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残念な山田  作者: きらと
4/36

4 偵察のオチ

 日が暮れた。ただでさえ針葉樹で視界は不良だったのに、雨雲と夜の闇で周囲は真っ暗だ。雨で足元が泥濘と化し、颯爽と駆け抜ける事はできない。前を進む人影を頼りに追従する。

 雨で濡れた体が冷え尿意を催す。それだけではない。太郎は足の痛みに表情を歪めた。足の筋肉が激しく痛む。

「はぁ……」

 溜め息を吐く太郎。雨と水溜りで染み込んだ戦闘靴が、きゅぽきゅぽと変な感触がする。泥がこびりつき重さを感じた。

 水溜まりを歩く足音が嫌でも耳に残る。

 物音を立てるな。それは素人でも知っている生存術だが、理論通りにはいかない。敵の追跡に足跡や痕跡を残すのも仕方がない事だ。

(足が痛い。だるい)

 疲れて神経を張り巡らす事も困難になっている。

 地面に倒れこんで寝てしまいたい。しかし、足を止めるわけにはいかない。

 確実に足跡を追って追跡して来ている敵。原始的な装備だが地に足を着けて戦う術では敵の方が優れている。捕まれば末路は最悪と決まっている。

 班長の背中を見つめながら、日中の出来事を思い出す。死んだ森本。それ程親しくしていたわけではない。

(納得はできないが理解はできる。あの時、そうしなければ俺達に敵が追い付いていたかも知れない)

 森本に止めを刺した班長の行動。経験が説得力を持っていた。感情的に逆らって動いた所で上手く行くとは考えられない。自分の命を危険に曝すぐらいなら、正しい判断だと言える。

(伊集院が負傷したら、班長と同じ決断ができるのだろうか)

 伊集院の影にちらりと視線を向けながら考える。誰が死んでも交代はいる。割り切る事ができなければ、ここでは死ぬだけだ。

(足がだるいけど、自転車がパンクして押して帰るよりマシか)

 少なくとも、邪魔になる自転車は無い。

(今、途中にネットカフェがあれば一晩過ごすな。ソファーで横になって寝る……)

 途中で洞窟があって雨宿りをするとか、先住民と遭遇する。そう言った状況を空想しても現状は変わらない。追われる者だ。その意識が足を進める。

 予定の回収地点が変更され、小休止を挟みながら夜通し移動した。寝不足だがアドレナリンの分泌が意識をはっきりさせている。

 足元を流れる雨水で泥がはねあがり裾を汚す。

(この雨が途中までの足跡を流してくれるかな。少しでも時間稼ぎになれば良いが)

 雨雲に覆われて星灯りの無い空。班長は、ビニールケースに入れて防水処置をした地図とコンパスで位置を幾度も確認している。確信をもった足取りに、太郎達も重くなった足取りを奮い立たせる。

(大丈夫。まだ死なない)

 雨に濡れ肌に貼り付いた衣類は不快で、肩に食い込む装具の重みが疲労感を誘う。装備を捨ててしまいたい気分だが、物品愛護の精神以上に機密保持の観点から捨てて行けない。生きているから認識できる苦痛と疲労だ。

 しばらく歩くと班長が腕を上げて止まった。

 待ち望んだ休憩だ。

(次の歩哨は小西だったな。もう眠い、疲れた。お休み……)

 太郎は意識を手放した。


     †


 小休止の間も警戒は弛めない。偽装し直して警戒する歩哨の姿があった。

 鉄帽覆を伝って雨が顔を濡らす。雨衣はほとんど役にたっていない。下着まで浸水している。

 雨が小雨になってほっとする。

 何度目かの小休止、交代で休む者を決めていた。今は小西の番だ。

 他の者の寝息が聴こえる。地面に倒れ込んで、濡れるのも構わない様だ。本当に疲れた時は急所を握られても反応しないと言う。

(実戦か……)

