グレーテルと秘密の花園
この町の領主さまは変わり者だ。
というのも毎週末、未成年つまり十六歳以下の子供を町中から集めて食事会を開いているのだ。同時に屋敷も開放され、子供の声で賑わうために仕事もままならなくなる。
仕事に追われる領主さまにあまりメリットがない行事だろうが、それでも開かれるこの食事会も始まって12年になる。領主さまは人の良い微笑みを浮かべて、子供の笑顔が忙しい日々を癒してくれるのだとのたまっている。
そして町の人々も、領主としては風変わりな現領主さまを受け入れ慕っていることは紛れもなく事実だ。
……ロゼは全く納得していないけれど。
「ずぅぇったい何か隠してるはずよ!」
「……そうかもしれないね」
やけに力んで主張する彼女を、彼は慣れたように宥める。
それも当然、この密会の度に彼女は同じ発言を繰り返しているのだから。つまり月に4回、一年に48回、それももう9年目になる。
いい加減飽きても良い頃だと思うのだが、彼女にその気配はなかった。彼にはそれすら可愛らしく思えてしまうのだから、いやはや恋はなんとやら。
眉を寄せて唇を歪める表情でさえ愛らしいと彼は頬を緩め、手を伸ばして傍で咲き誇る花を手折った。彼女はその滑らかな白磁の肌を紅潮させて相変わらず叫ぶ。
「どうしてなんにも証拠が見つからないのよ!」
叫んだところでこの近くには彼と彼女のふたりきりなのだから大した意味はないのけれど。ただ単に彼女の気分の問題で。
「ねぇロゼ、これだけ探して見つからないんだから、そもそもないんじゃないかな」
「でも怪しいじゃない!」
「そうかな」
「きっと子供を太らせて、ヘンゼルとグレーテルの魔女よろしく食べてしまうのよ!」
「あの話だって、結局二人とも食べられなかっただろう」
「食べられないために私が退治するんじゃないっ」
「そんなことしたら危ないよ」
最初に出会ったのは彼女が6歳の時だったけれど、発想が依然として変わらないのはどういうことだろうか。茎から棘を外しながら彼はこっそりため息をつく。
こどもは幸せでなくては! という割と純粋な善意で領主が食事会を開いていることを知っている彼としては、いや普通に考えても、邪推して憚らない彼女の意見を肯定することは躊躇われた。
よっていつも通り、話を逸らすことにする。これも9年の付き合いの中で見つけた対処法だった。
「本当に領主さまが食べそうになったら、僕が退治してくるから、ロゼは絶対危ないことしないで」
「ずるい、シアンひとりでいいとこどりする気なのね!?」
「はいはいわかった、とどめはロゼがすればいいから。
だから絶対ひとりでなにかしたりしないで」
放っておくとひとりで暴走して何かやらかしてしまいそうな彼女を彼は見据え、釘を刺す。
自分とお揃いのペリドットの瞳に真剣な色が浮かぶのを見て、彼女はたじろいだ。けれど視線は一向に逸らされない。
二人の頭上で木陰を作っている枝からはらりはらりと葉が落ちて、6枚目。
しぶしぶながら領承の意を示す彼女に彼は雰囲気を和らげて、すっかり棘のなくなった白い花を彼女の髪に挿した。赤みの強い髪に白はよく映える。
ふわりと柔らかい笑みを浮かべた彼は、相変わらず視線を逸らしていなかった。
「やっぱり似合う」
「い、いつもありがと」
「照れてる?」
「……シアンのばかうるさい!」
少し甘さを含んだ声のせいか、長く視線にさらされたせいか。
先程とは違う意味で色づいた彼女の頬を見て、彼は満足する。
せっかく二人でいるのに、領主のことばかり話されては面白くない。
そんなことを恐らく全く考えたことがないだろう彼女の髪を軽く梳きながら、彼はほんのすこし唇の端を緩ませる。
(本当、いつまでたっても慣れないなあ)
毎度の事ながら、どうしていいかわからなくなって動けない彼女と、人の良さそうな微笑みを浮かべる彼。
この町の領主さまによる食事会が開かれる週末、お屋敷の裏の庭園、いつもどおりふたりきり。
この町のだれもが知っている領主さまの跡取りが彼なのだと彼女が気づく日は、きっと遠くない。
中編予定でしたが思いのほか続きがまとまらなかったため短編での投稿です。気が向いたら続きますので、その時にはまた読んでいただけると嬉しいです。