表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残念な山田  作者: きらと
33/36

24.4 一斉駆除

「猫のにくきゅう」作戦の破綻でJTFが破られる前に、サカイ県にある日本人の租借地もまた亜人に攻め込まれていた。

 通常は諸侯の私兵や国境警備の部隊が足止めを行っているが、内戦後の混乱でエルステッド北部はまだ戦災から癒えず自警団程度しか存在しなかった。王軍と言えばシュテンダールへ兵力の抽出もあって、憲兵と充足率が低い部隊しか存在しなかった。

 そもそも王軍に亜人の軍勢を止めるだけの手立てがあればJTF編成などされない。アニマルコマンドーやベーグルが雇用されたのも王軍を補完する意味があった。

 現にサロベツの街は亜人の軍勢に蹂躙されつつある。郊外の日本人租借地も攻撃を受けていた。

 サロベツの宿営地はエルステッド北部における重要な拠点だった。当然、それなりの兵力が駐屯していた。だがアニマコマンドー第2大隊もシュテンダールに中隊を派遣している。サカイ県全体の邦人警護を担当していたが手駒が少なすぎた。本来業務がいわゆる「HVU(High Value Unit)の防護」と言ってもシュラーダーとの戦いに駆り出されている為、採掘施設の警備は王軍の手を借りていた位だ。

「新隊員の補充と王軍から警護が来てるって言ってもな……」

 戦争参加を求められて大隊主力はシュテンダールに送り込まれており、留守を突かれた形となった。

 逃げ込んできた憲兵や王軍、自警団は日本人の指揮下に組み込まれた。日本側の先任者である4中隊長がサロベツの宿営地防衛の指揮を執っている。

 宿営地とは言え、天幕ではなく建物も立っており基通や業務隊(GSVC)、民間の委託売店も入っていた。

「中隊長、応援のSTA到着は1600だそうです」

「そこまで持たん。撤収を急がせろ」

 亜人にやり返す番だが格好の良い台詞は出てこない。宿営地の一時的な放棄が決定していた。宿営地の周りに埋めた地雷原が敵の侵攻を阻んできた。だが限界だった。宿営地の外柵は破られ、中に敵が入り込んでいた。

 医務室は魔法の攻撃で吹き飛ばされ、適当な物陰に負傷者を運び込んでいた。医官と衛生隊員が死んでしまい、他に手当ての知識がある者は居ない。

「すまん……」

 そう声をかけたのは班長の役職を持つ陸曹だった。

 銃声と爆音が響き渡る中、体を覆う砂塵は返り血で赤黒く染まっている。足元に転がるのは味方の死体。敵に捕まれば拷問が待っている。だから搬送不能な重傷者には止めを刺した。

「ありがとうございます、班長」

 苦しみが延びる位なら一思いに殺して欲しい、と笑顔を浮かべた部下の言葉を忘れない。斎藤さとしはつい二週間前にエルステッドに来たばかりだった。元航空自衛隊員で山口県防府市にある航空教育隊で教育を受けた後、浜松基地第一術科学校で航空機整備(APG)の特技教育受けたが耐えきれずに一年も持たず、中途退職した。斎藤は戦争が体験したかった。それだけだった。大木翼は若気の至りで粋がって指に入れ墨をしていた。入れ墨を受け入れる職場は少ない。体格の良さを見込まれてアニマルコマンドーに入った。食べるための就職だった。山内和哉は大学を卒業したが就職した会社に馴染めず二週間で退職し、求職中に勧誘された。皆、何らかの目標や夢を持っていたが死んでいった。異世界で傭兵なんて仕事をすれば任務中の戦死(KIA)も珍しくはない。だが彼らなりに考えて行動した結果だ。

 ヘリコプターの機銃手が声をかけてきた。

「急げ!」

 上空でF-2が旋回していた。ヘリコプターが離陸した瞬間、亜人以外の生者の居ない宿営地に爆弾の投下で花が咲く。

 にゃーにゃーと喚くゴブリンは空に矢を放つが届きはしない。空爆で畑を耕すように地面を掘り返し敵を始末した。人の命は失えば戻らないが、宿営地は再建出来る。思い切った手段だった。

