12 調査員募集
『簡単なお仕事、経験は一切要りません』
とある昼下がりの午後。肩で切り揃えられたプラチナブロンドの髪を風になびかせ、チラシを片手にした少女が喫茶店で考え込んでいた。お茶を楽しむと言う風情ではない。表情には気だるい物が漂っており、店員も興味本意から時おり視線を向けている。
少女の名はペピ。ドワーフ王国南部、ラブラドール氏族の治めるヘイトクライム出身で歳は19。ドワーフらしい冒険心から王国の郷土防衛隊で野戦魔導師をしていた。ドワーフで魔導師と言うと、他国から来た人間は意外な顔をするが珍しい物でもない。
ペピにとって問題は他にある。ドワーフ特有で小柄な体型が身の危険を引き起こすのだった。
他種族から見てドワーフは一般的に保護欲を掻き立てるのだが例外が居る。ある種の人間には危険な反応を引き出す。幼児性愛等特殊な思考を持つ者達だ。
今回は傭兵上がりの上司に関係を強要されて退職し新しい仕事を探すはめになった。
(まったく。実戦経験者だと言う割に、普通、人を見た目で判断する? それでよく傭兵だと……)
自分の体型にはコンプレックスを持っており、思い出しただけで腹がたつ。
勿論、退職前にそれなりのお礼はさせて貰ったがそれ溜飲が下がる訳ではない。
「ふぅ――」
溜め息を吐いてティーカップを一息に飲み干す。淑女にあるまじき行為に再び視線が集中する。
舌打ちをするペピ。自分は子供ではない。
魔導師と言う技能を活かせば引き手数多、仕事は幾らでもある。それに現在の蓄えは切り詰めれば1年は持つ。職探しに無理をしなくても良い。
(何も考えず刹那的に過ごすなんて馬鹿のする事。結果が人生のすべて)
ドワーフと言えど人生は短い。努力をせずに、ただ老いていくのは我慢ならない。だからこそ真剣だった。
「ふーん……」
チラシに書かれた職種は調査員。仕事内容は、依頼された事案を調査する内容。日本人の下請けで安心となっていた。
雇用形態はアルバイト。給与の他に危険手当て等もある。
今の時代、雇用情勢を考えれば日本人の下請けを出来る事は勝ち組と言える。
未経験者歓迎は、仕事を求めていたペピにとって有難い。
(だけど──)
気になる文字が踊っている。
『※戦闘の出来る方、歓迎』
最近の情勢では、街を出れば盗賊や反乱軍など危険は幾つでも転がっている。
普通は傭兵を雇ったりするが、日本人の警護任務は自前の傭兵団が行うと知っていた。アニマルコマンドーやベーグル・コーポレーションがそれに当たる。
(彼らの戦闘力は高い。わざわざ日本人以外を募集して、戦闘もある仕事……)
単純な施設警備や輸送警備では日本人同士で人手は足りる。
『まずはお気軽にお問い合わせ下さい』
人生は短い。何事も挑戦だと言う。
文面に後押しされ決意した。
「よし!」
小さく呟いて履歴書の作成に取り掛かった──
†
3週間前、2年間続いたエルステッドの内戦が終結し世界を取り巻く情勢が激変した。
物事には裏の側面もある。シュラーダーの不安定化工作は失敗したと言うメッセージも込めて、ヨヨであった戦闘は虐殺を含めて喧伝された。狙い違わず警鐘として十分にシュラーダー側に伝わった。
自分達のしたサポタージュ活動をエルステッドがやらないとは限らない。エルステッドとの対決を予測したシュラーダーは喉元に突き刺さったトゲであるドワーフ王国の併合を加速させる。
地理的にドワーフ王国は細長いサツマイモの様な形状をした国土で、周囲はシュラーダーの連邦に加盟しており囲まれていた。今までも国土を脅かされる事もあったが、山岳地域と言う地の利を生かしたドワーフの戦術が勝り撃退してきた。しかし事態は急変した。黒ドワーフの反乱である。
ドワーフ王国には6つの氏族が存在する。ダックス、ラブラドール、ヨークシャー、ハンプシャー、黒ドワーフで知られる褐色肌のパークシャー、赤毛のデュロック。
