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残念な山田  作者: きらと
31/36

24.3 準備

 ジェットエンジンが唸りを上げて滑走路をタキシングするF-15戦闘機の姿があった。

 航空自衛隊浜松基地。滑走路の見える外柵周辺には離陸する瞬間を捉えようとカメラを手に撮影ポジションに張る一般人の姿が見受けられる。左翼団体や反日の市民団体ではない。燃料の匂いに鼻を鳴らせて喜ぶ根っからのオタクだ。

 最近、自衛隊機の離陸回数が多いと航空機ファンの間で囁かれていた。爆装したF-2やF-15の姿が撮影されたが、隣国の脅威が高まる近況から実弾の訓練が多い事に疑問を挟む者は居なかった。

「俺、見たんだ。浜松基地に戻ってきたF-2の機体は尾翼に大きく焦げたような痕が付いていたぞ」

 ネットでも一時は噂になっていたが、航空幕僚監部は事件を否定した。

「爆装したF-2が、中国軍と戦闘でもしたって言うのか?」

「案外、宇宙人とかドラゴンに襲われたのが原因だったりしてな」

 与太話の中に真実が埋もれている事もある。飛行回数の増加は事実であり弾薬、ミサイル、爆弾の消費は激しい。航空燃料の備蓄に関しては逆に増えており裏帳簿で帳尻は合わせられていた。飛ぶ燃料があっても弾は足りないと言う結果で近接航空支援の回数は限定されていた。

 日本人の手を借りられない。この苦境はエルステッドにとって試練と言えた。

 亜人は最初の主攻をJTFの右翼に指向し2個旅団基幹のJTFを包囲目前としたが、いち早く戦場を離脱し脱出されてしまった。

 軍は新たに2個後備旅団を招集し、臨時予備隊としてフィダカァ山脈前面に配置する様に発令したが亜人の進攻速度は速く、アジシオ川にかかる橋梁の破壊、障害物による街道の封鎖が計画された。

 撤退が並行して行われており爆破と封鎖の準備完了まで対岸に2個大隊の後衛が残っている。これに対して亜人の浸透部隊が友軍到着まで橋梁を確保しようと動いていた。

 階級社会である軍隊に「人は平等」という認識は存在しない。階級と言う物は絶対に正しい。指揮官は命じ、参謀は考え、兵士は与えられた任務をこなす。それぞれに役割がある。JTFの指揮所は一足早く後退している。矢弾の飛んでくる戦場では冷静な判断を妨げられるからだ。

 戦争に勝つには幾つかのお約束的なパターンが存在する。

 立案した計画通りに進む事は少ない。初めから計画にゆとりを持って目標は決めない事が大切だ。

 地図上にグリスペンで描かれた味方部隊の配置は、フィダカァ山脈を背後に集中している。一方、敵主力はどこにいるのか分散している。これは不味い。

 万が一、浸透した敵の奇襲で自分が戦死したり司令部が機能しなくなった場合を考えて、リスク回避の為にハウ将軍は権限を各旅団長へ責任を分散させている。だがこれだけでは足りない。味方は分散し、敵を集中せる事こそ逆襲の機会だった。

 口髭を無意識に内に撫でながら考え込むハウ将軍は白髪が目立つ。孫の居る年齢だが気持ちはまだまだ若かった。だがここ最近は、重責から来る心労かめっきり老け込んだ。

 今、JTF全体に言える事だが、心のゆとりが無い。

 朝鮮戦争開戦時、韓国軍(ROK)では多くの将兵が休暇・外出・入校で部隊を離れていたが僅かな戦力で勇戦した。部隊を動かすのは人で、疲労を溜めれば心のゆとりを失い戦線も崩壊する。欧米人の様に紅茶やステーキタイムで心を落ち着け、ゆっくりとした機動が最終的な勝利に繋がる。

