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残念な山田  作者: きらと
14/36

14 おつかいイベントのフラグ

「──長、ヒルター曹長!」

 男は名前を呼ばれた。自分を揺り動かす腕の感触はあるが、痛みと寒さで感覚が麻痺したのか体が動かない。

「ううっ……」

 力を入れ無理矢理足を動かす。痛みはあるが歩けない程ではない。

 視力が戻っていないのか、視界は薄暗い。

 ヒルターと呼ばれる男の眼球の角膜に傷が入っている問題もあったが、硝煙と煙、掘り起こされ空気中に舞う砂塵も原因だった。

 黒い影が自分に話しかけてくる事をヒルターは理解できていた。

「中隊長は戦死、他の将校もみんな死にました!」

 口の中に感じる血の味は自分の傷か、それとも戦死した仲間の返り血なのかはわからない。嘔吐感を覚えて唾を吐き出す。出陣した時、200名近く居た中隊が僅かな時間で肉の断片に変えられた。悪魔の呪いか、お伽噺に出てくる魔王の力の様だ。

「帰るぞ、帰るんだ。家に帰るんだ……」

 反乱に加担した者は投降しても斬首は免れない。そもそも降伏が認められるか自体を怪しい。生き残りたければ逃げるしかない。

「ヒルター曹長?」

 うわ言の様に繰り返しながら最先任となった下士官は部下の呼びかけにも反応せず、ふらふらと道を歩く。

 頭の中にあるのは逃げることだけ。次の瞬間、7.62mmNATO弾が命中し頭が弾け飛んだ────

 軽トラックの荷台で対人狙撃銃下ろすベーグル社員の姿があった。郷土防衛隊への出向だ。

「やったか」

「当然」

 戦果を自慢する程でもない。

 魔法と矢に対する増加装甲として土嚢や水缶を積んだ軽トラックが死体を避けきれずタイヤで踏み潰しながら走っている。跳ね上げるのは血と溶けた雪が混ざった赤黒い泥水。

「楽勝だったな」

「ははは」

 談笑をする郷土防衛隊の兵士達。黒ドワーフが反乱を始める前のドワーフ軍と比べれば格段に強化されており、行く手を阻む者は打ち倒す力を持っている。

「この調子ならシュラーダーにだって行けるな」

 敵に敗北と言う屈辱を味あわせたのは火力と言う魔法。ドワーフ軍を圧していた黒ドワーフ軍は呆気なく逃げ出した。

「まったくだ」

 血に酔い濁った瞳は暴力の愉悦を知り戦いの虜になっていた──

 現地人の一般部隊と日本人の火力部隊は連携が上手くいっていた。日本人が郷土防衛隊に持ち込んだ武器は小銃は基より各種機関銃、携帯SAM、迫撃砲。射撃の威力は熾烈を極め、黒ドワーフ軍先鋒は潰走した。無惨に敗退したのである。

 追撃するドワーフ軍を妨害するのは黒ドワーフ軍の反撃ではなく、街道を塞ぐ死体の山だった。

「もう少し、場所を選んで攻撃してくれないか?」そんな苦情が郷土防衛隊の航空隊に寄せられさえした。

 ヨスィノ川で後退速度の落ちた黒ドワーフ軍。橋だけでは渡りきれず艀や船も使っていた。対岸に渡る順番を待っている。

 上空から監視するOH-6。敵の飛竜は撃破したので空の脅威は存在しない。ヘリコプターの爆音に怯える敗残兵達だが、時おり矢を射ちかけて来る剛の者も居た。だがウィリアム・テルや那須与一でもあるまいし届く距離ではない。

 機内には金田1尉と矢山3尉の姿が在った。ベーグルを経由して郷土防衛隊に来ていた。

 忙しさの中でも空腹と眠気だけはやって来る。金田は荷物をごそごそと探して朝食として渡されたカレーパンを取り出す。カレーに含まれる成分は思考力を高めると言う。

 双眼鏡で撤退する敵を見ていて矢山は気付く事があった。

「シュラーダーの義勇兵が居ませんね」

 旗指物を見れば敵の大まかな所属が分かる。撤退の過程で失ったと言う事も考えられるがプキテマ盆地で潰したのは先鋒だけ。その後の追撃戦でそれなりの損害を与えはしたが全滅したとも思えない。

