25 獣は死ね
シュラーダーの北は雪と氷、暴風が吹き荒れる死霊山脈で閉ざされていた。迫害を受けた猫族等は境界のギリギリに逃げ込む事で生き延びている。
僻地ではあるが、珊瑚やジュゴンが時おり地中から沸き出すので食糧に猫族は困っていない。人にとっては厳しい寒さも天然の毛皮がある為に薄着で、ウルトラライトダウンの類いは必要としない生活だ。
山岳地帯での戦闘でユカチ兵はドワーフに匹敵する精強さを見せたが、訓練などはほとんどやっていない。日向ぼっこをしている時間の方が多い。持って生まれた才能があれば努力は要らない。その事をユカチ兵は証明していた。
日本人はシュラーダーの支配に抵抗する少数民族を支援する様にエルステッドやドワーフ王国に進言した。
ドワーフ王国に義勇兵派遣と言う形で協力していたエルステッド王国は、シュテンダール領への正規軍投入による本格的な派兵を経験し、王都にドワーフ・エルステッド合同作戦本部(Joint Operations Center)を設置していた。JOCは日本人の提案を受けて、敵の敵は味方に成り得ると言う事から、物資や装備を提供した。結果として交渉は上手く行き、猫の眷族らしく恩義には恩義で報いると言う事で頼もしい味方になった。
冬季戦用の迷彩が施されたポンチョを被ってユカチ兵は村の周囲を巡回していた。シュラーダーの討伐隊が時おり現れるからだ。
リリヤ・アリカ・カンデラキ・タマとファティマ・グルィウ・アリエヴァ・ノラ。共に若いが優れた戦士で、日本人のスカウトに声をかけられた事もある。
「タマ」
耳をピンと突き立てて白い毛並みの相方が声をかけてきた。何かを発見した様だ。友達がいないボッチは視野が狭い。対して仲間を持つ事は大切だ。自分と違う物を見ているからだ。
ユカチ兵は血の繋がりを重視する。裏切りは絶対に出ない事から、傭兵としても重宝された。
「何、ノラ」
灰色の毛並みをポンチョの隙間から覗かせながらタマは反応する。
「聞こえたか、今の音」
ノラの言葉にタマは耳をすます。かん高い竜の鳴き声が聞こえた。
「竜?」
「竜騎士かな」
死霊山脈がある為に敵が空からやって来る事は少なかった。空からだと村はすぐに見つかる。
「皆に知らせよう」
駆け出す二匹の頭上を竜の群れが南へ通過して行った。
シュラーダーの主戦場は西と南にある。北に閉塞されたシュラーダーが南下政策を取るのは、生存圏獲得と言う現実的な目的もあった。
辺境警備隊は線引きが曖昧な国境地帯を巡回している。死霊山脈のある北方は小数民族以外に敵らしい敵も無く、穏やかで暇な日々を過ごすだけだった。
ペプシ・ノゲンはここから離れたピロリ村の出身で、兵役で辺境警備隊に配属された。
監視塔に立つペプシの目の前には、手すりの上で蠢く蟻の姿があった。登って来た蟻の首を引きちぎり動く胴体をぼんやりと眺めるペプシは狂気染みていた。
「今日の晩飯ははるまげ丼か」
はるまげ丼は、古来の伝説に由来する伝統料理で米飯に分類される。小麦粉で作った皮に野菜や肉を入れて筒状に包み、高温の油で揚げて炊きたての飯の上に乗せて、特製のポアソースをかけて食べる。後にベーグルの調査員から、ポアソースにメタンフェタミンが含まれており依存性が高いと報告が上がっている。
街まで離れており楽しみは食べる事ぐらいしかない。
ふいに足元が暗くなった。日差しが雲に入ったのかと顔を上げると、三つの頭から炎を吐く竜が降りてきていた。鱗に覆われた体は黄色い。
「火竜だ!」
これまで人目に触れる事が少なく希少種とされていた火竜が群れを成して現れた。降り注ぐ赤黒い火球。腕に覚えのある者でも直撃を受ければ生きてはいない。
甲冑ごとペプシは融解した。殺した蟻の様に仲間もなぶり殺された。兵舎も紅蓮の炎に飲み込まれて行った。その後には、こんがりと焼き上げた死肉を貪り喰う竜の姿が見受けられた。
辺境の事案は始まりに過ぎない。
