18 ピエトログラードのオチ
人通りの絶えた大通り。馬蹄を響かせて大学に向かうシュラーダーの部隊が在った。魔石の移送準備を最終確認すべく大学に向かうフォン・フォルベック将軍だ。
指揮官の大柄な体格は、仕える兵に頼もしさと安心を感じさせる。
「静かな物だな」
普段なら商店が開いているレイスウェイク大通りは軒並み閉店しており、通りを歩く民間人の姿は無い。
「どこか寄りたい店でもありましたか?」
「いや」
シュラーダー軍による布告により外出が制限されているのだから当然と言えば当然だが、閑散とし過ぎている。
店が開いていないと住人は家に引きこもっている。いずれは備蓄食料も尽きる。
だが「疑わしい行動を禁ず」と言う事で、シュラーダーから見て不審者と思えば切り捨てるとまで宣言されていた。
本来なら宣撫工作を行うなり配慮すべきだが暫定的な占領である以上、自国民とならない住人に気を使うほどシュラーダー軍は優しくはない。
非協力的な住民は広場で晒し首になった。
侵略者に対する恐怖は否が応でもかきたてられる。わざわざ出歩く物好きは居ない。
「別動隊ですが、敵は首切りの森を包囲するだけで手出しをして来ないそうです」
「予定とは違うが、牽制には役立っているな」
遠巻きに囲む理由としては、一騎打ちで雌雄を決する剛の者も居ない。かと言って力攻めする度胸もないと判断出来た。
「ええ。ですが我々との合流は難しいでしょう」
単独での脱出は戦力差から考えて不可能。この後、大隊は投降するか壊滅するまで戦うしかない。
敵に見つかった瞬間から彼らは捨てられた。
「む」
大学方向から立ち上る煙に気付いた。
「火事……いや、戦の臭いがする」
駆け出すフォン・フォルベック将軍の馬に遅れまいと部下達も馬を走らせる。
「え、待って下さいよ!」
その時、副官は視界の端に動きを確認した。
「将軍!」
繁みから矢と魔法の攻撃が隊列先頭に浴びせかけられた。
フォン・フォルベック将軍の旗指物を確認して襲撃して来たベーグルの調査員、太郎達とは別のパーティーだ。
飛来する矢を視界の端に入れたフォン・フォルベック将軍は舌打ちをする。
正面からなら切り落とせたかもしれないが、対応は遅れ腕に矢が突き刺さった。
「悪くない腕だ」
矢をへし折りながらフォン・フォルベック将軍は呟く。
咄嗟に腕で庇わねば脇から心臓を貫いていたかもしれない。
指揮官を失えばいかにシュラーダー兵とは言え、DDAの攻撃に対する組織的な抵抗は瓦解する。
「狙いも悪くは無いが、相手が悪かったな」
単純な思考から導き出された襲撃だが、勇敢と無謀は紙一重と言う。
「囲んで討ち取れ!」
指揮官を狙われた怒りを雄叫びにして応じる兵士達。
調査員のパーティーは二桁も人数が居ない。
随伴の軽歩兵が回り込んで包囲する。斬り込む剣士はそれなりの腕を持っていたが、一人、二人と相手をする間に脇や背中から一撃を喰らう。
「ひ、卑怯な――」
脇腹に刺さった槍に振り返った瞬間、他の槍が胸元に食い込んだ。
「アホが、卑怯も糞もあるか」
一端の武人を気取っても所詮は個人の力に限界がある。集団戦闘の数と言う力で揉み潰された。
「糞!」
指揮官の男は若い日本人。襲撃が失敗した以上、即事撤収すべきだった。戦闘継続を選んだ事が窮地に成る。
銃の引金を引く事で抵抗するが散開した敵に効果は薄い。
クロスボウを構えるシュラーダー兵。
「放て!」
号令がかかり放たれる矢。
小銃の射撃音が途絶えた。クロスボウの矢を浴びて戦死した魔導師とパーティー・リーダー。