「移動したんだろうな」

 金田はカレーパンを食べながら答えた。

「向こう岸ですか?」

「どうかな」

 撤退は厳しくなっているが不可能では無い。シュラーダーの義勇兵を優先して後方に下げた可能性もある。

(だが、シュラーダーの連中が簡単に敗けを認めるとは思えない)

 反撃の可能性は捨てきれない。その為に姿を消したのだとしたらどこに向かったのか。

(こちらに打撃を与え戦略的効果の高い場所か)

 空は日本人が抑えており、昼間の大規模な部隊移動は目立つ。目立たせる事無く移動出来る距離は限定される。


     †


 黒ドワーフの勢力圏に近いスギタ村。林業を主要産業とする小さな村で戦略的価値は低い。その為、黒ドワーフ軍にも見落とされ戦禍に巻き込まれる事は無かった。太郎達はこの村で暮らす研究者の元に向かっていた。

 乗っているのは太郎が調達して来た馬車。年季が入った荷台をくたびれた馬に牽かせている。

 風は穏やかで太陽の日差しが暖かい。晴れた日には花粉が空をよく舞う。くしゃみをして後ろを振り返る太郎。

 他の仲間はそれぞれ楽な姿勢で寛いでいる。太郎にしてみれば普段乗り慣れた軽トラックと違い乗り心地は良くない。

「へぇ」

 ゆるくウェーブのかかった茶色の長い髪を手櫛ですきながら郷土防衛隊の広報誌を読んでいたクレアが感嘆の声をあげた。

「何か面白い事でも書いてるか」

 軽く剣の手入れをしていたグレイスが声をかける。

 裏表紙にはベーグルの広告がでかでかと掲載されている。

「四日市を解放してキュワナまで進んでるんだって」

 ドワーフ自由戦士団(DFF)、エルステッド義勇軍(EVF)と肩を並べ郷土防衛隊は北へ北へと進軍している。広報誌には郷土防衛隊の損害は軽微と伝えられていた。

「朗報ですね」

 同胞の勝利にペピは、ボブカットの間から覗く長い耳を動かして機嫌の良さを表していた。

 これまで一方的な受身だったドワーフ王国が本格的反撃に出た。敗走する黒ドワーフ軍では戦闘神経症が流行っており、薬師の手だけではなく薬草も足りない状況だという。見えない敵である日本人の火力がその原因と言える。

「って尻が痛い。山田ぁ、先はまだ長いのか」

 戦時下であり馬匹は官民を問わず重宝される。馬の調達が出来ただけでも満足すべきだ。

「日暮れまでには着くと思うんだが」

 馬を見て太郎は肩をすくめる。

 郷土防衛隊の巡回も戦略的価値の低いこの辺りにはやってこない。同乗できる様な乗り物も無く、現地調達と言う形になった。

「それより御者を誰か代わってくれないか」

 尻に敷いた雑毛布の位置を直しがら声をかける太郎だが、あからさまに顔を反らされた。助け合いはお互い様と言う事だが返事は返ってこない。

「ごめんなさい。馬を扱った事がないので……」

 ペピが申し訳無さそうに言葉を返した瞬間、矢が荷台に突き刺さった。

 馬車を止める太郎。茂みの中から薄汚れた男達が姿を見せた。前に3人、後ろに2人。前後を挟まれた。

「悪いな兄ちゃん。そこから降りて来な」

 無精髭を生やした男が声をかけてきた。

 野盗、追い剥ぎ、野伏せりなど多くの表現法方があるが、要は山賊だ。薄汚れた革製の胸当てを着けている程度の防具で服装もまちまち。体つきも鍛え上げられているとは言いがたい。

