11 ヨヨのオチ
矢山小隊は包囲の外側に築かれた宿営地に帰還している。
宿営地は恒久的な基地でもなく寝る為だけの場所だ。駐屯地と同様で、部隊が移動すれば場所も変わる。
他の小隊も帰還して来たが顔ぶれは数を減らしている。
(死んでも変わりは居るか……)
鉄帽を脱ぎ腕にぶら下げて歩く太郎。顔には疲労が色濃く浮かんでいた。同じ班の人間が1度に3人も死んだ衝撃は大きい。肉体的にも精神的にも疲弊している。
「お疲れ」
横に並んだ井上に太郎は声をかける。
疲れているのはお互い様。太郎の気遣いに、井上は何でもないと言うように呼吸音で笑った。
(薬物や酒に逃避するのも分かるな……)
自分自身、使うつもりは無いが心情的に理解出来た。
途中にアニマルコマンドーの大隊収容所――救護所が開設されている。エルステッド軍の負傷兵が手当てを受ける為、列を成している。生き残ったとは言え負傷者は重度の障害が残る者ばかりだ。呻き声を聴きながら、車輛の駐車位置に向かう。
荷台に積んだクーラーボックスからペットボトルを取りだし水分補給する。泥水をすする様な不衛生な事はしない。
「はぁ……」
唇を拭い溜め息をはく。
現実に目を背け逃げる事が全て悪いとは言えない。今は、仲間の死に囚われ沈んでいても仕方がないと気持ちを切り替える。
「この後、他の班と合流かな」
待機命令を受けたが休憩と変わり無い。
「多分な」
班長以上が集合し、ミーティングを行っている。亜人の投入は予想されていなかった。損害も大きい。小隊は継戦能力を大きく低下させた。
「伊集院は来なくて命拾いしたな」
井上が漏らした言葉に同意する。
「うん」
1度の戦闘で死んだ班員は、過去最大の物だ。
帰ってきた班長から指示が出た。
「1班に合流する。もう1度行くぞ」
任務中と言う事で、人事発令の通知は口頭だ。1班の班長に挨拶に行く。
「――ま、俺からあれこれ言う事はない」
班長の菅原は海外の警備会社で勤務していたと言う。身長は小柄だが鍛えられた体をしており戦士の風格を漂わせていた。
「お互い生き残る為に給料分の仕事をしてくれ」
「はい」
1班の班員は5名。仲間を失ったのは同様で暗い雰囲気が漂っていた。
「こっちが御園、澤田、河合、鈴木……」
「どうも、宜しく」
ストライカー旅団戦闘団(SBCT)歩兵小隊を例にあげると1個分隊は9名と成っている。そう考えると7名と言う数は悪くない。
自己紹介を済ませると、夕食の時間になっていた。
湯煎にかけたパック飯とおかずで食事を終える。増加食で菓子類もあったが手を着ける気がしなかったので雑納に入れたままだ。
天幕は張っていないが、車輛の荷台で寝袋を拡げ横になり落ち着いた時間を過ごしていた。武器は返納せず、直ぐに動ける様に持ち歩いている。
興奮と緊張感が解け考える余裕が出来ると、エルステッド軍に対する不満が出てくる。
「あいつらって、俺達を何だと思っているんだろうな」
井上に話しかけた。横になっていても寝ていないのは分かっている。
空からの支援さえあれば、無駄な血を流さずに敵を叩き潰せた。エルステッドの為に戦っている。報われない気持ちが大きい。
「都合の良い傭兵で使い捨てだろ」
井上はまぶたを閉じながら答える。真実であり返す言葉はない。アニマルコマンドーの大半は、仕事が見付からず稼ぐ為には何でもする素人だ。人的損耗が激しいのも基礎が出来ていないからだと言える。
「班長や小隊長はどうなんだろうな」
「実戦の経験稼ぎなのは確かだな」
幹部には2種類のタイプがある。出世の為にエルステッドを足掛かりと考えている者と、エルステッドの民の為と信じている者だ。
