20 探索の続き
誘拐の捜査協力で犯罪捜査。全員が初めての仕事になる。刑事や探偵になった気分の太郎だが知識は創作物しか無い。
刑事ドラマでは現場百篇と言う。何度も足を運び地道に固めていく捜査をよく表した言葉で、COIN作戦に通じる物と言える。
太郎達は昼食を終えると、参考に渡された捜査資料の写しを手に事件現場に近い街へ向かった。事件現場を探る事で何かが得られるかもしれないと言う考えからだ。
資料によると、現場に残された痕跡から襲撃犯は複数。護衛を倒す手際は良い。軍人崩れかゲリラの残党で匪賊に分類される。
ゲリラの手練手管は知っている。状況から考えれば、貴族同士の権力闘争に巻き込まれた可能性が高い。
「まだ要求は届いていない。身代金目当てと言うわけでもないようだ」
太郎の言葉に眉間を寄せるクレア。
傭兵と言う職業柄、護衛の経験も多いクレアは黒い噂も耳にしていた。誘拐の目的は脅迫か殺害。この犯人は違う。狙いが分からない。
「何も動きが無いのは面倒だな。気持ち良く解決できれば良いけどね」
貴族同士の権力争いは暗殺、誘拐、脅迫、買収。あらゆる手練手管を使い相手を完膚無きまでに叩き潰す。結果として凄惨な結末に終わる場合が多い。
クレアの言葉に含む物を読み取ってミーナは同意する。
「うんうん、いつもほら……。そう考えたら、今回はまだ美味しい仕事だよ」
最近は軍事行動の支援任務が多かった。正規軍の員数外として危険な汚れ仕事を行うのが調査員――と慣らされていた。今回は裏方だが珍しく健全で綺麗な仕事と言えた。
エルステッドでの仕事は正規軍相手に戦う可能性が低い。あるとすれば誘拐犯が相手だと考えれた。それなりの修羅場を潜った後で相手にするのが犯罪者。軍隊相手よりは軽い相手に思えたのも仕方がない。
権謀には疎いリーゼがミーナの言葉に反応する。
「美味しいの? 分かんないな」
「私らは正義の味方。犯人捕まえてお仕舞い、簡単じゃん。コネも出来るしエルステッドの仕事もやり易くなるよ」
軽い口調でペピは太郎に振ってくる。
「そうなんですか?」
「まあな」
憲兵の捜査とは別に公爵家の雇った者が既に捜索を終えた後だが、事件現場に行く事は無駄とは言えない。史跡研修同様に書面から読み取れない何かがあるとの判断だ。
クッチェラ公爵家の連絡係が馬車で送ってくれた。本件に関して全面的な協力が約束されている。
華美な装飾はない。収穫物を回収する荷馬車で偽装にも最適だ。
御手は年齢的に太郎達に近い。日に焼けた顔は健康的だ。
「公爵家には長いのですか」
チラチラと向けられる視線に気付いてペピは御手に話しかける。
「六年になります」
受け答えもはっきりしている。軍隊経験者かと思い、耳を傾けていたクレアは御手に視線を向けた。
服の上から覗く筋肉が鍛えられている事に気付く。エルステッドは内戦期間中、徴兵適齢の男では敵味方に駆り出された。
「御令嬢はどんな方でしたか」
淑女としての礼儀作法や習い事。平民と貴族の娘では暮らす世界が違う。想像もつかない為、素直な質問だった。
「お嬢様ですか」
アニマルコマンドーの収集したエルステッド貴族の情報には血縁者の物も含まれている。撮影された写真での印象は深窓の令嬢と言った大人しいイメージだった。
良家の娘の例に漏れず箱入り娘だが、使用人にも親しく接する人物で可愛がられていた。
「なるほど」
粗暴で傲慢な貴族の子供ではなく、使用人に慕われている。助ける価値があると納得は出来た。
†
王都から離れ事件の発生したキサナガ県ティレニア湖畔のボサセ市に着いた。