「なんと言うステレオタイプな」

 一方でこんな弩田舎に山賊がいたという事で驚きを覚えた。人通りの少ない場所は実入りが良くない。

(だけど、素人だな)

 実戦慣れしていないのは襲撃の仕方からも考察できる。こちらは6人、相手は5人。挟撃していると言う利点と女が大半だと言う点から太郎達を舐めていた。最初の一撃は魔導師と弓兵に向けるべきだった。

「こんな所で稼ぎに成るのか。私だったら、もう少し場所を選ぶぞ」

「そうね。狩場の選定は大切だわ」

 グレイスとミーナが平然と雑談する様子に賊はいきり立つ。

「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、さっさと降りて来い」

 手斧を振り上げて怒鳴る賊の言葉に馬車から降りる面々。

「はいはい」

 女性ばかりの一行を見て鴨がネギを背負ってやって来た位に考えているのだろう、好色な視線を向けている。

「よーし、良い子だ。さて持ってる物全て出して貰おうか」

 相手の力量を見分けがつかない賊に太郎は憐れみさえ覚えた。顔を見合わせるパーティー。誰が掃除すると目で相談した。

「──ああ、姉ちゃん達は着てる物も脱げよ」

 下卑た笑い声が沸き起こる。グレイスの右頬がひくひくと動いていた。馬鹿が嫌いな彼女は茶番で時間を奪われるのも不快だった。

(あ──)

 正面から近付いて来る賊の一人が戯れにグレイスの胸に手を伸ばそうとする。馬鹿な行動だと太郎が視線を向けた瞬間、光が走り肉と骨を断つ音が聴こえた。

 グレイスの手に抜き身の刀身が鈍く光を放っていた。

 一刀に切り伏せられた正面の男。肩から腹部にかけて綺麗に切り裂かれ皮膚から筋肉、脂肪の層が見えた。一瞬の時間を置いて、内臓と血がボタボタと地面にこぼれ落ちる。

 春が近付いて来たとは言えまだ肌寒い季節だ。寒気に晒され内臓と血は湯気を放っている。

「あっ」

 膝を付き崩れる様に倒れる男に賊の視線が集中した。

 注意が逸れたのは失敗だ。賊の仲間は反応して動く前に倒されていく。

 返す刀でグレイスは隣に居たもう一人の首に投げナイフを突き刺した。自らの血に溺れる時間も無く意識が刈り取られたのは幸運に思うべきだ。

「くわっ……」

 リーゼも弓で背後に居た2人を速射で射っていた。重い音をたてて崩れる。

「お疲れ」

 額に突き刺さった矢を見て太郎は称賛の声をかける。

 太郎やペピの出る幕はなかった。

 ミーナはつまらなそうに周囲を一瞥する。野戦魔導師としては獲物を取られた気分だ。

 4人が無力化されるまでに1分もかかっていない。

「ひ……ひぃ……」

 残るは1人。

 腰が抜けた賊に血まみれの剣先を向けるグレイス。

「た、助け」

 無言で突き刺し始末する。

 傭兵によってはこれ幸いとばかりに拷問の練習にする者も居るが、得られる物より時間の無駄である方が大きい。

 グレイスは、賊がまた同じ事をするかもしれないと言う正義感から殺したのではない。

 小心者ほど復讐心を忘れないと言う。後顧の憂いを残さない為だ。

「お二人共、凄いですね!」

 ペピの言葉に、この位は朝飯前だと言う様に呼吸音だけで笑い髪をかきあげるグレイス。とりあえず斬ってから考えるタイプに見えるが、瞬時に判断しての行動だった。

 それに相手が本当に弱かっただけ。

 慢心は油断を生む。世の中には自分よりも強い者が居る事を忘れていない。

「大して金に成りそうな物は持ってないな」

 迷惑料として死体の持ち物を漁るグレイス。傭兵の経験から手慣れた物で目利きも確かだ。剣や弓は武器屋に売る。血が付いていなければ衣類は剥ぎ取り古着屋に売れる。

「手を貸せよ」

 死体を近くの茂みに投げ込み先を急ぐ。後は野生の動物や虫が処理をしてくれるだろう。


     †


 村で唯一の宿であるモップ屋。

 暖かく家庭的な雰囲気の宿で、普段は林業の取引で訪れる者が主な客層だと言う。

(その割りに客数が疎らだな……)

