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残念な山田  作者: きらと
28/36

24 攻勢発起

 エルステッドでは、王家直轄領に異端認定を受けた邪教徒の武装集団が攻め込み討伐されたと言う情報が流れ始めていた。事実、事件の後に大がかりな捕物が行われて匪賊、賊軍を援助した者は捕らえられ刑場の露と消えた。王家に反逆した者の末路だ。

 辺境の街や村にも影響が出ており軍と憲兵の検問が増えていた。キタ村でもそうだ。

 キタ村へ来る来客はそれほど多くはなかった。馴染みの商人や通りすがりに休憩で立ち寄った者、税収の役人ぐらいな物で、観光地でも無いならなおのことだ。

 今日は珍しく村の入り口が混んでいた。

「早くしてくれないかな」

 商人の馬車が憲兵に止められて荷改めを受けている。サボテン味噌サザエ、サボテン醤油ハマグリ、サボテンバターホタテと言ったエリザベス湖の名産品を行商で来ていた。魚介類の摂取量が少ない山間部ではよく売れて、帰りには農家の収穫物や地域の特産品を買い取って行く。

「良いぞ」

 点検が終わり村に入れると息を吐く商人だったが、村の通りには義勇兵による自警団の姿が見受けられピリピリした空気が漂っていた。がらがらと音を立てる車輪の音に視線を浴びる。自警団の中に知り合いの姿を見かけて声をかけた。

「クローラー」

 青年――クローラーは片手を上げて応じる。

「よおカトキチ、良く無事に来れたな」

 その言葉に戸惑いを浮かべる商人カトキチ。

「知らないのか」

 呆れた表情を向けられて説明を求めた。

「亜人だよ」

 エルステッド北部サカイ県は内戦以前から亜人の脅威を受けてきた。近年は亜人に対する大規模な討伐を行う事で国境は安定していた事もあり、シュテンダール戦でシュラーダーから新たな領土を獲得したエルステッドは軍の大半を東部に移動させていた。そこに降って沸いた亜人の襲来だった。

「――だから俺達(自警団)も集められたんだ」

 クローラーの説明にカトキチは溜め息を吐く。

「戦の次は亜人か。こっちの商売にも響くしたまらんよ」

 普段なら懸賞金目当てに流れの傭兵や自警団が討伐に行って小遣い稼ぎをする所だが、今回は規模が違った。

 村の入り口からざわめき声があがった。

「ん?」

 振り返ったカトキチとクローラーの耳に亜人の襲来を告げる声が聞こえた。


     †


「テラキモス6からロミオメール。バーナビを確認した。セコママの模様――」

 マツキ山のニワドリ峠上空を飛ぶアニマルコマンドーのOH-6ヘリコプター。エルステッドとの契約で内戦終結後も国境の監視に協力していた。

 操縦士は自分が夢の世界にでも入った気分だった。幻想世界の動物達が眼下にいる。動物園の動物ほど大人しい訳ではなく狂暴な牙を持つ敵としてだ。

「ドラゴンにミノタウロス、ゴブリン、コボルト。大判振る舞いだな」

 何らかの意思を持って異なる種族の群れが動いていた。

 この群れを動かすのは誰か確認すべく旗指物の撮影をしようと機体の向きを変えたらヘリコプターに気付いた飛竜が向かって来た。飛竜は火竜と違い炎こそ吐き出さないが、頑丈な体と体重だけでも体当たりすればヘリコプターを落とせる質量兵器になる。

「おっと」

 高度を下げて回避するOH-6。そこへ地上から魔法と矢、石の雨が打ち上げられた。敵は予想外にも濃密な対空網を築きあげていた。

「うわ!」

 操縦士はこれまでにシュラーダー相手の偵察に従事した事があり敵の攻撃を受けた事もある。しかし所詮は火器の無い抵抗で脅威とならなかった。しかし、この亜人の軍勢は違う。視界を爆発の閃光で翻弄されローターを破壊されたOH-6は墜落する。搭乗者はドアロックを開けて脱出する時間も無かった。

