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図書室の定義  作者: 翠凛
4/5

貴方に届くオアシス

「じゃあ、またね!」

「うん、ばいばーい」

 荷物をテキパキと片付けて、バタバタと教室を去って行った友人。本人ははっきりとは言ってなかったけど、あの様子だとデートなんだと思う。高校生同士のお付き合い。最近、それをちょっとだけ羨ましく思う。彼との関係が少し変わってから数か月が経ったけれど、周囲の子たちみたいに、放課後に買い物に行くったり、休日に出かけるたり家に行ったり…なんてことは一度もしたことがない。というか、そんなことができるなんてこれっぽっちも思ったこともない。だって、できるわけがない。いくら関係が変わったと言っても、立場は変わってないのだから。――そう、分かってるのに、少しだけ欲張りになってる自分が、嫌で仕方ない。誕生日をきっかけに、ある意味勢いみたいなもので始まった今の曖昧な関係は、一体いつまで続くのか。生徒が教師に抱く恋心は一過性のものだとかよく言うけれど……私は、日に日に想いが募るばかりで、どうしようもない気持ちにどうしようもなくされる毎日。

 そして、今は本当に私でいいのか自信がない。だって、数か月経ったけれど、思い返せば一度も言われたことがない言葉がある。可愛いとかそういう言葉よりもっと欲しいものがあるんです。そういうことを望むことすら欲張りなのかもしれないけど。でも。


――先生は私のこと……好きなんですか?

 




 放課後の図書室は少しだけ匂いが違う。朝の図書室も昼休みの図書室も好きだけど、放課後の図書室が私は一番好きだ。私のオアシスでもあるし、今は少し特別だから。私が彼と個人的に会うのは図書室だけ。ふたりでそういう約束をしたわけではないけど、暗黙の了解みたいになっている。だから、これがデートみたいなものだと思うことにしてる。ほぼ毎日、私は図書室に来るけれど、彼がそれに合わせて毎回来るわけではない。そんな頻繁に会ってたら、ばれてしまうから。この場所でのこの時間だけが唯一のふたりの時間で、大切だから。これが永く続いたらいい――なんてことを恋する乙女みたいに願ってる。恥ずかしくて、彼には言えないけど。

「遅かったな」

「……っ!」

 今日は歴史物でも借りていこうかと隣の本棚に移動した瞬間に奥から聞こえた声に肩が跳ねる。奥を見れば、一冊の本を手に取ってこちらを見ている背の高い彼がいて、軽く息を吐いた。――彼は、私を脅かす天才なんじゃないかといつも思わずにはいられない。

「私が遅かったんじゃなくて、先生が早いんじゃないんですか?」

「そうか?」

 そう言って、腕時計を見ながら首を傾げる仕草さえちょっとかっこいいと思ってしまう私も色々重症な気がしてならない。

「なあ」

「はい?」

「お前何か怒ってないか?最近」

 探るような目でこちらを向いた彼。心の中でもやもやしていたものを見られているようで思わず胸に手を当ててしまった。

「別に怒ってませんよ?」

 ちょっと首を傾げて笑って見せる。本を探すように彼の立つ反対側の本棚を眺める。

「誤魔化すな」

「……気のせいですって」

「雨宮」

 問い質すような声が耳に突き刺さる。彼の前ではもう上手く隠せないことに舌打ちしつつ、それでもできるだけ笑顔を保って、振り返った。

「先生が気にしすぎなんですよ。で、何、読んでるんですか?」

「あーこれ。昔から好きなやつで……」

 話を逸らすのに成功したことにちょっと安心して、彼の持つ本へと目を動かした。でもそれは一瞬で、見せられた表紙に目を見開いた。――うそ!?

「私もこれ好き!」

 それまでのことなんて忘れて飛びつくように彼に近付いて、本に触れた。

「……そうなのか?」

「うん!」

 彼が持っている本は私が好きな本でもあった。それも、何度も読んだことがある本。彼が、敬語も忘れた私に驚いていることなんてつゆ知らず、彼の手に自分の好きな本があることにどうしようもなく嬉しくて私は隠すことなく笑った。彼もその本が好きという事実が私をさらに嬉しくさせる。この嬉しさをどこに持っていけばいいのか分からなくて、ただただ彼の持つ本を愛でるように触れる。

