20.1 探索のオチ
薄暗い空は雨季の到来を告げるには早過ぎる。鬱蒼と生え繁った木々の枝が空を隠していた。害獣対策で作られた村を囲む石壁よりも森自体が天然の防壁と言えた。
石壁の日陰に腰かけた太郎。日向と日陰で温度差が違うとは言え蒸し暑さは変わらない。首からぶら下げたタオルで顔に吹き出た汗を拭う。
「ふぅ……」
雷撃文庫から出ている四国独立戦争の最終巻を読み終えた太郎は首から提げた雑納に直し込むとぬるくなったペットボトルの残りを飲み干す。読書後、作品の余韻に浸るのは楽しい。秀作ならばなおさらだ。10年に渡って刊行され30冊を越えるシリーズで、人気の架空戦記と世間での評価も高かった。エルステッドに戻りアニマルコマンドーのPXで最新刊を見つけた太郎は暇潰しと購入してみた。
(一言で言えば期待外れ。普通のキャラクター小説だな)
求めたのは架空戦記。兵器の性能緒元を羅列したり、擬音を多用しなければそこまで酷い作品はない。しかし不満足だった。期待し過ぎたと言えばそれまでだ。
何を以て架空戦記と定義するかで範囲は広がる。明治の文豪を唸らせた文学小説が現代では児童文学、SF小説黎明期の高名な作品がライトノベル以下と評価が変わる様に、評価や分類は変化する。
評判を鵜呑みにした訳ではないが、太郎の求める質ではなかった。もっとも出版社のレーベルを見れば対象とする読者層も簡単に分かった物だ。
(未成年を戦わせるのは昔からありふれた手法だし、一々目くじらを立てることではないか。しかし命令無視、反抗的な兵隊は組織に向かない。それを放置している指揮官もおかしい)
太郎自身がエルステッドに来て知識や経験を得ると、成熟していない子供が戦争で活躍するのはナンセンスだと感じるようになった。世界が滅亡の危機と言う背景でもない。普通に生活出来る中で子供を戦わせて平然としている大人は異状だ。
現実に少年兵は問題になっている。子供を戦わせない事も大人や社会の責任と言える。
物語の英雄は華やかに見えるが、実際に英雄と呼ばれる人は戦いの果てに何を見るのか。戦いに散っていった無数の屍か、富と名声か。だが太郎達は英雄になろうとするなと教えられて来た。
物語の英雄は進んで厄介事に首を突っ込む。その友や従者はも引き立て役でろくな目に会わない。
目立たなければ間違いは起きない。脇役で目立たない存在が太郎達、調査員。
立ち上がり屈伸しながら周囲を見渡す太郎。
森の中と言えば観光風靡で喉かなイメージだが、人気の無い廃村で連絡員との待ち合わせだ。
公爵家令嬢誘拐に端を発した事件は、調査を始める前に一部憲兵の暴走に巻き込まれる形となった。太郎にとって予想外で戸惑いを隠せない。何もなければ宿で一晩過ごして、憲兵には協力を求める必要から昼ぐらいに挨拶に行こうと思っていた。
(ま、こうなっては今更だが、あいつら明らかに俺達を狙っていた。作為的な物……何か、何かこう、裏があるのか?)
