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残念な山田  作者: きらと
23/36

21.1 山登りの続き

 ドワーフの地から更に北へ北へと向かえば死霊山脈に突き当たる。死霊山脈を越えた先は伝承にしか記録は残っていない。神や精霊の記述が出てくれば、どこまでが真実かはわからないし判断の材料も無かった。

 370年前、古代の叙事詩に描かれた神話を信じて征服王シャウベルガーは3,000の兵を率いて山に踏み込み戻らなかった。大王の胸に神秘のヴェールに包まれた秘境を開拓する冒険心があったのかと言うとそうでもない。残された文献によると、秘宝と秘術に対する野心があったと記されている。結果は大王は戦死、多くの兵が失われ親衛旗を手放して僅かな兵が帰還しただけだった。生き残った兵士は「王は雷に射たれた」と証言した。雷に匹敵する古の魔法と捉えられた。

 軍隊ですら踏破出来なかった山々。竜を使役するようになると、空を飛べばどうかと竜を操り山を越えようとした者も居たが生きて帰っては来なかった。

 全てを呑み込む禁断の地、忌むべき魔の山。その様に長年怖れられた世界を閉ざす山に日本人は挑戦した。

 エルステッド王都郊外の日本人租借地。宿営地に繋がる街道沿いに現地人による商店街や宿屋が出来ていた。オスプレイから降り立つのはがっしりとした体格に白髪の男、後藤田だ。迷彩服に付いた襟元の階級章は一等陸佐、胸元には空挺とレンジャーの証が控え目に付いている。

 後藤田は全般指揮の為にエルステッドに戻ってきていた。同行する背広姿の男は調整官と言う名目で送られてきた目付け役の小役人。宿営地を物珍しげに観察している。視線の先にはL-90と呼ばれる35mm2連装高射機関砲が陣地展開していた。竜やミノタウロスと言った危険動物に対する為の物だ。

 花粉症なのかくしゃみを連発している。背広のポケットは使用したティッシュペーパーで膨れている。後藤田の視線に反応して口を開いた。

「暑いとは聞いていましたがこれ程とは。未開の野蛮人相手だと大変ですね」

「まあ、な」

 文明の恩恵を受けた生活を日本で送って来た男にはエルステッドが未開に見えるのも仕方がない。しか、ここは日本ではないと言う認識が足りない。アニマルコマンドーとベーグル。どちらも経営母体が国である為、日本の国益の為に動く。その観点から言えば正直な感想であっても未開だ、野蛮人だと言う軽率な発言は好ましくない。現地人に漏れれば余計な軋轢を生むことになる。後藤田の口調が眉をひそめたのも仕方がない。

「調査員は元々社会に適応できなかった屑の集まり。パーティーが幾つ潰れてもかまいません。速やかに調査を行ってください」政府から派遣されて来た調整官にしては判断が甘い。隗より始めよと言う言葉の真逆を行く考え方だった。自衛隊出身ではなく警察庁の官僚だと名乗っていた事を思い出す。

(今時、自衛隊がクーデター何てするわけないだろう。警察ってやつは……)

 後藤田から見て現地人を舐めすぎている。日本人と比べて高度な指揮・通信システムや近代兵器を装備していないが、軍師や指揮官は無能ではない。殺すか殺されるかの戦場で求められるのは、生き残る為の最善策。当然、状況に対応する柔軟性を持っていた。

 上に立つ責任者が敵を侮ると言う底の浅い考え方では部下が苦労する。存在するだけで罪だ。

「ハイテクのステルス戦闘機がローテクの対空機銃に落とされる事例もある。敵を侮って闇雲に突っ込ませてはそれこそ血税を溝に捨てる様な物だ。ここは任せて貰う」

「餅は餅屋と理解しております。お手並み拝見させて頂きますよ」

 台布巾や雑巾にも役割がある様に末端の兵隊も歯車に過ぎない。唯々諾々、与えられた任務を遂行すべく動いていた。

 ガイドのユカチ兵、ベートーベンを先頭に太郎達は死霊山に進むが、登山経路は手探りに近く、他にも複数のパーティーが北への道を探し動いていた。ロープで互いを結んでいては戦闘行動に支障が出るため付けてはいない。今回の調査は太郎達、数個班による先遣隊と後続の本隊で編成されている。各班の陸曹は5.56㎜機関銃を装備しており火力も増強されていた。

 山を登るにつれて吹き荒れる寒波。冷気が頬を刺す。寒冷地で育ったドワーフも震える寒さと言う事で、ある種の気象兵器かとさえ思えた。

「寒くないのか」そう尋ねる太郎の視線の先にはユカチ兵のベートーベンがいた。

 ベートーベンも防寒着を着てはいるが太郎達に比べれば自前の毛皮もあり薄着だった。

(あれで本当に、大丈夫なのか?)