地方の都市は、王都と違い街を巨大な城壁が囲んでいる訳ではない。普段がどうかは太郎達に分からないが、街の様子が普通ではない事には気付いた。
「──と言うわけで来ましたが、何だろうね。隠すつもりは無いのかな」
嫌そうに辺りに目を向けるミーナ。
街の通りには首から半月状のプレートをぶら下げた憲兵の姿が散見された。大貴族の令嬢が誘拐されて匪賊討伐もしなければならない為か、戦時下のドワーフ王国よりも重苦しい威圧的な空気が感じ取れた。
「うん、だな」
憲兵隊の軽トラックが路肩に停まっている。
中古車セールと言う言葉を思い浮かべながら太郎は視線を細めた。
軽トラックはエルステッドにとって安い買い物ではない。太郎が居た頃、正規軍でも一部にしか配備されていなかった軽トラックが憲兵にまで普及している事に驚きを覚えた。
(結構、輸出してるんだな)
TVやエアコンを買って使いこなせるが細部の構造は知らない。それでも困りはしない。故障かなと思えば業者を呼ぶか買い換えれば良い。
同じ様に軽トラックをエルステッドに売り込んでいるのが日本人。
自衛隊では装輪車両の部隊整備作業と言う物がある。予備整備と故障整備だ。それら兵站業務も日本人企業が受注していた。
「そこのお前ら」
太郎達が地元民ではない他所者だと感じたのか憲兵に呼び止められた。寄って来るのは三名。階級は下士官を表している。
太郎達が妙な格好をしていた訳ではない。
一般的な旅装束で、旅路は武器を携行していても珍しい物では無い。
「何ですか」
「ちょっと詰め所まで来て貰おうか」
軍曹の階級を付けた男が女性陣の体を舐める様に見ながら促す。後に続く二人もうっすらと笑みを浮かべていた。
「またかよ……」
溜め息を吐く太郎。この街に到着してから何度か憲兵に呼び止められた。そのたびにアニマルコマンドーの発行した身分証明書を出す。繰り返しにうんざりしてくる。
アニマルコマンドーの証明書を確認すると憲兵は舌打ちをして立ち去っていく。下心があった事を隠すつもりも無いようだ。
「憲兵の質も低下したな」
アニマルコマンドーに居た頃は、太郎も共同作戦で憲兵と関わる機会があり、一緒に戦った憲兵はプロ意識の溢れた兵士達だった。憲兵隊でも戦時と平時では質の違いを感じた。
誰が犯人か解らない状態で大っぴらな動きをしていいのか疑問を抱く所だが、派手に動けと指示されていた。日本人が犯人の捜索に協力している。この情報が流れるだけでも相手の反応を期待できる。
街の広場に来た。今は何の催しもしていないが、罪人の公開処刑、領主の告知、納税など催し物に使われる事が多い。心なしか地面が赤黒い気がした。酸化鉄を含んでいるので気のせいではない。
街の外れに公爵家の別邸がある。公爵は勤めもあるが娘の手がかりが少しでも欲しいのか、この別邸に詰めている。
情報は事前に貰っており聞く事も無いので挨拶には行かない。ご機嫌伺いをする位なら少しでも早く見つけ出す方が良い。
「夕方まで各自、情報収集に当たれ。集合場所はここでよろしく」
太郎は武器屋に入った。反乱が沈静化した事で武器の需要も減ったかと思えばそうでもない。匪賊の出没で自衛用に武器を求める者も減らない。アニマルコマンドーに護衛を依頼する手もあるが昔ながらの傭兵を雇う商人も多い。
この店も所狭しと甲冑や刀剣類が置かれている。
本を手にしていた店主はちらりと太郎を見るが、来店した客が剣を携えていない事から冷やかしと見なし読書に戻る。
立てかけられた剣を見ていて目をひく物があった。手に取る太郎。
「これは」
