表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残念な山田  作者: きらと
26/36

23 襲撃は唐突ですよ

 ドワーフ王国へ向かうクノマ回廊の古道、キュシウ街道を北へ進むエルステッドの商隊があった。

 ヒノキに囲まれた林道にリンドウやアザミ、菊の花が咲き乱れている。それらを踏み分けて進む荷馬車には傭兵が乗っており、列の前後には荷台に機関銃を搭載したピックアップトラックが位置している。交易は金なるが途中で襲われる事も考えて、商人達は金を出し合って日本人傭兵──アニマルコマンドーの護衛を雇っていた。

 エルステッドとドワーフ王国がシュテンダール辺境伯領のシュラーダー軍を撃破したが、野盗化した敗残兵の存在もあり治安は予断を許さない情勢だった。兵器の性能だけではなく、顧客に対するサービス面でも日本人傭兵の信頼度は高い。

「見渡す限りの山で飽きてきますね」

「まあ田舎だからな」

 部下の呟きに答える小隊長は、幹部学校での教育期間を終えて3尉任官したばかりの青年だった。中田は幹部候補生として中隊に配属されて陸士と関わる中で様々な事を学んだ。防大では生意気な後輩でも根気強く指導するタフネスさを持っていたが、実際に部下を指揮する事はまた別物だと考えさせられた。

(往年の陸士長なんて扱いにくいだけだ。さっさと退職させれば良い──)

 幹部学校から中隊に復帰すると、エルステッド行きを告げられ経験を積めると楽しみでさえあった。だが現地入りすると日本人に与えられる仕事は増える一方で、戦場の拡大は否応無しに中田を巻き込んだ。

「死ねば訓練中の事故か病死。最悪の場合は行方不明扱いになる」と言われていた事が現実になりそうだった。

 何も娯楽が無いと時間が余り色々と悪い方向に考えてしまう。ベトナム戦争でのPTSDは一般知識として聞いていたが、今では自分も軽度の鬱で指折り帰る日を心待ちにしている程だった。

 アニマルコマンドーで使用する車両は車両使用請求書・車両運行指令書に細かく記入をしなければならない。それだけだと官公庁で使用される車両となんら変わりは無いが、用途別走行キロの項目に特徴が現れている。教育訓練の他に害獣に対する警備業務、対人戦闘を伴う警備業務、一般警備業務、補給業務等とこの世界を反映している。点検作業用紙は費目区分が消えており種別区分の戦車、補給区分の海自が抜けているだけで自衛隊の書式でそのまま使われている。

 空は澄みきった青空が広がっており、多少の肌寒さを感じるが過ごしやすい気候だった。

 地図を確認している隊員の耳元に風が唸りが聞こえ、頭上を影が覆った。ふっと顔を上げた瞬間、巨石が落ちてきて隊員もろとも車輛を直撃した。

「何だ!」

 目の前で起きた惨状に思わず荷馬車から立ち上がる中田だったが、続けて最後尾の車輛が火球を浴びて爆発する。間違いなく襲撃だった。茂みから喚声をあげて武装集団が挟撃して来た。装備は剣や槍、弓。魔導師も居る。

 荷馬車に駆け寄って手を伸ばそうとした賊は体をくの字に曲げて倒れた。荷馬車に乗っていたアニマルコマンドーの隊員が小銃を手に応戦を始めたのだった。馬車に据え付けていた5.56㎜機関銃が敵をなぎ倒していく。頼もしい機関銃の威力を前にして、このまま行けるかと思えたが銃声は突然沈黙する。

 背後を振り返り「どうした」と言う言葉を飲み込む。機関銃手は機関銃によりかかったままでぴくりとも動かない。眼球に矢が突き刺さり頭蓋骨を貫通していた。

 駆け寄ろうとした隊員は胸に矢を受けてがっくりと倒れ伏した。仲間の死を哭いてる暇は無い。交替の射手が取り付く前に機関銃は火球の直撃を受けて変形した。

 罵り声をあげる中田だった。まんまと待ち伏せを受けた。それはまだ仕方がないと自分を納得させられた。戦場の勢いは完全に敵側にある。全てを投げ捨てて逃げ出したいが中田には小隊長として、警備の指揮官としての責任があった。指揮官がぶれては勝てる戦にも勝てなくなる。自分を落ち着かせ考える。

