スペーラの朝 -06-03-
一人にしては広すぎる寝室で目を覚ましたカナデはゆっくりと伸びをする。
何故かサイズがぴったりの下着や寝間着がクローゼット内にはしまわれていて、複雑な気分になりながらも、昨日は疲れていたので、それを着ることにした。
シオンと約束している時間にはまだ余裕があるので軽くシャワーを浴びることにする。
おそらく魔法で造られているそれらのシステムは、若干の魔力を流すと自動的に心地よい温水を出してくれる。昨日この部屋に来て一番驚いたのは魔法のふんだんに使われたこの浴室だった。
シャワーだけで済ませる予定だったが、しっかりと湯にまでつかり、出てきたカナデ。
件の下着と、寝る前に魔法で洗っていた(?)装備を着込む。
ちょうど着替えが終わったころに、コールが鳴った。
『カナデさん。おはようございます』
「ちょっとまって。今開ける」
《魔法:系統・生活》はなかなかに有能なスキルで、飲み水や火をつけたり、汚れを落としたり、乾かしたりできる。
私は濡れた髪に魔法をかけ、乾かした。便利なものだ。
「そんな時間だったっけ?」
玄関のドアを開けながら、外にいるシオンに言う。
「いえ、まだ余裕があります。お風呂でしたか?すみません」
「大丈夫。ちょうど上がったところだったから。ってなんでわかったの?」
「ちょっと肌が上気してます」
「そうなの?時間あるなら中に入って」
「お邪魔します」
玄関から入ると廊下があり、そこにいくつかの扉がある。
まっすぐにすすんだ場所からリビングに入ると、広い窓から美しい緑と青い海が広がっている。
「私の部屋もこのぐらいの広さです。無駄にたくさん部屋があるので、正直持て余しそうです」
「間取り以外は全く同じ?」
グラスに入れた水を飲みながら奏が問う。
「いえ。家具やカーテンの色が違いますね。黒がベースなのは同じですけど、私の部屋は全て白黒なので」
「私の部屋は所々に色が散らしてあるね。シオンの部屋も見てみたいな」
「後程招待します。そろそろ朝食に行きませんか?」
「朝の屋台ってちょっと興味あるんだ」
ドアから外に出ると、冷たい空気に満たされていた。ただ、こちらでは春が近いのか日差しはとても暖かである。
「オートロックなんですかね?」
「一応キーはあるけど開け閉めした覚えないよ?」
「私が訪ねた時は鍵がかかってました」
2人は丸い魔法陣の描かれた部屋に入る。魔法陣は転移を意味しているらしい。もっとも、かなりの短距離しか移動できない。
魔法のエレベーターを使って1階
まで降りた2人はギルドの前に並んでいる朝の屋台へと向かった。
「こういうのって何気に憧れてたんだよね」
「アジア圏ではよくありますが、衛生的にちょっと…ってなるときが」
「わかる。でもここのは何かしら魔法で保護してそうだし、衛生的には問題ないよ」
「おう。嬢ちゃんたち。見ねえ顔だな。新入りか?」
「はい。昨日こちらにつきました。えっと…ここは何のお店ですか?」
突然話しかけられた屋台のおっちゃんにシオンが丁寧に答える。
「アムルムだよ。食ってくか?一杯150Gだ」
「こっちにもお米ってあるのね」
思わず口に出たカナデの言葉に店主が答える。
「ああこれは東の海のヤマトとかいう国から来てるんだ。安いがうまいぞ?どうする?」
「じゃあ2つください」
カナデは財布(持主だけが取り出せる仕組み)から白銅貨を3枚取出し店主に渡す。
「おう。器はあとで返しに来てくれればいいぞ。あとこれ釣りだ」
黄銅貨3枚(30G)を手渡される。10%offの効果はしっかり持続している。
笑顔でおっちゃんに送り出され、ギルドの周りにある石のベンチに腰掛け朝食とする。
朝食と言ってももうすぐ10時なるので少し遅い時間かも知れない。
「すみませんカナデさん。150Gでしたか。お支払いします」
「いーよ、べつに。なんか30G安くなってるし」
「でも…」
「じゃあ後でお菓子でも奢ってよ」
「…はい。わかりました」
先ほど買った粥を見る。まだしっかりと湯気が立ち、寒い中ではとてもありがたい暖かさである。米と蕪のような根菜とその葉のようなものが入っている。
味付けは塩だけの簡単なものだったが、程よく柔らかい蕪と、まだシャキシャキと良い食感を残す葉も合わさり、朝あまり強くない彼女たちにとっては最高の朝食だった。
「…おいしいですね」
「でも二日酔いの小父様方が食べてそうな感じ」
「明日はほかのメニューも食べてみましょう」
どうやらシオンは気に入ったようだった。
器を返しに行き、その旨を微笑みながら伝えると、店主はそうか!と豪気に笑った。
余談だが、その周りの屋台の店主たちがその微笑みに魅了され、是非明日はうちで食べてもらおうと、早くも明日の準備を始めるのだった。
「これからどうしようか…」
「ギルドの中見てみませんか?」
「え?でも、閉まってるけど」
「副代表がいるなら入れますよ…たぶん」
シオンの予想は当たり、カナデが正面扉に触れた瞬間、錠が外れた音がした。
「うわ…マジで開いた」
「さあ行きましょう」
シオンに手を引かれ中に入る。思ったよりも簡素な造りをしているようで、装飾は地味に凝ったものが多い。ドアを潜って正面には大きなクエストボード。依頼書はまだ貼り付けられていない。
壁際に並んだ5つのカウンターにはそれぞれこちらの言語(何故か読める)で「登録」「受注」「報告」「買取」「銀行」の札がかかっている。
左右にある階段から2階に上がると、同じようにクエストボードとカウンターがあった。ただしこちらは魔法で高ランクの者しか入れないようにしているらしい。
ちなみに2人とも何の問題もなく通り抜けれた。
一回のカウンターの奥は事務スペースのような場所になっていたが、2階にはそのような場所はなく、執務室(主にエイダイ、カナデ用)と応接室のようなものがあった。
「あのー…あなたがここのギルドの代表者様ですか?」
急に後ろから話しかけられ、振り返ると茶髪の若い女性が立っていた。
「いや。私は副代表なんだ。エイダイは今日中には着くと思うけど」
「そうでしたか。申し遅れました。私、ここで受付をやらせてもらうことになっておりますアイリスです」
「そう。よろしくねアイリス。私は副代表のカナデ。エイダイが着いたら改めて指示するからそれまでは今まで通りにしてて」
「はい。わかりました」
『カナデさん。シオンさん。迎賓館までお願いします。お姉さんたちが到着しました』
「あ、はい。わかりました」
「ずいぶんと速いですね」
「野宿できる準備もないだろうし、夜通し歩いたんじゃない?」
「えっと?どうかされたんですか?」
「いや…ちょっとハルトさんから魔法で?呼び出されただけですから。ここ施錠どうしますか?」
「えっと…私には権限がないので…、ドアを閉めて「施錠」と唱えればよかったはずです…ハルト様はそうしていました」
「そう。施錠…あ、これでいいのね」
ドアからは鍵がかかる音がした。
「カナデさん急ぎましょう。遅かったら遅かったで文句言われますよ多分」
「そうだね…またねアイリス」
アイリスに手を振り迎賓館へ向かう。




