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Angel Ex Machina

作者: 八賀失敗

 

 僕が佐藤オルタナチヴと出会ったのは大学へ入学してすぐの頃だった。

 幼少時からトリヴィアルな知識を摂取し続けた結果、僕は何となく某最高学府へと入学を果たし、これまた何となく始まったばかりの大学生活を謳歌していた時のことである。

 学食の隅でぼーっとカレーを頬張っていると、カタンとプラスチック同士がぶつかり合うような音がした。

 一杯二三〇円のカレーライスから顔を上げると、向かいの席にトレイを持った見知らぬ女子が座っているではないか。びっくりした。

 いや、見知らぬ女子が突然僕の目の前にやって来たから驚いたのではなくて、そんなことよりもこの女子の容姿にビビった。まさに人工物という感じなのだ。

 テレビのアイドルがよく言われる「作り物みたーい」ということではなくて、もっとメカニカルな、何と言うか、その……ええい正直に言ってやろう。

 目の前の彼女はロボっぽかった。

 「ぽかった」というか、目の前の女子は機械そのものであるだろうと思われる鈍い光沢を放っている。

 猫みたいなアーモンド形の目の中には、純な日本人ではありえないだろうと思われる真っ青な瞳。

 キュゥゥゥゥゥイーン、キュウィィィィィィン。

 変な音と一緒に収縮したり拡大したりする瞳孔がちょっとおかしくて、しばらくじっと見入ってしまった。

『伊藤さん、ですよね?』

「ええと、はい」

 僕は顔も上げずに返事をする。

 声が震えることは何とか隠しおおせたが、内心ではこれが噂に聞く大学デビューという奴か、と心臓がはちきれそうだった。

 まさかロボットに話しかけられるとは思ってもみなかった。さすが某最高学府。常人の物差しでは測れない。

『あの、心拍数が急上昇してますが、大丈夫ですか? 心機能に何らかの異常が……』

「何でもないです!」

 ダメだった! 隠せてなかった! 心拍数を読まれた!

 僕は胸の辺りをぎゅうっと握り、跳ねまわる心臓を無理矢理ねじ伏せる。

 そんな僕の様子に首を傾げながら、目の前の彼女はぽりぽりと乾電池を咀嚼し始めた。

 ! え! え!

「え!」

『はい?』

 食べるのかよ! 丸齧りかよ! おやつ感覚だね!

「あの、それ食べられるんですか?」

『? だってご飯ですよ?』

 いや、それをご飯と定義されても。

 おそらく今現在の僕の顔は例えるなら壊れたテレビと向かいあう主婦のようだろう。つまり、どうすればいいのか全く分からなかった。脳裏には小太りのおばちゃんがテレビの背をバシバシ叩く画が浮かんでいる。

 悩んでいても仕方がないということか? いや、だからといっていきなり彼女を叩けば、何かレーザービームとかで切断されそうだから、最終手段に打って出るのはやめておこう。

 僕はとりあえず口を開く。

「えっと、それで僕に何かご用が?」

『あ、そうでした、うっかり忘れていました』

 彼女はてへっと舌を出して拳で頭をこつんと叩く。

 有機物で構成された女性が今のような仕草をすれば僕のハートもぐらりと傾いただろうが、無機物の彼女がやったのではそうはいかない。ていうか、こつんじゃなくてカンという金属音が聞こえた。

 キチキチキチキチキチキチキチ。

 何だかパソコンが起動した直後みたいな音がする。

 もしかしなくても、これは彼女が発する音なのだろう。恐らく、今彼女は何かを考えている。

『折り入って相談があるのです』

 そう言って彼女はひどく無機質な青い瞳で僕を見た。

「相談って……、いきなり言われても困るよ。それに、僕はまだ君の名前を聞いていないし」

『佐藤オルタナチヴです。もしくはチヴ子ちゃんでも構いません』

「じゃあ、佐藤さん」

『はい』

「僕に何の用ですか?」

『私と後継機開発を前提にお付き合いして下さい』

 はい?