 凡人は失敗から学ぶ。敵は無知な蛮族の亜人とどこかで見下していたが、相手にも考える頭と学習する能力はある。手痛い目に遭って目を覚ました。

 不機嫌そうなハウ将軍を前に2課長アルフレード・グッツォーニ将軍が発言した。グッツォーニは古くからの友人で、ハウ将軍は全般的な信頼を寄せていた。

「一度、全てを破壊すべきですな」

 グッツォーニの視線はハウ将軍から脇に控える日本人に移った。

 JTFの旅団司令部、連隊本部に日本人LOを数名配置されていた。LOを通じて火力や補給、近接航空支援が行われる。グッツォーニは、制限された空爆の限定解除を求めろと暗に言っていた。

 決めるのは王都で日本人に借りを作り過ぎるのも宜しくは無い。ハウ将軍は話題を変えた。

「戦線を下げて阻止線を再構築する。だが取り残される集落が多い」

 グッツォーニは諦めの色を表情に浮かべながらハウ将軍の言葉に乗る。

「民の被害は極力避けたいですね」

 勿論建前と本音は違う。多少の犠牲は厭わず、早期に敵を撃滅し失地回復したいのが心情だ。

「確かに敵はなかなか良い動きをしています。ま、元々が仲間なので此方の対策を練っていても当然と言えます。ですが、勝負はここからです」

 LOの楽観的な言葉にJTF司令部の面々はすんなりと乗れなかった。敵の撃退どころか阻止に失敗し空気は重い。

 亜人が対等渡り合いJTFを苦境に追い込んだ原因は北方騎士修道会の協力だけなのか、他にも指導陣がいるのかは全容が掴めていない。

 その為、幾つもの偵察ティームが司令部の位置を探るべく放たれていた。


     †


 日本の暦や季節は緯度や経度が変わると当てはまらない。ましてや公転周期も異なりプレアデス星団に近い異星なら尚更の事である。

「暑いな……」

 溜め息混じりにぼやく太郎の居る場所は、熱気が篭り蒸し暑さを感じる天幕の中。野外ベットの足下が塞がっている。ごみ袋がペットボトルの空で一杯になっていた。舌打ちしながら太郎は靴で踏み潰し圧縮していると声がかかった。

「山田、小隊長が呼んでるぞ」

 天幕の中、扇風機の風に涼みながら呼び集められた各ティームリーダーは口達命令で敵勢力圏での偵察命令を受領した。任務内容は共通している。敵司令部の捜索だ。

「『わんわん』作戦第一段階は、第10軍団が草刈り鎌の様に大きく迂回して敵主力を包囲する事にある。敵司令部を取りこぼしては意味が無い」

 反攻作戦の一環として偵察任務は重要な役割を果たす。「わんわん」と言う作戦名は猟犬のように駆り立てると言う勇ましい意味を含めて名付けられた。

「自衛隊の本格的な派遣なんですか?」

 天幕の入り口からモータープール並んだ高機動車、73式大型トラック、指揮通信車、アンビ等の車輛が見える。ナンバープレートはOD色の布や板で覆われていた。

「ああ、あれは自衛隊ではない。彼らはここには居ない」

「え、はぁ」

 公式には転地訓練の長距離機動演習参加中となっている。死ねば課業外の事故で処理する。訓練中の事故では面倒な事になるからだ。

「山田の班はドネルケバブ山脈周辺の捜索に当たれ」

 害獣駆除は巣穴を叩くのが一番だ。敵は無線や野外電話を使う訳ではない。足で動き目視で司令部を探している。

(山か……逃げるにも篭るにも敵が有利だな)

 地図に目を走らせてドネルケバブの位置を確認する間にも矢山の訓示が続いていた。

「奴等は生まれながらの狩人だから、こっちもそれに合わせて動かないと駄目だ」

 危険を認識しているのか、小隊長は帰ったら「高級娼館に連れて行ってやる」と言っていた。高級娼館は没落貴族や商家と言った良家の子女が集められている。平民レベルの年収では手足の出ない金額が請求され、裕福な外国人や貴族専用だ。一晩でも価値がある。

(女をあてがえば動くと思うなよ)

