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星神様  作者: 空花
10/11

第九幕 「別れ」


 終わった。


 鬼神様の、鬼神信仰は終わった。


 そして、彼女は失った。大事な、たった一人の家族を。


「水無月……大丈夫?」

 呼びかけに反応しない。水無月の瞳からは若干、光……生気が失われていた。

 鬼神退治が始まったのは正午。今は日が沈み始め、青々とした空が綺麗な橙色に染まっていく。その短い時間の間に、彼女の涙はもう枯れていた。

「……長老様、何故貴方が……死ななければならないのですか……?」

 星神様はポンと優しく彼女の肩に手を置き、ふるふると体を震わす彼女を優しく抱きしめる。

「水無月、俺は彼のことを知らないけど……きっと彼は決められた道じゃなくて、自分の意思で選んだんだ。きっと、後悔はないはずだよ」

 ――っ!!

目頭がじぃんと熱くなる。だが真っ赤に腫れてしまった目からは涙は流れてこない。現実が受け入れられないという気持ちが体のどこかに、心のどこかにポッカリと穴を開けた。だがその穴も、すぐ悲しみと虚しさで埋まっていく。それも涙で流してしまいたいが、枯れてしまいそれが流れでない。なんて苦しいのだろうか。

「ぅ……そら、ひめ……?」

「「「!?」」」

「……兄さん?」

 弟神様が目を覚ました。無理に立ち上がろうとする様子が、生まれたての小鹿の様だった。

「夕!!」

 声をかけ、彼の下に向かう。倒れそうになった彼を、優しく支える。

「あれ? 兄さん、これ……どーなって……?」

少々今の状況に戸惑ってる彼に、星神様は一から説明を始めた。



「……あれから、五百年か……」

 すべてを聞いた弟神様は、やはりショックを受けているようだった。それもそうだ、自分の記憶のない間に身体を好き勝手されたのだ。ショックを受けないわけがない。

「ああ……お前の顔は五百年前から変わらないな」

「そういう兄さんは変わったな……傷だらけじゃないか! あ……いや、俺がやったのか……。なぁ、聞いてくれないか? 乗っ取られた後、何があったか」

 その場にいる全員が頷く。同意を確認すると、彼は空白の図鑑を語り始めた。

「あの時……俺は闇の中にいたんだ。そしてすぐに、声が聞こえた」

「声、ですか?」

 すると弟神様はブルブルと震えだし、そのまま尻餅をついてしまった。

「ああ……空姫の、父君の声だよ! や、闇が急に紅く染まって、人の形をしていない亡霊にっ……首を絞められて呪いの声が響くんだ!! 『死ね、死ね。お前なんか消えろ! お前のせいで娘はおかしくなった!』って……」

 全身からドッと汗が吹き出し、「フーッ、フーッ」と荒れた呼吸をしている。それほど彼には恐ろしい出来事だったのだろう。体の震えが止まらない。

「その後、急に静かになったと思ったら、今度は闇の中で水に飲み込まれて……また呪いの声が響くんだ! 『痛い、痛い』って! 亡霊のようなものがたくさんいて、そして――!!」

