7 駒として
世間一般で多くの人は、大きな流れの中で役割を演じるMOBキャラクターの1人でしかない。
自分の人生では主人公だが、華やかな舞台に立てるのは僅かな才能ある者だけ。誰もが英雄になれる訳ではない。
ここにも殺られ役だと自覚しながら、それ以外の選択肢を持たない者達がいる――
雨が降る中、武装した一団が泥を跳ねあげ上げながら村に向かっていた。数は200騎ほど。冷たい雨が騎乗した兵士達の体温を奪う。馬が白く呼吸を繰り返している。
兵士達が着ている甲冑は所々に補修をした跡が目だつ。コーンウォリス将軍の指揮するエルステッド軍と比べれば、優雅さからはかけ離れた泥臭さがする。
ゲリラや反乱軍と呼ばれる革命軍だ。元々は地方の反乱勢力で寄せ集め。シュラーダーからの援助もあったが、多くの装備は戦場で敵から剥ぎ取った物や略奪品で数や種類も揃っていなかった。
エルステッド軍にフィダカァ山脈を越えられた革命軍はアジシオ川河口~ロクシナイ峠~オトイズップに戦線を縮小し防御をしている。
攻撃側にとって、アジシオ川とオトイズップは車輛や大規模な部隊の移動には適していない経路で、必然的にロクシナイ峠の重要度が増す。
ここを抜けられると、本拠地のヨヨまでの防御は至難となる。
ロクシナイ峠に近い猫鳴村。昔からある宿場町だが、この内戦で訪れる者は激減した。
小さな寒村で戦略的価値は低いが、エルステッド軍が迫っていると言う急報を受けて、彼らは救援に赴いていた。
(こんな村、見捨てれば良い……)
指揮官にはそんな思いがあった。戦略的価値が低いなら放棄が妥当に思えた。
しかし革命の大義を唱える以上、見捨てる事は出来なかった。
(取り合えず撤収を支援する。村が落ちていれば、一当てして敵の戦力を確認して引き揚げる)
濡れ鼠に成りながら救援隊が村を一望できる丘陵地帯に着いた時、村にはまだエルステッド軍が進入していなかった。
「間に合った様だな」
全てが無事だった訳ではない。
エルステッド軍は村に駐屯していた小規模な警備隊を外に引き寄せ撃破した。その後は村に進出し制圧すると思われたが、村の手前で停止し陣地を築いて待ち受けていた。
「あんな所に陣を貼るとは、何を考えているんだ?」
エルステッド軍の布陣を見て、救援隊を指揮する指揮官は呟いた。
(開けた平地に布陣するとは。舐められた物だな)
馬防柵が築かれていたが、避けて通れない訳ではない。偵察を主目的とした捜索騎兵が中心で、残りは軽歩兵だけ。
「伏兵も居ないようです」
熟練した部下が感想を述べる。
「敵の先鋒で、味方の到着を待ってるのかも知れません」
「今なら押し潰せるか」
相手に弓兵や魔導師がいないと言う事もあって、兵の士気は高い。簡単に蹂躙できると判断した。
「案山子の兵隊なんか敵じゃない。蹴散らせ!」
味方を鼓舞し指揮官の乗る黒い馬を先頭に雄叫びをあげて突撃した。
「ウオォォォォ――」
野戦築城された防御の柵が目前に迫る。怯えるエルステッド軍兵士の表情が見てとれた。
ゲリラは残酷な迄の殺意に身をたぎらせ、饗宴を想像し笑みを深めた。
「突っ込め!」
馬が突然立ち止まった。振り落とされる者もいた。
「馬鹿野郎! 何だ……」
馬を叱ろうとして、他の馬も怯えている事に気付いた。
強風を巻き起こして日本人の飛竜が現れた。AH-1S対戦車ヘリコプター。自衛隊の装備としては、いささか威力不足と思われているが、それは米軍と比較されるからだ。
M197 3銃身20㎜機関砲、70ミリロケット弾、BGM-71 TOW対戦車ミサイルは頼もしい火力だ。ゲリラも身を以てその威力は体験していた。
(はめられた?)