「予備自の方が俺らより動けるんじゃないか?」
怖じ気付いた訳ではない。一般人を戦場に送るよりも効率的に戦えるような気がした。
「いやそうでもないぞ」
井上は現職時代と予備自の招集訓練に参加した時を思い出して否定した。
全てとは言わないが現職から見て予備自は小遣い稼ぎか、想い出に浸りに来たお客さんに見える。肥満して体調管理をしていない者や、明らかな高齢者は戦闘に耐えるとは思えない。
体調不良で訓練を休んだり周りに迷惑をかける。誰が責任をとるのか。階級が存在する以上、部隊は指揮官に責任がある。自衛隊は介護施設や道楽で存在する訳ではない。
「予備自は年数居るだけで階級が上がる」
責任と能力の有るものは地位で優遇される。組織に序列がある以上、当然だ。
指揮官は意思決定を行い、幕僚は決定の支援をする。下っ端の兵隊は頭を使わない駒という役割だ。
「それに、戦場で走るのは年寄りには無理だ」
若い者の仕事であり手柄を立てる機会。目先の利益と言う単純な目的に繋がる。
退職後に貯まった金で何をするかを考える事で、無意識の内に不安や不満を押し殺す。
†
日は落ちたがヨヨの戦闘は続いていた。篝火を頼りに張られたJTFの警戒線。局地的反撃でJTFの進撃を食い止めた革命軍は攻勢に出た。夜だけは革命軍にも反撃の機会がある。市街戦は兵力の差を狭める機会だ。
アニマルコマンドーは夜間戦闘の装備は限られており、銃の効果が低下する。有視界の近接戦闘では日本人の分が悪い。そして近接戦闘では日本人の火力が活かせない。敵はそれを知った上での行動だ。
もちろん、革命軍が夜襲を仕掛けて来ると予測していた。警戒配置につくアケルマンは徴兵されて9ヶ月。死亡率の高い歩兵としては古参兵の中に入る。崩れかけた民家が監視所だ。
(腹が減ったな)
分厚く切られたイボ猪の肉が無性に食べたくなった。表面を炙るように軽く焼かれた肉。ソースで風味を損なう事無く、岩塩を振りかけ肉汁の滴るまま口に運ぶ。
想像するだけで唾液が湧いてくるが、手元にあるのは貧相な干し芋。手を伸ばすか悩んでいると、闇の中から武装した一団が現れた。
疲れた様子を見せ接近してくる。所属部隊は第8歩兵連隊の連隊旗を上げている。
(8連は交代して下がったよな)
昼間の戦闘で手酷くやられた事は聞いている。混戦で情報が錯綜し取り残された部隊が在ってもおかしくはない。
顔が視認できる距離に近付いた時、編成のおかしさに気付いた。杖を持った魔導師が荷車に乗っていた。
野戦魔導師は人数も少なく弓兵に比べて前線に投入される機会が少ない。まともな組織編成を持たない革命軍ならまだしも、正規軍が混成部隊を運用する際は連絡・報告は当然、上がっている。
前進計画に従うなら、魔導師はまだ投入されていない。意味する所は、友軍に偽装した敵だ────。
偵察や警戒に就く者は自分の感性だけを判断材料としない。客観的に情報を集め、異状の有無を見極める技能が必要だ。
革命軍は、浸透突破することで包囲の一角を崩そうとしていたが看破された。
「小隊長を叩き起こせ」
ここは監視所でしかない。敵を素通りさせて様子を窺う。
野外電話の数が揃っていない為、相棒は敵の接近を知らせに走る。
亜人相手ならエルステッド軍では抑えられそうにない。日本人にしても正面から相手にするのはきつい。
(同じ人間相手が幾らか楽だな)
大通りに沿ってL時に部隊は展開していた。キルゾーンに敵が入りきった瞬間、前後から挟み込むように攻撃する。
日本人によって教えられたゲリラ部隊への襲撃方法だ。
「兵力で勝っているにも拘らず敵と同じ土俵で戦うのは馬鹿過ぎる」