パークシャー氏族の内、新興勢力であるイベリコ氏族はドワーフ愛国戦線を結成し、王国に反旗を翻した。この反乱軍はシュラーダーから武器援助を受けており、軍事指導の面からも管理下にあった。
エルステッドでの反乱軍壊滅はドワーフ愛国戦線への援助を加速させ、シュラーダーから義勇兵が送り込まれ戦力を増強した。外交的にもシュラーダーは国境を封鎖しドワーフ王国への物流を止めた。
準備の整ったドワーフ愛国戦線は、隣接するハンプシャー領を瞬く間に併呑、シュラーダーの傀儡政権が誕生した。
占領地では虐殺、暴行、略奪、焼き討ちが行われている。不満分子狩りによって民衆にも死者が続出していた。
同胞に裏切られる事を予期していなかったドワーフ王国は国土の半分を反乱軍に奪われつつある。ドワーフ王国存亡の危機であった。
「同胞や誇りを売り払ってシュラーダーの飼い犬になったイベリコは、ドワーフの恥さらしだ。このまま膝を屈するなどあり得ぬ」
ダックス氏族の長は広い額に汗を浮かべながら怒りを露にした。他の長達も心情は同じだ。
王国を名乗っているが、ドワーフ王国は王族が治める国ではない。各氏族の長が話し合いによって共同統治していた。
集団の輪を乱すどころか自分達の生命・財産を脅かしている。
「少々、奴等は調子に乗っている様だ。あの馬鹿げた提案に他の氏族が従うと本気で考えたのだろうか」
送られてきた書状。黒ドワーフは、自分達がシュラーダーの傀儡であるにも拘らず軍門に下れと言ってきた。
「ドワーフの矜持に賭けても従う事は出来ない。皆もそうであろう?」
ラブラドール氏族の長は上品で優しげな風貌をしているが鷹派のドワーフとして徹底抗戦を唱えた。
エルステッドは、シュラーダーに対抗する勢力に好意的で予てよりドワーフに接触し支援していた。今回も苦境を聞き義勇兵を送り込んでくれていたが、それでも人手は足りない。
「ですが正直、敵が我が方に対して戦力的に優勢なのは事実です。義勇兵や徴兵だけでは焼け石に水。思い切って、日本人に援助を求めてはどうでしょう」
若い評議員の言葉に長達は視線を合わす。
「日本人か……」
エルステッドでの反乱軍鎮圧の手腕を聞き及んでいる。
藁にもすがり付く思いでドワーフ王国は、日本人に対し軍事顧問の派遣、直接戦闘の参加などを求めた。
見返りに、ドワーフの提供するレアメタルは高純度で日本人を満足させる物だった。
反乱発生から1週間目。日本人の動きは早く、新たにベーグル・コーポレーションがドワーフ王国に於ける下請け会社として設立された。
今回も例によって日本政府は関係無いと言う建前だが、主だった管理職の席はアニマルコマンドーから移籍と言う形で占められている。
アニマルコマンドーの一般隊員は、ドワーフ王国での新規契約に伴いをベーグル・コーポレーションが勤務先として紹介された。
「会社の名前が変わっただけだよな」
ベーグルに移る太郎達は契約書の写しを見ながら話した。暇過ぎて3回は目を通している。
伊集院が寒そうに方をすくめ、周りを見渡して言った。
「給料や面子も代わらないみたいだし、そうかもな」
ドワーフ王国でベーグルの行う業務は、叛乱軍の掃討を行うドワーフ軍の教導と支援。エルステッドと変わらない。
ドワーフ防衛協会(DDA)の指揮下で正規軍であるドワーフ自由戦士団(DFF)やエルステッドからの義勇軍(EVF)と共に戦う郷土防衛隊が組織され、ここでベーグルから送られた日本人達が働く。JTFと同様で現地人が主力となる。
通されたベーグル本社の会議室で太郎達は説明を受ける。会社概要と事業内容、企業理念、現地情勢、今後の方針。
「諸官は郷土防衛隊ではなく調査員として活動する」
郷土防衛隊での勤務を予想していた為、ざわめきが起きる。
「英雄願望はいらない。現地に溶け込み情報や協力者を獲得するのが主な任務となる」