遮蔽物のない草原に姿を晒したゲリラは的でしかない。圧倒的な力による攻撃で猛威をふるい、人体だけでなく抵抗の意思さえ粉砕される。
始まった攻撃は一方的な殺戮となった。
「うわあああ」
恐怖が伝わるのは早い。士気が打ち砕かれ逃げ出そうとするが、網にかかった獲物は簡単に解放されない。
小さな反撃にもロケット弾を撃ち込み叩き潰す姿は、黒い死神だ。恐怖で心が震え涙腺が弛む。
「何でだよ……ああ、神様……」
普段、信仰心の無い者でもいざとなれば神頼みだ。
縦横無断に空を自由に飛ぶコブラ相手に、地上の兵は何も出来ない。無力だ。
「糞、糞、糞っ!」
手が震えた。怒りと哀しみに心が一杯になる。
(あれは竜ではない。人の作った乗り物だ!)
便宜上、竜と呼んでいたが乗り物だと理解していた。
(倒せないはずがない)
自らを奮い立たせ、指揮官は剣を掲げて低空飛行のコブラに向かう。
コブラの搭乗員から見て、圧倒的火力の前に身を晒し向かってくるのは狂っていると思えた。
機首下部の20㎜機関砲は、竜の牙以上に破壊力がある。指揮官の姿が土煙と共に消えた。
地面が畑のように掘り返され開墾されている。砕かれた人体は、肥料として十分過ぎる量だ。
†
エルステッド軍の兵は、鉄の暴風雨が過ぎ去った戦場を見て嘔吐していた。
「ううっ……」
自分達の命を奪おうとしていた敵だが、哀れみさえ誘う。
「ここまで殺るなんて、あいつら狂ってやがる……」
濃厚に漂う血の臭気。馬も人も挽き肉にされ原型をほとんど留めていない。人と人が殺し合う戦場でここまでの惨状を見せられる事は少ない。
一般兵から見れば冷酷で残忍な戦いぶりに思えるが、指揮官の判断は異なる。
「まったく、他国の傭兵に手を借りねばならんとはな……」
日本人の働きぶりは目覚ましい物があり、エルステッド軍でも実力は評価されている。しかし国の守りを司る者の誇りとして、よそ者の手助けを受ける事に複雑な心境だった。
「それに比べ、我が軍は不甲斐ない」
敵増援と言う脅威は排除され、思考を切り換える。
(救援の到着は早さから考えて村に協力者が居る。敵の勢力圏で生きていくには仕方がないのかも知れん……だが読み間違えたな)
全くの誤解で、駐留していた警備から伝令が走っただけだが、エルステッド軍の矛先は村に向けられる。
「我らが王に逆らい親兄弟、隣人を殺したゲリラに思い知らせてやれ」
偵察隊は村の包囲に動き出した。
†
些細なきっかけで、坂を下るように世界は狂っていく。
エルステッド軍の包囲した猫鳴村。黒煙を上げて燃え盛る家屋を眼下に納めながら、矢山小隊を載せたヘリコプターが村の3方向に別れていく。
小雨になっており、飛行に影響は少ない。幸いにして、今日は着陸地域に敵の抵抗はない。
「――匂いが良いんだよ」
高橋が人妻について熱く語っていた。熟女、人妻は確かに性産業で一定の需要はある。人の好みは千差万別、2次元好きな太郎には理解できない世界だが否定はしない。せめて若い女子高生ぐらいならと、話を無視してリトル・リチャードの曲を思い出していた。
ヘリコプターのローター音を聞いていると戦争物やアクション映画の主人公になった気分だ。
「――だから聞いてるのか?」
肩を揺すられ太郎の思考が邪魔される。
(きめぇ……)
「語るな馬鹿」
橘が口を挟む。
「熟女好きはマザコンの変態だろ。俺は若い方が良い」
太郎も突っ込みを入れながら考える。
(むしろ良い臭いのしない女性なんて存在するのか?)