生き残った弓兵が武器を捨て投降の意思を示す。
近くまで馬を進めたフォン・フォルベック将軍は尋問をするでも無く、一刀で切り伏せる。
「奴等、ここまで来ていたか。伝令を出せ。大学まで後退させろ」
隣に並んだ副官のピッケル大尉は復唱する。
「大学までの後退を指示します」
ふと副官は、大学を覆う黒煙が勢いを増している様に感じた。
それは勘違いでは無かった。
大学の施設は新たに建てられた物ほど、木組みの方が多い。火の手が回るのは早く、校舎の消火に失敗し食堂と講堂を巻き込んで延焼を起こしている。
†
火の勢いは強く、消火活動に当たる人手が足りない。
応援を呼ぼうと研究所に戻って来たシュタイプ一等兵は血の臭いに鼻をひくつかせる。
「な、えっ」
シュタイプは研究所の中庭に転がる死体に気が付いた。
中隊は家族と言う。同じ釜の飯を食べた仲間が物言わぬ骸と化していた。
「てっ――」
敵襲と叫ぼうとした瞬間、塔に居たリーゼの放った矢が首筋を貫通した。口から血を溢れさせながら倒れ絶命するまでにかかった時間は数秒。苦しみを感じる前に第二の矢がシュタイプの心臓に突き刺さった。
死亡を確認してリーゼは再び監視に戻る。下で控えていたクレアは死体を物陰に引っ張り込みに向かう。
「ふぅ……」
額に滲む汗を手の甲で拭いながら息を吐き出す。一人で死体を全て隠すのは一苦労だが仕方無い。
周囲の敵を掃討した太郎達は倉庫内部へ既に進入していた。本来なら倒した敵の死体を花壇の繁みや建物に入れて隠す位の事は必要だが先を急いでいる。役割分担だ。
中に入った太郎達。倉庫と言うと安っぽい作りをイメージする太郎だが、事務棟や飼育棟と外観は変わらない。堅牢な造りで幾つかの部屋に別れていた。
パーティーの先頭を進むのはジュゼッペ。魔石までの道案内だ。
保安上の観点から通路に案内図は無い。自分達だけでは捜索が難航していたと太郎は自覚する。
途中にある鍵のかかっていない扉は太郎が開けてリーゼが火球を打ち込む。飛び散る試験管や薬瓶の破片。
「何をしているんだ、君達は?」
二人の行動を見てペピにジュゼッペが質問した。ジュゼッペは兵士ではない。無駄に破壊をしているように思えた。
「残っている敵が居ないか確認と掃除ですよ」
外に運び出されていた木箱の中身――研究資料はミーナが燃やして処分した。研究資料も魔石同様に価値が高い。
一見、無駄に思える破壊活動も敵に利用されるのを防ぐ為の行動だ。
「そうか……」
DDAが敵に渡す位なら処分すると決断をした。ベーグルは依頼をこなしているだけだ。上で話が着いている以上、一職員に過ぎないジュゼッペは、沈黙する以外に選択は無かった。
(こんな事になるなんて……)
自分から協力すると言い出した事を後悔し始めていた。
ちらりと一瞥する太郎。
太郎はジュゼッペが使い物にならない様なら足手まといとして処分するつもりだった。
研究所が無人であると都合良く考えていた訳ではない。
事実、敵兵が残っていた。
「ここを左に曲がれば直ぐだ」
はやる気持ちから走るジュゼッペ。
「おい、待て――」
太郎が安全確認してからの移動を考え制止するが、ジュゼッペは何度も通いなれた道。言わなくても解っていると太郎を一瞥して足を止める事は無かった。
ジュゼッペは角を曲がった。舌打ちをしそうになる太郎。
「ぐふっ」
鈍い音とジュゼッペの呻き声が聴こえた。
追いかける太郎の目に、ジュゼッペの胸が剣に貫かれている姿が移った。剣を持つ敵は軽装備。
(糞っ!)
