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残念な山田  作者: きらと
22/36

21 山登りに行こうよ

 イタチは空腹を覚えていた。餌場に獲物の姿は無い。鼻をひくひくと動かしながら餌場を後にする。

 人里には食糧があると知っていた。人の食べ残しを狙うネズミもイタチにはご馳走だ。

 収穫の秋、農作業の刈り入れ時にはよくお溢れに預かった。その記憶から畑を目指した。

 森から抜け出ると焦げた臭いがした。一面の焼け野原。新芽が芽吹く事もない。戦災で焼かれた畑に実の成る物は無かった。

 空から爆音が聴こえて、捕食者の竜が放つ咆哮を思い出したイタチは森に駆け戻る。

 シュテンダール辺境伯領、最北端のベルガナル。街の上にはシュラーダーとドワーフ王国を繋ぐ空の回廊が広がっており、その切れ目に当たる。

 空を駆ける者にとって回廊は単語としての存在に過ぎない。空に国境線も川もないからだ。

 青く染められた布を服の様に着せられた飛竜の群れが居た。

 シュラーダーの竜騎士兵団、第44戦闘飛竜団に所属する戦闘飛竜中隊。シュテンダール辺境伯領に対する攻撃が始まって強化された哨戒任務だ。

 竜の皮膚が丈夫とはいえ生身の人が剥き出して騎乗している為、高度も限られている。日本人の竜が現れた場合は同じ高さまで登れる竜は居ない。

「本日も異常無しか」

 ハンダ少佐は西方諸国鎮定での功績が認められ竜騎士兵団で中隊を預けられていた。竜騎士は騎士の中でも華やかに見える。竜の世話をする担当は居るが騎士自身に竜と寝食を共にするだけの気概がないと務まらない。竜と騎士の信頼関係が重要となる。飛竜の個体生息数は多くはない。シュラーダーで人工孵化によって育成された飛竜は愛情や友情を育む事で竜騎士の忠実な相棒となる。

(黒ドワーフ支援に投入した味方はぼろぼろに叩かれたらしいな)

 産まれて間もない幼竜さえ殺された。その報告にハンダは激怒した。

(薄汚い手を使いやがって)

 騎手の怒りを感じてか、飛竜は唸り声を漏らす。

「ああ、済まない。お前に怒ってる訳じゃないんだ」 

 ハンダは多くの竜騎士と同様に、相棒の息吹きを聴いていると気持ちが落ち着く。

 ドワーフ王国で日本人は竜を目立つほど投入していなかった。その結果、エルステッドでの戦訓が生かされなかった。

 ハンダ少佐は未だ日本人の竜と遭遇した事が無かった。だからこそ万全の体制で望むべ情報収集に当たった。箝口令が帰還兵に命じられていたが、伝を使い聞き取り調査も行った。

(敵は飛竜よりも早く、火竜よりも強力だと聞く)

 最強の火竜。成体は飛竜の数倍は大きく魔導師の攻撃も跳ね返す硬さを持つ。その為、成体で捕獲する事は難しく竜騎士兵団でも人の手で育てられた物が居るだけだ。

 竜騎士として仲間を討たれた復讐の思いを抱いていたが、邂逅の機会はやって来た。

 シュテンダール辺境伯領はゲリラの聖域として長年エルステッドに看過されて来たがそれも終わりだ。ボトルネックは排除されねばならない。

 すみきった青空に白い尾を曳いているのはF-15戦闘機の編隊。写真撮影や映像効果の為と違って編隊の距離は開いている。

 ドワーフ支援の強化と安全確保の為、航空優勢――制空権を掌握すべく日本人はクノマ回廊周辺に対する攻撃を開始した。

挿絵(By みてみん)

 エルステッドの暑さにも慣れたと思った8月の末にドワーフ王国に戻った太郎達は、幾つかのお使いイベントをこなし二週間が過ぎた。

 だらだらと過ごす日常でも、季節の変わりを感じられる。カボチャが街に飾られていた。日本人が金を落とす企業城下町ならではで、日本からハロウィン等の習慣が伝わっていた。

(もう9月か……。今年も終わりが近いな)

 ベーグル本社に呼び出された太郎。前回来た時よりも建物が増えている。

(何か新刊でも入ったかな)

