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星神様  作者: 空花
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第五幕 「水無月と言う人、改」

 水無月の両親は、あまり自分達のことについて話さなかった。だから二人以外に彼女は肉親が居ないと思っていて、両親を失った時、自分は天涯孤独の身になったと思った。

 しかし――彼女の考えは間違っていた。彼女は孤独ではない。

「お、叔父……さん?」

「ああ、そうだ。まだ信じられないか?」

 少し思考回路が混乱している中、ぎこちなくコクンと頷く。

「まず、私が何者か言わなければならないな……私は基塚陽英。京から来たんだ。基塚家は代々陰陽師の家でな……お前の父、英月も立派な男だった。だが何を思ったのか……奴は十五年前にお前たちを連れて逃げたのだよ」

 ――え? お父さんが……陰陽師? 

 水無月の頭の中はかなりのパニック状態に陥っていた。自分の叔父と名乗る男。自分の父の正体。まだ話された情報は少ないが、もともとあまり心が強い子ではないので、それだけで水無月の頭の中は混ざり合わない水と油が混ざろうとしているようになっていた。

「待て! 一体何の証拠があると――」

「証拠ならあります」

 そういうと陽英は水無月の寝巻の襟を掴んだ。

「っ!? 何を――キャッ!!」

 水無月の左肩があらわになる。その左肩には、忌々しい火傷の痕がうなじより少し下の方から肘ぐらいまで残っていた。

「これはお前が二歳の時、家のある儀式での事故でできた傷だ。それにお前が水無月だと確信した理由はこれだけではない」

 水無月の胸はドキリと嫌な音を立てた。彼女はまだ名乗っていないし、長老もまだ名前で自分を呼んでいない。もしかしたら叔父だという話も本当なのかもしれない。

 陽英は懐から何か書物を出した。色あせており所々破れているところから少々古いものだという事が分かる。

「それは……?」

「これは、私がこの村を調べているときに見つけた……英月の日記だよ」

「え!?」

「村の少し外れにやけに不自然な壊れ方をしている家を見つけてな、調べてみるとこの日記が出てきたんだ。読んでみればかなりこの村では毛嫌いされてたようだな。お前のことについても書いてあった、家紋について記してあったぞ。儀式の時、右肩に彫った家紋がな」

「あ……」

 そこまで知っているとなると、もう信じざるを得ない。火傷の痕も、自ら隠し続けた長老も知らない右肩の模様も、赤の他人だったら知るはずもない。ここまで的確に指摘されると、やはりこの人は自分の肉親なんだと、思い始めた。

「英月がこの村に住んでいたことにも、死んでしまっていたことにも驚いたよ」

「っ! 叔父さん……?」

 顔を見ると、その立派な風格を持ち合わせた顔に一筋の涙が流れていた。そして膝からガクンと落ちた。

「馬鹿野郎が……くっ……一人娘、残して死んでんじゃねぇよ……」

 陽英は大粒の涙を流し続けた。この男は本当に家族なのだと改めて自覚する。最初の印象からして父とはあまり仲が良くないのかと思われたが、見た感じどうやらかなり仲が良かったようだ。

「そ、それで……叔父さんは、この村に何しに来たんですか……? 本当に偶然で私を見つけたようですし……」

「ああ、言ってなかったね。私は鬼神を滅しに来たんだ」

 ――ええ!?

