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残念な山田  作者: きらと
13/36

13 害獣駆除の仕事

 季節は冬から春に向かおうとしている。山間部にも雪解けの季節は来るがそれは今ではない。地面が泥濘と化し行軍の足かせとなる前に黒ドワーフは動きたかった。

「我々は抑圧からの解放の為に戦っている」

 そう言う黒ドワーフだが、幾ら捻じ曲げようとも正義はない──

 ドワーフ王国の内戦は王国側が徹底抗戦の構えを取り、黒ドワーフは軍事攻勢を再開した。これにより膠着状態だった中部地方の戦線が動き出す。

 シュラーダーも黒ドワーフ支持の姿勢から国境封鎖計画を公表し揺さぶりをかけた。

 山間部で開墾に適した土地が少ないドワーフ王国。エルステッドから食糧が買えなくなれば民は飢える事になる。そうなれば幾ら長老達が継戦を唱えても、持久戦に持ち込まれれば痩せ我慢も続かない。

「王都さえ落とせば正統性は後から付いてくる。頭の硬い老人共には力を見せれば良い」

 ドワーフ王国は、国内の不満分子を焚きつけるには十分な土壌を形成していた。間接侵略の成功例である。

 王都に向かう街道は険しい山に囲まれたプキテマ盆地を通っていた。南下する黒ドワーフはここを避けては通れず、ドワーフ軍は兵力を集結させ待ち受けていた。


挿絵(By みてみん)


 この動きに対して黒ドワーフの指導陣は、シュラーダーからの援助もあり自軍の力を過信し楽観していた。兵力、装備、士気、戦の勢い。全て揃っている。

 本来ならシュラーダー領内を通過して一挙に中枢を制圧すべきだが、ドワーフ領内に戦場を限定するのは暗黙の了解だった。これは黒ドワーフ支援に派兵されたシュラーダー義勇兵にも適応されている。

 限定され田戦争の中で得られた機会。

 相手の野戦軍を撃滅する事が古来からある戦争の単純な終わらせ方である。

「わざわざ巣穴から出てきてくれるとは好都合だ」

 ドワーフ軍は山岳戦闘に長けておりシュラーダーに対抗してきた。同じドワーフ氏族としてその事を知っていた黒ドワーフにとっては、抵抗戦力を捕捉撃滅する好機だった。だが窮鼠猫を噛むと言い、追い込んだつもりの敵――袋の鼠が針鼠に成らないとは限らない。


     †


 ベーグルに呼び出された太郎。取り巻く状況の変化を受け迎撃作戦への参加を下達された。

 ベーグル本社に続く街道をグレイス達を乗せた軽トラックが走っている。

 拡張・整備された道は部隊の迅速な展開を行えるだけではなく、民政に寄与し役立っている。

「ふぁぁ。あの馬鹿、何してるんだ?」

 あくび混じりのグレイス。目が充血している。

 太郎が抜けた後も、仲間達は図書館で引き続き調べ物をしていた。

「居なくて寂しいですか?」

「まさか」

 揶揄したミーナの言葉に顔をしかめるグレイス。実戦経験はあるが、グレイスから見て太郎は男として頼れる者ではない。うじうじと愚痴ばかり洩らす所が男らしく無くて恋愛対象として見れない。

