女神の去った世界 -Swi-
カナデ達が世界から消失してから、レスクリービアの暦で4年ほど経過したある日のことである。
一度は混乱したもののすぐに後任の代表である“ハルネ”によって統治を再開されたスペーラの街は、一時期よりも多くの人でにぎわい、また、様々な目的を持った観光客で溢れていた。
その中でも一番多いのは“巡礼台紙”の購入だろうか。
各神殿を周ってその巡礼の証として印を貰うというものだが、特にスペーラ大神殿は天上神様の印章がもらえるという事で最初の、もしくはそれだけのためにここへ買いに来る人も多かった。
そもそも、巡礼の旅にはそれなりの金銭もしくは街道を旅する実力が必要になるためかなり難しいのだが、それでも世界を救った女神様への信仰心を持っている人間は参加しようという意志があるようだ。
コンプリートを果たした人間と言えば、すっかり学園での教官役が板についたロクグが妻と娘を連れて長くもない休暇期間中に全て周るという偉業を成し遂げたらしい。
もともと旅をしていた彼はほとんどの場所へ転移門で行けたというのが最大の要因のようだ。
そして、学園の方もカナデ達が教鞭をとっていた時の生徒たちはほとんど卒業し、一部を除いて故郷へと帰っている。
一応は6年ほどの過程なのだが、100単位以上でクラスIIIをクリアすれば卒業できるため3年もあれば卒業できるようになっている。
最も良い成績で卒業したのはマツリ・アシカビで200単位以上の“魔導師認定”をクリアし、3年で卒業していった。彼女は今実家で母の跡を継ぐための手伝いをしているようだ。
後を継ぐと言えば、ルイザ・カードも父の跡を継ぐために実家に戻り領地運営を学んでいる。それでも彼女はクラスVIをクリアし卒業しているため大陸でも指折りの実力者として育っている。
また、オリーヴ・ノーマンことオリーヴ・スピル・リアフォレストも“魔導師認定”をクリアし、故郷で祖父の教えを受けつつ、エルフたちの生活を改善していっているようだ。
アナ・チャイルズは家庭の事情で半年ほど早く卒業することになったためにクラスV止まりであったがそれでも彼女は苦手な政治系の座学をクリアし父の手伝いをしている。
それでは、ルイズ・カードは何をしているのか。
彼女はというと、マツリ、オリーヴと同期に“魔導師認定”をクリアし、ルイザと共に領地へと戻ってもすることがないという事でそのままスペーラで職を得た。
人口の増加によって、街を管理する人間が圧倒的に足りなくなっていて、そこで優秀な成績で卒業を果たしたルイズや他数名の生徒へと声がかかった。
因みに、クラスV、クラスVIまで達したのはほんの数人で、王国貴族の中にはほとんど単位を得られずに学園を去っていくものも少なくなかった。
いつか見た制服とは少し形が変わっているが、それでも憧れていた制服に袖を通し、襟に部隊章である紫の宝石の入った銀の羽根のバッジを付ける。
「ル、ルイズさん。これで大丈夫でしょうか」
着替えが終わり、部屋から出て待ち合わせの時間つぶしに空を仰いでいると背後から声がかかる。
自分と同時期にクラスVIで卒業した、男子生徒。名前はアンデシュ・グランバリー。武器は槍だ。あまり強そうな雰囲気は纏っていないがかなりの実力者である。
「問題はないと思いますけど」
「そうですか?貴族と言っても田舎貴族の3男ですし、こんな上等な布は着なれないので緊張します」
「私もそれほど変わりませんよ」
彼の襟には金のラインの入った銀の盾の部隊章が輝いている。所属は2番隊。さらに、その隣には銀の階級章。隊長は変わらないはずなので彼は副隊長に選ばれたという事だろう。
「行きましょうか」
「は、はい。ああ、緊張する……」
「マヒロ隊長とは仲良いんじゃなかったんですか?」
「そうですけど、いざ制服を着てみると一気に不安になって」
「胸を張ってください」
「あれ?ルイズちゃん?どうしたのその格好」
学生時代からお世話になっている市場のおばちゃんが声をかけてくれる。
「みんな卒業したって聞いてたけど、アルモ寮に移ったのかい?」
「はい。そうなんです」
アルモ寮――今は名前が変わっているがもともとカナデ達が住んでいた寮で、ルイズはナナミから譲り受けていた部屋のキーを使ってそちらへ住むことにした。
「それで、その制服だけど……しかも羽根の部隊章ってことは」
「はい、自警団7番隊に所属します。よろしくお願いしますね」
「やっぱりそうなのね。応援してるよ。でも怪我しないように気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
おばちゃんに礼を言って別れる。