「無駄話はそこまでだ」
班長の言葉で外に注意を戻す。戦争映画だとRPGや携帯SAMがヘリコプターを襲う。ここでは魔導師の放つ魔法が脅威だ。
地上が近付いており、コブラから放たれた弾着の閃光が見える。落とされてはたまらない。念入りな掃除は安全管理・事故防止の観点から当然だ。
腕捲りしていた裾を伸ばして着陸に備える。破片などで裂傷を負う可能性もあるからだ。
建物の炎がローターの風圧で舞い上がる。蒸し暑い風を肌に感じる。村は静かだが人の気配の様な物が感じられた。敵は確実に潜んでいる。
コブラに支援されたUH-1が着陸。銃を抱えて飛び降りるアニマルコマンドーの隊員達。水溜まりを避けるが、泥水が跳ねる。
「糞」
深い水溜まりに飛び降りて太郎の靴は浸水した。こう言う些細な事が水虫の元になる。
(まあ、歩くよりはましか)
徒歩強行進は、平均で1日辺り50㎞前後と考えられている。
自動車化部隊で3~4倍。対敵考慮の大きい場合は、必要な車輛数が増える。当然、悌隊間の隊形は伸長する。
それらと比べれば、空を飛べる利点は言うまでもない。
ゴブリンの掃討から時間は経っていないが、戦力の有効利用ができる。部隊の転用、転戦だ。
(休む暇も無いな)
自分達の小隊だけではなく、他の中隊、小隊もJTFの支援で動いている。だから我慢はできた。
(これも給料分、仕事の内)
内心でぼやきながらも、周囲を警戒する班員の目は鋭い。
魔法も怖いが、身近な武器である矢弾が降ってくる頻度の方が戦場では多い。単純な武器ほど量産性の高さから活躍する。
今の所、周囲に敵影はない。
(コブラの居る状況で出てくる訳がないか)
戦争に強靭な肉体と体力はいらない。精神力と装備があれば勝てる。
小隊の展開を確認し、ヘリコプターは引き揚げていく。
「班長、射ち放題で良いんですよね」
橘が、飲み屋で飲み放題コースの確認をするように気軽な口調で尋ねた。
「不信な徴候を確認した場合、刺又は射殺しろ」
エルステッド軍は外周を囲んでおり、自分達以外は敵だ。
家屋の捜索要領は習っていない。今までは村や周囲の掃討をした後に憲兵や一般部隊に引き継いでいた。だが、今回は違う――
「抵抗する者は射て」そう命じられた。胸に込み上げてくる苦い物を感じ、太郎達は顔をしかめる。
本来なら民家への被害は控えるべきだが、掃討が終われば全て焼き払うから遠慮しなくて良い。勝つ為に必要な見せしめだ。
(それなら、空から吹き飛ばせば良いのに)
敵の予備隊を誘引し撃破する。その為、エルステッド軍は救援が来るまで村には手出しをしなかった。
村には逃げ遅れた非戦闘員が存在する。他にも敵の残りが居るので捜索をする。
「合言葉はラブチキ~ナメコ汁」
それに反応して太郎が呟く。
「ナメコ汁より、豚汁とか豆腐の味噌汁が飲みたいな」
「馬鹿野郎、真面目にしろ」
他の班と挟み撃ちをする。出会い頭に撃たれてはかなわない。物音がすれば、合言葉を投げかける。
「はい」
ゲリラの支配地域では反対する一般民衆に強姦、略奪を伴う虐殺も行われた。今度はゲリラへの協力者としてエルステッド軍に襲われる。
(ついてないやつは、とことんついてないよな。村なんか捨てれば良いのに)
住民を敵に回せば、結果としてゲリラに利するだけだ。
(皆殺しにすれば関係ないのかな)
支配者による虐殺や処刑、拷問と言った残虐行為が注目されるが、ゲリラも非戦闘員殺害等を行っている。恐怖によって敵や敵に味方する者を動かす。不正規な特殊作戦としては間違っていない。
だが、所詮は太郎にとって他人事だ。自分達は正義の味方でも無い。金で雇われた傭兵。そして、ここは日本ではない。