頭を使うのは苦手だが戦場に立つ時とは違うきな臭さを感じた。個人レベルでどうこうできる物ではない。
本も読み終わり時間を持て余した頃、ようやく到着した連絡員から太郎は新たな指示を受けた。
「航空偵察の結果、ハリハリ砂漠の旧国境守備隊駐屯地跡に人跡が確認された。監視所を設営、情報収集に当たれ。ナカ村で装備を受領しろ、向こうは砂嵐が待ってる。秘密保全、安全管理はいつも通りだ」
「了解」
最低限、必用な事をメモすると太郎は最も気がかりだった事を質問する。
「ところで憲兵の件はどうなったんですか。あれだけ騒ぎを起こしたんだから何か言って来ましたか?」
その質問はもっともだが連絡員は素っ気なく答えた。
「気にしなくて良い」
「え、良いんですか。それで」
目を丸くする太郎。
「知らなければ余計な事まで漏らす事も無いだろう」
「はぁ」
もっともらしい事で煙に巻こうとしてる様に思えたが、それ以上に情報を与えられていないとも考えられる。どちらにしても不信しか与えない態度だった。
上がそれ以上言ってこないと言う事は、憲兵に対する対処は太郎の預かり知る所ではないと言う事と納得するしかない。
「そうですか」言葉少なく応じながらも太郎は納得していない。
不快感を隠しながらも仲間の元に戻る太郎。
(何だかな……。ま、良いか)
切り換えて村の出口で待機していたペピ達に次の指示を伝える。
「お待たせ。次はナカ村に行くぞ」
「大丈夫なの。私達、憲兵の手配がかかってるんじゃ無いの?」
クレアの問いに、憲兵の件は上が処理してくれたので気にしなくて良いとそのまま伝える。
(昨日の今日で随分と手際が良いな……)
伝えながらも太郎には分からない事ばかりだった。
疑問を持ってしまうのも仕方が無い。太郎自身、何故襲われたか答えられる情報が無かった。
「上の方で何らかのやり取りが在ったんだと思います。そういう事で納得して下さい」
事実、その通りであった。
不都合な真実は隠せる物なら隠す。組織の体制上仕方がない事だ。憲兵は特に目の上のこぶだった。
エルステッドで憲兵は軍の指揮系統に属する。一般的な部隊が外敵に対応する事を主任務とするのと対照的に憲兵は国内の治安維持を目的として組織されていたが、内戦時は一般部隊との線引きが曖昧になった。兵力の不足で憲兵もゲリラの掃討に駆り出され、本来任務の治安維持にCOIN作戦が付随した。
内戦で肥大化した軍。シュラーダーを睨んで12個旅団に拡充された一般部隊に対して、2個旅団のCOIN部隊を保有している憲兵は正面戦力の補完、予備隊と言う意味でも存在価値は高い。しかし権限の肥大化した憲兵に腐敗が見られ、昔ながらの軍人気質と伝統を持つ者達にとって兵隊気取りの憲兵は存在を疎ましく思う者も居た。
軍はこの機会に憲兵の頭を抑えようとした。事実は後から作られる物で真実である必要はない。
「──憲兵は軍の職分を侵すだけではなく私腹を肥やしている。これは国王陛下の信頼に対する裏切りである。正当な指揮権に復すか賊として捕縛されるかだ」
軍の動きは早く憲兵に逮捕者が出た。内戦もどきの組織的戦闘が発生する事もなく憲兵絡みの不祥事は隠蔽された。
†
「情報が確かなら令嬢はここに囚われているらしい」
砂塵が岩場に吹き上げて視界を曇らせる。
エルステッド王国北東部、ハリハリ砂漠。砂嵐の発生回数が多く、年中砂嵐に覆われている様な劣悪な環境。その場所に賊の巣穴がある。
砂、岩、砂、砂、岩、砂。視界を覆うオレンジ色の光景は砂の割合が多い。
砂嵐を避けた岩場の影に人工の建造物があった。洞窟を利用した施設で、かつて国境守備隊が駐屯していた物だ。
離れた丘の上から監視する目がある。太郎達だ。
「生き物なんて見かけませんね」
ペピの呟きにミーナが知識の一端を披露する。
「最近は見かけないけど、昔はボア熊が住んで居たそうだよ」
ボア熊は草食性でエルステッド北部国境地帯に生息していた。内戦後、個体生息数の確認は成されていない。
「ああ熊ですか。何処かに引っ越したのですか?」