半民半官の様な立場のアニマルコマンドーだったが、今度は個人として行動する。
日本人の仕事は日本人の口利きでないと得られない。その状況を作り、現地の冒険者の間に仲介人として潜り込む。
「この方法だと使える人材が確保できるからな」
使用する貨幣、慣習など座学で学ぶことも多い。
「こんにちは、こんばんは、おやすみ、さようなら、はい、いいえ。これぐらいは使えるように成れ」
高校卒業してから学習は学生時代を思い出させたが、新しい言語の教育は頭がパンクしそうだった。
「貨幣はエルステッドと同様、金本位制だ。魔法鑑定の出来る両替商を通さないと持ち込んだ貴金属、宝石類は裁けないから、活動資金がいる場合はベーグルで支給する。後は、自分達で地元商人に薬草や素材を売り込むのも手ではある」
眠気を誘われながら短期集中教育に耐える。
「こっちに日本から来るのだって、ワームホールがどうのと言っていたが俺達の頭では理解できんな」
太郎の言葉を否定できず苦笑する伊集院。
講習の最後に、求人リストから配属希望先を決めるよう指示をされた。
「これからお前達が仲間として付き合っていく相手だ。慎重に選べ」
伊集院や井上とはここで別れる事になる。
「外出制限なんて無いし、休みが合ったら飲みにでも行こうぜ」
アニマルコマンドーの頃は宿営地から私用で外出する事はなかった。任務で外に出るだけの状況を考えると、自由度が拡がった。
「良いけど、俺達の口に合う物が見つかるかな。変な物食って食中毒何てごめんだ」
「お前は潔癖症かよ。外れを引くのも楽しみの内さ」
そう言いながらもリストを捲る3人の目は真剣だ。異国の地で、自分達で考え行動する。
(どうせなら出会いが欲しいな)
太郎は求人リストの中から、女性ばかりのパーティーを下心で選んだ。ベーグルが事前に候補を絞っているので身元や技能も確かな者ばかりだ。
「お願いします」
「はい」
求人用紙を受け取った人事部の担当者は淡々とPCに入力し手続きを終える。
「詳細は2課の森島課長から説明があります」
ベーグルから受けた仕事は地元商工会議所の依頼で、街道を脅かす盗賊団を掃討参加していた。
戦争のどさくさに紛れ、地方では脱走兵や傭兵崩れの盗賊が暴れていた。軍は反乱軍との戦争、自警団も都市部の治安維持で手が一杯。そこで仕事がまわってきた。
「簡単な仕事だ」
説明を受けて賊相手なら楽な仕事だと太郎自身も納得した。伊集院や井上達も新しい任地に向かう。
太郎も新しい仲間となるパーティーに引き合わされ、任務をこなしてる内に2週間が過ぎた。
†
今回の以来は盗賊討伐の協力。太郎達は幾つか警戒陣地の一つを襲撃する。
「郷土防衛隊の協力が任務になる。さくっと終わらせて帰りましょう」
太郎の言葉にパーティーの反応は様々だ。
主力部隊はヘリコプターでやって来る。降下に先駆けて着陸地域の安全確保する為に警戒陣地を叩いた。空自の空爆は無料ではない。賊の討伐には高価過ぎるので調査員の出番となる。
街道を見渡せる丘陵地帯の廃墟に敵の見張りがいた。ここから被害者となる獲物の動きを通報している。
「なんとかと煙は高い所が好きって言うな」
「何?」
太郎の呟きに隣に居た戦士が反応する。獣皮に似た体臭をさせた女性で、貴婦人の様に香水や宝石で着飾るタイプではない。女らしさより闘争を好む人物だ。
「ううん、何でもない」
「ふん。気を引き締めろよ山田。お前はどこか抜けてる所があるからな」
太郎がこのパーティーを組んで4回目となる任務。この以来はパーティーの連携を高め経験稼ぎになる。
「じゃ行くよ」
苦笑いを浮かべ、物売りの格好をして太郎は坂道を進む。雪が積もっていて滑りやすい。
かつては古城か舘があったようだが、戦禍に見舞われ城壁以外は焼け落ちている。家主は代わり、現在は盗賊の見張りが詰めている。
門の前に居た見張りが気づいて近付いてくる。
「ん、物売りか?」