国土の大半が岩山なドワーフ王国レイシストの街は黒ドワーフ鎮圧後、流通網の中心として発展を続けている。街では新たな建物が次々と建てられていた。
郊外のベーグル本社は一等地と言う訳ではないが、地雷原を挟んで周囲にも人家が増え始めていた。外柵に沿って積み上げられたコンテナが防壁の役割を果たし、外から監視の目を妨げている。
私生活が計画的に管理出来ない者は仕事も計画的に出来ないと言うが、警察、消防、救命従事する者は計画通りに行かない。葬儀屋もいつ依頼があるか分からない。人材派遣のベーグルも同様だ。
日本では一日8時間、週40時間以上の労働をする場合、25パーセント以上の賃金割増をしなければならないと定められているが、異世界では関係無い。その分、戦闘参加で賞与が支給される。
太郎が会議室の窓からぼんやり外を眺め、下宿先で抱いた娼婦との情事を思い出していると、幹部が入室して来て会議の時間になった。
「──死霊山脈にあるウエッブ遺跡との連絡が途絶えた。電磁バーストも観測されており、通信機機は使えない。遺跡にはDDAの一個大隊が常駐して警戒に当たっていたし、定期的な物資と交代要員の輸送を行っていた。既に72時間が経過している、生存は絶望的だ」
ウエッブ遺跡とは太郎達が発見した遺跡の事で、便宜上の識別で従軍した将軍の名前が付けられた。遺跡には警備以外に調査団としてエルステッドとドワーフ王国から学者が送り込まれ、日本も協力していた。
「死霊山脈に飛ばしたUAVも落とされたのか戻ってこない為、正確な状況は不明だ」
正確には電磁カレントが増大した為、影響を受けてUAVは落ちた訳だが、邦人に被害が出ているかもしれないと言う事で森島は苦虫を噛み潰した様な表情で語る。
「ここから本題だが、シュラーダー領内でも亜人の大規模な攻勢が始まった。カロテノイド平原を下り、ファット、スプレッド、エリスリトール、クーベルチュールと言った街を落としている。ユカチ兵の村も被害を受けており、死霊山脈に近付く事は難しい。ここまでの現状から考えて、エルステッドでの攻勢は牽制か前座だったと考えられる」
戦争には準備がある。それは亜人でも同じで、奇襲を受けたのは察知できなかったからだ。圧倒的なゴーレムと亜人の波状攻撃。縦深突破ドクトリンの具現だ。
シュラーダー軍を統括する司令部は混乱した。戦時体制での大本営は設置されていない。敵の侵攻と味方の被害情報で手一杯になり、避難や迎撃の指示が満足に行えない有り様だ。
急遽、動員された民兵と諸侯の兵を加え迎撃に向かうシュラーダー軍。北部に敵が居ないことから上級司令部は設置されておらず、戦力の配置も低めだった。指揮は本来、予備兵力の訓練にあたる国内軍が担当する。
急激な戦線の拡張のため、軍の展開が追いつかなかったシュラーダーだが、各軍管区から予備隊を抽出した。時間稼ぎのため果敢に踏みとどまった部隊も敵の攻勢に飲み込まれ、戦線は次々と突破されている。
「シュラーダーは大規模な動員を発令して亜人の侵攻を阻止する構えだ。はっきりと言えば、共倒れしてくれる事が理想的だがそうもいかない。次は自分達だからな。ドワーフとエルステッドはシュラーダーの支援を決定した。ベーグルは派遣されるDDAの援護する」
エルステッドは現状、苦労して領内から亜人を一掃したばかりだった。シュラーダー領内に現れた亜人の攻撃は南下を目指している。
長年、流された血を考えれば、昨日の敵が今日の共と簡単に割りきれる物ではない。だが国家の利害を前にしては些細な問題だ。
戦争を商売にする傭兵にとって、正義は自己満足に過ぎず戦場には闘うために行く。死んでも英雄には成れないが遺族に金は残る。
「遺書や遺品整理はしっかりとやっておくように」
武器の性能差が戦争の優劣を決めるが、万が一で任務中に死んだ場合は死亡届け、火葬、埋葬許可まで問題なく処理される。メメント・モリの精神、死を忘れるなと言う事だ。
(死んだら、後の事は関係無い)