人の入植で自然が壊され棲みかを失う動物は少なくない。
「いや食べた」
「食べた?」
北部は内戦中、JTFによる補給ルート分断作戦によって内需を賄えなくなり食糧難に見舞われた。
「そそ。特に寒村部では犬や猫さえ食べ尽くし、人も殺しあったんだって」
食人行為さえ行われたと言う話にペピは顔をしかめる。同族殺しは禁忌だが歴史的に考えて食人は珍しい事ではない。飢饉になれば木の皮、草の根、泥水さえご馳走になる。
老人や子供は真っ先に殺され胃袋に納められた。
「──って事で廃村になった村も多いけど、ボア熊に呪われているんだってさ」
ミーナの噂話にクレアが突っ込みを入れる。
「うーん、でもさ村の惨劇を誰が話したのかな。自分が食べたなんて言えないいでしょ、普通は」
「だよね」
太郎の待機位置にリーゼが戻って来た。
「ただいま。何か、留守中に盛り上がってるね。飛竜が飛び立って行ったよ」
竜の飼育は金がかかる。賊が保有できる代物ではない。どこかの支援を受けているのは明らかだ。
「軍の陽動がはじまったからな。戻ってくる前に片をつけよう」
各地に分散した調査ティームには太郎達よりも評価の高いパーティーもある。だが呼び戻す時間が惜しかった。誘拐発生の時間から考えて速やかな行動が求められた。
監視任務の予定は救出の先鋒へと繰り上がり、軍の協力で行動開始した。
要請により軍は捜索の兵をハリハリ砂漠に放った。これだけでも敵の牽制には十分だ。
岩場に遮蔽物を利用しながら近付いた。砂埃にまみれながら斜面を登る。岩壁に添いながらそっと窺う。
敵の歩哨は配置されていない。
(こんな所に人が来る訳無いと油断しているのか。だとしても軍が近くに来ているんだぞ。間が抜けていると言うか、油断し過ぎだな)
戦闘に当たっての恐怖はまだある。初めての戦闘が終わった後は震えた。風音や物音に怯え地面の揺れに恐怖した。今回の相手は賊。怯える相手ではない。
洞窟の中は散乱していた。悪臭にペピは眉をしかめる。
放置された護衛の死体が腐乱している。傍らに裸の少女と酒瓶が転がっていた。
(糞、やっぱり手を出していやがったか)
誘拐が成功すれば脅迫する者にとって人質の生存は関係ない。
誘拐事件では人質の受け渡しが課題になる。ならば処分して生きていると思わせた方が主導権を握れる。殺すのが前提なら凌辱して楽しむのも自由だ。
令嬢の死亡と言う最悪の結末を覚悟するが、ふと気付いた。
(子爵令嬢は金髪、この子は赤毛。って事は付き人の侍女か)
目標の人物でなかった事にほっとしながら息を確認する。
微かに呼吸があった。
「生きてるぞ!」
ペピが駆け寄ってくると治癒魔法をかけた。みるみるうちに表面の皮膚組織が回復していく。
「う……ぁ……」
ペピがペットボトルの水を与えている間に、太郎は隣室の捜索に向かう。男が近くに居ない方が良いとの配慮だ。
(生きていて良かったのかな……)
状況から考えて賊は避妊をしていない。
望まぬ相手の子供を妊娠させられていたとしたら、と太郎が考えながら扉に近付くと風圧を横から感じた。
「ん」
バックステップをして下がると、剣が降り下ろされて来た。銃口を向けたのと相手が向かって来たのは同時だ。
戦技は反射神経に反映される。よく鍛えられた体は最適の反応を返し、クレアの剣撃が相手の腕を切り飛ばした。
骨を断つ鈍い音がしたと思った瞬間には切られた腕を見て賊は叫んでいた。
「ああっ、俺の腕が!」
絶叫を合図に新手が向かって来る。自分達のアジトと言う事で気が緩んでいたのだろう。鎧は着ていない。取る物も取りあえず駆け付けた感じだ。
クレアと敵の位置が近すぎて銃を射てない。
下がれと指示を出そうとしたがクレアは気にする事無く斬り込んで行く。
「うわぁ!」
咄嗟の場合、気の利いた台詞ではなく単純な台詞しかでない。悲鳴や驚愕の声も同様だ。
切り裂かれた腹を押さえて崩れ落ちる様に倒れる敵。内臓が溢れ出して床にぶちまけられる。滑る足元に気を取られる敵。クレアの剣技に圧されている。