物売りの格好を見て警戒していないようだ。携えた剣先は地面を向いている。
「はい。どうですか旦那、これ何てお気に召すかと……」
太郎は背中に背負った荷物を下ろし、商品を見せる素振りをする。
「どれ?」
肩越しに覗き込む見張りに太郎は飛びかかり組み敷くと短剣で沈黙させた。絶命する瞬間まで鴨が葱を背負ってやって来た位にしか考えていなかったのだろう、抵抗は無かった。地面に転がる錆びた長剣を手にすると、頭上に上げて制圧完了の合図する。
茂みからそれぞれの得物を持った仲間が駆けてくる。魔導師に剣士、弓兵。バラエティーに富んだパーティーだ。やる事は決まっており門から中に入るとお互い無言で別れた。
宿舎に使われているのは壁が比較的形を残している奥だ。賊は暖炉の周りで横になり休んでいる。
気配を殺して進んでいたが、廊下でばったりと敵と遭遇した。
(糞……)
酒に酔っているらしく千鳥足だ。
「う~何だお前?」
太郎は笑みを浮かべると、負い紐で背中に回していた小銃を胸の前に持って来て構えた。
「ん?」
唖然とした敵の顔。目の前に突き付けられている物が何か解らない。すぐに身を持って威力を体験する事になる。
「バイバイ」
乾いた銃声と表現される事が多いが、音は十分に大きい。銃声が鳴り響き敵が撃ち倒される。休んでいた盗賊の仲間は跳ね起きる。
「何だ、今の音は!」
食器を落し、荒々しく物音を立てながら駆け付けてくる。自分の位置を晒す敵の動きに太郎は呼吸音で笑った。壁越しに待機して近付いてくる敵を待つ。
敵の応援に連発で射撃を浴びせ無力化するまで時間はかからなかった。仲間も暴れ出した様で剣戟の音が聞こえる。血溜まりと肉塊が廃墟に転がって事後処理を待つだけになった。
「ううっ……」
死に切れない者に太郎は9mm拳銃を取り出して止めを刺していく。淡々とした作業を終え額に吹き出た汗を拭う。
「こっちは終わったぞ」
仕事を終えた仲間が集まってくる。廃墟に見張りとして詰めていた盗賊は全員、刺又は射殺された。
「了解。リーゼさん、無線機貸して」
「はい」
障害を排除したと携帯無線機で報告を入れる。
10分後には褐色の甲冑を着た郷土防衛隊の降下誘導小隊がやって来た。この後、主力が展開し盗賊団を一網打尽にすると言う計画だ。
「ベーグルの皆さん、ご苦労様です」
ベーグルの設立と同時に発足した部隊で、出向している日本人の影響もあり指揮系統の面から同一組織に近い存在だった。引き継ぎは端的に済ませる。
太郎達は本格戦闘の討伐に参加しない。目である見張りを潰すまでが依頼された任務だ。
「どうも。ここの掃除は終わりました」
「流石に早いですな」
会釈して答える太郎。
日本人は個人的武勲を誇らない。実際、破壊された都市や転がる遺体と言った目に見える戦果が証明になる。
「確かに引き受けました」
部下から遺体確認の報告を受けた小隊長は、太郎の書類に確認のサインをする。引き継ぎを終えた太郎は後を任せて仲間に声をかける。
「お疲れ。じゃ、帰ろうか」
瓦礫に座っていたパーティーの弓兵が立ち上がり服に付いた砂を払う。
「帰ったら酒場に行ってるから報告は頼むよ」
そう答えたのは壁にもたれていたグレイス。パーティーの前衛要員として活躍する剣士だ。初めの頃は太郎の甘さに「お前の様な兵士がよく戦場で生き残ったな」とからかわれたが、最近は口より前に蹴ってくる。いい加減、先輩面にはうんざりしていた。しかし太郎の口から出たのは「了解」の一言だけ。
都合良く使われているが口答えして蹴られるより、気持ち良く酒場に行って貰った方が穏便に済む。引きこもり時代から比べると、社会に折り合いをつけて過ごすと言う事を学んだ。
依頼の達成を報告するのは1人でも十分だ。郷土防衛隊の軽トラックに便乗させて貰い街へ戻る。
「うー寒……」
荷台で風を受け凍えていた仲間は、暖かい酒場に思いを馳せている。