(ゆっくりした結果がこれだよ……)

 ヘリコプターはエリザベス湖に向かう。眼下には味方の車列が見えた。

 車列の先頭を進むのは、民生品のピックアップ・トラックではなく軽装甲機動車だ。その後ろには高機動車、73式大型トラック、給水車、アンビ、73式小型トラック等が車列を組んで続いている。

(もっと早く来てくれたら……)

 味方の到着がもう少し早ければ部下を失わずに済んだのでは無いかと考えが、後悔と共に浮かぶ。


     †


 趣味と実益を兼ねた仕事を手に入れる。理想を手にいれてしまえば、それが幸せな事とは限らない。

 ミリタリーオタクにとっての自衛隊が戦友愛溢れる理想の世界だとしても、団体生活で協調性と言ったコミュニケーション能力が欠けているとやっていけない。孤立し、罵倒され、営内での虐め、退職となる。

 とどのつまり、一般社会に適合出来ない者が中でやっていける訳もなかった。

 今の太郎は、社会に折り合いをつけて生きていく事を学んだ。

(でも世界を変える力は無いけどな)

 同期で仲の良い者を友達と言うならそうだ。一人では何も出来ない。

 井上や伊集院と再会し、肩を並べて戦う機会が再びやって来た。

 再編成されたブラドック兵団のウェストファル戦闘団に太郎の所属する小隊が配属された。太郎の元には、負傷者の交代で新に6人の新隊員が預けられた。面倒事は遠慮したいが、給料貰って働く立場上は従うしかない。

「──敵の本陣を潰せば済むと言う訳ではない。奴等はゴキブリのような物だ。群れは殲滅する」

 小隊長の言ってる事を要約すれば、今回の敵は皆殺しにすると言う事になる。

 人と亜人。お互い干渉せずに住み分ける事が理想の形だが、攻めてくる以上はそうもいかない。

「空爆で皆、吹き飛ばしてくれれば楽なんだけどな」

「ああ。でも何割かは残るだろう。賭けても良い」

 別れ際にぼやいた太郎に伊集院は気休めは言わなかった。これまで空爆の支援で何度か戦った太郎は、残敵の存在と言う意味に同意する。

「まぁ、今回もお仕事頑張りましょう」

 戦場とは天国と地獄に最も近い場所だと言える。何故ならば、どちらに行くにしても魂が召されるからだ。

(殺されるより殺す方が良い)

 戦場で生きるとは他者を殺す事だった。武器を持った敵相手なら葛藤は無い。

 現に、地球で決められた条約は関係無いとばかりに、クラスター爆弾や対人地雷が使われていた。他にも撤退時にメソミル水和剤やエチレングリコールを河川や井戸に流す提案もあったが、エルステッド側に焦土作戦を行う意思は無く却下された。

 チクタン川南岸、コラライン街道を北上する車列があった。軽トラックに12.7mm機関銃、7.62mm機関銃を据え付けた日本人傭兵部隊だ。王軍が先鋒を譲ったのは、先の「猫のにくきゅう」作戦で死傷者を多数出して、肉球を剥ぎ取る所か自分達が身ぐるみ剥がされた様な状況だったからだ。

 日本人の影響力増大で危機感を持った貴族の中から「傭兵は消耗品だ。日本人には我々の代わりに精々、血を流して貰おう」と言う意見も出ていた。傭兵の存在価値は正規軍の補完であり間違ってはいない。国家の選択として恥ずべき所はない。

 アニマルコマンドーのピックアップトラックは、ベーグルの軽トラックより実用的で荷台もゆったりしている。もっとも自動車化の遅れているエルステッド軍にしてみれば軽トラックでも無いよりマシで重宝されていた。

