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Nonet Knife  作者: 朔也
プロローグ
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プロローグ

 カツカツと足音が聞こえる。その音に男は顔を綻ばせた。

 深夜の二時を回った時刻の駐車場は閑散としており、人の出入りはほとんど無い。住人は二十代限定というよく分からないこのマンションは、一人の若者が相続した財産で、興味本位で建てたものだ。曰く、ドライな関係を築くという若者たちしかいないマンション内で、近所付き合いは行われるのか。

 興味も関心もありはしないので割愛させていただきたいが、あえて結果だけ言えば、所謂派手系な方々は知り合って間もなく部屋で酒盛りをし、地味系な方々は会えば挨拶をするが、それ以外ではあまり関わりを持っていなかった。あくまでこのマンションの住人の話である。一応、念のため。

 そんなマンションの住人はあまり車に乗らないのか、ちらほらとしかない車の数に若者の車離れを感じさせられた。

 その少ない車の一つの陰に男は隠れていた。年は二十代後半といったところか。身に着けているものは黒で統一し、黒い手袋までしていたら不審者決定、近づかないようにと注意が促されそうだ。小さい子に親が「見ちゃいけませんっ」と言うのと同義である。不審者は視界にすら入れたらいけないようだ。

 徐々に足音が近づいてくる。ピンヒールの奏でる特徴的な音に女性であることを推測し、目視で確認した。一瞬、ムキムキの長身だったらどうしようかと思ったが、杞憂に終わったようだ。別にそれでも構わないが。

 予想通り、足音の正体は女性だった。こちらも年は二十代後半。女性らしい細かい花柄が描かれたワンピースはハイウエストのベルトによって抑えられ、痩躯な印象を与える。耳には細いピンクゴールドの針金で作られた花モチーフのピアスが歩くたびにゆらゆらと揺れた。やや明るめの茶髪は緩く巻かれ、ハーフアップにされている。

 綺麗、というよりも可愛いという感じの彼女を見て、男は笑みを深めた。それは決して、相手に見惚れたからではない。ただ、標的を見つけた嬉しさからだった。

 嬉しさから思わず零れ落ちそうな笑い声を必死に押し殺し、気配を消して女性の背後に近付いた。

 特に警戒もしていない女性の喉元を切り裂くのは至極簡単なことのように思える。隠し持っていたバタフライナイフを握り直し、勢いよく彼女の首目掛けて振り下ろした。

 噴出した血が男の衣服を赤く染める。

 達成感からか、にやりと笑った男は満足げに地面の赤を視界に入れた。

 だが、その赤の中に、彼女の姿は無かった。

「!?」

 代わりにあったのはバタフライナイフが握られた、肘から下の腕だった。見間違うはずのないそれは、これまで多くの人を手にかけてきた自身の右腕に他ならない。

 先ほど見た噴出した血は、女性のものではなく男自身のものだった。

 あまりにも綺麗な切断面。一部のコレクターたちからしたら、喉から手が出るほど欲しがりそうなほどのクオリティー。どうやら、ただの犯罪者の腕だったものに、芸術性が生まれてしまったようだ。

 気付いてしまったら、もう遅い。それまで何の違和感もなかった右腕からは強烈な痛みと共に生暖かい血が、思わず腕を掴んだ左手を伝った。

「――ッ!!」

 凄まじい痛みに声を上げることすらできず、血が流れたことで貧血に陥り意識が朦朧として来ている。痛みに何度も現へと引き戻されているようだが、限界を迎えたらしい。

 意識を手放す前に切り取られてしまった右腕を見やる。美しい断面は非現実的なのに、未だに流れ出る血と痛みが、ここが現実であることを告げていた。

 微かにピンヒールがカツンッと軽く地を蹴ったような音が耳に届く。背後に一瞬で詰められたことを悟った男は静かに目を閉じ、意識を手放した。

 そして、男の首が勢いよく飛んだ。

 高く舞い上がり、放物線を描いたそれは、一度支柱にぶつかりバウンドするかのように落下した。そのまま慣性の法則に従って、ピチャピチャと血の上を転がり、やがて男の腕に当たって動きを止めた。

 男のすべてのパーツが一か所に集められているのは、どんな偶然だろう。それとも、彼女が狙ってやったことなのか。曰く、ゴミは一か所にまとめておけ。あくまで勝手に行ったアテレコである。信じるのはお勧めしない。