「わざわざ呼び出してくるから面倒くさいと思って」

 図書館の閉館時間後は、宿屋で書き写したリストを整理し夜更かしをした。

「とりあえず、後で一発蹴っておくか」

 今日も朝から調べ物の続きと予定していた。慣れない調べ物で疲労が取れていない。

 太郎から装備一式を持って集合するよう指示を受けた事に問題はないが、気分的にむかついていた。

「山田さんの仲介でお仕事をいただいてますし、それは諦めてください」

 グレイスの言動から察する物があったが、仕事の関係だけだと割り切っているミーナは肩をすくめた。

 迎えの軽トラックはベーグルの敷地へ入る。風が肌を刺す様に冷たい。

「あー、何かあったのかな」

 ミーナ相手に文句をたれるグレイスとは対照的に、クレアは興味深々と周囲に視線を向けていた。正門から慌ただしく軽トラックが出入りしている。

 排気ガスと軽油の臭いが充満していてペピが咳き込む。

「大丈夫?」

 クレアが背中を擦ってくれる。

「すみません。まだ乗り物には慣れてなくて」

 布切れで口元を拭いながら礼を述べる。

 日本人は排他的でベーグルの敷地に余所者を入れる事は少ない。中央指揮システムを一式、丸々持ち込んでいるわけではないが機密も多い。調査員は目立つ事を好まれず、現地採用の者は外で打ち合わせをする事が多い。

「ま、こう言う機会でもなければ入る事も少ないな」

「ええ、そうですね」

 杖を磨きながら応じるミーナ。

 奥に行けば、グラウンドにこれまで見た事の無い数のヘリコプターが駐機していた。

「厄介事を押し付けられる、か」

 熱気渦巻く戦場の空気を感じたグレイスは眉間にしわを寄せる。

「ま、行けばわかるよ。はい行こう、行こう」

 停車した軽トラックから飛び降りる。

 装備一式を持って来いと言う指示に、薄々予感させる物はあった。大規模な作戦行動を予想させる空気に、パーティーの面々も気を引きしめた。

「黒ドワーフが攻撃再開したのは知ってると思うけど、魔王の調査は一先ず置いておいて、俺たちも迎撃に参加する」

 あてがわれた部屋で太郎から説明を受ける。

「うん、だいたいそんな話だとは思ってたよ」

 これまでの郷土防衛隊との関係を考えれば不思議ではない。

「で、正面切ってやりあうのか?」

 正規軍と肩を並べて戦うには、傭兵扱いの調査員は微妙な立場だ。パーティーによっては戦技の錬度も異なる。集団戦闘を想定した共同訓練も行っていない。

「俺達はプキテマ盆地には行かない。航空優勢を確保する為に竜の巣を叩くんだ」

「それは、また大仕事だな」

 グレイスは狩り甲斐のある強敵に不敵な笑みを浮かべた。

「出来るだろ。で、行動計画だが──」

 郷土防衛隊とベーグルの調査員がヘリボーンで敵後方に移動する。独立した遊撃隊としての行動だ。

「パーティーはチームワークだ。頑張っていこう」

 太郎は締めの言葉を言うがグレイスは聞いていない。隣のミーナに話しかけていた。

「航空優勢って何だ?」

「頭の上を敵の飛竜が飛べない状態に持ち込む事ですよ」

 ペピは太郎が剣や槍の類いを持っていない事に気付いて尋ねた。

「山田さんの武器は何ですか」と問われ吊り提げていた64式小銃の負い紐を軽く持ち上げた。

「これだよ」

 火器を装備しない軍隊では威力がわからない。実戦経験を積んでいないと判断される。魔導師の方がよほど頼りになると思われた。

「威力を見せて貰えますか?」

 ペピ自身、郷土防衛隊の頃に日本人と接した事があるので威力は知っているが、太郎の面子を立てる事で円滑なコミュニケーションをはかろうと言う考えだった。

「うん。外に行こう」

 太郎は笑みを浮かべた。待機所として与えられた外来宿舎から外に出て、100メートル先に空き箱を並べる。パーティーの他の面々も暇潰しに付いてきた。

「お前さっき何か言わなかったか?」

 ふとグレイスは思い出して太郎に話しかけた。

「言わないよ」

 聞いてないからと太郎は内心で付け加える。

 射撃訓練の射場は別棟にある。射撃の安全管理はうるさい。適当な場所で空き瓶を射つと言う事は許可されない。流れ弾で怪我人が出ることさえあるからだ。

(派手なデモンストレーションの方がこいつらも納得するだろうな)