今の太郎は、仕事の合間に食って寝て女を抱く。欲求を満たすだけの生活だ。遺書を残す積もりはなかった。終戦記念日や震災のあった日に追悼する気もない。ブログで記事を書いていたのも、アクセス数稼ぎに白々しい話題を書いただけだ。上部だけの信念がない愛国心は熱病のような物で、現実の前に冷めるのも早い。毎日、死体を見ているうちに死者への追悼やお悔やみを述べる気持ちも沸かなくなった。
(所詮は魂を入れるだけの器か……)
善悪は関係無く戦争はエスカレートする。全てが関係している様に考えられた。
†
空からピヨピヨと小鳥のようなさえずりが聴こえる中で、街道を進む車列があった。騎乗したシュラーダーの憲兵が隊列の先頭を進み集結地まで誘導している。外国軍の応援に複雑な心境なのか、表情は固い。
無理もなかった。開戦時24個師団の常備軍を保有し、10日以内に5個後備師団の動員を終えたシュラーダーだが4人に1人が死ぬと言う損害を受けていた。
軽トラックの荷台で揺られるベーグルのパーティー。北に向かうほど気温が下がってきたのを肌で感じる。並べられた衣納の上に雑毛布を敷いて横になっていた。ドライバー以外は寝て過ごすしかない。
「まさかこんな形でシュラーダーに来るなんて、昨日までの敵と手を結ぶとは思わなかった」
瞑った目を指でマッサージしていたリーゼが呟いた。クレアは顔を向けて頷き返す。
「本当、そうね」
日本人の介入で世界情勢は大きく変わった。今回の亜人襲来も間接的な影響与えていると言えた。
「山田さん。ヘリコプターを使えば直ぐに着くのではないですか?」
口を開けて空を泳ぐマナティの群れをぽかんと眺めていた太郎に、同じく外を眺めていたぺピは質問した。携帯ゲーム機で遊んでいた事を思い出して電源を落とし太郎は答える。
「ああ。ヘリコプターにも数があるから予約は取れなかった。まあ、何でも早い者勝ちだ」
「そうなんですか」
「そう言う物さ」
太郎はゲームを再開しぺピは外に視線を戻す。空は晴れ渡っていた。
シュラーダーでは圧政が敷かれており民は食うにも困っていると聞いていたが、畑は実り豊かに見えた。移動経路は外交的な面からも選ばれた場所なので、実態を見せないと理解できた。
集結地で太郎はパーティーの補充と合流した。4人は身軽な人数だが今後の戦いでは数も必要になるからだ。
夕食の時に自己紹介も兼ねて新メンバーを3人連れてきた。
「新しくパーティーに入るマリー・ゴルチェとセスパ、ワッケだ」
日本なら青春を謳歌する年頃の年齢だが、好き好んで危険のある調査員に入ってきた。太郎も履歴書を読ませてもらった。皆、戦場を知っており人殺しも経験していると言う事で、私情を仕事より優先する馬鹿は居ない。
「マリー・ゴルチェです。ロクシタン出身で、趣味は芋虫の脚集めです」
芋虫の脚は秘薬の材料として知られている。特製の糖蜜が入った蜜壷に漬け込む事で、滋養にも良い。飴状の芋虫が手土産として配られた。
味に自信があるのか笑顔を浮かべるマリーはドワーフの魔導師。芋虫で才能は推し量れた。パーティーの魔導師がぺピ一人で負担も大きかったので歓迎される。
クンクンとテーブルの料理に集中力を削がれていたセスパは、猫族のユカチ兵出身で近接戦闘の面でパーティーの戦力を補完してくれる。
「戦闘もあるんですよね」
不安そうな顔をしたワッケは変わった経歴で、シュラーダー衛星国からの出稼ぎ労働者と資料には記載されている。
「こっちはクレアさんにリーゼ、ぺピ」
一通りの挨拶と紹介が終わると歓迎の食事会が始まった。
野外机の上に並んだドワーフ名物の漬物ステーキ、エルステッドの焼きモグラ、シュラーダーのエルフベーコンとジャガイモのスープ。新人が食事当番と言う訳ではないが3人で用意をしてくれた。飲み屋のメニューに屋台の品、家庭料理と言う奇抜な組み合わせだ。
「ふひひひ」とワッケが笑い声を漏らしている。クレアとリーゼにクロスボウの有用性を自慢していた。ワッケはクロスボウで、射距離と威力に優る長弓部隊を相手にした事がある。
「扱いも長弓に比べたら簡単だし、素人でも即戦力になるんだ」