     *

 佐藤さんの申し出を断り切れなかった僕は、結局「こちらこそよろしく」と言ってしまった。

 そんな僕の返事を聞き、心底嬉しそうな笑みを浮かべる佐藤さん。彼女の笑顔を見て、素敵だなと思った。

 その夜は良い夢を見た。起きたときには全部忘れていたけど。 

     * 

『楽しいですね!』

「はあ」

『伊藤さんに似合うベアリングを選んであげます!』

「いや、お気になさらず」

 どういう状況なのだろう。

 僕の隣にはワンピースを着こなす佐藤さん。そしてここは工具店。

 後継機云々というよく分からない発言の後、僕は「まずはお互いをよく知るためにもデートに行きましょう」と佐藤さんに誘われた。後継機云々とデートという単語はどういう意味関連を持つのかは甚だ理解できなかったが、佐藤さんはロボットであっても見目麗しい女性(?)らしいので、そんな彼女を横に侍らせて歩くのはなかなかに気分が良かった。

 が、たどり着いた先がここである。

 なぜに工具店?

『楽しくないですか?』

 唐突に佐藤さんが僕の顔を覗き込んできた。

 僕は驚いて後ずさってしまう。すると、彼女は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「その……僕はこういうところは初めてくるから、どんな反応をしたらいいか分からなくて」

『あ、そうですよね。私ったら一人ではしゃいじゃって』

 佐藤さんは余計に悲しそうな表情を浮かべる。

 こんな時に気の効いた言葉を一つや二つ即座にぽぽーんと言ってのけるのが女子モテ男子というやつなのだろうが、女子の気持ち、ましてや佐藤さんの気持ちなぞ分かるべくもない愚鈍なる僕は滑らかに動く彼女の顔はどういう金属なのだろうかと考えてしまっていた。

