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残念な山田  作者: きらと
5/36

5 掃討作戦開始

 熱く陽に焼けた街道を、集結地に向けて移動するエルステッド軍の軍勢。兵士達の全身は、流れ落ちる汗にへばり付いた砂埃で白く化粧されている。

 指揮官は革袋の水筒から水を補給しながら部下を統制する為、声を張り上げていた。頭に血が登りくらくらしていたが、騎乗している者はまだ楽な方だ。

 徒歩で移動する者は、甲冑や武具の入った重い袋を背負っている。肩に食い込む重みは老兵にきつい。体は塩分を求めていた。

「後方車輛。右に寄れ、右に!」

 要所要所で誘導のアニマルコマンドー隊員が居て、憲兵が交通整理をしている。

 追い抜いていくアニマルコマンドーの車輛を羨ましそうに見る兵士達だが、車輌の荷台で揺られる隊員はぐったりとしていた。軽い熱中症だ。

 太郎は識別帽を被り上半身を車外に出していた。

「暑い暑い暑い……」

 暑いと言っても変わらないが、つい口にしてしまう。

「うるせーぞ山田」

 井上が鼻で笑う。

「もう口癖だな、これは」

 周囲の敵が駆逐されたとは言え、遮蔽物から体を晒す太郎の行動は大胆過ぎる。班長はバックミラー越しに、太郎の姿を見て眉をひそめるが何も言わない。暑いのは理解しており、自身も窓を開けていた。

「夏も嫌いだが冬の寒いのも嫌いだ」

 人は繊細な生き物で少し温度が高くても低くても体調を崩す。健康管理は重要な仕事だった。

「夏と冬、どっちがましなんだろうな」

 識別帽は偵察から戻ると支給された。鉄帽に比べるとましだが、それでも暑い。だからこそ風を感じたい。

 砂埃が口に入って唾を吐こうとしたが、口の中が乾いている。

(喉が乾いた)

 冷たい飲み物が欲しい。太郎はクーラーボックスを開けてペットボトルを取り出す。出発前に入れた氷がほとんど水に変わっている。

「氷がもう溶けているな。一杯入れたのに」

「開けたり閉めたりするからだよ」

 伊集院が識別帽で頭を扇ぎながらそう言った。

「違いない」

 苦笑を浮かべて同意した太郎は、ペットボトルの蓋をゆるめながら識別帽に視線を向ける。

 社章であるデフォルメされた茶色い熊が縫い付けられている。

(雑貨屋で売ってそうだな)

 愛らしい熊を見るたびにそう思う。

 支給されて間もないが、鍔の額に当たる部分は汗で変色している。

(吸血鬼ではないが、日差しがきつい……)

 引きこもりから健康的な生活に戻ったが、体はまだ慣れていない。エルステッドの気候が合わないと言う事もある。

 異国に来て日本を強く意識するようになった。今でこそ街の雑踏が恋しく感じられる。

 視線を上げれば、轟音をあげてアニマルコマンドーの車列をかすめて通過していく編隊がいた。

「おっ」

 太郎につられて他の者も空を仰ぎ見る。

「さすがに見慣れて来たな」

 伊集院の言葉通り航空自衛隊が毎日、日本から対地攻撃にやって来ている。旧式のF-4EJかと思えばF-2支援戦闘機で、訓練を兼ねた経験蓄積が目的だ。夜間攻撃も行われており、敵に安息の時間を与えない。古代ローマの独裁官ファビウスが、ローマに迫ったカルタゴの軍勢に対して行ったファビアン戦略も同様の手法といえる。

 家でやったシューティングゲームを思い出し、過ぎ去る黒点を眺めながら太郎は呟いた。

「でも、格好良いなあ」

 その時だけは、彼らが作り出す凄惨な爆撃後の光景も忘れていた。


     †


 鉱物資源の採掘場は、王国から派遣された部隊とアニマルコマンドーによって厳重な警備にある。これまでの採掘から、敵の勢力圏である北部国境地域にも鉱物資源が眠っていると予想された。