黒ドワーフとの戦いで見慣れたシュラーダーの兵器工廠が作った刻印が刻まれている。
「シュラーダーの物だな」
ドワーフ王国では鹵獲兵器も再利用している為、市場に出回る事は少ない。
太郎の呟きを聞いて、それなりの目利きが出来ると見たのか話しかけてくる。
「分かりますか。憲兵からの払い下げでさ」
「へぇ、憲兵ね」
事前に受けた講習を思い出す。今回は調査の為、挨拶には行ってないが必要があれば現地治安部隊との協力も行われる。
事件の起きたキサナガ県を管区とする第1驃騎兵大隊はエルステッドにとって貴重な軽トラックを配備されており、その装備の良さだけではなく実戦経験の多さからも憲兵の精鋭といえる。大隊は内戦中、即応部隊としてゲリラの掃討作戦に従事した実績がある。アニマルコマンドーも何度か共同作戦に参加しており日本側での評価も悪くない。
大隊長ガヤ・カネヤク憲兵大佐は治安畑一筋の叩き上げで地域との繋がりも浅くない。もし鹵獲した武器の横流しを組織包みで行っているなら隠せない事もない。
(だがここまで大っぴらに売り出されていて、それなりの数を流せると言う事は帳簿を誤魔化せば済むと言う話ではない。大規模な横流しをするなら取り締まる側にも協力者が居るんじゃないかな)
カネヤク大佐に高級軍人として貴族と個人的な繋がりはあるかもしれないが、憲兵に不信な兆候がある訳ではない。
(何でも陰謀論で繋げるのはアスペの被害妄想か)
そもそも事件の調査に送られたのは太郎達だけではない。不穏な兆候があれば当然報告されるし、上の方でも把握しているかもしれない。
(まぁ万が一で見落としていたら、俺達の調査も無駄にはならないか)
街にシュラーダー製の武具が流れていると報告をまとめる事にして、とりあえず今は客として来ている。手頃な物を探す。
「これを貰おう」
ブーツナイフ代わりに刀身がダガー形状の短剣を買うと店主に見送られて店を出た。
夕日が傾き集合には頃良い時間だった。
「何も見付からなかったよ。そっちは何か収穫あった?」
屋台で買った鶏肉の串を食べていた女性陣と合流する。
旨そうに食べる姿に食欲をそそられながら答える。
「この辺りの憲兵は羽振りが良さそうだ」
「へぇ」
ここまで派手に憲兵が動いていて、上が知らないと言う事はありえない。幾ら公爵家やアニマルコマンドーがアウェイと言えども調べることは出来る。太郎達以外からも報告が行っているはずと想像できた。
(本気で調べるつもりはあるのかは知らないが、こっちはこっちでやろう)
日も暮れて来たので宿を取り、捜索は明日以降と言う事になる。暑さに疲れた体を休める。
「──昼間のあの憲兵の態度。ねっ!」
「ちょっと横柄でしたね」
ミーナとペピの愚痴を聞き流し太郎は自分の部屋に向かう。
「じゃ、また明日」
「はい」
会釈するペピとは対照的にミーナはからかって来た。日が暮れて気温も下がり元気になって来た。
「寂しく一人寝かぁ」
「一緒に寝てくれるのか?」
冗談目かして太郎が答えるが──
「ごめん。気持ち悪いんで無理」
素直な言葉が傷つける。言葉を詰まらせて顔をひきつらせる太郎。幾らなんでも心が傷付く。
「お疲れ様でした」
ペピはミーナの背中を押して部屋に入った。後に続くクレアとリーゼは太郎を放置して後に続く。
宿の受付は24時間営業ではない。街自体が夜間の外出は制限されていた。珍しい事ではない。
最近は治安の向上でエルステッド領内の盗賊も減ったが、他国では押し込み強盗も存在する。夜の巡回は憲兵の重要な仕事だ。
眠りについていた太郎を宿の扉を激しく叩く音が邪魔する。