 小西は自嘲気味に笑みを浮かべた。

 山田と同じ様にミリタリーオタクで軍隊に憧れていた小西は、学校の休みに古戦場や史跡巡りを活動的にしていた。

 就職難の時期、自衛隊の試験を受ける者は多い。学校での成績も芳しくなかった小西は、勧められた試験の全て落ちた。

「今回は残念でした」

 電話で告げられて涙が出た。これからの就職をどうするか。漠然としている内に高校卒業の季節が近付いてくる。

 幾つかの面接で落ちた小西は卒業後、アルバイトを始める。コンビニでの夜勤。

 賞味期限が切れた廃棄の弁当などで腹は一杯になる。だが、求めている仕事は違う。

 そんな時に警備員募集の広告を見た。3ヶ月間の警備。

 基本給与はバイトより安いが各種手当て、期間延長や正社員登用もある。

「外国での警備業務が主な勤務になります」

(海外での警備ね)

「現地情勢は、治安低下に伴いかなり危険ですが大丈夫ですか?」

 日本で警備員を雇うより、現地でなら武装した専門の警備員が雇える。そう考えると警備とは人を集める建前で、海外での傭兵募集ではないかと思えた。

「どこであろうと頑張るので宜しくお願いします!」

 面接は短い時間で終わった。

 後日、採用の通知と共に送られてきた契約書に書名、捺印して提出した。

 指定された集合場所に行くと、一緒に採用された男達は貧相な体格か肥満した両極端な者ばかりだった。

(過剰な期待をし過ぎたか?)

 普通の警備員だったのかと思ったが、現地に着いて説明を受ければ、やはり傭兵稼業だった。

 小火器の訓練を受けて、体を包む心地良い緊張感に歓喜した。

(これだよ。俺が求めていたのは!)

 生きていると実感し闘争本能を刺激する危険な世界。

 硝煙の香りを嗅ぎ銃を撃つ事に満足を覚えた。そして実戦。恐れおののくような状況にはまだ出会っていなかった。

 中世の傭兵は、村を襲い女子供を犯し略奪を行った。この世界でも傭兵の粗暴さは知れ渡っている。

 しかしアニマルコマンドーは、日本人の代表でありならず者ではない。治安維持にも貢献している。

 情報収集を兼ねた巡回で離れた村にも行く事がある。マラヤで英軍が行ったCOIN作戦の手法を真似ている。

 医療行為などを行い住民と触れあうことで感謝され、訪れる度に笑顔で迎えられる。

 正しく評価される事は嬉しい。自分達の存在が受け入れられているという事実を目の当たりにして満足を得れた。

 今回の偵察任務は、小西の冒険心を満足させる以上の物だった――


     †


(んっ)

 思考を妨げ、茂みを駆け抜けて何かが近付いて来る音が聴こえた。野生の猛獣が何かはわからない。だが警戒が必要だと感じた。班長に報告すると全員を起こすよう指示を受けた。

「起きろ」

 静に小西は班員を揺り動かし起こす。

「何だよ。もう交代の時間か。もう少し寝たかったな」

 疲労の色を浮かべ口々に文句を言いながら班員は起きる。

「黙れ馬鹿。敵かも知れないんだ」

 小西に続いて班長が口を開く。

「何かが近付いている。配置に就け」

 班長の言葉に全員、眠気を吹き飛ばす。気を緩めて死ぬのは誰でも嫌だ。

 うっすらと空が白みはじめた。緊張感に包まれながら伏射ちの姿勢を取る。

 現れたのは追跡に放たれた軍用犬だった。牙を向き出しにして咆哮をあげながら向かってくる姿が目に写る。滲み出る狂暴な空気に威圧されそうになる。

 犬が現れたと言う事は、追っ手が追いついたと言う事だ。旧式な兵器が戦場で勝つのはよくある事だ。銃があるからと気を緩められない。

(犬を撃てば敵に気付かれる。射って良いのか?)

