氷の魔城 -22-11-
「くっ……陛下を囮にするなどっ……」
アドリアナの隣を走る騎士プラトが唇をかみしめながらつぶやく。
「安心して、お姫様には指一本触れさせないから」
アンリが上機嫌に石畳の上を駆ける。
カナデとシオンはすでに先行している。
アンリの後ろにはアドリアナとプラト。この有名人を囮にしながら襲い来る騎士崩れどもを斬り捨て城へ向かっている。
シルヴィアは気配を消して屋根の上からこちらを追っている。
それなりに訓練されているはずの帝国騎士団が紙のように斬り捨てられていくのを見ながら頭を抱えるプラト。もはや常識が通じないのはあの転移魔法の時点で分かっている。
「我々が一向に突破できなかったこの騎士たちをこうも易々と……」
「一切滞りなく進んでますね……。安心してください、もしもの時は私が盾に」
「えっと、ペースあげて良い?そんなにもたもた走られるとあとでカナデちゃんに怒られるんだけど……」
「無理を言うな!鎧を着てそんなに速く走れるか!大体何だその貴様らの軽装は!」
「いや、このコート龍の爪も通さないんだけど……というか、魔人と当たったらそんな鎧紙同然だから脱いでいけば?それじゃあ、お先に!」
そういうとアンリはアドリアナを抱え上げて一気に加速した。
「まてっ……敵が」
門の前には既に騎士の小隊が展開している。
「シルヴィ!」
「了解です」
しかし、上からの襲撃によって乱された隊列は、そのまま高速で駆ける銀の爪に薙ぎ払われた。
「また速くなった?」
「オトハさんと訓練してたせいですかね?」
後ろからはプラトが必死で駆けてくる。
「どうやってこの門を開けるつもりだ?壊すのか?」
アンリの腕の中に納まっているアドリアナが声を上げる。
「壊したら直すの面倒でしょう?まあ、そろそろ開くと思うし」
そうアンリが言った途端、重い金属の城門がゆっくりと開き始めた。
「目についた騎士と侍従は制圧しました。カナデさんが一階部分の掃討をしているのですぐにでも入れます」
先行していたシオンが扉の向こうに立っている。
「よし、行こうか!」
プラトが追いついたのを確認したアンリが悠然と城門を潜り真っ直ぐ城内へと入っていく。
目だった戦闘のあとはないが、多くの騎士が昏倒している。
「こうも一方的な戦闘が……」
「宰相?さんがいそうなとこってどこ?」
「三階の王の執務室あたりだろうか……」
「方角的にはどの辺?」
「あっちだな」
北西方向を指さす。
「合ってる?」
「はい、確認しました」
シオンとシルヴィアの感知系スキルにも同じ結果が出たようだ。
そこからは特に敵に遭遇することもなく、階段を二階分あがり、薄暗い廊下から唯一光の漏れている部屋へと向かう。
「カナデさんは?」
「おそらく中かと」
シオンが指差す。
どうやら光が漏れていたのは扉が破壊されていたかららしい。
一行も急いで部屋へと入る。
「遅かったね、シオン」
アドリアナとプラトが部屋の中で目にしたのは惨劇。
顔を引き攣らせて固まっている宰相の姿と、生かさず殺さずの絶妙な暴力を加えられた魔人2人の姿だった。
「なんか、ドア開けようとしたら急に突き破って出てきたから思わずカウンター決めちゃった……」
「それは仕方ないですけど、何故ここまでボロボロに?」
「目的聞き出そうと思ったんだけどなかなか教えてくれなくてねー」
カナデが鋭い視線を宰相に向ける。
「ひっ……」
「この人が悪い人じゃないのはわかったけど、国を安定させたら魔王の支援を行うっていうのはダメだと思うよ?」
「な、何故それを……」
「いや、この書類に署名してるし」
カナデが床に落ちていた書類の中から一枚拾い上げる。
何度か踏まれた跡がつき、何者かの血痕も残っているが、それにはカナデが先ほど言った内容と宰相の署名があった。
「とりあえず、っと」
そういうとカナデは今拾い上げた紙切れを燃やす。
「そこの魔人……72番と73番投降するなら許してあげるけど……」
「誰が人間なんかに下るものか!」
「僕たちは殺戮鬼として有名な「狂双子カーマイン」
「そしてカーディンだ!」
「初耳ねぇ……」
「何か情報ある?」
「無いですね」
「捕虜の誰かに聞いてみてくれる?」
「…………偶然シズネさんが近くにいたので聞いてもらいましたが、知らないそうです」
「じゃあ、大したことないのね」
「待て待て!」
「どーいうことだ!?」
「ごめんなさいね」
カナデが刀を振り下ろす。
もちろん、おとなしくやられるわけもなく、咄嗟に転がり回避する双子。
「おい、コイツあれじゃないか!?」
「クピディタス様が言ってた女か!ヴァリアーを切り殺したっていう」
「話してる余裕あるの?」
カナデが容赦なく双子の片方の顔面に蹴りを打ち込む。
「カーマイン!?」
「人の心配してる暇もあるの?」
「え」
カナデの放った銀閃がカーマインでない方の双子を両断する。
「やっぱり70番台だとたいしたことないか……」
「50番台もそんなに強くなかったですよ?」
「そうなの?」
「よくも、カーディンを!」
カナデに向けて乱射される闇魔法。
それを人払いで撃ち落とすと前に踏み込む。
「あんまり甚振るのもかわいそうだからサクッと行くけど、いい?」
「舐めるなぁっ!?」
腰の剣を抜きまっすぐ突進したカーマインがカナデと交差した直後、床に崩れ落ちる。
「シオン、これでも生きてるみたいだから封印してくれる?」
「了解です」
《神格》によって得られる技能の一つ、魔を封じる封印。
シオンは符術用の札を2枚取り出すとそれぞれに封印を行い始めた。
シルヴィアがそれを興味深そうに眺める中、カナデが話を進める。
「さて、城の方はこれで脅威はなくなったと思うから、私たちは至急神殿に行きたいんだけど」
「え、ああ、え?」
アドリアナは動揺し、プラトは呆然としている。
「もしもーし……」
「あ、ああ。わかった。待ってくれ地図がどこかにあったはずだ……」
散らかった執務室の中をかきまわして地図を探すアドリアナ。
2分ほどで発見し、カナデに場所を示す。
その間にもシオンの封印は終了し、一先ず城から魔人を排除した。
「しかし、封印なんてできたんだね……」
「まあ、一応。でも、明らかに狂ってる奴は潰しとく方がいいけど」
「そもそも神格に関しては一切スキルに対しての情報が開かされてないので私たちも何がどうできるのか全く分かりません……」
「とりあえず、この札を真っ二つにしたらさっきの双子を消し去れるんだけど……」
シオンから渡された札を破こうとカナデが力を入れる。
「……なんかやめてくれと懇願されている気がする」
「とりあえず私か上位神のカナデさんか対極のオトハさんしか解呪はできないはずなので適当に扱っても大丈夫ですよ?」
「解呪って……呪いなの?コレ」
「ええ、まあ」
カナデはとりあえずアイテムボックスに札を放り込み、自らのマップで神殿の位置を確認する。
「とりあえず、もう神殿行けるのかな?」
「はい。じゃあさっさと終わらせてしまいましょうか。この国寒いですし」
「帰ったらお鍋しましょうか」
「向こう初夏だけどね……」
森の付近までカナデが転移を行い、4人の姿が消えた。
こちらに一切気を留めず、転移の魔法陣で去っていく4人をぽかんとした顔で見送る王女と騎士の姿だけがそこに残った。