甘い味わいの果実酒は飲み口も良く杯を重ねてしまう。
「──だからね」
「うんうん、そうだね、そうだね」
マリーはぺピと魔導書の話題に熱が入っている。
旨い料理で打ち解け酒が入り饒舌になる。太郎も、セスパの透明感のある瞳を見つめながら先輩ぶって心得を説いていた。
「俺達はベーグルに雇われた調査員だ。個人的に不満があってもパーティーリーダーである俺に従って欲しい。無理なら他に移動してくれて構わない」
個人的に正しいと思う考えよりも、任務と命令、上の判断に従うのが兵士としての役割だ。考えるのは上の仕事だ。
「給料分の仕事はするよ。僕は鯖が好きだな」
太郎の言葉で失った仲間をクレアは思い出した。この男は邪魔になれば殺す──。
(人望がないのは自分の落ち度だとは思わないのかな)
じっと見つめるクレアに落ちつきなく照れる太郎。はあ、とため息を吐くクレア。
「人の心は複雑か……」
世界が敵に回ったと感じる者も居れば、他人の心を気にしない者も居る。
「どうかしました?」囁くぺピにクレアは頭を振ってグラスに口をつける。
「何でもない」
太郎の事を可愛そうな人間だと思った。
女より男の方が子供っぽい、現実を見ない事が多い。女心がどうこうと言うレベルではない。共感できない。人の心が分からない。分かろうとしないのだった。
†
戦争を始めるのも終わらせるのも会議室で決まる。会議の場こそ将軍達の戦場だった。そして歴史を作り動かすのも若者ではなく老人達だった。
エルステッドのシュラーダー国境に近い乾燥地帯にドワーフの工兵隊によって設営された飛行場がある。仮称パンパン飛行場。この場所が選ばれたのはシュラーダーの応援として派兵される日本人の為だが、地理的な理由以外にも訳がある。シュラーダーが停戦に合意し救援要請を出してきたと言えども、昨日まで敵だった相手で簡単には信用できない。日本人は散々、シュラーダーの計画を邪魔してきた存在だ。敵としての悪名も高い。
上空から眺めると飛行場の施設を中心に街が形成されている。一ヶ月前には姿形も無かった町並みだが日本人目当てに目敏く移ってきた売春婦や商人達だ。区画整理され、タールで舗装された道路が広がっている。
C-2と呼ばれる大型輸送機から降ろされるのは装輪装甲車や機動戦闘車、73式大型トラック等各種車輛。所属を表す表記はアニマルコマンドーの物に変えられている。
シュラーダー援助軍司令部(MACS)はJOCとは別に新設され、ドワーフ、エルステッド、日本人の三者で構成される。後藤田は日本代表となる人物を待っていた。
陸将補の階級章を付けた男が現れた。50代前半の小柄な男性だが背筋は伸びて堂々とした風格を漂わせている。
敬礼する後藤田に男は答礼し声をかけた。
「なるほど、確かにこっちは暑いな。後藤田君」
「はい川口さん。ですがカンボジアよりはましではないですか」
川口陸将補は90年代、カンボジアで非公式な作戦を指揮した経験を持つ。カンボジアではポル・ポト派のゲリラと、その活動を支援するPMCを相手に戦った。
今回、川口陸将補の率いてきた兵力は威力偵察や示威行動と言った規模を越えていた。第71戦車連隊、第3普通科連隊、第1特科隊に特科教導隊を増強した第1特科連隊を中核に偵察・通信・輸送・衛生等支援部隊で、正味の旅団規模となる。
後藤田の返事に口角を吊り上げる川口。
「此方に来る前にJOCへ顔を出してきたが、あちらの要望としては、出来るだけシュラーダーの連中を消耗させて欲しいそうだ」
「相変わらず貴族の連中は腹黒いですね」
国家に真の友は居ないと言う。散々と侵略の危機に晒された立場からすれば、戦後を考えればシュラーダーの国力を削いでおきたいのが本音だ。
「で、状況に変化は?」
これまで日本は異世界に対して必要最低限度しか送り込まず、陸上自衛隊の本格的な派遣にも慎重だった。幹部や陸曹に経験を積ませるだけなら少数の派遣で良いが、部隊としての派遣では話が違って来る。半官半民から官へと戦いの主導権は移った。
