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残念な山田  作者: きらと
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22 ヨスィノグワーリ遺跡

 死霊山脈から帰還すると新たな命令を受けた。下宿先の私室で太郎はベットの下に置いた南京錠のかかった私物入れからノートパソコンを取り出す。パソコンの電源を入れてUSBメモリーをパソコンのUSB端子に差込む太郎。命令と添付資料のファイルが開かれた。使ってるOSはXPと古いが海外エロサイト等のネットに繋げる訳もなくウイルス感染の可能性は低い。

(最近、アニメを見てないな……)

 ぼんやりと考えている内にフォルダを選択し圧縮データを解凍する。

 魔法が発達した為に機械化が産業革命以前のこの世界では、パソコンを使えるのは日本人だけに限られる。文字の形体も異なる為、読み取られる可能性は低い。機密保持の観点では最良の命令伝達手段と言えた。

 先日、遺跡の地下で収容した老人は古代魔法王国重臣の生き残りで神官、魔王の暴走を止めようとしたが逆に封印されたと言う。では魔王はどうなったのかと言う疑問だが歴史に残っていない以上、古代の王国と共に滅んだと考えられる。

 コールドスリープによる冬眠状態から目覚めた老人は社会の変わりように当然驚いたが、情報を貪欲に吸収して日本人に協力している。もし自分が数百年、数千年先の未来に放り出されたとしたら頭がついていかないと太郎は思った。

(いや、そもそも俺なら誰も知り合いの居ない世界なんて孤独に耐えられない。浦島太郎が死んだのもわかる。まったく大した爺さんだな)

 老人、クルムバッハの聞き取り調査は協力的であった。「亜人を使役していたのは事実だ。厳密には神官の職責として教育し繁殖を管理していた」「カリウタ山を越え大いなるルビコン川を南に向かうと肥沃なカンパケの地がある。ここに知識の宝物庫、ヨスィノグワーリがある」等と口述しているが、問題は古代の地名は殆ど現在に残っていないと言う事で土地台帳も期待できない。

「カリウタ山は死霊山脈で決まりとして、ルビコン川はツィクグォ川か?」クルムバッハの記憶している地形も現在では大きく変わっていた。

 古代史の有識者がかき集められ日本人から提供された地図を元に照らし合わせの調査が進められた。

 地図があまりにも正確な所からどうやって作っているのか質問が出たが、日本人は笑顔ではぐらかした。航空撮影の写真から作られた正射投影写真図は地形が地図同様正確で彼ら現地人が疑問に思ったのも仕方が無い。

 照らし合わせの作業が終わると調査のパーティーが送り込まれる事になった。指示を受けた太郎達は、クルムバッハに付き合って王国の宝物庫、ヨスィノグワーリに向かう事になった。

 カンパケの地は死霊山脈を南へ下った先で、エルステッド領に近いアヴァロン島が該当した。

「アヴァロン島ってどんな所なんですか」

 ペピの質問に対して、事前に資料を目に通していた太郎は答える。

「島自体は密林が生い茂る無人島だ。辺境と言う事もあって学術的調査も行われていないらしい」

 辺境で交通は不便。未開地としての条件は揃っていた。

(物語的なお約束だとそろそろ大きな転換期だよな)

 世間では、朝鮮半島で戦争再開と噂されるだけのきな臭い出来事もあったが何も起きなかった。現実は物語ほど大きなイベントは簡単に発生しないし、女性と絡む機会はあっても恋愛フラグさえない。そんなことを考えながら出発の用意を進めベーグルに出社した。

 移動するヘリコプターの機内には太郎のパーティーの他にブリッジス夫妻も同乗していた。秘密保全の観点から言えば現地人協力者であっても情報を知る者は少ない方が良い。そういう意味でもアルフは、古代史の知識があり死霊山脈の探索にも加わった事から「秘密を知る仲間」として日本人上層部にも信頼されており条件に合致していた。

「君達と一緒だと発見と驚きに尽きないから楽しみだよ」

 アルフの隣に座っているシエラも同意するように頷いていた。コボルトとの戦闘は死と隣り合わせの危険があった。にもかかわらず夫妻は臆するどころか遊びに行く様な陽気さを見せている。