 彼女は男(だったもの)を一瞥することもなく車に乗り込むと、ごく自然な動作で駐車場を後にした。その際、血や男(のパーツ)を避けることを忘れない。

 右手でハンドルを操作しながら、左手でカーナビを何度か操作すると音楽が流れ出す。窓を開けて近所迷惑程度の音量で流れる、ゆったりとしたバラードは、死んだ相手に思いを馳せていて、まるで男に対するレクイエムのようだった。ただし、この駐車場の池で固まっている男(の肉塊)を指しているとは限らない。

 女性を見送ると、血の海へと近づいた。ちなみに先ほどは池と表記したものだ。別に表記を一致させる必要はない、と自分勝手な考えで書き綴る。

 最後に切られた首。こちらの断面もやはり美しく、思わず見とれてしまう。

 彼女が人を殺すのを見たのは、今日が初めてではない。むしろ、男(が生きていたころ)の姿を見たのも初めてではない。

 彼らは二人とも、このマンションの住人だった。


 このマンションは、件の若者が、若手の殺し屋だけを集めた、殺し屋専用の住居だ。もっと正確に表すならば、殺し屋のバトルロワイヤルの会場、である。

 一階はロビーになっている。管理人室はエレベーターホールに続く自動ドアの前に設置されていて、自動ドアを超えたマンション内に入ることは許されていない。郵便受けは管理人室の前に設置されている。

 二階から六階までは住居階。ただし、各部屋メゾネットタイプになっているため、二階分の高さが一階の高さになっている。一つの階に部屋は二部屋。つまり、計十人がここで生活していたことになる。

 七階はスポーツジムになっていて、プールもここにある。なかなかに高評価を得ているようだ。事務の隣には小さなミーティングルームが付いている。これは、今後使うことになると思って作った。自動販売機もここに設置してある。

 最上階である八階は大浴場。各部屋にお風呂は設置されているが、サウナや露天風呂、ウォータークーラーが完備されているので、利用者は決して少なくない。普通のビルで言う十五階の高さのため、眺めもなかなか良いというのもポイントだ。

 そして、先ほどこのマンションで三件目の殺しが起こった駐車場は地下一階にある。駐輪場はマンションの入り口付近にあるが、駐輪している人はいなかった。いちいち地下一階まで降りるのが面倒臭いのか、自分の部屋からそのまま自転車に乗り、エレベーターで降りてエレベーターホールを突っ切る人が多い。

 バトルロワイヤルと言っても、表向きは普通のマンションだ。そのため、ここでは殺してはいけない時間帯と場所が設けられている。

まずは場所。これは二か所だけだ。ロビーと各部屋。ロビーは言われなくても分かると思うが、万一見つかってしまったら、このマンションで行われることが公になってしまうかもしれないからだ。ここはプライベートルームであることと、この中で殺されてしまうと、発見に時間がかかるという観点から禁止されている。

 次は時間。大浴場などの清掃のため業者が入る、午後二時から午後五時の間の殺しも禁止だ。とはいえ、殺し屋というのは夜を好むのか、昼に誰かがお亡くなりになるところに出くわしたことはない。

 言ってしまえば、マンション内のロビーを除く公共スペースで、その時間帯さえ避けてくれれば、いつどこで殺してもいいということだ。

 流石に大浴場やプールは憚られるのか、殺しが行われるのは駐車場という風になってしまったが。

 現在、生き残っているのは七名。亡くなった三名は、それぞれ二階と四階に住んでいた。真っ先に四階に住んでいた人が連続で亡くなったのには、果たして意味があるのかどうか。四階は死階という考えでもあるのか、とにかく真っ先に標的にされたようである。四階は作らないほうが良かったのでは、と思わず考えてしまった。

 考えても仕方のないことなので、話を続けよう。

 人によって殺しの方法は異なるので、武器の指定はない。さっきのようにナイフを扱う人もいれば、銃を扱う人もいる。中には自殺に追い込むという形で殺しを行うというなんだかよく分からない方法を取るものもいる。果たしてこれは、殺し屋なのか、精神クラッシャーなのかは不明だ。だが、一応殺し屋としての看板を掲げているので殺し屋なのだろう。ここは突っ込んではいけないところだ。

 一気に説明しても混乱すると思うから、ここら辺で止めておこう。僕も詳しいことが分かっているわけではないからね。でも、調べてはいるよ。殺されたらたまらないし、相手の出方は分かっているに越したことはない。

 さあ、ゲームを始めよう。

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