 そんな時、ナントで働く日本人技師がゲリラに誘拐されて、日本人への警告として切り取られた首と死体が送りつけられた。

 アニマルコマンドーでは、警備の責任者が集められて原因の究明と今後の対策が討議された。

「休日に町に出かけた所を拐われたとの事だ」

「外出は団体行動が基本ですよね」

 ゲリラも居れば日本と違い治安は良くない。二人以上で行動する様に指示が出ていた。

「酒に酔った勢いで、女を買いに別れたらしい」

 就業時間外に何をしても個人の自由だが、警備の隙を突かれた。

 ゲリラから届けられた声明文には「王家に飼われる傭兵はエルステッドから出ていけ」と書かれていた。

「とりあえず、政府からなにか言われる前に潰しておこう」

 即座にゲリラの拠点がアニマルコマンドーによって叩かれた。殺害戦果48名。ゲリラは動きの早さに対応出来なかった。

「た、助けてくれ」

 命乞いするゲリラを前に日本人は情けを見せなかった。

「殺したんだ。殺される覚悟はあったんだろう?」

 死体は殺された日本人と同じく、首と胴体が切り離された状態で野晒しにされた。現地で噂は直ぐに広まった。日本人には手を出すなと。

 日本から来た技師と作業員は秘密保持の契約にサインをしており、今回の邦人殺害と報復が日本のマスコミに漏れる心配は無い。

 だがそれでは収まらない。今後日本がエルステッドで活動する上で、安全保障は必須だ。国家安全保障会議に於いて方針は決定した。

「途上国のゲリラ風情に舐められたまま済ますわけにはいかん。誰を敵にしたか教えてやれ」

 内政干渉をして泥沼の消耗戦に巻き込まれる事を避けるために自衛隊の派遣を見送っていた日本政府だが、エルステッド国内の反政府勢力を一掃すべく全面攻勢に協力。大規模な航空支援が送り込まれ掃討作戦が行われる事になった。

 派遣されたのは航空自衛隊。基地の設営はせず、対地支援の往復であっちからこっちへと飛行するだけだ。どこから日本人達が来ているのか、エルステッドの人間には理解できないし、したいとも思わない。要は日本人が使えるか、使えないかが重要事項だ。

「日本人は信用できるのか?」

 王の問いに対して交渉に当たった宰相が答える。

「ご心配には及びません。日本人が新たに差し向けてくるのは飛竜に限るそうで、我らが求めた時以外に軍勢を領内に入れぬとの事です」

 地位や領地を求めない日本人は、潜在的野心を持つ自国の貴族達と比べてエルステッド王家の脅威ではない。日本人が求めてきたのは領内における採掘権で、現地人にとって無価値な物だった。

「諸侯に厄介事を起こさぬ様、申し伝えておけ。彼の者達の力は大き過ぎる。敵に回せばどうなるかは先の戦でも分かったが、下手な考えを持つ者が現れぬとも限らぬからな」

 王家が求めているのは叛乱を鎮圧できる武力だ。直接的な力が民衆を統治する上で効果を持つ。しかし過剰な外国軍の展開は避けたかった。理想的な契約関係と言えた。

「はい、陛下」

 今、王に仕える近習は日本人の強さを知っている。王都に迫った賊軍を撃退した鉄の兵団。

(あの時は、本当に駄目だと思った……)

 宰相は二年前を思い出し背筋が震えた。

 日本人が領内に入れる兵は、アニマルコマンドーと言う傭兵部隊に限定されている。彼らが味方である事に安心を覚えた。

 2週間後、ゲリラの勢力圏である王国北部サカイ県の大規模な掃討作戦「ネコのしっぽ」が開始された。地上戦の主役はエルステッド軍であり、アニマルコマンドーはあくまでも補助だ。

 今回、太郎達の小隊はエルステッド軍と共に競合地帯の村を制圧する。住民はゲリラの協力者とみなされており全員拘束しろとの指示だ。その為、第1段階としてサカイ県への入り口を確保する。

 これまでゲリラは、街道だけを押さえて討伐隊の侵入を警戒していれば良かった。

 エルステッド王国を、北部と中部で寸断する東西に険しいフィダカァ山脈。何かの楼閣か城壁のようにそびえ立つ岩壁で、街道を移動するしか交通手段が存在しない以上、大規模な掃討の兵を送れず天然の要害として機能してきた。

 これに対して日本人は空爆で抵抗拠点を叩き、後背にヘリコプターで部隊を送り込み対処した。正面から力押しする事ばかりを考えてきたエルステッド軍にとって、今回の作戦は戦術革命と言えた。