相手に合わせる必要など無い。そう考えての夜襲であった。
風を切る音が聴こえたと思った瞬間、待ち受けていたエルステッド軍が矢の雨を以て歓迎を始めた。焼き討ちの為に荷車に積まれていた油の壷が割れ篝火に引火し燃え盛る。驚愕の表情がくっきりと見て取れた。
虚をつかれ右往左往する革命軍。奇襲する筈が逆に自分達が誘い込まれていた。
混乱から立ち直ったのは指揮官が早い。
「来い。急げ急げ!」
遮蔽物を見つけて駆け出す革命軍の士官。後に続く兵卒は指示に従い動く。
鍛えられたロングボウの射手は魔導師を凌ぎ、弓の発射速度は魔法の詠唱速度に優る。
補給の続く限り矢玉を打ち込むなり、街諸共焼き尽くすなりエルステッド軍の行える策は幾らでもある。しかし前方陣地外縁部に展開する弓兵の所持する矢玉は限られている。
矢が止まった所を見極め一斉に走る。
「ぐっ……」
先頭を走っていた士官が倒れた。別の方向から飛来した矢が胸に複数突き刺さっていた。
「駄目です……」
下士官が倒れた指揮官の死亡を確認した首を振る。
射撃の間隔を意図的に開けて矢玉が尽きたと思わせる。夜襲部隊の動きを誘うと言う罠だった。
矢の雨が先程よりも勢いが増して襲いかかって来た。
「糞! 走れ走れ!」
次席の士官が混乱する兵に指示を出すまでの間、さらに革命軍の死傷者が増えていった。
正規軍と革命軍の差が歴然と現れていた。
戦闘を行う場合、火器の指向する方向、火制範囲は当然考える。エルステッド軍の場合も応用した配置で、夜の闇でも戦える様に敵の動きを予測していた。
敵に一見有利な地形・地物を残しておきながらも、我に有利な様に地形を利用する。古典的戦術の1つだ。
†
第2日目。敵をじっくりと料理をしている時間はない。修正された攻撃計画に基づき、JTFは日の出前に動き出した。
空を飛んでいる飛竜が通常の偵察や連絡に使われるよりも多い。革命軍の見張りが気付いた時には、各所の見張りが倒されていた。
エルステッド軍は保有する飛竜を全力投入していた。飛竜の背中にはドライバーである騎手(OR-3)の他に、指揮管制を受ける無線係(OR-3)、敵を排除する狙撃手(OR-4又はOR-3)が3人1組で騎乗しており、敵兵を空中監視していた。なお階級は、NATOに加盟している訳ではないが日本人の教育により順じた物で表記・呼称されている。
狙撃手は腕の良い弓兵や攻撃魔法の得意な野戦魔導師が選ばれている。中には機関銃を持ったアニマルコマンドーの隊員もいた。
「くどい様だがくれぐれも慎重にな」
指揮官は計画を評価し、用意を評価し、実行を評価する。コーンウォリス将軍は不承不承、空自の投入に同意した。
JTFの任務達成に必用な物は情報、攻撃力、機動性、継戦能力。亜人相手では自軍に死傷者が続出し、戦線が崩壊しかねないと言う現実を認めた。
後続する部隊と合流すると車輌を盾に再突入を図った。人影を見かけたら建物の中に手榴弾を投げ込んでいく。煙が収まればエルステッド軍が突入すると言う役割分担だ。
ストライカー戦闘団(SBCT)に比べると火力・機動力共に劣るが、剣と魔法が主要武器の世界では十分に機能する。
瓦礫を避けて通りを進む車列。後続する者は、通りの両端に分かれて前進。瓦礫が道を塞いでも直ぐにエルステッド軍の兵士が片付けをする。
彼らは皮製の部分が多いとは言え重い甲冑を見にまとい武器を振り回す。平均的日本人であるアニマルコマンドーの隊員より筋力があり精力的に動けた。
「おい新兵。急げよ!」
障害物が道に積み上げられておりX字に展開する車輛。
「口より手を動かせ」
排除する場合も車輛は移動トーチカとして有効利用された。