 太郎達はアニマルコマンドー第2大隊に合流し第10軍団を支援した。頭上を通過する編隊を眺めながら太郎は呟いた。

「AWACSまで来てるんだ。今日中に終われば良いけどな」

 単純に殲滅するだけなら核が理想的だが、通常兵器ならC-130を飛ばしてGBU-43B、いわゆるMOABに該当する爆弾を落とせば良い。実際には、北朝鮮の核ミサイルを破壊する為に購入されたGBU-28がF-2とF-15Eに搭載、実戦投入された。

 これだけの弾薬消費は国内備蓄だけで賄える訳もない。製造が追い付かず外から仕入れる事となった。ここ数年、日本が弾薬や装備を積極的に購入する姿勢を、貿易赤字脱却の起爆剤になると剤欧米諸国は好意的に受けとめていた。

 JTFの「わんわん」作戦第一段階(フェイズ1)は上陸作戦による後方の遮断、第二段階(フェイズ2)は包囲網の形成、第三段階(フェイズ3)でゴミのお掃除となっている。チクタン川周辺に追い立てられた亜人の軍勢に対してJTFは堅陣を構え対峙した。堀、堡塁、塹壕、鉄条網。要所要所に日本人の小隊が火力の増強で配置された。

 この戦いで日本人の果たした役割は大きい。JTFの協同部隊に航空自衛隊、ヘリ団、方面航空隊を動員。王家からの申し出により、日本は限定していた空爆を強化し本格的に動き出した。

 JTFの司令部を構成する安全管理部、企画統制部、情報・警備部、研修部(WAC×2含む)、法務班、会計班、医務班、管理部、後方支援隊、幕僚庶務班(O×3、SP×7)、通信支援隊、支援飛行隊、支援警務隊。これらの運営は日本人の助言が大きく物を言った。

 人はどんな時も飯を食わねば生きては行けない。それは戦場でも同じだ。補給の第1種はJTF計画で携行食が支給された。車両にとっても主燃料は欠かせない。旅団燃料交付所において補給所交付が行われた。

 本部支援隊に日本人の持ち込んだ水トレや炊トレ(DHQ付長指揮下)は大いに注目を浴びた。

 王家は敗戦間際に救ってくれた日本を信じていた。日本は絶対に裏切らない。

「先ずは猫じゃらしで気を引いてお掃除と行こう」

 F-15戦闘機の護衛で未明、対地装備をしたF-15E、F-2戦闘機が飛来した。空爆で討ち漏らした残敵をAH-1対戦車ヘリコプター、AH-64攻撃ヘリコプターが叩いた。その後、地上軍の進撃が開始される。

 チクタン川に沿って広がる広大なアオ森は夜が明けると焼け跡でしかなかった。にゃーにゃーと悲鳴をあげる亜人の負傷兵が残されている。

「あれも吹き飛ばしてくれ!」

 無線で航空支援を要請する王軍の士官。鋼鉄の竜が敵の軍勢を燃やし尽くす様は圧巻だった。松や杉の木と共に吹き上がる炎は、亜人の魂を呑み込んで輝きを増しているかの様だ。

 経路及び(休止点)や移動指揮官・出発時間を大隊長計画で明示されていた。車輛部隊が尖兵となって敵陣を切り裂き、後続の歩兵が戦果拡張をする。

 ドワーフ王国の時は虐殺を抑止する監軍護法の役割もあったが、今回は楽な方だった。敵は「人類の共通の敵」で遠慮はいらない。注意するのは友軍に対する誤射や誤爆と言った同士討ちだ。服務計画の指導要領には「常に部下の行動を指導監督し、規律を厳正に保持する責任を有する」と明記されていた。

「行くぞ」戦場の空気を肌に感じた隊員はそれぞれの得物を構える。「下車」の指示で飛び降りた太郎達は亜人の一団と交戦した。捕らえられた捕虜を盾に向かってくると言う一幕もあったが、指揮官の対応は至極簡単だった。

「殺せ」

 邪魔になる存在は排除するとなれば人の盾と言う効果は薄い。騎兵が前に出て切り伏せて行く。捕虜に成っただけで罪の無い民や兵士を殺す。嬉々としてやれる作業でもなく、得物振るう騎兵達の顔色は優れない。