†
タイヤを軋ませ停車する軽トラック。
「じゃお先」
「はい、お疲れ様」
下車すると手を振り、仲間は酒場の在る大通りに足を向ける。
ドワーフ王国の旧王都レイシスト。日本人がドワーフ王国の支援に当たり後方基地として選定しただけの事はある。安全な味方の勢力圏で戦禍は遠い出来事だ。
郊外には郷土防衛隊の訓練施設とベーグル・コーポレーションの本社が置かれている。城郭に比べると迫力に欠ける外観だ。入り口の警備員も剣や槍と言った軽装備だが、監視所に据え付けられた機関銃が侵入者を警戒していた。
「お疲れ様です」
顔馴染みとなった警備員に会釈し挨拶する。
「お疲れ様です。どうぞ」
警備員に身分証明書を提示して敷地の中に入る。
本格的な工事は進んでなく、プレハブの建物が立ち並んでいる。
恒久的な建物ではなく急造の建物である為、中はパテーションで区切られている場所もあればダンボールの壁が出来ている所もあった。
(開業して2週間とは言え、もう少し整理されないのかな)
本来、工場の拡張や倉庫に使う物で広さと天井の高さは十分に在る。しかし人と机で混み合い雑然としている。迷路に近い内部をお目当ての場所に行く。
「森島課長」
「ああ山田か、ちょっと待て」
書類に判を捺していた森島は太郎に話しかけられて顔をあげる。
「ここじゃ、落ち着いて話も出来ん。着いて来い」
通されたのは自習室のプレートの掲げられた殺風景な部屋。演出効果を狙っているわけではないが刑事ドラマに出てくる取調室の様な小部屋だ。
向かい側に座った森島課長に、デジタルカメラで撮影された現地の状況を見せながら説明する太郎。
攻撃準備、攻撃開始、敵の抵抗、陣地占領、事後の行動。
「──郷土防衛隊からの報告書は後から届くと思います」
「うん。ご苦労様」
森島課長は報告を聞き終わると、指令書を太郎の前に置く。
「次のステージに進めるな」
手に取り読み始めようとした太郎の視線が止まった。
平成25年度ベーグル・コーポレーション、魔王の調査に関する一般命令。1.伝承の確認と遺跡の調査。2.安全管理――
読み返して指令書を返す。
「質問はあるか」
1つだけと太郎は答え、森島は質問を続ける様促す。
「ここって、本当に自習室ですか……」
真面目な顔をした森島課長を前に、太郎は「魔王何て戯言は聞いてない。見てない」と話題を変える。
森島は太郎の質問を聞かなかった事にして話を続ける。
「ただの噂かも知れないが、事の真偽を確認するのも仕事だ。ここでは何があっても不思議じゃ無いからな」
上が魔王などと言う物を信じている訳ではない。
「神話や伝承には元になった実話や教訓が込められいる。魔王と言う単語も、古代の超兵器かもしれない。例えば、古代インドでは核戦争と思われる伝承がある」
神や魔物が存在するなら、歴史の表舞台に出てきていない方がおかしい。滅んだ種族、或いは失われた技術と言う可能性も考えられる。
「何だかオカルト本か似非科学みたいですね」
太郎の忌憚無い感想に森島は表情を緩めて言った。
「美女に囲まれた冒険。映画やゲームみたいで面白そうじゃないか」
「いや、美味しい事何て無いですよ。うちのパーティーは皆、個性が強いですから」
アニマルコマンドーからベーグルに出向しているが、外注雇用と言う複雑な雇用形態で生活する山田。訳がわからない任務でも仕事だ。
装備は日本から有償貸与された物で、入手した素材や情報の報奨からリース料金が引かれて支払われる。
「ま。冗談はさて置き、お前達の方が動きやすいからな」
日本と言う国が民間企業の体裁を採る事で活動する事は、国際的に見ても珍しい事ではない。
「はい」
米ソ冷戦時代、南アフリカの核開発協力やイスラエルへの無線機販売、台湾への旧軍人と言った人材派遣を民間の立場で行った。失敗した場合、当局は関知しないと言う不正規戦の基礎だ。