「そうですか……」

 銃口を上にして立てた小銃の硝炎制退器を、杖のように前傾姿勢で握りこんで顎を当てていた太郎は乾いた愛想笑いを浮かべる。クルムバッハは外の景色に目を向けていた。

「クルムバッハさんの時代には空を飛ぶ事は無かったんですか」

 反応が無い。苦笑を浮かべる太郎。クルムバッハは狐に似た悪人顔で第一印象は良くなかったが、外の景色に心を奪われている姿を見て警戒する必要もない。古代人と言ってもただの老人と認識を改めた。

 窓の外に湿地帯のフジ原野が広がっている。この先はツィクグォ川河口部の漁村、ナカ村で漁船に乗り換えアヴァロン島に向かう。

「ようこそジョイフル号へ」

 船長は格好をつけて船を紹介するが、船を見て溜め息が漏れた。発動機は付いていない風任せ波任せの帆船だった。

(何がジョイフル号だ。ただの薄汚い漁船じゃないか……)

 日本人は金払いが良いとエルステッドでは上客扱いだが、ベーグルの調査員は現地に溶け込む為に大金を使って目立ったりはしない。漁獲量から日割り計算した適正な価格を支払っていた。船長は太郎の渡した船賃に微妙な顔色を浮かべていた。

 航海の時間は半日程かかりツィクグォ川を支流のタデ川に進んだ。何事もなければ島での調査に2日、往復を合わせると4日間の行程となる。

(ま、何にも無いなんてわけ無いよな)

 計画通りに物事が進む方が珍しい。それにクルムバッハと言う古代人の存在、これまで確認されなかった遺跡の調査という時点で何らかのアクシデントは覚悟はしていた。

 昼食は携帯コンロで沸かした湯で作ったラーメン。カセットコンロと違いガスボンベに直接取り付けるタイプでコンパクトに纏まっており便利だ。ラーメンに関してだが「アヒルのスープに似てるけど、あんまり美味しく無いね」と袋麺は現地人に不評だった。

 船では猟師達に操船は任せやる事もないとあって、ごろごろと横になるか景色を眺めているだけとなる。船酔いと言う程の波はない。

 クルムバッハはアルフの質問攻撃を受けている。

(あれだけ質問されて嫌にならないのかな)

 女性陣もそれぞれ自由に過ごしている。やる事も無いので太郎は昼寝をする事にした。

 疲れた時は寝るに限る。睡眠が体力を回復させる。

 浅い眠りなのか夢を見た。とりとめのない日常の出来事。キャストは知人、友人。過去と現在が融合していた。夢を夢と認識した瞬間、目覚めの時間がやって来る。

 喉の乾きを覚えて目を覚ますと船長が島が見えてきたと教えてくれる。双眼鏡を取り出して船長の指した方向を確認した。

「無人島って聞いていたけどあの建物は?」

 島に近付くと桟橋と家屋が建ち並ぶ小さな集落が確認出来た。投網や銛の類が並んでいる。

「漁の期間だけうちの連中が立ち寄る小屋さ」

 猟師の一人が答えた。タデ川では全長3メートルのアユやヤマメが獲れる。名物のナマズは6メートルと言う大きさだった。

「ナマズね……」

 ユカチ兵の友人、ベートーベンが聞けば飛んで来るだろうと頭に浮かんだ。

 桟橋に他のパーティーが待っていた。太郎のパーティーが調査に当たり、他のパーティーが太郎達の護衛と言う計画だ。相手のパーティーは初対面ばかりなので少し心配だった。

 桟橋に立つパーティーリーダーが漁船に向かい手を上げ合図する。

(確か皆口だったよな。……ん?)

