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図書室の定義  作者: 翠凛
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通えないオアシス

お久しぶりです。よく見たら前回は2月の更新だったようで…あはは。今回はちょっとした揉め事です。まあ、定番のあれですね、あれです。ようやくヒロインの名前と先生の名字出せました、ああ、良かった…(個人的満足)。少しでも楽しんでもらえたら幸いです。では、どうぞ。

――それは突然だった。そして、最も聞きたくない知らせだった。


「ねえねえ知ってたー?篠原先生と小柳先生が付き合ってるって!」

 少し息を乱してトイレから戻ってきた友人の言葉に、食べ終わったお弁当を片付けている手が止まった。

「……知らなかった」

 思わず素で、呆然と言葉を返すと、やっぱり!?と友人はさらに身を乗り出してきて、続く言葉を私はただ聞くしかなかった。

「私もさっきトイレで聞いたんだけどさー、まあ正確には付き合ってるかもっていう噂なんだけどさ……でもでも!確かに篠原先生イケメンだし、小柳先生も美人だし、お似合いカップルだよなーって。でもショックー!そりゃ篠原先生かっこいいから彼女いてもおかしくないけど、なんか!なんか!やだー!……て、香織ちゃん?聞いてる?もしもーし?」

「…え?あ、ごめん、初耳だからちょっと驚いて…」

 顔を覗きこまれて、はっとした私は慌てて止まっていた手を動かしながら困り顔で答えると、友人はうんうんと頷きながら私の前の席に座った。

「私も驚いたよーでもお似合いだから何も言えないのが悔しいー!」

「……そうだね」

 ……それが昨日の昼休みの出来事。たぶん取り繕うのに、私は今までで一番力を使ったと思った。


 

 もちろん昨日は図書室に寄ることなんてできなかった。会う約束なんてしてないけど、もしかしたら会ってしまうかもしれないから。会ってしまったら、自分が何を言うか怖い、そして彼に何を言われるかも怖かった。

 小柳先生は保健室の先生だ。長い髪はいつも頭の高い所で結ばれていて、整った顔をしている所謂美人。スタイルもよくて、少しサバサバした性格で仮病には容赦なく喝をいれる。でも、すごく優しい人……。毎月来るあの痛みに弱い私も何度も保健室にはお世話になっていて、小柳先生が好きだった。だから、「ああ…お似合いだな」と思った。彼と小柳先生が並ぶ姿が簡単に想像できてしまったから。

 でも、泣きたくなった。なんで私は生徒なんだろう、なんで彼は先生なんだろう。なんで私はまだ子供なんだろう、美人じゃないんだろう、背が低いんだろう、彼の隣に……いられないんだろう。頭の中で「なんで」が繰り返されて、眠ることなんてできなくて。ふざけてても、冗談が多くても、少しチャラチャラしてても、根は真面目で芯のある人だから、噂はただの噂だと思う。でも、そういうことじゃなくて、疑ってるとかそういうことじゃなくて。何度も壊れたビデオのように今朝見た映像が頭の中で繰り返される。職員室の前でふたりが談笑してる姿が。


――もう、それだけでも限界だったんです、先生。それなのに。


 ねえ、先生どうしてですか。なんで、あんな匂いがするの、今までそんなこと一度もなかったでしょう?

「よーし、みんな席ついたなー授業始めるぞー。来週も小テストするから勉強しておけよー」

 先週の小テスト返却を終えて、ざわつく教室の中でいつも通りの声を出す彼。彼はいつも通り、いつも通りだけど。……さっき、小テストを渡されるときに香った、彼の香りじゃない、女物の香水の匂いが自分に纏わりついてるようで、私はいま自分の顔に自信がなかった。ちゃんと取り繕えているか、教卓の前で直接小テストを返却してもらったときに私はどんな顔をしてただろうか。どうやっていまこの席に戻ってきたかもわからないくらいに動揺していて。足元が崩れ落ちるような音を初めて聞いた気がした。


――だから、やめた。図書室に行くことを。あんなに大好きな図書室に私は行けなくなった。いつの間にか、図書室より、本より、あなたのことが一番になってたんです、先生…。