 幸いにして巨石が落ちてきたのは最初の一回だけ。敵の目的が略奪にあったのか二発目は降ってこなかった。

(投石器の再装填に時間がかかると言う事も考えられるが……)

 車列を立ち止まらせ、次に混乱した所を急襲して来た。このまま敵の台本通りにやられる分けにはいかない。

「円陣を組め。非戦闘員は中央へ」

 集まれば巨石が降ってくるかも知らないがそれは賭けだ。西部劇で襲われる幌馬車の気分だ。

 移動命令に反応して動き出すが、荷馬車を牽く馬も狙い撃ちされていく。

「ゴンザレス!」

 悲鳴をあげて馬に駆け寄る商人だが襲われた恐怖による物ではない。

 商人に取って馬は財産だ。農耕用と違い家一軒に値する。馬に対する愛着と同時に資産の損失を嘆いていた。

 敵は接近戦に持ち込み銃の利点を封じ込んで来た。64式小銃の射程と貫通力は接近戦で威力過多となり味方を傷付ける恐れがあった。「着け剣!」の号令を出した中田は突きかかってくる槍を被筒部で受け止めた。銃床部の床尾板で相手の脇腹を力の限り殴りつけた。倒れた敵の背中を二度、三度と突き刺す。引き抜いた銃剣は赤黒く染まっており人を殺したと言う事が強く認識できた。

「ぐぅっ」

 隣で戦っていたドライバーが矢を受けて悲鳴を上げた。矢は肩に食い込んでいる。

「抜くな、我慢しろ」衛生救護の基礎だ。

「は、はい……」

 矢を抜きかけていた腕を止め、邪魔にならない様に途中で折った。

 魔法は貫通力が高くないらしく敵の魔導師遠慮なく魔法を撃ち込んで来た。機関銃を搭載している馬車やピックアップトラックが狙い撃ちされた。虎の子の車輛を全損するまで時間はかからなかった。

「杖を持った魔法使いを探せ!先に魔法使いを倒すんだ」

 魔導師の存在が敵の火力を支えている。ここまで圧されては焼け石に水かもしれないが、厄介な魔導師さえ倒せば状況も立て直せるかもしれないと判断した。

(こんな所で死んでたまるか!)

 指揮官は冷静に全体の状況を把握するのが職責だが、戦闘に意識が集中していて失念していた事があった。

 車載無線機から救いの声が聴こえた。味方の飛行隊だった。

 シュテンダールはシュラーダー領であった事もあり、支配権を確立したとは言え最前線。エルステッド軍が駐屯している以外に、アニマルコマンドーが地域巡回の契約を下請けしていた。アニマルコマンドーと言うカバーを使い送り込まれた日本からの応援。味方の存在を失念していた。

 爆音と共にAH-1S対戦車ヘリコプターが現れる。巻き起こされる強風と不気味な羽音、突然現れたヘリコプターの存在で敵に動揺が走った。味方の士気は逆に高まる。

 70㎜ロケット弾によるASR射撃が始まった。ハイドラ70は国内産ではなくFMS調達弾薬と聞いていたが惜し気もなくぶちまけられていた。オレンジの航跡を描いて降り注いだロケット弾は敵の集団を吹き飛ばす。

「良いぞ、やっちまえ!」

 鬱憤を晴らしてくれるAH射撃に味方から歓声があがった。逆に敵の士気は崩壊し撤退を始める。殺された仲間の仇を討ちたい所だが、車輛は破壊されて追撃の余力は無い。それに商隊の護衛が本来の目的だ。警戒を緩める訳にはいかない。