 皆口の雰囲気に違和感を感じた。具体的には説明が付かないが何かがおかしい。

「よし到着だ。お疲れさん」

 漁船は錨を降ろした。島に降りようと集まって来たパーティーだが、船に矢の雨が降ってきた。

「は? 何──」

 桟橋に居た皆口が背中に矢を受けて倒れる。倒れたパーティーリーダーを介助するのかと思えば、殺気を向けて向かってくる皆口のパーティー。村の中からも隠れていた兵士が沸き出してくる。攻撃目標は明らかに太郎達だった。

(矢を射って来たのはあいつらか。いったい何処の兵隊だ)

 太郎を近くにいたリーゼが引き摺り倒す。咎める視線に気付いた。

(考えるのは後だな)

 物陰に隠れながら船長が怒鳴ってくる。ちょっとした小遣い稼ぎで命まで奪われてはたまらない。そんなやり場の無い怒りだ。

「どうなってるんだ!」

 他の漁師が怯えてるのに対して流石は船長だと思ったが太郎も怒鳴り返す。

「こっちにだってわからないよ」

 飛んできた矢にどういうつもりだと問い返す事も出来ず、唐突に戦闘が始まった。分かっているのは護衛のパーティーが敵になったと言う事。甘い考えは捨てる。

「山田君」

 矢が降る中、冷静な声でミーナが応戦の許可を求めてくる。

「殺っちゃって下さい!」

 不意を突かれて混乱したが、実戦経験から素早く味方から敵と認識を切替える。

「私を敵に回すなんて後悔するよ。ま、今更遅いけど」

 この程度の攻撃は犬の甘噛みに過ぎないとでも言う様にミーナは笑みを深める。

 うちの女性陣は手強いからと太郎は敵を哀れんだ。

「お仕置きしてあげるよ。はははっ」

 ミーナが詠唱を始めた。ぺピが風で周りの矢を落とし時間を稼ぐ。太郎も小銃を構えると弓を装備した兵士を狙い打つ。クレアが船縁から敵の真ん中に飛び降りると剣を振るった。斬撃の威力は大きく、骨を断ち腕や首を軽々と切り飛ばす。そんなクレアの活躍を見て太郎は自分には無理だと思いながら援護する。

 クルムバッハは組む相手を間違ったのかと襲撃を受け止めていた。日本人の操る鋼の竜や馬の無い馬車は、魔法と言う力を持たない奴隷にとって便利な道具だと理解できた。古代の王国では魔法の使えない物は奴隷階層で使役されていた。今は奴隷が地上を支配する時代だと知り、日本人に協力すべきだと現状を正確に判断していた。

(ここで攻撃を受けると言う事は何処からか情報が漏れていたのか)

 知識を持つ者がいつの時代でも成功する。逆に情報の価値を知ろうともせず蔑ろにする者は落伍者となる。信頼できない相手と手を組む事は身の破滅に繋がる。日本人が存外、あてにならないと感じた。

 クルムバッハの葛藤とは関係無しに、太郎達は襲撃者達を排除していく。此方には船の上と言う欠点こそあるが、魔導師2名と銃に弓と遠距離攻撃が充実していた。おかげでクレアは剣舞を満喫しており、時折飛んでくる矢を落とす余裕さえあった。

「やっぱり山田君達と一緒だと飽きないね」

 アルフとシエラは戦闘など何処吹く風と談笑していた。

 襲撃者を排除するまで20分も時間はかからなかった。傷付いた漁船を見てしょぼくれる漁師達を置いて太郎達は上陸した。

「エルステッドの憲兵ね」

 剣先で死体の胸をつつくクレア。甲冑に刻まれた紋章を確認した。

 憲兵に襲われるのは二度目。誘拐事件の調査以来だ。射撃をしていた太郎と違い直接斬り倒したクレアには馴染み深い物だった。

「エルステッドだとしても意図が読めない。こいつらの単独犯行かな?」

 殺した後だが、例えばに呪術師に催眠術をかけられて操られていたとも考えられる。現状では判断材料が少なすぎる。

「それこそ森島とか会社の仕事でしょう?」クレアは暗に自分達の仕事ではないと述べている。確かに末端の兵士に理解出来る事ではない。

 ミーナは護衛パーティーの死体を漁っている。ベーグルからの支給品等は他では手に入らないからだ。太郎も皆口の遺体から予備の弾倉を回収した。銃はちょろまかすと、とんでもない事になるので残して置く。