 図書室に行かなくなって1週間くらい経った頃、彼が視線を送ってくることが多くなってきた。でも、私はそれに気付かないふりをした。取り繕うのは得意分野としているから、傍からみたら何の変化もないと思うけど、私の心と思考はぐちゃぐちゃで、その上毎月のあの痛みで体もだるくて……次は彼の授業だったけれど、気付いたら保健室の扉を開けていた。自分でも、頭がおかしいと思った、会いたくないはずなのになんで小柳先生のいる保健室に来たのか。

「あら、雨宮さん。やっぱり今月も辛い?」

 保健室の中に入ると、いつもの笑顔で小柳先生が声をかけてくれて、それなのに私の心はきりきりと痛んだ。消毒液の匂いがかすかにして、ちょっと泣きそうにもなって。

「……はい」

「そっかー薬はもう飲んだ?」

「はい……」

「ん、じゃあちょうど今誰もいないし、ゆっくり休んで?奥のベッドにどうぞー」

「小柳先生、あの…」

 お腹を温めるために、てきぱきとペットボトルにお湯を注いでくれている背中を見つめながら、私は自分でも何が言いたいのか分からないけど声をかけてしまった。

「ん?どうかした?」

でも。馬鹿か私。

「……いえ、なんでもないです、いつもありがとうございます」

「いえいえーこればかりは女にしか分からないもの、気にしないで」

「……はい」

 言葉は続かなくて、タオルに包まれたペットボトルを受け取って、私は真っ白なシーツの上に横になった。聞いてどうするんだろう、むしろ勘ぐられて困ることになるのに、ああ、もう。頭おかしくなってる、戻れ戻れ冷静な私に。取り繕うのは得意でしょう?何も考えるな何も考えるな…そう言い聞かせてゆっくり目を閉じた。起きたらいつもの私になって、教室に戻れる、そう信じて。



――それなのに。

「あ、起きた」

「……っ!?」

 授業終了のチャイムで目覚めた私は目の前にある顔に声出なかった。待って、なんで、待ってよ、嘘でしょう?

「なんか久々に見たなそのアホ面、小柳先生ちょっと呼ばれたから出てんだよ、だから代わりに俺がここにいるわけ、調子どうだ?」

 へらりと笑っていたくせに、最後の言葉は気遣うように優しくて、胸が痛んだ。でも、平気なふりをして「普通です」と返事をしてゆっくりと起きあがった。

「というか授業は?」

「後半は小テストのやり直しの時間にしたから、教室抜けて20分くらい前からここにいる」

「……そうですか」

 探るような目を無視して、髪を適当に整えて、脚を下ろそうともぞもぞと体を動かして、でも。

「なんですかその手は」

 逃がさないように強い力で腕を掴まれて、それは叶わなくなった。

「なんか懐かしいなそのセリフ」

「……いいから離してくれませんか」

 震えるな私、いつもの私になって、それで、何もないようにやり過ごせばいい、それでいいから。

「ちょっと話をしないか」

「なんですか、ああ、無断で授業休んだことですよね、すみません、次は気をつけます」

 目を合わせないように、少し俯いて、精一杯頭を働かせて声を出す。はやくこの時間が終わるようにそう願って。だからお願い。

「雨宮」

……お願い。お願いだから。

「ああ、小テストですか、すみません、放課後に解きますよ、それで…」

「雨宮、こっち見ろ、頼むから」

「……っ」

 息ができないと思った。そんな声で呼ばないで――……。言葉にできない感情がぐるぐるして、もうぐちゃぐちゃ。

 私は小さい時から聞きわけのいい子だって褒められながら育てられてきた。小学生のときからクラス委員を何度も任されて、どんなことがあっても平気でいられるし、取り繕うのも得意だし、しっかりしてて頼りになるってクラスのみんなにも言われて、だけど。

「噂のことだろう?」

「……っ」

 逸らしていた顔を強制的に、でも顔を包み込むように添えられた手は温かくて優しくて、やっぱりこの人はずるい。目の前の顔を見た途端、じわりと視界が滲んでしまった。

「ごめん、早く気付いてやれなくて」

 零れる涙を拭うように彼の指が私の頬を撫でていく。その優しい動きがますます私の涙線を刺激して、もう、涙が止まらなかった。なんでいつも私のしっかり者の装備をこの人は簡単に取ってしまうんだろう。