 暖かそうなベートーベンの毛並みに対して、太郎は手袋をしていても指先がかじかむ。PXで売っている一般的なOD軍手では湿って凍傷にかかる可能性が高い。革手袋が必需だった。

 歩くだけでも風圧が行く手を阻み疲労感が蓄積される。

(これって手当て、どれだけ付くんだろうな)寒冷地手当を請求出来る気がした。

 ヘリコプターでの移動は航続距離から考えれば不可能ではなかった。しかしUAVが落とされている。未知の敵には強力な防空火器があるらしく、これ以上落とされる訳にはいかない。地上から前進したのは当然の選択だった。

 途中にデポを築いて堅実な登山方法で進みたかったが、今回は速やかな情報収集が求められている。

 太郎の後に続くブリッジス夫妻。山育ちのドワーフとは言え防寒着の厚着をしている。夫に寄り添うシエラは楽しそうに歩いていた。まるで遠足か物見遊山に出かける様な雰囲気だ。

(元気だな……)

 この時勢で夫婦で何処かに出かける機会も早々あるものではない。分かってはいるが、イチャイチャする様を見せ付けられて太郎は少しだけ気まずい思いをしていた。

 隣を見ると美月3曹は怖い表情で二人を睨んでいた。緊張感が無いと怒っているが半分は嫉妬だ。その事が理解できた太郎は視線をそらすと前を歩くベートーベンに視線を向ける。ふらふら揺れる尻尾が寒そうだった。

 ベートーベンが止まった。被ったフード越しに耳が小刻みに動いている様子が伺えた。

 ヘラクレスの峰と呼ばれる場所についた。岩山に囲まれた細い谷間が見える。風はさらに強くなっていた。

「ここから先は危険なんだ」

 姿勢を屈めるベートーベンの後ろに続き稜線を目指して岩場を移動する。積雪が凍り付き足下が滑りやすい。ベートーベンが氷を一欠片、軽く投げた。放物線を描くと思い氷に視線を向けると轟音が聴こえた。次の瞬間には近くの雪が吹き上がっていた。鼻をつく火薬の臭いに魔法使いや未知の宇宙人ではないと確信する。

「歓迎委員のお迎えか」

 ベートーベンの指差す方向に発砲煙が見えた。砲台の射撃だ。

 弾の節約か、火砲その物の性能か射撃間隔は15秒ほどと早くはなかった。

(あれならよけれるな)

 寒さに震えるよりは戦場で見える敵を相手にしている方が太郎には気楽だった。

 兵士は敵を殺した数だけ成長すると言う。RPGのゲームと同じく経験が積み重なっている。

「ネシ・ハ・ウロヤ・クサ・ウト!」

 味方の魔導師が、風で雪を巻き起こし敵の視界を曇らせようとしたが敵の攻撃は止まない。雪渓を走って所々に突き出た岩に身を隠す。

 問題は射撃陣地が一ヶ所とは限らない。他に偽装隠蔽された陣地が存在するかもしれない。冬山に悪天候まで加われば身を隠すには最適と言える。

 これがエルステッドやドワーフ王国なら空自なり野戦特科なりの支援が要請出来たが、ここは敵勢力圏。戦力は限られている。

 上崎3佐に報告し指示を求めた。

「1班と2班が正面から牽制する。その間に我々は迂回してあの砲台を叩く」

「了解」

 荷物を下ろし身軽になると攻撃開始を待つ。戦闘技能が未知数で連携の取れないベートーベンとドワーフの夫婦は荷物の番だ。WPで前進方向に煙幕が張られれた。雪を巻き上げるよりは効果的だ。

 砲台からの砲声が止んだ。警笛を合図に立ち上がり、射撃の間隔を狙って移動しようとした。散開していた所に敵の砲撃が降ってきた。数人が爆発に巻き込まれ吹き飛ばされる。太郎の肩に何かが当たり顔を向けるが、思わず叫んでしまった。

 湯気立つ血まみれの肉片。雪原に人体の残骸が撒き散らされ太郎達の上にも降ってきた。視界が閉塞して行くような圧迫感を太郎は感じた。頭を振って気持ちを切り替え敵情を観察する。

 味方を攻撃する敵の射撃速度が明らかに早くなった。此方の動きを誘い出す策だったのかもしれない。どちらにしても対応できずに損害が出た。この損害は痛いが、敵の注意を引き付ける囮としての役割は十分に果たしている。

 氷が堆積した丘を踏み砕きながら太郎の班は駆け登る。防寒具を外し露出した皮膚に風が当たり痛みを覚える。

 装備が肩に食い込む。汗が吹き出てくるのを感じながら足を進める。鍛えられた兵士は自分の限界を弁えており無謀な攻撃をしない。

 射撃陣地の周囲に警戒線や歩哨なりが存在してもおかしくはないが、その姿は見受けられなかった。

 T字型の銃眼から砲身と砲口が見えた。

(あれか!)

 他の班はまだ到着していない。

「俺が行きますよ」太郎は手榴弾を示す。

「了解」

 美月3曹は頷き5.56㎜機関銃を据え付けると射撃を始めた。射撃の腕は良い様で弾着で砲台から煙が立ち上る。

「レタ・ア・マタ・ノヒ!」

 ぺピとミーナも魔法で支援射撃をする。砲台前の氷が巻き上げられて、視界を隠し砲撃を妨害している。

(これなら行ける)

 駆け寄り手榴弾を投げ込む太郎。体を屈め爆発が収まると陣地内に突っ込む。周囲には敵兵の物であろう肉片が飛び散っていた。

(これじゃ、何だかわからないか……)

 脅威となる敵の姿が無い事を確認し落ち着いた目を周囲に向ける。鍾乳洞を利用した陣地で、生物の体内を思わせる通路が広がっていた。床には瓦礫が転がり壁からは配線がぶら下がってる。技術レベルがそこそこあると確認できた。

 風がしのげる事によって寒さで強張った体が弛緩する。周囲を確認する太郎。通路の奥は瓦礫で塞がっている。

「これは除けないと進めない。俺達だけでは無理だ」

 そう言いながらぶるっと体を震わせる太郎。立ち止まると汗が冷えて体が凍える。

 追い付いてきたブリッジス夫妻は中を覗き込んだ。

「素晴らしい! シエラ、ここは情報の宝庫だよ」

 研究者の夫は喜んでいたが、太郎から見て現地人にはオーバーテクノロジーで理解できるとは思えなかった。太郎自身、現用兵器の仕組みを知っている訳ではない。尚更の事だと言えた。