 引金を引くのは0.01秒の反応だ。愚図でのろまの判断が生死を分ける。

 犬を撃つ事に罪の意識はない。それよりも射撃の音で、追手を呼び込む事を考えて躊躇が生まれる。

 少数の敵であった場合、銃の使用は避けるべきだ。

(どうする……)

 班長の判断は違った。差し迫った脅威の排除を優先した。

「前方の犬、射て」

 兵隊は上官の判断を信じて指示に従うだけだ。太郎は呼吸をすると小銃を構え引金を引いた。甲高い鳴き声をあげながら血と肉片を飛び散らして倒れる犬達。動物愛護団体が見たら悪夢にうなされる光景だ。

 クリックを修整して零点規正射撃をしている余裕は無い。

(糞、ちょこまかと動きやがって)

 俊敏に方向変換をして接近してくる軍用犬は人を撃つより狙いにくい。戦う為に訓練された軍用犬なら当然だ。

 太郎は深呼吸に合わせて狙いを定めようとする。正しい頬着け、正しい見いだし。照門の中で、犬が照星に近付いた。

 引金を引こうとした瞬間に叫び声が聞こえた。

「ぐっ、うわあぁぁぁ……!」

 小西が腕に噛み付かれた。流れ出る血の間から犬の歯茎が見えており、牙は深々と筋肉に突き刺さっている。

「糞、駄犬め」

 刺創は前腕部。上腕動脈が激しく傷ついている。神経系も損傷を受け、全身的にも多少の影響が出ている。

 がく引きに成りながらも弾は当たった。太郎の狙った犬は腹部を7.62㎜NATO弾にえぐられて、地面に出来た血の水溜まりで悶えている。

「こいつを離してくれ!」

 小西の呻き声を聴いて、噛みついている犬を引き剥がそうと腕を伸ばす。

「うっ……あぁ……」

 激痛に小西は口から唾液をたらしながら、顔に苦悶の表情を浮かべていた。

(殺した方が早いか)

 犬を撃つか太郎が考えている間に班長は答えを出した。

「犬を押さえていろ。俺が射つ」

 班長が小銃の銃口を犬の側頭部に向ける。


     †


 動物は特別な治療を施さなくても自然治癒する。人が創傷を受けた時、処置をするのは、円滑な治癒を行う為だ。

 包帯の目的は、感染の予防、止血、鎮痛等である。 

 班長が救急医療票に行動様態、受傷原因、創傷類別、受傷部位などを記入している間に、伊集院が救急包帯で傷口を固定した。

「小西、いけるか?」

「ああ平気。大丈夫」

 脂汗を浮かべた小西に太郎は手を貸して立たせる。

 笑顔を浮かべようとしたら、後方警戒に出していた井上が走って戻ってきた。

「敵だ。来るぞ!」

 報告と同時に、敵の攻撃命令が聞こえた。夜通し自分達を追跡してきたと言う事だ。敵の執念に驚かされる。

 危険を冒すものが勝利するとSASは言うが、偵察は戦闘を極力避ける。追われている時なら、なおの事だ。

 小西が負傷していなければ、敵と遭遇した場合は分散して川まで個別に引き揚げる予定だった。計画を修整して、敵の尖兵を撃退してから全員で移動する事になった。

 班長の指示で散開して遮蔽物に身を隠す。しかし熟練した猟師の目は欺けない。敵にはすぐに位置が暴露された。

 弓兵が先頭に出て矢を放ってきた。制圧射撃を目的としているが、矢の多くは途中の樹木などに当たって届かない。

「わっ」

 太郎が顔を向けると、伊集院が泥に足を取られて尻餅をついた。視線を戻すと、飛来した矢弾が近くに生えたら木の幹に突き刺さっている。

「ええっ」

 間一髪の危機に伊集院は肝を冷やす。

(うわ……)

 太郎も伊集院の幸運に驚きを覚えたが、すぐに忘れ去ってしまう。敵の攻撃が本格的に始まったのだ。

 魔法攻撃も行われた。

 飛んで来て木の表皮を焦がした火の玉に顔色を変える。

「こんな所まで魔法使いがやって来るとはな」

 魔法使いは兵士よりも体力面で劣る。ゲームやライトノベルと言った創作物で太郎達の抱くイメージだった。

 しかし、それは甘く見すぎだ。

 この世界では近接戦闘も行う。第一に魔法を使うが、精神力が尽きれば無力になる。それがわかっているからこそ、正規軍の野戦魔導師は短剣や槍の扱いも修練している。体力錬成で一般人より鍛えられていた。シュラーダーで鍛えられた魔導師もその類いだった。