 そんな自分に気がついて、僕は視線を泳がせる。そしてある一点を見据えた。

 我、打開策を発見せり。

「あのナット、佐藤さんに似合いそうですね」

『へ……?』

 僕は佐藤さんの脇を通って彼女の後方に陳列されたボルト・ナット類の方へと歩き、その中から金色に塗装された六角ナットを摘む。

 そしてそれを佐藤さんへと手渡す。

「どうですか?」

『綺麗です』

 そう言って彼女は先程とは一転して、とても幸せそうな顔をした。

「ちょっと貸して下さい」

 言うやいなや、僕はそのナットを佐藤さんの細い指へと導いた。さすがに左手薬指ではなかったが。

 手を電灯にかざして光を反射して煌めくナットを眺める佐藤さんをよそに、僕は胸を撫でおろす。

 よかった。何とか機嫌を良く出来たようだ。

 ふとレジに目をやると、工具店の主人が目に涙を溜めて「畜っ生め! 泣けることしてくれるじゃねーか!」と鼻を啜っている。

 それを見ていたら僕も何だかほっこりとした気持ちになってきていたのだが、それも長くは続かなかった。

 突然、カシュっという圧縮された空気が排気されるような音がして、佐藤さんが変形を始めたのである。

 背中、腰、ふくらはぎから一基二対のアフターバーナーが飛び出した。どれも現代的な設計で、機械に疎い僕(今更ながら、僕は文学部所属なのだ)でもそれはカッコよかった。

 僕が唖然としてそれを眺めていると、佐藤さんは僕の方に振り返り、

『ごめんなさい! 急に用事が入ってしまいました! 本当にごめんなさい! この埋め合わせは今度します!』

 と、そう言った。

 変形するあたりから想像するに彼女は本当に急いでいるらしいく、その顔を見て僕は「はあ」だか「へえ」だかどちらともつかないような返事を返してしまった。

 僕が返事したのを確認すると、彼女はにこりと笑って、店から飛び出していった。無論、文字通り“飛び”出して。

 彼女の作った爆風で店内は滅茶苦茶になってしまったが、僕はそんなことは気にせずに店の外へと歩き出る。空を見ると、その彼方に光る彼女がいた。

     *

 その夜のニュースによると、アメリカに突如怪獣が来襲したそうだが謎のスーパーヒーローによって倒されたらしく、ご機嫌そうな大統領が感謝の意を述べていた。

 僕は今月に入ってから三回目だな、と思いながら布団に入った。 

     *  

 佐藤さんとのナット選びは二日前のことである。

 つまり、飛び去る佐藤さんを見てから、すでに四十八時間が経過したということだ。うん、まあ、ただそれだけのこと。

 そういえば、今朝は北海道の方に謎の巨人が現れたらしい。

 合衆国のスーパーヒーローといい、この巨人といい、まだまだ世の中には謎が多いのだな、と僕は思った。

 街を破壊するでもなく、ビルによじ登るでもなく、件の巨人はだだっ広い平野の真ん中で膝を抱えて座っていたそうだ。政府としても向こうがこちらに敵意を向けてこない限りは何もできないので、どうしようかと思い悩んでいたとき、突如として現れた魔法少女によって巨人は説得され、どこかへと帰って行ったらしい。

 何だそれ、と思わないでもない。

 巨人に魔法少女に怪獣にスーパーヒーロー。それらは僕のようなモブキャラにとり遙か高嶺の花、あるいは別次元の存在である。

 この世には魔法やら超科学やらは掃いて捨てるほど溢れているし、実際、僕もそれらの恩恵に与ったことはあるが、所詮はそれだけのことだ。

 僕を中心にして物語(ストーリー)は動かない。というよりも、僕は物語の歯車たり得ない。

 大きな歯車を動かす力もないし、もし組み込まれたとしても僕の存在は小さすぎて他の歯車と噛み合わないだろう。それだけならまだマシで、ある瞬間に機構からぽろっと外れ、それが原因で機構が動かなくなってしまったら最悪だ。

 そんなことになれば、僕はモブキャラから一気に格下げを喰らい、物語に対する害悪となってしまう。

 そう考えると、僕の周りで物語が動かないのはいいことなのだろうか?

 僕は一人、ぽつねんと公園のベンチに座りながら、自分の存在意義について思考を巡らす。

「うん。こんなことを考えても仕方がない」

 うーんと伸びをして、背もたれに体をあずけながら大きく上体を反らす。

 視界には輝く太陽。青い空。そして、揺るぎなく真っ直ぐに伸びる飛行機雲。よく見れば、その飛行機雲は絶賛作成されているところで、ゆっくりとその長さを伸ばしていた。

 良い天気だった。

 穏やかな陽気に誘われて、僕の睡魔が顔を出す。

 くはぁ、と欠伸をしたそのとき、コォォォォオオ、と変な音。 

 うん?

 何だろうと閉じかけていた瞼を開いたその瞬間――

 轟音、続いて、衝撃。

「う、っわ」

 あまりの衝撃に、一瞬僕の身体がベンチから浮いた。

 僕の目の前の空間――正確に言えばジャングルジムやら砂場やらのある一帯――に何かが墜落したらしい。

 茫然として舞い続ける砂煙を眺める僕。

『痛たたたたたたた……』

 どこかで聞いたことのある声。

 これ以上ないぐらいというタイミングで一陣の風が吹き、砂煙が薄れていく。

『少し油断しました。ペネロペの方は無事だといいけど』

「もしかして、佐藤さん?」

『!』

「佐藤さんだよね?」

 完全に砂煙が消え、その中からは奇抜な格好をした佐藤さんが現れた。

 アニメキャラのような衣裳に身を包んだ佐藤さんは、一度びくりと跳ねたあと、ギギギギギと摩擦音が聞こえてきそうな動きで僕を見てくる。

「やっぱり佐藤さんだ」

『いえ、わわ、私は、さ佐藤というものではありませんことですますございます?』

 尋常じゃない位声が震えている。そして、何やら言葉がおかしい。

 ロボットでも焦るとおかしくなるのか、と僕は的外れなことを――って、そんなことより。

 そんなことよりも聞くべきことがあるはずだ!

「ところで、何でそんな恰好を?」

『そこですか! なぜ空から降って来たの? とかではなくて、そこですか!』

「え、ああ、じゃあ、なんで空から降って来たんですか?」

『え?! ええと、それはですね……、深い事情があると言いますか』

 言われたとおりに聞いたら聞いたでうろたえる佐藤さん。

 何がしたかったんだろう……?