「これってどこまで延びているのかな」

 瓦礫の隙間から通路を覗くミーナ。

「さぁ……」

 壁にもたれかかろうとした太郎の首元が急に締め付けられた。

「がっ……くぇ!」奇声をあげた太郎に注目が集まる。

 太郎に巻き付いた蔦は害意を露に体を締め付けていた。美月3曹が銃剣を抜いて蔦を切ろうとする。だが樹皮は堅くて歯が立たず太郎の首に食い込んでいく。

 体を拘束し首を締め付けるのは配線に絡みつき壁から延びた蔓。クレアが蔦を切り離そうと一気に剣を叩きつけるが表皮しか削れない。

「くっ! 」堅さに手が痺れたのか剣を取り落とすクレア、すかさずミーナが詠唱を始めた。

「レタ・ア・マタ・ノヒ・イ・ダク・ト!」

(触手プレイは趣味じゃ無い……異種……の方が……)

 薄れ行く意識の中で太郎は食虫植物を思い出していた。

「この!」

 ミーナの放った火球が壁穴から見える幹を焦がす。

 太郎を拘束したまま、残りの蔦が魔力に反応したのかミーナに伸びてくる。蔦から逃れようと動くと詠唱が行えない。杖は詠唱に必要な媒体なので短剣を振り回している。

「えいっ」

 ベートーベンがミーナの前に小袋を投げた。飛び散る粉が蔦の動きを止めた。すかさず撃ち込まれたぺピの火球が蔦を伝って幹と本体を燃やし尽くす。

「美味しいところを持って行かれちゃったな」と軽口を叩くミーナだが吹き出た汗が緊張を物語っている。

「こいつは死んだね」

 焼けた幹に剣を刺して動かなくなった事を確認するクレア。その傍らで拘束が外れ投げ出された太郎は咳き込む。

「何だって言うんだ。こいつは」

 ペピが駆け寄り杖で患部を診察する中、まったく便利な道具だと太郎は杖を眺める。

「骨に異常はありませんよ」

「それは良かった」

 ペピに礼を言いながらベートーベンに尋ねた。

「さっきのは何だ。あれが居るって知っていたのか」

 口調にトゲがあり、いささか八つ当たり気味なのも命の危機に曝された直後だからとベートーベンは看過した。

「この山に巣食う食人樹だよ。こいつは下まで降りてこないからあまり知られてないんだ」

 そう言う事は事前に説明しておけと太郎は思った。

「そんなに生息数は多くないから安心して良いよ」

「そう言う問題じゃねーよ」苦々しげにベートーベンを睨む。

 瓦礫を除去した後、シヴァルバー坑道と便宜上名付けられたトンネルを進む。太郎の肩には発電機に繋いだ延長コードがかかっている。先には野外用のソケットに電球が付いている。宿営地の照明に欠かせない代物で今回の調査にも役立っている。照明の灯りに照らされて氷の下に石畳の道が延びてる様子が発見された。

「ちょっと待ってもらえないか」

 跪くと手袋を脱いで写本のページをめくるアルフ。肩越しに覗き込んでも書かれている文字が読み取れない。

「伝承通りだ。これは地方からの税収の為に女王アステリアが築かせたビキニ街道の支線だ。これの意味がわかるかい。先史時代の構造物だよ。大発見だ。定説によると肥沃な大地と高度に発達した魔法文明が一夜にして滅んだ。だから何も残っていない。否、災厄は残っていると別れていたが、この様子だと何か発見できるかもしれないな」

「ええ、そうですね。とりあえず調べるのは後にして先を行きませんか」講釈を聞いている時間が惜しい。否定はせず先を促す太郎にアルフも本をしまう。

「ああ、そうだね。街道の先には円形の都があるはずだ。眩い輝きに満ちた都が――」


     †


 ペピがぽつりと呟く。

「穴ですね……」

 視線の先にあるのは呪われた都。瓦礫や廃墟と言うレベルではない。ぽっかりと大穴が開いていた。

 空中には建物の残骸が土砂と共に浮いている。重力場に異常があるのは明らかだ。口を開けて空を眺めているシエラ。

「浮いてるよ、あれ。どうなってるんだろう?」

「調べるなら空ですか?」ぺピの言葉に空を飛べないだろうと太郎は答える。

 シエラの夫はがっかりする所か、周囲の様子を記録しようとスケッチをしている。その様子を見て、こいつは夢中になると何も見えないタイプだと太郎は再認識した。

「王宮どころか、地表の構造物は根こそぎ吹き飛んだ様だな」

 道中聞かされた神話。輝く王宮の姿は見えない。

「それでも調べることは幾らでもありますよ」

 都市一つを飲み込んだ災厄は核攻撃を思わせる惨状だった。底には雨水が貯まったのか地下水が涌き出たのか池が何ヵ所か出来ていた。

(隕石か核爆発か。途方も無いエネルギーなのは間違いないな)

 太郎は二次元とミリタリー好きなオタクで学業は疎かにしていた。高校で習ったアボガドロ定数も記憶の彼方で、物理の法則や化学式の知識はもはや欠片もない。難しい事を考える事はあっさりと放棄して仕事に戻る。

