第二幕 「日記」
五月十五日 晴れ
今日、初めて本物の神様に出会いました。
しかもその神様は「鬼神様」の話にでてくる兄神様です。
名前はもう忘れてしまったらしく、鬼神様の本当の名前も覚えていないらしいのです。
だから、仮に「星神様」と呼ぶことになりました。
星神様はもうすぐ死んでしまうらしいのです。「明けの時から宵の時に代わる時、この世界から消えてしまう」――、私にはこの言葉の意味がよく分からなかった。だけど、死んでしまうことだけはよく分かりました。
星神様は私に言いました。来てほしいと。だから明日も行くつもりです。
早く明日になってくれないかな。とても楽しみです。
「星神様――!」
タタタと祠に向かって走っていく。祠のすぐ後ろにある、巨大な木の根に座って、彼は待っていた。
「水無月! ありがとう、来てくれたんだね」
彼女が来たことが分かると、彼はとびっきりの笑顔になった。
「はい。星神様の頼みですから」
とびっきりの笑顔にさらにとびっきりの笑顔で帰す。そんな彼女の顔を見て、彼の顔はリンゴのように真っ赤になった。
「さ、さぁ一緒に遊ぼう! 君の話もたくさん聞きたいな!!」
神様とは思えない、まるで子供のような無邪気な笑顔で話しかける。
「はい、楽しみましょう!」
五月十六日 晴れ
今日は星神様と遊びました。
彼といることで、二つほど、新しいことを発見しました。
一つは、彼は日が沈んだら祠に帰らねばならない事。これは、神様としての大事な約束事らしいのです。
もう一つは、彼は人よりも誰より人らしいという事です。
彼は子供の様に笑い、とても元気に遊びます。誰かのために悲しんだり、泣いたりします。そんな彼の様子が、誰よりも人に見えてしょうがないのです。
「見てくれ水無月。ここはとっておきの場所なんだ」
「わぁ……! 綺麗――!」
彼が連れてきたのは、とても美しい、色とりどりの花畑。とても美しい花が風に揺られて花びらを飛ばしている。
「この山に、こんな素晴らしい場所があったのですね」
「ああ。ここは俺が生まれた時からずっとある。だけど、昔はもっと広かったんだよ――って何してるの?」
水無月が花を摘んでせっせと何かを作っている。そして作ってそれを自分の頭に乗せた。
「はい、花冠です! 星神様もどうぞ!」
烏帽子を取り、彼の頭に乗せる。
「……に、似合うかい?」
「はい、とても可愛いですよ!」
その時、プイッと星神様は水無月に背を向けた。
「ど、どうしました?」
「な、なな何でもない!」
後ろから見ても、顔を赤くして照れているのが分かった。そんな様子を、水無月はとても可愛らしく見えた。
五月二十九日 晴れ
今日は星神様がお花畑に連れて行ってくれました。
そこはとても美しく、まるできれいな着物の様でした。
昔は見渡しきれないほど広かったらしいのですが、時が経つにつれ、山の木が広がり、今のような小さなお花畑になったようです。
星神様に花冠を差し上げ、可愛いと言ったら、顔をリンゴみたいに真っ赤にして照れていました。この時の彼は子犬の様に固まってしまい、何度も言うようだけど、とても可愛らしかった。
次はどんなことを教えてくれるんだろう?
「あ、雨……」
ポツリポツリと降り始めてしまった。まだ彼の所に向かう途中だったのに。さすがにもう六月の下旬だ。梅雨の時期に入ったのだろう。ちょっとずつ雨の勢いが強くなる。雨に濡れて目の前が見えにくい。それにとても寒くなってきた。
「寒い……」
急がなければ。このままでは風邪をひいてしまう。
長時間、雨に当たっていたせいか、とても寒く、手足の感覚がなくなってきた。雨の勢いはどんどん強くなり、今はもう土砂降りだ。
――フラフラする……目眩が……
水無月の意識は、そこで途切れた。
――き、――づき……
誰かの声が聞こえる。この声は……星神様……?
「水無月!!」
「っ!? あれ……? 星神様?」
目を覚ますと、目の前には彼が居た。ここはどうやら祠の前らしい。巨木が大きな傘の役割を果たしているおかげで、ここは濡れていない。
「はぁ……起きてよかったぁ……様子見に行ったら倒れてたから、すっごい心配した……」
どうやらあの時に倒れてしまったらしい。体がとても熱い。熱が出てしまったんだろう。そのせいか体もかなりだるい。
「今日は家で寝なよ? あ、そうだ、送っていかないとな!」
「えっ!? そ、そんなそこまで……!」
「いいからいいから! そんなんじゃまた倒れるぞ?」
さすがにそこまで厄介になるわけにはいかない。そう思いながら起き上ろうとすると、急に星神様が胸に顔を埋めた。
「ふぇ!? ちょ、ちょちょちょ星神様!!?」
動揺し、ブンブンと手を振り回す。その時――
「おわっ!」
「あ、ごめんなさい! ……え?」
手が星神様の顔に当たり、その時に、きっと見てはいけなかった何かを見えてしまった。
それは、髪で隠していた――左目と、傷。
「あ、えと……これ――」
「見ちゃったね」
見えたのは、左目の下辺りから顎にかけての深そうな切り傷と、何も入っていない――左目。そう、左目が無いのだ。
「なぁ、水無月……君には、俺みたいになってほしくないんだ」
「え……?」
とても悲しそうな表情で、彼は話しだす。
「この傷はね……俺が昔無理してできた傷なんだ。水無月、今日無理して、ここに来ようとしたでしょ? 結局、無理して何も得られなかったら、意味がないと思うんだ。だから、無理しないでほしい」
子供が甘えるように、彼はとても悲しそうに水無月の腕を強く掴む。水無月は、自らの胸の鼓動が早く、熱くなるのを感じていた。彼にドキドキしている心臓の音が、聞こえてるのではないかというくらい、大きな音が鳴っていた。
「……ごめんなさい」
「分かってくれたらいいんだ。さ、行こうか」
そういうと、軽々しく彼女を背負い、歩き始めた。
「よかったね、そんなに時間はかからなかったみたい」
「そ、そうですね! 長老様もいないみたいですし……」
雨が降ったからか、止んだ今でも外に人が全然いない。長老もどこかに出かけていないみたいだ。
「じゃあ他人に会わないうちに帰るよ」
「あ、ああはい! ありがとうございました!」
送ってもらったはいいが、結局ずっと胸のドキドキは収まらず、まだ顔は少し真っ赤だ。
「ちゃんと寝て、大人しくしてるんだよ? 完璧に治るまで遊びに来るの禁止!」
「ええぇ――!?」
そんな文句も挟ませず、星神様は戸を開け外に出る。
「じゃあね、次に会う時は晴れてるといいね!」
そういうと、風になって煙のように消えてしまった。
「あ、いっちゃった……」
二人が一人になっただけで、なんだかとても寂しい。別に長老様が居なくてもこんな気持ちにはならなかったのに。それにずっと感じているこの気持ちはなんだろう。自分の気持ちなのに分からないところが何だかもどかしい。最後まで彼の顔を見ることができなくて、そんな自分が何だか恥ずかしかった。
――まだ体がだるいし……寝てよう。
そのまま水無月は、深い眠りについた。
誰か読んでくれんかなぁ……