 そう考えながらも、ここでは「吸わなくても貰える物は煙草一本でも貰っておけ」と教育されており奢りなら受けるのは確定だ。

 太郎以外のパーティーメンバーには男娼をあてがう訳にもいかず、労力の代償として金銭が支払われる。

(金銭対価とした雇用契約何だから、まそれしかないわな)

 敵勢力圏への移動はC-1と言う骨董品な輸送機で行われた。第3輸送隊の第403飛行隊に所属する機体だ。

「こいつの航続距離は足らないって言うけど、エルステッドに行って帰ってくるだけなら十分なんだ」

 降下長(JM)は一緒に降りる訳ではないが、初降下の太郎の気を紛らわす為か話しかけてくる。

「そうですか」

 ジャンボ機のような旅客機と違い空調は利いていない。機内の乗客は太郎達だけで、他のティームは行き先も違うので先に降りている。

 降下地域が近付きランプが点灯した。降下長が主傘、予備傘や武器と装具の携行状態を確認しゴーサインが出ると機外へと飛び出した。

 落下する悪夢の様で、目も眩み尿道が緩みかける感覚が体を襲う。しかしこれは現実だ。風圧が体と顔に容赦なく叩きつけられる。ティームリーダーだが自分の事で精一杯で女性陣の様子を見る余裕もなかった。

 地面がぐんぐんと近付く中で気を失いそうになるが硬直する腕を動かして落下傘を開いた。開傘の衝撃と共に体が上に釣り上げられる。どんなに訓練をしても降下時の恐怖は避けられない。地面が目前に近付くとくの字を描く様に地面に転がり着地した。

 小銃を構えて周囲を警戒する。敵は居ない。今回は行商人に偽装する為、旅装束に加えて商品の見本を持ち歩いている。他の仲間を探すと「空から降りる時って寒いんだね」とクレアがぺピに話しかけている。リーゼも無事で自分の落下傘を畳んでいた。まともに畳むと一時間はかかるので、ざっとで収納バッグに入れる。

「練習しましたけど、本当に降りるのはぶっつけ本番で上手く行きましたね」とぺピも喜んでいる。ヘリコプターで移動した事があっても空から飛び降りる事は初めてだった。

(こいつら絶叫マシーンとか好きそうだな……)

 太郎はきゃっきゃっと盛り上がる二人に声をかける。

「あー良いかな。ここから西に行くと廃村がある。それで、ベースキャンプを作って連絡したら偵察に行くよ」

 輸送機から降ろされたのは太郎達の他に寝袋、戦闘糧食二週間分、水、弾薬、無線機の電池等。発電機こそ無いが目標発見まで長期戦と考えられそれなりの用意がされていた。

(尾根に稜線陣地の類はなかった。って事は司令部の置ける場所も限られるか。穴に篭られたりしたら戦闘が面倒だな……)

 調査員の本来業務は情報の収集。最近は与えられる仕事に戦闘があっても普通に感じていた。感覚が麻痺していた。

 太郎達はまず裾野の集落を捜索した。たとえもぬけの殻でも痕跡は残る。

「こいつは酷いな……」

 焼き払われたキタ村。焼け跡の中を捜索していると集団で殺された死体を広場で発見した。井戸に投げ込まれ積み重なった死体がはみ出している。

「遺体は全て成人男性。女子供は連れ去られた様ですな」

 連れ去られた村人は亜人に使役される。女は繁殖の為に、子供は労働力に。それぞれの役割がある。

 遺体を埋葬する為にぺピが風の魔法を詠唱し始めた。

「待った」

 リーゼがぺピの腕をつかんで中断させると弓を構えて矢を放った。

 繁みに隠れていたゴブリンが呻き声を漏らさず、鈍い音を立てて倒れた。クレアがゴブリンの頭を掴むと短剣を逆手に構えて首の頚動脈を切り裂き止めを刺す。ゴブリンは隙を窺っていたのだ。