舌打ちをしながら窓から外を覗くと武装した兵士達がいた。意識が一気に覚醒する。
(盗賊か、いやあれは──)
旗指物を見て憲兵隊だと理解する。
憲兵隊では他国の間諜を防ぐ為に、夜間の抜き打ち検査をやっていた。憲兵に捕まる様な見に覚えもないし緊張感を弛める。
寝床に戻ると大勢が階段を登って来る足音が聴こえた。それぞれの部屋を回っている様で太郎の部屋の前にもやって来た。
「憲兵だ。扉を開けろ」
睡眠を妨害され不快感を覚えながらも、警戒心を持って9㎜拳銃を握りながら扉に向かう。扉越しに攻撃された場合にも対応できる。
扉を開けると憲兵が現れた。着込んだ甲冑が蝋燭の鈍い光を反射している。
「何ですか?」
伍長の階級を付けた憲兵が宿帳を片手に太郎を一瞥する。
「宿改めだ。先程、クッチェラ公爵邸が襲われてな」
「えっ、公爵様が?」
公爵の邸宅に憲兵が駆けつけた時には館に火の手が上がっておりなすすべがなかったと言う。令嬢を誘拐され、さらにまた襲われた。その事に驚きを覚えた。
「知り合いか?」
「直接の面識はありませんが――」
別に隠す事でもない。自分達がアニマルコマンドーの下請けで令嬢の捜索を行っていると告げた。
捜査協力と言う形での日本人の関与に色めき立つ。
「どうした?」
現れた士官に説明する伍長。アニマルコマンドーと聞いて眼光が鋭くなる士官。
一通り聞くと士官は太郎に向き直る。
「詳しい話を聴きたい。ちょっと同行してもらおうか」
公爵自身が雇っていたのなら憲兵も口出しは出来ないはずだが剣呑な空気を発散している。
そもそもエルステッドで日本人企業と従業員は特権で守られている。同行する義務は無いが、相手はこちらの話をまともに取り次ぐ気がない。
揉め事は避けるべきだ。大人しく太郎が着いていこうとしたら背後に立っていた兵士が首筋に矢を受けて倒れる。
「えっ?」
予想外の反応だった。
「山田さんっ!」
ペピの声に反応すると太郎の頭があった位置に剣撃が来た。
「うおっ」
体を反らすと脇を矢が貫いた兵士が倒れる。殺意に満ちた視線を向けてくる指揮官を視界に捉えたが、憲兵から個人的に恨みを買った覚えもない。
「大人しく斬られておれば良い物を」
忌々しげな表情で吐き捨てる台詞に、本物の憲兵なのか疑問が浮かんだ。
「は? 何だって」
「諦めろ、この宿は囲んでいる。大人しく縛に付け」
丸で罪人になった様な言われように太郎は鼻で笑う。
前時代的なこの国では、憲兵に逆らっただけでも罪状には十分だと言う事情もあった。
窓の外を見ると、騒ぎを聞き付けたのか兵士が集まってきており宿を取り囲んでいた。弓兵と魔導師まで連れている。
「宿改めにしては大層な編成ですね」
宿の中にいる敵は歩兵がせいぜい20。室内での近接戦闘にはそぐわない弓兵と魔導師は外で待ち受けている。
「初めから俺達が狙いか」
その問いに憲兵は不敵な笑みを浮かべる。滲み出る卑しさに不快感を感じた。
「そうか……」
藪をつついて蛇を出すと言う言葉がある。アニマルコマンドーの許可証を持った余所者の存在が憲兵を刺激した。それだけなら疎ましく思うだけで拘束されたり命を狙われるはずがない。
「このまま事情を説明しても納得して引き下がってくれるとは思えませんが」
ペピの言葉に太郎も内心で同意する。
今回の誘拐は憲兵を抱きこんだ犯罪。過剰な憲兵の反応が答えを物語っていた。
(勝手に馬脚を現して馬鹿だな)
太郎は9mm拳銃を憲兵の胸元に向けると無造作に引金を絞った。
自分の胸に広がる血を見て驚愕に表情を張り付けて絶命した憲兵。扉の隙間から覗いていた他の宿泊客も騒ぎ出した。