車輌の影に集まる兵士達。火球一発でも食らえ班単位で壊滅するが日本人神話か、アニマルコマンドー側から指摘しても離れない。
「動きは良いけど判断が甘いですよね」
作業の進捗を見守っていた矢山は、エルステッド軍の動きに不満だった。
旧時代の化石とも言える軍隊だが訓練された兵士は本物で、即席のアニマルコマンドー一般隊員より動作にめりはりが効いていた。原隊で新隊員に対する基本教練等を助教として行った経験から、エルステッド軍の実力はよく分かる。そこまでは良い。
「そうですね。軽トラックは良い目標ですし、敵の攻撃が集中します」
先任も頷きながら同意を示す。
装備を過信しない。その事をゴブリンとの戦いで学んだ。
「向こうで縛られてる様だ。梯子くれ、梯子」
「了解」
密集した住宅地では建物の上層に上がる為、車輛に続く荷車に梯子やロープも用意されていた。
無線機に各班から報告が入る。
『32A。敵集団と交戦に入る──』
何もない平地で、一般的な視認距離は500m。市街戦では隠れる場所が多く敵が確認しにくい。
『日生台から矢臼別方向に中隊規模の敵、移動中』
既に中隊本部を通して空自に支援要請が出されている。車列が停止し接近中の敵に備える。
「班長!」
右方警戒の澤田が徴候を確認し報告する。足音が聞こえた。上空警戒のOH-6からの情報によると、亜人の動きに連動して民兵が集結しているとの事だ。有象無象の集まりと言われているが、数は脅威になる。
革命軍は亜人を投入する事で我に損害を与える漸減作戦を選んだ。
「昨日と同じと思うなよ」
亜人の邀撃に遭遇した。咆哮が空気を震わせる。対峙する兵士達は正面から向かって来る敵に恐怖を感じた。
人間は体液の数%を失っただけで死ぬが、亜人の中でもミノタウロスは耐久度が高い。瞬発力、持久力共に人間を凌いでいて比較対照にならない。
「虫より硬いなんて事はないよな」
太郎は虫の迎撃を思い出して呟く。
「多分な」
7.62×51mm NATO弾の減装薬であるM80普通弾。これを64式小銃で使ってる。
「死にはしなかったが血を流してただろう」
3班が壊滅した戦闘を思い出し太郎の背筋が一瞬震えた。ミノタウロスに殺された高橋の死に様。血の臭気が鼻孔に蘇る――
「ああ、そうだな」
俯きながら答えた太郎の様子に思い当たった井上は車輛に視線を向ける。
搭載された12.7㎜機関銃で使用される12.7×99mm NATO弾は、見た目で自分達が使用する弾に対して2倍程の大きさがある。
(流石、対空用に使用されるだけの事はあるな)
12.7㎜機関銃の前では、いかに強靭な亜人と言えど無傷とはいかないと期待した。
200mで射撃を開始した。幾ら瞬発力があるとは言え、ミノタウロスも弾幕を張られては近づけない。
「やっぱり怖いよ」
「俺もだ」
太郎の言葉に井上は同意する。
機関銃に射たれた亜人は体を震わせ息絶える。他の亜人は銃の威力を目の当たりにし、遮蔽物に潜り込む。
怒気の混じった唸り声が聞こえるが、敵の負け惜しみに感じられた。
「賢いな。そのまま動くなよ……」
日本人の車輛を投入しておりJTFの主攻、前進軸と敵は判断した。矢山小隊の前に敵が集まってきている。
(目の前に餌があれば食い付く。単純だな)
戦力を集中し攻撃を突出させる事で敵の注意を牽く。楽観できる状況ではないが、十分に責任を果たしている。この間に敵の司令部を他の小隊が突く計画だ。
エルステッド軍の兵士の顔にも緊張感が浮かんでいた。敵の抵抗が街の中心に向かうに連れて激しさを増す。