 目の前にはミノタウロスが居る。大抵の場合、接近戦に持ち込めばこちらが負けるがクレアは違った。

 嬉々としてとして向かうクレア。強者と闘いで実力を発揮する事に対する喜びだが、太郎から見れば死地に飛び込む神経が理解出来なかった。

(実力に裏付けされた物だろうけどな……)

 補充で来た新隊員は闘争の空気に触れて鼻息も荒く、クレアの尻を追いかけて一緒に走っていった。

(お前らには無理だよ)

 太郎の立場では新隊員の行動を止めるべきだろうが、反発されるのは目に見えていた。口で言っても、大多数の者は失敗からしか学ばないからだ。

(痛い目に会えば、変な自信もへし折られるか)

 クレアが相手をするミノタウロス以外にも敵は居る。

「いい加減、ミノタウロスはうんざりだよ」

 太郎は小銃を連発にして弾幕を張った。銃はペンよりも強いが、外皮の硬い生物相手では急所を狙わねば効果が薄い。7.62mmの弾を弾倉一個分食らっても平気に動く姿はリアルなホラーだった。タフガイを気取っている訳でも無く、本当にタフなのだ。

 咆哮をあげて向かってきたミノタウロスは大剣を振った。ビュン、と風を切って風圧が襲いかかる。内心、太郎は冷や汗物だった。

(ミノタウロスって言っても皆が戦斧ばかり使うわけじゃないんだな)

 現実逃避で考え事でもしないと恐怖で小便を漏らしそうだった。その為に動作が僅かに遅れた。

「──くっ!」

 衝撃が頭に襲いかかった。ミノタウロスの一撃が太郎の頭から鉄帽を吹き飛ばした。転がる鉄帽に視線を向けてゾッとした。

(顎紐、しっかり絞めていたら首ごと持って行かれたかな……)

 あろうことか鉄帽が大きくへこんでいた。88式鉄帽。展示即売会で売ってる様な嘘ッパチではない。

「どいて!」

 クレアが血糊の付いた刀身をぶら下げて走り寄って来た。太郎から見て、剣一本でのし上がれる腕には尊敬さえ抱いている。

 どうぞどうぞ、と譲る太郎。リーゼとぺピが魔法と矢で牽制する中、這いながらその場を離れようとする。

「ちょっと、ごめん」

 走って来たクレアは、しゃがみこんだ太郎の背中を踏み台にしてミノタウロスの頭部に斬撃を放った。「ゆっくりしないで死んでね」と切り飛ばされた頭頂部を見て「働いたら負け」と言う言葉が脳裏に浮かんだ。不正に生活保護を貰って遊んで暮らしている者も存在すれば、戦場で命を賭けている者も存在する。

 太郎と視線の合ったクレアは「そんなに見詰められると照れる」とわざとらしく笑った。足下に頭部を切断されたミノタウロスが無ければ恋の始まりになったかもしれない。だけどクレアの瞳が欠片も笑っていない事だけは分かった。

(女性が無双するなんて世の中、狂ってる)

 倒れたミノタウロスの死体から視線を外すと、パーティーの集合を指示した。


     †


 哨戒に上がっていた竜は初日でほとんど落とされた。飛ぶ物は全て標的と言え、自由は無かった。

 頭上を抑えられた場合の不利は十分すぎるほど分かっており、亜人は残った竜を空に上げた。

 爆撃任務の無い戦闘機は護衛と言っても訓練と変わらない。まともに脅威となる敵が居ないからだ。

『敵さんのお出ましだぞ』

 E-3からの誘導で竜の歓迎に向かうF-15の機首には萌えキャラが描かれていた。

「Tallyho」

 竜を目視し会敵した。日本と違い、落ちた先を心配する必要はない。撃墜は許可されている。

 F-15から99式空対空誘導弾(AAM-4B)が発射された。敵もミサイルに撃ち落とされた仲間の損害からどう言う武器か学んでいた。振りきれなければ自分が死ぬ。必死に翼を羽ばたかせ高度を上げて回避しようとする竜。その先には太陽がある。