指揮官としては現地人と顔合わせをする前に、事情を知っている後藤田から最新の情報を手に入れて置きたい所だった。
「敵の攻勢に対し各国は共同して連合軍を編成。ここまではご存知の通りです。我々はアニマルコマンドーとベーグルから抽出した部隊を前線に進出させ共に敵を圧迫しております。接触線を越えて浸透した敵に関してはドワーフの郷土防衛隊、エルステッドの憲兵が応援として索応、所在の敵を撃滅中ですが、必要なのは休養と再編成ですね。あちらさんも色々あって、予備隊と前線の部隊を定期的に交代させると言う事も儘ならないそうです」
戦場はシュラーダーに限定されているが、手助けしなければ火の粉は味方にも降りかかる。協力は当然だった。
「他には何かあるか」
「巷では魔王の復活が噂されていますが、真偽は分かりません」
「魔王だろうと魔神だろうと、要は叩き潰してやれば良いだけだろう」
川口は地球の理と異なる世界であっても、不確かな存在に惑わされる積もりはなかった。
力は目に見えてこそ効果がある。
「これだけの味方が来れば我々も安心です」
シュラーダーから来たノスティッツ少将が賛辞の言葉を贈って来た。
依頼には忠実な日本人。そして武力は抜き出いている。頼もしげに装甲戦闘車両を眺める連合軍を構成する各国の将軍達。彼らの背中を眺めながら川口は、骨董品の保管装備でこちらに派遣しようとした外務省職員の憎々しい表情を思い出した。公安調査庁や警察が隣国と繋がりがあると監視している政党の支持者だった。
(修理の部品も揃わ無い様な装備で成果だけ求めるとか正気の沙汰とは思えん。丸でど素人の妄想小説を読まされたみたいだ)
当初、正面装備の損耗を懸念した背広組は、補給処や武器学校等に保管していた61式戦車や60式装甲車の使用を提案してきた。筋が通っていないと制服組全員が猛反対したことでこの暴挙は阻止されれたが、実現していれば派遣部隊の指揮官としては部隊の運用で大いに悩まされる所だった。
オズヨルヤナ上級大将の指揮下で新たに設置されたシュラーダー北部方面軍は連合軍も統轄する。オズヨルヤナは「剣や槍で武勲をあげる時代は終わった」と、理知的に考えて日本人の空爆がもたらす破壊と衝撃力を評価していた。「我々に落とせぬドラゴンは無い」と日本の広報担当者が従軍記者に答えた言葉は、シュラーダーの竜騎士を憤慨させたが、既に一般の兵と変わらぬ消耗品で「竜騎兵」と揶揄されており騎士の誇りでは戦えないのが現実だった。
早速、幕僚を連れて着任の報告をした川口にオズヨルヤナは、挨拶も手短に済ませて戦闘参加を要請した。
「3ヶ月以内に52個師団が揃い、反撃に出る計画だったが敵の進撃が早すぎる。そこまで敵が待ってはくれない。現在、ロマノヴァ中将の第XLVI軍団と第XXXIX軍団が中央を支えているが、敵はゴーレムの投入で戦線に圧力をかけてきている。そちらの竜を飛ばしてもらえると有難い」
LOとして派遣されていた後藤3佐が川口に折り畳んだ地図を見せながら説明をする。
「やってる事は旧ソ連のOMGと同じ様な物で、ゴーレムが戦車で亜人が狙撃兵ですね。敵の攻撃は防御を考えていないのか、主抵抗線を抜けば予備陣地も無くがら空きです」
川口はオーバーレイに書き込まれた彼我の位置、部隊の編成・規模を確認すると、オズヨルヤナに質問した。
「状況分かりました。最終的に我々はどこまで進むのでしょうか?」
軍隊は計画によって動く。幾ら臨機応変と言っても、進出の限界を決めておかないと補給や疲労等で齟齬が生じる。エルステッドやドワーフ王国では日本人による作戦立案も契約に入っていた。ここではシュラーダーの求めで動く事になっている。
参謀のヴァンディシン大佐がその問いに答えた。
「国境の保障が得られる死霊山脈までです」
応援を得た事で実行に移された反攻作戦は伝説の神獣から名前を取られ「怒りのコアラ」作戦と呼称される。