「夕」

 震える彼の肩を掴み、宥めるように星神様は言った。

「無理するな」

「――っ!! ぁ……」

 だんまりとその場は静まり返る。その沈黙は彼女によって破られた。

「あ、あの、星神様!」

「何?」

「その……夕って……?」

 その疑問はずっと水無月と陽英の中で引っかかっていた。だが、言われなくても分かっていた。間違いなく――、

「弟の名前。夕宵命っていうんだ」

 ――弟神様の名前だ。

「じゃあ、貴方の名前も……?」

「ああ、あの時言っただろ? 思い出したって」

「兄さん……」

「俺の名前は『明朝命』。始まりの星の神様さ」

「始まりの星?」

 水無月は首を傾げる。彼女は正直あまり勉強などしたことないので、難しい言葉はわからない。

「そう、明けの明星って知ってる? 日の出より早く出てくる星だ」

「あまり見たことないです」

「じゃあ『宵の明星』は? 人間がよく言う一番星なんだけど」

 そこに弟神様、もとい夕宵命が割って入ってくる。だがこちらの方が分かりやすかったようで、水無月はすぐに理解した。

「ようするに俺達……明朝命は『明けの明星』、夕宵命は『宵の明星』を司る神様さ。朝の星と夜の星の方が分かりやすいかな」

 ヒュォオオ、ヒュォオオ。

 急に風が強くなり、雲行きが怪しくなってきた。夜が近づき、もうすぐ星神様、明朝命は祠に戻らねばならない。だが水無月はなんだか妙な胸騒ぎがしていた。

「兄さん……やっぱり来たよ」

「……ああ、わかってる」

 二人は何か分かっているようで、夕宵命は申し訳なさそうに、明朝命は何やらとても悲しい顔をしていた。明朝命の目からは涙が溢れそうだ。

「星神様? どうされたんですか?」

 水無月は二人の顔を見て何かを察し、妙な胸騒ぎはほぼ確信に変わりかけていた。

 ――まさか、そんな……。

「水無月……恐らく、君が予想している通りだよ」




「迎えが来たんだ」




「そんな! 星神様は名前を思い出したんですよ!? どうして……いなくならなきゃいけないんですか!!」

 叫んだ。精一杯叫んだ。どうしても納得がいかない。

 なぜ、いなくならなければいけないのか。

 せめていなくならないでほしい気持ちで、思いっきり明朝命を抱きしめた。彼は自分の胸に飛び込んできた彼女を見ようとせず、涙を流さないように、ずっと上を見ていた。

「水無月、だったよね?」

 夕宵命が話しかける。彼は明朝命が言えないことを代弁しようとしていた。明朝命は無言で『頼む』と彼に話を託した。

「俺達は名前を思い出したからって、ここに居られるわけじゃない。人間と共存できなくなったから、天へ帰らなければならいんだ」

「きょう、ぞん……?」

「そう。俺達のような土地神は、天照大御神から人間を助けるように遣わされた。だけど人間と共存できなくなった土地神は存在できなくなる、消えてしまうんだ」

 共存できなくなったとは、名前を忘れられることと同じなのだろう。少なくとも水無月はそう理解した。

「……だけど名前を忘れた土地神には、ある猶予が与えられる

 ずっと黙っていた明朝命が重い口を開いた。話すのを躊躇ったが――そのまま続けた。

「自分がこの世界で存在し続けた時間の間に、己の名前を思出せたら……天へ帰ることを赦す、と」

 ポタ。

 水無月は自分の顔に何か冷たいものを感じた。冷たいけどどこか暖かい……明朝命、彼の涙だった。

 夕宵命が話を続ける。

「俺達は天に遣わされてから五百年、そして名を忘れてから今年で五百年目……君のおかげで名前を、自分を取り戻せた……本当にありがとう」

 そういうと、彼はペコリとお辞儀した。そして二人の時間を邪魔しないように、その場を少し下がった。

 曇った雲の隙間から、一筋の光が差し込んだ。その光は少しずつ大きくなり、人二人分ほどの大きさで止まった。その光は太陽のような温もりを感じる。これは恐らく天への梯子だろう。

「水無月……」

 自分の抱きしめる力より、さらに強い力で抱きしめられた。体は小さくフルフルと震え、涙を流し続ける。

「嫌だ……行きたくないよ……! 大切な君と別れたくない! まだ君とやりたいことがたくさんあるのに……」

「……私も、貴方と別れたくないです……! 恋を貴方のおかげで知ることができました。これからももっと――」

「……こう」

「え?」

 明朝命は何かを呟いたが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。そして、衝撃の言葉を口にした。

「水無月も一緒に行こう!! 天へ!」

「「「えええ!?」」」

 水無月だけでなく、その場にいた全員が驚いた。彼もかなりの無茶を言うものだ。

「いいんじゃ……ないか?」

 次に陽英も驚きの言葉を口にした。

「今更私がお前を縛る理由なんてない。お前の自由に生きなさい、水無月」

「叔父さん……でも……」

 水無月は迷いがあるようで、うまく言葉を口に出せない。

「……そう、だよな……『思い出の残ってる』ここに居たいって言ってたもんな」

「星神様……でも私は――!」

「言わなくても分かってる。残るか行くか、君の自由にすればいい」

 決められない、決められるわけがない。水無月にとって究極の二択。一生懸命悩みに悩みぬいて決めた答えは、ここに居る全員が望み、納得する一択。


「私……天に行きます!」


そう言葉を紡ぐと、光の梯子がまた一回り大きくなった。彼女が天へ昇ることが許されたのだろう。

「……後悔、しない?」

「はい、あの時言った自分の言葉を裏切ってしまいますけど……きっと長老様も望んでいます。私の幸せを」

 何の未練もない、とても清々しい笑顔だった。それと決断を聞いた陽英は、安堵の息を漏らした。

「頑張れよ……私は京へ帰るが、これからはこの村の者たちをできる限り、鬼神への依存から解き放てるように努める」

「はい! 叔父さんも頑張ってください!」

 別れのあいさつをすませ、彼らと共に光の下へ向かう。

「俺は天に行ったら空姫に会いに行く」

「ああ、お前の恋路も応援してるよ」

 光の中へ入ると、自然に体がふわりと上がり、足のついていた地面からどんどん離れていく。



「さようなら、人間の世界」



 双子の神様と一人の少女は、天へと消えて行った。








えー、次で最終話になります。村のその後ですね。

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