     †


 敵の目と耳を削ぎ落とし、腕と足を潰す。戦争の基本だ。この世界でも変わらない。

 監視所、武器庫、兵舎、陣地、柵、貯水槽。攻撃目標は幾らでもある。

「敵襲! 敵襲!」

 黒い死神の形をして襲撃者がゲリラの拠点にやって来た。

 轟音をあげて飛来した鋼鉄の竜。猛威をふるう姿は怪物にしか見えない。

 F-2支援戦闘機。軍事オタクが高尚ぶって色々と言うが、部隊に配備され運用されている以上、使えると言う事だ。

 ここにいるゲリラに、その様な事情は関係ない。だが、翼に描かれた日の丸だけは見間違えようがない。F110-IHI-129ターボファン・エンジンの唸りは竜の咆哮に聴こえた。

(またもや、日本人の新型兵器か!)

 空を飛ぶ乗り物であり攻撃兵器だと理解したが、満足な防空火器がある訳でもない。取れる手段は限られている。

 数少ない魔導師と弓兵が対空戦闘に移行する。組織だった防空網が構成されていない為、各個の判断で戦う事になる。

 魔法はともかくとして矢弾では、余程の箇所に命中でもしない限り被害を与える事は出来ない。これはヘリコプターとの戦闘で学んでいた。

 矢は届かず、高速で飛び回る鋼鉄の飛竜が咆哮をあげるたびに破壊と殺戮が行われる。

 91式爆弾用誘導装置の赤外線誘導で落下してくるMk82爆弾は、竜の糞に見えた。しかし、ただの糞ではない。魔法を凌駕する爆発で破壊をふりまいていく。

 魔法も跳ね返す積み上げられた石材が、一撃で粉砕された。唸りをあげて放たれた20㎜機関砲の射撃で、血飛沫を飛ばしてなぎ倒される兵士達の体は原型さえ留めていない。

「駄目だ。あれは怪物だ……」

 日本人の力が見せつけられた瞬間だった。ゲリラも、竜よりも速い乗り物を目にして自分達との技術格差を感じた。勝てないと言う言葉を胸に浮かべる。

 対応が遅れた。日本人によって竜舎も兵舎も破壊され尽くしている。

 バラバラになった馬匹、燃え上がる荷車。

 任務を終えて帰投する攻撃隊。彼らにとっては物足りない、役不足な任務だった。

「ぐぅ……」

 崩れた兵舎から這い出してきた指揮官。額に汗を浮かべながら飛び去る機影に注視する。

 すでに黒い点になっており、無事な飛竜が居たとしても追い付ける距離ではない。鼻をつく焦げた臭い。駐屯地は壊滅だ。

 ヘリコプターを見たことはあるが、空爆は初めての経験だった。従来の戦いと異なるアニマルコマンドーの戦術と装備にゲリラは翻弄されている。

「傭兵共め」

 憎々しげに指揮官が漏らした言葉。アニマルコマンドーの立ち位置を正確に現していた。他国からやって来た傭兵――日本人さえ介入しなければ2年前に王都を落とせていた。

「あ、あんなのに勝てるわけ無い」

 兵卒の1人がそう言った瞬間、指揮官は鞘から剣を引き抜き、切り伏せた。血飛沫が砂に飛び散る。

「私の部下に弱兵はいらない。配置につけ」

 どよめきが起き、戦慄が走った。統制を維持するには、恐怖も時には必要になる。同志愛だけで戦闘組織は維持できない。氷の様に鋭い視線を放つ指揮官に威圧される兵士達だが、士気までは回復しない。

 帰投するF-2を操る井上1尉は、僚機の相方に話しかける。

「よくマリアナ沖海戦に因んで、七面鳥射ちと言うが七面鳥って簡単に殺せる物なのか?」

『七面鳥なんてクリスマスの食卓でも見かけないぞ。クリスマスに彼女と過ごせる奴が羨ましい』

「そうだな。俺達みたいな寂しい男は、やっぱりKFCか」

 とりとめもない軽口を叩きながらも計器を見る目に油断はない。

 30分後、焼け焦げたゲリラの拠点にエルステッド軍が前進する。


     †


 一陣の風に草が舞い上げられ、角笛と太鼓の音が響いた。

 空自の空爆で粗方の敵防衛施設を叩いた後、エルステッド軍の歩兵が渓谷に前進開始する。進軍の足音は大地を揺らす地響きとして敵にも伝わっている。

「放てぇ!」

 投石器から油の詰まった樽が射出され前進を支援し、炎と煙の帯が敵陣から立ち上っていた。油の他に肉が焦げた臭いがする。その正体が何なのか追求する者は居ない。

 街道を塞いでいた正面の分厚い門は、幾度もエルステッド軍の攻撃を退けたが、いまや焼け焦げた木材を撒き散らして無惨にも破壊されている。

 エルステッド軍本陣に設営された櫓から、統合任務部隊(JTF)指揮官を務めるコーンウォリス将軍は自軍の進軍を見ていた。離れていても、肌に兵士達の張り詰めた緊張感と熱気さえ感じられた。

