女神の御手 -19-09-
勢いをつけて騎士を切り崩して行った獣人たちであったが、3倍以上の数の騎士に押し返されかなりの苦戦を強いられていた。
日も落ち、現在は門を閉め籠城に徹しているが人の手によって作られた粗末な城壁はすでに限界寸前で、あちらこちらにほころびができ始めている。
「思ったより厳しいですね」
「ここまで本気に潰しに来るとは大人げない」
今は一時的に落ち着いているが日が昇り次第再び大群で押し寄せることだろう。
「つまり夜のうちに押し返さないとダメってことですか?」
「そうかもしれない。最悪夜明けと同時に仕掛けるぐらいじゃないと」
カナデとシオンが座るのは破壊された前王の銅像があった台座。街のちょうど中心にある。
男たちが叫び、女たちが嘆くこの街で余裕の表情で座っている。
「カ、カナデさんっ!」
カナデの方へと走ってくる少女。
耳にも尻尾にも白い土埃がつきとても王女の姿とは思えない。
「もう、無理です。門を維持できない、です」
「それを私に言ってどうしろと?」
「ええ!?助けてくれないんですか!?」
「うん。攻撃には参加できないかな」
女神としては。
多少贔屓するぐらいなら許されるだろうが人の家の事情にまで首を突っ込むわけにはいかない。
「それ以外ならしてくれるんですか!?」
「攻撃以外なら」
「それじゃあ、みんなを安全な場所へ……」
アンが今にも泣きそうな顔で言う。
「さすがにそれは私でも無理」
「そんな……」
ぺたんと畳んだ耳と垂れ下がった尾。そして涙を浮かべる。
「あんまり意地悪しないで上げてください」
「ごめんごめん。なんか可愛くて」
そういうと、カナデが立ちあがる。
それと同時に幾重にも重なった魔法陣が街の中心に広がっていく。
全く見たことのない構成。そしていろは虹色に輝き、カナデを中心に歯車のように回転している。
「アナ。急いでこの魔法陣の中にいる人を外に出しなさい」
「え!?え!?」
「いいから」
「え?!はい!」
アナが砂の覆う石畳を駆ける。
「カナデさん。何ですかこの魔法陣」
「無の相剋を破壊魔法と合成してみたんだけどうまくいきそうね。それよりMPポーション飲ませてくれない?」
「まったく……」
シオンはMPポーションを取り出すとカナデの口に注ぐ。
「ありがと」
「せめて私には何をするか申告してくださいね」
「気を付けるよ」
アナが街をぐるっと回って帰ってくる。
「終わりました!」
「地下もダメよ?」
「大丈夫です!」
「それじゃあ、創造魔法《月花の牙城》」
大地がミシミシと音を立てる。
「え?何?」
至る所から土煙が上がり始める。
そして、地面が大きく崩壊する。
「きゃぁああああ……あ?」
地面と共に落ちたかと思いきやカナデに抱きかかえられ宙にたっていたアナ。
そして魔法陣が強く輝き、弾けた。
「何?何?」
ごごごごご……と地の底から音がする。
先ほど大規模に崩落した後の底からだ。
するとゆっくりとしたスピードでそれが姿を現した。
「………城?」
「そう。とりあえずはこの中に住民を避難させるといいよ。明日の夜明けまでしっかり休みなさい」
神妙な顔してアナが頷き、父の元へと走る。
「まったく。城を建ててしまうなんてむちゃくちゃですよ」
「本当にできるとは思わなかったのよ?」
「ぶっつけで試さないでください」
そう言いながらも、シオンはいくつかの魔法陣を空へと放っていく。
「これは何?」
「これは天候操作の魔法《月昇る白天》です。獣人の皆さんは満月の時ステータスが上昇するみたいなので明日の朝から満月を上げてあげようかと」
「シオンも結構無茶苦茶してるよね?」
「怒られるときは一緒に怒られましょうね。じゃあもう一つオマケで合成魔法《災禍の雨》」
王国軍が控える方向へ向かって雨雲を送る。
「これって腐食するやつでしょ?」
「そうですね」
「……シオン、やり過ぎじゃない?」
「そうでしょうか?」
緑色の明らかに危険な雲が降らせた雨は布だろうと鉄だろうとミスリルだろうとじわじわ溶かしていく。
「……どう考えてもやり過ぎだよ。これ、騎士さんたち撤退しちゃうかもよ?」
「それは困りますね。そこそこでやめておきましょうか」
シオンが手を振るうと魔法陣が弾け、雲がゆっくりと消え始める。
「さて、これ以上は手を貸すことはできませんけど、どうなるでしょうか?」
「さあねぇ……」
しばらくして朝日が昇り始めた頃、
太陽と満月の輝く街に獣たちの咆哮が響く。