「こいつらは何考えてたんだろうね」

 ミーナが小首を傾げる。

「さあ。皆口は日本人だし買収は無いしな。他の奴等の事情は解らない……」

 ベーグルの待遇は良い。日本人の元で働くだけでステータスにもなる。太郎の言葉へ覆い被せる様にクルムバッハが先を急かした。

「そろそろ良いかな」

「ああ、すみません。行きましょうか」

 襲撃の件は後で来る応援に引き継げば済む。計画では明朝には到着するとなっていた。

 大事を取って明日まで調査を先送りすると言う考えもあったが、今やるべき事はヨスィノグワーリの調査としか考えていなかった。

 クルムバッハに無意識の内に背中を押され、リーゼを先頭に太郎達は樹海に入る。

「戻って来る頃には直してるよ」

「よろしくお願いします」

 漁師は破れた帆布の修理を始めた。


     †


 そこは樹海に相応しく視界不良で、背の高い木々と草が生い茂っていた。はぐれたら迷子になる可能性は高い。先頭のリーゼが黙々と鉈を振るっている。ここで美少女の出てくる創作物の様に露出度の高い服装をしていれば藪で素肌を切っていた所だ。経験を積んだ冒険者でもある太郎のパーティーは袖丈の長い服装をしており余念は無い。問題があるとすれば亜熱帯特有の暑さ。

 肩から提げた雑納からペットボトルの水を取り出すと飲み干すミーナ。べきっと音をたてて空に成ったペットボトルを潰しながら怨めしげな口調で吐き出す。

「暑い……」

「ここは、もうエルステッドですから仕方無いですよね」

 ドワーフ王国と比べれば気温も暑い。ぺピは慰めるが涼しくなる訳でもない。そもそも魔導師の纏うローブ自体が見るからに暑苦しい。熟練した職人の特殊な技法によって繕われたローブは魔力の詠唱速度が向上すると言う効果がある。日本人が購入しようとした所、魔導師にしか売れないと断られたと言う話を聞かされた事がある。

「何でこう木ばっかり生えてるのよ。う~暑い暑い」

 間伐で人の手入れがされていないと言うこともあるが、見渡す限りの木々。陽が当たらず枯れた木が腐り、所々に行く手を遮るように倒れていた。

「人の手が入ってないから無人島。魔法があるんだから、氷でも作ったら涼しくなると思いますよ」

 突き放すように太郎は言った。するとミーナは不貞腐れた様に軽く睨んできた。

「分かってるんでしょ。一々、氷なんて作ってたら魔力が持たない……。人が居ないなら遺跡までの道ぐらい簡単に作れたんじゃないの。どかんと派手に」

 頬を赤く染めた表情は可愛いが、言ってる事は空爆で密林を吹き飛ばせと言う過激な物だった。ミーナの相手から逃げる様にリーゼの隣に行くと「交代」と言って鉈を受け取った。

 一方で暑さも気にせずクルムバッハに話しかけるアルフ。相手は、これまで伝承でしか聴いた事の無い古代の王国を知る生きた承認なわけで、研究者なら当然の様に尋ねたい事が山ほどある。

「王都シャップオロではどれ位の人々が生活していたのですか」

「3万だな。王都に相応しく、世界最大の都市だ」アルフの問いに、いささか誇らしげに語るクルムバッハ。太郎にしてみれば大した事ではない為、鼻で笑ってしまった。訝しげに視線を向けるクレアだったが3万人では日本の特例市どころか市の法定人口に満たない。