 射場の責任者に交渉して標的の前に空き箱を並べた。

 決められた場所で安全管理に従って射つなら問題ない。

 銃声が響き木片を撒き散らして箱が砕けた。並べられた空き箱が全て砕かれるまで1分もかかっていない。

「やっぱり銃は凄いね」

 弓やクロスボウを扱う者程、銃の威力を理解した。連射できるだけではなく威力も大きい。精強な剣士の腕前を持っていても銃の前では無力。熟練した兵でなくても扱える武器と言うのも大きい。

「山田さん、凄いです!」

 ペピも実際に見る射撃速度と威力に納得しながら、過剰に称賛する。

 その言葉に、自慢の玩具を見せたような表情を浮かべた太郎。 

 凄いのは山田の腕ではなく日本人の武器。その性能だとペピも理解している。

(うーん、お母さんの言った通りなんだ……)

 男を上手く乗せるには「そうなんだ~」「凄いです」等を多様するのが良いと教えられていた。

「上手く乗せたわね」

 ミーナが移動中、ペピの耳元で囁いた。銃の威力についての話だ。

「ばれました?」

「あの人は気付いて無い様だけど」

 前を進む太郎の背中に視線を向けてミーナが頷く。

「気持ち良く仕事して貰いたいじゃないですか」

 チームワークは、グレイスみたいに罵倒して蹴れば良いと言う物ではない。

「そうね」

 ミーナはペピの考えを肯定する。

 銃の威力を見せられた所で移動したのは屋外射場。用意されていたのは91式携帯地対空誘導弾と84mm無反動砲。

「これを私達が?」

「そう。全員に使い方を覚えて貰うから」

 竜の皮膚が頑丈なのは全員知っている。剣や魔法では倒すのに苦労をする。今回必要なのは火力と早さだ。

 現地人にも近代火器を扱わせると言う決断は物議を醸すが、これは不正規特殊作戦の一環であり表には出ない。管理を徹底すれば良いだけだ。

「では皆さん、安全管理と事故防止に気を付けてよろしくお願いします」

 教官、助教としてベーグルの社員がそれぞれに付き、射撃予習、射撃を経て襲撃訓練が始まった──


     †


 群生する稲科植物。どこにでも繁殖するこの植物は花粉症の者には天敵だ。花粉よりも風に乗って血と汗と垢にまみれた体臭がする。

「野蛮人め」

 声を出したのは稲の根本に伏せていた若いドワーフ。顔にはファネボウ製のドーランが塗りたくられており、個人偽装網に縫い付けた布切れなどで自然に溶け込んでいる。敵の接近に伴い偵察に出ていた斥候班だ。

 巧妙に偽装された監視所から覗く視線の先には街道上を南下する軍勢が見えた。

 足音も高々と響かせ同道と行軍するのは黒ドワーフ軍の先鋒で軽歩兵400、弓兵150、騎兵80からなる。輜重兵の類は見受けられない。後続の本隊に随伴していると考えられた。

「なんて事をしやがるんだ!」

 怒りと侮蔑の感情を沸き起こした源は、先頭を進む捜索騎兵にあった。

 もぎ取った首が誇らしげに槍の穂先に突き刺さり掲げられている。敵を畏怖させ味方を鼓舞する目的だとしても過度な残虐行為は復讐心をたぎらせるだけだ。

 爆音が聞こえた。傍らにいた部下が声をあげた。

「始まります」

 空から降ってくる様に急降下した黒い物体――方面航空隊のAH-64Dアパッチ攻撃ヘリコプターが黒ドワーフ軍の先鋒に襲いかかった。

 機動性でアパッチに劣るが、UH-60Bからも5.56mm機関銃の射撃音を唸らせ死のシャワーを降り注いだ。

「いだっ、俺の腕が!」

 叫び声をあげる敵兵。武勲を上げ様と意気揚々だった騎士、無理やり徴兵された雑兵問わず弾は襲いかかる。魔導師を伴っていない為、敵の防空能力は低い。

「よしよしよし!」

 一方で観戦していた斥候は戦果に爆笑していた。

(お前らはやり過ぎたんだよ。あばよ、お猿さん)