「あと、新人を連れていってくれ」
写真を見せられた。ドワーフ特有の、先の尖った耳が特徴的だ。
「元郷土防衛隊の野戦魔導師、ペピ。腕は確かだ」
現地採用のアルバイト。太郎の補助に当たる。
(ロリ婆ではないな。性格は大人しければ良いけど……)
パーティーの女性陣は一癖も二癖もある。女性優位な職場環境で、今以上に面倒な相手はご遠慮したい。
「手を出しても良いが、これを持っていけ」
紙袋を渡された。中にはコンドームの箱が入っている。
「えっ?」
どういう意味か太郎は尋ねたが、返ってきた言葉は端的だった。
「病気の予防だ。お前も男だ、何も無いとは言えんだろう」
女性との接触で病気を貰った者がいる。今の所、対処可能な範囲だが将来は分からない。日本に未知の病原菌を持ち込むわけにはいかない。
(そんな心配りいらねーよ。あの面子に手なんか出したら殺されるな……)
酒場で待っている仲間を思い出し身震いする。
「はは……」
乾いた笑い声をあげる太郎。ラノベの主人公ならフラグを立ててハーレムも夢ではないが、現実はそう上手く行かない。
「ま冗談はさておき、現地住民とのもめ事は避けたい。特に色恋沙汰など洒落になら無い。醜聞には気をつけてくれよ。以上だ」
性生活まで管理される事に溜め息を吐きながら、袋を受け取り部屋を後にする。
†
ペピとはPXにある委託売店の前で待ち合わせをしていた。長椅子に座って、杖の上で手を組んで顎を乗せて待っていた。事前に見せられた写真と合致する。
「ペピさん? 山田です」
立ち上がってペピも挨拶を返す。
「ペピです、お世話になります。よろしくお願いします」
第一印象はしっかりした子だった。部下になると言う事でさん付けは外す。
「うちのパーティーにはぺピと同じドワーフの魔導師が居るよ」
「そうですか」
PXで靴下や軍手、乾電池、ビニールテープなど消耗品を購入すると街へ戻る。
仲間と待ち合わせの酒場に向かい雑踏を歩く2人。蜥蜴やモグラの焼き物、コオモリの乾物を扱う屋台が果物の露店に並んでいる。日本人のお膝元であり自警団の他に郷土防衛隊が巡回をしている。一部を除いて治安は悪くない。
(こんな怪しい食材、日本では中々お目にかからないぞ)
田舎から出て来たおのぼりさんの様にあちこちに視線を向ける太郎。
「――それで、普段はどんなお仕事をするんですか」
「ベーグルから廻って来た仕事は何でもする。便利屋だね」
現地との仲介をするベーグル。そこから割り振られた依頼任務を達成する。
「この前にやったのは盗賊退治の協力、それに調査」
「調査?」
「うん、これが本業だよ」
敵対勢力の拠点を調べあげる。見張りはどこに居るか、人員はどれぐらい居るか、食糧や武器の備蓄はどこにあるか。説明を受けて偵察その物だとペピは理解する。
「へぇ、大変ですね」
無難に相槌を打つ。
ふいに罵声と泣き声が聞こえ話が止まる。顔を見合わせた。
魔導師は感性が鈍くては出来ない。周囲への注意力も高い。ぺピの視線がドワーフの子供達を捉えた。街路樹に黒ドワーフの子供が吊るされている。黒ドワーフへの偏見から来る差別と暴力だ。
眉間にしわを寄せ不快感を表すペピ。
(悪戯してお仕置きされてるみたいだな)
太郎は呑気に捉えていた。
「お前ら黒ドワーフはドワーフの面汚しだ。汚れた血め」
棒で何度も殴っている姿は遊びの範疇を超えている。しかし周りの大人は、一瞥して黒ドワーフだと知ると素知らぬ顔で離れていく。
黒ドワーフの全てが反乱に加わったわけではない。それはわかっていても、目の前に敵対氏族の出身者がいれば忌避するのは当然の反応だ。
「うちの父さんも言ってたぞ、お前らのせいで沢山殺されたって」
傷付ける事に暴力的な快楽を得ながら石を投げている。
「お前も俺達を裏切るんだろ!」