 他国でも同様だが、戦争の主役は歩兵で大規模な騎兵は保有していない。常時保有するには資金力を必要とする。軍旗を掲げ長槍を構えて進むエルステッド軍の方陣は、有機的で綺麗な模様を描いていた。

「美しい陣形だろう。我が精鋭の武威を現して、見事だと思わんかね」

 告げられた口調に、自らも戦陣に立ちたいと言う興奮を隠し切れていない。

「はい閣下」

 傍らに控えていた、アニマルコマンドーから出向の連絡幹部(LO)が笑みを浮かべて追従する。

 LOの任務は求められた場合の助言と支援の要請だ。今は、お手並み拝見と観客に徹している。

 爆音が聞こえ頭上を見上げると、アニマルコマンドーのヘリコプターが密集戦闘隊形で編隊を組んで敵陣地に向かって行く姿が見えた。


     †


 OH-6観測ヘリコプターの管制で、AH-1対戦車ヘリコプターの護衛を受けたUH-1が着陸地域に向かっている。後続するCH-47輸送ヘリコプターはピックアップトラックを吊し上げていた。

 機内では、隊員達がくつろいでいた。太郎もうたた寝をしながら風を感じていた。

 兵士に求められるのは体力。その為には健康管理だ。暴飲暴食はいかんが、ある程度、食べねばならない。

 寝れば体力は回復する。不摂生で自己管理の出来ない者はこの仕事にも合わない。

 焦げ臭さを嗅ぎとり瞳を開けて眼下に視線を向けた。

(前にテレビで見たハドリアヌスの長城みたいだな)

 地形を利用した敵の砦に感心した。

(だが、空からの攻撃は想定していない)

 飛竜は絶対数が限られている為に、空中機動作戦に使われた事がなかった。ゲリラにしてみれば、警戒をしろと言われても実感がない。

(だからこそ、俺達の出番か)

 2重に築かれた柵と複数の稜堡。空爆で無惨に破壊されていた。

 地上から炎と黒煙が立ち上っている。対空砲火は無いが、生き残った魔導師が時々放つ魔法の爆発が機体を揺らす。

「準備しろ」

 班長の指示で、識別帽を脱いで鉄帽を被る。背納を背負うと肩に食い込む重みが、FPSゲームと違う現実だと嫌でも認識させられる。銃には、PXで購入したビニールテープで脱落防止をしている。

(準備よし!)

 上空からの機銃掃射で慌てふためいて逃走するゲリラ。

 UH-1汎用ヘリコプターが硬い一枚岩の上に班員を降ろした。敵の戦意は低く、降りる時には矢弾や魔法は飛んでこなかった。

。山頂部には、薄っすらと積雪している。雪が肌に心地良い。肉の焦げる臭いに焼肉を思い出したが、臭いの元が何の肉かを考えて顔をしかめる。

 飛竜以上に多くの兵員を送り込めるヘリコプターの存在が、岩場の要塞としての価値を無くした。

 慌てて敵が集まって来た。

(出てくるのが遅いな)

 思い出したように魔法が飛んできた。樹皮を削り木屑が降って来る。

 小銃を抱えて前傾姿勢で走る。氷の矢が足下にざくざくと降ってきた。

「山田!」

 伊集院に頷く。魔導師が杖を向け詠唱を組み上げようとしていた。

(面白い)

 攻める側になると精神的余裕があった。

 太郎達は遮蔽物を探して身を屈め呼吸を整える。

(1、2、3)