「まだそこらに居るかも知れないな、注意して行こう」

 ペピが再び詠唱をして遺体を運び出し始めた。時間も魔力も浪費するので太郎としては止めて貰いたいが、仕事はチームワークと言う事で波風を立てる訳にも行かず諦めて付き合った。


     †


 山田太郎とパーティーが斥候班の一つとして敵勢力圏に送り込まれ二日が過ぎた。

 天候は穏やかだが状況に進展はない。

 目的は敵司令部の発見だが、無線で電波を流すわけでもない。電話線が引かれているわけでもないとあって、勝手が違う。命令の伝達・指示は昔ながらの伝令、軍用犬、伝書鳩、太鼓、角笛、狼煙が考えられる。

「空から簡単に見つからないんですか?」

 ペピの言葉に太郎は頭を振って答える。

「いや、なかなか難しい。元々あいつら亜人は人里離れた場所に隠れて住んでいたからな」

「そう言えばそうですね」

 亜人は偽装の技術を身に付けていた。エルステッド軍にいた北方騎士修道会信者が会得した技術を亜人に普及しており、隠蔽されている。戦術指導でもJTFを手こずらせており、厄介な存在だった。

(狂信者のカルト宗教なんて最悪だな)

 いずれは暗殺命令の類が下るかもしれないと太郎は考えた。

 地図と写真を見比べ敵の可能行動を改めて考え直そうとしていたら、無線が太郎を呼び出した。

 久々に森島の声を聞いた。エルステッドで太郎達はアニマルコマンドーの応援で来ている為、命令系統は矢山通してになるが状況に変化があった。引き揚げの知らせだった。

「こっちはもう良い? でも途中ですよ」

 時間と労力、金や物を浪費しただけで目ぼしい成果は無い。

『それは井上の班に引き継げ。お前達は第2大隊と合流しろ』

 JTFは反撃の前段階として空爆で亜人の後方を叩こうとした。後方遮断を行えば枯れ果てると考えられたからだ。しかしそれは上手く行かなかった。

 現地調達で自給自足を行う略奪を前提とした前時代的な軍隊では、段列や兵站部門の概念は薄く重要視されていない。効果は後ろから殴ったと言うレベルでしかない。この種の軍隊は前に進むだけで決定的な瞬間まで闘争本能は消えず、飢えるか、戦いで死ぬかの二択しかない。

 王軍を南に退かせた後、亜人は南下する動きを見せながら各地で略奪と破壊を行った。日本人居留地も例外ではない。

 サカイ県ビクトリア湖周辺で日本人の管理する採掘場は亜人の攻勢を前に孤立していた。警備のアニマルコマンドーの他に、日本人の有償支援に対する対価としてエルステッドから貸し出されていた囚人部隊(減刑と引き換えに懲罰大隊に配属)が警戒に当たっていた。

「了解」

 たかが4、5人の応援で状況が変わるとは思えなかったが命令だ。

 ヘリコプターの爆音は目立つ為、太郎達は徒歩で街道を西へと移動した。

 南のロクシナイ峠に到る道は生き残りの脱出を阻止する為に亜人の遮断陣地が築かれていたが、ビクトリア湖に至る道は前線から離れる為か警戒が手薄だった。

(こう言う陣地はわかりやすいんだけどな……)

 司令部が発見出来なかった事に対する腹いせと言う訳ではないが、行きがけの駄賃として敵の陣地は発見次第、随時報告した。

 しばらくすると爆弾を満載した宅配便がやって来る。

「雑魚モンスターごときが日本を舐めんじゃねぇぞ」

 呟く太郎の視線の先にはA-10からクラスター爆弾が投下される姿が見えた。ミリタリーオタクとして冷静に観察する目は特徴を捉えていた。

(存在しないはずの機体、存在しないはずの爆弾か)

 異星での戦闘行動を含めれば、マスコミに漏れれば大騒ぎになる要素ばかりだった。

(今さら過ぎるか……)

 日本国内の風潮から考えれば太郎達の存在自体、許される物ではなかった。

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