直線的な進撃は敵にとっても予想しやすい。だが、こちらにとっても敵の抵抗拠点となる建物が予想できる。街に対する被害を最小限に抑えつつ敵に打撃を与えられる。
「敵がこちらの決めた交戦規定に従う分けないしな」
耳栓が煩わしくて外した太郎の耳に航空機に爆音が聞こえた。
「来た──」
次の瞬間、轟音が聞こえた。爆風こそ感じない物の、爆発の震動が靴底に響いてきた。亜人が接近して来たら爆撃で始末する手筈だった。
精密誘導の爆撃で民家が吹き飛ぶ。火薬式兵器が普及している訳でもない為、誘爆による被害増加は発生しない。
国内作戦で治安維持側は防御、攻撃、民間支援を中心に行動する。今回は民間人に配慮が要らず、戦争ゲームのように集中できる。
「一丁上がり」
隊員がおどけて言う言葉に矢山は苦笑を浮かべる。
前方には黒煙が上がっており粉塵が舞っている。花粉症用のマスクがあれば役に立つ状況だ。
亜人の姿は見受けられない。文字通り粉砕され消し飛んだか燃えカスになったと考えられる。
「今日中に終わりそうだな」
倒壊した建物の傍らに焼け焦げた死体が転がっている。人か亜人かを確認出来ない状態だが、ミノタウロスが出てこない以上、倒したと言える。
手こずった亜人が呆気なく倒された事に複雑な心境を抱きながら太郎は井上に言った。
「ああ」
敵の機動打撃戦力である亜人を潰せば、予備隊は人間だけだ。敵に魔導師が居ても、人相手ならエルステッド軍単体でも対処できる。
粉塵が収まると前進を再開する。
「マジで疲れた。早く帰りたい」
普段、愚痴をこぼす事の少ない井上も今回の戦闘には参ったようで疲労を浮かべながら心境を吐露した。
井上の言葉に太郎も頷く。
「もう直ぐ終わるさ。怪我しないよう頑張ろう」
頭上を通過する編隊に視線を向けながら答えた。
「怪我か」
井上は呼吸音だけで笑いながら了承したと手をあげた。
†
警察の使用するヘリコプターに比べると軍用ヘリコプターの飛行する音は静かだ。しかし自動車や電車が走り工事の騒音や音楽の流れる日本に比べると遥かに静かな街ではヘリコプターのローター音は目立つ。
敵が悪魔の羽音と呼ぶ定番の、空気の渦から発生する甲高い音を上げながらUH-1、CH-47の編隊が着陸地点に向かう。
機内に搭乗するのは甲冑に身を包んだエルステッド軍第12軽歩兵連隊の兵士達。空中突撃と言う戦術に緊張感は隠せない。先の戦闘で少なからぬ損害を受け、予備隊として再編成と補充を行っていた。
高層建築物にはそれなりの技術が要る。比較的低い家屋ばかり集まり高くても3階建てで、それほど数も多くない。
ランド・マークになるような目立つ建物を司令部にするとは考えられる無かった。偵察の報告により密集した住宅街にある平屋建ての集会場が司令部として機能していると判断された。
捕虜は要らないなら爆弾1つ落とせば事足りる。挽き肉にしては見分けがつかない。生死不明にさせる訳にはいかない。その為、12連隊の2個中隊が空輸され周辺も一挙に制圧する。
数少ない革命軍の魔導師がヘリコプターの出現を受けて空に杖を向けてきたが、直ぐにAH-1が脅威排除に向かう。
魔法や矢を放ってくる敵はろくな働きも出来ない内に血煙に変えられてしまう。
守備側である革命軍にとって、地域防御の前提として地理に明るい事は絶対条件だ。ヨヨ市内の防御を固めてJTFを迎え撃った。都市に損害を与えない為、空爆は避けるだろうと予想し当初は当たった。
計画通り市街地と言う地形防御を利用しJTFに被害を与え勇戦していた。しかし2日目にして虎の子の亜人は易々と討ち取られた。代案はなく防御線を越えて司令部まで襲撃され混乱に拍車がかかった。
「落ち着け!」