「カマドウマ、こちらチキン23送れ」

 状況の報告と指示を求めようとしたが山を越えた辺りから無線の感度が悪くなっていた。コンパスの針も乱れており磁気異常が考えられる。

「糞、完全に無線が通じない」

 カメラで周囲を写真撮影していたを手を止め振り替えるクレア。無線機が遠距離の通話が出来る便利な道具と言う事は習っていた。太郎の困惑が何となくではあるが理解できた。

「どうするの?」事後の指示を求めたくても出来ない。調査続行をするか、引き上げて現状を報告するか。現場指揮官である太郎に決断が求められた。

「あれから中に入れるんじゃないかな」

 目の良いリーゼは地下道を指差した。通風口が生きていれば空気は有るかも知れないが、肝心の地下道は開口部が瓦礫で塞がれていた。

 何気なく眺めていると、太郎は蝶番に当たる部分にスワチカが刻まれている事に気付いた。

(鍵十字ね……)

 地球人として思い浮かべるのはナチス・ドイツ。安易な発送だがそれだけ知られていた。

(何でもナチスと結び付けたがるのは陰謀論者か)

 スワチカは現代ヨーロッパで忌避されるシンボルだが、人類の歴史で考えると数多く使われてきた単純なシンボルで文化的見地から見ると地球外に存在してもおかしくはない。

「行くの?」

 期待の眼差しを向けるブリッジスに苦笑を浮かべながらリーゼに答える。

「上に報告してからだが、行くことになるだろう」

 砲台が生きていた。地下の施設も一部は残っていると考えられた。ゲームで言うなれば新たなマップ、フィールドが目の前に広がった訳だ。

「ふーん……」

 地下道の断面は、経年劣化しているとは言え綺麗に切り取られていた。核爆発なら溶けているが、刃物で切られた様に切り口は滑らかだった。

「無理をして危ない目に会う必要はない。引き揚げよう」

 今回の調査は事象を説明するには情報が不足しているが、新たな本格的調査を送り込む為の参考にはなる。

 頷くクレア。膝を着いて穴を眺めていたミーナとペピもほっとした表情を浮かべる。彼女達の遺伝子レベルで植え付けられた古代魔法王国への畏怖は、伝承がホラ話ではなく現実であると視覚で伝わるにつれて禁忌に触れるような気持ちに変わった。冒険家気取りの探検は未知なる物への恐怖へと変わる。

 太郎も未知なる物への恐怖は理解できる。藪をつついて蛇を出すより、適正な狩り場の方が安心出来る。美月3曹にも異論は無いらしく口をはさまない。

「それはないだろう。ここまで来たんだ。もう少し辺りを調べさせてくれないか」

「さすがに下まで降りる準備はしてませんよ。次は中に入るって事で我慢して下さい」

アルフは渋っていたが、準備不足と言う事で泣く泣く同意する。

「はい、帰るよ。撤収」

 登るのに苦労した死霊山脈だが反対から行くとなだらかだった。

 発電機の音と照明の灯りが戻ってきた太郎達を出迎える。砲台を基点に中継地として宿営地が設営されていた。恒久的な物ではないが風雨は凌げる。日本人の手際のよさに他の者は感心していた。

「おつかれ」

「おう」

 山田は伊集院から投げられた缶コーヒーを受けとる。缶の熱さが手袋越しにも感じられた。普段はあまりコーヒーは飲まない。どちらかと言うとコーヒー牛乳の方が、この時は好みだが温かい飲み物がありがたかった。

「お前らが行った後に周囲を捜索したら他にも砲台が在ったぞ」

 食人樹や砲台が存在していると報告を受けると後続が周囲を捜索した。

「おお、でどうだった」

「あの砲台にしても、自動砲台や魔法って訳じゃない事はわかった。他のは雪の重みって言うのか、潰れてたり凍り付いてたりで機能してなかった。で亜人の死体も幾つか見つけたぞ」

 大きくて長い頭部と眼球、爬虫類に似た鱗状の皮膚、手の指は3本。遺体の詳しい司法解剖はまだだが外観から、古文書に載っている古代に使役されていた亜人の係累、コボルトと考えられた。

「なるほどね」

 休憩を挟み人心地つくと上崎3佐へ報告に向かう。上崎3佐は現場の指揮官だが、高度な判断や調整はベーグルの森島が行っている。宿営地には無線局が開設されていたので、ここから森島にも報告した。

 途中、砲台跡をシエラの旦那が調べている姿が見えた。周囲を調査員が護衛している。学者にとって全てが新鮮で貴重な物に見えると言う事だった。

(帰ったばかりだって言うのに元気だな……)

 パソコンの画面越しに現れた森島の表情は不機嫌だった。

『ヘタレだな』

 開口一番、森島の放った言葉に太郎は苦笑する。

『もう少し奥に行こうとか思わなかったのか?』

「安全管理、事故防止が上司要望事項ですので」

『確かにそう言ったけどな……』

 大袈裟に溜め息を吐く森島。遠距離にもかかわらず通話の感度と明瞭は良かった。

『もう一回行って貰う』

「ええっ!」

 お前がヘタレなのは分かったと森島は喉元まで出かかったが我慢して言葉を続ける。

『今回はブリッジス夫妻の護衛だ。貴重な古代史研究家の協力者だ、死なせるなよ』

「了解……ブリッジス夫妻の護衛を実施します」

 今回は太郎のパーティーを他のティームが護衛する形となる。指揮官は前回に引き続き同じ。

 報告を終えると大休止で太郎達は食事を取る。睡眠と食事は何処に居ても欠かせない。

 食事はベートーベンが作ったユカチに伝わる郷土料理。赤いスープが湯気を立てており食欲をそそる。寒い時には暖かい物がありがたかった。

(さすがにRPGのダンジョンみたいに罠はないよな)

 スープをすすりながら考えるのは調査対称の大穴。映画だと罠が作動しピンチになる場面が演出で多い。アルフとシエラと言うお客様を同伴する。当日は慎重に行動しようと心に決めた。