 直ちにこの事件はアニマルコマンドーから王宮に報告された。

「国境を越え亜人が攻め寄せてきた。既に幾つかの村が滅ぼされたそうだ」

「なんと! まだ復興事業も済んではおらんぞ」

 王宮から早馬で呼び集められた各責任者は対策を討議した。

「今は早急に兵を出さねば――」

 亜人襲来の報告にエルステッドはアニマルコマンドーと協議しJTFを編成した。指揮官は日本人と共に肩を並べて戦った経験者であるハウ将軍。

 王命を要約すれば「今後の禍根を断つ為にも完膚なきまでに叩き潰せ」と言う事だった。

 作戦名はゴブリンの容姿から「ネコのにくきゅう」と名づけられた。肉球を切り取ると言う意気込みの現れだ。動員されたのは国王親衛隊と2個後備旅団を基幹とする部隊。旅団長には内戦中に匪賊討伐で活躍したブラドック、バーゴインと言った歴戦の将軍が駆り出されて来た。使える戦力は使えと言う事で地方領主の私兵、悪名の広がった憲兵の実戦部隊も編組に加えられている。

 今回の依頼でアニマルコマンドー側は、邦人の保護と施設を守るのに必要な戦力を差し引いた1個大隊を地上部隊として派遣する。

「ここまで組織立った亜人を相手にするのは初めてだ。最悪の場合、サカイ県の放棄は構わない。だがフィダカァ山脈を越えられる事だけは許されない」

 ハウ将軍の言葉に貴族階層の者は王家への忠誠心から頷く。日本人にも理解できた。王都を侵させるな。それが雇い主の要望だった。

 参加する日本人はアニマルコマンドーだけではない。ドワーフ王国のベーグルにも依頼が来ていた。

「亜人の討伐依頼だ」

 ベーグルから呼び出しを受けた太郎。会議室には他のパーティーリーダーも揃っていた。

 急遽、発生した大規模な亜人の襲来に対してエルステッドは日本人に応援を要請した。スクリーンに表示された国境周辺の地図。矢印が幾つか南に向かって伸びている。急進する亜人の軍勢を表している。

「またサカイ県か。あそこ、何か呪われてるのか」

 井上の言葉に太郎も先日の北方騎士修道会の取り締まりを思い出す。その間にも森島の説明は続いてスライドが切り替えられる。

「本来ならエルステッドではアニマルコマンドー、ドワーフ王国ではベーグルと担当地域が区分けされているのだが、人手が足りない。それで我々にも十八番が回ってきた」

「正規軍相手よりは楽勝だろう」

 太郎の隣で軽口を叩く井上だが、説明を受ける内に軽口は無くなった。

「報告によるとOH-6が撃墜された。あれは旧式化したとは言えまだ現役で使える機体だった。操縦士も昨日、今日に操縦を任された素人ではない。墜落地点に偵察を送った所、敵の激しい抵抗を受けた。敵が既存の兵器体系で新たな防空網を構築した事は裏付け出来た訳だが――」

 亜人の軍勢は呪術師による魔法集中で日本人の航空攻撃を迎え撃つ動きに出た。亜人も無能ではなく防空の概念を考え対策を練る頭が存在する。戦う術を持っていると言う事だった。

「現状では被害拡大の恐れがありヘリコプターによる低空攻撃が出来ない。上から高度を取ってと言う形での参加になる。空爆をして貰えれば話は簡単だが、空自もシュテンダールとドワーフ王国で手一杯だ。近接航空支援(CAS)は期待するな」

 ヘリコプターはあてに出来ず、ほとんど航空支援無しの地上戦主体になる。そうなると数は力であり接近戦を覚悟させられた。本格的な歩兵戦闘を想定していない日本人にはきつい状況と言える。


     †


 国境に近いキタ村を落とした亜人の侵攻軍は近場の街であるチクタンを目指して南下した。

「せっかく街が整って来たと言うのに……」

「エマールさんどうしましょう?」

 騒ぐ住民達を前に代表者のエマールは自警団を召集し軍に協力し街を守ろうとした。

「軍だけでは人手が足りないだろう。俺達の街は俺達の手で守るべきだ」

 ヨヨが破壊された後、都市は再建されずにいた。新たに選ばれたチクタンがサカイ県の中心地として開発されていた。既存の都市基盤がそのまま使えると言う利点があったからだ。