 人体が肉の断片として吹き飛ぶ姿は凄惨で、屠殺場を凌ぐ血の臭気だ。確かに刀剣類や魔法で生まれた死体は見慣れていた。しかし銃火器の威力は味わうのが初めてだ。熟練兵ですら嘔吐感を感じた。

 攻撃はこれで終わらない。 戦勢を制する為に、今回侵攻してきた敵は完膚無きまでに潰す。

 土煙で何も見えなくなるほどの銃撃だった。

 煙が収まると、伝説のハンバーガーヒルの様に人体がぶちまけられ、色鮮やかな光景が広がっていた。濃厚な血の臭気が漂ってくる。

 雄叫びをあげドワーフ軍の騎兵が黒ドワーフ軍に突っ込んで来る。 鍛え上げられた兵士達だったが不意を突かれ動揺が走る。

「隊列を組め!」

 生き残った将校が部下を掌握しようと指示を出すが間に合わない。馬蹄の響きが地鳴りとなって聞こえてきた。

「弓隊放て!」

 指揮官の掌握出来る範囲は知れている。電話や無線機があるわけでもない。伝令を通して命令を出す為にタイミングが遅れて、ばらばらと矢が放たれる。

「糞……」

 倒れる数よりも迫ってくる敵の方が多い。突撃破砕は失敗だ。

「構え!」

 歩兵は槍を構えて騎馬の突撃に備える。普通にぶつかれば、騎兵はミルフィーユの様に組んだ歩兵の隊列に勢いを吸収され動きを阻止される。

「敵の勢いはいつまでも続かない。戦列を崩すな!」

 盾を踏み砕く馬蹄の圧力。勢いは止まらず数名が巻き添えを食らう。騎手を囲んで討ち取りたいが向かってくるのは1騎だけではない。

「何だあれは……」

 砂塵を巻き上げて馬に続く物体があった。突破口を閉じようと向かう兵士達。その前に立ち塞がった物体から何かが放たれた。

「うわっ!」

 熟した果実の様に撒き散らされる人体だった物。魔法でさえここまでの被害を生まない。強いて言うならば風の刃に近い。

 その正体は郷土防衛隊の軽トラック。車載の7.62㎜機関銃を撃って突破口の維持に当たっている。

「小隊長、支えきれません!」

 下士官の報告に眉をひそめる。

「分かっている」

 機動打撃の騎馬は、空からの攻撃で壊滅。唯一銃に対抗できるかもしれない弓兵も多くを失った。

「後退しましょう!」

 反撃は元より、支えることもできない。

「だが……」

「ああ」

 決断を下す前に側頭部から侵入した7.62㎜NATO弾が、指揮官の頬から突き抜けていった。弾は脳をシェイクしていき即死である。

「小隊長! 糞……」

 襲撃に当たった機数は2機のAH-64D、3機のUH-60と少ないが空から叩いた心理的効果は大きかった。中古の軽トラックも効果的に動いてドワーフ軍騎兵100の突撃を支援した。

 隊列に切り込んだドワーフは収穫祭の様に敵の首を切り飛ばして行く。

 部隊の自動車化では数を揃えるのが第1だ。生産ラインをそのまま使用できるので企業の受けも良い。

 車輛に固定された7.62mm機関銃は凶悪な武器だ。12.7mm重機関銃に威力で劣るが人体を破壊するには十分だ。兵力差を物ともせず、ボロキレ所か肉の断片に変えていく。

 黒ドワーフ軍の兵は尖兵を任されるだけあって優秀な武人達だった。だが異なる時限の兵器を相手にするには能力不足だった。人生のすべてがこの一撃で打ち砕かれて行く。

「畜生、味方の飛竜は何をしているんだ!」


     †


 ベーグルのヘリコプターが二機、樹海の木々をかすめる様なNOE飛行で移動している。UH-60。ブラックホークの愛称で知られる機体で、特殊作戦仕様のMH-60程ではないが積載量と航続距離は十分な性能を持っている。