 戦時下で木材の需要は高い。架橋や建物の設営、戦火に見舞われた街の復興。幾らでも使い途はある。

「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか」

 腰まで伸びた黒髪が綺麗な女性が応対に出た。髪をただ伸ばすのではなく髪質を綺麗に維持するのはなかなか難しい。毛先などはすぐに痛んでしまう。

 女性は背筋がぴんと張っていて姿勢が良い。着古されてはいるが清潔感のある服装や態度から、規則正しい生活習慣などが感じ取られた。

(これで胸があれば満点なのにな。ドワーフの身体的特徴か)

 天は二物を与えず残念だと思いながら太郎は答える。

「はい、6人ですけど空いてますか」

 胸の豊かさと心の豊かさは比例するというが、噂に過ぎない事を確信した。

 突然の団体客にもかかわらず気持ち良く宿泊の受付をしてくれた女将。愛想が良いに越した事はないが人見知りのする太郎にとって馴れ馴れしいのは迷惑だ。好奇心で根掘り葉掘り聞いて来る者を考えれば、絶妙な距離間の接客姿勢に好感を持つ。

「お食事はどうされますか」

 例に漏れずこの店も階下が酒場を兼ねた作りになっていた。食材も限られた種類しかないが、精一杯の料理が用意される。

「夕食を人数分お願いします。朝は寝起きの遅い奴が居るので、その時に合わせてお願いするかも……」

「かしこまりました」

 宿帳に記帳し部屋を二つ取った太郎。仲間とは任務で行動していれば雑魚寝する事も珍しくは無い。予算を考えれば一部屋にしたい所だが、人口の多い都市部ならともかく小さな村で目立つのはよろしくない。

