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残念な山田  作者: きらと
35/36

25.1 終わりは近い

 山間部の人目に触れにくい場所に築かれた村でも、戦争から免れはしない。村に通じる道は憲兵に封鎖されている。アニマルコマンドーのOH-6ヘリコプターが憲兵の飛竜と共に警戒に当たっていた。

「パロさん!」

 憲兵に殴られた村長のパロ・キセチン。サリフが抱き起こすと老人は口から血を流していた。貴族の爵位を持たなくても憲兵は逮捕権限を持つ官吏で、彼らに逆らう事は犯罪と同義だ。

「余計な口を開くな! お前達は訊かれた時だけ口を開けば良いんだ」

 ベウジツ村の中央にある井戸の周りに村人が集められている。旧シュテンダール領の街、ツェータに駐屯する憲兵と共にアニマルコマンドーの混成ティームは、イソプラミン峡谷の北8Kmにあるシルフ村を急襲した。

 亜人の攻勢が始まった時、呼応して北方騎士修道会のシンパが蜂起した。ツェータでも大管区指導者のアモキサピンが襲撃され、駆けつけたアニマルコマンドーがゲリラを撃退した。追跡するヘリコプターは生き残りが村に入る事を確認した。捕虜から聞き出した所、村は北方騎士修道会の隠れ里だった。

 憲兵を指揮するパン大佐は犯人捕縛に燃えていた。責任下にある部下を失い面子を潰されたからだ。パン大佐にとって命は尊き物、星よりも重い、等と言う人道主義は戯言で溝に吐いて棄てる物だった。大切なのは自分の手が差し伸べられる範囲で、自分達に害為す者は国家の敵でしか無い。敵に存在価値は無い。エルステッドでは2万7800人の反政府分子を狩り出し処分している。今更、躊躇はしない。

 アニマルコマンドーから送り込まれた矢山は、監視の人間を残して小隊に家屋の捜索を命じた。

 じりじりと照り付ける日差しに汗を流しながら憲兵と共に集めた村人を警戒している隊員。小銃に付けられた刃渡り29cmの銃剣が黒光りしていた。旧軍の銃剣程ではないが、素人目には威圧感のある代物だ。

「小隊長。態度のおかしい奴を拘束しました」

 耳打ちする先任の報告に矢山は眉をひそめる。

「こちらです」

 そわそわと落ち着きのない家人を連行し、先任に先導されて薄暗い室内に入る。清掃されているのか、埃はそれほど目立たない。

 靴底に違和感を感じ床に触れた。

「地下室か収納庫があるな。御主人、協力してもらえますか」

 矢山の言葉に連行されていた男はびくっと体を震わせた。ゲリラの隠匿物資か隠れ家があると想像出来た。

 矢山はL型ライトのスイッチを入れて辺りを確認した。官品は大きすぎで、PXで購入した私物だ。

 周囲を見回した。

 樽に木箱が並んでいる。木箱の中身はドワーフ王国が対外用に輸出している酢酸鉛で甘味の増したワインだった。

(あからさまな態度だ。絶対何かある)