 数をかぞえて頭を出し銃を構える。正しい姿勢、正しい見出し。杖を向けていた魔導師を1人倒す。

「楽勝だな」

 隣に駆け込んできた伊集院の言葉に、太郎も頷く。

 ゲームなら経験値と通貨やアイテムが手に入る。実際の戦場でも死体を漁る事は多々ある。

 この世界に住む者も、戦場で手に入れた物を転売する事で生活費の足しにしている。

 太郎達から見れば文化も異なる。興味を引いたり満足する様な物は期待できない。死体を一瞥して、立ち上がり先に進む。


     †


 戦闘は短時間で終わった。奇襲の効果は大きく、山頂部の敵を速やかに撃破して掃討に移る。

 焦げた臭いがする中、小銃に銃剣を着けて死体を刺していく。死んだふりをして逆襲してくる恐れもあるから、念には念を入れている。

 銃声が聞こえた。

 狂相を浮かべて走る横井が見えた。

「おい、横井。あまり調子に乗るなよ」

 声をかけられたが言葉は素通りしていた。

 横井は殺戮の愉悦に表情を歪めている。

 戦争である以上、敵を倒す事は躊躇わない。だが常軌を逸した行動は論外だ。

 横井は何物にも代えがたい解放感を味わっていた。

 暴力を具現した銃の威力。

 恐怖や苦悶の表情を浮かべた敵の死体を見て、生きている事を強く実感する。

(支配者は俺だ)

 エルステッドに着てからは、戦闘の連続で死を何度も覚悟させられた。

 元々、対人関係構築が苦手で内向的な横井は、他の班員に相談する事も出来ない。張り詰めた緊張は心労となり、体重を大きく落とした。

 先日の偵察で、2名の班員が死んだ。

(このままだと、俺も死ぬ)

 敵に殺されるぐらいなら先に殺す。当然の帰結で、大胆に動いた。やけくそになったとも言える。

 誰よりも勇猛に先頭を切って走り、敵を見つけ出して倒す。

「横井は凄いな」

 太郎達、班員は横井の豹変を良い様に捉え称賛した。口だけのオタクではなく行動で示している様に見えた。

 だが違う。鬱屈した感情が狂気に代わって解き放たれただけだ。敵を殺す時には、快感さえ感じていた。

 横井は焼けた死体の下から這い出して来た敵と視線を合わせた。血塗れの顔に憎悪をたぎらせている。

 槍を構えた。その姿を見て嘲笑を浮かべる。

 銃を構えた横井に敵は向かってくる。

(射つのと刺すので、どっちが早いと思っているんだ)

 絶対的優位の自信で引金を引いた。

 しかし銃口から弾は出なかった。薬室で挟まった薬莢が見える。

「ええっ……」

 慌てて棹桿を引き排出しようとするが、敵は目前に迫っていた。

「うわあ!」

 叫び声を上げて上半身を反らす。辛うじて避けたが、さらに刺突の追撃が放たれた。避け切れないと判断して、小銃で受け止めようと構える。

 胸に走る激痛。視線を向けると槍の穂先が肩甲骨の間に刺さっていた。

(殺られる……)

 槍を抜き、再び向かってくる敵の攻撃。因果応報の言葉が脳裏に浮かんだ。

「へっ……」

 横井は自嘲気味な笑い声を漏らす。

 腹部に突き刺さり皮膚が切り裂かれた。崩れ落ちる瞬間見たのは、地面を這う蟻の姿だった。


     †


 難所であった敵防衛線を突破したエルステッド軍は、敵勢力圏へ雪崩れ込む。

 ハンニバルのアルプス越えや南海支隊のスタンレー山脈踏破に比べれば、エルステッド軍は恵まれていた。兵站の維持は、徴用された民間人の輜重部隊だけではなく、空からの補給もあった。暖かい食事で士気は維持される。

 夜間戦闘能力の低いこの世界では、日が落ちれば自然と戦闘停止するが、機械化されたアニマルコマンドーに昼夜の関係は無い。操縦用個人暗視眼鏡を使うまでも無く視界は良好だ。ヘッドライトを煌々とつけて迫り来る車輛は怪物の眼光に見えて、敵は恐怖する。