『あの――』

「オルタナチヴ! 大丈夫?!」

 上空から声。

 見上げると、これまたアニメキャラのような服を着た女の子が降りてきた。

 結構短いプリーツスカートをつけているのに、その中が見えないということは、主人公補正でしかありえない。つまり、この女の子は物語の中心たり得るということだ。

 ――主人公か。

 ぽけーっとする僕をよそに、その女の子は佐藤さんに駆けよっていった。

「怪我はない? どこか故障は?」

『大丈夫。もう身体走査は済ませたよ。それより、エンヴィー公爵は?』

「アイツなら私の荷電粒子魔法で黒焦げになったよ!」

 同じ空間は共有すれど、僕と彼女たちの間には見えない壁があるように感じる。

 見知らぬ女の子は佐藤さんの手をとって立ちあがらせる。

 あ。本当なら、立ちあがせるべきは僕じゃないのか。脳裏にそんな言葉がよぎった。

      *

 その晩はとても寝苦しかった。

 昼間は過ごしやすかったのに、日が落ちた途端、大気に水分が充ち充ちた。

 翌朝になっても空気は重いままで、肌に張り付くシャツが気持ち悪かった。

      *

「ちょっと! 待ちなさいよアンタ!」

「はい?」

 キャンパスを歩いていると、街路樹の陰から待ち伏せたようにして女の子が出てきた。

 銀色にピンクを流し込んだような髪をツインテールにした女の子だ。王冠を模した髪留めが特徴的である。

 よく見れば、この前佐藤さんを助けに来た魔法少女――確か名前はペネロペさんだったような――だった。

「何かご用でしょうか?」

「アンタ、オルタナチヴの彼氏でしょ。少し付き合ってくれる?」

「すみませんが僕はもう佐藤さんという彼女がいまして……」

「違うわよ! 顔かしなさいっつってんのよ!」

 ああ、そういうこと。それならもっと分かりやすく言ってほしかった。

 ペネロペさんは肩を怒らせながら僕の腕を掴み、ずんずんと歩き出した。転びそうになったが、どうにか歩調を合わせる。周りから好奇の視線を感じるが、僕を率いる彼女はそんなことを気にする風でもなく、せかせかと脚を動かし続けている。

 本当のことを言うならば、彼女が手を離して普通に歩いた方が早いだろうが、僕の十九年の経験は大人しく従えと言っていた。

 そして、連れていかれた先は大手ファミレスチェーン店。

 ペネロペさんは席に案内しようとする店員を無視し、窓際の一席へと腰を下ろした。僕もその向かいへと座る。

「あの……」

「何よ」

「何よっていうか、そっちが僕に話があるのでは?」

「自意識過剰も大概にしなさいよ! この私があんたみたいなモブキャラに用なんて……そういや、あったわね」

 自分で認めてはいたが、改めてモブキャラだと言われると、なかなか心を抉るようなものがある。

 多分、現在の僕のHPバーは青から黄色に、そして赤へと急速度で減少しているはず。この世が格ゲーであれば、僕は大ダメージと引き換えに気力ゲージが満タンになり、語ることも恐ろしい必殺技を発動することになるだろう。

 実際に「喰らえ! 魔人拳ッ!」とか言っている自分を想像すると、なぜか精神ダメージが増加した。

「単刀直入に言うわ。あんた、オルタナチヴと別れなさい」

「は?」

「最近オルタナチヴがおかしいのよ。機械なのに妙にボーっとしたり、指にナットをつけてうっとりしたり。しまいには、私がどうかしたのって訊いたら、『恋というものは良いものですね! ペネロペもするといいですよ!』とか言いだすし。おかしいでしょ? 何で機械天使がモブキャラと恋してんのよ!? どーせあんたがオルタナチヴの弱みか何かを握って、それをいいことに無理矢理言うこときかせてるんでしょ!」

 段々と語調が激しくなっていった彼女は、エクスクラメーションマークと同時にテーブルを両手で叩く。

 その音で他の客がこちらを振り返った。僕はその一つ一つにすみませんと言いながら頭を下げる。

 僕のそんな様子を眺めていたペネロペさんは、

「ふん! オルタナチヴにもそんな風に善人面して近付いたのね!」

 と、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 僕はどうしていいか分からず、ただ無言のままペネロペさんを見つめるだけだった。