 戸棚の足下に何かを引きずった痕があると気付いた。隊員が協力して戸棚を移動させる。

「あれか」

「多分、当たりですね」

 床下に扉を見つけた。

「何が出てくるかな」

 取り押さえられた男に話しかけながら部下に下がるように手振りで指示を出した。

 爆発物が仕掛けられていないとも限らない。矢山は率先して扉を静かに開けた。壁側で部下達は銃を構えて待つ。

 罠の類いは無く、床下には隠し部屋があった。ライトで照らしながら中を覗き込む矢山。視線の先には見覚えのある代物があった。

「どうですか、小隊長」

「これは……」

 部屋一面埋め尽くす武器。ただし、それは対戦車ロケット発射筒と自動小銃らしき物。この世界に存在するはずのない火器だ。

 床下から運び出された武器が矢山の目の前に積み上げられる。手に取ってまじまじと見詰める。

 銃に刻まれた刻印はStg44と読めた。AK-47の元となったドイツ製の突撃銃(Sturmgewehr 44)だ。

 別の木箱には弾丸が詰められていた。7.92x93mmクルツ弾だ。浮いた錆が経年劣化を伺わせた。

 家主の男、ハロペリドールに顔を向ける。ハロペリドールは古物商を商っているが、日本人の持つ銃との類似性から武器であると認識していた。

「いったい何処でこれを手に入れたんですか?」

 弾に比べて比較的保管状態は良かったのか、銃の表面には油が残っている。

 矢山の問いにハロペリドールは口を割らない。「小隊長の質問に答えろ」先任が床尾で男の肩を殴る。

「へぅ!」

 蛙の様に地面に這い蹲る男を他の隊員が協力して押さえつける。憲兵を含めた王軍は王の意によって動く。それに協力するアニマルコマンドーは正義だった。尋問の手際で批難される事はない。祖国日本への忠誠と違い、他国への協力は見返りや待遇面での優遇が求められる。

 法の番人である憲兵は民衆に忌み嫌われる。汚れ仕事を行うのは誰しも嫌だが、国家には必要な存在だ。ジョニー・スペオキ憲兵大尉がやって来てハロペリドールに視線をちらりと向けた後、矢山に指示を出した。

「この村は焼き払う。住民も敵性協力者として皆殺しにするそうだ」

 軍隊で必要なのは自分で考え判断する頭ではない。命令を確実に遂行する能力だけだ。ここで非人道的だと考え独断で逃がす者は必要ない。

「分かりました。ですが彼はうちで貰いますよ」

 アニマルコマンドーも憲兵を補助する事で汚れ仕事をやっている。

「好きにしろ」

 スペオキ憲兵大尉が退室すると、陸曹が「聞いてた通りだ。お前らは皆殺しだ。だが協力すれば別だ」とハロペリドールの耳元で囁く。それでも返事をしないので右手の人差し指をへし折った。

 絶叫を上げるハロペリドールにどうすると尋ねる。

「遺跡だ」

 脂汗を流し苦痛を堪えて喋る。

「どこの遺跡だ」

 躊躇しながらも話し出す。

「死霊山脈の南……」

 地名を聞いて矢山は眉をよせる。現在は亜人の攻勢で敵の勢力圏にある。

「シュラーダーにどうやって入った。一般人に国境は閉じられているぞ」

 強面の陸曹に小突かれて男は盗掘を行っていたと白状する。ゲリラと思想面で協力は無いと言う。

「この村に居たのも偶々だと言うのか。ふざけるな、ここはゲリラの村だ」

「まあ、待て」と矢山は抑える役割をしながら詳しい場所を聞き出す。

 邪神を封じたと言う伝承がある古代の遺跡で、人家から離れた山裾に廃墟が存在する。地上に目ぼしい物は無いが遺跡の地下は幾つもの坑道が掘られており迷路のようになっていた。

「遺物は金になる。危険を侵すだけの価値はあった」

 骨董趣味の貴族や好事家が相手の商売だ。邪神の封印などの伝承は気にせず、盗掘しては他国に売りさばいていた。今回はゲリラ相手に金になる物が出たから運んで来ただけだった。

「これと同じ物を売った事はありますか」

 口調こそ軟らかだが、火器の存在は日本人の優位性を危うくする。矢山と周りの目には真剣な物が浮かんでいた。気圧された様に男は言葉を吐き出した。

「ない。使い道を調べてからと考えていた……」

 他国に流出していないと確認し、内心で胸を撫ぜ下ろす。

 頑固に口を割らなかった理由は仕入れ先を教えたくない商人魂だと納得する。

(しかし、シュラーダー領内とは……厄介な場所だな)

 一時的に連合を組んでいるとは言え、シュラーダーでの活動拠点は制限され陸の孤島に近い。現在は協力関係を保っているが、いずれは敵対関係に戻ると見られていた。

(火器が存在しないと言う前提条件が崩れる。武器の回収は急務だ)