 陽に焼かれ固く乾燥した地面は舗装道路のようで、車輛の作戦行動には最適だった。逃走する敵を快速で追撃していく。

 中隊なら対空用の火器である12.7㎜機関銃が、車載機銃として威力を発揮した。64式小銃の威力が可愛く思えるほどで、人体が破壊される様は壮絶としか言い様がない。

「明日には街に着くらしい。楽しいドライブも終わりだ」

 見張りに付いていた伊集院と井上は交代する。

「どうせなら直接、街に降ろして欲しかったよ。ケツが痛い」

 そう言って伊集院は下着の位置を直している。

「痔か?」

 冷やかし気味に訊かれたが、本人にとっては笑い事ではない。

「違うとは思う……」

 揺られ続けて、痔になりそうと思うほど尻の筋肉が痛かった。

 尖兵として前進するアニマルコマンドーの車列。荷台では雑毛布にくるまって隊員が寝ている。夜間は放射冷却で気温が下がり冷える。

 ドライバーと異なり、井上は暗視眼鏡を被って警戒していた。眠気覚ましにガムを噛んでいる。

「ん」

 尻に痛みを感じて立ち上がると軽く屈伸をした。

(伊集院を笑ったけど、俺まで痔には成りたくないな)

 長時間、座り込んでいると血流が悪くなる。汗で湿った下着と皮膚が擦れて、あせもが出来そうだ。

 頭を締め付ける暗視眼鏡のバンドもきつい。

(重いな……)

 下を向きそうになる頭を上げる。

 暗視眼鏡は、米軍が使っているような最新ではない。ベトナム戦争で使われていた第2世代の物だ。

(これなら、ロシア製の方がましだな)

 私物のサバイバルゲーム用に買ったノクトビジョンを思い出す。

 井上は農家の出身で都会への憧憬が深かった。洋楽や香水など流行の物には何でも手を出した。サバイバルゲームも軍隊への憧れからだった。

 だから、自分たちがエルステッドで行っている事は、派手さは無いが満足している。

(来た!)

 黄色い光の中に、接近する集団を捉えた。遠目にだが槍や弓がはっきりと確認できる。

「起きろ! お客さんが来たぞ」

 ガムを吐き捨て荷台に声をかける。

 峡谷の途中で敵は待ち構えていた。日本人は基本的に夜間飛行を行わない。飛行兵器の居ない夜なら勝ち目があると考えたゲリラの後衛部隊は、エルステッド軍に対して逆襲に出た。

 車載無線機で各車輛に警報を出した。寝ている者も起きて銃を構える。

 敵にとっては相手が悪かった。通常であれば、捜索の軽騎兵が先頭を切って前進している所だが、尖兵としてアニマルコマンドーの車輛が展開していた。

(ゾンビ映画みたいだな)

 そろそろと近付く敵。こちらが、気付いていない思い込んでいる。武具の擦れる音が大きくなってきた。

 接近する敵が先頭車輛のヘッドライトにはっきりと捉えられた。姿を晒した瞬間、号令で雄叫びをあげて向かってくる。

「射て!」

 最初に潰すべき脅威は魔導師、弓、クロスボウ、騎兵と教えられていた。

 飛び道具の飛距離等を考慮に入れた対応だ。

 杖を構えて詠唱しようとする魔導師。だが遅すぎる――

 高々、ピックアップトラック数輛に搭載された機関銃だが、魔導師が幾ら束になっても敵う相手ではなかった。

 曳光弾が混ぜられており、弾着修正をしながら敵をなぎ倒す。鎧を撃ち抜き、剣や杖を砕く。弾幕に敵は怯み、散発的に魔法と矢弾を放ってくる。

 騎乗した指揮官が大声を上げて部下を鼓舞している。だが易々と剣戟を振るえる距離まで近付けるほど甘くは無い。肉片と血潮が撒き散らされ倒れ逝く兵士達。その瞳には恐怖と絶望が宿っていた。

(突っ込んでくるだけって芸が無いな。まったく良い的だ)

 先頭に立ち向かってくる敵の指揮官。名誉と威厳、誇りをもって死ぬのが目的で死を恐れていない。

(本当、馬鹿げているな)