 ぱらぱらと音がして、窓の外を見ると、雨が降っていた。空を見るが、黒い雲はなく、雨だけが落ちていた。

 狐の嫁入りというやつだろうか。

「ちょっと、聞いてんの?!」

 そっぽを向いていた彼女が、ずいっとテーブルから身を乗り出して僕を見ていた。

「え、まあ、はい。聞いてます」

「なら返事は?」

「お断りします」

「……いい度胸してるわね」

「そもそも君が言っているような事実は存在しないよ」

「――ッ」

 僕がそう言うと、ペネロペさんは目を吊り上げ、顔を紅潮させた。

「うるさいうるさいうるさい!」

「いや、本当のことですし」

「言うこときかないと、」そこで彼女はどこからともなく小ぶりな杖を取りだした。「実力を行使するわよ!」

 彼女の杖が僕の鼻先に突きつけられる。先端に取りつけられた星の装飾が鈍く光り出した。その光は輝きを増していく。

 僕はその眩しさに目を閉じた。しかし、瞼ごしでもその明るさが感じられる。

「別れるって言いなさい!」

「嫌だよ。佐藤さんに振られるまでは、絶対に僕からは別れない」

「――じゃあ、死になさい」

 何だか大変なことになってしまった。

 ただ佐藤さんと付き合っていただけなのに。モブキャラと主人公が付き合って何にが悪いのだ。

 ここでペネロペさんが僕を例の荷電粒子魔法とやらで殺したとしても、世の中は何も変わらないだろう。そんなとき、佐藤さんは泣いてくれるだろうか。

 うん? ていうか佐藤さんは泣けるのか? あれ? どうなんだろう?

 そんなことを考えていると、なんだか笑えてきた。

「こんなときにどうして笑えるのよ?!」

「さあね。おかしいんだから仕方ないじゃないか」

 僕は目を閉じたまま、くつくつと笑う。

 笑って死ねたらもうそれだけで人生生きてきた甲斐がある、とは誰の言葉だったか。多分、アメリカかそこらの物語の主人公だろう。

 そのまま笑いつづけていると、光がより一層強くなった。

 そして――、

 熱熱

 熱

     *

 佐藤さんと付き合い始めてから、布団に入るともの思うことが多くなった。

 彼氏が僕でいいんだろうか。彼女が急にいなくなるとき、どこで何をやっているのだろうか(この疑問は公園の一件で解消されたが)。

 そんなような思いが脳内を駆け巡って、頭蓋が吹き飛びそうだ。

 今考えてみると、僕って結構佐藤さんのことが好きなんだな。

     *

 顔面に熱を感じた瞬間、正直、死んだと思った。

 だけど違った。

 目を開けてみると、目の前に薄緑の壁が出来ていて、それがペネロペさんの荷電粒子魔法を防いでいた。

「へ?」

 その壁は僕とペネロペさんの隣の空間から投射されていた。

 そこには、佐藤さんが立っていた。

 彼女は僕ににこっと笑いかけ、そしてペネロペさんに歩みより、聞いているこちらが痛くなるほどの平手打ちを見舞った。音を立てて、ペネロペさんの杖が床に落ちる。

「え?」

『ペネロペには幻滅しました。まさか人の彼氏を亡きものにしようとするなんて』

「わ、私はオルタナチヴの為を思って――」

『黙りなさい! 私が伊藤さんに発信器と盗聴器をつけていたからよかったものの一歩間違っていたら、ペネロペ、あなたは殺人者よ?』

 うんん? はい? え、佐藤さん今何て言いました? 発信器? 盗聴器?