 シュラーダー領内を通過して、他にあるかもしれない武器の回収を目的に遺跡の捜索する。だが現実的ではない。

 深刻な問題が増えた心労から眉間にしわをよせる。

「詳しい尋問は宿営地に戻ってからだ。小火器が見つかったんだ。他に銃を持ってる奴等がいてもおかしくない」

 軍隊が理想の装備を手に入れる事は珍しい。自衛隊にしても90式戦車が日本の津々浦々にまで配備された訳ではなかった。

 アニマルコマンドーの装備は自衛隊の派遣で上限が取り払われ、大幅に増強された。補正予算を組まなくてもエルステッドからの収益で増えた機密費があるので、戦車こそ配備されていない物の、LAV-25装甲車の派生型が各種配備されていた。いささか時代遅れな中古品だが、アニマルコマンドーで装備していたピックアップトラックと事なり、歴とした装甲戦闘車輛だ。

 対する反乱軍はシュラーダーから傭兵の増強を受けていたが、装備が違い過ぎる。

(ま、今は亜人の問題もあるし、シュラーダーの援助は止まっている。何れ、エルステッドと対立するにしても先の事だ。だが銃の存在は放置できない)

 外ではパン大佐の苛烈な全般指導で、反政府分子である逆賊の村人が処刑されていた。これは王家に反逆した者の汚れた魂を浄化する崇高な使命だ。貴金属や宝飾品の類いが回収され、死体は焼却され残留物は残さない。

 連絡を受けてヘリコプターが着陸すると、村から唯一の生存者となった捕虜を連れ出される。


     †


 敵の方向で光と爆発が見えた。魔石の臨界に達した魔力が解放された力だが、日本人である太郎は立ち上るキノコ雲を見た瞬間に核攻撃だと反応した。無神論者であっても神の力に見える光景だ。

 吹き上がる黒い噴煙は摩擦から蒼白い稲妻を放っており、威力は戦術核兵器に匹敵した。自衛隊は素人に毛のはえた太郎と違いプロの戦争屋だ。だが敵の主戦闘地域前縁(FEBA)を突破した前衛の機甲部隊も光に呑み込まれ原子の霧へと分解された。

 社会人になれば親は守ってくれない。不意にその言葉が太郎の脳裏に浮かんだ。そして無性に家に帰りたくなった。

 次の瞬間、後続していたベーグルにも爆風が襲いかかってきた。爆心地から15Km離れていたが、爆風に煽られて車体が持ち上がる。北国の寒さを吹き飛ばす熱風だった。

「きゃっ」

 荷台から投げ出されたクレア。身を乗り出して太郎は手を掴む。

「何で」

 クレアは太郎が助けてくれるとは思わなかった。思い込みは視野狭窄になる。

 太郎としては今現在、クレアが味方で必要だから助けただけだ。

 自分は物語の英雄ではないと自覚している。どこかで活躍している誰か踏み台かもしれない。だからこそ自分に必要な仲間は大切にする。不要であれば仲間としてうわべを取り繕う必要も、手助けする事も無い。善意も悪意もなく必要性で動いた。

 熱気はまだ冷めていない。爆心地を中心に遮蔽物は無くなり更地に成っていた。味方の損害には気付かず、爆発の威力に感心する太郎だった。灰が降り注ぎ周囲の景色は一変している。モノクロな景色は非現実的だった。

「すげえな……」

 太郎のティームは砂塵が入ったのか車両は動かない。だが幸いにして人員に損害は無かった。下車して指示待ちで待機していると角笛が鳴り響いた。

 連合軍の方針は変わらない。今回の戦争は、種族として敵の殲滅にある。爆風が収まると進軍が再開された。それは正しい。亜人相手の戦いは火力のごり押しが出来なければ兵力に頼るしかなかったからだ。この好機を逃さず勝負に出た。

 傭兵に限らず兵士は金を払う者に忠誠を誓う。滅ぶ国に味方する義理は無い。ここで勝たねば人類は負けて日々の営みが終わるからだ。

 敵の魔導師は壊滅したのかゴーレムの姿はなく、生き残った亜人も呆然自失としてる者が多かった。しかし戦いが終わった訳ではない。

 土砂を被った虫が次々と地中から這い出してきた。虫は手当たり次第に周囲にいる者を襲い始めた。近くに居る同属の虫さえ噛み殺していた。その牙は人と亜人区別もなかった。

「脳味噌沸いてやがるのか」

 その通りで、爆発の影響で虫は正常な判断が出来なくなっていた。敵同士で共倒れしてくれるなら問題無い。放置して迂回すると、リーゼが拳を上げた。しゃがみ込み指差す先を注視した。

