
単純な興味。なぜ自分たちを集めたのか、話し合いとは、情報共有をすることのメリットは何か。
それらを知るために、彼らはこのミーティングルームにやってくるのだろう。互いを警戒しつつも、その状況を面白いと思える歪んだ価値観の持ち主。中には友人関係を築いている者もいるようだが、ゲームはゲームだ。そこは割り切った関係だといってもいい。
火浦はドアから近い席に腰かけると、携帯電話を取り出した。スマートフォンは使っていない。従来型のほうがボタンを押しやすくて好んでいるためだ。カコカコと音が鳴る。
携帯電話の音とともに、微かに廊下から音が聞こえてきた。足音であろうその音は、殺し屋としての習性か必要最低限の音量でしか聞こえてこない。
それでも音を確実に耳に拾い上げた火浦は警戒しつつ、立ち上がった。その時音を消すことを忘れない。
「あれ? オレが一番じゃないんだ?」
聞こえてきた声は低い。しっかりとした体つきをし、タンクトップに短パンという格好は、スポーツマンのようだ。短く切りそろえられた茶髪が首に無造作に掛けられたタグのネックレスが、男が歩くたびにカチャリと揺れる。男の左手には例の封筒が握られていた。
「日原か」
日原と呼ばれた男は、左手を軽く上げてそれに答える。黒い封筒に書かれた『日原剛様』の文字はやはり白かった。
「日原、君はなんで今日集められたんだと思う?」
火浦の座っている位置とは対角線上にある席へと腰かけながら問いかける。口元はニヤついていて、特に答えは期待していないようだった。
「別に。知るわけないだろ。情報共有のためじゃないのか? どの部屋の誰がやられたのか分からなきゃ、無駄足踏むかもしれないしな」
日原の言っていることは正しい。各部屋での殺しは禁止されているが、そこに侵入し、誘き出すことを禁止されているわけではない。誰が死んだのかを把握していなければ、部屋に入ったところで相手がいない可能性もあるということだ。
ふと、火浦の視界にナイフが映し出された。鈍く光るそれは、長さ15センチほどで、折り畳み式になっていた。広げると30センチぐらいだろうか。「1」と嫌におどろおどろしい字体で柄に描かれている。
このナイフのことを火浦はよく知っていた。否、知っていたというのは語弊があるかもしれない。
「……君、そのナイフどうしたんだ?」
突然の問いに火原は眉をひそめた。低音で相手を威嚇するように発せられた声に、思わず手に力が入る。
「このナイフのことか? 別にオレたちは殺し屋だぜ? こんなん持ってたところで可笑しくもなんともねーだろ。それに」
日原は一呼吸置くと、言葉を続けた。
「お前に答える義理はねーよ」
「いや。あるよ」
鼻で笑うかのような火原の声を、凛とした声が否定した。
声の主は、開け放たれたドアの前に立っていた女性だった。淡い水色の髪は肩よりも短く、緩やかなウェーブを描いている。左サイドの髪を少しだけ三つ編みにして、毛先を他の髪の間に混じらせていた。
「……君は誰だ?」
火浦は警戒しながらも問う。話していたとはいえ、火浦も日原もプロだ。それにも拘らず、彼女が声をかけるまでその存在に全く気が付かなかった。
それは、彼女が自分たちを簡単に殺害できる立ち位置にいることの証明でもある。
「僕はノア。水守ノアだよ。初めまして、かな」
ノアと名乗った彼女は左手を高く上げた。
そこには、日原のナイフと同じものが握られていた。
唯一違うのは、刻まれているのが「1」ではなく、「4」だということ。
「! なんでお前がおれと同じナイフを持ってるんだよ!」
訳が分からないというように怒鳴った日原の横で、火浦は冷静に言葉を返す。
「水守だけじゃない。俺も持ってるよ、そのナイフ」
火浦の右手に握られていたのは、「3」の文字が刻まれた、やはり同じナイフであった。