 ペネロペさんは頬を膨らまして、

「撃つつもりはなかったもん」

 と言った。

『撃つつもりがなかった? どの口がそんなことほざきますか! 私のバリアがなければ、伊藤さんもろとも、彼の後ろの席にいた人たちも死んでいたんですよ!』

「うっ」

『馬鹿ですか? 馬鹿なんですか? 私はこんな馬鹿とコンビを組んでいたんですか?』

「ううっ」

『もうコンビは解散です。そして私は機械天使もやめます。余生は伊藤さんと穏やかに暮らします。なのでペネロペは私たちの物語には入ってこないでください』

「うううっ」

 すごい剣幕でまくし立てる佐藤さん。そして段々と大きな目に涙を溜めていくペネロペさん。

 なんか、はっきりとコンビ内の力関係を見せつけられた感じがする。

 ていうか、佐藤さんって怒ったら怖かったんだ。知らなかった。僕は彼女が笑っていることしか記憶にない。

『伊藤さん』

「はい」

『さっきの言葉覚えてます?』

「はい?」

『佐藤さんに振られるまでは、絶対に僕からは別れない』

「ぐはっ」

 そうか! 盗聴器! 聞かれてた!

 やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。どれぐらい恥ずかしいかというと、ファミレスのメニューで顔を覆ってしまうくらい。

『嬉しかったです。嬉しすぎて、漏電しそうでした』

「へへへへええ、そそそそうなんだだ」

『別れるって言っていたら、ペネロペよりも先に私が荷電粒子砲を撃っていたかもしれませんよ?』

 佐藤さんはそう言って、ふふふ、と笑った。けど、目は笑っていなかった。

 見つめ合う僕たちの横で、ペネロペさんはずっと泣いていた。

 傍から見るとすごくシュールな画だったが、とりあえず、僕は佐藤さんに救われた。

     *

 目を閉じると、暗闇がやってきた。

 自分の呼吸音だけが聞こえる。今になって全身が震えてきた。

 やばい。今日は眠れそうにない。

 そういえば、佐藤さんとペネロペさんが仲直りしたらしい。どうやらペネロペさんが絶対の忠誠を誓い、それを佐藤さんが受け入れたそうだ。

     * 

 これ、どういう状況。

 あれ、この言葉、前にも言ったような気がする。

「カハハハハハッ!」

 って、耳元でうるさいな。

『伊藤さんを離しなさい!』

「馬鹿めが! 機械天使オルタナチヴよ、お前こそ我に跪くがよい! どうだ、最愛の男が殺されてもいいのか?」

『卑怯者!』

 さて、どうしてこんな状況なのかと説明すれば。

 どうやら佐藤さんと敵対する悪の組織が彼女に対抗するべく僕を誘拐したらしい。

 僕のようなモブキャラを誘拐して佐藤さんが困るものか、と高をくくっていたが、実際彼女は困っていた。

 この悪の首領、なかなかの策士である。

「さあ、跪け!」

『くッ』

 彼女が膝を折りかけたそのとき、一陣の風が吹いた。

「何だ?!」

「何だと聞かれたから答えてあげるわ」

 どこかで聞いたような声。

 あれ、これも前に言ったような気がする。

「魔法少女ペネロペ、推参ッ!」

 その声と共に、僕の直上から巨大な熱量。

 空気中の水分が電気分解され、急速に膨れ上がった大気が僕と悪の首領を吹き飛ばす。

 これが荷電粒子魔法というやつか。僕はファミレスでの一件を思い出して震えた。そして、心底佐藤さんに感謝した。

「今だよ、オルタナチブ!」

『分かっています!』

 佐藤さんの声が耳元で聞こえた。

 次の瞬間、僕は悪の首領の手から逃れ、佐藤さんに抱きかかえられている。

 いや、逃れられたのはいいが、この格好は些か恥ずかしい。だって、お姫様だっこだよ?

『大丈夫ですか、伊藤さん』

「あ、うん、大丈夫」

『ごめんなさい。私のせいでこんなことに巻き込んでしまって。でも、これからは私が絶対に守りますから』

「何で、僕にそこまで……。僕は普通の大学生で、モブキャラで」

 僕はそこで顔を上げ、彼女を見た。

 そこには暖かな瞳があった。

「何でモブキャラの僕を好いてくれるんですか?」

 佐藤さんは――佐藤オルタナチヴは微笑んで、こう言った。

『佐藤さんは私にとっての主人公ですから!』 

     *

 今日、僕の布団に入っているのは僕だけじゃない。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めて感想というものを書くので変な文章になってるかもしれませんが……。 主人公(?)のツッコミとか見てて、ついつい楽しい気持ちになって読んでいました。 メカっ娘ではなく、完全にロボというこ…
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