班長の指示を待っている。
班は、それぞれ右方警戒、左方警戒などの役割がある。太郎は頭上を警戒していた。
(鳥も居ないな……)
家屋の屋上は洗濯物を干すには最適の広さだ。この場合、注意するのは上から攻撃してくる敵だ。
(そう言えば、もうすぐ契約期間終了か)
銃口を上に向けて警戒しながら、満期を向かえる事について考える。
(3ヶ月。短いようで長かった)
最初の内は残り日数を数えていたが、最近では忙しさの中で忘れていた。
反乱鎮圧作戦の過程で、ゲリラを何人も射殺した。
(殺したのは反政府ゲリラで、テロリスト)
相手は日本で言う所の、破壊活動防止法や内乱罪に触れる犯罪者だから、賊を殺しても後悔はしていない。
終了後、再雇用契約を結ぶも良し、日本で市民生活に戻るも良し。更新は印鑑証明も要らない。口達で意思の確認をするだけだ。
(日本に帰れば、命の危険に晒される事はない。あの恐ろしい虫もいない)
だが太郎は迷っていた。
太郎の戦いは終わるが、エルステッドでの戦いは終わらない。
中隊の皆は仲間で戦友だ。学生時代に友達の少なかった太郎には居心地が良かった。
(ここで辞めたら負けかな)
辞めると言う事は、何となく逃げてるように思えた。自分は何処に向かっているのか、たどり着きたい目標もまだ見つかっていない。
(それに戻って何がある)
帰っても友達も居ない。対人能力の低い太郎では一般企業への就職も難しい。
希薄に感じていた日常だが、エルステッドには生きていると実感できる瞬間がある。ここでの生活が唯一の道標に思えた。
「行くぞ!」
班長の声が聞こえた。遮蔽物から身を起こし定位置に着く。
(今は任務に集中するだけだ)
握把を握る手に力を入れ、気持ちを切り換える。
街に建ち並ぶ建物に高層建築物は無い。それでも屋根や二階、高い場所からの攻撃は効果がある。
足音や装具の擦れる音が無いよう注意するが音は漏れる。勝ってる方は無駄に死にたくない。敵の徴候に注意を払い進む。
前を進む携帯無線機のアンテナが旗指物の様に動きが目を引く。
(良いのかな。あれで)
考えは直ぐに一蹴される。
食事を調理中だったのか、民家から食欲をそそる香りがする。空腹を覚えた。食欲で口の中に涎が沸いてくる。集中力が落ちて足元が疎かになる。
「おっと」
足に軽い衝撃を感じて下を見た。
銃声と爆発音の騒音に驚き、悲鳴を上げて逃げ回る鶏が足元にいた。白い丸々と肥えた鶏だ。
「昼飯のおかずにどうだ」
井上の言葉に太郎は苦笑を浮かべる。鶏を捕まえるのはなかなかに難しい。捕まえたとしても調理技術もない。
†
裏通りに入ると汚物の臭気が漂っている。
糞尿、残飯、腐敗した何か。足元を流れる泥水が病気を運んでくる。そんな予感をした。
「臭い」
我慢できず言葉が漏れた。
「ああ」
嘔吐感を堪えながら漏らした太郎の言葉に、伊集院も顔をしかめて答える。
下水や公衆衛生の整備が、サカイ県では進んでいない。ゲリラの勢力圏で、日本人の恩恵を受けられなかったのも理由の1つだ。
「こんな所でよく生活ができるな……」
小蝿が無数に飛んでおり、伝染病が心配された。
創作の世界では、異世界の介入で急激な社会体制の改革と技術供与が描かれる。それは日本の国益に合致するのかが問題だ。相手国の意識や文化レベルを向上させれば対等な関係を何れは求めてくる。
国家に真の友人は存在しないと言う。日本人も全てを惜しみ無く与えるつもりはなかった。
†
雨が止んだ。シャワーを浴びたような顔から水滴を拭う。
次に来るのは蒸し暑さだ。
路地では風を感じることが出来ない。息苦しさを覚えながら進んでいる。
(待ち伏せに最適か)