賊にしてはたまった物ではない。
女が返り血を浴びて赤く染まりながら暴れていた。百戦錬磨とは言わないが、そこそこの腕を持った仲間が軽々と斬り倒される。
「畜生……」
賊の男は楽な仕事だと聞いていた。子供を誘拐して逃がさなければ後は好きにすれば良い。
護衛を倒した後は侍女もお持ち帰りして楽しませて貰った。
(ここの事は雇い主も知らないはずだ……)
どこから漏れたのか考えていると呼吸音が耳をついた。
「ふぅ」
息を吐くクレア。男は呼吸音で注意を取り戻す。
(殺れるか……いや、駄目だ。あのアマは殺し慣れしてやがる)
剣先が下がってはいるが構えに隙はない。
「女が舐めるな!」
殺られ役のMOBキャラな捨て台詞を吐いた敵は、そのまま側頭部に食い込んだ剣で頭部を切り飛ばされた。
敵が傭兵か盗賊か、正確な所は太郎に分からない。実戦経験と令嬢の護衛を倒せるだけの腕があるのは確かだ。
自分より弱い者を相手に戦って生き残る。それは正しい選択だ。死んでは意味がない。だけど今回は選んだ仕事が悪かった。
「……っ。死亡フラグ、おつ」
あまりにもテンプレなやり取りに言葉に出してしまう。振り返ったクレアの視線を受けて咳払いをすると、太郎は降伏勧告をした。
「投降しろ。命までは取らん」
脇からクレアを襲おうとした敵が脳幹に矢が突き刺さり即死する。リーゼの放った矢だ。
剣で歯が立たず隙も衝けず一人、二人と武器を捨て投降の意思を示す。床に転がった手入れの悪い剣を足でどけると壁側に向かう様に指示を出す。
「本当に助けてくれるんだろうな」
「良い子にしてたらな」
嘘は付いていない。処罰をするのは太郎達ではない。後の事は関係者が処理をする。
「それで娘はどこだ」
顔を見合わせる男達。直ぐに口を割らない事に苛つきを太郎は覚えた。
「早く答えろ」
近くに居た一人を殴り倒した。
口の中を切って血を流して床に倒れる。
「無理矢理口を割らせる方法もあるんだぞ」
鳴き声をあげる捕虜を引き起こし椅子に縛り付けると、携帯工具のペンチを見せた。普段は電話線の被服を剥ぐのに使ったりする。ホームセンターで売ってそうな代物だが、鈍い銀色のペンチを見て相手は恐怖に顔色を変える。
「これから何が始まるかはお前次第だ。俺としても手荒な真似はしたくないんだ」
爪を剥がされる、指を折られる耳を引きちぎられる、目をえぐられる、舌を切り落とされる。想像し体を震わせる男を太郎は黙って見つめる。
中世の拷問道具は直接的な拷問に使うよりも相手の恐怖心を誘う事に使われた。同じ様に話を聞き出すのが目的で、精神的に屈服させればこちらの思い通りに動く。
心得た物でリーゼが男の腕を掴む。その瞬間、男は叫んで逃れようともがき始めた。
「うわあああああ」
「うるさい」
顔を殴り付けて黙らせると太郎は壁側に並んだ男達に向けて告げた。
「こいつが口を割らなければ、次はお前達の番だ」
楽しそうに歪んだ口元を見て男の一人が壁側に置かれた戸棚を指差した。
太郎は笑みを消して戸棚に近付く。床には擦ったような痕があった。
(ベタな隠し扉?)
「その下に地下室が繋がっている」
ゲーム感覚で戸棚を両手で押してみた。床と擦れる音をたてて動く戸棚。
隠し扉と言う程でも無いが地下への通路が見つかった。階段のような立派な物はなく、傾斜して掘られただけの通路だ。
捕虜の監視はクレアとリーゼに任せた。
L型の懐中電灯と9mm拳銃を手に通路の奥に進んでいく。後ろにミーナとペピが続いている。懐中電灯に遮光はしていない。
「何か、最近は狭くて暗い場所ばかり通っているよな」
「そうですね」
太郎のぼやきに緊張が程よく解けて苦笑する二人だった。
沈黙をして先を進むと薄明かりが見えた。懐中電灯にを消す。
距離にしてそれ程の物はない。出口に近付き隙間から光が見えた。
はめ込まれた木製の蓋が頭上にある。周囲の気配を探ろうと耳を傾ける。
荒い呼吸が聴こえた。野太い男の声だ。視線を合わせる太郎達。
自分を指差して次に蓋を指差す太郎。頷いて待機する二人。鍵はかかっていない。そっと持ち上げる。