「平民風情がでしゃばるな。街には応援が到着する。それまでは我らが足止めをするから、お前らは家で大人しくしてろ」

 亜人襲来の報告を受けた軍の対応は素早く、留守連隊はキタ村に向けて前進して行った。

 チクタンは城壁もない。留守連隊では戦力不足だが誰かが足止めをするしかなかった。同行を願い出た自警団に対して留守連隊は断り街を守るよう様に依頼した。

 留守連隊に一日遅れてハウ将軍と隷下のJTFはチクタンに到着した。工兵によって拡張された街道を慌ただしく移動する騎兵の姿があった。

「ここは戦場になる。住民の避難を急がせろ」

 物資を満載した輜重兵の馬車は帰りに避難民を乗せて行く。擦れ違うJTFの姿に住民は期待を込めた視線を送る。

 続々と到着する増援。街の郊外に部隊が宿営する為の天幕を張っていた。

 埋設された電話線が王都との連絡にそのまま使える留守連隊の駐屯地に指揮所が開設されていた。参陣の報告を受けながらハウ将軍は呟いた。

「連中は善くやってくれたな」

「全くです」

 答える参謀の脳裏に先発した留守連隊の報告がよぎる。連隊長セロクエル大佐以下、8割が戦死。JTF到着までの貴重な時間を稼いだ。

 JTFはチクタンの全面にある隘路、ジングル渓谷に布陣し迎撃の構えを取った。侵攻側としてもジングル渓谷は迂回できずJTFの思惑に乗る形となって両軍は激突した。

 攻勢正面が渓谷で狭いとは言っても地平線を埋め尽くす様な黒い影があった。それが全て亜人だった。敵の軍勢を目にしたエルステッド軍の兵士から「数に差がありすぎる」と声が漏れた。

 戦の主役は歩兵であり、数の少ない魔導師や騎兵は補助戦力に過ぎない。

 快速な機動打撃戦力である騎兵。大規模な騎兵を常備軍として整備できる国は少ない。その為、戦場の決定的主役とは言えない。亜人の強みは虫を使役する事で大量の馬匹を代用出来る事だった。

 亜人は人命無視の人海戦術がこれまでの常だった。これに対抗するには、兵力の劣勢を火力指数を上げる事と決められていた。しかし兵力差を覆せる状況には限界がある。

 領主ポンパドゥール侯爵の手勢は、侯爵自身の意地もあって王軍の第1梯団に加わり正面に展開していた。JTFの前衛である。

 訓示を行うポンパドゥール侯爵。麾下の兵は領民の徴兵と地域警備の後備歩兵大隊で構成されている。

「今こそ王家の御恩に報い忠誠を見せる時だ。諸君の妻子を守るのは諸君の戦働きにかかっている――」

 冷ややかな視線を浴びせるのは戦目付としてポンパドゥール軍に従軍していたエディンガー・ウェストファル大佐で、日本人の教育――初級幹部教育課程を受講し近代戦の一端を学んでいた。貴族の矜持が許さないと言う理由だけで、領主の私兵に戦いの重要な役割を与えると言う判断が理解できなかった。

(ハウ将軍は何を考えてるんだ……)

 貴族は効率よりも名誉を重んじる。それは軍人として正しくはない。

(まぁ、だからこそポンパドゥール侯爵に武勲を立てる機会を与えたとも言えるか)

 ハウ将軍もポンパドゥール軍単独で戦えるとは考えていなかった。切り札である車輛部隊はポンパドゥール侯爵に貸与され、敵騎兵である虫と対峙した。

「凄い数だな」

 リヤカーで昼食のバッカンを運んでいた隊員が呟く。このリヤカーはアニマルコマンドー創設時から修理して使われており年期が入っている。

 アニマルコマンドーは内戦中に虫との戦闘経験があるが、今回は前回と違う。味方は火力が増強された。その分だけ敵も戦術的に進化しており、しきりに浸透を図っていた。

「蹴散らしてやれって事だが、このまま突っ込まれるとこっちもやばいよな」

「だな」

 昼食を食べる間も無く亜人は前進を開始した。角笛を響かせて山が動く様な前進だ。

 これに対して車載機銃である12.7㎜機関銃が吠え突撃破砕射撃を開始した。当たらなくても良い。制圧射撃は威嚇で牽制する意味もある。瞬く間に亜人は肉塊へと加工されて行く。

 更に今回は84㎜無反動砲と迫撃砲まで用意されていた。火力不足を学習し装備に反映させていた。爆発は火の魔法の中でも上位の威力に入る。火薬式の兵器が発達していなかったこの世界の住人から見て日本人の持ち込んだ兵器の威力は大きかった。