出会い頭に戦闘に入る。
太郎は連発に切換え引金を引いた。
後から続いて来たミーナが杖を構えるが、瞬間的な初速では魔法より銃の方が早い。
兵士と人殺し。戦場と街中の違いはあるが、命を奪う事に違いは無い。
廊下に鳴り響く銃声と壁に刻まれる弾痕。死体が三体作られた。
使者への礼節などは必要ない。靴先で蹴って敵の死亡確認をする。
「ジュゼッペさん、痛いですが我慢してください」
倒れたジュゼッペの胸にペピが杖をかざす。治癒魔法をかけるが失われた血量までは戻らない。
自分の症状を見て死期を悟ったジュゼッペは呼吸音で笑う。
「無駄な治療だ。どうせ死ぬ。放っておいてくれ」
ペピの腕が強く握られた。顔を上げると蒼白い顔をしたジュゼッペと視線が合う。死相が表れている。
それでも励ましの言葉をかけ治癒魔法を続ける。
「そんな考えは間違っています。生きようとする本人の意思が無いと、助かる命も助かりませんよ」
「君より私の方が経験は上……ぐっ!」
ジュゼッペの呻き声に反応して近付く太郎。気遣いの言葉はかけずに要件は簡潔、必要な事を聞き出す。
「保管庫はこの先か」
「ああ」
体を動かす力も残っていないのか、ジュゼッペは視線を胸元に動かす。
「鍵が入っている。あれを奴等に渡すな」
まさぐる太郎は鍵を取り出して答える。
「当然だ。俺達の仕事だからな」
「ふん……」
用件だけ告げると、ペピの腕を握っていたジュゼッペの力が抜けていく。死亡を確認すると先を急いだ。
研究所の資材庫は破壊対象に入っている。扉は鎖で厳重に施錠されていた。
鍵を開けて中を覗くと、所狭しと魔石が積み上げられていた。
「うわ、凄いですね」
ペピも驚きの声をあげる。これだけの在庫は研究機関だからだ。手を伸ばしあれこれと見比べるペピとミーナ。
持ってきたTNT爆破薬と電気雷管を太郎が用意していると携帯無線機が太郎達を呼び出した。
『24α、チキン13。送れ』
「チキン13、こちら24α。送れ」
敵の抵抗が激しく特科中隊による砲撃が行われる。速やかに引き上げろとの指示だった。
(苦労して潜入したのに無駄か……)
FH-70 155㎜榴弾砲の効力射。火制範囲にある建物は全て破壊されるだろう。
「作業中止。今すぐ引き揚げる」
物欲しそうに魔石の山を見るミーナ。
「ね、どうせ壊すなら幾つか貰っても良いかな」
少し考える太郎。ジュゼッペは敵に渡すなと言っていた。味方に有効利用されるなら問題ないと太郎は考える。
(これ位の役得は許されるか)
大量に市場で出回れば出所を怪しまれる。上手く捌くなら個人責任の範疇だ。
「邪魔に成らない程度なら」
「わかってるって」
そつなく上質の魔石を選び懐に入れるミーナの手際の良さに感心する太郎。ペピも加わっている。
「リーゼさん達の分も持って帰ってあげましょう」
「だね」
廊下側を伺い警戒していた太郎は、3分経過して声をかける。
「そろそろ良いか、引き揚げよう」
火事場泥棒の窃盗だが、FH-70が全てを破壊するなら証拠も残らない。限りある資源を有効活用できるし皆が幸せになれる。誰も損をしないなら悪い話では無い。
†
研究所を出た太郎達はクレア、リーゼと合流。城壁を爆破して市内に逃げ込んでいた。
「やる事が派手ね」
「早くずらからないと俺達も巻き込まれる」
太郎の言葉にイメージがわかないのか反応は鈍い。
「時間になれば分かるよ」
目指すのは北側のエンデルト門。郷土防衛隊とDDAの戦闘団が展開している。
「敵、居ないですね」
城壁を爆破した派手な爆発音は辺りに鳴り響いた筈だが追っ手は今の所遭遇していない。
「うん。火事を消すので必死なのかな」
追っ手は別として進行方向にも敵の姿は無かった。ペピの疑問に答えるミーナの言葉を耳にして、太郎は口元を僅かに歪めた。
太郎が選んだ脱出経路は行き当たりばったりではない。
(上手く敵を引き付けてくれたな)
敵の姿が減っていた原因は解放した大学職員にある。
馬鹿正直にも正門に向かった彼らが、敵の注意を引き寄せた。
彼らの脱出まで面倒を見る義理はないし、その後に興味は無い。自分達が生き残る為にも機会を活用させて貰った。
「おっ」
目の前に敵の集団が現れた。
数は分隊規模。大学に向かい引き揚げる一隊だ。
