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残念な山田  作者: きらと
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2 初陣のオチ

 エルステッドから離れた日本。茹だるような暑さの季節がやって来た。

 夏である。

 通りを歩く人々は疲れきった表情をしている。日本人は働き蟻に例えられるが日々の生活で食べる為、遊ぶ為、家族の為、色々と働く理由はある。職業も千差万別だが共通する事がある。全ての職業は接客業だと言う事だ。製造業であろうと客商売だ。

 対人の接客業で求められるのは誠実さ、謙虚さ、清潔感等だ。これは常識の範疇であり、面接の時点で判断される。採用後、会社が求めるのはいかに職場に慣れるか、途中で辞めないかだ。辞められては教育にかかった時間が無駄になる。逆に損害賠償を請求されてもおかしくはない。

 これは戦闘を生業とするアニマルコマンドーでも例外ではない。

 東京都新宿区に位置するオフィス街の一角に有限会社アニマルコマンドーの本社が置かれている。建物は薄汚れており、ぱっと見で国家の機密に触れる業務を行っているとは分からない。

 地味なデザインで求人の張り紙が玄関に貼られている。中に入ると体格の良い警備員が受付に詰めていた。世間的な昼時、大抵の職場は昼休憩となる。その時間を狙ったオフィス荒らしも、眼光の鋭い警備員を前に仕事を諦めて去って行く。

 受付を通りエレベーターで上がると、建物の外観とは裏腹に清潔で整頓されたフロアが広がっている。

 上質なカーペットを進むと警備部の事務所がある。

 壁にかかったエルステッド王国詳細な地図、ドワーフ王国やシュラーダーのシュテンダール辺境伯領と言った周辺国の地図、ホワイトボードに貼られた王公貴族、豪商等関係者の顔写真。まるで刑事ドラマに出てくる刑事課の様だ。


挿絵(By みてみん)


 空調の聞いた部屋で後藤田の書類をめくる音がする。書類は今時、殆どが電子化されているが手書きの物も多い。履歴書はその最たるものと言えた。

「お疲れ様です。今日も暑いですね」

 警備部長の後藤田は、人事部長田中の来訪を受けた。

「向こうに比べればましだ」

「あは、そうですね」

「で、何だ。挨拶だけじゃないだろう」

 人材教育と人事を司る田中と、実戦部隊指揮官である後藤田は密接な協力関係にある。

 後藤田は短く刈り揃えられた頭髪、日に焼けた顔面、カッターシャツからはちきれそうな鍛え上げられた肉体で、典型的な野戦指揮官の風貌を持っている。

「エルステッドから帰っているとお聞きしまして。どうですか。今回の新隊員は」

 人事採用の責任者としては自分の集めて来た者は気になる。

 新隊員の身体的特徴には自己管理ができず食生活が乱れている為、肥満率が高い点を上げられるが、太っていてもエルステッドに送り込まれれば直ぐに体重を落す事になる。暑さによる食欲不振ではない。戦闘のストレス、急激な運動によるカロリーの消化などだ。

 採用された者の全員が社会不適合者とまでは言わない。だが就職に失敗したり対人能力が低いのは事実だ。

 鍛え直すのは至難の業だが、武器を扱う組織として規律を守らせる事から始めていく。

 どこの世界でも若年層は、自らの現状を省みず不平不満ばかりを言い嘆く者が多い。最近の若いやつらはと言われるアレである。機会を掴むのは自らの努力次第だ。

「これでも選んだ方なんですが、使えそうですか?」

 田中の言葉に後藤田は履歴書をめくる手を止める。

 山田太郎18才。心身虚弱だが虚栄心と誇りだけは人並みにある。自分を目立たせたい、良く思われたいと言う事は悪い事ではない。そして彼は機会を掴んだ。自分自身を変えるきっかけになる。