 本を自分の手にとって、ページをめくり、うずうずした気持ちに乗るように唇が動く。

「先生はどの場面が一番好き?私は、この第2章の……先生?」

 問いかけて顔をあげてみると、何故か左手で目を覆って明日の方向を見てる彼がいて、言葉が途切れた。

「あの?」

 少し、耳が赤い気がするのは気のせいだろうか。そっと袖を引っ張れば、黒い瞳がゆっくりこちらを見て、私は首を傾げる。

「雨宮」

「はい?」

「お前は、小悪魔か」

「は……?」

 思いもしない言葉に間抜けな声が漏れる。なに、小悪魔って。そんな私を軽く睨んで、天井に向かって大きく息を吐いて、彼は私を真っ直ぐに見下ろした。――そして、あまりの距離の近さに、いつの間にか彼の腕に自分の体を寄せるようにくっつけていたことに気付いた。な、なにしてんの私はっ!

「す、すすみませ……っ」

 慌てて彼の体を押して自分も後ろに飛びのくように手に力を入れる。きょろきょろと辺りを見回して、誰もいないことを確認して――

「こらこら、離れんな」

「わ…っちょ…」

 力を入れたはずの腕さえあっという間に取られて、さっきと変わらない程の距離になる。こういうこと前にもなかっただろうか。

「ほんっとーーーに!お前は……本のことになると周りが見えなくなるんだな。俺はちょっと怖くなったぞ」

「え?」

「お前まさかとは思うが――、自分の好きな本を持ってるやつがいるとさっきみたいにすぐ飛びついてんじゃないだろうな?知らない人にはホイホイ近付いたらダメだって教わらなかったか?」

 まるで、知らない人についていこうとした子供に言い聞かせる保護者のように、私の両肩に手を置いて、私に目を合わせる彼。妹のような、子供のような扱いにぐらぐらと体の中で何かが煮える。なに、それ。なに、その言い方。なんであんなに私が嬉しくなったか分からないの?

「子供じゃあるまいし、そんなことしませんよ!そりゃ飛び付きたい気持ちにはなりますけど、でも、その……今のは……自分のす、好きな人、との共通の本があったら……嬉しいって思ってもいいじゃないですか……」

 唾を飛ばす勢いで噛み付いたはずなのに後半は自信なさげに声が小さくなってしまって、俯いてしまう。いつも、いつも、やっぱり……私ばっかり。

「だいたい、その本を持ってるのが先生じゃなかっ……わっ」

「分かった、うん、分かった」

 急に後頭部に手を回されて、彼の胸に押し付けられるように引き寄せられる。逃れようとしても、頭と腰を固定されてどうしようもない。彼の腕の中でじたばたもがいても変わることはない。

「あーもう、俺が悪かった。お前、可愛すぎるからもう黙れ」

「……っ」

 頭のてっぺんに感じた、柔らかいものと掠れた言葉に、心臓が持っていかれたような気分になる。ぴたりと抵抗が止まれば、さらに抱きすくめられた。

「ますます可愛いくなりやがって……本に嫉妬しそうだぞ俺は」

 耳元で囁かれる声はちょっと拗ねた感じで、子供っぽくて、体の奥が熱くなる。でも、そういうことはいつもぽんぽん言うのに、欲しい言葉は言ってくれない。ただ可愛いだけの存在になんてなりたくない。私はもっと、もっと。

「まあそういうところも好きなんだけどな」

――もっと…もっと?え?いま、なにが聞こえた?

「……先生」

「ん?…て、は!?お、おい、なんで泣いて…」

「え?」

「え?じゃないだろ!悪かった俺が悪かったから、泣くな、もう泣くな」

 彼の腕の中から解放されて、私とは全く違う大人の指が頬を撫でる。あれ?なんか濡れてる……?

「からかった俺が悪かった、悪かったから、な?」

「あ、いえ、私別に」

「いや、もう何も言わなくていい。俺が全面的に悪かった。俺もお前がその本が好きで嬉しいから」

 その言葉と同時にふりだしに戻るようにまた、腕の中に引っ張られた。言いたいことがあるのに、上手く言えなくて、あの言葉が頭の中で繰り返される。勘違いして私を宥めている先生にちゃんと説明したいのに、でもそれはそれで恥ずかしくて、難しい気がして。それならいっそこのまま甘えてしまってもいいかと思う自分もいて。


――先生、もう一回言ってください。


 すがるように、彼の胸元のシャツを握ってみた。



 彼に一番近づける場所、と図書室の定義に追加してもいいでしょうか。



fin?


今度こそ名前出すぞーー!と思って書き始めたのに、なんでかこうなったーという話。はい、すみません!読んでいただきありがとうございました。

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