 厚生センターの依託売店を目的に向かうと、PXの前で若い男が女性に絡まれていた。

「んー」

 どちらも陸曹の階級章を襟元に付けている。殴られた肩を擦りながら男は溜め息を吐きながら言った。

「なあ、お前自身に当てはめて考えてみてくれ。好きでもない相手に一方的な好意を向けられて、恋人でもないのに勝手に嫉妬して暴力を振るってくる――そんな相手を好きになるのか?」

 女性は言葉に詰まり拳を握りしめた。

「くっ!」

「はっきりさせておく。俺は――と付き合っている。お前に興味はない」

 立ち去る男の背中が見えなくなると女性はしゃがみこんだ。

 太郎はイケメン死ねと思いながら女性に同情した。好きだった相手に手酷く振られた。辛い心情を思い顔をしかめると、太郎はそっとその場を離れた。

(ああ言うのは苦手だ)

 太郎も、それなりの勇気と決断力を持っているが、性格的に女性を守る高潔な騎士ではない。特に痴話喧嘩に関わるのは彼の好みではなかった。

 会議室で説明があると言う事で、時間まで太郎は自販機コーナーで時間潰しをする事にした。

「お」

 先客が居た。伊集院に井上だ。

「半年ぶりか」

 歩み寄る三人の顔が自然と綻ぶ。同じ班、同期として苦楽を共にした絆は消えていない。

「それ位になるかな」

「パーティーはどうよ。剣が使えないからって舐められて無いか?」

 井上の言葉に心当たりがありすぎて太郎は苦笑を浮かべる。

「ま、それなりにやってる」

 伊集院が缶コーヒーを脇に置きながら口を開く。

「俺の所は勝手に動く奴が居て迷惑したよ」

「ふんふん。で、どうした?」

 ティームとしての連携はどの組織でも必要な事で、気の合わない相手にも合わせなくては組織が立ち行かない。

「注意しても繰り返す馬鹿だから外れてもらった」

 口の端を釣り上げて伊集院は腰の拳銃を叩いた。

「なるほど」

 組織は命令で動く。個々が好き勝手に動くなら組織は成り立たない。

「班長も言ってたろ。お前らは考えるな。考えるのは班長がするって」

 指揮官に逆らう部下は円滑な業務の妨げになる。守るべき物は日本の国益。その為にここにいる。

 会議室に人が集まってきた。太郎達も席に着く。

 正面のスクリーンにPowerPointのスライドがプロジェクターで表示されている。

 並んでいるのは調査員のパーティーを指揮するティームリーダー達。太郎の他に伊集院や井上の姿もあった。再会を喜ぶのは後で説明に聞き入る。

「今回は死霊山脈を越えて貰う。山頂は酸素ボンベが無いと越える事も難しいが、山の制覇を狙っている訳ではない。低い場所を狙う」

 航空写真を繋ぎ合わせたシュラーダー北部に至る地図を視線で追う。赤い円が国境に並んでいた。ドワーフ王国周辺に円が多い。経路を表す青い矢印がエルスエッドからドワーフ王国を迂回して北へ延びる。シュテンダール辺境伯領の北をかすめる経路だ。

 小学校の遠足以来の山登り。体力的にも不安が無い訳ではない。

(待てよ。これって敵のど真中を突っ切って行くって事か)

 視覚的な情報の後に説明が続く。

「死霊山脈までの移動はヘリコプターによる空路となる。現地協力者からの情報によると、領空通過で障害は竜だけだ。国境沿いには敵飛竜の哨戒空域が配置されている」

 夜間飛行能力の無い竜相手なら日暮れに侵入すれば良いのではないかと意見が出た。

「途中の燃料補給も考えれば夜間作戦のリスクは避けたい。それに今回は空自が掃除をしてくれる」

 会議に参加している連絡幹部が頷く。

 概要の説明がが終わると現場レベルのディスカッションが始まる。

 臨時編成の小隊を指揮するのは上崎3佐。上崎のやり方は挨拶で十分に解った。

「青臭い事は言わん。兵隊一人の命の値段を考える必要はない。任務遂行第一に考えろ」

 綺麗事、理想論を言わず本題に入った所に太郎は好感を持った。

(敵もたくさん殺した。今更、人道主義で天国に行けるなんて考えてないしな)