     †


 あれ程吹き荒れていた強風は翌朝になると止んでいた。灰色に曇った空にヘリコプターの編隊が現れた。険しい山間部で有効な移動手段であり、シュラーダーの防空網は既に形骸と化している。航空優勢が確保され空の移動は容易だった。魔導師のローブがヘリコプターのローターが巻き起こす強風で捲れるが、ローブの下は完全防寒で素肌は見えない。

 CH-47輸送ヘリコプターから、血塗れの鎌を持つ天使が描かれた軍旗を掲げてDDAの部隊が降りてくる。空輸されたのは歩兵1個大隊。他にも重機等の機材が運び込まれていた。

「あの兵隊は何だ?」興味深そうにベートーベンが尋ねて来る。

「DDAの応援だな。それ以外は俺にも分からん」

 おざなりに答える太郎は、所詮はドワーフと相手を見誤っていた。彼らはただのドワーフではなかった。

 ドワーフは穏やかな性格の種族だが戦場では鬼神の如く勇戦している。特に黒ドワーフ相手の戦争で殺戮天使の異名を得たDDA第7旅団は広く知られている。旅団長のエディ・ウエッブ少将は騎兵の出身で、ルルイエ盆地の戦いで黒ドワーフの投降を許さず虐殺した。

 班長以上が呼び出され上崎3佐から、その話と相手の正体を知らされた。

「ウエッブ将軍自らの出馬だ。彼の発言力は大きい。下手を打って恥を晒すなよ」

 恥よりも疑問があった。

「そんなヤバい連中が何で?」

 ここは死霊山脈――シュラーダーの北。対シュラーダーの主力部隊が国を離れてこんな辺境までやって来た事はただ事ではない。

「不足の事態に備えるのが彼らの仕事さ」

 上崎3佐の言葉も建前に過ぎない。民主政治は理念の中に生きると言うが、日本政府が民主主義の正義を信じている訳ではないのは事実だ。この地に派兵しているのも日本の国益であり、善政を布いている君主政治でも国益の妨げになるならば革命を起こして政権を倒す位の方針を持っていた。

 DDAが今回、死霊山脈に派兵したのは調査協力と成っている。しかし戦時下の国が、虎の子の部隊と指揮官を成果が不確かな遺跡調査に投入するのは善意だけではない。それなりの目的があった。

 冬季戦装備に身を包んでDDAの隊列が調査員が確保したルートを移動している。周囲には雪が積もっており吐き出す息が白い。

「閣下。そろそろ、今回の目標を教えていただけませんか」

 幕僚は今まで作戦目標が知らされず、学術調査としか聞かされていなかった。部隊の性格から考えても経験上、それだけとは思えなかった。ウエッブ将軍は幕僚の問いに頷き答える。

「見たまえ」

 ウエッブ将軍が指差した方向に他の兵士達も視線を向ける。白く輝く山の頂が見えた。古代の伝承では、万年雪の下に古代の遺物が眠っていると言う。誰もが知っている昔話だ。

「我等が祖先は人と協力し、死霊山脈を越えた地で邪悪な侵略者と戦い犠牲を払いながらも封印した。それが魔王の墓標であり山が立ち入る者を拒む理由だ」

 ドワーフの伝承は人に伝わる故事と大筋は合っていた。曰く、数千年前に使われた超兵器で1つの王国が滅んだ。そこは現在も不毛の地として大きなクレーターになっている。寓話には元になった出来事が存在する。脚色されていても本質的な物は変わらない。

「そして我らが友人は遺跡を発見した。これの意味する所は、魔王や魔物に匹敵する力の存在だ」

 日本人達が行った調査でクレーターと都市の跡が確認された。ならば伝承は真実を告げていたのではないかと言う話になる。遺跡を調査すればさらに得られる物が期待された。

「遺跡に眠る遺物の回収が目的ですか」

「黒ドワーフとの戦は終わるが、シュラーダーとの戦が待っている。あの大国を相手にするならば、忌まわしい古代の兵器に頼ってでもこの戦争に勝たねばならない。それが我らのおかれた現状だ」

「王国を跡形もなく消す超兵器。まともに発掘できたとして、本当に使いこなせるでしょか?」

 過ぎた武器は身を滅ぼすと言う。幕僚は禍々しい物として不安を覚えた。


     †


 クレーターに到着した。DDAの手を借りて周辺を大がかりに捜索したが地表に出入口は見当たらない。長い間に堆積した土砂が都市を飲み込んでいた。調査に割ける時間はそれほど多くはない。何しろ敵地を挟んだ飛び地なのだから、行動も制限される。

 探すならあそこかと雨水が溜まった池に視線が集中する。表面に汚泥が浮かび底は見えない。

「潜水具何て持ってきてないですよね」

「ああ」

 呟く太郎に視線を交えず無情に答える上崎3佐。潜れと言われたら潜るしかない。

「水に入る魔法何て無いよな」

 試しに訊いてみるとぺピが自慢の玩具を見せるような笑みを見せた。

(あるのかよ。何と言う魔法御都合主義……)

 ぺピの詠唱で薄い膜が体を被った。見た目はともかく触った感触に違和感は無い。

「これは竜騎士が空を飛ぶ為に使います」

 ここでは高高度の飛行に酸素マスクや耐Gスーツが存在しない。代わりに風の魔法で酸素を供給したり防寒具を着込む事で対応していた。一般的にはこの魔法は空でしか役に立たないと認識されているが、ぺピはお遊びで魚を取るのに使っていたと言う。