「陸士としては外れだったが、兵士としてはまだ分からんな」

 昭和天皇がかつて仰有った言葉に「雑草と言う草はない」と言う物がある。社会の落伍者と見られる人材でも使う者によっては宝石に化ける。

 民間企業では自衛隊よりも行き過ぎた教育が存在する。自己否定と盲目的な無条件服従。マインドコントロールだ。

 武器を扱う者の常識的な判断力を失わせ精神不安定にさせては意味がない。非戦闘員の殺害すら行う恐れがあるからだ。

「それに、あそこは今までとは違う。使い物に成るかは生き残ってからの話だな」

 エルステッドでの生存率は5分と言われている。統計上、送り込んだ新隊員の半数が1ヵ月で潰れる。教育に時間を割くのは費用面でも無駄だと出ている。

 何不充無く生活していた若者が、強烈な殺意渦巻く戦場に晒される。並みの神経では生き残れない。

「そうですね。少しでも使える人材が居れば良いのですが」

 その言葉がいかに空虚な物であるか知っていた後藤田は、田中の言葉に鼻を鳴らす。

「先ずは水に馴染むかだな」

 任務はゲリラの掃討。簡単に終わると思われていた。だが冷静に考えれば分かった事だ。

 日本にとっては内戦を少しでも長引かせ、相手の技術に合わせた援助で生かさず殺さずが理想的だ。正規軍である自衛隊を投入せず、寄せ集めの傭兵を投入した不正規作戦。楽に済む訳がない。陳腐な英雄気取りだと死ぬだけだ。

 万が一情報が漏洩して日本国内の人権団体や活動家に知られれば、アニマルコマンドーが死の部隊と批難されるのは必至だった。もっとも本気で国家が隠蔽しようとした事は個人で暴くには困難だ。エルステッドに至る経路は厳重に管理されている。入るのも戻るのも容易くない。


     †


 生き残った他の飛竜は日本人が出てきた以上、ヘリコプター相手の交戦を無意味と判断した。王軍相手ならともかく日本人の相手だけは不味かった。これまでの経験から、戦力温存を選び戦場から後退していく。

「あいつら逃げていくぞ」

 革命軍を名乗るゲリラは日本人との戦闘が初めてではない。苦い経験がある。先の王都攻防戦では日本人の力を舐めて手痛い損害を受けた。

 車輛で自動車化され火器を装備した日本人の地上部隊はヘリコプターとの密接な協力で、革命軍にとっても虎の子の戦力である魔導師や弓兵、騎兵などを含む主力部隊を易々と壊滅させた。まさに悪夢だった。

 本格的な対空戦闘を経験していなかった為、空からの攻撃に脆かったのは仕方がない。

 空を飛ぶ飛竜ですら無事では居られなかった。我が物顔で空を支配していた飛竜も支配者の地位から、文字通り転落した。

 今残る飛竜は貴重な戦力だ。村一つと引き換えになる代物ではない。

「ざまあ見ろ。近代兵器に勝てる訳無いだろ、ボケが」

 逃げるドラゴンの姿にほっとして口々に罵る班員達。恐怖の裏返しとも言える。

 飛竜が撤退していく状況判断の早さに班長は感心したが、空を見上げている班員達に注意喚起する。

「仕事はまだ終わりじゃないぞ。気を抜くな」

 タオルで汗をぬぐいながら太郎は伊集院に話しかける。

「とっとと終わらせて帰りたいな。風呂に入りたい」

 強がりの見栄を張る余裕は無い。伊集院も初めての実戦と仲間の呆気ない死で顔色を変えていた。自分だけが安全などと言う根拠は存在しない。

「ああ。家に帰りたくなって来た……」

 知り合って間もない隊員。名前も覚えていないが同じ日本から来た仲間の死。血を見て動揺は隠せない。イージーモードでゲームを始めた積もりがハードだった。そんな感じだ。

「よし、戻るぞ! 高橋は右方警戒、井上は左方警戒……」

 携帯無線機で小隊長とやり取りをしていた班長は、それぞれに役割を与え移動命令を出す。人は命令された方が動きやすい。「山田くんがやれって言ったんだよ」と子供が言う言い訳も同じだ。良くも悪くも人はは流されやすい生き物だ。

 太郎達は村の入り口に一旦引き揚げた。村の外に出ると緊張感が弛み班員の溜め息が漏れた。

「このまま進むのかと思ったよ」

「うん。班長は死体に馴れてそうだし、あれは人を殺した事がある目だな」

 世間的に自衛隊は実戦を経験していない。FTCなどで、より実戦に近い訓練を行うがそれは演習に過ぎない。玩具の兵隊、戦争ごっこと揶揄される自衛隊だが、国民の知らない世界がここには広がっている。