 必要なのは任務の遂行。求められているのは結果。

「雪山登山の経験はありませんが。ドワーフ王国より高い山何ですよね」

「ユカチ兵のガイドを付けた。支援は十分に出来ないがやって貰う」

 ユカチ兵。聞き慣れない言葉に瞬きする太郎。上崎は煙草を口にくわえて太郎にも奨めてきた。

「あ、僕は吸わないんで」

 胸ポケットに戻して火を付け一服すると口を開いた。

「死霊山脈にUAVを飛ばしてみたが、落とされた」

「えっ」

 手元のパソコンをこちらに向けてきた。モニターに映し出された閃光。これは砲撃だ。

 RQ-21には劣る物の十分の性能だと考えられていた虎の子のUAVであるスキャンイーグルが撃墜された。この世界で落とせる兵器があるとは予想もしていなかった。

 撃墜される前の撮影で人工物を確認している。詳しく識別できる距離ではなかったが、死霊山脈には何らかの防壁が巡らされていると判断できた。

「墜落ではない。明らかな撃墜だ」

 UAVを見つけて落とせる相手。長年、死霊山脈の踏破を拒んできて正体。

 死霊山脈を越えた先に技術レベルの高い重要施設が在ると考えられる。圧倒的技術差で優位を保って来た日本人にとっての脅威だ。日本人は平和的解決と言う物を信じていない。

 この世界に来て最初に受けた魔法の攻撃を忘れない。農協主催の観光客の全滅。

 今回も厄介ごとがあると確信していた。

「少なくとも、ここ1000年ほど歴史の表舞台にそんな物は出てきていない。これはうちの連中が調べた調査報告だから確証は高い。で、問題の死霊山脈にある物は……まあ、十中八九、砲台の類いだろう。操作する人間が死んでる可能性もあるし無人の固定兵器かもしれない」

 死霊山脈を越えた先に、日本にとって驚異になる様な爆弾が眠っているかもしれない。科学を知らない現地人に与えるのは危険だ。文字通りの爆弾で核兵器の様な大量破壊兵器があった場合、無知な者が取り扱えば世界は滅びる。

「せっかく手に入れた資源地帯だ。損失は出来るだけ避けたい」

 伝承を信じるなら、この山を踏破しようとして多くの人命が失われている。犠牲は予想されたが調査員を送り込む価値がある。かもしれないとか不確かな情報で投入される太郎達にはいい迷惑だった。

 シュラーダー領内通過に当たって貨幣の教育が施された。現地人の集落に立ち寄る予定に無いが、万が一に備えて置くのも安全管理の範疇だ。

 敵地での物資調達は窃盗では不味い。騒ぎになれば人目を引く。

「シュラーダーの通貨は、旧帝国時代の物がそのまま使われている」

 日本や諸外国では貨幣に装飾が施されているが、シュラーダーでは丸く鋳造されているだけだった。

 貨幣に刻まれる統治者の顔は権威の現れとも言えるが、上の首が変わる度に貨幣を鋳造していては切りがない。生産の効率性や貨幣の流通を考えれば意匠がどうのと拘るよりは健全だと言える。

「バルバロッサ帝、フリードリヒ帝時代の貨幣は純度も高く、他国との交易に使われて来た」

 任務の経費としてそれぞれにまとまった金額が渡される。皮袋の巾着がそれぞれの机の上に幾つか積み上げられた。

 手の上に貨幣を取り出して見る。

「金貨1枚は、銀貨2枚。銀貨1枚は、銅貨10枚で両替される」

 銅貨1枚でパンが5つ買え、2枚で定食が食べれる。大衆食堂なら1枚。宿屋の宿泊料金は銀貨1枚が定番だと言う。

(ざるばっかりの知識よりも、ガイドが付くならそいつに任せれば良いと思うけどな)