 火球が手前の樹木に当り周囲を焦がしている。樹木が邪魔で有効弾が送れないのだ。敵もすぐに悟って魔法の使用は控えられた。敵が次に選択した行動は接近戦。

 喚声をあげてばらばらと突撃してくる。

「射て」

 号令で射撃を始める。皮製の鎧しか来ていない敵は無防備も同然だ。胸から血を流して次々と倒れていく敵兵。雷の様な射撃音が響き硝煙があたりに漂う。

 木々の隙間から見える数名を倒した所で班長から移動の指示が出た。

 射撃で牽制しながら交互躍進で先に進む。

 敵に捕捉された。最早、痕跡を偽装する必要もない。先を急ぐ。

 後方で爆発音が聞こえた。

 井上がにやついている。地雷は持って来ていない。手榴弾を利用して置き土産を仕掛けた事に気付く。

 2つ目の爆発音が聞こえた。

「お前、何個仕掛けたんだ?」

「とりあえず3ヶ所。気が利くだろ」

 少しでも敵に被害を与えれば足止めにもなる。得意気な井上の口調に、周りから笑い声が漏れた。


     †


 敵の矢が、時おり降ってくる。正確に狙い撃った矢ではなく牽制程度の物だ。流れ矢が風を切る音に首をすくめる。背納に刺さった矢を抜くのが手間でうんざりする。

(まだ序の口だ)

 地獄の淵にもまだ踏み込んでいない。そう思うことで自分を慰める。

 このまま死んで悔いが無いといえば嘘だ。

 働いていないなら家事の手伝いぐらいをしろと言っていた両親の顔を思い出す。

(中二病の延長で、意地を張ってここまで来たとか、俺は馬鹿だな……。お父さん、お母さんに謝るべきだよな)

 家にいた頃、だらけていた自分を思い出して太郎は恥ずかしくなる。

(親孝行をまだしていない)

 視界が明るくなってきた。光源が木々の切れ目から入ってくる。

 班長が立ち止まった。森が開けて川に出た。回収地点だ。

「ついたぞ」

 考え事をしている内に着いた。周囲に敵はいない。

 雨が降った後でコーヒー牛乳の様な色をして、川は激しく流れている。渡河するわけではない。

 川原にしゃがみ込み荒い呼吸を繰り返す太郎達。班長は周辺警戒を班員に指示する。回収のヘリコプターが来るまで油断は出来ない。太郎も、水に濡れるのも構わず川に飛び込み配置に就く。

 川のせせらぎ、鳥のさえずり、風に揺れる草木の音。心を穏やかにするには十分な要素だが、神経は張り詰めている。

「その場で休憩」

 人は集中している時には腹痛を忘れる。同じ様に空腹も忘れていた。喉の乾きを覚えて足元に視線を向ける。

「ただし川の水は飲むなよ」

 班長は注意喚起した。寄生虫や未知の病原菌が存在するかもしれない。旅先で腹を壊すのは水が原因だ。

 周囲を警戒しながら水筒に手を伸ばす。戦闘糧食の袋を開ける者もいた。太郎も少しは食べておこうと思いポテトサラダを口にいれる。

 川の風が臭いを流してくれる。


     †


 風に吹かれ、眠気を誘われた。うつらうつらとまどろんでいると、川上から騎兵が現れた。

 敵は太郎達を完全に補足していた。背の高い芦をかき分けて水飛沫をあげながら向かってくる。日の光を浴びて槍の穂先が輝いていた。

 ぐっと込み上げてくる死への恐怖と緊張感。敵が敗者に情けをかけないことは知っている。

 二手に別れて追い立ててくる。取り囲まれ袋の鼠だった。

 敵兵力は精々200。それでも、弾が持つとは考えられなかった。

(ここまで来て死んでたまるか)

 班長の指示で取りあえず円陣を組んだ。包囲されるのは目に見えている。

 敵の接近経路を制し、火網を交差させる。射撃号令の後は各自の判断で射界に入った敵を倒していく。

(敵を殺さず負傷させて負担を強いると本に書いてあったな)