 街道周辺に出来た爆発弾痕と焼け焦げた地面が威力を物語っている。

 警戒体制の指示を出し商隊の再編成を行う一方で、中田は攻撃を受けた事をようやく報告する。連絡、報告、全てが後手に回っていた。

「小隊長」

 失態に頭を悩めていると部下から死体に妙な所があると告げられた。中田は死体を集めた場所に向かった。

 路肩に並べられた賊の死体に目を向ける。着ている甲冑は板金鎧プレートアーマーだ。爆発の威力で潰れているが状態が良い。ただの山賊や敗残兵ではないと再認識させる。

「これは良い指輪だ」

 損失の補填として商人は死体から金になる物は身ぐるみ剥ごうとしていた。持ち上げられた死体の腕。指環を取ると死体は無造作に爆発弾痕で掘り返されたクレーターに蹴り落とされる。折り重なる死体の共通点は手の甲に鉤十字の刺青が入っていた。


     †


 日常の平穏が壊れるのは意外に早い。ヨスィノグワーリ遺跡で仲間を失い護衛対象を見失った太郎は上司に怒鳴られ散々だった。

 パーティーはリハビリを兼ねて、幾つかの依頼をこなした。

 戦禍に見舞われたドワーフ王国だが、黒ドワーフ掃討後は街道の整備、街の再建等で仕事が幾らでもあった。次なる戦いに備えて郷土防衛隊の増強が行われており、新兵教育を手伝ったりもした。シュラーダー領内の反政府組織を援助して、武器を運び込む護衛も行った。

 その間、何人かの新人と組んだがしっくりと来なかった。

 今後の事を考えるなら、パーティーの解散と移動を願い出たい気分だった。

「エルステッドのキタ村ですか」

 悩みとは関係無しに、上司に呼び出しを受けて出張を命じられた。正確にはミーナの弔慰になる。

 村は辺鄙な山奥で交通の勉も悪い。国境に近いと言う事を除けば戦略的価値も低く、内戦中の戦禍に巻き込まれる事も無かった。JTFにサカイ県の住民を根絶やしにする様命令が下されていた事を考えれば、村が生き残れたのは奇跡に近い。

 理由はある。その村に住むのはミーナの師匠に当たる老女で300歳を越えると噂される魔導師だ。エルステッドで宮廷魔導師を勤めた高名な人物で多数の弟子を輩出しており発言力もあった。

「そうだ。失礼の無い様にな」

 有力者に対して不用意な発言は外交にも影響する。

 キタ村には太郎だけで向かった。パーティーの仲間は休養を与えている。

 ドワーフ王国からエルステッドまでヘリコプターで移動し、アニマルコマンドーの車輛で村まで送って貰った。

「着いたぞ」

 礼を述べて軽トラックから降りた太郎。長距離の移動で尻は傷み、乗り物酔いをしたのか気分も悪い。頭痛を感じながら目的の家を尋ねた。

 高い塀に囲まれた敷地から柑橘系の匂いがした。門に近づくと門番が不審者を見るような視線を向けてきた。むっとしたが言葉には出さない。

 見た事も無い道具が扱え様々な知識を持つ日本人は専門職として地位が高いが、いまだに蛮族の傭兵と見る者も居た。それ以前に今の太郎は日に焼けて何人か国籍不明な風貌をしている。

 門番に紹介状を渡すと取り次ぎに待たされた。

「こちらへどうぞ」と迎えの弟子が現れて案内される。

 強くなる匂いの元を辿ればオレンジの果実が木々に実っていた。

「あれは我が師、エリチャの研究材料です」

「オレンジが?」

 オレンジの果樹園に囲まれた家。イメージとしては魔導師より農家に近い。

 客間に通された。望めば貴族の様に贅沢な暮らしも出来る身分だが暮らしは至って質素な物で、古ぼけた家具や内装が目につく。

 椅子に腰かけていた老女がこの家の主だ。挨拶を終えるとミーナの死について尋ねられた。

「あの娘の最後はどうだった」

 エリチャと名乗った老女はドワーフらしい小柄な体型だが眼光は鋭かった。

「全てを話すわけには行きませんが……」と前置きする太郎にエリチャは「構わない」と頷く。

 出されたお茶を口に含み喉を湿らせると、ためらいながらも太郎はミーナの死の模様を口にした。社の秘密保全に引っ掛からない様に端折りながらとなるが、先方も納得して聞いていた。