子供が端から見て馬鹿な行動をとる場合、問題は周囲の環境にもある。情操教育は親の影響を受けて発達する。善悪の判断は親を見本にしている為、驚くほど素直に動く。正義を信じて行う行為は楽しい。純真で残酷な遊びだ。
「くっ……!」
額が割れて血を流している姿が痛々しい。内戦が始まってから善良な市民であろうと関係無く黒ドワーフは迫害を受けリンチに遭っている。殺害される黒ドワーフも少なくない。
ペピが子供達の蛮行を制止しようと足を踏み出すが、太郎は彼女の腕を掴んで止める。
何ですかと言う視線に首を振って答える。
「黒ドワーフには散々な目に遭っている。彼らの憤りも分かるだろ?」
「それは……同じドワーフですから」
ぺピも否定はしない。
「それに異邦人な俺達が目立つ訳にはいかないんだ。今はベーグルの一員だからな、立場を忘れては駄目だ」
自分達は正義の味方ではない。目立たない活動が調査員には求められている。
「でも、やっぱり間違ってます!」
「周りの反応を見れば解るだろう。これが世間の考え方なんだ。黒ドワーフは敵。下手に騒ぎを起こすなよ」
ハードボイルドの小説に出てくる主人公なら気のきいた台詞も言えるのだろうが、太郎にはそれ以上の言いようが無かった。
後ろ髪を引かれる思いでペピは太郎に続きその場を後にした。
†
飲食店の立ち並ぶ一画に酒場が数店舗ある。昼間でも営業をしている事に疑問を浮かべるのは浅はかだ。
平日の昼間に飲酒していればろくでなしと言えるだろうか。答えは否だ。誰かが休んでいる時に誰かが働いている。
太郎達も日も昇らぬ早朝から動いていた。仕事が終わりに一杯飲んで誰憚る事があるだろうか。
「ここだよ。行こうか」
「はい」
ペピを促し酒場の扉を潜り中に入る。西部劇で注目される描写があるが、あれは普通の店でも同様だ。客の視線が太郎達に集中するが直ぐに外れる。
(こっち見るんじゃねーよ)
人見知りをする太郎にとって、他人から向けられる視線は不快感を与える。
客数は疎らだ。妙齢な美女が酒場の一角を占拠しているので直ぐにわかった。入ってきた男の客が視線を時々向けるが、鋭い視線を返されて声をかける者はいない。
(色気が無いな……)
娼婦でもあるまいし、二次元みたいに男の目を引き立つ格好はしていない。実戦を想定して動きやすい装備で肌の露出は少ない。鎧を脱いだ時に背中が空いたシャツを着てるぐらいだ。
鍛えられた大剣が壁に立て掛けられており、積まれた甲冑には染み込んだ血が黒い痕を残している。彼女らが戦いを生業にしているとわかる。
(君子危うきに近寄らず、か……)
周りに居る男達の心情を読み取り苦笑を浮かべる。
「お待たせ」
「おせえよ山田! 私を待たせるとは偉くなった物だな。遅刻した罰だ」
開口一番、グレイスに屑と罵られ脛を蹴られる。
「痛っ!」
グレイスは歴戦の傭兵だ。脂肪は戦いと鍛練の中で削ぎ落とされ胸は目立たない。鍛えられた脚力は、無駄なく太郎の足に青アザを作る。
「酔ってるな」
Mの素質がある者なら喜ぶ状況だろうが、太郎にその趣味はない。
「酔っても酒に飲まれる程じゃない」
グレイスの頬が赤らんでおり血中アルコール濃度の高さを悟らせた。
「はいはい、そうですか」
適当に返事を返しながら、上下するグレイスの胸当てを視界に入れて太郎は思った。
(巨乳の戦士なんてアニメかラノベだけだよな)
だが幼児体型の好きな太郎に隙はない。
(胸が無いのも中々……)
胸当てに隠された部分を想像する太郎。直ぐに打ち消すが、太郎の視線を敏感に感じ取った女性陣の目が冷たい。
「何かしら。邪な気配を感じるのだけれど」
クレアが剣柄を鳴らす。
「奇遇ですね。私も魔導師の感が告げています」
クレアに同調してミーナが机の下から杖先で太郎をつつく。
「あはは……」
クレアとミーナの言葉に乾いた笑いで誤魔化そうとする。グレイスの耳に入ったら半殺しにされる。
美女ばかりに囲まれたパーティー。男のロマンの1つではあるが、太郎に主導権はなく女性陣の尻に敷かれっぱなしだ。