隙間から辺りを窺うと少女を組み敷いて腰を振る男の背中が見えた。少女は虚ろな瞳をしており人形の様になすがままだった。
婦女暴行の現場──
人の社会にはルールがある。それを侵す者は人として扱われない。
(糞が)
部屋は略奪した財宝を溜め込む隠し部屋で他に出入口は一つで他にない。密室状態を作れて音も漏れない。少女を監禁するにも好都合だった。
部屋には腰を振る男と少女の他に居ない。
太郎は後頭部に照準を合わせて引金を引いた。男は少女の上に倒れる。
飛び出す太郎達。ニーナが駆け寄り男の死体を退かして少女の手を掴むが反応はなかった。動きが鈍ったニーナに違和感を感じて近付くペピと太郎。
肩を落としうなだれたまま頭を振るニーナを見て、太郎は遅かった事を知る。
「ああ……」
溜め息以外に言葉は出ない。貴族の令嬢を助け出し恋愛フラグが立つとか出世街道に上るなどと空想したが、最早そんな事は起こり得ない。死後硬直で固くなった体。亡くなって数時間は経過している。
太郎は死体を見慣れた。射たれた死体、焼かれた死体、バラバラにされた死体。だが子供の姿は良心を疼かせる。
善人でも、ましてや神でも無い。不条理であろうと世界ではありふれた光景だが心苦しい。
体にこびり付いた体液と悪臭。死んでからも凌辱されていた事に怒りを感じた。
毛布で少女の遺体をくるむと背負い、元来た道を戻る。
「お帰り……っ!」
出迎えたクレアは、太郎に背負われた少女の顔を見て死んでいる事を悟り言葉を詰まらせた。リーゼが外套を床に敷くと、その上に少女の遺体を太郎はそっと下ろす。
汚れた体はペピとミーナが手入れしていたが、暴行を受けた顔は死後も腫れ上がって痛々しさを醸し出していた。
唇を噛み締めるクレア。膝を着いて少女の頬を撫でる。
リーゼの表情も強ばっている。
重力が重くなったようで太郎は息苦しさを覚えた。
「子供の体なんかで楽しめたの」
軽い口調で男達に話を振るクレア。男は口も軽く語り出す。
「悪くはなかったぜ」
クレアは呟く。
「そう。前にも経験が?」
批難の色が無かった為、舌の動きも滑らかだ。
「分かるだろう。こんな商売してたら色々あるさ」
振り返り男達に向ける視線は殺意をたぎらせていた。クレアが剣を一閃させ軽口で答えた男の耳を片方削ぎ落とした。
「ふぉおおお」
手を拘束されて耳を押さえることもできず絶叫をあげて床を転げ回る。
質問には素直に答えた。理不尽さを感じながらクレアに哀願した。
「か、勘弁してくれ。好きにして良いと言われたんだ。悪いのは雇い主さ!」
悪いのは自分達ではない。仕事を持ってきた相手。自分の生き方の責任を負わない態度と口上にクレアは目を細めると言った。
「どうせ雇い主の名前も知らないんだろ。だったら余計な口を開かず、ちょっと黙ってもらっていいか」
「こ、殺すな」
喚き立てている男達は人の皮を被った獣に見えた。獣に憐れみをかける者はいない。
「ああ、もう雇い主が誰であろうとどうでも良い……。死んでくれるかな?」
床を悶え転がっていた男の首を跳ね飛ばすクレア。返り血を拭おうとせず次の相手を選ぶ。冷えた眼差しににらまれて逃げる事さえる事さえできない男達。
「た、助けて!」
「あの子もそう言ったんじゃないの」
殺す気満々で剣を構えるクレア。他の仲間が誰も止めないので太郎は口を開く。
「殺すなよ。この子の家族に引き渡すんだ。残された家族にこそ怒りをぶつける相手が必要だろ」
太郎は普通じゃない。それがクレアの考察だが、太郎に言わせれば普通のやつはうちにいないからとの事だ。現にクレアは感情に任せて捕虜を殺傷した。しかし周りの者は止めない。正義はその場、その時の、都合の良い物でしかない。
太郎の言葉に冷静になると殺意を抑えるクレア。「どうかお嬢様をお助けください」そう言っていた使用人の言葉を思い出す。約束は守れなかった。
「そうね。ごめんなさい」
残された家族にとって少女は戻って来ない。怒りをぶつける事しか出来ない。自分達が手を下すまでもない。どう言う末路かは予想が付く。