 仲間とはぐれたのか、ミノタウロスがさ迷っていた。迂回するには遮蔽物が無い。

 上の者にとっては何人の兵隊が死んでも関係は無い。だが直接、敵と刃を交える太郎達にとって危険は極力避けたい所だ。

 幸いにして周囲に他の敵は見当たらない。

「殺れますか」

「勿論」

 即答するクレア。これまでの腕前を見れば、不死者は居ないと実感出来る。限りなく近いミノタウロスにしても無敵ではない。

 リーゼが弓を構えた。筋肉の固いミノタウロス相手にはヘッドショットより目を狙った方が有効だ。目は鍛える事が出来ない。

 矢が突き刺さり咆哮をあげるミノタウロス。視界を奪うと、すかさずクレアが首を狙って刺突を放った。

 太郎もH&K UMPを構えると引金を絞った。今回の任務に当たって、64式小銃に代わり配備された短機関銃で評価試験も兼ねている。他にもベーグルには同じH&KからMP7、G36突撃銃、ミニミのコピーと言われるMG4軽機関銃等も納品されているが国産の武器と違い紛失しても身元は割れない。

 .45ACP弾は凶悪な武器だ。ミノタウロスの強力な表皮にダメージを与える。狙った訳ではないがヘッドショットを決めると、喉の唸り声が止んだ。

「ぬるいね」

 血糊を拭いながら手応えの無さにクレアは不満を感じた様であった。

 苦笑を浮かべる太郎だが、ふいに地面が揺れた。

(地震か?)

 太郎が足下を見ると地中から虫が沸き出してきた。爆発に巻き込まれ瀕死状態だが脅威になる。

「バソ・ミザキ・バソ・ラ・ナル・ベタ・ヨ・イオ・オンブン・エハ・ンド・ウ!」

 マリーは太郎に貰って舐めていた飴を噛み砕くと素早く詠唱を唱えた。茶色い泥水がマリーの頭上に集まり家庭用冷蔵庫並みの氷塊に変化した。

 重量感のある氷塊は勢いを付けて落下すると虫の厚い外殻を貫き止めを刺した。

 太郎は9mm拳銃に代わって受領したH&K Mk23を虫の頭部に向けて放った。弾はUMPと共通の.45ACP弾だ。虫の脳髄をミックスジュースかスムージーの様にシェイクする。

「オールクリアってか」

 アニマルコマンドーの頃に比べれば格段に武器が揃っている。戦争の終わりは近いと思えた。


     †


 自由は簡単に手に入る。生からの解放は死だ。

(死ぬのは御免だな)

 そうなれば戦うしかない。

 太郎がいささか現実逃避したのも仕方は無かった。

 見ためが巨大なこんにゃくの長方形が空を飛んでいた。どうやって浮かんでいるのかは常人に理解出来る物では無かった。

「あれから大きな魔力を感じます」

 ぺピの報告をそのまま上に流して様子見をした。

 国籍不明機への対処は警告、攻撃が通常で、撃墜すると成れば遠慮はしない。無線が通じる訳もなく空自のF-15、F-2が空対空誘導弾を仮称・方舟に撃ち込んだ。

 離れていれも方舟の大きさからその様子は見えた。太郎達も手を休めて注目していたが、誘導弾は途中に不可視な防壁があるのか爆発して防がれてしまう。

「あらまあ」

 これまでは中世時代にファンタジーを足した様なこの世界で無敵を誇った自衛隊機だが、これまでとは勝手が違った。

 機関砲が唸りをあげて防壁に放たれた。弾着の瞬間が分かった。方舟の手前500メートルほどに防壁が張り巡らされていた。接近し過ぎたF-15が防壁に衝突して爆散する。

 空自の退避した空では、マナティや鳥が次々と撃ち落とされていた。赤黒い炎が大地に華を咲かせた。

「おい、マジでか……」

 ただ浮かんで居るだけではなかった。方舟の外殻ににょっきりと現れた砲身から砲撃が始まった。電柱ぐらいの大きさがありそうなロケット弾も地上に降り注いだ。

(何だあれは!)