「ああ、多分な。おそらく経験は積んでいるはずだ」

 伊集院の言葉に頷き返し、確信を深める。

 小隊長の指示による一時的な待避行動は戦闘集団としては間違っていない。敵の戦力が未知数の場合、無闇な戦闘を避けるのが行動の基礎だ。闇雲に進むのは初見プレイのゲームだけだ。

 小隊長にとって太郎達が消耗品とは言え、経験の蓄積が目的でありわざわざ危険を冒す必要も無い。ゲームと違いやり直しが利かないからだ。

「暑い。水、水」

「俺のエメマン取ってくれ」

 OD色に塗装した私物のクーラーボックスから缶ジュースを取り出す。出発前に宿営地の食堂で貰った氷は溶けて残っていない。

 灌木にもたれて太郎は鉄帽を脱いだ。蒸れた頭に風を送り込みながら、缶ジュースのプルトップをひねり喉に流し込む。

「ぬるいな」

 腰の弾帯に下げた水筒の水は、超満水にしろと言われて一杯だったが口をつけていない。缶ジュースやペットボトルの飲料から先に手を出すのは当然だ。

 小休止で気持ちを一新するには充分だった。小休止を終えると再び村に向かう事になっている。

 視線の先で警戒線を構成するエルステッド軍。装備は刀剣類で火器類は装備していない。飛び道具と言えばクロスボウと弓、魔法。

 よくある異世界転生物だと技術チートでWW2レベルの兵器が容易く量産されている。輸出用のモンキーモデルだとしても脅威になる武器を気前よく現地勢力に与え過ぎであり、過度な技術流入は現地の混乱を招く。

 一方、エルステッドでは日本による武器禁輸政策があり、制限撤廃を求める動きは当然あった。高性能の近代装備を輸入すれば、この戦争に片を付けられる。しかしエルステッド自身での叛乱鎮圧は日本人の望む所ではない。絞り出せる物は絞り尽くす。

 エルステッドへの支援は抑制された物であり、期待は敵わず武器は入手出来なかった。横流しに入手手段を求めても日本人の持ち込んだ武器は厳正に管理されており、王国側に火器の類は貸与されていない。強力な武器を与えるには、まだこの世界の住人が幼すぎると考えられていた。武器を貸与しても叛乱で奪われれば意味はない。地球での社会体制変革は長い歴史で培われた物だ。弁証法的には興味深い議題と言える。

 休憩が終わる頃、負傷者を後送する為に呼んだ多用途ヘリコプターのUH-1が到着した。巻き上げられる砂塵に顔をしかめる。

「あれ。発煙筒を炊かないんだな」

 他の班員が呟いた。

「うん、そうだな」

 太郎は眩しそうにヘリコプターを眺めながら同意する。

 映画の様に着陸地域で発煙筒を焚いていては目印になってしまう。事前に着陸地域の地形目標を設定している。

 COIN作戦では、航空支援による対地攻撃の効果が高い。ベトナムではC-47輸送機に機関銃を搭載したガンシップが効果をあげた。戦場で戦線が支えらるのは航空支援のお陰だ。

 アニマルコマンドーに与えられた航空隊の装備はAH-1とOH-6、UH-1の3機種。航空燃料や弾薬を湯水の様に消化しても必要経費として国が負担するので問題ない。自衛隊に戦訓が送られるのは例によって同じだ。

「いっそのこと、村ごと吹き飛ばしたら早いんじゃ無いですか」

 太郎の問いに班長は答える。

「村を吹き飛ばしたらテロリストだけじゃない。何も残らんだろう」

 砲兵の機材は威力過多で持ち込んでいない。誤射や巻き添えで民家を砲撃し現地住民に被害を出すわけにもいかないからだ。無用な軋轢は避ける。その為に被害や人心に配慮する。

「王や貴族にとって民は貴重な財源だ。一般人の事も考えろよ。しかしテロリストに協力しているやつは、遠慮する必要はない」

「えー。テロリストと一般人の見分けはどうするんですか?」

 非戦闘員と戦闘員が混在する戦場で善人は生存出来ない。識別は困難を極める。目的と相反する事だが、撃つ事を躊躇すれば死ぬのは自分だ。熟練したゲリラは新兵を凌ぐ。

「迷ったら射て」

 誤射は付き物として自己判断に委ねられる。

「は、はい……」

 班長以上の各級指揮官は、新隊員にとって今回の初陣がふるい分けの適性検査だと知っていた。命じられた事に従えるか、生き残れるか、人殺しを行えれるか。考えるのは班長以上の仕事で、太郎達に考える事は求められていない。