 水無月は驚きのあまり目を丸くした。無理もない、この男は先程も村人たちに同じことを言って度肝を抜いてきたのだから。

「だから何度言えばわかるんだ!! 村の守り神が貴様のような男ごときに滅されるはずがない!! 今すぐ京へ帰らんか余所者めがぁあっがっ!?」

 陽英は何の躊躇もなく長老の首を掴み、まるで赤子を扱うようにそのまま壁に叩きつけた。

「長老様ぁ!!!」

「はぁ……」

呼びかけに何の反応もない。どうやら頭を打って気を失っているようだ。

 怪我をさせた張本人は、何も悪びれる様子もなく呟いた。

「ゴチャゴチャうるせぇんだよクソ爺が……お上から命が下ってる時点でお前らのようなクズに、拒否権なんか無い……いやぁ、初めから存在しねぇんだ。下級身分のてめぇらは大人しく犬みたいに従ってりゃいいんだよ!!」

 遂に本性を現した。陽英に初めから村の意見など聞くつもりなど毛頭ない。ただ自分の目的のために自分より下の人間が苦しもうが死のうがどうでもいいのだ。陽英はそういう男である。

「あ、ああ……」

「大丈夫、死んでないよ」

 そう言い、水無月にやさしく微笑みかける陽英。その自分に向けられた笑顔も、今の水無月には悪魔の笑みに見えた。

「さて水無月。君には後いくつか言っておかなくちゃね」

 ――怖い……怖い怖い怖い怖い怖い!!

 今の陽英に対する彼女の心情は、唯一つ、恐怖しかなかった。陽英の発するどんな言葉も、すべて閻魔大王の判決に聞こえる。

「私はこの仕事が終わった後、この村を与えられることになっているんだ」

「ええっ!?」

 何回彼の言葉を聞いて驚いただろうか。それでもまだ彼は言葉を紡ぐことをやめない。

「それに君は大事な私の姪。一族の誇りを持ってもらわなくてはならないし、ここで農民のまま生活させるわけにもいかない」

 そして、最後に――命令を下した。



「私と一緒に京へ帰る。それがまず基塚一族としてのお前の責任だ」





 ――嫌な感じがする。

 星神様は木の上で真っ赤な夕日を眺めていた。そんな最中、何か、うまく説明できないような……何か、不安を感じた。

 水無月が倒れてから三日が経った。この三日間、彼はただ暇を持て余していた。自らが恋する女が来ないとなると、かなり精神的にくる。原因が分かっているから尚更だ。

「そろそろ時間か……」

 あと二時間程で日が沈む。彼は太陽が昇ってる間にしか外に出ることができないので、時間が来る前に祠に帰らなければならない。

 さあ、降りるか。そう思った矢先に、木の下から何やら人影が見えた。

「あれ? 水無月!?」

 木の上から彼女を見つけた。顔を見てみると、どうやら泣いているようだ。

「ぅ……ひっ、あぁ……」

「ちょちょちょっとどうしたの!? 熱は? 大丈夫!?」

 いくら声をかけても彼女は泣くのをやめない。一体どうしたのだろうか。

「ほ、ほしがっ……みさ、ま……」

 泣きながら何かを言おうとしている。だが泣きじゃくってるせいでうまく聞き取れない。

「ああ水無月! とりあえず落ち着いて? 話はちゃんと聞いてあげるから!!」



「そうか、そんなことが……」

 水無月は先程あったことをすべて話した。何もかもが突然すぎて、飲み込むことも消化することもできないことも話した。だが、話しておかげで、大分気持ちが落ち着いてきたようだ。それでも涙が彼女の可愛らしい顔を赤く腫らす。

「それに、『五日後に出発するから準備しておけ』と……行く前提でしか話しませんし、こちらの意見もまともに聞きません……」

 そんな事を話す水無月に、彼は優しく彼女に問いかけた。

「水無月……君は、どうしたい?」

「え……?」

 水無月は意味がよく分からなかったようだ。そう思った星神様は、言い方を変えた。

「さっきから状況説明だけで、君の意思が感じない。水無月は、その叔父についていくのか、それとも――」

「ここに居たいです!!」

 耳元で、大きな声で彼女はそう言った。一寸の狂いも迷いもない、純粋な彼女の「意思」だった。

「私は……! 村の人達に嫌われていても、この村でたとえ味方が居なくなって……一人になっても、長老様や星神様との思い出がたくさんある――この村に居たいです!!」

 彼女の「意思」を聞くと、彼は水無月の頭をワシャワシャと撫でた。そう、まるで自分より下の兄弟を慰めるように。

「水無月」

「はぃ――ひゃっ!?」

 星神様は、水無月を抱きしめた。割れ物を扱うように優しく、ではなく――大事な何かを絶対落とさないように、唯々力強く思いっきり、水無月を抱きしめた。そしてその短い時間は、永遠のように感じ、一瞬のようにも感じた。