上位者が混乱を鎮めようと指示するが耳に届く事はなかった。対空防御で屋上に上がった魔導師や弓兵はAH-1の餌食になった。威力過多で屋根を撃ち抜いて降り注ぐ機銃弾で、屋内に居た兵士達がぶつ切りにされる。次々と殺されていく仲間の姿に悲鳴が上がる。
作戦室に当たる会議室に詰めていた革命軍の指揮官・幕僚達も無傷ではなかった。
「何て無茶苦茶をやるんだ……」
混乱を抑えられないまま指揮官が絶命する瞬間、天井の柱が折れて崩れ落ちる建材を目にした。
「行け、行け!」
降り立つエルステッド軍。テール・ローターと頭上に注意しながら素早く展開する。日本人との共同作戦を前提に特別編成された精鋭だけの事はあり動きが良い。
亜人の始末で建物に被害を与える事を納得させた代わりに、最後の決着を着けるのはエルステッド軍自身の手だと妥協させた。迅速な制圧に日本人は手助けをしただけで、エルステッド軍の名誉を貶める物ではない。
†
昼には司令部が陥落したと噂が広まり、包囲の隙間から逃げ出そうと動く脱走者が革命軍に現れた。堤防が決壊するように組織的抵抗は瓦解した。
「降伏する」そう言って現れた者を出迎えたのは明確な殺意だ。
「……身勝手だな。死ね屑」
戦友や家族を失った兵士達だ。降り下ろされる剣戟に容赦や躊躇は無い。
「助けて、助けて、助けて」
死に切れない者が壊れたCDの様に同じフレーズを上げている。
「今更、都合が良すぎなんだよ」
非戦闘員であっても全てを殺せと命じられている。止めを確実に刺していく。
「地獄で俺の家族に詫びろ。糞が」
誰も生きてヨヨから出る事は出来ない。通りは死臭と悲鳴で満たされる。
間接侵略への対抗として、脅威は完全に排除されなければならない。国を裏切った者の末路は決まっていた。普段なら奴隷商人に売り払う捕虜も殺された。
綺麗事で世界は変えられない。統治者に必要なのは従わせるだけの力。最も単純な恐怖が人を動かす。
貴族や商人と言った裕福な資産階層は、革命軍によって築き上げた資産を奪われた。館を燃やされ命を奪われた者も居る。滅ぼしたとしても失った物は戻ってこない。
だが復讐の連鎖は止まらない。大量虐殺は憎悪と言う感情で始まる。
親しい者を失っていない者の場合は単純な任務だ。流れ作業をこなすだけで、そこに罪の意識は無い。
「しけているな。ろくな物、持っていねえ」
死体から金目の物を物色する兵士達。衣服も剥ぎ取れば古着屋で売れる。食糧や酒は胃袋に消える。死線を潜った者だけに赦される戦場の特権。口煩い下士官や貴族もこの時は黙認している。
道路封鎖は続いており包囲は解かれていない。地上の掃討が終わっても、隠れる地下室や抜け道の地下道があるかもしれない。
王への反逆を謀った無知蒙昧な愚民。最後の1人に至るまで狩り出し根絶やしにする。
「何でだ、どうしてこんな酷い事が出来る!」
「うるせえ、大人しく死んでろ」
抗議の声をあげても揺るぎはしない。
路地に隠れていた所を見つかり引き出された女が兵士に囲まれている。子供を庇い命乞いした。
「何でもするから子供だけは助けて」
返された言葉は無情だ。
「お前らが始めた戦争だ」
若さ故の過ちは偏った知識、根拠の無いプライドで往々にして起きる。祖国を裏切り内戦で血を流し過ぎた。最早、お互いに歯止めは効かない所まで来た。
エルステッド軍の手が足りず、家屋の捜索に太郎達の班も加わっていた。
「2人1組で動け」
何かあったら肩から吊るしている警笛を吹いて合図する。
「中の捜索は、あいつらの仕事と聞いてたんだがな」
太郎のぼやきに井上が答えようとした瞬間、隣の民家から悲鳴が聞こえた。