 不可視の防壁に比べれば子供騙しな兵器だが、運悪く撃墜される機体も現れた。現地人を相手にするには十分で、地上と空中に存在する物を容赦なく攻撃して居る。

(手も足も出ない……)

 新しい銃を手に入れて何でも出来ると強気に成っていたが、気分は一気に打ちのめされた。そこに連絡が入った。

『フォアローゼスからポップスターへ。LODへ後退せよ。繰り返す──』

 作戦遂行中の全部隊に後退命令が出た。

「任務は変更だ! 撤退する。味方を援護しろ」

 空に魔法や銃弾を打ち上げながら連合軍は後退を開始したが、敵は火点を見付け出し砲火を浴びせて来た。

「退け退け!」

 連合軍は大混乱に陥り敗走した。剣と魔法の世界にいきなり空中戦艦と呼ぶべき代物が現れたのだから仕方がない。

 頼みの綱である日本人も当てに成らず、敗残兵は統制を失い守るべき避難民を襲った。

 途中に身ぐるみ剥がされて裸で転がっている死体が散見された。人が亜人を害獣と見なす様に、亜人も人を生物としての尊厳を認めなかった。ただし反日国家の国民がAVを楽しみ「下半身は別である」と言うのと同様に、子孫繁殖の為に女子供は拐って行った。今回は更に連合軍の敗残兵が蛮行に加わっていた。

 混乱は現地人を登用しているベーグルにも現れた。ヴァルホイザーの街では略奪と放火が行われていた。民家に押し入り、女性にのしかかって腰を振っているベーグルの隊員も、破壊された秩序と調和して自然に溶け込んでいる。

 木山優。最近、入社したばかりの若者で実戦経験も少ない。高校を卒業して社会に適応出来ずやって来たが、戦場の狂気に呑み込まれていた。

「おい、止めろ!」

 声をかけた北方3尉は妥協を知らなかった。自分の直接の部下では無いが、同じ日本人が犯罪を犯している事を許せなかった。だが傭兵から見ればこれも役得の権利だった。

「うるせえ偽善者ぶってんじゃねえ! 俺達は傭兵だ。傭兵は金で雇われている殺し屋だ。欲しい物は力で手に入れる。文句があるならかかってこいよ」

「黙れ、逮捕する。武器を捨てろ」

 北方3尉は正義感から89式小銃を構えた。

「死ぬのはてめえだボケナス」

 北方3尉に背後から拳銃が突き付けられた。木山の相棒である江口翼だ。

 銃声が鳴り響き背中から焼けつく様な痛みを感じて膝間着く。北方3尉に同行していた部下は後ろから刺し殺され血の海に倒れ伏している。

「英雄気取りとは救いようの無いアホだ」

 木山と江口は死体から使えそうな装備や私物を剥ぎ取る作業にかかった。

 地球の歴史上と同じ様に、指揮統制の上で飴と鞭として戦地での略奪は容認されていた。

 味方が味方を殺す狂乱模様に顔色を変える事も無く敗残兵が通り過ぎて行く。その中には太郎の姿もあった。

「お粗末だな」

 略奪と暴行の様子を目撃して太郎は呟いた。

「助けなくて良かったんですか」とぺピは眉をひそめて詰問して来た。これが平時ならともかく、今は非常時で自分達の脱出が優先される。

「相手をしてる時間が無駄だ。早く逃げよう」

 ワッケは尻尾と耳を立てて、鼻を鳴らしながら先導している。統制を失った味方は既に友軍ではない。牙を向けてくる敵を察知する能力は、ユカチ兵の追跡者としての技能の一つだ。

「ツェルティンガーまで下がればこの混乱も収まっているだろう」

 集結地に指定されたツェルティンガーには司令部が前進しており、憲兵や従軍司祭の裁判もある。獣にも首輪が与えられ、統制も取り戻されると考えられた。

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