「ゴーレム相手であっと言う間でした……」

 パーティーで共に過ごした時間はそれ程長くは無いがミーナの日常を振り返り語る。話を聞き終えると、深い溜め息を吐き出してエリチャは椅子に背中を預けて目を閉じた。

 弟子の死の責任を問われはしなかったが、重い空気に戸惑う太郎は数分が数十分にも思えた。手を振って退出を促された太郎は一礼してエリチャの下を去った。

 戻った太郎は上司から叱責を受けて始末書の提出をさせられた。キタ村に行く前は特に叱責もされなかった為、済んだ事だと太郎は思っていた。

(何で今更……。あの婆さんが何か言ったのか?)

 パーティーの空気も過去最悪で、ペピは泣くしクレアは睨む。リーゼは相変わらず寡黙で相談相手にならない。空気を入れ換えたかったがパーティーの人員の補充に関しては未定。だからと言って会社が遊ばせておく訳も無く、個人を偲ぶ時間も与えられず次の仕事がやって来た。

「先日、クノマ回廊でアニマルコマンドーの警護する商隊が襲われた。幸いにも味方のヘリが間に合って撃退したが、賊をこのまま放置はできない。日本にとってもここは生命線だからな」

 建前上、ベーグルとアニマルコマンドーは別会社だが、出資し経営権を持つ親元は日本国でありグループ企業と考えて良い。日本の国益を第一に考えるのは当然だった。

 森島の説明を受けながら思い出す。ドワーフ王国支援の見返りとして日本が採掘権を得た戦略資源はクノマ回廊を通過しエルステッドから日本へ運ばれていた。エルステッドの軍が地域を支配しており、アニマルコマンドーの警備も付いていた。よほどの馬鹿か命知らずで無かれば手出ししてくるはずは無かった。

「しかし賊は懲りずに襲撃して来た。それも先週に続いて三件も報告されている。いずれもクノマ回廊に限定されているが、この種の動きは他の地域にも飛び火するのが定番だ」

 二度目からは襲撃の前例もあって警戒していた為に損害はなかったが、それで済む話ではない。

「相手はシュラーダーか黒ドワーフの残党ですか」

 後方攪乱としての襲撃は考えられたので太郎は言ってみたが「少し違う」と森島に否定されて少しへこんだ。

「現場に残された痕跡から、相手が北方騎士修道会の一員である事は分かっている」

 意気消沈する太郎を何だこいつと思いながらも森島は続ける。

「北方騎士修道会?」

 聞き慣れない言葉だった。騎士ならわかるが修道会と言えばキリスト教等の宗教がイメージされた。

「何でも死霊山脈の彼方から偉大な王が現れ王道楽土を建設すると言う信仰で、エルステッドだけではなく各国に信者が潜在するらしい。一言で言えば秘密結社ってやつだ」

 見せられた死体の写真に鉤十字が刻まれている事に気付いた。

「秘密結社ですか……」

 悪の秘密結社が世界征服を目指すと言う設定はヒーロー特撮物でありふれた話だが、森島の表情に冗談を言ってる雰囲気は無かった。

「信者の中には強大な国力で周辺諸国を併呑していくシュラーダーを信仰の具現者として支持する者も居る。現にこの前までの内戦で、エルステッドとドワーフ王国の信者が利敵行為に動いていた」

 憲兵の暴走もその一端と捉えられていた。

「内戦中、シュラーダーの尖兵として彼らは活動していた。エルステッドから見たら裏切り者だな。大物貴族だとクッチェラ公爵も北方騎士修道会の元一員だったそうだが。ま、公爵自身はもう少し物事を冷静に見れた様で、革命軍に参加した鷹派とは袂を分かつ事にしたそうだ。王家への忠誠を優先したと言ってるが、本当の所はどうだかな」