「やっぱり日本人は凄い」と感心するエルステッドの兵達。優勢な日本人の砲迫射撃によって突撃した亜人騎兵の半数が倒された。亜人とは言え生き残った者の戦意ははっきり分かる程低下していた。怯えて後ずさる虫も珍しい光景だった。後続部隊は敗残兵を斬り捨てて向かって来る。

 次の敵は機関銃の威力を学習したらしく散開していた。連発では無駄弾をばらまくだけで、敵が退かないなら牽制の意味もない。小銃の射撃は単発に切替えられた。

「無駄弾を射つなよ」

 上空にはアニマルコマンドーのヘリコプターが危険を顧みずやって来ていた。同僚を落とされた復讐の意味もあった。

 鉤十字の旗指物が目立つ。この世界では北方騎士修道会のシンボルマークだった。亜人が戦の戦利品として掲げている可能性も考えられた。

「あそこが指揮官の位置か」

 いずれにしてもそれなりの有力者が居るだろうと判断できた。

「多分、だと思います。やりますか?」

「その為に来たんだろ」

 敵の対空戦闘能力から考えてヘリコプターは高度を取れば運用出来ると考えられた。空から方陣を組んだ敵歩兵の隊列に銃撃が加えられる。ゴブリンの貧弱な甲冑は銃弾に耐えられない。UH-1に搭載された機関銃から放たれた弾が激しい火線を描く。

 空からの攻撃には弓にクロスボウ、魔法で対抗するしかない。ドワーフ王国では、制空権を握られた黒ドワーフにとって白昼の前進は困難になっていた。まして亜人は黒ドワーフよりも知能が低いと見られている。多少、対空戦闘能力が上がったとしても空を飛ぶヘリコプターには太刀打ちできない。

 これらの支援は亜人の軍勢を確実に減らしている。しかしながら元からの数が多すぎる為に直ぐに新手が出てきた。

「航空隊も頑張っている様だが焼け石に水だな」

 そう呟いたのは野戦指揮官として成長した矢山3尉。臨時集成の中隊を指揮していた。

 立ち塞がる虫の正面に車輌が突っ込む。車体正面のバンパーぶつかった虫を力任せに押し退ける。車載機銃が進路上の敵を叩く。魔法の被弾を軽減させる為に車輌には土嚢が積まれていた。突き刺さった矢が目立つ。

 エルステッド軍の勇戦は確かな物だが数が戦の勢いを決める。敵は疲れを知らぬ様で、日本人は幾度となく亜人の突撃を破砕しエルステッド軍を支援をしたが長くは持たない。弾の消費が激しく補給が追い付かなかった。

「虫が突破します!」

 うんざりする角笛の音。味方の戦列を食い破った虫が光に寄せられる様に日本人に向かってきた。

「魔導師を確認。注意!」

 後方に敵魔導師がいた。高位のゴブリンは原始的な魔法を使うと知られている。しかその数は多くない。それだけの知能を持つ者は群れのリーダーに収まり、人と接触しようとはしないからだ。

(この群れは全く違うな)

 矢山が事前教育で受けたゴブリンとは違う。知性が感じられた。

 歴史的に見ても、ミノタウロスやコボルトが手を組み連合する事は初めてだった。

 近接戦闘で魔法は跳弾の恐れもなく猛威を奮う。直撃した魔法が予備の燃料に引火し爆発する。

「坂下、火を消せ!」

 敵の火力は貧弱だが抵抗は頑強でJTFの反撃は進展しなかった。身動きも出来ない。

 正面に布陣するポンパドゥールは期待以下の動きだった。日本人の支援で攻撃開始したが逆に包囲された。

 ゴブリンは巧みな偽装を施して待ち伏せをしていた。落とし穴を掘り、立ち止まった所を、背後の塹壕から飛び出して襲う。内戦でエルステッド軍は経験している。ゲリラの手口だ。