     †


 野戦魔導師の使命は近接戦闘部隊に対する密接な魔法支援にある。例え1名の魔導師、片腕になろうともその使命を全うしなければならない。

 ただでさえ戦力の少ないゲリラならなおの事だ。空に対する脅威を、身を以て学んだ魔導師はUH-1に攻撃を集中する。着陸体勢に入っていたUH-1は回避が間に合わず、テールローターを破壊され墜落する。

「うぉい! ヘリが墜ちてくるぞ、逃げろ!」

 民家に墜落し爆発音が響く。空気の振動が離れた太郎達にも届く。飛来する破片を避けて体を屈めるかその場を離れる為に動き出す。

「頭下げろ」

 班長の声が耳に入った瞬間、爆発の炎が立ち上った。メインローターが飛んで来る。

「うわっ」

 二次被害に巻き込まれて周囲のエルステッド軍にも損害が出る。負傷者に駆け寄る兵士。騒がしいはずだが音が聞こえない。聴覚が不調を告げており太郎は頭を振る。

「大丈夫か」

 一時的な物ですぐに聴力は戻った。班員の言葉に頷き無事を告げる。

 ヘリコプターが落ちると、敵の抵抗は勢い付き激しさを増し出した。鎮圧する側からしてみれば無理をせず、補給から航空支援が戻ってくるまで時間稼ぎをすれば良い。

 獣の様な雄叫びをあて迫ってくる敵。貧相な装備だが気勢で威圧される。それでも生への執着心から太郎は引金を引く。太郎の放った7.62㎜NATO弾が盾を撃ち砕き革の鎧を貫通する。乾いた砂に染み込む血の赤さが目を引く。初陣の記憶に赤い色が焼き付けられた。

「糞、田舎者のチンピラが調子に乗りやがって……」

 新手の集団が喚声をあげて向かってきた。喚声は相手を威圧し自身を鼓舞する効果がある。太郎達も叫び声に近い怒号をあげていた。

 敵の装備は皮製の胴鎧が多い。金属の精錬技術はあるがエルステッドの正規軍に比べ配備は進んでいない。銃弾の前では無防備も同然だった。

「手榴弾!」

 隣に並んでいた班員が安全ピンを抜き手榴弾を用意する。レバーを保持したまま投擲するが、無防備な体に火の玉が命中する。

「うわあぁぁぁ……!」

 体を転ばせ悶える仲間の姿に呆然とする太郎。 

 班長が雑毛布を叩き付けながら告げる。

「土をかけろ!」

 不燃物の砂をかけるのは負触媒消火法と言うが、ともかく手で地面の土をかき集めて燃える体に浴びせた。焼けた皮膚が生々しい。焼肉は好きだが当分は肉を見たくないと全員が思った。

「班長、消えました」

 班長は返事を返す前に雑毛布を地面に投げると、吊っていた銃を構えた。銃口の先に敵が見えた。

 再度魔法を放つ為に遮蔽物から身を乗り出していた魔導師に対して慌てて銃を構えようとする太郎達だが、先に班長は必殺の銃弾を叩き込む。

「凄ぇ」

 倒れた敵兵に目を止めず次の敵を探す姿勢に感嘆とさせられた。

 常に四周に気を配り警戒する熟練した動きだ。

「次が着たぞ!」

 連続した銃声が響く。太郎も切替レバーを連発にして放っている。まともな照準を合わせている余裕がない。ゲームと違い弾は無限と言う訳ではない。使えば減るし、敵から弾をドロップ出来ない。携行していた弾倉は5個。既に3個を消費している。

(これが地球だったら、敵の銃とか使えたんだろうな)

 だが相手は刀剣の類いを使っている。剣道の類いはやっていないし、拾っても振り回す位しか出来ない。

(銃がなければ、終わってるな)