「なるほど。これで息は出来るな」

 ぺピの動きを見て他のパーティーでも魔導師が詠唱を始めている。

「僕も連れてってくれ」アルフは太郎に声をかけてきた。シエラも夫に同行する。

「危なくなったら逃げてくださいよ」

 持続時間はおよそ15分。防水性能までは持っていないが呼吸の問題は解決した。

「15分で見つからなければ魔法を再度かけて潜るって事で良いな」

 安全管理の面から行動を仲間と再確認する。瓦礫の上に土砂が堆積しており、出入口が見つかる確証は無いが池に太郎達は潜る。

 サイリュームの光が周囲を照らす。爆発の衝撃で破壊された都市は地下までえぐり取られていた。通路か扉の類いを探す。

 魔法で保護されているとは言っても、水温は低く長時間潜り続ける事は危険大であった。

 リーゼが太郎の肩を叩いた。指差す先に黒々とした通路が底に見えた。

(あそこか……)

 屈折した通路を照らしながら進む。出口の光が見えた。

 水面から顔を出して息を吸い込む。空気は残っていた。本来なら有毒ガスや未知の病原菌が籠っていてもおかしくない。不用心だったと反省する。

 周囲の状況を確認する。サイリュームの光に照らされて高い天井と広い廊下が広がっていた。

「広いな」

 太郎はビニール袋で防水処置をした装備を取り出す。視線を向ければ、周囲に敵らしい動きはないと言う事で女性陣は太郎を気にせず着替えていた。健康的に焼けて張りのある胸や脚部が目に毒だ。美月3曹はさすがに太郎の目を気にして着替えていない。

(おいおい、つつしみとか恥じらいって物を持てよ……)

 健康的男子である太郎も性欲は持っている。10代の青少年は興味も人一倍と言えるが、まじまじと見るわけにもいかず視線をそらす。

「ふふ~ん」太郎の反応を見てニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるミーナ。小首を傾げるぺピ。

 外に比べて雪も風も無いだけ寒さは軽減されている。濡れた服を着替え終わると後続の到着を待ち手分けして施設内部への扉を探す。期待したアルフの助言だが、アルフは古代史の専門家だが建築のプロではない。先例や史料の無い細かい所は手探りの調査に成ってしまう。

「どうだ?」

「特に異常はありませんね」

 魔導師は魔力を感知できる。ペピとミーナや魔導師達も辺りを見回すが、通路に対魔法で認識障害の防壁を構築しているのか上手く認識できない様だった。

「どこかに扉があるはずなんだが……。魔法でも射ち込んでみるか?」

 冗談交じりに太郎が告げると、ミーナは素早く詠唱をして壁に火球を撃ち込んだ。

「ちょっと!」

 倒壊の危険性がある遺跡で遠慮なく魔法を使うミーナ。正気を疑う暴挙に焦ったが壁には焦げ目しか付かなかった。近寄るとアルフは煤けた壁に触れた。

「これは凄い」

 壁には傷一つ無かった。ミーナを叱責しかけたが壁の状態を見て諦める太郎。

「ベートーベンは何か知らないか」

 駄目元で話を振るとベートーベンは戦闘糧食の鯖をポロポロとこぼしながら食べていた。

「ここは俺達も知らないよ。山を上ってはいけないって言われてたしね」

 口元を舌で舐めながら答えるベートーベンのしぐさは図体が大きいだけの猫だった。猫の手が当てに成らないと苦笑する太郎は視線を上に向ける。天井は信号機以上の高さで調べる事も出来ない。探す場所は床と壁に限られる。

「非破壊検査の業者を呼んで来た方が速く済みそうだな」

 隠し通路は巧妙に隠されていた。ぺピが杖で壁を叩くと、杖の先に埋め込まれた魔石が光った。

「えっ」

 壁に幾何学模様の光が走り扉が現れた。アルフは目を輝かしている。

「古代魔法が使われていた時代では、魔石の魔力で制御された道具や施設が普及していたのだろうね」アルフは興味深そうにぺピの杖と開いた壁を見比べる。

「先に進もう」

 上崎3佐の指示で前進する。空気は何処かに通風口があるのか循環しており澱んではいない。呼吸を気にせず進める。

 一定量の魔力が鍵になっている。魔導師以外が杖を当てても扉は反応はしなかった。随伴する魔導師が壁や床を叩き調査しながら進むので前進速度は遅い。

「鼠一匹も居ないですね」

 調査開始から2時間が経った。腕を揉みほぐしながらぺピは飽きたように呟いた。

 応じるミーナも杖を振り回して疲労を感じたのか首を回している。

「周囲に敵の姿は無し。だけど今の所、成果も無し。これで探索は順調って言えるのかな?」

 今の所、古代人の死体は見当たらない。建物の内部が無傷と言う事から考えて、遺体の保存状態は良好で風化して崩れ去ったとも考えられない。

「住人は上部に集まっていたとか?」ミーナも確実な答えは無く語尾が疑問系だった。

 そう言うミーナに対してアルフは笑みを絶さず壁や天井を指差す。

「この塔だけでも大きな発見ですよ」

 解説が始まりそうになりミーナはちらっとシエラを見るが、妻の方はベートーベンの体をべたべた触っている。迷惑そうなベートーベンを見て溜め息が自然ともれた。

 アルフの言葉通り、池に沈んだ通路から入った建物の基本構造は円形の塔で、上から下に降りる形になった。部屋らしき物は発見したが何も残っていない。

 下を眺めながら太郎はぼんやりと思い出す。

(ネットゲーだと最深部にはボスが居るんだよな)