日本人が派遣した部隊の骨幹部隊は、北の防人である第3普通科連隊で、冷戦時代にソ連軍の北海道侵攻が起きても道北でアメリカ軍の応援到着まで戦い抜く事が前提の精兵だった。弾が無くなれば銃剣で戦い、木の根を食べてでも生き残ると伝説化されていた。
今回相手にするのはロシア人でも中国人でもなく亜人。日本国内に備蓄されていた弾は減装薬だが、ミノタウロスを除外すれば大抵の敵を撃ち抜く威力に不足はない。
日本人は夜戦を好む。暴走族が走り回るのも日中より夜間が多い。歓楽街も夜に営業する。暗闇が大胆な動きを行わせる。行動の自由があった。夜討ち、闇討ちと言う言葉も古来からあるように日本人は合理性を選んできた。
今回の第一撃は夜間戦闘で始まった。90式戦車の小隊が尖兵となって進む。後続するのは87式偵察警戒車と普通科の96式装輪装甲車で威力偵察の任務も帯びている。
「バカッター41αからカイカイ、前進する」
『カイカイ、了解』
冷戦時代はソ連軍に対抗すべく、第7師団が日本唯一の機甲師団として90式戦車や89式装甲戦闘車と言った高価な装備が与えられた。機甲師団による機動防御(Mobile Difference)が山地と起伏の多い日本で当てはまるかと言うと、北海道しか配備なかった事から自ずと理解出来る。
戦車乗りにとって夢の縦深突破が実現されようとしていた。問題があるとすれば、戦車や装甲戦闘車の数が物足りない所だが、許容範囲だ。
国産に拘らなければレオパルド2A5やブラッドレー歩兵戦闘車を日本中に配備する事も出来た。だが製造技術の蓄積と言う意味では国産も無駄ではない。米軍がフォース21を経てストライカー旅団戦闘団に改編を進める中で、自衛隊も冷戦時代の思考から脱却し対中国・韓国を視野に入れた即応性の高い編成に改革を進めている。
車間距離50mで縦隊隊形で移動した。熱線映像装置で視界は良好だった。
幸いにして友軍の行動を阻害する避難民や敗残兵の類いは見当たらなかった。ゲリラが紛れ込む危険も無い。時間と手間の節約になった。
「来たぞ」
90式戦車は本州での運用には適さないと北海道に配備を限定されていたが、高価すぎた。その為、調達数は少なく時期を逸した不遇な戦車である。
発砲の許可は降りていた。遭遇した敵は全力で叩く──。
「前方、ゴーレム、徹甲、撃て」
砲声が鳴り響き亜人がどよめいた。90式戦車は徹甲弾と対戦車榴弾を積んでいる。ゴーレムの硬さは分からないが、初めから徹甲弾を装填していた。
今後は10式戦車に主力戦車の立場を譲る事になるが、戦車としての性能はまだまだ現役だと証明している。
ラインメタルがどうのと言われても一般人には分からないが、120mm滑空砲の威力だけはストレートに伝わる。
戦争には勝者と敗者しかない。破壊されたゴーレムを見れば、言葉の通じない亜人にも分かる。力こそ正義だ。命中後の衝撃と炸裂でゴーレムは砕け散った。
「うぇーい、やったぞ」
平成7年生まれの部下は車長から見てよくわからない言葉を口走る人物だった。脅威を潰したら後は走るだけだ。
「前へ」
日本人が幾ら雇われた傭兵と言っても銃の技術は渡さなかった。銃が大砲や爆弾に発展するのは目に見えている。自分達の有利勢を崩す事になるからだ。
ゴブリンに随伴していた亜人の軍勢は、戦車に跳ねられ引き潰され恐慌状態に陥った。本能が逃げろと告げている。実際、意地では戦車に勝てない。逃げるしかない。車体に当たれば骨は折れ、履帯に轢き潰された体は肉片に成るだけだ。
夜明けが近付く中、空中機動で亜人の後方遮断と包囲が行われようとしていた。うっすらと空が明るくなる中、オスプレイやブラックホーク、チヌークと言った編隊が見えた。機内には、連合軍の将兵が載っている。ねこねこウィッチで知られる猫族の精鋭、呪術師達の姿もあった。