敵の兵力は精々、小隊規模。太郎達の実力なら突破出来ない数ではない。
「装備をまとめろ。迎撃するぞ」
宿屋に迷惑をかけるが気にはしてられない。
「寝てたのに、あんまりですね」
「まさか、憲兵と戦うなんて」
「美女がいたら仕方ないか。分かるよ」
ミーナの言葉に太郎は苦笑を浮かべる。
「それはないな」
先んずれば人を制す。戦争でも同じだ。
階段に出ると手榴弾を一階に投げた。集まっていた憲兵は爆発に巻き込まれ3人が死亡、2名が負傷した。悲鳴と怒声が聴こえ敵が混乱していた。
「火事に成ったら不味いよね」
「それはそうでしょう」
ミーナに答えると「バソ・ミザキ・バソ・ラ・ナル・ベタ・ヨ・イオ・オンブン・エハ・ンド・ウ」と間髪入れず氷の魔法を唱え始めた。
(FPSの対人に比べたら緩いな。居る場所がもろに分かる)
太郎は銃を構え射撃を始める。リーゼ、ペピ、ミーナも矢と魔法で攻撃に加わる。
「二階だ!」
攻撃方向に気付いた敵が階段を上ってこようとする。
「はい御苦労様」
クレアは引っ張ってきた机を下に落とす。直撃した者は他の仲間を巻き込んで階段を転がり落ちて行く。
長物の槍が絡み合って行動を阻害している。
聞こえてくる呻き声。生きていても骨折、打撲で重症だ。
階段に障害物として客室備え付きの家具や机を立てかけて簡易の盾とするが、当てにはならない。
梯子をかけて窓から敵が回り込んできた。剣を振り上げ襲いかかって来る敵。クレアは流れる動作で斬り倒していく。
「お見事」
太郎は射撃を切り上げて銃剣を付ける。
梯子を登ってくる敵を窓の下で待ち構え、敵が頭を出した瞬間、胸を突き刺し引きずり込む。順番に登ってくる敵。後は単純な流れ作業の繰り返しだ。
「お疲れさん」
太郎は棍棒の一撃を小銃で受け止めると、9㎜拳銃を取りだし相手の腹に連射した。口から血を吐き出し脱力する相手。倒れた所に後頭部へ止めを刺す。
死体を落ち着いて見ると、相手が良い装備だと気付いた。金属部分が磨かれた甲冑。武器も刃こぼれ無く使い古しではないようだ。
「装備が良いけど、宿改めの巡察って精鋭なのかな?」
「役得があるんだよ。目こぼしの賄賂や押収品の横流し。幾らでも考えられる」
太郎の体に血の臭いが染み着いている。
「風呂に入りたいな……」
敵は攻めあぐねてり、階段の戦いも膠着状態にある。窓から二階に上がろうしたが阻止され、一旦外に後退していった。
ペットボトルの水を回し飲みながら一息つく。
「次はどう出ると思う?」
今現在、他の傭兵団を凌ぐ世界最大の傭兵集団であるベーグル。当然、所属する者はそれなりの能力がある。無能では無いので考える事は出来る。
「これ以上の損害は不味いし、焼き討ちじゃないかな」
言いながら廊下に並ぶ客室の扉に視線を向けるミーナ。他の宿泊客は騒音によって起きているが、部屋から外の様子を伺い身を潜めていた。
「憲兵が一般人を巻き添えにしても良いの?」
不快感を感じたペピは吐き捨てるように言ったが、クレアはばっさりと切り捨てる。
「なりふり構ってられないんでしょう」
損害を覚悟して突入させるより火攻めの方が効率的だ。火攻めは妥当な選択で、皆殺しにすれば騒ぎ立てる者は居ない。
「ま、俺達のやった事にすれば処理は楽だよな」
応じる太郎だが呑気に話して休んでいる暇はない。
携帯無線機を引き寄せる太郎。無線機で憲兵に襲われた事を報告しようとするが、ふと手を止める。
エルステッド軍も日本から貸与されていた事を思い出す。
(スクランブルもかけてないけど大丈夫か?)