 細かい事に気配りをする余裕はない。

 手榴弾で吹き飛ぶ随伴歩兵。弾倉を交換する手が緊張から震えた。小西も負傷した腕を庇いながら脚使用で小銃を撃つ。

 銃声で怯むのも最初だけで、敵は屍を乗り越え向かってくる。死を恐れないのではない。弾は矢弾と同じで限りがあり、こちらが無敵ではない事を知っての行動だった。

 ホラー映画を見慣れた現代人の太郎には、実際の死体に現実感を抱けなかった。

 基本的に銃創は射入口が小さく射出口は大きい。射出口が見えない事から、弾丸が体内に停留する盲管銃創だと判断できる。

 7.62㎜NATO弾で弾痕の開いた敵の胸。迫力が無く、安っぽい映画のようだ。

 ばしゃばしゃと音を立てて近くに落ちてきた。軽く体を傾斜させ音から体を避ける。

 振り向く必要はない。敵随伴歩兵が矢を放ってきたのだ。矢を撃ち尽くすと、抜刀して向かって来た。

 矢を避けて川にしゃがみ込んだ為、服はびしょ濡れだ。

(馬を捕まえて逃げれないかな)

 肌寒さを感じながらも、小銃を敵に向け引金を引く指は止まらない。

 目の前の敵を狙いながら太郎は、普段の会話を思い出す。

「3ヶ月経ったらどうする?」

 それは定番の話題だ。契約の更新、除隊、色々ある。

(でも、今日を生き残れるとは限らない……)

 捕虜になる選択肢は絶対にあり得ない。そうなると自決するぐらいしかない。

(嫌、それだけは駄目だ)

 自殺をする根性はない。自分が死ぬぐらいならば、敵を殺す方がましだった。

 負傷した兵士の呻き声がする。

 倒れた敵兵の首に銃口を押し付けて引金を引く。顔半分が吹き飛ぶと言う事は起きない。だが頭が割れてマネキンの様に動かなくなった。

「ゴキブリみたいに沸いてくるな」

 軽口を叩く太郎だが、残弾を気にして連発で撃てない。単発射撃だ。

「班長、弾がありません!」

 高田2曹は雑納から弾倉を取り出して井上に投げた。それは森本から回収した物だった。

「弾が無くなったら、最後は銃剣突撃かな」

 伊集院の言葉に対して、井上は笑みを浮かべ答えた。

「日本人は万歳突撃と昔から決まっているだろう」

 冗談では無く本当にあり得る。

「その前に迎えが来てくれれば良い!」

 弾が無くなるのが先か、迎えが来るのが先か。

「帰ったら思い切り寝るぞ」

 太郎は家に箱積みしている成人向けゲームを思い出す。

(あれは、置いてくれているのだろうか)

 お互いで鼓舞しながら、生への執着心で戦う。

 その姿を見て班長は小さく頷いた。

 安全管理に気を配り、全体を見るよう班長の高田2曹は心がけていた。部下は消耗品の兵隊だが、自分の責任は果たす。

 今回の偵察は予定外の事ばかりだ。先走った隊員の暴走で始まった戦闘、回収地点の変更。

(考えればむかつく)

 部下に戦死者を出す。普通なら管理責任を問われそうだ。

(だが、ましな方か)

 少なくとも指示には従っている。

(ろくでなしのクズばかりだが、良くやっている)

 命令無視も最初の頃はあった。そこから考えれば、チームプレイとして練度も向上しており善戦していると班員を評価した。だが、まだ気を弛められる状況ではない。合流の時間を確認する為、腕時計に視線を向ける。


     †


 極度の緊張状態が続くと、人は正常な判断力が低下する。

 井上が死体を爪先で踏みながら言った。太郎は顔を僅かにしかめる。

「耳で首輪を作って売れないかな」

 倫理観の無い言動に太郎は呆れて溜息をついた。

「お前はベトナムの韓国軍かよ」

 戦場の狂気に晒された人間は異常な行動をとる。狂う事は、心的外傷からの自己防衛反応かもしれない。だが自分達は、戦闘で心を蝕ばまれるほどの経験をまだしていない。死体損壊など戦争犯罪で下卑た行為に思えた。