空からの襲撃を知らせる角笛が鳴り響き、油を詰めた樽が火球になって空を照らす中、第二次世界大戦の防空網より劣るとはいえ、それなりの迎撃が行われた。ミサイルのように音速を超えて飛ぶわけではないが魔法も当たれば火の玉を生み出す事になる。魔導師の詠唱で産み出された氷の矢がオスプレイを襲いメインローターをはね飛ばした。墜落する機内では赤裸々なままに悲鳴が沸き起こったが助かる術は無かった。
無事に着陸した機体から飛び出した隊員は、墜落する他のオスプレイに顔色を変えて二次災害に巻き込まれない様に走り出す。日が陰り空を見上げた瞬間、絶叫が飛び出した。
「ドラゴンだ!」
連合軍の急襲に対して、竜の巣から駆けつけた火竜が襲いかかった。
護衛のF-15は竜の迎撃に向かうがこれまでと勝手が違った。火竜は飛竜と違い、戦闘機に対して旋回半径の小ささを利用して、射界の外から炎の吐息を撃ち込んできた。しかしF-15はアフターバーナー付ターボファン・エンジンを搭載している。一撃離脱で格闘戦を避けられれば竜でも速度で追い付くことは出来ない。
空自の活躍で航空優勢を確保し空挺堡が拡大された頃、日本人の尖兵に続いてベーグルの車列が自動車化歩兵として突破口形成部を拡大した。
地球では1900年以降の近現代で、飛び道具がどんどんと進化をしていった。銃が大砲へ、飛行機の発達は爆弾搭載量と威力を、そして無人機やミサイルの誘導兵器で人が死地に立たなくても殺傷出来る様になり殺害の記録は塗り替えられている。
この世界でも自動車と無線機、野外電話の普及で機動打撃の概念が生まれていた。
尖兵の支援を命じられたベーグル。戦車の前進に火力と機動力で追従出来る事から当然とも言えた。
「さあ、お仕事の時間だ」
空を見上げた太郎は、どんよりと曇った空に前線へ向かう竜を目撃した。
(味方の偵察かな)
シュラーダーの竜騎士だ。太郎からは見えなかったが竜は円筒形の樽を抱えていた。
騎手の眼下を90式戦車を先頭に友軍が快進撃をしていた。
「中々、やるね」
演習で騎兵の突撃を見た事がある。だがそれ以上だった。
「俺達も負けられないな」
騎手は相棒のトコロテンを軽く撫でて先を急ぐ。彼らは魔石を利用した新型爆弾の実地試験として投下任務を命じられていた。任務の緊張感が空の寒さを一時的に緩和させていた。
「とにかく、敵の集中してる所に落とせば良いんだな」
戦争にやり過ぎと言う物はない。負ければ失うからだ。使える物は使い、新兵器や試作品であっても実戦で試される。データの収集と言う面でこれ以上に正確で分かりやすい物はない。
旗指物が目立つ司令部の類いが見えた。ゴーレムに随伴するのは、ゴブリンやミノタウロスと言った亜人の部隊。それらを統轄する司令部は存在する。
祖国を蹂躙する憎い敵だ。一撃で滅ぼす事は出来なくても、指揮系統に損害を与えられる事は確実だ。着の身着のままで逃げてきた民の話は聞いている。
「獣は死ね」
爆弾を吊り下げる縄を切った。
(まるで竜の糞だな)
竜の糞と日本人が投下する爆弾をシュラーダーは呼ぶ。やってる事も目指した物も同じだ。結果だけが予想外だった。
空から落下して来る物体。その異物に気が付いたゴブリンの見張り員は角笛を吹いて警報を発しようとした。
着弾した瞬間、轟音と閃光が走り太陽が地上に出現したかのような光が現れた。光を目にした者は原始の雲へと分解された。
「へ?」
次の瞬間、巨大なキノコ雲が立ち上ぼり周囲の敵味方を問わず飲み込んだ。吹き上がる粉塵と土砂は魔法を凌駕する。鬼神も怯む威力で多くの将兵を昇天させた。
「うわ……」
肌に感じる熱風に危険を感じた騎手は離脱を試みたが、光に巻き込まれ竜と共に燃え尽きた。
この状況を高高度から監視する者が居た。
円盤状の特徴的なロートドームを載せた機体は、E-767早期警戒管制機。機内では焦りと驚愕の感情を飲み込んで男達が情報を確認していた。
「核兵器か?」
「気化爆弾の一種ではないかな」
味方も巻き込んだが敵の進撃を停滞させている成果は大きい。
「いずれにしても、連中が隠し玉を持っていたのは事実だ」
核兵器に匹敵する大量破壊兵器の登場は日本人にも大きな衝撃を与えた。