 田舎は保守的で男女関係にもうるさい。下手に目立って反感を持たれては調査員としての情報収集に支障が出る。

 荷物を部屋に置き留守を頼むと太郎は研究者の家を訪ねた。

「近っ」

 小さな村なので、目当ての家はそれほど歩く距離ではなかった。白い壁の小さな家。庭にはネギやじゃが芋、キュウリが生っており家庭菜園をやっている。

 一般的な日本人が娯楽でやる家庭菜園と違い、田舎ではいつ外からの物流が止まるかもしれない。野菜を育てるのは自給自足を余儀なくされた生活の為だ。

 野菜を見て夕食前だと言う事を思い出し、空腹を覚えながら太郎は玄関の扉をノックして声をかける。

「ごめん下さい」

 しばらくして家の中から女性の声が返って来た。

「はーい」

 木の床を歩く足音が近付き扉が開かれる。紺色を基調とした重ね着の女性が出て来た。素早く相手の全身を確認する太郎。

 重ね着はファッションだけではない。防寒対策で薪や油の節約にもなる。紺色は太陽熱を吸収しやすい。

「あっ」

 顔に視線を向けて太郎は声を漏らした。ドワーフの女性には見覚えがあった。

「シエラさん!」

「はい?」

 戸口に立っていたのは見た目幼女、実年齢32歳のシエラだった。

「山田です。エルステッドでアニマルコマンドーに居た」

 太郎の説明で、シエラは目をきょろきょろさせて記憶を探るが思い出せない。

「えっと……」

 小首を傾げるシエラを見て可愛いなと頬を緩めながら太郎は補足説明する。

「ほら、フィダカァ山脈ですよ」

 初めてシエラと出会った場所。太郎がドワーフ萌えになった瞬間だった。

「うーん、ごめんなさい」

 日本人でも印象の薄い一般兵士。エルステッドで太郎達との交流は最初しか無かった。太郎はシエラの返事に意気消沈としながらも話を進める事にした。

「それで、アルフ・ブリッジスさんはご在宅ですか」

 苦笑を浮かべながら尋ねる太郎。

「あ、うちの主人に用事なの」

「ご主人?」

 花が咲いた様な笑みを浮かべるシエラの顔に、人妻も良いと思ってしまった太郎。

「そう」

 王立図書館の司書をしていると聞いた事がある。

 笑顔を見ていると胸の辺りがざわめいた――

 見目麗しく気立ての良い妻の存在に、まだ見ぬシエラの夫に暗い嫉妬を覚えた。

「でも、今はちょっと……」

 シエラの表情に陰りが浮かんだ。

「どうかしたんですか?」

 家庭内暴力を受けているなら自分が別れる様に話をつけてやろうと考え、太郎は鼻息を荒くする。

 シエラの話では、今回の反乱に巻き込まれて夫の研究仲間が亡くなったと言う。

 親しい間柄で安否を心配していたが、つい先日に住んでるという村が皆殺しにあったと知った。

「それで自棄酒しちゃってね……」

 眉を寄せて胸の辺りで拳を握り締めるシエラ。

「なるほど」

 普段は飲まない人だから限界を知らず度を越えて深酒をしたという。

(酒に逃げたかったのかもな……)

 二日酔いで話にならないと言う事で、出直す事にした太郎は宿屋に戻る。

「どうでした」

 ベットの縁に腰かけ足をぶらぶらさせてペピが尋ねる。

「駄目だ。二日酔いでまともに話の出来る状態ではないそうだ」

「はぁ? 二日酔いだと」

 ワインをちびちびと飲んでいたグレイスが眉間にしわを寄せグラスを置く。

「友達が死んだんだってさ」

 その言葉で納得や同情の表情を浮かべる皆。内戦が始まって友人、知人、親類を失った者も多い。

「ふーん、まあこのご時世だししかたないな」

 グレイスは再び飲み始める。

「ニワカ草なら効くと思いますが、雑貨屋に行って見ますか」

 ミーナの言葉に太郎は頭を振る。 

 二日酔いや毒消しに有効なニワカ草。行商人に偽装して情報収集をする事もある太郎は商品の情報も勉強していた。

「あれは稀少種で流通量も少ない。まして、こんな田舎だから無いと思うけどな」

 似た効果効能にエセノコシカケやトウサ草、ジエン茸と言う物もあるがニワカ草の即効性には及ばない。

「そうですね。でも一応、雑貨屋に行ってみませんか」

 雑貨屋は宿屋から道を挟んで斜め向かい側に建っている。夕食までの暇つぶしも兼ねて皆で行ってみる事になった。

 ベルの音を鳴らして雑貨屋の扉を開ける太郎。常連客の村人と話し込んでいた店主が視線を向けて来た。

「いらっしゃい」

 女性陣の姿に愛想笑いを浮かべる店主と村の男達。無遠慮にじろじろと向けられる好奇の視線にグレイスは不快気に睨み返す。

 人口の少ない村では住民も顔見知りばかり。他所からの来訪者が珍しいのだろうと太郎は理解する。

 店内の空気は、食材と薬草、油にインクと言った色々な臭いが入り混ざっている。

(この臭い、嫌いではないな)

 日常を感じさせる空気に穏やかな気分に太郎はなる。

 棚の品揃えに目を向ける太郎。こう言った些細な事から分かる事も多い。例えば、戦時下だがこの店には食材の種類がそれなりに揃っている。田舎にも出回るだけの商品がドワーフ王国では確保されていると判断出来た。