 各ティームには連絡員として陸曹一名が同行する。上崎3佐が紹介する。

「山田班には美月3曹が同行する」

「宜しく」

 太郎の前に女性が現れた。先程、PXでやり合っていた片割れだ。自然な表情でいれたか太郎に自信はない。


     †


 シュラーダー領内をベーグルのUH-60が飛んでいた。

 空から地上に視点を向ければ、焼き払われ破壊尽くされた廃墟がヘリコプターの窓越しに見える。

「火事にでもあったのかな」

「いや、あれはシュラーダーの奴等がやった事だ」

「自国民相手にか」

 シュラーダーの対外拡張政策は異民族の廃絶と言う物が根幹にあった。偽善者は人種差別と呼ぶが外敵を作り国内の意思統一を行う事は古くから行われて来た事だ。

「見た目ほど安定した国って訳でもないのさ」

 ドワーフに対する不安定化工作、黒ドワーフの支援は露骨で、民族浄化に近かった。たとえ黒ドワーフがドワーフ王国での戦いで勝利しても、何れはシュラーダーに滅ぼされるのは予定調和だった。

「多民族国家ならではの問題と言える」

 シュラーダーが安定しているのかと言えばそうでもない。領内の少数民族は迫害を受けており、いつの日か自分達の国を取り戻そうと抵抗を続けていた。

 今回、太郎達の死霊山脈踏破を支援するガイドも少数民族の一つだ。日本人はシュラーダー国内の不満分子に接触していた。

 切り立った崖が目立つ山々を眼下にヘリコプターの編隊が移動する。

 森林限界の山間部に集落が見えてきた。先行していたティームの誘導で着陸するヘリコプター。上空から見た感じでは廃村らしく誘導のティーム以外、人影は見えなかった。

 先に降りた美月3曹に太郎は声をかける。

「周囲に敵は?」

「ユカチ兵が周囲5㎞四方を固めてくれている。消毒済みだ」

 ユカチ兵も迫害され抵抗する人々だ。

 敵は居ない。安全と言うことで給油している間に機外に出て息抜きをする。冷えた空気が肺に浸透する。

「山田君」

 名前を呼ばれ振り返ると知人がいた。

「シエラさん!」

 廃屋からシエラと夫が近寄ってくる。太郎とは別のティームに学術調査の民間人が同行すると聞いていた。

「うちの人の付き添いでね」

 嬉しそうに夫の腕に抱きつく様子を見て苦笑が浮かぶ。旅行気分で行くような場所ではない。命さえ失うかも知れない場所だ。諫言めいた事を言おうと口を開きかけた。

「お前が山田か?」

「ん」顔を向けると巨大な白猫が二本足で立っていた。身長は太郎よりも高い。捕食動物に見下ろされる気分だった。

「ベートーベンだ。お前達を案内してやる。しっかりと着いてこいよ」

 名前に突っ込みを入れる余裕も無く、猫に頭からかじられるのではないか。そんな錯覚を覚えた。

 ガイドと気付いて返事を返すが声は裏返ってしまった。

「あ、ああ」

 ベートーベンは見たまんま猫族で、ユカチ兵と言えば山岳戦のプロとして恐れられていた。

「ベートーベンは、何で危ないこんな仕事を受けたんだ?」

 シュラーダー領内で猫族は他の亜人と一緒に迫害されていた。一族が生き残る為に抵抗を続けている。敵の敵は味方として日本人に協力した。

「あいつらは俺達をゴブリンと同じ害獣として見ている。その上、俺達を皆殺しにするつもりだ」

「なるほど」

 頷く太郎にそれだけではないと告げるベートーベン。

「それにお前達の贈り物は気に入った。パンにはパンをと言うのが我らの教えでもある」

「ほう?」

 猫のご機嫌を取れる贈り物。秋刀魚と言う言葉が太郎の脳裏に浮かんだ。

「缶詰だ」

 答えは遠からずと言った所だった。

 とろける様な眼差しに恍惚とした表情を浮かべて語るベートーベン。目を細めた顔は猫その物。

「焼津マグロの猫缶。あれは良い物だ。今まであの様な御馳走を食べた事はない。お前らは素晴らしい技術を持っているな」

「そうか」

 対価として事前報酬で受け取った1000個。ベートーベンにとっては万金に値する。

(やはり猫だな……)

 命を賭けれると言うベートーベン。亜人の思考が理解できない太郎。食欲に負けた猫に見えた。

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