「マニア相手なら薬莢1つでも良い小遣いになるんだぜ」

 悪びれもしない井上の口調。暑さで頭をやられたのではないかと本気で思った。

「とりあえず、今はそんな余裕は無いな」

 喚声をあげて新手の集団が向かってきた。銃を構えながら太郎は思った。

(下手をしたら、耳どころかこっちの首を刈り取られる)

 額の汗を手の甲で拭う。

 波状攻撃をかけて来るが、敵の戦力も限られている。騎兵は最初の突撃でほとんど失われ、背後に下がっている。専らの攻撃は雑兵が相手だ。

 敵の集団に手榴弾を投げようとして、太郎は手元に残っていない事に気付いた。

「手榴弾は?」

 伊集院が怒鳴り返す。

「もう残ってないよ!」

(いよいよ終わりか……)

 奥歯を噛み締め覚悟を決めた。その時だ――


     †


 敵にどよめきが起きた。

「来た!」

 井上が空を指差した。

 迎えのUH-1汎用ヘリコプターがやって来た。休日の朝に叩き起こされる回転翼の羽音は不愉快だが、今は頼もしくさえ思える。

「助かった!」

 ほっとした空気が漏れる。敵は逆に士気が一気に低下した。彼らにしてみれば、ドラゴンに匹敵する空の脅威だ。

 風圧で、川岸に植生した木々から葉が引き千切られ空に舞い上げられる。

「急げ」

 射撃しながらヘリコプターに向かう。

「走れ、走れ」

 戦争映画の様に機銃手が搭載された7.62㎜機関銃で援護射撃をする。上から降ってくる空薬莢が熱を帯びているが、当たっても気にしてられない。

 太郎は小西に手を貸し乗せようとした。一瞬、小西は体を痙攣させて重力に引かれる様に倒れこんだ。

「小西?」

 腕に加わった重さに太郎は小西を見る。背中に突き刺さった矢が見え、小西は虚ろな瞳で呼吸をしていなかった。

「駄目だ。死んでる!」

 太郎は怒りで声が出なかった。

(ここまで来たのに!)

 班長に急かされヘリコプターに乗り込む。

 小西の遺体を処置してる時間も惜しい。今回は遺体もヘリコプターに載せた。

 全員が乗り込んだのを確認し班長が操縦手の肩を叩いた。頷いて操縦手が応じ、すぐにヘリコプターは浮き上がった。矢弾が機体を叩く。当たり所が悪ければヘリコプターを落とせる。

 機銃手が機関銃を撃ちまくり掃討する。その姿を見て、太郎達も小銃を再び構えた。

「射て、射て!」

 迫ってくる敵に残る弾を使い切る気持ちで撃ち込んだ。

 眼下に見える敵の群れ。矢の届かない距離になり肩の力を抜く。

(終わった……)

 任務を達成したのに負け戦な気分だった。2名の同期を失った喪失感は大きい。

 横たわった小西の遺体を眺めて、無性に家に帰りたくなった。

 鉄帽を脱ぎ頭をかく。汗ばんだ頭皮に空気が送り込まれる。

 太郎達は精神的にも限界だった。後少し遅れれば、自暴自棄な玉砕をしていただろう。それでも、ここまで戦闘にも耐えれる精神力を示した。


     †


 帰還した太郎達を日常が迎える。祖父と共に保護されたコゼットだが、宿営地に咲く一輪の花として太郎達にとって癒しとなった。

 老人が胸に受けた傷も癒えコゼットの帰る日がやって来た。

 叛乱軍はエルステッド北部へ一掃されつつある。しかし都市部を離れると依然として賊が跋扈していた。脱走兵や敗残兵が野盗化しているのだった。

「今回は警護訓練として民間人を村に送るついでに周囲をパトロールする。3班は二人の護衛に当たれ」

 邦人保護と施設警備を主目的にするアニマルコマンドーだが、王家から補助警察としての権限が与えられていた。賊を減らせばその分だけ褒賞が支払われる。矢山の指示に班長達は出発準備を始める。