「好きだ」





「水無月、君のことが好き。好きで、好きでたまらない。初めて出会った日から、君を忘れた日はなかった」


「星神様……?」


「何があってもこの村に居たいっていう君の気持ち、俺はとても嬉しかった。聞いた瞬間、気持ちを伝えずにはいられなかった」


「星神様、泣いて……?」


「初めは……っ! この気持ちを伝えないでっ、消えようと思っていたんだ……だけど、やっぱり伝えなきゃ後悔する、だから、伝えたけど……!」


「星神様……」


「俺はっ……! 名を忘れていても、神だから……人間との恋はっ、許されないから……弟と、同じだからっ! 何回も、諦めか――」


「好きです」


「ぇ……?」


「私も好きです。星神様」


「だ、だけど! 俺達は……!」


「そんなの関係ないです」


「水無月……」


「恋をするのに……神や人など関係ないです。身分がどうとかって言われても、愛し合う二人が居れば……それでいいじゃないですか」


「……泣いてる」


「え?」


「君も、俺と同じ。泣いてる」


「――っ、こ、怖かったんです。私は……さっきこの気持ちを自覚して……私、こんなにも鈍くて――いや、こんな事じゃ、なくて……ぅうぅ……」


「俺達、泣いてばっかだな……二人とも、泣き虫だ……」


「私……貴方が好きです! 神とか、人とか関係ないです。一人の男としての貴方が好きです!!」


「俺も……一人の女性として、君が好きだ」





夕日が大分傾いてきた。この橙色から藍色に変わっていく綺麗な森の中で、すれ違ってた恋が遂に出会えた。


 そしてこの恋が無事に花を咲かせるかどうかは……まだ誰にもわからない。






『災イ……五日後ニ、災イガ降リカカル……』

「災いを回避するには、我々はどうすればよろしいのでしょうか!? 鬼神様!」

 ここは太東山と太西山の間、星洋村から北の方角にある――鬼神を祭る祠がある場所、通称『地獄の入り口』。今ここに、数人の村の男たちと、長老がお告げを聞きに来ていた。無論、谷底から聞こえてくる声は、あの「鬼神様」である。

『コレハ村ノ危機ヲ救ウ対価トシテ……生贄ヲ捧ゲヨ……!』

「は、はい! な、何がお望みですか……?」

 長老――いや、ここにいる全員が鬼神を畏れていた。普段は仏教徒が仏を崇めるように、自分達も普通に崇めたてていたが、本物を目の前にすると――実際は声だけなのだが、やはり恐怖を隠さずにはいられない。神といえども、相手は鬼なのだ。声だけでも恐怖を与えるには十分すぎる恐ろしい声だ。それに底知れない力を持っている。

『ゥゥゥ……ぅゥウううアアあアぁあァあアア!!!!』

 谷中に岩が割れそうな声が響き渡る。その場にいた何人かが腰を抜かした。

『イ、イル……イルイルイルイルゾォ!!! 我ガ嫌イナ奴ガァア!!!!』

「き、嫌いな……奴?」

 鬼神は唸り声をあげ、どんどん感情が高ぶっていき……そして一気にそれは冷めた。

『水無月……』

「え……!?」















『水無月ト言ウ女子ヲ! 生贄ニ捧ゲヨ!! 明後日ノ正午、納メナケレバお前達ノ願イガ届クコトハナイダロウ!』































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