砂嵐が途切れるとヘリコプターの編隊がやって来た。捕らえられた男達が連行される。太郎達も迎えのヘリコプターに乗り込む。
「あの人達どうなるんですか」
続いて乗り込んだペピの問いに視線を向ける。判りきった事を聞いてくると思ったが、真っ白に近いペピの履歴から汚れ仕事に縁が無かった人生だと思い出す。
太郎は外の景色を見ながら答える。
「本格的な訊問が待っている。ま、あいつらは捨て駒だろう」
この種の汚れ仕事は秘密保持が大切だ。小さな綻びから芋づる式に依頼主をたどられては身の破滅となる。首謀者を表す物証や証言は得られないと推察していた。
被害者は死亡。首謀者不明のまま事件は匪賊犯行として処理されるかもしれないが、太郎達の手から離れた。
「運が良ければ強制労働だが、それなりの報いは受けるだろう」
自分で言いながらも太郎自身「運がよければ」などと幸運を信じていなかった。娘を失った親族の復讐が待っているのは確実だ。
「そうですか」
疲労感の伴う息を吐き出しながらペピは頷いた。
貴族が残忍だというのではない。親しい者を失ったら、残された者は悲しみをぶつける相手が必要だ。
後味の悪さを感じながら捜索依頼は終了した。
†
エルステッドとドワーフ王国を結ぶクノマ回廊。古くからの古道が拡張され街道が整備されている。
ドワーフ王国南部にあるクトマリ村は街道から離れ訪れる者も少ない。観光財源は期待できず駐屯地の落す金が財源と言えた。
駐屯地に隣接したクトマリ演習場。敷地内の一画に柵で囲われ天幕が建ち並ぶ場所があった。
捕虜となった黒ドワーフ軍の収容所である。戦場から離れたこの場所が選ばれたのは保安上の観点からだった。ドワーフ王国は黒ドワーフの正当性を認めておらず彼らは罪人として扱われる。
収容されている囚人の数は約3,000。収容所の管理はクトマリ駐屯地業務隊が行っているが、人手不足は否めず臨時に警衛の応援を派遣してもらっている。
その日警衛についていたのはエルステッド義勇兵の中隊。ドワーフ王国の支援として派遣され前線を支えて来たが、友軍の攻勢開始により戦況は自軍優勢となった。休養を兼ねて義勇兵は後方に下げられた。
収容所の警備は外に出さなければ良い。中に入ろうとする者などいない。戦線から離れた後方、のどかな雰囲気に緊張が弛むのも仕方がない。
課業終了後、依託売店の焼きモグラ屋に寄ってばら塩、ももタレを買う事だけが楽しみだ。
眠気を感じながら歩哨戒に就いていると巡慣れた郷土防衛隊の軽トラックが走って来た。
上からの指示は受けていた。囚人を数名移送すると言う。
外来手続きの詰所の前に停車した軽トラック。降りて来たのはベーグルの日本人だった。
渡された書類を確認して上官に報告すると囚人を連れてやって来た。形式的な手続きを済ませると囚人の引渡しをする。
ピエトログラードで捕虜になったシュラーダー兵だ。
「御苦労様です」
小隊長の士官は好奇心から尋ねた。
「この囚人をどうするんですか。日本の方が迎えに来るって事は大物なんでしょ?」
迎えの日本人は口元に笑みを浮かべて答えた。
「この件は忘れた方が良いですよ」
沈黙を強いる空気を感じ取り士官は口をつぐむ。日本人が関わっている以上、何らかの極秘作戦、重要任務だと窺い知れた。
囚人を乗せてキュシウ街道を北上する軽トラック。両脇をクレアとリーゼが固めている。対面した太郎が囚人の手首を縛った縄を解く。
「ギルホファー少佐、お勤め御苦労様です」
手首を擦るギルホーファーに太郎は水筒を渡した。
「毒殺をするなら収容所でも出来ましたよ」
警戒する目に苦笑しながら太郎は続ける。
「貴方を本国へお送りします」
水筒の中身は水だった。喉を潤しながらギルホーファーは考える。自分に利用価値などあるのだろうかと。なぜ自分が解放されるのか、戦争は終わってないはずだ、この日本人は何を考えているのか。疑問が湧き出してくる。
太郎は自分達は脅威ではないと言う風に手を広げた。