散発的な銃声が聞こえた。他の班が敵と遭遇したと無線が告げていた。
「始まったな。狩り出すのは手間だぞ」
敵にも考える頭はある。村に残った兵力は遊撃戦を展開してきた。近接戦闘で敵味方が入り乱れたら、対戦車ヘリコプターも援護射撃が出来ない。
「都市部での対ゲリラ戦を想定した訓練と思えば、マニアにはたまらん状況だろ。中々出来ない貴重な体験だ。楽しめよ」
井上が太郎をからかうように言った。
(井上は悪い奴じゃないんだがな……)
元自衛官と中途退職のオタクの違いを揶揄する意識を言葉の端々から感じさせる。
「体を動かさず見ている分には楽だがな」
胸を呼吸で上下させながら答えた太郎の顔は汗だくになっていた。手袋の甲で汗を拭う。
敵の装備は刀剣類が中心だ。防刃装備が欲しいと言うと鎧を着るかと言われて沈黙した。
(切られる前に撃てば良い)
捕虜になると生きたまま解体されると聞いていた。
(痛い死に方は勘弁願いたい……)
指先が紙で切れただけで痛む。皮膚どころか肉の繊維が切られるなんて想像もしたくない。だから迷いもなくなく銃の引金を引ける。
(ゲーム感覚なのかもな)
日本の法律が適用されないエルステッド。迅速に敵を排除すれば称賛され、責められる事など無い。
切られたり刺されたら痛いし死ぬ。この点だけがゲームと違う。
物音に反応して銃を構えた。
音のした方向を指差して伊集院に知らせた。伊集院は頷き、銃を構えて掩護の姿勢に入った。
体を前傾させて進む。藪の中に視線を向ける。
(あ……)
銃を下げて警戒を解く太郎。
「何だ死体か?」
戦場で嫌と言うほど死体を見た。
「そうじゃない」
穏やかな表情をして眠る赤ん坊の姿があった。
「子供か」
覗き込んだ伊集院も確認した。
「親が隠したんだろうな」
判断は悪くない。
「俺は殺したくないぞ」
「俺もだ」
放って置いても親が居なければ死ぬ。
「俺たちが手を下さなくても良いだろ」
さすがに赤ん坊を殺すのは躊躇する。藪から離れる。
(偽善だな)
自己満足だと理解している。その時――
鋭い殺気を感じ思考が中断された。
「山田、伏せろ」
橘の声に体を地面に投げ出す。泥水が口内に入ってくるが気にしていられない。
背後から銃声が聞こえ、頭上から血が降ってきた。
寝転んだまま銃口を上に向けると、二階建ての建物、その窓から弓を握った姿勢で絶命した敵の姿が見えた。
「ありがとう」
上から狙っていた敵に気付いた橘に礼を言う。橘は不敵な笑みを浮かべて答えた。その時、目の前を火球が通過した。
「うわっ!」
炎が橘の顔面に直撃した。ぐしゃりと砕けた頭部、上半身が燃え上がる。
「あの家だ!」
高橋の指差す家に班員は弾幕を張り、敵の頭を押さえる。その間に一番近くに居た伊集院が手榴弾を投げ込んだ。
破裂音と共に魔導師は四散した。家の建材と一緒に血と肉片が吹き飛んできた。
「ざまあみろ!」
班長は部下の戦死を確認して無線で報告する。
「脈拍呼吸、共に確認出来ない。心拍は停止している」
こんな小さな村で部下を失うとは思いもしなかった。
「敵を確認出来るか?」
「ちょっと分かりません」
切れの悪い返事に班長は指示を出す。
「一旦下がるぞ。山田、伊集院は橘を運べ」
太郎は伊集院と担架で運ぶ。頭部を失った遺体からは体温の暖かさが感じられた。ネットで知り合った妻と、まだ小さい子供が居ると言っていた事を思い出す。
(まだ若いのに……)
悔いを残して死にたくはないと太郎は思った。
橘が倒れたので、高橋が後方警戒に当たっている。
「気をつけて進め」
高橋が牽制の制圧射撃をしている。銃声を背中で聞きながら広場に向けて走り出す。
誰かが飛び出てきた。
「ゆげっ……!」