「疑ってるのか?」

 困り顔で目を見つめてくる彼の言葉に私は、首を横に振る、違う、それは違うの。

「ちがっ、う…!」

「じゃあ何か聞きたいことは?」

「……な、なんっで、香水、っ」

 ひくひくとなりながらも、震える声で途切れ途切れの言葉を言えば、「香水?」と不思議そうに彼は首を傾げ、でもすぐに納得したような顔になって困ったように笑った。

「小テスト返した時おかしかったのは、そのせいか?…あのな?あの日の前日の夜にちょうど姉貴が俺の家に泊まりに来て、それであの日の朝、何か知らんがご機嫌でやたらとうろうろしながら香水振りかけてて、たぶんそれが俺に移ったんだろう…。それに、小柳先生は香水しないだろう?お前今日ここに来たんだから、それでわかるだろう?匂いしたか?」

「……、あ」

 ゆっくりと説明してくれる彼の言葉に、曇っていた思考がじわじわと晴れてきて、小柳先生が香水をしない、というかむしろ苦手だとしている人であることを思い出した。

「その顔は納得した顔だな」

「……はい」

 気付いた途端自分の勘違いに恥ずかしくなって、顔を逸らそうとしたけれど、顔から彼の手と視線は外れることはなくて、気まずいまま彼の顔を見つめることになってしまった。

「一応言っておくけど」

 笑いを引っ込めた真剣な彼の顔に心臓が跳ねた。

「小柳先生とは本当に何もないから。俺もあの噂聞いて驚いたくらいだから。だから信じろ」

「……そんなの…分かってます、でも…」

「でも?」

「お似合いだな…て…」

 震える声で自信なさげにそう言うと、彼は目を細めて、小さくため息をついた。

「お似合いだったとして、俺の気持ちはどこにいくわけ?」

「え…」

「……俺は、お前が行きたいところに連れて行ってやりたい、手も繋いで歩きたい、服だって買ってやりたい、お前の料理も食べたい、家にだって連れて行きたい、俺の彼女はこんなに可愛いって自慢もしてやりたい、でも誰にも見せたくないから一生家の中に閉じ込めてもやりた……」

「え、ちょ、ストップ…!」

 額をコツンとくっつけて恥ずかしげもなく言葉を紡ぐどころか、恐ろしい言葉が聞こえたから思わず声を言葉を遮った。それを不満げに目で咎められて、何か言わなきゃと言葉を探しているうちに、首に顔を埋めるように抱きしめられて、さらに顔が熱くなった。

「地獄かと思った。全然こっちを見向きもしない、むしろ顔逸らされる、図書室にはいない、お前のメアドもなにもしらないから連絡とれない、どれだけ地獄だったか…。俺がこんなこと言うのも、こんなことしたくなるのはお前だけなんだよ。俺の気持ちはお前のところにしかいけない」

 首にも耳にもかかる息がくすぐったい。言葉もくすぐったい、初めて聞く彼の本音に心臓がうるさくなった。

「せんせ……っここ保健室…っ」

 かかる息から逃げるように身をよじれば、ますます抱きすくめられて苦しくなる。

「ん?押し倒してほしいって?」

「ばっばか!!変態教師!!」

「うん、安心した」

「は!?」

 やっぱりこの人あほだ、馬鹿だと心の中で何度も罵って、諦めずに抜け出そうともがいて、でも次に聞こえた懇願するような言葉に力が抜けた。

「――これからはひとりで泣くな」

「……っ」

「泣かせたのは、俺だけど、でも、俺の知らないところで泣かないでくれ。もっと俺を頼れ、甘えろ」

……ああ、もう、どうしてこの人はこんなにずるいんだろう。

「好きだから、雨宮」

「……先生の、ばか…」

 今までで一番優しくて甘い言葉に私はゆっくりと腕を先生の背中に回した。

 ――悔しいから、好きだなんて返してあげないけど。図書室より、本より、先生のことが好きになってしまったなんて絶対言ってあげないけど。


 きっと今日からまた、私はあのオアシスに通うことだろう。本と、先生との時間を過ごせるあの場所に。


 ねえ、先生。いまはまだ、堂々と先生の隣を歩くことはできないけど、いつかはそれが叶う日がくるって信じてもいいですか。





fin?






 


読んでいただきありがとうございました。今回は残念ながら図書室に行くことはなく、保健室になってしまいましたが、いかがだったでしょうか…。久しぶりにこのふたりを書けたので本人はちょっと満足してます。では、また作品でお会いできますように!

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