 鉄帽に石が飛んできた。

「え?」

 敵を見ると靴下の様な投石紐で瓦礫などを投げて来ている。

「おいおい、石なんか投げてガキか。何だありゃ」

 そう言って余裕を見せて笑っていた班員の一人は顔面に石を受ける。

「痛っ!」

 最も原始的な武器だが、石でも十分な凶器となり当たり所が悪いと怪我をする。

「危ないぞ。下がれ、下がれ!」

 投石の支援で敵が前進し、距離を詰めて混戦に持ち込もうとしてくる。

「近付けるな」

 銃の射程が生かせないと数で押し潰されるだけだ。距離を開こうと3班は後退する。敵もそうはさせまいと追いすがってくる。

 敵が銃器を装備していないとは言え、油断できる状況ではない。降り下ろされる剣、突き出される槍は本物だ。

 敵を阻止しようと銃弾を叩き込むが、銃弾に限りがあるのを知っているのか怯まず向かって来る。

 足元に転がる薬莢を踏んで、手持ちの弾が急激に消費されている事を再認識した。弾が無くなった場合を考えて怖心が湧き出してくる。

(バンザイアタックに怯えた米兵の気持ちが分かるな)

 頬に生温い液体がかかった。右手で拭うと血がこびりつく。

「え、何?」

 視線を向けると、空気を切り裂き直撃した魔法で、隣に並んでいた班員の体がずだ袋の様になっていた。

(うわ……)

 込み上げる悲鳴を押し殺す太郎。多少のリスクを覚悟した就職だが、自分が被害者になるとすれば話は違う。痛みで絶叫をあげ転げ回る隊員を見て肝を冷やす。

「おい山田。無駄弾をばら撒かずに、しっかり狙えよ」

 井上が山田の外した敵を射殺する。

「仕方が無いだろ。敵とは言え人を殺すのは初めてなんだから。ゲームなら別だが……」

 太郎は空想や思考に逃げる事で、目の前の惨状から目をそらし正気を保っていた。余裕を装って考えた台詞だが口から漏れていた。手を止めた太郎を班長が怒鳴る。

「下らない事を考えている暇があるなら銃を撃て!」

 一瞬、太郎は苛っとして怒鳴り返したくなった。

 自分は素人で戦闘慣れしていない。班長の言葉に理不尽さを感じながらも、状況が変わるわけでもないと覚めた部分で自覚し言い返す事を諦める。

 突撃破砕線を越えて至近距離に迫った敵が斬りかかってくる。

(死ぬ!)

 恐怖で撃ち尽くした弾倉を交換する手が止まる。

「着け剣!」

 硬直した体が咄嗟の号令に反応し刃渡り29cmの銃剣を掴む。間に合わず敵に倒される班員も居た。

「うわあああ」

 銃を放り出して逃げ出す者も居る。平凡な人生を送ってきた現代人の若者が戦場の狂気に晒されて平常心で居ろと言うのが無理だ。

 阿鼻叫喚の混乱が発生する。

「は、班長」

「3班、集まれ!」

 班を維持しようと号令をかけるが、回り込んだ敵によって戦線が攪乱され始めた。

 逃げた隊員が反対の壁越しに追い詰められている。太郎達の位置からは間に合わない。

 向かい合うのは殺意に満ちた敵だ。

「助けてくれ」

「こ、降伏する」

 怯えた表情で手をあげ、投降の姿勢を見せる隊員。しかし敵の勢いは止まらない。仲間を殺された復讐心で刃が降り下ろされる。手斧で顔面を砕かれ絶叫をあげる姿が見えた。

「糞っ!」

 異世界であり国際法は通用しない。ハーグ陸戦条約も適用されず処刑される。その死は無駄にはならない。遺族に金が渡される。この世の中は金が全てだ。

 畦道は彼我の死傷者から流れ出た血で赤黒く染まっている。死体の腐敗が進むのは早い。

「酷い臭いだな」

 この1時間程で、太郎が生きた18年の人生を超える体験があった。簡単に傷付き倒れていく敵味方。むせ返るような血の臭い。自分が人を殺したと言う実感が無い。葛藤する様な意識も無く現実感は希薄だった。

