獣王の名の元に -19-08-
ポロスの解放から夜が明けて、朝。
アナは突然この街の代表であるハルトから呼び出された。
思えば朝から不可解な事ばかり。
昨日は共に少し早めに眠りについたはずのオリーヴがベッドに入った時と違う服を着ていることや、明らかに2時間以内にシャワーを浴びたような強いシャンプーの臭いが残っていることや、オリーヴの戦闘用の衣装から漂ってくる土埃と人間の血と脂の臭い。
「よく来たね」
部屋に入るとハルトが椅子に掛け、その隣にはスズネが座っている。
反対側のソファーにはカナデと眠そうなシオン。
「なんで呼び出されたのかな……」
「まあ座ってよ」
アナが1人掛けのソファーに恐る恐る座る。耳は折れ、尻尾は下がっているが緊張のせいだろうか。
その間にハルトがいろんな魔道具をテーブルの上に並べ始めた。
「とりあえず現状から簡単に説明するけど、王国はクーデターで滅亡寸前。混乱に乗じてポロスが領主を打ち倒して独立宣言」
「だからオリーヴから血の臭いがしてたんだ……」
「そして、アリオも独立に向けて動いている」
「え!?」
「君のお父さんアルター・アリオ・チャイルズを筆頭に」
「えええ!?なんでお父さんが!?」
「それで、ライナルト王としてはアリオの独立は認める方針らしいから、これをお父さんに届けてくれる?」
ハルトはそういうと2通の封書を取り出した。
一通は王家の紋章が刻まれた封書。
一通は「ハルト・コガネ」の名前のある封書。
「なんでボクが?」
「どう考えても、僕らのうち誰かが言っても怪しまれるし、最悪攻撃される気がするし」
「そう、ですね」
「大丈夫。カナデさんとシオンさんが一緒に行くから。お父さんにこれ渡すだけだし。報酬も出すよ」
「報酬!?」
うん。というとハルトはどこからかそれを取り出した。
「ヨウジに作らせた爪。カナデさんの開発した金属で作った試作品だけど」
アナに手渡す。
「先払いだからちゃんとしてきてね」
「ええ!?拒否権無いの!?」
「まだ戦争は始まってないから大丈夫だと思うけど。もしもの時はそこの危ないお姉さんがなんとか……うわ!?ナイフ投げないでカナデさん!」
すぐにカナデに連れられて部屋を出る。
「どうやっていこうか……アリオに行ったことないんだよね」
「アナさんに転移使ってもらえば」
「ああ、その手があったか」
「えっと、ボクそんな魔法使えなんだけど……」
「大丈夫、これに魔力こめて」
カナデから手のひらよりも少し小さい球体を手渡される。
「え……はい……ってこれ何?」
「気にしなくていいから。アリオの転移門を思い浮かべて飛んで」
「了解です」
恐る恐るアナが魔力を込めると、一瞬で視界が白に塗りつぶされ、次に視界に広がったのは見慣れたアリオの街だった。
いつもの街よりもかなりピリピリしている気がする。
「お父さんの所に行けばいいんですよね?」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
「獣人の皆さんかなり殺気立ってますねぇ」
そういうカナデとシオンの頭の上には猫耳がついている。
もちろん尻尾もだ。
「なんで……?」
「警戒されないように。変?」
アナは首を振る。
カナデの黒い猫耳はピコピコうごいて音を拾っている。ニセモノには見えない。
実はこの耳、カナデとシオンにつけるためだけにレイがキクロに掛け合って徹夜で開発したらしいが、正直何をやっているんだとカナデは思った。
アナに案内されながら街を歩く。
やたらと集中する視線がかなり気になる。
「なんで見られてるの?ばれてる?」
「なんででしょうね」
「えっと、2人が美人だからだと思いますよー……」
「カナデさんはあり得ますが私はないでしょう」
「シオンはそうだろうけど私は違うと思うよ」
「……はぁ……もう着きます。あの家です」
周囲の家よりは少し大きい。外観はしっかりとした煉瓦の家。
王都の雰囲気に比べると些かチープに感じる。
「お父さーん、お母さーん」
アナが扉を開けて呼びかける。
すると中から獣人(獣ベース)の男性と獣人の女性が現れた。
「アナ!なんだってこんな時に帰ってきたんだ」
「ちょっと用事があって。とりあえずこれ受け取って」
封書を手渡すとアルターの眼が見開かれた。
「どうしてこんなものを……そうなると後ろの二人は」
「スペーラから来ました」
「なるほど……中に入ってくれ。ちょうど集まってたところだ」
家に入る。