(クッチェラ、クッチェラ……)

 聞き覚えがあったと記憶を探る。

「あ、はい」

 誘拐事件に巻き込まれた貴族だと思い出す。太郎達も捜索に加わったが北方騎士修道会云々の情報は当時、教えられてはいなかった。

 末端の兵隊が知らなくて良い事はある。秘密保全とは知ってる情報を外部に洩らさない事だけではなく、情報を知る者を制限する事でもある。

 誘拐の犯行に関係はないと上が判断し情報が与えられなかったのだろうと想像する。今回は任務に直接関係があって、最低限の情報をUSBメモリーで渡された。

「関係する情報はそれに入っている。公爵から提供された情報の裏付けは別のティームが行ったから、まず間違いないと考えて良い。お前らは民間ルートで情報収集に当たれ」

 飛び火する前に事態を沈静化させようと言う考えは理解できた。しかし疑問はある。太郎のパーティーはお世辞にもベストな状態とは言えなかった。元とは言えメンバーであった公爵からの情報があるなら、それ以上に何を求めているのかがよく分からなかった。

「具体的にどう動けば?」

 現場で臨機応変に動く事はあるが、具体的な目的と目標ははっきりと示して貰わないと動けない。1から10まで細かく指示をしろとは言わないが、最低限命令として必要な事だ。

「有識者を当たれ。こちらとしては宗教問題にまで巻き込まれたくは無いが、事ここに至っては仕方が無い」

 北方騎士修道会はその名の通り、エルステッド北部を拠点として活動していた。カベドンにあった北方騎士修道会の集会場には貴重な記録が残されていたが、多くが戦火によって失われた。キョドッタに聖遺物として保管されていた魔剣や神槍と言った古代魔法王国の遺産も、内戦のどさくさ紛れで盗まれたのか行方は知れない。クッチェラ公爵の活動していた当時の拠点はリティクとアテレコの二都市に在ったが、内戦で死ぬか国外に逃亡して活動は停止している。

 分からない事を分からないままで済ませると先に進まない。まずは仲間と合流してからスギタ村に向かう。北方騎士修道会についてアルフに尋ねる予定だ。

 呼び出しに応じたパーティーの仲間と今回も馬車の荷台で揺られながらスギタ村に向かう。御者をする太郎の隣でクレアは周囲の警戒をしている。後ろを見ればぼんやりと杖を磨くぺピの姿があった。リーゼは寝ているのか目を瞑っている。視線を前に戻すと太郎は小さく溜め息を吐いた。今回の遠出で少しは全員の気分転換になればと太郎は思った。

「あらあら、お久し振りですね」

 前回と同じ宿屋で部屋を取ったら女将は太郎達を覚えていた様で言葉をかけられた。

「今回もお世話になります」

 荷物を置くと太郎はアルフの家を訪ねた。以前と変わらずそこにある。

「おや山田君」

 事前に来訪を知らせていなかったにもかかわらずアルフは歓迎してくれた。

「どうも」

 お茶を用意するとシエラもアルフの座る椅子の背もたれに体を預けた。大きな瞳で興味津々と視線を太郎に向けている。

「今日はどんな調べ物かな。古代都市とか、また込み入った話かな」

 穏やかな笑みでアルフは先を促す。

「似たような物ですね」

 シエラの出してくれたお茶を口にするとアルフに尋ねてみた。

「アルフさん、北方騎士修道会って御存知ですか」

「北方騎士修道会? それは珍しい物を調べているね」

 アルフが言うにはお伽噺を信仰する奇人変人として世間的に評価は低かった。

「しかし、まあ現実に古代王国は存在した訳だし、あながち彼らの信仰が間違っていたとは言えない。いつか待っていたら王様が現れるのかも知れないね。彼らが根強い信仰を持ち続けれた根拠は気になるよ」