「しゃきっとしろ山田!」

 宿舎での飲み会は恒例で、甘い酒は飲みやすく二日酔いに頭を痛める太郎だが、関係無しに班は出動した。

「昨日は朝からバーベキューで夜はすき焼きだったから胃もたれで気持ち悪い」

「食い過ぎだろ。野菜を取れ、野菜を」

 井上と伊集院がへたった太郎の隣で陽気に会話をしている。

 日本人目当ての商人から食材を仕入れて、監査の名目上は訓練場となっている広場で盛り上がった。

 フラフラしながらも太郎はスポーツ飲料で水分と塩分補給をする。

 山道をピックアップトラックが車列を組んで移動している。コゼットと祖父は中央の車輛に同乗していた。都市部や主要幹線道路と違い舗装はされていない。

「村まで送って頂いてありがとうございます」

 礼を述べるコゼットに隊員は、口々に気にしなくて良いと答える。

 コゼット達を送り届ける事は周辺住民に対する宣撫の意味が大きい。他にも敵と味方を区別する為など色々な大人の事情が絡んでいる。

 王都の会戦で撃破された叛乱軍はゲリラ化して各地に潜んでいた。その根拠地は過疎化した地方の村や山岳地帯等で討伐を何度も送られている。

 王軍や憲兵、時には依頼を受けてアニマルコマンドーが動く事も在った。だが王軍が欲しがっている叛乱軍や賊に関する目撃情報は少ない。誤情報どころか欺情報で討伐隊が返り討ちに合う事もあった。

 これは村が敵の支配下に落ちており、住民が賊に脅しを受けて協力させられている場合もあった。

 コゼットと祖父を村に送る事を名目にしているが、太郎達新入隊員に対する訓練の他に、敵の策源地になっていないかパトロールと情報収集も兼ねている。

「コゼットちゃんと別れるのが寂しいな」

 呟く太郎。ちゃん付けしているが、太郎とそれほど歳も離れていない。

 老人の傷が癒えるまでコゼットはPXで手伝いをして、アニマルコマンドーの面々とも馴染んで来た頃だった。

「お前みたいなキモオタの顔を見なくてすむから清々してるさ」

「なんだと」

 年上の高橋が軽く注意する。

「班長に怒られるぞ。警戒を怠るな」

 流れる景色は落ち着くものではなく、エルステッドの王都から離れると戦渦による被害の跡が残っている。途中で焼け落ちた集落が確認できた。住む者が居なくなり荒れた村は再建されるまで時間がかかる。住民が残っていれば再建にアニマルコマンドーが協力する事もあった。

 村まで敵との接触は無く昼過ぎには到着した。先行して1班が周囲の捜索を終えていた。

「異常なしだ」

「了解」

 班長同士で引継ぎを終えると下車の指示が出た。

「それでは班長さん。お世話になりました」

 村の入り口で降ろされた二人は会釈して家に足を向ける。

「コゼット!」

 遠巻きに見ていた村人の中から若者が現れた。若者の声に反応して駆け出したコゼット。

「手紙を貰ったけど心配したよ」

「ごめんなさい」

 抱き合う二人を見て太郎は胸に微かな痛みを覚えた。

 3班に警戒を任せ、煙缶を囲んで煙草を吸う1班。缶を赤色に塗装しただけの代物だが灰皿の様は成す。

 1班の班付である溝口3曹は陸教から帰ってきたばかりの若者だ。

 溝口3曹は班長の森久保2曹に報告する。

「森久保2曹、1時と11時方向に散兵です。得物は弓かクロスボウでしょう」

 1班が巡回をした時は不信な徴候は確認出来なかった。見落としていたのかと森久保2曹の眉間にしわが寄せられる。

「どこから沸いて来たんだか……小隊長に報告、迎え撃つぞ」 

 コゼット達の村は留守の間、逃亡してきたゲリラに制圧されていた。このままでは位置的に分が悪い。住民が敵と通じているのか、判断は難しい。非戦闘員を巻き込む可能性もあった。