 MMORPGではレイドボスを大規模なプレイヤーが参加して討伐する事になる。太郎自身も200名以上のプレイヤーを指揮した事があった。回復アイテムや消耗品を使い戦うわけだが、現実には死者を甦生させて戦列に復帰させる事は出来ない。

(生きて帰れます様に……)

 心の中で何かに祈ったが、災厄は向こうから降ってくる。

 前方から足音が聞こえた。相手は隠すつもりも無いのか足音が鳴り響いて近付いてくる。

「敵さんのお出ましだな」

 無線が通じないので伝令を走らせて上崎3佐に報告する。調査員の後に続くDDAの方でも戦闘の準備は出来ている。寧ろ暇を持て余していた位だ。廊下越しに敵が姿を現す時を待っていた。

 敵は太郎に見覚えのある物だった――

 甲冑を着込んだ兵士を乗せた巨大な虫。エルステッドで相手をした物と同じだ。騎兵の様に向かってくるその戦術は変わらない。

「虫が出てきやがったぞ!」

 杖や銃口を前方の虫に向けるが意識の死角に敵が居た。天井を這って居た虫が上から覆い被さって来る。

「上にも居るぞ」

 注意の外だった。押し潰される兵士達。不幸中の幸いにして虫の数は全部で3騎。エルステッドの頃に相手をした虫に比べれば数は少ない。問題はその機動力と打撃力。魔導師が魔法を放つ前に懐へ入られてしまう。接近戦で調査員にも損害が出る。DDAの応援も居るが掻き乱されて体制の建て直しが出来ない。

「非戦闘員は後方へ下がれ」上崎3佐の指示が飛んでくる。

 騎手は逃がすまいとするかのように、虫を手足の様に操りながら追いかけてくる。

「この天井の高さと廊下の広さは虫の移動を考えて設計されていた様だね」

 逃げながらもアルフは答えを得て満足そうに呟く。学者と言うのは常人とは思考の形態が違うのかもしれないと、太郎は頭の片隅に考えが浮かんだ。だがすぐに思考は切り替えられる。ここは戦場であり悠長に考え事をする余裕も無い。

「そう言う話は後で」

 シエラは夫をたしなめる。ベートーベンは毛を逆立てながら虫を睨んで唸り声を上げていた。

 砕ける鈍い音と悲鳴が聞こえた。太郎達の後ろに続いていた調査員のパーティーが虫に追いつかれて交戦に突入する。戦士は剣や槍を振るい虫の足を止めようとするが馬力が違いすぎる。動きを止めるどころか逆に吹き飛ばされ犠牲者を増やす。

「死ね!」叫び声を上げながら日本人のリーダーは小銃を虫に向けて連射した。

 至近距離で放たれたとは言え小銃の火力指数は機関銃の約1/3。効果が在る筈もなかった。至近距離にもかかわらず表面を僅かに削っただけで、逆に虫の注意を惹いた。

「おいおい、マジかよ!」

 狼狽える声を耳にしながら太郎は自分のパーティーに指示を出す。

「ミーナとぺピはあれの足元に魔法を撃ち込んでくれ。ひっくり返す様にな」

「了~解」敬礼の真似をする余裕を見せるミーナ。対照的にぺピは静かに「分かりました」と返事を返す。

 リーダーは虫に上半身を噛み砕かれて廊下に転がる死体の仲間入りをした。班付の陸曹も日本から来たばかりなのか、経験が浅く虫の動きに反応出来ていない。

(馬鹿が。報告を聞いてないのかよ)

 内心で毒づきながら太郎は膝射ちの姿勢を取る。

 ミーナとぺピの連携で虫の足元に炎が吹き上がった。煽られた虫は姿勢を崩す。

 瞬間、虫の騎手を狙い太郎は引金を引いた。

 至近距離なので外しはしなかった。甲冑を撃ち抜かれた騎手は脱力し絶命したが、体を固定しているのか死んでも虫にぶら下がっている。

 騎手を失いこの虫は別方向へ走り出したが、他にも虫はいる。

「やったね」

 笑顔を浮かべる二人に頷くと他の虫に目を向ける。

(残りは2匹)

 日本人は、ファンタジーの世界だから巨大生物や虫が驚異的な強さを誇ってるだけと相手を軽んじていた。虫と戦った事の無い者ほどその傾向が強かった。7.62㎜NATO弾を弾く虫を見て日本人に動揺が走ったのも仕方が無い。それでも5.56㎜機関銃の弾幕を張る事で虫の接近を阻止した。

 現地募集の調査員は逆に動揺が少ない。竜や亜人の脅威を人伝に聞いたり体験していた彼らは、虫を過小評価していなかった。現実を踏まえた上でドワーフの指揮官は部下を鼓舞する。

「案ずることはないドワーフの戦士達。我らは黒ドワーフを倒し王国を取り戻している。此度の戦も我らに勝利が訪れるだろう」

 最後に戦場で立っているのはドワーフだと自信に溢れた態度で語りかけてくる将軍の言葉。一々芝居がかかって大袈裟だと思った太郎は呼吸音で笑った。

 敵を舐めている訳ではない。速やかに陣形を整え戦列を組むDDA。広い廊下は小隊が横並びで槍襖を敷いた。

「奴等が何を望むかは問題ではない。我らの前に立ち塞がる敵は討ち滅ぼすまでよ。ドワーフの力を見せてやれ!」

 将軍の命令を待っていたドワーフの戦達士は、雄叫びをあげ虫に向かって駆けていった。伏せ射ちの姿勢で射撃を続ける太郎は、無防備に突っ込むドワーフに呆れていた。

「もっと早く動けよ……」

 太郎も助言をした。「足か騎手を狙え! あれは堅い!」

 外骨格は減装薬では撃ち抜けない。不用意に弾を消費するより騎手を倒す方が確実と言えた。調査員で弓を持っている者は矢をつがえて騎手を狙いだした。

 戦闘の興奮やストレスでノルアドレナリンが上昇している。一種の麻薬と言えた。この快楽を得るために傭兵や兵士をしてる者も居る。

 伊集院やエルステッドからの移動組は、虫の外骨格が硬くてもひっくり返せば倒せた事を覚えていた。ベーグルからの新規採用に比べてそつなく対応出来ている。

(虫に対するミーティング何てしてなかったし、仕方無いか)