 ドアガンナーの機銃手が5.56mm機関銃で警戒する中、樹海の切れ目に着陸する。飛び降り散開する人影。

 降り立ったのは郷土防衛隊とベーグル調査員の混成ティーム。樹海へとその姿を消して行く。

 時刻は深夜。高山植物の一種であるケシ科の花が色鮮やかに咲き乱れている中、草花を踏み分けて進む太郎のパーティー。山育ちのリーゼが先導して先を進んでいる。

 狩猟の経験から追跡者としての技量は一流だ。ケシが薬草に使える事も知っているが、今は先を進む事が優先される。

 84RRやP-SAMは携行していない。重量物の装備を最初から運んでの移動は負担が大きい。目標の手前で空中投下され回収される。

 後に続く郷土防衛隊のティームも、太郎達も顔を黒色のドーランでフェイスペイントしていた。黒ドワーフに偽装した物だが、太郎は馬鹿らしさを覚えた。肌の色を偽装しても身長などから人種の違いはわかる。

「ふぅ……」

 ビニール袋に入れた地図によると竜の巣は近い。

 この地域での襲撃にベーグルから参加するメンバーは太郎のパーティー。他の調査員達も、こことは離れたそれぞれの攻撃目標に分かれ行動している。

 ヘリコプターで直接行かないのは爆音で攻撃意図や位置が察知されるのを警戒しての行動だ。

 日本の都市部で、車が行き交い音楽や様々な騒音がする昼間でもヘリコプターの爆音はよく響き渡る。この世界では更に目立つのは間違いない。

(何だかんだと言って体力付いたな)

 歩く事が多い生活を過ごしていると脚力、持久力が向上した。

(しかし――)

 お腹に手を当てて一向に減らない皮下脂肪に苦笑を浮かべる。

(痩せない物だな)

 太郎は自分でも驚くほど気持ちに余裕があった。エルステッドの経験から、敵を殺す事に慣れ無いと心が壊れると学んだ。そして今回の任務で自分が死ぬとは考えていない。

 万が一死亡した場合、自衛隊では残された遺族への手当が期待できないから生命保険を満口で二社入る事が薦められている。ベーグルの場合は会社との契約と言う形で家族に対価が支払われるとなっていた。

 戦闘の馴れが太郎から恐怖心を麻痺させている。

 装備の回収を経て小一時間程歩いた。距離にして7Km程。

 リーゼが片手を上げた。パーティーは移動停止し山田は前に行く。竜の巣が見えた。

「到着だな」

 自然界の竜は崖や木の上、洞窟など敵の脅威が低い場所を巣に選ぶ。地形防御を考えた拠点の設営を本能でやっているのだ。

 一方で、人に飼育された飛竜の巣は人の事情で設営されている。

 今回の黒ドワーフが動員した飛竜はシュラーダーの義勇兵が持ち込んだ物で、実質的なシュラーダー軍だった。

 茂みの中を進む。

 松明の灯が宿営地を覆っている。夜襲警戒の歩哨の数は少ない。動物園の様な糞尿の臭いがする。竜の物だ。

「偵察情報通り警備は緩いな」

 そう言いながらも緊張から体が熱を帯びていた。

「こっちが空飛んで攻めてくる何て考えてないんだろう」

 エルステッドの戦闘経過は伝わっていないはずがない。

 ドワーフ王国で日本人は表に出ず、郷土防衛隊などを教導し支援に徹してきた。その為、脅威としての認識が低かったのだと考えられる。

 日本人は戦争の原則を守り、敵の裏をかいた。

「さあ、始めよう」

 携帯SAMやRRを持って黒ドワーフ軍の宿営地に接近した襲撃ティーム。

 歩哨は全員倒す。逮捕術等は習っていないし捕虜は必要ではない。

 竜の寝床は屋根こそ無いが柔らかい草が敷き詰められており、竜に気を使われている様子が伺えた。本来なら竜の疲れを癒す為に、もっとしっかりとした寝床を準備したいが転戦の連続で恒久的宿舎を築く余裕が無い。