「引き揚げるように見せて、途中から村に戻る」

「了解」

 アニマルコマンドーが立ち寄ったのは偶然だ。敵が罠を張っていたとは考えにくい。

 報告を受けた小隊長は、老人とコゼットに別れを告げると早々に村から離れる事にした。

「じゃあ、またな」


     †


 山道の途中で停まった車列。余分な荷物を残して下車する小隊だった。

「ここまで離れれば人の足では追いつけないだろう」

 ここから徒歩で逆戻りして賊の不意を突く。

「村は敵の制圧下に在った。隠れている敵の人数は不明だが、こちらを襲って来なかった事から考えて30名以上は居ないと思う。やる事は簡単だ。脅威を排除し村を開放するぞ」

 山道から外れて林の中を横隊で進むアニマルコマンドー。

「1班が北西から、2班は北東から突入し一気に叩く。3班は村から逃亡してくる残敵を叩け」

 村は盆地の中心から5㎞圏内に家屋が分散している。実質20名で捜索して賊を排除するには捜索範囲が広い。

 住民の協力に期待するしかない。ペピや老人に敵対してる兆候は無かった事から、住民は敵ではない。捜索への協力は期待できると判断された。

(糞、マジでふざけんな!)

 内心で罵る太郎の怒りは八つ当たりと言えた。

 起伏の激しい山中を移動するのは激しい運動になる。荒い呼吸を繰り返すのは運動不足の為だ。

 村が見渡せる位置に着いた。敵の見張りを陸教帰りの陸曹が素早く倒した。

「若いと動きが良いな」

 先任の誉め言葉に照れるが、捕虜を押さえる手に緩みはない。

「質問がある。誰から喋って貰おうか」

 そう言いながら先任は捕虜から適当な男を選ぶと、行きなり首を切り裂いた。

 驚く捕虜の前で仲間の一人が血に溺れて死んだ。その姿を見て騒ぎだした捕虜。

「助けてくれ! 何でも喋る、協力する」

 小隊長や他の陸曹は騒ぎもしない。尋問の手並みを見学している。

 最初に残忍な方法で始末すれば捕虜は勝手に喋ってくれる。この村に押し入った賊は15人ほど。魔導師はいない。

 聞きたい事を聞き終えると猿轡をした。捕虜の見張りを残して捜索を続ける。

 太郎の体からアルコールは抜けた。戦闘の予感から緊張感が沸き出してきた。

 斜面を利用した段々畑を抜けて自警団の小屋を包囲する。村の集会場だったが、今では賊のねぐらになっている。連れ込まれた村娘がどうなっているかは簡単に想像出来た。

(畜生共め)

 レイプや監禁系のエロゲーやAVは太郎の好みではない。実際に行う相手も理解できない。

 小便をしていた見張りと視線があった同時に怒鳴り声を上げた。

「マヨチキより豚キムチ、発見された」

『了解──』

 傾斜から身を出して小屋に向かって一斉に突入した。中では若い女性や少女を組み敷いて凌辱していた。獣な男達に7.62mmの銃弾による制裁を浴びせて倒していく。漂う血の臭いが平穏な村の空気を吹き飛ばしていた。

「投降しろ」

 残った敵は人質を取っている。一応、形だけは勧告をした。それに対しての返事はお決まりの物だった。

「うるせえ! この女を殺すぞ」

 そう言うと賊は剣先を女性の首筋に近付ける。

(悪くはない)

 銃を構えながら内心で女性の容姿評価する太郎だった。

「射つ方が刺すより早いんだよ、ボケ」

 抵抗されれば射殺するだけであり遠慮はしない。井上が人質を取る男の腕を撃ち抜いた。

 撃たれた男は血を流して倒れた。獣の様に叫んでいる。

 それを見た残りの賊は悲鳴を上げて武器を捨てた。

「賢明な判断だ」

 そして武装解除しようと班員が包囲の輪を狭めていく。

 手間をかけた割りにあっさりと制圧に成功し村は解放した。賊は連絡してヘリコプターで移送する。

「本当にお世話になりました」

 被害に遭った者の数も少なくないが、村人達は感謝をしている様子だった。

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