 他のパーティーは混乱しているが太郎は自分の仲間を守る方が優先任務だった。

 後で悔いる事は誰にでもできる。指揮官はその時点で裁量の判断と努力をしていれば良い。指揮官陣頭や一騎打ちにこだわりヒロイズムに酔っていると死ぬ。

 次々と狙い討たれる騎手。それまでに此方が失った犠牲も多い。

 頭脳である騎手を失い暴走を始めた虫は脅威度も下がったが処理しなければ先に進めない。

 太郎は味方が近くに居ない事を確認して手榴弾に手を伸ばしたが止める。建物の強度は何百年も経っており不明。爆発の衝撃に耐えきれず崩壊する事を考えれば、おいそれと手榴弾を使用出来ない。

(他に手はないかな……)

 太郎が躊躇している内に伊集院が手榴弾を転がした。良い所取りだった。

「あ……」

 間抜けな顔を浮かべた太郎の前で虫は撃破された。

 どんな素材を使っているのか分からなかったが廊下や壁、柱は堅牢で爆発に耐えた。伊集院の一見短絡的な動きが正しい結果を出して、自分が悩んだのは何だったんだとへこみそうになる。

「負傷者の手当を急げ!」大声をあげる桑島2尉。防大は出ていないが叩き上げの幹部らしく、いち早く状況把握し動いていた。緩みそうになった空気が再び引き締まる。

(ここはまだ敵地だしな……。で、上崎3佐は何処だ)

 本来の指揮官を探した。

 調査員に随行していた幹部・陸曹合わせて5名が戦死。いきなりの損害に日本人は狼狽した。遺跡には他にも敵となる存在が居る可能性は高い。今の戦闘騒音を耳にして残った敵が駆けつけてくるかもしれない。今後の指示を仰がなくては成らない。

 まずは部下を掌握すべく動いた太郎はしゃがみ込むクレアに気付いて近付く。足元には首の無い死体があった。

「クレアさん、怪我でもしましたか」

 部下の健康状態把握は真っ先に確認すべき事だった。

「ううん、大丈夫。それより少佐が」

 死体を覗き込む。上崎3佐だ。階級章と胸のネームプレートで判断が着いた。魔法でも死者はさすがに生き返らせれない。

「仕方ないです」

 太郎は無関心から肩をすくめた。クレアは失望を覚えたが表情には見せなかった。

 クレアは気づいた。薄情に思えたが、太郎は戦場の狂気に順応する為に倫理観を捨て、生殺与奪に頓着しなくなったと。自分の危機を命懸けで助けたのは使える部下だから。使えない部下や邪魔な存在なら死を迎えているはずだった。

 これまでの傭兵生活でクレアは一人だった。気の合う仲間も居たが長くは続かなかった。命を落とす者も居れば、戦場で負った傷が元で食べて行けなくなった者も居る。10年もやっていれば残っている顔の方が少ない。

 そういう世界では深い人間関係を構築する事は出来なかった。彼女自身、仕事を終えた後は給金を貰い休日を過ごす。その後は気が向けば次の仕事を探す。繰り返しだった。

 傭兵は、その日暮らしで安息や安定など望めない。雇う側からすれば自由な手駒。いつも笑みを浮かべていたのは敵を作らない為。相手の本質が覗ける。

「何、俺の顔がどうかしましたか?」

 じっと見詰めるクレアの視線を感じて太郎は居心地の悪さを感じた。惚れてる等と自惚れする事は無い。

「何でもない。疲れただけ」

 疲れた表情を見て納得する。

「そうですか。皆の様子を見てきますね」

 太郎はクレアよりも年下だが指揮官としての責任があった。戦場を経験した太郎は必然的に優れた兵士である事を求められた。精神的に未熟であるにもかかわらずだ。太郎はまだ成人していない。来年には20才になり、日本では大人の仲間入りと認められる。人生の節目だ。

「山田」

 伊集院が顔に疲労感を浮かべながらやって来た。負傷はしていない。

「おう」

「上崎3佐、死んじゃやったな」

 深い人間関係を築く程長く接した訳ではない。だが指揮官の損失は調査員の士気を下げた。自衛隊から出向していた幹部、陸曹が集まって今後を協議している。太郎達、一般採用のパーティーリーダーは蚊帳の外だ。

「ああ。人間、いつ死ぬか本当に分からないよな」

 そうこう言ってる内に協議は終わった。戻って来た美月3曹から連絡を受ける。

 調査員の指揮は最先任の桑島2尉が引き継いだ。階級だけで言えばウエッブ将軍が少将で最高位だが、今回の調査は日本人主動でDDAは支援。指揮系統が違う。ドワーフ側から異論は無かった。

 襲撃してきた虫の騎手であるが死体を調べた所、死霊山脈にいたコボルトと同じ種族であると分かった。使い古されてはいるが手入れされた金属製の甲冑や武器。遺跡に脅威となる敵が存在すると充分に認識できた。

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