ヨヨには革命軍の家族や協力者と言った非戦闘員も逃げ込んでいる。しかし、JTF司令部は自軍の将兵に破壊・略奪は禁じていなかった。
顔を見合わせた太郎と井上。
「一応、確認だけしておこう」
外に出て隣の民家に向かう。
扉は開け放たれ家具や日用品が散乱していた。
気配を殺して中に入る。
何気なく顔を覗かせ表情を歪める太郎。アニマルコマンドーの隊員が女性を組み敷いていた。
澤田と河合だ。助けてと懇願する少女と視線が絡んだ。微乳を鷲づかみにして欲望のままに襲いかかっている。
「ん、山田か」
お前もやるかと顎を向ける川合。
金髪に青い瞳、あばら骨の見える発育途上の体。2次元と違い現実の幼女に興奮などしない。
「いや、いいよ」
住民に対する対処は殺害と班長から指示されていたが、不必要な暴行には嫌悪感を感じた。だが止める勇気も無い。
「そうか?」
適当に返事を返して立ち去る太郎。彼らと同じ空気を吸っていたくなかった。井上も黙って後に続く。
(俺もあいつらと同じだ……)
安っぽい正義感は役に立たない。異境の地で同じ日本人同士で軋轢を作る必要はない。目の前で行われた行為を見て見ぬふりをした。
太郎の隣を歩く井上も無言だ。
内心で自責の念を感じながら角を曲がると大通りに出た。
むせかえる様な死臭がする。路肩では積み上げられた死体を王室諮問庁の職員が分別していた。
「その男はここに。そっと置け……」
指示に従い運ばれた遺体を検死する職員。流れ出た血で道が赤黒く染まっている。
「うわ……」
妊婦の腹部から胎児を引き摺り出す姿が見えた。
「あれよりましだろ」
井上が顎で記した方向では、ボウイナイフを片手に死体の股間にしゃがみこんでいる兵士の姿が散見された。
「ああ……」
一瞬で理解し同意する太郎。
玉を切り取ってやると言う言葉がある。この場合の玉とは男性の睾丸であり、薬師や魔導師に高値で売れる。
戦場に遺棄された死体から玉を採る事は、兵士の小遣い稼ぎとして一般的だ。
(中世の魔女狩り時代なら、黒魔術扱いされるな)
戦場は死体処理の問題もあるが金を生む。錬金術の研究として人体の一部が持ち去られていく事も社会に繁栄される事業の1つだ。
以前なら百舌鳥の早贄の様に、街道には磔になった捕虜の姿が見受けられた。現在は防疫の観点から処刑して荼毘に伏す。
死者に鞭打ち冒涜する行為だが、反乱と言う大罪を犯した罪人に権利など無い。それに、これは王が認め賊を討つと言う聖戦なのだから批難される事はない。最後に焼かれるだけマシだった。
†
「死んでいただと」
コーンウォリス将軍は捕虜の尋問で発覚した事実に驚愕した。
革命軍創設者は2年前の王都での敗北後に急性心不全で死んでいた。
「我々は幽霊を相手にしていたと言うのか」
革命軍は指導者の死を隠し、軍師と指導陣だけで戦争を進めていた。結果として戦争の引き際を見誤った。
「愚かしい限りだ」
だが、死んでいて幸運なのかも知れないとコーンウォリス将軍は考えた。
革命軍が捕らえられた時、戦時捕虜ではなく罪人として扱われる。
王室への叛逆、大逆罪での処刑だ。
若干の損害が出た物の、計画通り敵は駆逐され全ての目標を制圧した王国は「ネコのしっぽ」作戦終了と北部地域の完全解放を宣言した。
だが勝利の余韻に浸っている暇は無かった。反乱鎮圧から数日を経ずして早馬が、戦勝に沸き立ち興奮から醒めぬ王都を訪れた。
ドワーフ王国で内乱が発生したとの知らせだった。
シュラーダーとエルステッドは表立って開戦こそしていないが、反政府分子をシュラーダーが支援している以上、いずれ来る戦いに備える必要があった。