「おい山田。救急包帯をよこせ」

「あ、ああ」

 井上の言葉で虚脱状態から現実に引き戻される。

「杉原の血が止まらない!」

 その側で腕を無くした敵が泣き叫んでいた。苛々して井上が怒鳴る。

「鬱陶しい、そいつを黙らせろ!」

 他の班員が繁みに敵を引っ張って行く。銃声の後静かになった。

「動脈が傷付いている」

 無駄だと言う風に首を振る班長。

 仲間の死が自然と受け止めれる心境になっており、楽な戦いではない。その事だけは理解できた。

(ヘリはまだ戻ってこないか)

 呻き声を聞きながら空に視線を向けた。

 少数精鋭による敵の蹂躙は映画の中ではよくある。その場合、敵との戦力差を縮めるには奇襲効果と火力が必要だ。今の状況は、敵を殲滅するには火力が少ない。正面切って向かって来られると何割かが阻止線を超える。


     †


 アニマルコマンドーに更なる死傷者が出た後、ようやく補給を終えたヘリコプターが戻ってきた。これを見て敵の生き残りは村の中央に集まっていく。エルステッド軍も敵の反撃に留意しながら包囲を縮める。

「あいつら俺達にばかり矢面に立たせやがって」

 後から現れたエルステッド軍に対して班員から不満が漏れる。

「代わりに屋内捜索してくれてるだろう。中に敵が潜んでいたり罠がある危険だってあるぞ」

「貧乏人は金目の物を探してるんじゃねーか?」

 基本的に家屋の捜索はアニマルコマンドーの担当ではない。エルステッドの司法機関である軍と憲兵が当たる。室内での近接戦闘は小火器の射程が生かせず損害が予想されたからだ。

「3班はこの通りを前進する。奇襲を警戒しろ」

 脅威が排除され、弾の補給を受けるとアニマルコマンドーは村の中心へ前進再開する。

 農家の壁に弾痕が出来ていた。子供の鳴き声がする。子供を抱いて女性が出て来た。太郎が班員と顔を見合わせる。班長は油断なく銃を構えながら凶器の有無を確認するよう指示を出す。

「異状無しです」

 服の上から手探りで確認した。後方に連絡して、非戦闘員は巻き添えになら無い様に避難させる。

 犬の吠え声を聞きながら畦道を進むと視界の開けた場所に出た。先では障害物を積み上げて敵が待ち受けていた。

 航空支援でもあれば動きも違うが、応援を求めているのは太郎の班だけではない。機数と兵器搭載量には限りがあり無い物ねだりをしても仕方がない。班長の指示で太郎と伊集院は左手の斜面を降りて迂回する。回り込んでから挟撃する動きだ。

 石がばらばらとこぼれ落ち、太郎の緊張感が高まる。足元を注意しながら進んだ。

 太郎は遮蔽に身を隠し、姿勢を傾斜させながら走る。FPSの様に軽やかな動きとはいかない。物音に反応し銃口を向ける。

「うっ!」

 呻き声を聞いて視線を向けると、胸に矢が突き刺さり倒れる伊集院がいた。先にはクロスボウを構えた敵がいる。身を隠すか撃つか選択は速断が求められる。照門に照星を合わせてるなどと悠長な事は出来ず、銃口を向け引金を引く。

 肩甲骨の間に矢が刺さった。殺されかけるなど滅多にない経験だ。

「ああ……糞!」

 物語の主人公になるのは苦痛を伴う事だ。主人公達が傷付いても戦う理由が理解できない。

 親知らずを抜いた時以上に痛い。

「ぐぁ……くっ……!」

 痛みで脂汗が浮いてくる。声をこらえたのは意地だ。

 握把を握る手に力がこもる。

(こんなに痛いなんて)

 地面で悶える太郎は涙と涎、吹き出る汗で顔に泥が付く。痛みからか気分まで悪くなってきた。

(ただ友達が欲しかっただけなんだ……)

 太郎は意識が混濁して、色々な感情が吹き出してくるのを感じた。

「山田!」

 他の班員が駆けつけてきて、山田と伊集院を物影に引き摺って行く。救急品袋から包帯を割って取り出し、矢を抜こうとした。

「抜くな!」

 班長の叱責で手を止める班員。

「傷口を塞ぐ栓代わりになっているんだ。そのまま連れていくぞ」

 人の縁とは不思議な物で、普段個人的関わりが少ない班員だがこの時ばかりは、皆必死で太郎を救おうとしていた。

 暗転する太郎の意識。気が付いた時には宿営地に向かうヘリコプターの機内にいた。

(格好良く行かないな……)