一番奥の部屋の書斎へと案内され、そしてさらにそこから床を開き下に降りていく。
「地下道……?」
「ヒューマンとごたごたを起こすのが面倒だから我々獣人は地下に別の街を作った。それだけだ。それに地下の方が涼しくて住み易い」
思ったよりも広い通路に火がともされた松明が設置されている。
そして、ひんやりとした空気が漂っている。
ここ砂の街アリオは砂漠の淵に作られた街。
狭い大陸内だというのに気候は少雨でこの街より西には砂漠が広がっている。
「……この上で暴れた地盤抜けないかしら」
「カナデさん今物騒なこと言いましたね!」
カナデの呟きにアナが驚く。
「スペーラから客だ」
「ほう、美人の猫じゃねーか」
獣人の男たちが歓声を上げる。
ハルトからの手紙をガサガサ広げていたアルターが笑いながら言う。
「嬢ちゃんたちは獣人じゃないらしい。まあヒューマンでもないみたいだが」
「なんだハルトさんばらしちゃったのか」
「まったく、わざわざつけてきたのにあんまりです」
カナデとシオンが耳としっぽを取り外す。
獣人たちの警戒心が一気に高まる。
「とりあえず、あなたたちは戦うの?それとも……」
ライナルトからの封書を読み終えたアルターがカナデに返す。
「オレたちは戦う。ライナルト王が好きにしろと言っているんだ、もちろん好きにさせてもらうぞ」
それに続いて男たちが声を上げる。
「戦に負けてからこの国を獲られ、好き勝手された恨みを忘れたわけじゃねぇ」
「城が、象徴が欲しいわけじゃねェンだ。オレたちは街が欲しい」
「イラつくぐらい暑い太陽の下で普通に生きていきたい」
「そもそも獣人ってのは戦い好きだからよ、戦争って聞くとこう尻尾がうずうずしてくるわけよ」
「あの豚みてぇな領主の野郎を一回ぶん殴ってやんなきゃ気がすまねぇよ」
「ああ、それオレもだ」
「俺もだ」
「なんだお前らもか」
熱は染っていく。
暗い穴の中に広がっていく。
しかし、一瞬で静寂に包まれる。
原因はカナデ。
「勝てると思ってるの?」
この一言。
そして続ける。
「この地を治めている伯爵家は王国でも有数の財力を持ち、さらに、コリンズ公爵と手を組んで本格的にあなたたち獣人を淘汰しようとしているわ」
スズネの影からの情報である。
亜人嫌いのコリンズ公爵はかなりの強硬策に出たらしい。
ポロスの方は公爵の手が及ぶ前に片を付けたがアリオにはもう彼の手が及んでいるだろう。
「勝てぬ戦だとしても!」
アルターが声を上げる。
「ここで動かねば我々は滅ぶ。そうだろう?」
「そうね」「そうですね」
空気を読まずに即答するカナデとシオン。
「安心しろ。ただでやられるつもりはない。この日のために牙と爪はしっかり砥いである」
「私たちは手伝えないけど。あなたたちを助けることはできる。どうする?」
「それはタダか?」
「そうね。成功した暁には友好国として名乗り上げてもらおうかしら」
「それぐらいたやすい。王家の一員として約束しよう」
「え!?」
アナが驚いた声を上げる。
「何言ってるのお父さん?王家!?はぁ!?」
「言ってなかったがな。うちの家系は王家の流れを汲むものだ。狼の牙と爪がその証明だ」
「えええ!?ボク、犬の獣人だと思ってたけど!?」
「……おい、カリーナ。何も伝えてなさすぎだ」
「そんなこと言われましてもあなた。狼だって伝えればさすがにこの子でもわかるでしょう……」
アナの両親が喧嘩に発展しそうな言い合いを始めたところをカナデが会話を斬る。
「育児方針についてはまた終わってからゆっくり話し合ってください。それでは、あなた方に女神の加護を」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
一斉にぽかんとした表情になった兵たちにエンチャントを振りまくシオンとカナデ。
そして続ける。
「獣王アルトリア・アリオ・チャイルズ。そして王女アナスタシア・アリオ・チャイルズ。あなたたちには〈戦神の意志〉を授けましょう」
「私からは〈月輪の加護〉を贈ります。それでは私たちは」
そういうと、2人の姿は忽然と消えた。
「なんだったんだ……?」
「女神様が、我々に力を貸してくれた。さあ、その力が解ける前に行くぞ」
「剣を取れ!」
「爪を砥げ!」
「意志を持って前へ!」
「声を上げろ!」
「勝利の詩を!」
「我々の国と民を今こそ取り返さん!」
テンションはピークに達していた。
穴倉からはい出た獣人たちは町を包囲し始めた騎士たちを切り崩していく。