 竜騎士同士の戦いでは目くらませになるが、太陽に向かってもミサイルは目標を見失わない。竜は自分を追いかけてくるミサイルに焦燥と怒りを感じた。生物種として無敵に近い自分が意味不明な物に追いかけられている。乗り手は相棒の怒りを感じ取りながらも、どうにも出来なかった。神の矢と表現するべきか、威力と命中精度は実証されている。戦いは数分で終わった。ミサイルが命中した竜はミンチ肉になって戦場にばら蒔かれた。乗っていた竜騎士の脱出(ベイルアウト)も不可能だった。

 翼下のパイロンから重みの消えたF-15は警戒に戻る。敵機(Bogey)の姿は無い。航空優勢はJTFの手に有り、飛ぶ物全てが標的だった。

 逆襲は相手の予想外であってこそ効果を発揮する。亜人には人類の裏切り者が味方していた。「我が方は数で勝っている。要は敵の第一線を突破すれば良い。後は揉み潰すまでよ」と、部隊の損耗を抑える弾除けを考案した。

 防御の基礎、陣地防御は警戒網を構成する事で始まる。抵抗線の第一線は警戒線で、攻める側も守る側も兵士が消耗される事は前提条件に入っていた。

 地上では土煙をあげてJTFの陣地に向かってくる群れがあった。敵の襲来だ。エルステッド軍の兵士は鉄条網や柵の後ろに掘られた塹壕に入り、土嚢の影に隠れ、敵と斬り合うその時を待った。後方に射撃陣地を展開した投石機から次々と油やタールと釘の入った樽が打ち出されていた。火種が引火すると即席のナパーム弾となって火の海を作り上げる。

 火の手を物ともせずにクワッ、クワーと鳴き声をあげて突っ込んできたのはモアの群れだった。火だるまの焼き鳥も中には居たが、余計に群れを狂乱させた。

 追いたてるのは虫に騎乗したコボルト達。突破の衝撃力は虫に劣る物の、混乱をもたらすと言う意味では役立っていた。脅威に成るなら事前の空爆で吹き飛ばしていたがモアは野生の動物である為、群れていても放置されていた。

 モアと虫の対応に追われている頃、虫の後に続いていた随伴歩兵が陣地に侵入してきた。モアの脚に蹴散らされ、区分したゴミがぶちまけられる。可燃物、残飯、不燃物。一色他担ってしまったが、文句を言う余裕はない。

 ふーふーとゴブリンの唸り声が陣地に広がる中、味方が圧され始めていた。

 迫る敵の群れに対して矢の雨が浴びせられた。しかし敵は損害を気にせず向かって来る。その光景は初戦の悪夢を再現していた。

「化け物め!」

 味方の兵士達が逃げ出し始めた。制止の声をあげて士官は叫ぶが、恐怖が上回っている。

 全員が勇者の資質を持っている訳ではない。狂乱から暴走する者も居た。

「班長、俺達も逃げましょう!」

 そう言う部下を睨み付けた。

「勝つためにここに来たんだろう、退却は許さん。この為に給料を貰っているんだ!」

「俺を臆病者扱いする気か!」

 班員は銃剣を引き抜くと班長の腹部を突き刺した。

「ちょ……」

「お前が悪いんだ、いつも馬鹿にしやがって! 俺はお前の子分なんかじゃねえ!」

 引き裂かれる腹部からの返り血が顔にかかっていた。

「お前は俺の部下だろ……」

 錯乱した相手には正論を言っても、馬鹿にされたと怒りをぶつけてくるだけだ。他の班員に取り押さえられながら喚き続けていた。

「あいつら、何をやってるんだ! お前らは、ちゃんと持ち場を守れよ」

 経緯はどうあれ、アニマルコマンドーの隊員は徴兵された訳ではない。自分で決めて戦場に立って居る。アニマルコマンドーの小銃班が自壊する様を見て、そう仲間に言う調査員のティームリーダーだった。