「畜生、背後に回られたぞ!」

 ウェストファル大佐は予備隊を指揮して退路を確保しようとしていた。上官であるポンパドゥールがあてにならないからだ。

 ポンパドゥール自身、侯爵家を継ぐ者として領地経営の他に軍事学を学んでいた。そこに自信がありすぎた。

 生兵法は大怪我のもとと言う言葉がある。亜人や賊退治では事足りたが、戦争の哲学は常に変化する。亜人はこれまでと違った用兵で対抗して来た。

 陣地の中央を突破されポンパドゥールの兵は壊乱した。陣地変換の予備陣地は用意してなかった。あくまでも野戦で片を付けるつもりだったからだ。

「だから言わんこっちゃない」

 ウェストファル大佐はポンパドゥールとの合流を諦めた。無能な上官を救うより自分と周りが大事だ。

 領主はともかくとして、臨時徴用された兵に戦う意思は無かった。職業軍人との違いである。投石紐で投げられた石の雨が、叱咤激励されながら戦列を組もうとする意思を阻む。

「包囲された!」その一言でパニックは広まった。戦死者よりも逃走する兵士の数が多い。

 ハウ将軍はポンパドゥールの陣が壊滅したと見て取り、速やかに後退し主力と合流する様に伝令を出したがポンパドゥールの元には届かなかった。

 限られた無線機を地方領主の私兵は保有していない。その為、伝達に齟齬が生じた時は致命的な被害を拡大する。この場合もそうだ。

「右翼に回れ!」

 麾下の部隊が亜人の波に飲み込まれて行く中で、ポンパドゥールは手綱を操りながら馬の腹を蹴った。愛馬ジョイは主人の意を汲んで動く。

 目の前に振り上げられた亜人の戦斧がゆっくりとした動作に見えた。ふいに寝物語に乳母が語ってくれた言葉を思い出す。

「私達のご先祖様は星の海を渡る船に乗ってやって来ました。そして亜人を使役していました。その様に伝えられています」

 いつか祖先の乗って来たと言う船を探し出すのが夢だった。

(ああ、あの頃に戻りたい――)

 次の瞬間、意識は暗転しポンパドゥールの首が飛ばされた。

 エルステッド軍が圧されていた。倒しても次々と向かってくる新手の敵を前に、数の力が出てきた。前線では貴賤の関係はない。ポンパドゥール侯爵の様な名門貴族でさえ亜人相手に首を刈られていた。亜人相手の人的資源の浪費ほど虚しくて見返りの少ない物はない。これが戦争なら領土や権益の獲得が期待出来たが、今回は防衛戦で出ていく物ばかりだった。

 ハウ将軍はポンパドゥールに巻き込まれて中央が急激に崩壊した事に怒りを感じた。エルステッド軍が過去に短時間で受けた損害としては最大の物だった。

「田舎貴族がしゃしゃり出てくるからだ」

 それでも防御と掩護の指示は怠らなかった。がら空きとなった中央にはブラドック兵団を展開させ閉塞させるとした。前衛を交代したブラドック兵団は第2梯団として攻撃の準備を終えていたので混乱は少ない。しかし前衛であった第1梯団の崩壊は士気を下げていた。しかし交代は容易に進まなかった。

 日本人は傭兵として雇われている。こう言う状況にこそ矢面に立たされる。矢山達に交代は無かった。

 接近戦になりドラム缶ほどの太さがある氷の矢が四発、目の前に迫る。肉薄攻撃を受けてはエルステッド軍に落ち着いた掩護をしている余裕ない。味方の魔法で死にかける現実を矢山は冷静に受け止めていた。

(運次第で死がやって来る……か)

 考えてもどうにもなら無い距離だ。魔法の援護が無ければさらに被害が増える。

 案の定、ピックアップトラックの一台がボンネットを突き破られて大破した。

「部下が巻き込まれています!」

 副中隊長の言葉に、だからと言って魔法を止めろとは言えないだろうと矢山は返した。

「中隊長」

 そう言った陸曹の一人が投げられた槍で胸を貫かれて絶命し倒れる。何が言いたかったのかは分からない。後退を進言したかったのかもしれない。エルステッド軍と連携して後退するか、死守するか。それはハウ将軍の決断だった。

 破壊された車輛から投げ出された負傷者を収容する為に、矢山の乗車するピックアップトラックが近付いた。援護射撃をする中、肩を貸しながら負傷者が駆けて来る。

「こっちだ!」

 上空のヘリコプターが地上の惨状を見て、集まってくる敵を掃射して収容を援護する。

 全般情勢として敵の主攻はポンパドゥール軍を指向しており、猛攻を加えて残余を蹂躙している。

 矢山が後退を決意しJTFのLOを呼び出そうとした時、無線手が報告する。

「中隊長、ドワーフ軍の応援が到着しました!」

 エルステッドの要請によってDDAとベーグルが来援した。

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