走るこちらの姿に気付いて制止の声をかけてくるが、止まるつもりはない。
クレアは敵集団の中へ斬り込んだ。後ろから太郎達も支援する。逃がさず殲滅しなければ新手の敵を呼び込む事になる。
クレアは突き出された敵の槍を払いながら相手の懐に飛び込んだ。左手で相手の首元を引き寄せると膝蹴りを顔面に放った。
「ゆぶぇっ」
集団の敵を相手に無双をするには卓越した技量が必要となる。
奇襲効果は大きい。敵は抵抗らしい抵抗も出来ずに数分で倒された。地面に転がる骸を気にせず最後の一人に剣先を突き付けるクレア。
武器を持つ手を震わせる敵兵。目の前に血塗れの凶器がある。刀身にへばり着いた血と油脂分は振った所で取れない。
武器を捨て命乞いする兵士。
「た、助けて下さい」
倒すのは簡単だが一呼吸置いたクレア。相手は死ぬにはまだ若い。少年といっても言い年頃だ。
「行け」
気紛れをおこしたクレアは相手を突飛ばし立ち去れと急かす。後を気にしながら走り去る兵士。
「良いんですか」
ペピが太郎に尋ねてきた。
「良いよ。先を急ごう」
意外そうな顔で太郎に視線を向けるペピとクレア。それを受けて太郎は付け加える。
「ま、生き残れるとも思えないしね」
「え?」
逃走を再開する太郎達。流れる汗は肌着を湿らせ不快指数が増す。
「居たぞ。あいつらだ!」
分隊規模の敵が追い付いて来た。
「あの野郎……」
先頭を走るのは見逃した少年兵だった。
「リーゼ」
「うん」
軽業師の様に壁づたいに屋根に登るリーゼ。その間に太郎達は敵の足止めをする。最初の標的はクレアの見逃した少年だ。
射撃位置を確保すると迫る敵をリーゼの矢が貫いていく。
敵の騒ぎ声が聴こえる。何処から飛んでくるか分からない黒く塗った矢は敵を足止めする効果が十分だった。
(良い援護だ)
その時、無線機が他の通信を受信した。携帯無線機でも大気の状態で、北海道から岡山と言った遠方の部隊の通信を傍受する事もある。
『――弾着、今』
砲弾の弾着音が太鼓を叩いた様に聞こえる。音を聴いているだけで、文字通り叩き潰される様が想像できる。
腹に響く震動を感じながら走る。
「あ、あれ!」
ミーナは強い魔力を感じて視線を向けた。右後方に見える塔の周囲が真昼の様に明るくなった――
「わあ」
視線を向けると城壁に接した塔が粉砕されていた。
続いて大学の建つ敷地全体が吹き上がる炎と土砂の煙に包まれた。
「ええええっ!」
研究所に弾着した結果、解放された魔石の魔力と熱量が結びつき大学を文字道理消し去った。
「何あれ。どんな魔法使ったらああなるのよ」
唖然とするミーナ。野戦魔導師としての自負もあったが、自分の力量を超えた破壊に衝撃を受けていた。
「神の雷……」
ペピも思わず呟いて、砲声の鳴り響く天を仰ぎ見る。
近くに砲撃とは違う爆発が起きた。リーゼの位置する民家の近辺に火球が撃ち込まれ火の粉が降って来た。
「魔法集中射ね」
答えるミーナ。敵の野戦魔導師が、狙撃を行うリーゼの位置をおおよそで関知して魔法攻撃を集中したのだ。
大学に展開する部隊が砲撃で壊滅したのは明らかだ。生き残った敵は、苛立ちをぶつける相手を見つけた。それが太郎達だ。
追っ手の数は増えていないが攻撃が激しくなって来た。
燃え盛る民家から飛び出して来た住人が叫んでいる。
「無茶苦茶やるな」
一般の非戦闘員への被害を考えない敵の攻撃に太郎は呟く。
上で標的にされたリーゼは、器用に屋根を駆けている。
近くに着弾した火球。屋根の瓦や木片が熱風に吹き上げられリーゼの背中をかすめる。
長距離の狙撃は位置を把握されにくいと考えていたが、魔法の攻撃は止まず位置を完全に捕捉されていた。
ペピは心配そうに下から視線を向けて来たが、リーゼの口元には微かな笑みが浮かんでいた。
優れた狩人は獣を誘い込み倒す。森での生活で手慣れていたリーゼには相手の手の内も読めていた。
「山田さん、助けないと!」
現状ではリーゼの損失を避けたいと言うのが太郎の本音だ。ペピの言葉に頷くと太郎は大声を出した。
「リーゼ!」
視線が合うと太郎は屋根に向かって発煙手榴弾を投げる。
屋根を覆う煙幕だが範囲は思ったよりも広くない。持続時間も短いが、直接照準で魔法を放つ敵の目眩ましには役立つ。