 徒歩移動で約3時間。足の裏に痛みを感じ始めた頃、樹海が途切れて木と蔦が絡み合い苔の浮いた遺跡が現れた。額を流れる汗を拭いながら太郎はクルムバッハに尋ねる。

「ここがヨスィノグワーリ?」

「そうだ」

 かつては手入れされていた建物も蔦と苔に覆われている。触れると分厚い苔の層がぼろぼろと落ちる。

「入り口はこっちだ」

 さくさくと一人で先を進むクルムバッハの後に続きパーティーは移動する。

「罠なんか仕掛けられて無いでしょうね?」

 扉らしき場所に来た。両側に見上げる程巨大な石像が並んで出迎えている。普通と違うのはそれらの石像が人ではなく亀と言う事だ。

 ぺちぺちと遠慮なく石像を叩くミーナ。「まるで近衛兵ね」と言う言葉を耳にしてクルムバッハは答える。

「不老長寿の神獣アイム。王国を象徴する象亀だ」かつては建物程の大きさの象亀が多数、領内に生息したと言う。

 扉の表面は苔で覆われて鍵穴さえ見えないが、表面を擦ると苔が剥がれ古代の神官文字が刻まれている事が解った。

「警告文ですか」

 アルフの言葉にクルムバッハは頷き所持していた杖を扉に当てた。

 蒼い光を発光させて文字が輝いた。

「おお」

 まだこの遺跡は生きている。感嘆する皆の前で扉が軋んで動き出した。

 扉の開け方は死霊山脈の地下遺跡と同じだった。遺跡に入ると中まで植物は浸食していなかった。床材と壁材は地下遺跡と同じく黒曜石の様な磨かれた一枚岩が使われている。

「あそこと似た感じですね」

 同じ感想を抱いていたのか皆頷いている。

 内部に光源が無いのは例によって同じでミーナが松明に火を着けた。暗視眼鏡の様な贅沢品は用意していない。足元に罠がないか警戒して進む。

「今度は虫が居ないと良いね」

「ああ」

 虫が出たらこの人数で倒せない事は無いが、手間がかかる。極力会いたくは無かった。

 幾つかの扉を開けて見た。梯子を使わねば届かない高さの本棚が見える。棚には革製のブックカバーを使った本がびっしりと並んでいた。ここの本一冊を翻訳するだけでもかなりの情報が入る。

「図書館か。ヘイトクライム図書館やピエトログラード魔導大学の蔵書を超えているんじゃないか。これは凄いね」

 蔵書の量は世界一かもしれないとアルフは感想を述べる。今すぐにでも翻訳作業に取りかかりたい様子だったが太郎は先を急がせる。まずは全体の把握を行う。細部の調査は応援が到着する明日以降の予定だった。

 建物内部の様子を報告要図の為にメモしている太郎。攻略本の出ていないダンジョン探索と同じで逐一書き込んでいる。遺跡探索では傭兵としての戦闘技能だけではなく、冒険者としての腕も求められる。

「この本も売れば良い値段になるだろうね」

 蔵書の棚を脇目に眺めながら先を進むと次の扉があった。

「開けるぞ」

 そう言いクルムバッハが扉を開けると中には魔石が大量に保管されていた。

「これだけで一生遊んで暮らせるね」

 ミーナも唖然としている。朗報を上に報告できると太郎は考えた。

 ──瞬間、背後から風圧を感じた。

「えっ」

 次の瞬間、頭上から降り下ろされた足がミーナを押し潰した。咄嗟の事で思考が麻痺した。足の先、胴体には翼が付いていた。狂暴そうな眼光鋭い顔は鳥に近い。それは生物ではない。ガーゴイルだった。

 ミーナは何をしているんだと疑問が浮かんだ。ゆっくりと持ち上がるガーゴイルの足。現れたのは肉塊と血溜まり。

 パーティーメンバーが死んだ事をぼんやりと認識した。脳裏にベーグルで受けた教育の一節が浮かんだ。例え一名の調査員になろうとも、その使命を全うしなければならない。何時までも茫然自失としている訳にはいかない。ガーゴイルは向きを変えながら翼を広げて襲いかかって来る。

 危機に直面して判断力は復帰していないが、体が咄嗟に反応して動いた。

「ガーゴイル!」クレアの叫び声で全員が動いた。

 視界の端でぺピが詠唱している姿が映った。翼を狙ってクレアが斬撃を繰り出しているが表面を削るだけで効果は見えてこない。ガーゴイルの固さに戦う気力を萎えさせられる。まるで悪夢の様だった。