(創作の主人公はもてるが、それを期待しては自意識過剰か)
飲み会によるコミュニケーションは万国共通だが、水の感覚でワインを飲む相手では打ち解けるのにも努力がいる。
「それで、そちらの娘は? 見た所に、私と同じ魔導師の様だけど」
太郎の背後で控えていたペピに視線を向けミーナが尋ねた。ペピは頷き杖を軽く掲げて答える。
「はい、ペピと申します。攻撃より治癒が専門です」
「治癒が出来るのは有り難い。便りにしてるよ」
太郎は笑みを浮かべてペピを持ち上げる。
「山田より期待してるぞ。それと、この変態には気をつけな」
グレイスが太郎を一瞥してペピに告げた。
「クレアさん、クレアさん」
太郎は足を擦りながらパーティーの年長者であるクレアに囁きかけた。
「グレイスが俺を苛めます」
年長者であるクレアの言葉にはグレイスも耳を傾ける。
「ふふ、本当の事じゃない。何か困る事でもあるの?」
意地悪く、からかい混じりに答えるクレア。
「勘弁してくださいよ。親愛どころか、あいつの蹴りも言葉も痛いんですから。パーティーは助け合う物でしょう?」
テンプレ的な作品なら目から汗がとでも表現するのだろうが、実際に硬い靴で蹴られているのは太郎だ。足は内出血確定、心は傷だらけだ。
空いてる椅子をペピに勧めていたグレイスが囁く太郎に視線を向ける。
「あん?」
「何でもない」
そう答えながら隣のテーブルから椅子を持ってきて座る。
(面倒な女だな)
「玉無しが」
グレイスの嘲笑に眉をひそめる太郎。太郎にも男の矜持がある。相手は確かに自分より経験豊かだが、馬鹿にされ続け怒りを感じていた。
(いつか殺してしまうかも……)
太郎の纏う剣呑な空気を感じとり、矢尻を磨いていたリーゼが顔を上げて助け船を出してくれた。
「お遊びは止めて仕事の話にかかろうよ」
リーゼに目礼で謝辞を伝えた太郎は、息を吐き出し気持ち切り替え口を開く。
「次の依頼は魔王の調査だ」
仲間の反応を楽しもうとした太郎だが、冷たい視線が突き刺さる。グレイスは無言で太郎を再び蹴る。
「魔王って、お伽噺の?」
クレアが念を押す様に確認した。太郎も疑うのはもっともだと思いながら頷く。
「そう、その魔王です」
冗談では無く、ベーグルから本気の依頼だと分かると真面目に検討を始める。
「私の所に聞こえてくるのは戦争の話ばかりね」
クレアの聴いた話は最近の国内情勢が中心で、日本人がやって来た。ドワーフ王国は反撃に出るだろう。シュラーダーの本格的参戦はあるのか。国境を封鎖されれば、外貨収入が難しくなる。そう言った類いの物だった。
「そもそも最近、魔王が噂になるような事ってあったのか?」
グレイスの疑問に太郎も同意する。魔王よりも内戦とシュラーダーの方が問題として大きい。お伽噺が話題に上る事はまず無い。
「漠然と噂を集めていても仕方がないよ。本屋とか図書館にでも行った方がましじゃない?」
ミーナは提案する。探求心旺盛なドワーフは様々な文献と記録を残していると。
「図書館なら何か記録が残っているかもしれませんね」
魔法の習得で古文書の類いを調べる事には慣れていたペピも同意する。
注文した料理を頬張りながらメモを取る太郎。
「それなら、古代史の研究者に聞いた方が早いと思うけど」
クレアが食後のお茶を啜りながら言う。
「確かに」
どこの世界にでもオタクと言う者は存在する。一般に流通する様な書簡なら研究者が調べていない訳がない。
行動計画が決まり、研究者を探す事から始める。
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山田組任務編成
TMLDR 山田太郎(E5待遇)
野戦魔導師 ミーナ(E4対偶)、ペピ(E3待遇)
弓兵 リーゼ(E3待遇)
剣士 グレイス(E4待遇)、クレア(E4対偶)