煙幕が切れる前にリーゼは太郎達の前に飛び降りて来た。
「お帰り」
仲間意識を持つのは良いが、現地人は幾ら死のうと使い捨ての駒と言うのが上の考えだ。
調査員はティームリーダーの日本人が残れば何度でも組織出来る。逆の場合、パーティーリーダーが死んでもその後のパーティーは、別の指揮官を宛がわれ様々な任務をこなす。ベーグルにとっても替えのきく歯車に過ぎない。
因果応報と言う言葉がある。太郎はいずれ自分にも報いを受ける時があると考えていた。
だからと言って善行を積もうとした訳ではない。神も仏も信じていない。
(助けたかったから助けた)
クレアにしてみれば意外かも知れないが、太郎にとっては「敵ではなく味方だから助けた」と言う単純な理由だ。
有害な者なら助けてなどいない。自然な選択だった。
†
雪解けの季節、短い夏の訪れ。それを向かえる前にシュラーダー義勇兵の運命は終わろうとしていた――
ピエトログラード郊外の森に、DDAに包囲されたギルホファー大隊がいる。塹壕を掘り、土を盛り防御を固めていた。
タヴィアーニ軍曹は歩哨をしていた。
DDAの斥候が何度かやって来た後、森は静けさを取り戻していた。次にあるのは本格的攻撃と言う事は疑うまでも無い。緊張感や恐怖心、家族への想いなどが次々と湧き出てくる。
(静かだ……)
不意に包囲するDDAが後退している事に気付いた。已然として包囲されたままではあるが、遠巻きに包囲している。
(あいつら何を考えている?)
鳥のさえずりりさえ無い静けさが逆に不気味と感じられた。
杞憂ではない。その静寂はすぐに打ち破られる。
窮屈な塹壕で仮眠をしていたカヴァッリ軍曹は、疲労を浮かべた表情で起き上がる。
「騒がしいな」
街の方から激しい爆音が聞こえ、生い茂った木々の隙間から空に立ち上る黒煙が見えた。他の者も起き出して来た。
DDAが何らかの攻撃を行っている事だけは理解できる。
「死ぬ前位、静かに寝かせてくれよ」
カヴァッリの言葉に笑い声が起きる。
彼らは死を覚悟していた。
DDAの対応がもう少し遅かったなら、地下道の存在を忘れていたのなら、別動隊はそのまま任務を遂げ引き揚げる事が出来たかもしれない。
しかしここで死ぬ事が彼らシュラーダー兵の運命――
暫くすると街を攻撃していた矛先をギルホファー大隊に向けてきた。
大隊本部の置かれた指揮所は丸太を重ねた簡易な天蓋で覆われており、魔導師の攻撃程度なら耐えられる強度があった。
(部下だけでも助けたいが、どうにもならないな……)
苦渋の表情で地図を眺めるギルホファー少佐は雷鳴を聴いた。
周りの部下に視線を向けるが首を振る。
「雨でも降るのか」
外に出た瞬間、視界を黒い影が霞めた。ギルホファー少佐の目の前で災厄が形となって爆ぜた――
掘り返される地面と噴き上がる土砂が辺りの視界を覆う。空から降ってきた物、155㎜榴弾は費用効果に相応しい死を振り撒いた。
シュラーダー軍は相手にしているのは何なのかわからないまま死んでいく。タヴィアーニ軍曹やカヴァッリ軍曹も使者の名簿に名を連ねる事になった。
野戦特科は野戦魔導師に通じる物がある。効率的に敵を火制範囲で撃滅する。
「砲身の疲労寿命により廃棄される」と言う事に書類上ではなっていたFH-70を操る日本人は、几帳面さと精確さで地獄を作り上げた。
樹木が松明の様に燃えたぎり血と泥の海に沈んだ世界だ。
†
1ヶ月持ち堪えられるとシュラーダーが見積もったピエトログラードはDDAの迅速な対応とFH-70の参加により3日で陥落した。
近代戦は火力の量が優劣を決める。予想外の損害により情報収集の甘さを実感したシュラーダーは、計画していた大規模派兵による介入を時期尚早と中止する。
シュラーダーからの援助低下は黒ドワーフの敗北を意味する。後退する戦線を支え、戦況の挽回を計るが芳しくなかった。
森島に事後報告をする太郎。
労いの言葉をかけられた後、戦況が教えられる。
「DDAは間も無く北部国境に達するそうだ」
最北端の街ショゴスグラード。そこが最終目的地となっている。ドワーフ王国の戦いに先が見えた。
「そうですか。もうすぐ戦争も終わりですね」
「ああ。とりあえずはな」
ゆっくり安めと森島は言うが、含みの様な物を太郎は感じた。