 足音を殺し近付く太郎の顔に、竜の生臭い寝息がかかる。

「寝てる姿は可愛いのにな」

 起きてる飛竜は一対一で対峙したくはない。基本的に夜目が効かず寝ているから良いが、昼間なら恐ろしくて巣にも近付けない。

 空爆を行えば簡単にけりが付くとわかっているが、航続距離の関係からドワーフ王国は空自の傘に入っていない。

 仮想敵であるシュラーダーに手の内を見せる必要もない。

「何言ってるんだ。幼竜も見つけ次第殺せよ」

 太郎の呟きにグレイスが剣先で頭を小突きながら言った。

「わかってるさ」

 竜は警戒心が強い。だからと言って、寝込みを教われて対処が出来るほど無敵の存在でもない。機会は活かす物だ。自分達は動物愛護団体でもないし、哀れみをかけていたら仕事にならない。

「固定解除、活性化……」

 二人懸かりで準備するP-SAM。対空火器として使用されるだけの事はあり威力は、一般的な魔導師の力を凌駕する。竜退治には事足りると考えられた。

「ぶっ飛ばしてやれ」

 肩にかかる重みが軽くなり爆発音と共に吹き飛ぶ飛竜の頭部。竜の皮膚が固く生命力が高いと言っても高等生物の中枢神経は頭部に集中している。頭を潰されれば活動限界を迎える。

 口笛をあげるグレイス。

「大したもんだね」

 攻撃を合図にしたように各所で火の手が上がる。

 眠っていた竜は至近距離からくらいことごとく殺害された。勿論、竜騎手の待機所も標的に入ってる。

「敵襲! 敵襲!」

 黒ドワーフの兵は、火の手に覆われた状況に混乱して右往左往している。消化用バケツ等と言った気の利いた物を用意していない。

「バソ・ミザキ・バソ・ラ・ナル・ベタ・ヨ・イオ・オンブン・エハ・ンド・ウ」

 ミーナが詠唱をして敵兵に氷の矢を放った。空気中で飛翔しながら成長する氷の矢は騎兵の槍に匹敵する衝撃力だ。

 地面に縫い付ける様に串刺しにされた兵。瞬間的に死ねる者は幸せだ。剣や槍で殺される者は苦痛を持って死んで行く。

 仕留め損なった生き残りが向かって来る。太郎も小銃を構え敵を倒す。

 奇襲成功の要因は、戦線の後方と言う事で敵に油断があった事を上げられる。20名ほどによる奇襲にしては戦果は十分。竜は飛び立つ間もなく地上撃破された。敵側に生存者は無し。

 血と油で槍を染めたグレイスが近付いて来た。

「やったな」

 燃える炎に照らされたグレイスの表情は明るく、機嫌良さそうに笑い声を喉から漏らしていた。普段、屑だと罵っているが良い仕事は評価する。

「ああ、成功だ」

 応じる太郎も任務成功に笑みを浮かべている。任務の達成感は、ゲームをクリアした様で心地良い。

「帰ったら魔王調べか?」

 グレイスがそのまま聞いてきた。

「そうだよ。仕事の都合はつくのか?」

 パーティーメンバーは副業を持っている。傭兵は仕事がいつもあるとは限らない為、任務の無い月には収入が無くなる。その為に稼げる時には稼ぐ。

 ベーグルは拘束時間や任務の範囲が明確という事で、副業がやり易いと言えた。

「ああ、問題ない」

 魔法や戦技の普及教育を郷土防衛隊で助教として行ったり、小遣い稼ぎの用心棒など様々だ。

「皆は?」

 太郎の問いにそれぞれ肯定的な反応をする。

 ベーグルに登録することで、仕事の掛け持ちも広がる。とはいえ戦闘任務や長期の任務がある為健康管理を怠れない。よく寝てよく食べる事が体力回復に繋がる。

 そして攻撃を成功させた襲撃ティームは、迎えのヘリコプターに載って悠々と引き揚げて行った。戦闘の喧騒が静寂な夜の闇に響き渡り、敵の応援が駆け付けたとしても残るのは焼け焦げた宿営地と死体だけだ。

 この後、太郎達は元の雑務である魔王に関する情報収集に復帰する。

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