呻き声をあげて伊集院が倒れた。太郎の腕に重みがかかり姿勢を崩した。
投げ出される橘の遺体。水溜まりで飛沫をあげた。
何事だと太郎が伊集院の方に首を向けた瞬間、押し倒された。
「痛……」
誰と確認をする前に、体にのしかかられて短剣が首の皮を薄く切り裂いた。
「糞っ!」
横目で見ると、伊集院は腹を刺され血を流している。
(早く助けなくては)
太郎達、一般隊員に拳銃は支給されていない。
武器になりそうな物を考える。弾帯の左腰に銃剣を着けているが、手を伸ばす余裕はない。銃で相手の体を支えている。
相手は小柄な女性だった。汗ばんだ体臭がする。
「どけよ!」
戦場は男の聖域だと言う考えはない。だが相手が女だと言う事で、怒りが沸き出してくる。
端から見ると絡み合って間抜けだが、本人達は命のやり取りをしている。
「あああああああ!」
雄叫びを上げて太郎は相手の体を弾き飛ばした。倒れる相手に明確な殺意を持って銃口を向ける。
(死ね)
引金を引く前に相手が頭から鮮血を噴き上げて倒れた。
「へっ?」
視線を向けると井上が銃を構えていた。他の班員も駆け寄ってきている。
獲物を横取りされた気分に太郎はなった。
これだけ騒いでいれば、誰でも気がつく。時間にして数分も経っていなかった。
「女かよ」
死体を見て他の班員が驚いている。違った形で出会っていたらなどとは思わない。
「ただの敵だ」
太郎の言葉に重なる様に声が聞こえた。
「痛いよ……」
伊集院の呻き声に気付いて、倒した敵を意識の外に追いやり駆け寄った。
「これぐらいなら治癒魔法で治るさ。これで家に帰れるな」
魔法だと大抵の傷は全治1週間だが、その間に任期満了を迎える。太郎は伊集院が辞める物だと思っていたが、返事は逆だった。
「俺は辞めないぞ」
伊集院の父親が入院しており、結婚していた姉が離婚して子供と一緒に実家に帰ってきた。このまま伊集院が家に帰っても稼ぎ手がいない。
「家族の為に俺が頑張らないと」
就職した理由は人それぞれ。継続任用の意思に驚きを覚えながらも理由には納得できた。
†
路地を後退していると広場から叫び声と銃声が聞こえた。
銃声のする方向へ駆け足で進む。
「注意しろ」
銃声で広場に敵が現れたと判断した。薄暗く狭いい路地から明るい広場に出ると、血と硝煙の香りがした。
そこには敵など居なかった――
太郎達が目にしたものは、エルステッド軍とアニマルコマンドーによって集められた住民が虐殺されている様子だった。
路地に逃げ込み、箒を振り回して暴れる男をエルステッド軍はクロスボウで射殺した。
(箒で何してるんだよ……)
おびただしい血で広場は真っ赤に染まっていた。住民と捕虜の半分以上が物言わぬ骸になっている。中には乳飲み子や子供の姿も見受けられた。
班員の顔色は悪い。幾ら死を見慣れたとは言え、非戦闘員の虐殺は精神的に重い。
(幾ら殺して良いとは言え、進んでやりたいとは思わない)
この種の虐殺は正規軍が行うべきではない。今後の統治、住民感情を考慮に入れるならば、汚れ仕事は傭兵に任せて罪を肩代わりさせるのが通常だ。
(だからこそ出された命令か……)
今回の制圧に当たり、射撃の管理がずさんだった。
非戦闘員を射殺しても事故ではない。あくまでも、敵性住民を排除しただけとなる。
(エルステッドの連中も、極力、手を汚したくなかったと言う事か)
自分の手を汚さずに済むならそれに越したことはない。だが汚れていない人間などここに存在しない。
「橘を頼む」
駆け寄って来た衛生隊員に橘の遺体と負傷した伊集院を預け、班は残敵掃討に戻る。
日が落ちるまでに村の制圧は完了した。時間がかかったわりに、潜伏していた敵は少数だった。