無線機はそもそも、プリセットした周波数と符号が違うと相手は受信できない。たとえ生文の通話が傍受された所で問題は無いと判断し森島に報告する。
「憲兵に襲撃されました。第1驃騎兵大隊です」
地方の治安維持は憲兵に委ねられており、かなりの影響力を持つ。憲兵が今回の件に噛んでいたのか不明だが敵に回したのは事実だ。
「俺達の手配がかかっていると思いますが、調査を続けますか?」
自分達に尻尾が捕まれるほど相手が間抜けとは考えにくい。蜥蜴の尻尾切りを思い出した。
『こっちで大佐の件は処理する。調査は続行しろ』
森島が太郎の報告に平然としていた様に思えた。
(あっさりしているな……)
自分たちの知らない事情を森島が知っていると言葉の端からも窺えた。
「──それとこのままじゃ不味いんで助けて貰えませんか」
王都郊外に展開する部隊を動かせば、馬車で5時間でもヘリコプターなら1時間もかからない。
『無理だな、戦時中とは違う』
内戦中は補助警察官の役割を与えられ自由にやれたが、臨時の暫定的な物だった。今は採掘現場や日本人居留地、エルステッドから委託権限された場所に限り動ける。格好良く騎兵隊が駆けつけれる訳ではない。
『方法は任せる』
言葉は少ないが自力で何とかしろとの指示だった。
(いざとなったら、壁を爆破して隣の建物に脱出路を作るか)
太郎は他の宿泊客や近隣への被害は無視しても良いと判断した。
ゲームでは移動経路に制限がある。現実では壁を飛び越える事も地面に穴を掘る事も破壊する事も可能だ。
「了解」
無線を切ると視線を床に向ける。血が床に溢れている。
(これだけ汚れたら血も染み込んでいるし、床は張替えないと駄目だな……)
床だけではない。壁にも穴や割れ目、血痕が付いている。当分はリフォームで休業だと思うと申し訳無く感じた。
(ん――)
閃く物があった。手早く説明して移動の指示を出す。
「濡れるのは嫌だけど仕方ないよね」
溜め息を吐くミーナ。
脱出経路に選んだのは一階厨房の裏手にある井戸。包囲の外に繋がっていると考察できた。
「無理なら壁に穴を開けるだけさ。そっちは敵の目を引くし手間だろ? じゃ、始めよう」
ミーナとペピが窓から魔法集中射撃を外に始めた。
「あんまり火は得意じゃ無いんですけど」
ペピも火球を次々と打ち込んでいく。ミーナ程の威力は無いが制圧には十分だ。リーゼは指揮官を狙い打ちしている。
敵の頭を抑えている間にクレアは厨房までの安全を確認した。
油の壷に引火したようで軽トラックの荷台が燃え始めた。慌てて駆け寄るが消火器にまで考えが及ばないようだ。
太郎も残りの弾を使い切るつもりで軽トラックに射撃を集中する。気化した燃料に引火し爆発の炎が立ち上った。
屋内に立て籠ると思っていた所に反撃を受けた憲兵は混乱している。流石に爆発音で近隣の住民も騒ぎ出している。
効果を確認した太郎は指示を出す。
「行け」
逐次窓から離れ一階に移動する。
従業員が控室から顔を覗かせるが太郎と視線が合うと慌てて扉を閉めた。
「迷惑かけてすまない」
些細な事に関わっている時間的余裕は無いが、迷惑料として扉の隙間から金貨数枚を滑らせると厨房へ急ぐ。
床が滑った。
血の臭いを嗅ぎ過ぎて嗅覚が麻痺していた。見渡すと数名の憲兵が倒れていた。手にはハムやソーセージを握り締めている。
「つまみ食いでもしようとしてしてたんだ」
どす黒く染まった剣を手にして告げるクレアに頷くと、太郎は懐中電灯で井戸を照らし確認する。
縦に掘られた井戸は横穴として続く水道で繋がっていた。
「行けそうだ。滑るから気を付けろよ」
リーゼが先頭になり順番に降りていく。降りる作業に手を貸しながら太郎は周囲への警戒を怠らない。
「良いですよ!」
ペピの声に太郎も下に降りる。ホラー映画なら巨大ワニとか怪物が待ち受けている所だが、憲兵は兵を配置してる兆しは無かった。
外では火災による煙が辺りを漂う中、負傷者の呻き声が聞こえる。
「おい、応援を呼んでこい!」最先任となった下士官が指示を出す。
小隊長と主だった下士官は戦死、攻撃続行は不可能だ。宿を包囲しながらも怖気付いた烏合の衆に戦闘はできなかった。
†
宿を囲む憲兵の数は増えている。野次馬も集まって来ていた。
翌朝、応援の到着した憲兵は宿屋に再突入を図った。日が登り近隣住民の目がある。外聞もあるし焼き討ちは考えられない。
一方的に損害を与えた敵。衆人環視の中、覚悟を決めて正面からの再突入だった。
「制圧完了です」
突入した部下が報告に戻ってきた。
「抵抗は無し。宿泊客と従業員を調べていますが、おそらくすでに逃げた後かと思われます」
中には憲兵の死体が残されているだけで、太郎達は街から無事に脱出した後だった。
事後処理の指示を出していると早馬が駆けて来た。伝令が指揮官に書簡を渡す。
苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「直ぐに引き揚げるぞ」
「中隊長?」
その程度の事に関わっている余裕も無くなっていた。
軍上層部が動いたのである。