 出血でだるさを感じながら目を閉じる。


     †


 宿営地に戻って来た隊員は、出発前の半分に減っている。装具を置いてベットに腰かけて、生きていると言う事を初めて実感出来た。治癒を受けた胸の傷は既に塞がっている。

(傷跡がもう無い)

 指先で肌の感触を確かめた。皮膚の張りも異常無い。

「山田。飯行こうぜ」

 伊集院がけろりとした表情で洗面器にタオル、着替えと言った入浴セットを持って誘いに来た。

「お。もう傷が治っているのか。魔法って凄いな」

 その場で適正な処置さえ行えば瀕死でも回復できる。派遣されていた味方の魔導師によって伊集院は命を救われた。他の班員は脂肪が助けてくれたとからかっていた。

「だよな。俺も死んだと思ったよ」

「走馬灯は見えたか?」

 伊集院の言葉に太郎は頭を振り否定する。

「いやいや、それは無い」

 へらへら笑ってている伊集院を見ていると緊張感が解れてきた。

「そっか。チャンスを逃したな」

「何のチャンスだよ」

 まだあの世に行く予定は無い。

「俺にも魔法使えたら良いんだけどな」

 唐突に切り替わる話題に太郎の返事をまともに聞いていたのか疑問だ。話の飛び具合に苦笑を浮かべる。

「お前、話がころころと飛ぶな……」

 魔法は地球人には使えない。地求人と違い現地の住民には、血中に特殊な物質が混ざっている。一言で言うと魔力だ。

 この世界に住む人間は、心機能の維持に血液以外に微弱な魔力を使っている。つまり魔力の血中含有量が高い数値を魔導師の素質と呼ぶ。魔力は物理的エネルギーに転換される。そして形ある物は無限ではない。魔導師に回復量を上回る魔力を消費させれば多臓器不全で死なせる事が出来る。

 識別帽にジャージ、運動靴と着替えて風呂に行く用意をした。隊員食堂に向かう。

「今日のメニューはすき焼き風だってさ」

 栄養士が考えた献立で、何とか風と言うメニューが多い。食堂で口に合わなければ、PXで民間委託の喫茶店や食堂に行けば良い。風呂上がりにはアイスを買いに行く予定だ。

 アニマルコマンドー新隊員の給与は12万円。少ない給与だが、異世界に居るお陰で市民税が免除されている事だけが救いだ。

 普段はPXや佐藤商事、NP商事と言った業者から必要な装備を買うだけ。隊員クラブで飲み食いしても知れている。

 食堂前の広場に、鹵獲された敵の装備が種類ごとに仕分けされていた。興味深く太郎は見学に行く。

「杖って言っても普通の木にしか見えないな」

 手にとってまじまじと見た太郎は呟く。写真を撮っていた武器係が説明してくれる。

「杖は魔法の媒体として魔力の宿った老樹が選ばれている。普通の木では無理だ。それに高級な杖になると魔石って物が埋め込まれられている」

「そうなんですか」

「魔力の威力を増幅させるって事らしいが、ゲリラの魔導師が装備している可能性は低いな」

 鹵獲された杖の大半は処分されている。一部はエルステッド軍に供与され彼らの魔導師に渡る。残りは日本の研究機関で貴重な研究資料として調査される。

「ありがとうございました」

 礼を言って食堂に向かう。

「後方、車両」

 伊集院の声で振り返ると、食堂で出る残飯回収に荷馬車が来ていた。出入りの業者だ。

 他の者も声をかけあって注意喚起する。

 端に避けて馬車を先に行かせる。会釈され、こちらも返す。

 糧食で使われる食材も現地住民から納品されている。日本からの輸送コストだけでなく、現地への還元と民政への寄与と言う意味もある。

 食べ物も仕事も少ないエルステッドで、希少な現金収入手段として日本人の元で働けるのは幸運な方だ。恩恵を少なからず受けた住民の間で支持者も増えている。

「早く行こうぜ」

 太郎は伊集院の言葉に頷き食堂の列に並ぶ。先頭の方では識別帽を腰に差して手洗いをしてる。うがい、手洗いの励行が衛生管理の根幹にあった。

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