 今回は魔王の伝承を探る事が仕事ではない。北方騎士修道会の調査。可能であれば拠点を探し報告する事が目的だった。

「これはアルフさんだから話す内容ですが時期が来るまでは公表しないで下さい」

 前置きする太郎はアルフが頷くのを確認して続ける。

「北方騎士修道会をエルステッドとドワーフ王国は異端認定します」

 事態が複雑化するのは足を引っ張る者、火に油を注ぐ者がいるからだ。自分が正しいと信じ周りの人たちを巻き込んでいる。

「急にまたどうして?」

 シエラと軽く視線を合わせアルフは尋ねてきた。

 王家の承認による異端認定は公に北方騎士修道会を非合法組織として潰す名目になる。懸賞金もかけられて人狩りが始まる。普通に過ごしていれば異端認定される事もない。

「日本人が襲われました。お友達にも被害が出たそうです」

 日本人のお友達であるエルステッドとドワーフの民に被害が出た。警備をしていた日本人としては危機感を抱かずにはいられない。

 日本人は我慢強いが忍耐に限度がある。欧米人の様にNOをはっきりと言わないが、ある日突然切れる。切れた日本人は首狩りをしていた戦闘民族の血が蘇る。

 今回の場合、正義を信じて動いていても国から見ればただの馬鹿なテロリストだ。面子を潰された日本人の怒りは大きく、国家との関係修復は不可能。捕らえれば即処刑される。

 捕まえて再教育をしても、信仰で植え付けられた価値観は簡単に変わりはしない。効果の割り時間と費用ばかりかかる。エルステッドの国庫に無駄飯を食わせる余裕は無い。

「なるほど」

 日本人が顧客を大切にし、体面を重んじる事は知られている。国にとって日本は切り離せない存在になっていた。日本からの要望があれば動かざるを得ない。

 納得したのか頷き考え込むアルフ。国の敵となった北方騎士修道会は遠からず滅ぶ事が予測できた。

 知り合いも居たがそれ程親しい訳でもない。あくまでも学術研究の上での知り合いだ。

「エルステッドのサカイ県では北方騎士修道会の影響が強いのは知っているよね」

 亜人や隣国の脅威に曝されて来た田舎では神頼みもしたくなる。強い王、頼れる者の出現は心から求められた。だからこそ反乱軍の策源地とも成り得た。

「内戦中の話ですよね。皆、死んだんじゃないですか?」

 太郎も腐るほどの死体を見てきたが反乱に協力した者、協力したと思われる者は斬首された。皆殺しにされた。それが一般常識だった。

「今でも生き残りは居るそうだよ。隠れ信者ってやつだね」

 内戦終結後、憲兵と軍によってサカイ県は徹底的な捜査が行われた。土地を離れた者も多く、元からの住民を探す方が難しいと言える。生き延びた者はひっそりと息を潜めているか国外に逃亡したと考えられた。

「雲を掴むような話ですね……」

 民間伝承や噂話程度の情報しか無く、上司の要望に答えられるとは考えられない。

 気落ちしながら太郎は宿へ戻ると森島に現状報告をした。

『そうか。ご苦労だった』

 意外な言葉に太郎は言葉に詰まる。

 森島にしてみればあまり期待をしていなかったとは言え、指示を出せば動くだけ太郎は使いやすかった。「自分は出来る」と根拠の無い自信を持って突っ走り全てを巻き込む破滅型よりは、指示を求められる方が良い。

 結果は不十分だったが太郎達は今回の調査を終えた。

(――って、動いたの俺だけ……)

 女性陣は宿泊先で寛いでいた。転がるワインボトルを見れば理解出来る。

「ああ、お帰りなさい」

 頬を染めて陽気に振る舞うぺピを見て苦笑する。ぺピはローブを脱いで、ホールターネックのラフな部屋着で寛いでいる。

「いっぱい飲んだんだな」

 えへへ、と笑う顔は久し振りに見る。遠出でパーティーメンバーの気晴らしは出来たと言う事で自分を慰める太郎だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