「来るぞ!」

 12.7mm機関銃が吠える中、傍らのドワーフが剣を握り、ユカチ兵は耳を立てながら槍を構えていた。

 モアが激突し横転した軽トラックから精液臭いグラビア雑誌や携帯ゲーム機が投げ出される。喉の渇きは耐え難い、と多めに積んだ水缶がモアに踏み潰され水溜まりを作っている。

「来いよ!」

 栗栖3曹は弾切れになった小銃を鈍器として扱った。向かってくるゴブリンの胸を銃剣が突き刺した。肉の絡む不快な感触を覚えた。何のために戦うとかではない。殺意に意識が埋まっていた。

 雄叫びをあげながら倒れたゴブリンの頭に小銃の床尾を何度も叩きつけ止めを刺した。脳髄や頭蓋骨の断片が返り血と共に服を汚したが気にしてる精神状態ではない。

「班長!」

 部下のユカチ兵があげた叫び声に視線を向けると、新手の敵が雄叫びをあげて向かってくる。敵の獲物はありふれた剣だが、人類側の血で汚れている。栗栖の体も敵の血で汚れていた。

「へっ」

 突き出された腕を弾いて顎を殴った。飛ばされた敵の腕を押さえ込んで顔を地面に押し付けた。もがく敵兵に至近距離から9mm拳銃の銃弾を撃ち込み止めを刺した。

「まともに相手して貰えると思うな、猫野郎」

 局地的ではあるが亜人は反攻を行っている。それが全体に影響を及ぼす程では無いが、死傷者が量産されていく。

 偵察は不必要な戦闘を回避する。だからと言って戦闘能力が皆無と言う訳ではない。プレデターの名称で知られるUAVはヘルファイア対戦車ミサイルを装備していた。

 陣地を蹂躙する亜人の部隊は勝利を確信していた。だがUAVの機影が見えた瞬間、地獄の業火が再現された。

 吹き飛ぶ亜人の集団は、彼らが信じる虹の橋を渡って行った事だろう。

 敵が粉砕されて歓声をあげる王軍の兵士達は、陣地を取り戻すべく逆襲に転じた。

 ヘリコプターの爆音も戦場の騒音に紛れて目立たない。正に空飛ぶ騎兵だった。

「姿勢は低く、着いて来い!」

 降下したUH-60汎用ヘリコプター、CH-47輸送ヘリコプターから飛び出した兵士達が亜人を倒していく。中には89式小銃やMINIMI、84RRを持った日本人の姿があった。銃弾が貫通し胸と背中から血を拭き出して倒れる亜人達の悲鳴や呻き声が聴こえる。

 街道の要所、要所には王国の正規軍、治安部隊が出動し封鎖していた。逃げ道はない。包囲は狭められ群れは確実に殲滅されて行く。

 ヘリコプターが亜人の群れに機関銃の弾をばらまいている。掃討作戦は始まったばかりだが、群れは空爆で殆どが姿を消していた。鎧袖一触、巨人が小人を踏み潰す様な出来事だった。


     †


 JTF司令部は戦後処理も行わねばならない。ハウ将軍は書類の束を前に疲労感を覚えた。

「貴族の面汚しどもめ」

 亜人は殺されたが、人は情報を引き出す為に捕らえられた。中にはエルステッドの貴族さえ名を列ねていた。

「ん……」

 リストを確認する手が止まった。捕虜の中にはシュラーダーのハイルブロン将軍の姿があった。

 捕虜交換は高官であればあるほど価値が高い。だが亜人からトキソプラズムの経口感染で、病にかかっていると備考欄に書き加えられていた。病人の使い道は限られる。

 後日、ハイルブロン将軍は罪人として処刑。塩漬けにした首がシュラーダーに送られた。シュラーダー側の反応は予想の斜め上を行く物で、太郎達にも新たな任務が与えられる事となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