「警備用のゴーレムだな。まだ機能していたのだな」

 気配もなく現れた敵は施設警備に常駐していたガーゴイルで、ゴーレムの一種だった。感慨深く溜め息を吐くクルムバッハだが太郎達に余裕はない。

 持って来た手榴弾は限りがある。そもそもガーゴイルに効果があるのかさえ不明だった。

「山田君、魔石を壊すんだ」

 柱の陰に隠れながらアルフが告げた。

 ガーゴイルの胸元に輝く魔石。魔石と刻まれた神官文字の術式でゴーレムは全て起動している。力の供給源である魔石を破壊すれば止まると考えられた。

「ぺピ、リーゼさん。魔石を壊すんだ!」

 クレアがガーゴイルの足元を駆け回り注意を牽いてくれている。魔法を紡ぐぺピ。太郎も小銃を連発に切替えて魔石を狙った。

 怒りに燃えた瞳でガーゴイルを睨み付けながらペピは特大の火球を放った。灼熱の炎はガーゴイルを包み込んだ様に見えた。

「んっ!」

 ぺピの放った魔法はミーナに比べれば威力は劣るが破壊力は十分にあるはずだった。しかし魔法はゴーレムの表面で吸収されていく。警備用のゴーレムだけあって対魔法防御が術式に組み込まれている。

「そんなっ! だめ、効きません……」

 泣きそうなぺピの声を聞きながら太郎は引金を絞った。

 ゴーレムが対魔法防御は施されていても、初速700メートル毎秒で発射される実体弾の対処は想定していない。ガーゴイルの胸の一部を削り煙が上がった。しかしその動きは止まらない。

 むしろ太郎を標的に変えた様で、降り下ろされるガーゴイルの攻撃を避けて太郎は走る。砕かれる棚、収納されていた魔石が飛び散る。

 遮蔽物代わりに飛び込んだ柱の影から射撃を継続する。

(減装弾では無理なのか。効果は出ている様だが……)

 魔石の破壊にまで到っては居ない。それに減装薬と言っても、通常の弾である常装薬と然程変わる物ではない。

 射撃が止まった。

「糞」

 薬莢が排出途中で引っかかっていた。

 故障排除の第1段階は引く、叩く、放す、狙う、射つとなっている。棹桿を引いて薬莢を排出し射撃を継続する。

 魔法の使えない魔導師は無力かと言うとそうでもない。魔力が尽きた時にはその身を以て戦う事になる。護身用の短剣は飾りではない。長い鍛練で近接戦闘を学んでおり、入隊してたかだか一任期の陸士よりは戦える。ゲームに出てくる主人公の様にCQCで無双とはいかないが、ガーゴイルの足元を掻き回すには役立てた。

 クレアとぺピがガーゴイルを引き付けている間に止めを刺したのはリーゼの矢だった。小銃の弾に威力で勝る様な特別な矢ではない。単に太郎の腕が悪くて狙いを外していた事とリーゼの放った矢が同一弾痕と呼ぶべきか、同じ箇所に与えた衝撃で魔石を粉砕しただけだった。

 魔石の力を失い崩れ落ちるガーゴイル。後に残るのは風化した砂だった。しばらくは脱力感から動けなかった。

「ミーナさんが……」

 ぺピは親しくしていたミーナの死にショックを受けている。

「ああ……」

 悲しげな表情を浮かべる太郎だが慰めの言葉は見付からない。

 太郎の表情を見てクレアは訳がわからなくなった。太郎は簡単に仲間を切り捨てる人間ではなかったのかと。

 太郎に言わせれば矛盾はしていない。グレイスの時とは違いミーナは「仲間」だった。

 ゴーレムの攻撃で散乱した室内。魔石が転がっている。万金に値する代物だが誰も見向きはしない。

「警備用のゴーレムが居たなら報告しなさいよ」

 クレアは汚れた顔を服の裾で拭いながら吐き捨てる様に呟いた。まったくだと内心で同意する太郎だったが、他にやる事があった。

 パーティーリーダーとして仲間の掌握は仕事だ。クレアの言葉で太郎は一人足りない事に気付いた。クルムバッハの姿が見えない。

「クルムバッハさんは?」

「あのジジイ、何処に逃げたのかな」

 ミーナの死はクルムバッハにも責任がある。クレアの言葉が少々荒くなるのも仕方なかった。

「ともかく探そう」

 そう言い、太郎はクルムバッハの名前を呼ぶが答えは反ってこない。

(不味いな……)

 クルムバッハの知識は貴重で、VIPと言える人物だ。戦闘に巻き込まれ逃げ出して負傷したとも考えられる。周囲を探す太郎達だが土の上と違い足跡の類も残っていない。

 翌日から応援の到着後に遺跡を含めた全島を捜索したがクルムバッハの行方は発見できなかった。

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