 井上にとっては非合理的で、矜持の為に命を捨てるなど馬鹿らしかった。

 銃を構えて引金を引く指先に遠慮は無かった。


     †


 明け方に峡谷を走破したJTF。前進目標に到着し兵士達は休息と補給を行っている。ヘリコプターが負傷兵を後送する為に飛び立っていく。

 工兵によって小高い丘に処刑台が築かれていた。簡素だが使用には耐える。

 武装解除されて並んだゲリラ。薄汚れてただの農民にしか見えない。

 従軍司祭が王室に対する不敬、謀叛の参加として罪状を読み上げる。神と王の名の元、流れ作業で次々と処刑されていく。

 斬首。絞首刑よりも苦痛を与えず人道的とも言える。

 離れた太郎達の元まで血の臭いが漂い鼻をつく。

「俺は悪くない。無理矢理連れていかれたんだ。家族を守る為だったんだよ!」

 生にしがみつこうと絶叫をあげる捕虜達の声。処刑台に乗せられれば、恨みの呪詛を告げる強者はいない。泣き叫ぶだけだ。

「嫌だ、嫌だ! 死にたくない、死にたくない、死にたく――」

 肉を切り骨をへし折る音が耳に残った。

 近くに掘られた穴に、切られた首と胴体が屑野菜のように投げ込まれる。この後に、衛生上の観点から火葬される。

 太郎は何の感慨もなく風景として眺めていた。切られた首を見ても嘔吐感を感じない。むしろ顔は綺麗だとさえ思った。

 捕虜は取らない。エルステッドにとっては、国家転覆を企む犯罪者だ。王室への不敬は刑罰は斬首と決まっていた。

「い、嫌だ……死ぬのは嫌だ!」

 叫び声をあげて走ってくる敵兵。身に寸鉄を帯びていない。このまま逃がしてやりたいが、そうもいかない。

 銃を構えて頭部を狙う。この距離なら外しはしない。

(せめて、一瞬で終わらせてやる)

 憐愍の情から引金を引いた。死体を追いかけていたエルステッド軍の兵士が回収していく。

 引き摺られる死体を眺めていると、場の空気を読まず陽気な声がかけられた。

「可愛いお客さんだぞ」

 用足しに行っていた伊集院がにやけた顔で、小柄な少女を連れて来た。

 日に焼けて健康的な肌。整った顔立ちに、周りに居た班員が注目して集まってくる。

「おいおい。その子、どこから拐ってきたんだ?」

 井上が冷やかす。

「失敬な。俺は紳士だ」

「紳士は紳士でも、変態紳士の方だろ」

 少女は目を輝かせて食い入るように銃を見ている。

 太郎は少女の大きな目を見て、猛禽類が捕食対称を目にした瞬間を思い出した。

 班員の騒ぎに班長がやって来た。

「ドワーフか」

 一瞥して告げた班長の言葉に少女は頷く。

「彼女がドワーフ?」

 太郎の抱くドワーフのイメージは、髭をはやして筋肉を隆起させた小柄な老人だった。

(どう見ても幼女……)

 ドワーフの年齢を見た目で判断してはいけない。平均寿命は300歳。100歳でも外観は小学生ぐらいだという。長く生きた分だけ当然、精神年齢は成熟している。

(怖ろしい……ロリ婆か……)

 自分の親よりも年上かもしれないと知り、凝視する太郎達。他人に注目される事には慣れているのか、彼女は平然としている。

「それで、どうしてここに居たんだ」

「それは……」

 班長は質問した。ドワーフの少女は照れ臭そうに事情を話す。

 彼女らは好奇心旺盛で貪欲に知識を吸収する。その為、積極的に異種族と交流していた。

「竜の様に空を飛ぶ乗り物とか、馬よりも早い乗り物が見たい!」

 今回も好奇心からエルステッドに入ってゲリラに捕らえられたと言う。不用心で自業自得とも言えるが放置はできない。安全な後方に送ろうかと班長が言うと、逆に提案してきた。

「乗り物に乗せてくれるなら、良い事を教えてあげるよ」

 乗せるぐらい大したことではない。物事は対価がある。

「話によるな」

 期待もせず班長が答えると、ドワーフはあどけなさを消して不敵な笑みを浮かべた。

「ゴブリンの群れが国境に向かっていたよ」

 彼女の唇から漏れた言葉に、班長の頬が微かに動いた。

「詳しく聞かせて貰おう」

 ドワーフは反応を見逃さず満足そうに頷いた。

「約束だからね」

 班長はドワーフを連れて、先任と話をしている小隊長の元に向かう。


     †


「ネコのしっぽ」作戦は、北部地方に楔を打ち込み前進拠点を確保して第1段階を終了した。JTFは引き続きサカイ県の掃討を行う計画だが、副次的成果としてゴブリンの軍勢が国境に集結中と情報を得た為、対応すべく一部計画の修正を余儀なくされた。

 なお今回の討伐でJTFを指揮したコーンウォリス将軍が、日本とエルステッドの合意によって英雄に祭り上げられる事となっている。

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