「モグラ何てよくあるな」

 モグラは音や臭いに敏感で捕獲は難しい。話題を振る太郎の言葉に村人が得意気に答える。

「ああ、畑の悪戯者だからな。罠を仕掛けておけば翌朝には捕れるんだよ」

 畑を掘り返されれば生活にも影響する。駆除するのは当然だった。

「なるほど、大した物だね」

 お世辞を言う太郎に気を良くした村人はモグラ狩りの罠について講釈をたれる。

「──それで、お客さんは何を探してるんだい」

 きりの良い所で店主が口を開いた。

「うん、ニワカ草はあるかな」

 顔を曇らせる店主。

「それが……」

 太郎の問い合わせに雑貨屋も街の問屋に取り寄せを頼んでいるが、品切状態だと言う。

「品切になる様な代物なのか」

 ニワカ草はここからさらに北へ向かったカルナック山で採れると言う。

「あそこしか生えてないからね。先月辺りからニワカ草が取れる洞窟にゴブリが住み着いてな……」

 雑貨屋にたむろしていた村人によると、黒ドワーフの反乱前からゴブリンが出没し始め住み着くようになったと言う。

(先月と言うとヨヨで戦っていた時期か)

 エルステッドでの反乱鎮圧。その過程で遭遇したゴブリン。根本的な問題解決の為に、ゴブリンの巣を潰しにJTFが越境作戦を展開していた。

 家で殺虫剤をまいたら隣の家に逃げ込んだ。同様に、巣を追われたゴブリンがドワーフ王国に逃げ込んだと言う事も考えられた。

(俺達の責任って訳はないよな)

 そもそもニワカ草を取り寄せると言う状況が異状だった。

 ドワーフ王国で流通するニワカ草は、この村の独占販売に近かった。

「市場に出回るニワカ草は、うちの村を除けば残りは外国製だよ。この戦で外からの品は値上がりしてるし厄介だね。役人には訴え出たんだがな……」

 賊の討伐や黒ドワーフ反乱のごたごたで対処する事は多く、辺鄙な山奥のゴブリン退治に割く兵はないとの事だった。

「生活がかかってるなら、お前らが金出しあって傭兵を雇えば済む話じゃないか?」

 口を挟むグレイス。売れ筋の商品なら、余分に在庫ぐらい抱えている物だろうと太郎も思った。

「いや、まぁ……確かにそうなんだが……」

 歯の隙間に物が挟まったような物言いをして顔を見合わす村人達。

「要は金も出したくないって訳か」

 何かを期待する様な視線を向けられ太郎はため息をはく。

 お使いイベントに付き物の戦闘だと割り切る。

「洞窟までの道順を書いて貰えるか」

 ノートを差し出す太郎。地図や案内無しに進むのは効率が悪い。攻略本の地図が見れるなら活用するのと同じだ。

 お人好しに見える太郎の言葉にグレイスが噛みつく。

「ニワカ草を手に入れてたければゴブリンを倒して来いってか? まんまと乗せられるのはどうかと思うぞ」

 面倒臭い。それが本心だ。

「それに知ってるか。賊退治は一人で金貨一枚、ゴブリンは三枚になるんだ」

 グレイスの身も蓋もない言葉に太郎も内心で同意する。

(俺だってこんな糞イベントは飛ばしたいよ)

 泣き落としのお涙頂戴は反吐が出る。ゴブリン退治は無料奉仕でするような仕事ではない。それこそ郷土防衛隊に頼むべき物だ。

 ゴブリンと戦えば剣は刃こぼれをする、魔導師は魔力を使う。太郎だって弾を消費するし、わざわざ面倒事を背負い込むのはお人好しのする事だ。

「だけど二日酔いが治るのを待ってまた来るのも手間だぞ。街まで戻っても在庫も無いんだろ」

 クレアが口を挟む。

「全滅させる必要はないわよ。ニワカ草を採って帰れば良いだけだしね」 

「ああ、そうだな」

 ただで仕事を請け負う義理はない。邪魔する敵だけを倒すだけで十分だ。

 グレイスが納得の表情を浮かべ、太郎達の間で結論が出た。

「ニワカ草を取りに行くけど積極的にゴブリン退治はしない。これはパーティーの決定だ。傭兵をただ働きさせる何て甘い。だよね?」

 雑貨屋の隣、集会場が村役場を兼ねており村周辺や洞窟までの地図が保管されている事を聞きだし店を後にする。雑貨屋の店主と村人達は色好い返事を貰えず失望を浮かべていた。

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