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図書室の定義  作者: 翠凛
3/5

シロップのかかったオアシス

「じゃあ、今日はちょっと時間は早いが終わるか」

 時計で時間を確認しつつ、黒板をバックに彼はそう言った。その途端教室の生徒らはざわざわと騒ぎ出す。それはそうだ、やっぱり10分でも授業は早く終わってくれた方が嬉しい。なんていったって、次の時間は昼休み。机の上を整理していると、彼はまた口を開いた。

「ちょっと静かにー。授業の最初にも言ったが、今日はノート集めるからな。……て、あー、滝本は休みか。誰か、滝本の代わりに集めてくれ」

 滝本くんは、日本史係だが、今日は風邪で欠席。でも、そんな面倒なことを誰もやりたがるわけもなく、ざわざわとした空気が続いた。念のため、教室を見渡して確認してみるけど、反応者なし。ということで。

「先生、私…」

「んーじゃあ、鈴木!お前に任命ー」

「……」

 『私が代わりに集めます』という言葉は彼の言葉で途切れた。高く挙げようとしていた右手も出番はないまま、下に落ちる。指名を受けた鈴木くんは、『まじかよー!』と悲鳴をあげていて、教室中に笑いが起こり、彼もそれを見て笑っていた。そして、一瞬だけ、私を見て、目を細めた。思わず、心臓が跳ねる。教室のほぼ真ん中の席にいる私は、彼からも誰からも不自然に思われないように、目を反らした。

「じゃあ、鈴木頼んだ。みんなちゃんと鈴木に出せよー」

「「はーい」」

 さっきまで騒がしかったのに、クラスメイトのお返事はいいお返事。それと同時に彼は教室を出ていく。私は黙って、その背中を見送った。



――そして、放課後。

 いつものように、私は図書室にいる。本独特の匂いに一日の疲れが癒されていく。今日はやらなければいけない課題があったので、とりあえずそれを片付け、本の旅に出かけた。

 本棚に並ぶ本を眺めているだけでも、何故か心が落ち着く。本の背表紙に触れながら歩く。今日は、何を借りようかなーとのんびりと考える。この、のんびりした時間が好きなのだ。でも、最近は少し違う。自分でも気づかない内に、ついつい腕時計で時間を確認してしまう。もうすぐだろうか?と、ある人物のことを考えてしまう。今までだったら、こんなことなかったのに、でも変わってしまった時間は嫌いじゃない。むしろ、好き。こんなこと絶対彼には言えないけど。

 

「…まだ、かな」

「何がだ?」

「……!」

 ぽつりと呟いただけのつもりが、予想外にもその返答があり、肩が跳ねた。本棚に寄りかかる大きな影。それこそ、自分が待っていた人。

「お、脅かさないでくださいよ…びっくりした…」

 近づいてくる彼を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。ほんとにびっくりした。

「お前が疎いだけだろ。俺は結構前にいたぞ」

「え、そうなんですか?ていうかそれなら早く声かけてくださいよ」

 む、と睨む私に彼は優しい目をした。私の、苦手で、でも大好きな目。

「他のところではポーカーフェイスなくせに、ここに来るとお前は素になるからな。見てて楽しいんだよ」

「……っ」

 そして、教師ではない顔をする彼に心臓が速くなる。落ち着かない。いつもいつもどうしてこんなに振り回されるんだろう。

「人の顔を勝手に観察しないでください」

「好きなやつの顔を観察して何が悪い?可愛くて仕方ないお前が悪い」

「かわ……っ!?」

 腰を屈めて、私の前髪をそっと流しながら告げた言葉に、顔が熱くなる。あの日からふたりのときは、彼は全然違う。教師の顔なんて欠片もなくて、学校なのに、どうにかなりそうで。

「熱でもあるのか?」

「違います」

「顔赤いぞ」

「気のせいです」

 周りに誰もいないのをこっそり目で確認する余裕はもう消えた。

 分かっているくせに聞いてくる彼の目を逃げたい気持ちを抑えて見つめ返す。でも、私を映す彼の目に私はやっぱり落ち着かない。やっぱり彼は大人で、ズルい人。

「俺を待ってたんだろ?」

 にやにやと楽しそうな笑みを浮かべて聞いてくる彼に唇を噛みしめる。その通りだから、何も言えない。ずっと待ってた、なんて。

「待っててくれてありがとな」

「……!」

 頬に触れた柔らかいものに、目を見開く。私もしたから堂々とは言えないけれど、でも、でも、ここは図書室であって。

「先生っ」

「尖らせた唇が可愛くてな、ついつい。それでもその可愛いところは避けてやったんだから感謝してくれよ、俺様の理性に」

「か、可愛くなんか…!」

「まだ言うか。もう一回してやろうか?」

「い、いいです、やめてくださ…!?」

 顔を近づけてきた彼を必死に押し返す。でも、小さな私がそんなことできることもなく。何故か、ポスッと彼の腕の中に閉じ込められた。本とは違う、落ち着く匂い。彼の匂い。そして抵抗する気も失せた。

「あー落ち着く」

「…おっさんみたいな言い方。私は抱き枕ですか」

「おっさん言うな。傷つくぞ。本当の抱き枕にはいつかなってもらうからな」

 ……本当の抱き枕?意味の分からない言葉に首を傾げる。なんだそれ。すると、頭のてっぺんでクスクスと笑い声が聞こえた。

「そういう反応に安心するよ俺は。怖くなったりもするけど」

「は?」

「いーや、なんでもない、ただの独り言」

 顔を彼の胸に押しつけられたまま、宥めるように頭を撫でられる。大きくて優しい手に、ほっとしてしまう自分がいる。

「先生」

「ん?」

「…いえ、何でもないです、独り言です」

「なんだ、俺のマネか」


――もうちょっと、このままでいさせてください。




 図書室の定義に甘いシロップがかかった今日この頃。






fin?




定義1と2は過去のものなので、この3を書くのにはちょっと苦労しました。どんな文体だったかと…久しぶりに書いたので。自分で読み返しても文体が違う気がします…すみません。ブランクって怖い・・・!

読んでいただきありがとうございました。

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