もう少し話していたい気もするが、それほど時間もないのだ。
「すごいなぁ、ルイズさんは。ルイズさんがいるから市場の人さっきから結構声かけてくれるし。僕までついでに応援してもらって」
「普段から市場を使ってるからね。それより、ついたよ」
自警団本部。滅多な事で来るような場所ではないがゆえにその扉を開くのは少し緊張する。
ルイズが扉に手を掛けようとしたとき、内側から扉が開いた。
「ルイズ。ちょうどよかった」
「え?どうしたんですか、カメリアさん」
そこにいたのは現7番隊隊長カメリア・レゾナンス。
「うっかり渡し忘れたものがあって。はい、これ」
そういうと、カメリアはルイズの襟に銀の階級章を付けた。
「え、これって……」
「発注ミスで数が足りてなかったから制服渡す時に足りなくて、会ったら渡そうと思ってたんだけど、そうなるとなかなか出会わないものだね」
「でも、本当にいいんですか?7番隊は副隊長置かないっていううわさが立ってましたけど」
「まあ実力に見合う人がいなかっただけだね。さて、じゃあ速く任命式に行くよ。シズマ兄さんももう来てるし、マヒロももう待ってる」
「今回は私たち2人だけでしたっけ?」
「うん。できれば他の卒業生の子たちも誘いたかったって言ってたけど、さすがに家を継がないといけない子たちは誘えないでしょう?冒険者で試験を受けに来た人は結構いたんだけどその人たちもイマイチだったし……あ、でも一度実家に帰ってからっていう子たちは結構いたから、その子たちは遅れて入ることになると思う」
先行するカメリアが扉を開くと、そこには代表のハルネや学園長のフィーネなど役員たちが勢ぞろいしていた。
「さて、2人も来たことだし始めるとするか。ミュゼ、頼む」
「はーい。それではアンデシュ・グランバリー2番隊副隊長、ルイズ・カード7番隊副隊長、両名前へ」
「「はい!」」
シズマ・レゾナンス団長が前に出る。
「二人とも、実力は申し分ないが1月は隊長の下で研修という扱いになる。その間に隊長職についてできるだけ学んでもらいたい。隊長の不在時には指揮権はお前たち2人に移るという事を理解しておいてくれ。私からは以上だ」
「精一杯努力します」
「絶対にやり遂げて見せます」
「……長々と話したい奴他にいるか?」
「私はいいや」
一番最初に首を振ったのはシズマの従妹で副団長であるミュゼ。
他のメンバーもそれほど話すことはないようで再び前を向いたシズマは、
「じゃあ、あとは各隊の隊長から聞いてくれ、解散」
そういうと4人を残して他のメンバーがすぐに部屋から出ていく。
「おっし、じゃあアンディ行くぞー」
「え?説明は?」
「ルイズはこっちね」
「あ、はい」
自警団はスペーラの機関の中でもかなり人手不足である。
たまにクラスIV以上の学生向けのクエストとして警邏任務を出している程度には人手が足りていない。
そもそも、仮所属のメンバーはかなりいるらしいが、正規隊員はほとんどいない。
カメリアに続いて階段を上がり、部屋に入る。
そこは机が12個並んだ部屋で、人気はなかった。
「ここがウチの部屋なんだけど、そもそも正規メンバーが私とルイズだけだからあんまり使わないかもね。でも一応副隊長が私の席の隣だから覚えておいて」
「わかりました」
「うちの主な仕事は戦闘・交渉マルチに何でもこなすことだから色々覚えてもらうことになるけど頑張ってね」
「お任せください」
「うん。じゃあよろしくね」
かつてカナデの座っていた席に座る友人の微笑みが憧れのあの人に良く似ていると改めて感じた。
ぼうっとそれを眺めていると勢いよく扉が開かれ、びくっとしてしまう。
「カメリア!」
「どうしたの、セイエイ」
「アザレアには先に向かってもらってるけど、ちょっと海の調子がおかしいみたいで」
「海?それならツバメちゃんに言った方が……」
「ツバメだけじゃ異変が多すぎて確認が取れないってシグレに泣きつかれたの。悪いけど手伝って?」
「わかった。どこへ行けば?」
「とりあえずゼリに。私は風龍か雷龍に手伝わせるために南に行ってくるから」
「うん。よろしく」
そのままその場から消える星影を見送ってこちらを見るカメリア。
「一緒に来る?ゼリ領の魔物はかなり強いけど」
「行きます!」
「初任務から大事だけど、異変調査いきましょう。まずは、シズマ兄さんの所に」
「はい!」
いつの間にか着いた癖で腰に差した刀に触れ、カメリアの後を追う。
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続編>女神の箱庭II =ツナガルセカイ=
こちらの方も楽しんでいただければ幸いです。




