母の日記 -Hidden Story-09- After:-13-08-
「まさか入館だけで半金貨とられるとは……」
「この世界では書物はまだまだ貴重なものらしいな」
やたらと装丁のしっかりした重い本を一冊づつ見ていきながらシズネがつぶやく。
「魔法で複製できるんじゃなかったっけ?キクロ達が張り切って教科書刷ってたけど」
「あれは、私が創ったものだ」
少し自慢げにゼオンが告げる。
「高価なものなのにタダで配るとかいうから貴族たちがざわついてたのね。しかし……」
シズネの倍ほどの高さの本棚を見上げながら、ため息をつく。
「こんなに大量にあるとは思わなかったわ……」
「《捜索》の魔法使う?」
小さなゼオンが魔法珠を取り出す。
「あるなら先言ってよ……首痛くなる前に」
ゼオンから受け取った魔法珠に魔力を込める……がしかし、魔力は霧散してしまう。
「あれ?」
「なるほど、魔法妨害の魔法陣があるみたいだね」
「自力で探すのと、魔法陣破壊して魔法使うのどっちが早いかしらね」
「後者じゃないかと」
ゼオンが本棚を昇り、床の全景を見つめる。幸い付近には人はいない。
「なるほど、この魔法陣で魔法を妨害する作用を得られると……」
ゼオンは魔法陣を手早くメモに移す。
「あの中央にある青い石の部分に硬化の魔法陣が組み込まれてるからそこをまず破壊して、その後6つある頂点のうち3つも壊せば効力を失うはず」
「りょーかい」
ゼオンに指示された石を短剣で斬りつけていくと、確かに魔法陣の効果が切れたのがわかった。
「さてと、検索ワードは『リツ ヒビキ アーシア』でいいかな」
魔法珠から光の輪が広がり、数秒後にある地点に向かって光の筋が引かれる。
図書館の一番奥の扉へ。
やたらと大きい木製の扉を開けると、石の広間があり、最奥部の台座の上に一冊の本が置かれていた。その前には巨大なゴーレムが2体居座っている。
「お母さんが好きそうなシチュエーションだわ」
「となると、あのゴーレムは動くのかな?」
動いた。
「ゼオン、氷で動きとめて。その間に短剣で仕留めるから」
「了解」
降り注ぐ氷弾がゴーレムの足元を固めていく。
その間に、シズネが一気に接近し、攻撃を行う。
「アイススラッシュ!!」
体力の多いゴーレムはこの程度では倒すことはできない。
1体は既に氷から抜け出そうとしている。
「……どうしようかしら」
「私が零度の楽園で全部氷らせるからその間に本を」
「了解」
ゼオンの展開する巨大な魔法陣を避けるようにシズネが走る。台座にたどり着くかつかないかのところで魔法が発動し、石のホールは冷凍庫へと変わる。
「さすがゼオン……えっと、『水の眷属でない者が手にすることを禁ず』……タイトルは『DIARIO』……なんでスペイン語なの?」
その下には見慣れた文字で響律の署名があった。どうやら結婚後にこちらに来ていたらしい。
「あった?」
「うん、すぐに戻る」
本を台座から持ち上げた瞬間、異変は起こった。
どこからかゴゴゴ……と低い音が聞こえる。
「……念のため確認するけど、何かした?」
「いや……」
「じゃあ罠だと思う……逃げるよ!」
ゼオンと共に扉へと走る。
が、目前にして扉は閉ざされてします。
「押し通る!雷の槍×3!」
しかし、扉には一切のダメージを与えられない。
「図書館より高度な無効化魔法?」
「それより、早く出ないとまずい気が……」
予感は的中し、壁に開いた通気口から一斉に水が噴き出た。
「わっ……そんな大がかりな仕掛けどうやって」
「魔法?」
「……便利ねその言葉」
普通なら溺れ死ぬところだが、彼女たちには特に問題はなかった。
「なるほど水の眷属以外がとったら死ぬシステムか」
「シズネのお母さん案外えぐいこと考えるね」
水位はどんどん上昇し、あっという間に天井に達した。
「さて、ここからどうするか」
「天井抜こうか」
ゼオンが全力の風魔法を天井にぶつける。扉とは違い、この部分には魔法妨害がかかってなかったようだ。
天井を抜いて、外に脱出してなお水は増え続ける。
「これどこまで増えるの?」
「さあ?その日記読んでみたら?」
とりあえず自ら免れるため他の屋根に移って本を開く。
噴水の如く溢れ出る水は、街中に張り巡らされた水路を伝い流れていく。
「この水の行く先に神殿があるみたいだけど」
「この調子だとどこかから下水?みたいなところに入るんじゃないか?」
「この街の地下から海まで続いてるのかな?」
「……とりあえずこの水を止めないか?」
「あー、無理無理。誰かが水の神殿に入るまで止まらないって。たぶん私たち2人でも攻略は辛いだろうから残念だけどこのまま放置」
「既にちょっとしたパニックになってるんだけどなぁ」
そういうと、ゼオンは屋根の上から街を見下ろした。




